~妖怪の山山中 大風穴入口~
side-影政
「...相変わらず、怪物の口みたいな入口だな」
露出した岩肌に聳える、蔦に覆われた大きな洞窟の入口を眺めながら呟く。
―――『妖怪の山』の山中にある、深く大きな竪穴の洞穴『大風穴』。幻想郷の地下深くに広がる地下世界『地底』へ繋がる洞穴だ。―――挨拶回りの次の目的地は、その『地底』にある。
「...『地底』も吸血鬼異変で侵攻されたが、被害は少なかった。...終わった後に、地上に出て加勢するか否かで揉めた際の被害の方が大きかったようだが」
「...アイツららしいな。会ったら詳しく聞いてみるとしよう」
俺の隣に立つ翔琉の言葉にそう返す。
―――『天狗の里』での宴会を終えた翌日。一夜を翔琉の家で過ごし、彼の見送りを受けて『地底』に向かおうとしていた。椛や文、はたて、龍とは朝に挨拶を交わしている。今頃は各人仕事に従事しているだろう。
「――そろそろ行くとしよう。アイツに伝言したいことはあるか?」
「...そうだな..."いつか気まぐれで降りた時に飲もう"。そう伝えてくれ」
「分かった、確と伝えよう。...またな、翔琉」
「...またな、影政。...いらない心配だろうが、気を付けてな」
翔琉に見送られながら洞窟に入る。
―――少し進めば、天井や壁に群生している淡く青白い蛍光を発するキノコが洞窟内を照らし始める。どんなキノコなのかは分からないが、少なくとも洞窟内で灯りに困る事は無い。
緩やかな下り坂を降りてすぐ―――広大で底が見えない竪穴の洞窟が眼下に広がる。ここを降りれば、『地底』に辿り着く。急ぎという訳でもない、ゆっくり降りて行けばこの洞窟に住む知り合い達にも会えるだろう。
「...行くか」
竪穴を見下ろし、降りるべく一歩を―――
...ギュッ...
「――なっ...」
「...んー...」
―――突然だった。背後から誰かに抱き着かれ、顔を擦り付けられる少しくすぐったい感覚を感じる。―――しかし、背後から聞こえる、くぐもった少女の声は聞き覚えがあるものだった。―――百年経っても変わらず、神出鬼没な娘だ。
「...えへへー..."影兄"、百年振りだね」
「...いつからここに居た?」
「ついさっきだよー。翔琉と洞窟の前でお話してるのが見えたから、驚かそうかなーって」
少女は背後からそう答えながら俺から離れ―――
...フッ...
「――元気そうでよかった、影兄。百年振りだね」
「お前こそ、変わりないようだな、"こいし"」
一瞬気配を消した様に目の前に現れ、薄く緑がかった癖のある灰色のセミロングの髪に薄い黄色のリボンを飾った鴉羽色の帽子を被り、黄色い生地に、二本白い線が入った緑の襟、鎖骨の間と胸元とみぞおちあたりに一つずつ付いたひし形の水色のボタン、黒いフリルを飾った袖の上着を身に着け、緑の生地に白線を二本飾り、薄くラナンキュラスの刺繡を飾ったスカートと黒い靴を履き、左胸に浮かぶ紫色の瞳を閉じた第三の目から一本は右肩を通って左足のハートへつながり、もう片方は一度顔の左でハートマークを形作り、そのまま右足のハートへつながる管を伸ばした"覚"の少女―――『古明地こいし』は緑色の瞳を輝かせて屈託のない笑みを浮かべた。
~地底 大風穴~
side-こいし
「...お前の言う通り、留守のようだな」
「やっぱり、街に降りてるんじゃないかなー?私が登ってきた時も居なかったし」
地上と『地底』を繋ぐ洞穴に点在する横穴みたいな洞窟の中の一つ――生活感がある洞穴を覗き込む影兄にそう補足する。
「なら、このまま降りていくか」
「だねー。もっと影兄のお話聞きたいし」
「...こっちも、そっちの方で百年間で起きたことを聞きたいしな」
影兄は私の言葉に頷き、速度を少し緩めて洞穴を降りていく。
―――影兄は、山の嫌われ者だった私とお姉ちゃんを助けてくれた恩人で、その時から少しして『地底』に移住した後も地上の住人でありながらも度々『地底』に降りて来ては私達を気にかけてくれる、血は繋がっていないけどお兄ちゃんみたいな存在だ。―――お姉ちゃんはいつも重要なお客さんを相手にするように振る舞ってるけど、内心は私と同じだと心が読めなくても分かる。
―――『こいし、あなた何を...?!』
―――『――もう、嫌なの。酷いことをするつもりは無いのに皆に嫌われて。――だったら、この忌々しい目を閉じちゃえば...!』
―――私達"覚"は、相手の心を読める。それで他者を揶揄ったり、驚かせたりする人も居たらしいけど、私達姉妹は『妖怪の山』と呼ばれる地上の大きな山で慎ましく過ごしていた。―――それでも、山の住人の殆どからは嫌われていた。心を読む力は能力というより種族としての特性で、読む事を任意で止める事が出来なかったせいだった。相手を見ると、勝手に相手の内心を読めてしまう。
―――私はそれに耐えられなくて、自分で目を閉じた。あの時に感じた苦痛は今でも思い出せてしまう。私は必死にその苦痛に堪えた。心を読む目を閉じれば、きっと嫌われなくなる―――そう思い続けた。
―――『目を閉じた?"覚"の言葉は信用ならないな』
―――『そのいつの間にか居たり消えたりするの、不気味なんだよ。こっちに来るな!』
―――でも、苦痛を堪えた先に待っていたのは変わらず嫌われたままの私達と、無意識を操る程度の能力を目覚めさせた私がもっと嫌われるという残酷な現実だった。お姉ちゃんは私の心を読めなくなっても変わらず接してくれたけど、より嫌われるようになった私は外に出るのが怖くなった。
―――『...アンタら、"覚"ね。――心を読む力は面倒ね、殺るか』
―――『こいし、逃げてッ!!貴女の能力なら――』
―――『お姉ちゃん?!』
―――あれは、いつだっただろうか。外への恐怖を和らげようとして、お姉ちゃんと一緒に家の外に出たら、すごく不機嫌そうな紅白の巫女に襲われた。山を支配していた"鬼"みたいにめちゃくちゃに強くて、喧嘩なんてしたこともない私達に抵抗出来る方法は無かった。私はお姉ちゃんに無理矢理突き放されて、違う方向に逃がされた。
心を読めるお姉ちゃんなら巫女の心を読んで行動を予想出来るからそうしたんだと思うし、私の能力なら気付かれずに逃げられる。―――でも、私はお姉ちゃんを置いて逃げるなんて出来なかった。お姉ちゃんを失ったら―――私を想ってくれる人が居なくなってしまうから。
―――『――お姉ちゃんッ!!』
―――『こいし?!どうして逃げなかったの?!』
―――『...あ?アンタいつの間に居たの?...まぁいいか。姉想いなのに免じて、二人纏めて楽に――』
―――私は巫女の攻撃らしき大きな音を頼りにお姉ちゃんの下に戻った。お姉ちゃんは、ボロボロだった。心を読むだけじゃ逃げられなかったんだと思う。私はせめてお姉ちゃんだけは救おうとして前に立った。そのまま巫女の攻撃を庇おうとして手を広げて―――
―――『――零、何をしている?』
―――『――おぅ、いつか見た『博麗の巫女』じゃねェか』
―――『ちっ...面倒なのが二人も...!』
―――その時だった。紅装束の剣士の人間と、山を支配していた鬼の頂点が割って入って来たのは。"零"と呼ばれた巫女は、二人を見て露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。
―――『...最近ぽつぽつ見かけてた、惨殺された住人の遺体。霊力の痕跡からしてもしやと思ってたが、やっぱりテメェだったか。妖怪への強過ぎる敵愾心も考えモンだな、"マサ"よォ?』
―――『...零、また勝手に妖怪狩りか。...その"覚"二人から手を引け。昨日に続いて紫の説教を食らいたいか?』
―――『...っち!運が良かったわね、アンタら。今度会ったらこうは行かないわよ!』
―――逃げに徹すればそれなりに強いお姉ちゃんを一方的にボロボロにさせる位強い筈なのに、巫女はあっさり引き下がり、二人の言葉で不機嫌さを増した表情を浮かべてその場から飛び去った。
―――『――大丈夫、ではないか。何もしてないのに殺られそうになったんだ。...あの巫女とは一応師弟関係でな。師として弟子の不出来を謝ろう。――すまなかった』
―――お姉ちゃん曰く心から私達に謝罪してきたのが、影兄との交流の始まりだった。
~地底 大風穴 地底側出入口~
side-影政
「...ゆっくり降りると、流石に少し時間が掛かるな」
「でも、別に急いではないでしょー?...お姉ちゃんも皆も、ずーっと心配だったんだからね」
『大風穴』を降り切り、洞穴から出る。こいしと肩を並べて足を止め、『地底』の天井を薄っすらと照らす街灯りを放ち、様々な音が混ざり合った喧騒を響かせる広大な街―――『旧都』を臨む。
「ここからでも聞こえてくる喧騒。変わっていないな」
「相変わらず鬼は飲んで騒いで喧嘩してばっかりだよ。...吸血鬼異変の時は違う意味で騒がしかったけど」
―――『地底』での挨拶回りの目的地の一つである『旧都』は元々、『灼熱地獄』に勤める獄卒達の為の歓楽街だった。死神頭の親友から伝え聞いただけだったが、まさかここをしっかり調べる事になるとは思っていなかった。
―――『...影政、一つ頼まれちゃくれねェか。――俺らは、山の嫌われ者の連中も連れて山を降りる事にした。降りる先のアテはあるが、一足先にそこを調べて欲しいのよ』
―――幻想郷創造から百年も経たなかったある時。親友であり、『妖怪の山』を支配する鬼の四天王の一人から『地底』の探索を依頼された。その際に街を見付け、死神頭の親友の話を裏付けられた。
それから賢者や閻魔と移住の是非や条件について話し合い、移住が決まった。鬼は『灼熱地獄』の獄卒として働き、他種族で働ける者は歓楽街で働く事を条件に、鬼と嫌われ者の妖怪達は『大風穴』から『地底』へと去った。移住当初は慣れない地での暮らしへの戸惑いや反発はあったが、すぐに順応していった。
―――状況が変わったのは、移住して二百年程経った時だった。『地獄』へ墜ちる魂の数が想定より少なく、獄卒頭の人鬼の提案により規模を大きく縮小し、悪人の監獄として再構築する事になった。最も規模が大きかった『灼熱地獄』は真っ先に対象となり、縮小と同時に街も放棄される―――筈だった。
山を降りた鬼や妖怪達が、声を揃えて街を自分達で利用したいと獄卒頭の人鬼に嘆願した。折角得られた住処を失いたくない事、自由気ままに生きてきた鬼にとって獄卒は肌に合わなかった事が主な理由だった。
―――『成程。お前達の意見はもっともだ。――だが、条件がある』
獄卒頭の人鬼は街を残す条件として、『灼熱地獄』縮小後も残留する怨霊を地上に溢れさせないように監視する事、放棄された『灼熱地獄跡』の維持管理を提示したが、住人達は満場一致でそれらを受け入れた。この時にこいしの姉が"地底の管理者"として推薦された。"覚"の心を読む力が統治に向くと思われての推薦だった。
―――『儂は話術を駆使せねばならぬが、心を読む力は使わずとも抑止力となる強力なものだ。問題解決にも有効であろうしな。儂もお前を管理者として推したい』
―――『...分かりました。微力を尽くして役目を果たしましょう』
彼女は当初固辞していたが、他に統治者になろうと志願する者も居らず、獄卒頭の人鬼からも推され、彼女は渋々ながらも管理者を引き受けた。
統治体制が決まり、街の北側―――『灼熱地獄跡』に繋がる大穴に蓋をするように管理者の住まいたる『地霊殿』が建設され、鬼や嫌われ者の妖怪達が自由気ままに生きる街『旧都』として今まで『地底』の象徴として存在している。
―――閑話休題。
「じゃ、行こっかー」
「あぁ。まずは、境界守とだな」
こいしと共に歩き出し、領域を示すように流れる川に掛かる橋に向かう。
―――橋の真ん中辺りで欄干で頬杖を突いて暇そうにしている少女―――金髪のショートボブから尖った耳が覗き、橋の様な意匠を施したペルシアンドレス風の服を身に着けている―――橋姫『水橋パルスィ』に近付く。
「...ん?誰か...し...ら...」
パルスィは俺達に気付いて緑色の瞳を向け―――俺を見るなり目を点にして言葉を詰まらせる。
「やっほー、パルスィ!ほらほら、影兄が目を覚まして地底に来たんだよ!」
「...百年振りだな、パルスィ」
「...な...ん、んんっ!...変わっていない――訳でも無さそうだけど、少なくとも元気そうね。妬まs...くはないわね。...本当、無事でよかったわ」
呆然としていたのを誤魔化すように咳払いした彼女はそう言って、安心したように微笑む。
―――出自や能力もあって、口を開けば"妬ましい"と出る程に嫉妬深いが、性根は"橋姫"らしく親切で優しい性格だ。"嫉妬心は強いが、心の奥底では敬意や憧れを持っている"とはこいしの姉の評価だ。
彼女もその嫉妬心と能力故に嫌われて山を去った妖怪の一人だが、地底への移住の際に境界守の役目を斡旋した為か、俺にはそれほど嫉妬心を向けていないようだ。
「...というか、こいし。貴女いつの間に『大風穴』に行ってたのね。それで影政を連れてくるなんてね、妬ましいわ」
「影兄を見付けたのは偶然だったけどねー。ちょうど地底に降りようとしてたんだ」
「『妖怪の山』での挨拶回りを終えたのでな。『大風穴』を降りようとしたら、こいしと出くわした訳だ」
「ふぅん、なるほどね...それで、今度は地底で挨拶回りという訳ね?」
「あぁ。...パルスィ、"ヤマメ"達を見てないか?『大風穴』の住処には居なかったようでな」
パルスィの問いに頷きながら、『大風穴』に住む知り合い二人について尋ねる。境界守として『地底』の住人の動向も見ている彼女なら何か知ってるかもしれない。
「二人なら、朝から旧都に出てるわよ。多分何処かで酒か料理でも摘んでるんじゃないかしら」
「そっかー。じゃ、そろそろ行こっか!パルスィ、影兄を通して大丈夫だよね?」
「...聞かなくても分かってるでしょう?影政は私達山の嫌われ者に居場所を作る手伝いをしてくれた恩人なんだから」
「一応境界守でしょ?だから聞いてみただけだよ。さ、行くよー!」
「っと、引っ張るな引っ張るな...パルスィ、挨拶回りを終わらせた帰りがけに、旧都で酒か肴でも買って来る。今まで境界守を続けてる訳だからな、その労い――だから引っ張るな...!」
「は?...べ、別にそういうのは――」
パルスィの返答を聞き終える前にこいしに引っ張られ、そのまま橋を渡って『旧地獄街道』へと入った。珍しく妬みも無い素で驚いた表情だったが、一人で役目を果たし続けているのを労う事の何がおかしいのだろうか。
―――「行っちゃったわね...相変わらず、律儀な人ね。目を覚まして元気そうなだけでも充分なのだけど...私に"境界守"を斡旋してくれて、しかも労おうとまでするその律儀さと優しさ――妬む気すら無くなるわ」
~旧都 大通り南側~
side-こいし
「てめえやりやがったな?!歯ァ食いしばれェ!!」
「こっちの台詞だこの野郎!!」
「喧嘩だ喧嘩!おらもっと酒だ!」
「や ら な い か ♂」
「アッーーーーー♂」
「阿部の兄貴がヤりまくってるぞ!道下の野郎はどこだ?!」
「アイツなら喧嘩に巻き込まれて伸びてるぞ!逃げろ!」
『旧都』は東西南北を通る大通りを中心に作られている。北に行けば私達の家『地霊殿』に、西に行けば『封鎖地区』、東に行けば『旧都温泉街』。そして―――今私達が歩いている南側は、鬼が屯する居酒屋が建ち並ぶ『宴祭区』だ。東の温泉街も鬼が執り仕切っているから、『旧都』の南東一帯は実質鬼の領域だ。
「...相変わらず南側は騒がしいな」
「飲んで騒いで喧嘩して、よく飽きないよねー」
「鬼はそういう種族だからな。人間との真剣勝負がめっきり無くなった今では、酒と喧嘩が友の様なものだ」
影兄は左右に建ち並ぶ居酒屋に犇めく鬼達を見回し、ヤマメ達を探しながら答える。
―――『旧都』を実質支配する鬼は、元々人間との真剣勝負が大好きな種族だったらしい。影兄程じゃないけど、私達に親身になってくれている鬼の大将は、その真剣勝負で影兄と親友になったという。
でも、非力な人間相手に全力で勝負していたせいで、段々と人間は罠に嵌めたり、術の類を多用したりと鬼にとって卑怯な戦い方をするようになった。幻想郷創造の直前の時点で、鬼の大将は人間に見切りを付けていて、地底への移住を考えていた。嫌われ者の妖怪達への迫害が深刻になり始めていた事に山の支配者として対応を考えていたのも地底への移住を決意する要因になったらしい。地底への移住が実現して、こうして『旧都』になった今ままで、鬼達はお酒と喧嘩で欲求を満たしているという。
―――閑話休題。
「...しかし、見当たらないな」
「やっぱり南側には居ないのかなー?南東一帯は鬼ばっかりだし、喧嘩に巻き込まれたくなくて、北か西の方に居るかも」
「...一理あるな」
お酒が飲めるお店は南東一帯に集中してるけど、北や西に無い訳じゃない。そっちの方にあるお店はここらよりずっと静かに飲めるから、喧嘩を避けたい他種族がよく集まっている。影兄にそう提案すると、納得したように頷く。
「そうと決まれば、さっさとここらを抜けよう。下手に喧嘩を吹っ掛けられ―――」
ガッシャン!!
「きゃっ?!」
―――突然、背後から何かが飛んできて咄嗟に身を躱す。目の前に酒瓶が落ちて破片と中身が飛び散る。幸い当たらなかったけど、突然のことに影兄の背中に隠れる。酒瓶が飛んできた方を振り向けば、顔を真っ赤にした、虎柄の腰巻を履き、半裸にヨレヨレの藍色のドテラを羽織った、額に小さい二本角を生やした若そうな鬼が居た。
「あぁ、悪ぃ悪ぃ。らっぱ飲みしようとしたら手ェ滑っちまってよォ...ひっく...怒ってるか?怒ってるよなぁ?...うぃっく...」
鬼の大将なら"まだまだひよっこ"と言う年齢みたいだけど、かなり力はありそうな雰囲気だ。
「...幸い当たりはしなかった。次は気を付けろよ」
「...あ?ノリ悪ぃな...さては旧都のヤツじゃねぇな?ひっく...なら、ここでの礼儀を教えてやるよ」
影兄は喧嘩を避けるように穏当な言葉を返すけど、鬼は指を鳴らしながら此方に近付いてくる。案の定、喧嘩を吹っ掛けるために酒瓶を投げてきたようだ。
<お?また喧嘩か?
<あいつも血の気が多いな。しかも鬼じゃねぇヤツか、ご愁傷様...
<...ん?あの紅装束の剣士どっかで...
「か、影兄どうするの?!ここは逃げた方が...!」
「随分昔の話だが、俺は鬼の四天王を纏めて相手取った。アイツらに比べれば目の前のコイツはまだ弱い。...それに、向こうは逃がす気もなさそうだしな」
「旧都じゃ喧嘩は酒の肴だ。周りを見ろ、皆俺らの喧嘩を見てぇのさ。...逃げ場は無ぇぞ」
周りに野次馬の鬼達が囲うように集まり始め、喧嘩を吹っ掛けてきた鬼も影兄を逃がす気は無さそうで、野次馬が作った喧嘩場を見回して不敵に笑う。
「...そのようだな。仕方ない、俺でいいのなら相手になろう。...こいし、離れてろ」
「う、うん...影兄が強いのは分かってるけど、無茶はダメだからね!」
「へっ、俺ァ大将と姐御に一目置かれてる腕利きだ。せいぜい楽しませろよ?」
<早くしろー!
<...思い出した!おい!大将か姐御呼んで来い!早く!!
<急にどうしたよ、オッサン?
<あの剣士は昔山で四天王と戦ったヤツだ!
<...そういや、いつも大将が話してたヤツの特徴があるような...
<やれー!やっちまえー!
影兄の傍を離れる。野次馬達が騒めき始める中で影兄は足を肩幅に広げ、右足を少し後ろにずらし、手は下げたままで向こうが仕掛けてくるのを待つ体勢になる。
もし影兄が不利そうだったら、能力でこの場を離れて助けを呼ぼう。鬼の大将かもしくは―――
「...そっちが来ねぇなら、俺が―――」
...フッ...
―――ズンッ!!
「っ...?!」
「...へ?」
―――突然だった。一瞬何かが落ちてくる風切り音が聞こえたと思った瞬間、目の前に浅いクレーターが出来上がっていた。その中心には、ピクリとも動かない影兄に喧嘩を仕掛けた鬼と―――
「――よォ、影政。やっとこさ目ェ覚ましたか」
「――あぁ。百年振りだな、嶽丸」
ボサボサの短い黒髪、額には長さ三寸の真っ赤な角が三本、瘦せ筋の上半身に燃え盛る炎の意匠をあつらえた白い着物を右肩から右腕まではだけさせて羽織り、下半身には黒地に雷の意匠の刺繡をあつらえた革の具足と草履を履き、鬼の背中に乗りながら切れ長の目で影兄を見つめる、元『妖怪の山』の"鬼の四天王"の一人で、影兄の親友でもある『鈴鹿王嶽丸』が豪快な笑みを浮かべた。
―――to be continued―――