東方護郷譚・廻~幻想を護る者達~ 作:しがない東方二次創作者
~牙門邸 居間~
side-影政
「おはよう、文」
「おはようございます、影政さん」
「――丁度いいタイミングですね。
「カニンさんもおはようございます。今日の事があるのであまり飲まなかったですけど、それでも少し酔ってたのでありがたいですねぇ。いただきます」
―――百年振りの宅飲みを終えた翌日。今日の用事の為に我が家に泊まっていた文が起きてくる。丁度カニンが卵粥を盛ったお椀と木匙を盆に乗せて居間にやって来てそれらを卓袱台に置く。文はカニンと挨拶を交わしながら座り、木匙を手に取って卵粥を食べ始める。
「...影政さん、一応確認ですけど今日は『妖怪の山』に挨拶、報告に向かう。これで変わりありませんね?」
「あぁ、予定に変更はない。酔いもすっかり醒めたしな」
「...相変わらず、とんでもないザルですねぇ。私は正直、軽い二日酔いなんですが」
文の言葉に頷く。昨夜は飲みの後に萃香と少し吞んだがその酔いは疾うに消えている。それを伝えると、呆れと羨みが混ざった半目で俺を見る。
―――『影政位だよ、とりわけ酒好きな私と
嘗て萃香と紫とで吞んだ時に萃香から言われた言葉を思い出す。酒を飲めば酔う感覚は確かにあるが、今まで泥酔や記憶の混濁、二日酔いといった経験は無い。際限の無いザルであることも"鬼"に好かれる要因の一つだと思うが、宴会、飲みが付き物の
―――閑話休題。
「...兎に角、予定変更が無くて良かったです。既に影政さんが目覚めたことは山中に伝わっていますから、私達が山に向かっている事に哨戒が気付けばすぐに『妖天閣』に行けるでしょう」
「...そう言えば、この前目覚めたばかりの俺が『博麗神社』に居たのを見かけたんだったな」
文の言葉で『紅魔館』での宴会の際に話した事を思い出す。文は目覚めた俺が『博麗神社』を訪ねていたのを見かけ、『妖怪の山』に報告に戻ったという。
「えぇ。いつものようにネタ探しで神社に向かったら、見間違いようが無い貴方の姿を境内で見かけた時は本当に驚いたんですよ。報告後にもう一度確認で神社に向かおうと思ったら、あっという間に話が広がっていて
文はそう言って呆れた様にため息をつく。どうやら俺が『博麗神社』に居た間に山は大騒ぎだったようだ。
「...ですが、
"天魔"は天狗全体の、且つ『妖怪の山』の長としての称号だ。普段は山頂に近い場所に建てられた『九天の社』に住み、祭事や『妖天閣』での御前会議などの公務の時に降り立つ。普段姿を見られない事も相俟って、天狗は勿論、他種族の山の住人からも畏れられている。俺が目覚めた事が分かって大騒ぎになった住人をすぐに落ち着かせる権威は変わらず盤石な様だ。
「...とは言え、長くは我慢できなさそうな人も居るので今日がいいタイミングです。――主に誰なのかは、影政さんならよく解っているでしょう?」
「...あぁ。直接、話さないとな」
文の問いに頷く。
―――
「是非ともそうしてあげてください。あの娘以外にも、
文はそう言って卵粥を食べるのを再開した。
~妖怪の山 山中~
side-???
「...はぁ」
小休止で太い木の枝に降り立ち、ため息をつく。―――五日前に
―――『...文さん?血相を変えてどうしたんですか?』
―――『ごめん、話してる時間は無いの!あぁ、でも――
―――『それはどういう...って、もう居ない。とりあえず神社を――』
―――
―――『今日から鍛錬に参加だな。お前も影政から色々学んでくれると嬉しい』
―――『改めてよろしく頼む。人間ではあるが、お前の白兵戦技能の糧になれれば幸いだ』
―――平時の哨戒、有事の尖兵という役目上、余所者には輪を掛けて排他的な私達"白狼天狗"。そんな私達と、人間でありながら種族全体、特に
私達は、彼から多くの学びを得た。そのおかげで、
「...父上...」
―――『っ...貴女さえ殺れば!!』
―――『なっ?!どうして――』
―――『椛――がっ...?!』
―――『父上?!』
―――最前線で、
―――『死ね!死ねッ!!吸血鬼に与した裏切り者は一人残らず私の手で「椛、落ち着け!」ッ――師匠...?!』
―――暴れていた私を止めたのは、他種族の援護から戻って来た影政様だった。激しい感情に吞まれていた私は本能的に斬りかかって、影政様が得物を受け止めていたのに気付いて理性を取り戻した。私の周りには敵も味方も居らず、
―――『あ...あぁ...私...父上を...師匠まで襲ってしまうなんて...私、は...』
―――『...そうか。伝令の文から聞いたが......だが、今は堪えろ。まだ戦局は決していない。その感情をぶつけたいなら、全てが終わった後に俺にぶつけろ。...お前は優秀な娘だ、きっと乗り越えられる』
―――師匠は私を怒る事無く、優しい笑みを浮かべて落ち着かせるように頭を撫でてくれた。
―――『...藍、どうした?――何?
―――『...師匠、まさかお一人で――』
―――影政様は、
―――『そんな...噓、ですよね?師匠が倒れるなんて...』
―――『...噓ではない。アイツは
―――止めるべきだった。
―――百年間、影政様が目覚めるのを待っていた。ずっと目覚めないのかと不安が渦巻き始めていた時に、影政様が目を覚ました事を知った。『妖怪の山』を救ってくれた事、
―――『天魔より、山の全ての民に告ぐ。
―――
「...でも、いつになったら来るのかな」
思わず呟く。一昨日、『紅霧異変』という
「...元気がないな、椛」
「...
「...相変わらず元気が無さそうだから様子を見に来た」
隣の木の枝に、鴉天狗と白狼天狗の要素を合わせ持つ唯一種族"灰天狗"―――赤い頭巾を被った灰色の長髪をローポニーテールで結い、白い上衣の右腕に黒い篭手と肩当を装備し、濃紺の袴と赤い一本足の下駄を履き、黒檀色の和弓を背負った背中には一対の
「今日の仕事はいいんですか?」
「...今日は
「...あぁ、なるほど」
翔琉さんは特殊な立場にある。固定された仕事は無く、状況に合わせて仕事が振られる。今日は
「...やはり、影政が未だ来ないのがもどかしいか?」
「...はい。律儀な方ですから、目覚めたことを報告しに来ない筈がないと思うんです」
「...他の場所を回っている可能性もある。...私達だけではない、誰もが影政の生死を心配していたからな」
私の言葉に翔琉さんは感情が読みにくい糸目を変えず、困ったように眉を少し顰める。
「...心配なら
「――そんな事できませんよ。確かに
翔琉さんの提案を否定する。私達白狼天狗は
でも、私は
「...相変わらず真面目だな。...山の外に少し視界は広げているだろう。
「
翔琉さんにそう答えながら、何気なく
「...まさか、
「...はい...文さんと一緒に、
―――
<『...。...』
<『...!!』
二人は肩を並べて飛んでいて、此方には聞こえない影政様の言葉に文さんが驚いた顔で何か文句を言っている。
「...文は昨日、自由行動で山を出ていたな。...そうか、影政の所に居たか。――椛、私は
「...は、はいっ...!」
翔琉さんが飛び去る音を聞きながら、近付いて来る二人を注視し続ける。進路は変わっていない。
―――この時を、ずっと待っていた。やっと、直接話せる。
「...影政様。今、出迎えに行きますね」
麾下の哨戒班の仲間を呼び集める呼符を発動し、木の枝を足場に跳んで影政様の方へ近付いていく。そろそろ仲間の視界でも捉えられる距離だ。皆、呼符を発動した意味をすぐに察して向かって来る筈。
―――
~妖怪の山 妖天閣~
side-文
―――『天狗の里』の中心にある巨大な楼閣『妖天閣』。山の妖怪の集会場であり、ここで様々な物事が決められる。議場には手空きの天狗、他種族からの参加者が下座にビッシリと並べられた座布団に座り、上座に注目している。私は下座の先頭列に座り、上座を眺めていた。他種族の者達は空いてる座布団に座って同じように上座に注目している。
「――文、隣いいかしら?」
「えぇ、大丈夫ですよ。...やはり雛さんも来たんですね」
「私にとって最大の恩人ですもの。...本当、目を覚まして良かったわ」
山に住む厄神様『
―――彼女は人間が流した"流し雛"等から厄を集め、再び還らないように操り見張っている妖怪だ。その特性故に近付く者に溜めた厄を移して不幸にさせてしまう為、孤独な妖怪だった。しかし性格は反対に人懐っこく、気にしない風に見えつつも内心は寂しそうだった。―――影政さんと出逢うまでは。
―――『他者と話したいが溜めた厄で近付けない、か。...俺なら何とか出来るかもしれない。
翔琉さんを通して彼女の悩みを知った影政さんは、
「――皆、静粛に。これより会見を始める」
「...っと、始まりますね」
場の騒めきが小さくなっていき、会見が始まると察して姿勢を正して上座に注目する。
―――背筋を伸ばし、正座する影政さんの背からは怯えや緊張は一切感じられず、冷静沈着に座している。彼の隣には、影政さんの親友である翔琉さんが同じ様に座っている。
その二人の前には八人の
そして―――上座の最奥、御簾の先には私達天狗、且つ『妖怪の山』の長たる"天魔"『
「...『牙門影政』、
飯綱丸様はそう言って頭を下げると、七人の大天狗も続いて頭を下げる。本来なら他種族の客人であろうと大天狗は頭を下げない。大天狗は『九天の社』から滅多に降りない
―――
天狗以外にも集落や社会を形成する種族は居る。だからこそ偶に種族間の対立も起きるが、それを調停するのも私達天狗の役割だった。しかし
―――そこに駆け付けたのが影政さんだった。劣勢に立たされていた私達の前に立ち、翔琉さんと協力して八面六臂の動きで絶望的な戦局を優勢に塗り替えていった。彼一人の加勢で、山の
「...俺からも、感謝を伝えたい。あの絶望的な劣勢下でも諦めなかったお前達だったからこそ、間に合わせることができた。――そして、申し訳なかった。幻想郷を崩壊させない為の策が結果として幻想郷、そしてこの山に崩壊の危機を招いてしまった。
影政さんがそう言って頭を下げると、大天狗八人が揃って驚いた表情を浮かべる。
「あ、頭を上げてくれ!それについては
「...感謝する」
すぐに驚愕から持ち直した飯綱丸様の言葉を受けて影政さんは頭を上げる。
「...影政、私からも礼を言いたい。...あの時応えてくれなければ、持ち堪えられず山は
翔琉さんが影政さんの方に向き、そう言って頭を下げる。
「――あの急報を聞いた時は少し迷ったがな。宗二や妹紅が"里は任せろ"と押してくれなければ里の防衛に回っていただろう。里もこの山も、それぞれ人間と妖怪の
山への加勢を迷っていたとは初めて知ったけど、その理由に納得出来た。『人里』と『妖怪の山』は、それぞれ人間と妖怪の最高の文明水準と規模を持つ。正に
「...そうか。...お互い、良い友人を持ったな」
「あぁ、そうだな」
二人はフッと笑い合う。男同士の友情に場が和んだ気がした。
「――影政」
ふと、上座の最奥から静かながら凛とした声が聞こえ、私達は一斉に頭を下げる。
「...私からも、直接感謝を伝えたい。
微かに衣擦れの音がする。...顔を上げずとも、天魔様がしたことが分かった。
「――飯綱丸、後は任せる」
「はっ!...さて、影政。堅苦しい会見は終わりだ。次は――」
~天狗の里 広場~
side-影政
「...昨日我が家で飲んだばかりなんだがな。幻想郷の住人は大概宴会好きなのは承知だが」
「すみません、
「まぁ、な。話すべき住人達も集まっているようだしな」
広場にテーブルやゴザが敷かれ、酒や料理が並べられていくのを眺めながら言ちると、隣に立つ文が悪びれる様子もなく謝罪する。
―――会見が終わり、話すべき山の住人達の下を回ろうと考えていたら、龍の号令一下、俺が目覚めた事を祝っての宴会の準備が始まった。昨日の宅飲みから続いてだが、天狗以外の山の住人も参加すると聞いて主賓としてもてなされる事を受け入れた。
「...じゃ、私も準備の手伝いに行ってきます。影政さんはここで眺めていて下さい。主賓に準備をやらせるのは無礼ですしね」
文はそう言って準備で往来する天狗達の中に混ざっていく。
「...しかし、昼から酒か。
会見は昼前に終わった。準備が終わって宴会が始まれば丁度昼を越えるだろう。昼から酒を飲む事から、嘗てこの山を支配していた鬼の頂点に君臨していた萃香達
「...目覚めてから飲んでばかりだな、俺」
『紅霧異変』解決後の宴会、我が家での宅飲み、その後の萃香との呑みに続いてこの山でも飲む羽目になった事に思わず苦笑する。幻想郷で宴会は付き物であるし悪い気はしないが、
「...だが山を挙げての宴会を開く程、俺が目を覚ましたことが嬉しいということでもある、か」
準備が進む広場を眺めながら、改めて俺の百年間の眠りの影響の大きさを実感した。