~旧都 大通り北側~
side-こいし
「――すまない、助かった」
「ホントに助かったよー...影兄の実力ならあんな鬼程度すぐに打ち負かせただろうけど、それでも心配だったから」
「こっちこそすまねェな、鬼共の若いのが。場数を踏みゃァいい鬼になれそうだから、ちっと目をかけてたんだが...まさか影政に喧嘩を吹っ掛けるたァ予想外だった。何度も影政の事は言って聞かせたんだがなァ...」
「アレの腕っ節は兎も角、精神はまだまだひよっこさね。タケの話は適当に聞き流してたんだろうよ」
私と肩を並べて歩く影兄、嶽丸、そして嶽丸を追いかけて来た『旧都温泉街』を仕切る嶽丸と同じ元"鬼の四天王"の一人『星熊勇儀』の三人がさっき影政に喧嘩を吹っ掛けてきた鬼について話している。
嶽丸に潰された鬼はすぐに他の鬼達の手で何処かに引き摺られていき、私達は『地霊殿』を目指して歩いていた。旧都の実力者の頂点二人が居るせいか、道行く他の住人達は驚いたように道を開けていく。
―――嶽丸と勇儀は移住前、『妖怪の山』を支配していた鬼達の頂点"鬼の四天王"と呼ばれていた。嫌われていて他の住人との関わりが少なかった私達でもその名前と、災害を起こすようなめちゃくちゃな力の強さは知っていた。四天王ではなくなった今でもその頂点の座は変わりなく、未だに嫌っている人が少なくないお姉ちゃんが管理者になっていても、二人が友人としてお姉ちゃんを立ててくれているから反抗は今まで無い。
―――閑話休題。
「...んで、影政は挨拶回りをやってるんだったな?」
「あぁ。パルスィとは挨拶できたが、ヤマメ達にまだ会えていなくてな...嶽丸と勇儀は何か知っているか?」
「温泉街の方じゃ見てないねぇ。喧嘩は避けるだろうから南側に居る訳も無し、西は目ぼしいものは無いし、だったら北側に居るはずだろうけど...」
「案外、入れ違いだったりしてなァ?とっくにやる事終えて住処に――」
...タッ...
「ぶっ...」
《にゃー!にゃにゃー!》
―――突然、影兄の顔に見慣れた猫が飛び付いた。薄っすら赤い毛先、尻尾を二本揺らす黒猫で、赤い目を輝かせてテシテシと前足で影兄の頭を叩きながら、嬉しそうな怒っているような鳴き声をあげる。
―――『火焔猫燐』、『地霊殿』で私とお姉ちゃんとで飼っているペットの"火車"だ。飼い主の私達含め、仲がいい人達は"お燐"という私発案の愛称で呼んでいる。
元々は今みたいな猫の姿だけど、私達と過ごしたおかげか人の形も取れる。けど、沢山甘えたい時はこうして猫の姿になる事が多い。
「あ、"お燐"!」
「"お燐"じゃねェか。百年振りの再会が猫の姿たァ面白ェ」
「"お空"程じゃ無いけど、影政によく懐いているからねぇ。...でもよく外出してるとは言え、一人で居るのは珍しいね?」
《...うにゃッ?!》
お燐は私達に気付いて影兄の頭を叩くのを止め、私達に頭を向けて固まる。私達すら無視して影兄に飛び付くなんて、お燐もやっぱり百年間心配だったみたいだ。
タッタッタ...
「...あ、居た居た!お燐、急にどうし...て...」
「...え...嘘...」
―――そこに、どうやらお燐と一緒に居たらしい『大風穴』の横穴に住処を構える土蜘蛛の『黒谷ヤマメ』と、その友人の釣瓶落し『キスメ』が駆け寄って来るなり、お燐が顔に張り付いた影兄を見て驚いた表情で固まる。
「――ぷはっ...急に何だ色々...って、ヤマメとキスメじゃないか。やっと会えたな」
影兄は顔からお燐を引き剥がして片腕に抱き、固まったままの二人に気付く。
「...や、やっと会えたって...私達を探してたのかい?」
「あぁ、『大風穴』の住処に居なかったからな。皆街に降りてるだろうと言うから挨拶回りしながら探していたんだ」
「...わざわざ、私とヤマメに会おうとしたの...?」
硬直から立ち直った二人は影兄が探してまで会おうとしていた事に戸惑っているようだった。
「移住してから今まで、『地底』を尋ねる度に話しかけてくれただろう?少なくとも俺は、直接挨拶すべき友人として認識しているが」
「...友人、ね。面と向かって言われると照れくさいじゃないか。...でも、元気そうで良かったよ。吸血鬼異変の後、影政は深傷を負って意識不明の重体だって聞いてたしさ」
ヤマメの言葉にキスメは頷きながら嬉しそうに微笑む。
《にゃー!にゃー!》
「...あぁ、お前の事も忘れていないぞ。百年振りだな、お燐」
《にゃーん♪》
影兄に抱かれるお燐が主張するように鳴き声をあげると、影兄はそう言ってお燐の頭を撫でる。お燐は嬉しそうに鳴きながら頭を影兄の手に擦り付ける。百年振りだからか、甘えぶりが露骨だ。百年前は隠れて(私は能力で堂々と覗けるし、お姉ちゃんは心を読めるから隠れる意味は無いけれど)影兄に甘える事が多かったのに。
「...それで、アンタ達はここで飲んでいたのかい?」
「まぁね。ちょうどお燐も暇だったみたいだから、三人で飲んでいたのさ」
「...そしたら、急に猫の姿になって飛び出したから...追いかけて来たの」
「なるほどねー。お燐の"影兄センサー"は探知力バツグンだからねー」
「待て、なんだそのセンサーは」
《にゃ、にゃー...》
勇儀の問いに答えた二人の言葉でお燐を追いかけて来た事情を知り、そう茶化すと影兄は困惑したように聞いてきて、お燐は恥ずかしそうにに頭を影兄の手の中に隠そうとする。
「せんさー...探知機、とかいうヤツか。そいつァ言い得て妙だな!昔、偶に影政と居合わせて一緒に『地霊殿』に行く時に見たが、まるで来るのを分かってたみてェに影政に飛び付くものなァ」
「流石に仕事をほっぽり出しはしないけど、その分仕事が終わった後に影政に会えた時の甘えぶりは相当だよねぇ。さとりもちょっと妬いてるらしいしね?」
《 ...ふにゃー... 》
私の茶化しに便乗した嶽丸と勇儀の言葉にお燐は恥ずかしさをいよいよ増して、影兄の手の中に頭を収めて小さく鳴いた。
「へぇ...お燐、そんなに影政の事が好きだったんだねぇ」
「...よく影政にくっついてるのは見ていたけど...初めて知った...意外な一面」
ヤマメとキスメまでニヤニヤ笑って便乗して来て、遂に鳴き声すらあげずに更に頭を影兄の手の中に収めようとする。
「――まぁ、お燐が俺に随分懐いているのはよく解った。そろそろ移動しないか?ヤマメ達も、飲みの途中だろう」
影兄が周りを見回しながらそう提案してくる。南側より人出は少ないけど、それでも私達の人数が足を止めていると往来の邪魔になる位には多い。それに影兄の言う通り、ヤマメ達も飲みの途中で来たかもしれないから、お店の人に迷惑をかけるかもしれない。
「いや、ちょうど会計しようとした矢先にお燐が飛び出したからね。それさえ済ませれば大丈夫だよ」
「おぉ、そうか!ならちょうどいい、一緒に『地霊殿』に行こうや。"覚"相手は大丈夫だよな?」
「...大丈夫。別に読まれて困る事も無いし...」
「私も大丈夫だよ。じゃあ、お言葉に甘えて一緒に行かせてもらうよ」
幸い、ヤマメ達は飲みを終える直前だったみたいだ。嶽丸の提案に二人は二つ返事で頷く。
「よしよし、ヤマメとキスメも吸血鬼異変の当事者だしな。影政も、吸血鬼異変で旧都で起きた事を知りてェだろ?」
「あぁ。...紫や翔琉から概要は聞いているが、当事者の話も聞くべきだからな。...あぁ、そうだ。嶽丸、翔琉から伝言だ。"いつか降りて来た時に飲もう"、だとさ」
「おぅ、アイツも元気そうだったか!俺らに萎縮してばっかの山の連中の中で、珍しく対等に話せるヤツだからなァ。伝言、確かに聞いたぜ!」
嶽丸の言葉に影兄は頷く。確か、ヤマメとキスメは地底に攻めてきた山の妖怪達を『大風穴』で食い止めてたんだっけ。だったら充分吸血鬼異変の当事者に当てはまる。
そして、影政がついでに伝えた伝言に嶽丸は嬉しそうに笑いながら頷く。"翔琉"...確か、稀に地底に降りて来る、影兄が『大風穴』の前で話していた灰色の天狗さんの名前だったかな。嶽丸とは友人で、行き来が許されている約定の例外の一人だったはず。
「じゃ、私は会計済ませてくるよ」
「あぁ、私らも一緒について行くよ。すぐ済むだろうけど、流石にこの人数でこれ以上留まるのは迷惑だろうしね」
「そうするか。...お燐、そろそろ移動するぞ。このままでいいか?」
《...にゃー!》
勇儀の提案でヤマメのお会計について行く事が決まって、影兄が自分の手に頭を収めたお燐に聞くと、お燐は一声鳴いて頭を出し、器用に影兄の左肩に飛び乗る。猫の姿で影兄と一緒に歩く時の定位置だ。それを見てると、改めて影兄が目を覚まして地底に来てくれた事が嬉しくなる。
「...こいし、嬉しそう?」
「...百年振りだからねー。嬉しくない訳無いじゃん」
キスメに笑顔でそう答えながら、歩き出した影兄達を追って私も歩き出した。
―――行き先は我が家である『地霊殿』。お姉ちゃんと"お空"も影兄に早く会わせてあげなきゃ。
~地霊殿 前庭~
side-影政
「...そういや影政よォ。地上で"萃香"を見てねェか?」
「..."萃香"?あぁ、一昨日の夜に会ったぞ。"私は地上でも上手くやっている"、と言伝を預かっている」
大通りを抜け、地霊殿の前庭に入った所で嶽丸が萃香について聞いてくる。
「そうかそうか、そりゃ良かった!アイツ、寂しがり屋な所があるからなァ。今まで耐えられていたのがすげェ位だ」
「――とは言え、『地底』に移ってから数百年。人間は鬼のことを忘れているだろうに、よく地上に戻るって決めたもんだよ」
「まァ、影政が居るなら寂しくはねェだろうよ。数少ねェ呑みに付き合える親友だしな!」
嶽丸はそう言ってガハハと笑う。
―――そう言えば、目覚めた際に紫から萃香の事は聞いていなかった。何か伏せる理由があったのか、それとも言い忘れただけか。...紫の性格をそれなりに知っている身としては後者が否定出来ない。
そうして嶽丸達と会話を交わしていると、大理石の素材そのままの薄い灰色の外観の二階建ての洋館である『地霊殿』が近付いてくる。
「...変わっていないな。何処も真っ赤な『紅魔館』が如何に目に悪いか分かる」
「『紅魔館』?知らない名前だねぇ。地上で"幻想入り"でもあったかい?」
「...つい最近起きた異変の首謀者と家族、友人、従者が住む館のことだ。流石にまだ伝わっていなかったか...」
俺の呟きに勇儀が首を傾げる。地上と地底は『大風穴』以外に物理的な繋がりが無く、且つ『地上と地底の相互不可侵の約定』により行き来出来る者は限られる。
『紅霧異変』からあまり日が経っていない。まだ『地底』まで情報は伝わっていなかったようだ。
「あ、もしかして...何日か前に地上を紅い霧が覆っていたのと関わるのかな?あの時はちょっと嫌な感じがしたから地上を歩くのは止めて戻ったんだけど、異変だったんだねー」
「...相変わらず勝手に地上を出歩いているんだな、こいし。能力を鑑みて黙認されているが、本来は良くないことなんだからな?」
《にゃー!にゃにゃー!》
こいしには『紅霧異変』に思い当たるものがあったようだが、百年経っても変わらない放浪癖が気に止まった。
彼女は無意識を操るが、どうやら行使する本人すら無意識に行動してしまうらしい。それ故に探そうにも捕捉する手段は少なく、約定の例外では無くとも行き来が実質黙認されているが、それでも約定を破るのは良くない事だ。
半目でこいしを見やると、お燐も便乗するように鳴き声をあげる。恐らく勝手に地上を出歩くのを止められない事で度々主に怒られているのだろう。
「はーい、反省しまーす。...っと、着いたよー。ただいまー!」
《にゃー!》
こいしが玄関の扉を開けると、赤と紫の市松模様に彩られた床、絡み合う赤薔薇と青薔薇を描くステンドグラスの天窓が張り巡らされた、広大なエントランスホールが出迎える。お燐が肩から降りて正面の二階へと繋がる大階段を駆け上っていく。恐らく執務室に居るであろう主を呼びに行ったのだろう。
「暑くもなく寒くもない、最適な気温...変わっていないな」
ホールに満ちる適温を肌に感じながら呟く。
―――『地霊殿』の真下には、放棄されても尚"魂に責め苦を与える業火"を燃やし続ける『灼熱地獄跡』に直結する竪穴がある。エントランスホールのステンドグラスは業火から発される光と熱を適度に調節し、館内を適温に保つ暖房として機能している。
「地霊殿は過ごしやすくてイイよなァ。『灼熱地獄跡』様々だな。...つくづく飲みの会場に出来ねェのが残念だ」
「アイツがその手のものは苦手だから仕方ないさね。静かな宅飲み位なら偶に付き合ってくれるのが幸いだよ」
「へぇ、飲みそのものが嫌いって訳じゃないんだね」
ヤマメが興味津々に話に混ざる。普段が物静かで争い事を好まない雰囲気だからこそ、彼女の意外な一面が気になったようだ。
「お姉ちゃんは結構強いよー?偶に皆寝静まった後で、こっそりお酒とおつまみをキッチンから部屋に持って行くの見たりするしねー。...あ、影兄。百年振りだし、今日の夜はお姉ちゃんの晩酌に付き合ってあげてね!」
「...あぁ。そう言えば地霊殿を訪ねる時、泊りがけかそうせざるを得ない状況の時はよく付き合わされていたな」
彼女は一人で静かに飲むのが好きな様だが、偶に一人か二人を招く事がある。特に、俺が泊りがけの用事等で訪ねた場合はほぼ確実に俺を晩酌に誘ってくる。その時は彼女がこいしの事や鬼達の事などを愚痴り、俺がそれを只々聞くという形が多い。
こいし曰く"お姉ちゃんも私と似た感じで慕っている"らしいが、確かに晩酌の時は普段に比べて口が軽いような気もする。
...パタパタ...
「...お、来たみたいだね」
「...あれ?足音的にお姉ちゃん一人かな?」
「恐らく『灼熱地獄跡』に行ったんじゃないか?あの娘も俺によく懐いていたしな」
ふと、階段の方からスリッパの音が聞こえてくる。どうやら主が来たようだ。スリッパの足音以外に足音が聞こえないが、恐らくお燐は主を呼んだ足であの娘を呼びに行ったのだろう。...一応いつでも受け止められるように身構えておこう。あの娘の行動は大胆...というより雑だ。
...パタパタ...
「――百年振り、ですね。影政さん。...お身体は変化してしまっているようですが、お元気そうで本当によかった」
「お前も壮健のようで何よりだ、さとり」
階段を降り、俺の前で足を止めた少し小柄な少女―――癖がある薄紫のボブに黒いカチューシャを付け、薄いピンク色の大きなフリルを飾った、黄色いハートのボタンを留めた水色の服を身に着け、ピンクのセミロングスカートと白い靴下、赤いスリッパを履き、左胸に浮かぶ赤い目を開いた第三の目から伸びる六本のコードはカチューシャや袖等に飾るハートに繋がっている―――"覚"にしてこいしの姉、そして『旧都』を含めた『地底』の管理者『古明地さとり』は俺を見て嬉しそうに笑みを浮かべた。
~地霊殿 応接室~
side-お燐
「うにゅ~...影政だぁ~...!」
「もう、お空ったら...百年振りの再会だし、今回は許しましょうか」
『灼熱地獄跡』に降りて、仕事中の"お空"に影政が目を覚まして訪ねてきたと伝えたら、『影政がッ??!!』と仕事をほっぽり出してあちこちぶつかる音を立てながら爆速で飛んで行ってしまった。
あたいはとりあえず手空きの地獄鴉達に温度管理を一時的に引き継がせ、応接室に向かう道中のあちこちに出来上がっていたお空がぶつかった跡を見て、"事が落ち着いたら怒られるだろうなぁ"、と思いながら応接室に入った。お空はソファに座る影政に抱きついてうりうりと頭をお腹に擦り付けていた。緑色の大きなリボンを留めた黒い長髪と、白いシャツの背中から出ている大きな黒い翼が揺れている。
「...やっぱり、影政が居ると迷わないね。さとり様、『灼熱地獄跡』の温度管理は手空きの鴉達に引き継がせておきました」
「ありがとう、お燐。...道中のぶつかった跡についても、今回は大目に見てあげるわ。さ、空いている所に座りなさいな」
「はーい。ヤマメ、左隣失礼するよ」
「うん、構わないよ」
当たり前のようにあたいの心を読んださとり様は半ば呆れたような微笑みを浮かべる。普段ならお空と二人してお説教コースだけど、今回は影政が無事に目覚めて、百年振りに地底に来てくれたから、さとり様も嬉しいんだろう。
百年間補充出来なかった"影政成分"を堪能するように頭を擦り付け続けるお空を見ながら、丁度空いていたヤマメの右隣に座る。
―――地獄鴉の『霊烏路空』。あたいと同じくさとり様のペットの一人であり、皆からはこいし様発案の愛称"お空"と呼ばれている。
「百年振りに見たなァ、お空の弾丸特攻。地霊殿ですら迷う癖に、影政が居る場所には真っ直ぐ行けるんだからどんだけ懐いてやがるのか...」
嶽丸はお空を見ながらそう言って頭を搔く。案の定、お空は爆速で飛んで勢いそのまま影政に抱き着いたようだ。
―――"鴉は賢い"。そんな言葉を何かの本で見た気がするけど、お空は正反対にバカ...というよりは細かい事を覚えられない鳥頭だ。大事な事は覚えられるけど、それすら意味を理解しないで覚えているものが幾つかある位には物覚えが悪い。
例えば、目的地を覚えていてもそこまでの道順を忘れて迷ってしまう。だから館内のあちこちに案内板があるけど、部屋に着いてもやろうとした事を忘れている事が稀によくあるから質が悪い。
―――閑話休題。
「影政の気配は分かるもん!しかも、今の影政からはもっと気配を感じやすいし!」
「...そうか。お空は感覚で俺の変化が分かるのか」 ︎︎︎
お空は顔を上げて誇らしげに答える。頭が悪い分感覚が鋭い所があるけど、どうやら影政は何かしら変化しているらしい。 ︎︎︎
「...影政さん。やはり貴方は――」
「あぁ。――俺は戦神になった。吸血鬼異変で吸血鬼と刺し違えた時にそうなったようだ」
「――紫の報告はマジだったって訳か。...もし生きてたらこの手でぶっ殺してやりたかったぜ」
さとり様が途切れさせた言葉を継いで、影政は変化について話す。それを聞いた嶽丸とその隣に座る勇儀は少し俯いて拳を握り締める。
―――吸血鬼異変が終わって一週間位経った頃だっただろうか。紫から影政が意識不明の重体だと聞いて、あたい含めて皆意気消沈して、心配と不安で食事も喉を通らなかった時に、紫が影政の容態の報告に来た。その時に、"影政は人間ではなくなった"と聞いた。
影政が戦神の力を振るう人間だった事、人間である事を誇っていた事はよく知っていた。でも、その誇りを穢された事より少なくとも命は繋いだ事の方が遥かに嬉しかった。―――その嬉しさは、いつまで経っても目を覚まさない事でまた心配と不安で塗り潰されたけど。
あたい達とは違って人間と真剣勝負をする位には人間好きな鬼にとっては、影政が人間では無くなった事は気に入らなかったようだ。それを聞いた時の嶽丸達は凄く不機嫌だった。少ししていつも通りになったけど、さとり様が読んだ内心では影政を戦神にした吸血鬼に怒りを募らせていたらしい。
「嶽丸達にとっては怒る事だろう。...だが、俺は戦神になったことを受け止めている。元々妖怪にかなり近かったしな。人間であることに拘るより、幻想郷を護ることがこれからもできることが嬉しいんだ」
「前向きだなァ影政は。...けどよォ、俺ら鬼は人間が好きだった。影政みてェに持てる力で全力で戦う人間が気に入っていた。それを吸血鬼は...」
影政の言葉に、嶽丸は忌々しそうに言い返す。百年経っても引き摺っている辺り、鬼にとって影政がどれほど気に入られていたのかが分かる。でも、戦神になった影政を戻す術は無い。少なくともあたいは知らない。
「うーん...よく分からないけど、影政が無事に私達の前に居るならそれでいいんじゃないかな?人間とか、鬼とか、そういう種族がどうこう?より、命が大事だと思う。私だって、あの時影政に助けてもらわなかったら、今ここに居ないもの」
お空の言葉に、重くなっていた場の空気が一瞬固まる。―――まさかお空がこんな的確な事を言うなんて思わなかった。いや、感覚に頼っているからこそなのだろうか。
「...おぅ、そうだな。影政が受け止めてるってんなら、俺らも受け入れなきゃなァ」
「そうだねぇ。種族云々に拘るより、こうして無事に生きてることを喜ぶ方がいいね。死んじまったら一緒に酒も飲めないし、喧嘩もできないしね」
固まった空気はすぐに弛緩し、嶽丸と勇儀はそう言いながら頭を掻く。心でもしっかり受け止めたのを読んだのか、さとり様がホッとしたような表情を浮かべている。
「...影政が戦神になっても、俺らの友情に変わりはねェ。そうだよな、影政よォ?」
「勿論だ、嶽丸。地底に入り浸りという訳には行かないが、飲みと...どうしてもと言うなら喧嘩も付き合ってやろう」
「ソイツは嬉しい言葉だねぇ。地底の住人じゃないのが本当に惜しいよ」
影政と鬼二人が和やかに友情を確かめ合う。
「影政の変化についてはこの辺にしとくか。確認がてら一発喧嘩してェ所だが。今は吸血鬼異変の話が優先だな」
「そうですね。...影政さんは、地底で起きたことは少ししか知らないようですし、順を追って話しましょうか」
「あぁ、それで頼む」
話題は吸血鬼異変に変わり、さとり様が影政の心を読んでそう提案する。
「最初は私達だね。キスメとお燐とで『大風穴』で駄弁っていたら、地上の方からどよめきが聞こえてきたんだ。何だろうと見上げたら...」
「...もの凄い数の山の妖怪達だった。...『大風穴』を埋め尽くす位犇めいて、目を怖いくらいギラギラ光らせてた」
ヤマメとキスメは言葉を切って顔を顰める。―――あの時の事は今でも思い出せる。あんなのは初めて見た。規則性も何も無く、ひたすらに地底を目指して押し寄せていた。
「私達は当然、できる限り迎撃しようとした。その時に、お燐を旧都に送ったんだ。足が速いし、鬼辺りに"山の妖怪達が沢山襲ってきた"って伝えられればって考えたんだ」
「...でも、お燐を旧都に行かせてから、三十分も保たなかった」
―――『うわぁ?!地上から妖怪が一杯来てるよ!洞穴を埋め尽くしてる!』
―――『...できるだけ、食い止める。...お燐は、さとりか鬼に急いで伝えて...!』
―――『っ...わ、分かった!二人共、ヤバくなったら逃げるんだよ!』
―――二人から旧都に行けと送り出された時は不安で一杯だった。ヤマメは『病気(主に感染症)を操る程度の能力』を、キスメは『鬼火を落とす程度の能力』を持っている。山で嫌われていただけあって強力な能力だったけど、それすら不安になる数が押し寄せていた。
でも、そもそもあたい達三人でどうこう出来るものじゃないのは確かだった。長く食い止めてくれるより、ヤマメとキスメの命が無事であること祈りながら、あたいは旧都に全速力で降りた。
「私とキスメは結局抑えきれずに数に押し潰されちゃってね。偶然横穴に押しやられたおかげで無事だったよ。...身体中痛かったけどね」
「...終わった後に、お燐が私達を見付けるなり抱き締められたのは痛かった...」
「死なずに済んで本当に良かったよ。...友達二人の死体を運ぶなんて御免だよ」
二人の言葉にあたいはそう返す。―――山の妖怪達の侵攻が終わった後に『大風穴』を探し回って、横穴で縮こまっていた二人を見付けられた時は本当に安心した。
「あたいは旧都に降りてすぐに嶽丸と勇儀を探したよ。その辺の酔っ払った鬼に言っても取り合ってくれなかっただろうしね。嶽丸がすぐに見つかったのは、運があたいに味方したんだと思う」
―――『嶽丸、大変だよ!大風穴から山の妖怪達が沢山押し寄せて来てる!ヤマメとキスメが食い止めてるけど、絶対長く保たない!だから早く...二人が最悪な事になる前に加勢して!』
―――『...おぅ、分かった。そんだけマジな表情なら事実なんだな。任せとけ、バカ共に誰が山を支配していたか思い出させてやらァ。お燐、テメェはさとりにさっさと伝えてこい』
―――『っ...分かった!』
あの時の嶽丸は"鬼の大将"の二つ名を体現したように本当に頼もしく見えた。私が『地霊殿』に飛び立った背後で、嶽丸は周りの鬼達に号令と発破を掛けていた。
「俺は勇儀と萃香にも伝令を飛ばして、集められる連中を集めて『大風穴』に向かった。その時にゃすでにヤマメとキスメは突破されていた。ちょうどワラワラと山の妖怪共が降りて来た所にカチ込んだのよ」
「伝令をうけた私と萃香も、鬼共を集めて大急ぎで加勢に向かったよ。――その時には七割以上殺られてたけどね、山の妖怪共が。パルスィが護る橋にすら辿り着けていなかったよ」
「...だろうな。鬼を数だけで押し潰そうとするのは無謀だ」
当時を懐かしむ表情を浮かべる勇儀の言葉に影政は分かっていたような表情で呟く。
―――いつ聞いても、この辺りの話は乾いた笑いしか出ない。飲み中の話でしか聞いたことがなかった鬼の強さが凝縮されていた。
「あたいはさとり様に報告して、すぐに『大風穴』に飛んで戻ったよ。―――その時には、勇儀まで加わってほぼ全滅してた」
「確かその時は、嶽丸が山の妖怪共を煽動していた吸血鬼擬きをとっ捕まえて締め上げてたっけねぇ。"何が起きたか分からない"って表情で逝ったのは傑作だったね」
「あんな表情を見たのはいつ振りだったかねェ。俺を見るなり逃げようとしてたが、まぁ逃げられる訳がなかったわな」
「...やっぱり、いつ聞いても鬼の滅茶苦茶な強さを実感するよねぇ。あっさり突破させた私達じゃ及ばないや」
「...私達が居なくても、普通に護れたんじゃない、かな...」
嶽丸と勇儀は懐かしむように笑い合う横で、ヤマメとキスメは乾いた笑みを浮かべる。
「ヤマメ、キスメ。自分を卑下することは無い。お前達の行動も充分『地底』を護ることに寄与している。三人で迎え撃とうとせず、お燐を情報伝達に出したのはいい判断だ」
「おぅ、影政の言う通りだ。テメェらがお燐を俺らの所に出してなきゃァ、最悪旧都の中で殺り合う羽目になってたかもしれねェんだ。もっと自分を誇れ!」
影政と嶽丸は揃ってヤマメとキスメをフォローするように言葉を掛ける。あの場面を思い返せば、山の妖怪達が攻め寄せているのを知っていたのはあたい達三人だけだった。その情報を誰かに伝えず三人で迎撃していたら...情報が伝わらず嶽丸の言う通りの展開になって、大きな被害を出していたかもしれない。そう思えば、ヤマメとキスメの判断は最善だったと思える。
「...そっか。そう考えれば、私達の判断は悪くなかったんだね」
「...私達も、あの時にちゃんと貢献できてたんだね」
二人の言葉を受けて、ヤマメとキスメは自信を取り戻したのか笑みを浮かべる。
「そう。貴女達二人のおかげで、山の妖怪達が攻め寄せてきても最小限の被害で済ませられた。...改めて、『地底』の管理者として感謝するわ。本当に、ありがとう」
さとり様はヤマメとキスメに頭を下げる。二人の友達として、こうして感謝されているのを見ていると嬉しくなる。
「...さて。問題が起きたのは山の妖怪達の侵攻を防いだ後です。お燐の報告を受けて、私は閻魔様や賢者に連絡を取ろうとしましたが中々繋がらず、やっと閻魔様に繋がって報告をした時に、『地獄』でも異変の影響があってその対応と鎮圧に追われていたと知りました。
つまり、『地底』単独で対処しなければならず、私は改めて鬼や力ある妖怪に号令を掛けて山の妖怪達の侵攻を防ごうと考えていました。――そんな時でした。また飛んで戻って来たお燐から、嶽丸達が大喧嘩をしていると報告されたのは」
さとり様はそう言って嶽丸と勇儀をキッと睨み、二人はサッと顔を逸らす。
「...きっかけは多分、私になるのかなー?能力で隠れながら嶽丸達の鬼無双を見てたんだけど、地上はどうなってるのかなーってふと考えちゃって。『大風穴』を登ってこっそり妖怪の山の様子を見に行ったんだ」
「...とうに過ぎたことだから、咎めはしない。俺はその時『妖怪の山』で翔琉と共に叛乱の鎮圧で方々を飛び回っていた。...こいしは、その時に出て来たんだな?」
「うん、そーだよ。ちょうど『大風穴』の目の前で沢山の天狗が同族同士で殺し合っているのを見ちゃってさ。地上も大変な状況だって分かって急いで嶽丸達に報告しに戻ったの」
影政が『妖怪の山』で戦っていたのは、異変が終わった後に紫から影政が重体だという報告と一緒に聞いた。こいし様は『妖怪の山』で起きていた叛乱の一端を目撃して、それを嶽丸達に報告した。―――今思えば、報告をまずさとり様にしていればこいし様がお説教を受ける程度で済んだかもしれない。
「...まァ、なんだ。こいしから地上のことを聞いて、萃香が"地上に出て加勢しよう"って言いやがってな。俺と勇儀は下手に地底の住人が地上に出たら余計な混乱を招くって反対したんだが、中々頑固でなァ...言葉じゃ埒が明かねェって喧嘩になったのよ」
「山の妖怪共と戦って久方ぶりに血が騒いだのもあってね...まぁ、街の南東一帯を壊滅させちゃったのさ。特に東側は温泉の設備をぶっ壊しまくって源泉が流れ出てもっと酷かった」
「...萃香は紫とも親友だからな。少なからず幻想郷への愛着が強くなっていたんだろうな。...だが、それはそれとしてとんでもない事をやらかしたな」
嶽丸と勇儀の話を聞いた影政は、呆れた半目で二人を見る。
―――あたいは嶽丸達が山の妖怪達を全滅させたのを見届けた後、『大風穴』でヤマメとキスメを探していた。それも嶽丸達の大喧嘩の被害を大きくさせる原因になったと思う。横穴で二人を見付け、ケガを診て貰おうと二人を荷車に入れて旧都に降りたら、既に街の建物が吹き飛び始めていた。
「えぇ、本当に大変なことをしてくれましたよ。お燐の報告を受けて直接出向いて惨状を確認して、息切れして喧嘩が止まった隙を突いて声をかけた時のお三方の反応が大変に良かったのが救いでした。
更に、お説教中に閻魔様が状況確認に来られまして。応対したお燐から事情を聞いていて、よりありがたいお説教をして下さいましたよ」
「...閻魔の説教はもう御免だ。中身は兎も角正座で何時間もはキツいぜ...」
「大声を上げて怒られるならまだ楽だけど、反論しようがない正論を静かに淡々と言われるのは堪えるよ...」
嶽丸と勇儀は嫌な事を思い出したように顔を顰める。―――あたいはヤマメとキスメをお医者の所に担ぎ込んで様子を看ていたから、その時の様子は見ていない。けど、二人が大丈夫そうなのを確認して戻ったら喧嘩中の元気はどこへやら、萎れた表情で他の鬼達と一緒に壊滅した南東一帯の建て直しをやっていた。
「南東一帯の建て直しは一週間程度で終わりました。流石鬼ですね。...以上が、地底での吸血鬼異変の影響とその顛末です。建て直し中に影政さんの重体になった経緯やお身体の変化について賢者から聞きましたが、それについては特に言うことはありません。...地上の方で色々な方から散々言われたようですしね。
――ですが、一言だけ。どうかご自分を大事にして下さい。一人で無理なら、私達を頼ってくれてもいいんですよ。地上と地底、隔絶されている以上できることは限られるでしょうが、貰ってばかりの恩を返したいんです」
「...あぁ。吸血鬼異変での俺の行動は良くも悪くも影響が大きかった。一人で背負わず、頼れるものには頼っていくさ」
さとり様の締めくくりの言葉に影政は真面目な表情で頷く。確かに、あたい達は影政から色々貰ってばかりだ。何ができるか分からないけど、もし頼られたら全力で応えたい。
「...よし、地底絡みの話は終わりだな。じゃあ、宴会すっぞ!」
「地上でも色々あったみたいだしねぇ。飲みながら色々聞かせておくれよ!」
嶽丸がパァン!と手を鳴らして宴会の開催を宣言する。勇儀も嬉しそうに笑うけど、影政は少し難しそうな表情で制止するように手を挙げる。
「...待て。宴会には賛成する。だが、その前に一ヶ所寄りたい所がある」
「...あぁ、なるほど。確かにそちらにも挨拶する必要がありますね。貴方と紫にとって縁深い方達ですから」
影政の心を読んだのか、さとり様は納得したように頷く。影政が他に寄るような場所...あ、もしかして―――
「...影政が地霊殿以外に寄る所ってェと...あぁ――」
―――『聖輦船』か。
嶽丸の言葉と、あたいの心の中で出した答えが一致した。『旧都』の西側『封鎖地区』を越えた街の外にある岩山の頂上に、半ば埋もれたように鎮座する―――妖怪諸共封じられた木造船の名前だ。さとり様や嶽丸達山を降りた妖怪達が地底に移住する前から存在していたらしい。
「確かにそこには行かなきゃならないね。...あの船に住んでる二人も災難だよねぇ。船諸共封印されているせいで船から出られないんだから」
「出られない分、話を色々聞かせてやらないといけない。...嶽丸、宴会はそれが終わってからでいいか?」
「おぅ、構わねェぞ!影政が『聖輦船』に行ってる間に、地霊殿でどんな宴会をやるか皆で考えておくぜ」
嶽丸は影政の言葉に二つ返事で頷く。
「せーれーせん...どんなのだっけ?でも、影政が行くなら私もついて行きたい!」
「お空、まだ自分の仕事が終わってないよ。今はあくまで他の地獄鴉達に一時的に引き継がせただけなんだから。今日分の仕事をしっかりやり切らないと、さとり様が怒るよ?」
「うにゅ~...」
「...今回だけは許してあげたいけど、温度管理はお空にしかできないものね」
お空が影政について行こうとするけど、あたいが止める。さとり様も仕方ないと言いたげに肩を竦める。
―――『灼熱地獄跡』の温度管理はお空の仕事だ。温度の変化はステンドグラスの暖房機能にも関わるから、適切な管理が必要だ。お空はそれを感覚だけで完璧に熟せるから、実質お空専用の仕事だ。
偶にお空が他の地獄鴉達に仕事を教えているけど、擬音語ばかりの説明だから全然覚えられないという。根気強く続けて、どうにか業火の状態を見る位は他の地獄鴉達でもできるようになったけど、温度管理はお空以外には全然出来ないのが現状だ。
「お空の仕事はお前にしかできない大事なものだ。俺が『聖輦船』に行っている間にしっかりやり切れば、俺と一緒に宴会に参加できる。...お空、やれるな?」
「...うん!私、頑張る!」
影政の言葉にお空は力強く頷く。
「では、玄関まで...皆で送りましょうか。お空は見送りが終わったら仕事に戻りなさい」
「分かりました!」
「さすがお姉ちゃん、分かってるねー!」
さとり様の言葉を皮切りに、各々立ち上がる。
―――影政が居ると、いつも以上に雰囲気が明るくなる。今回は百年振りというのもあって、もっと明るく楽しいように感じられた。
―――to be continued―――