~無縁塚~
side-影政
「――相変わらず殺風景だな。素性が分からない者達にはこれ位しかできないというのもあるが」
「そこらの石でも墓標があるだけマシってもんだ。さぁ行こうぜ」
「今は妖獣の気配は無いみたいだね。しばらくは安全に見て回れるかも」
『魔法の森』を迂回し、『再思の道』を抜けた先。草原に点々と転がる、一見そこらの石にしか見えない無縁仏達の墓標を見回し、二人と共に歩き出す。
―――『――まさか、こんな場所ができていたなんて。"人間と妖怪が共存する理想郷"なのに...』
―――『紫の夢は実現したが、それでも"人間と妖怪の関係"が変わる訳ではないんだろう』
―――『"幻想郷は全てを受け入れる。それはとても残酷なこと"...妖怪全てが高い知性を持っている訳じゃない。本能で生きる獣達には必要な場所、よね...』
―――『無縁塚』が出来たのは偶然だった。この場所は幻想郷を構成する『幻と実体の境界』と『博麗大結界』、そして幻想郷と幽世を別つ『幽明結界』の交差点であり、幻想郷に隣接する外の世界の境界と合わせて結界が曖昧になっている。その結果―――
「...っ...」
「――最初に見つけるのがコレか。幸先悪ぃな、オイ」
「――少し温かい。喰われてから時間は然程経っていないな」
―――歩いて三分程。俺達の前方に、鮮血に塗れた人間だったものがぶちまけられているのを見つけてしまう。小傘は驚きと恐怖で息を吞み、宗二はため息を吐いて頭を掻く。血溜まりの中で辛うじて形を残していた幼い子供のものと思しき腕に触れると、仄かに温かさを感じ取り、呟く。
「...まぁ、『無縁塚』だからな。行く時は必ずコイツを持っていた甲斐があるってもんだ。妖獣が戻ってくる前にさっさと供養だ」
宗二は背負っていた籠から一本のスコップを取り出す。
―――喰われた痕を見付けたら、手段があるなら土葬なり火葬なりで供養する。それが『無縁塚』での暗黙の了解の一つだ。
「......」
「...小兎姫がこうならなかったのはマジで奇跡だったんだなって、痕を見付けるとつくづく実感するぜ」
「安らかに眠ってね。...せめて、『冥界』に行けることを祈るから」
喰われた幼い子供をその場に埋め、近くに転がっていた石を墓標として置き、三人で目を閉じて哀悼の意を捧げる。
―――結界の曖昧化が生じた結果、『無縁塚』には外の世界で忘れられた者や死に瀕した者と言った外の人間が時折流れ着く様になり―――妖獣や人食い妖怪等、人間を喰らうもの達の恰好の餌場と化した。一度訪ねて軽く探索するだけで二、三程の喰われた痕が見付かる。故に、『無縁塚』に行くなら最低限土葬の為にスコップや他の掘る手段を用意しておく事が推奨されている。
「...じゃ、まだまだ探索するか。せめて刃物や武器の類は拾っておかにゃ、『辻斬り異変』の二の舞になりかねねぇ」
「...そう言えば、その異変についてはまだ詳しい話を聞いていなかったな」
「おぅ、そうだな。楽しい話でもねぇが、無言で探すのもアレだし――」
―――カランッ...
「――!」
「――あ?って、お前ら...」
「ひっ?!――って、あれ?」
―――俺達の背後で何かが落ちる軽い音が聞こえ、咄嗟に刀の鯉口を切って振り向くと―――
「...影政、さん...?」
「――紅霧異変の後、香霖堂で見せてもらった文々。新聞で知ったが...こうして直に対面すると嬉しくなるものだね」
「...星、ナズーリン?幻想郷に居る、ということは...」
「...影政、コイツらと知り合いだったのか?――いや、いつだったかコイツらから聞いたっけか」
―――俺を見て金色の瞳を点にして身体を震わせる、蓮の様な形の髪飾りを飾った、虎柄の様な黒のメッシュが入った金髪。袖口が広い白い服の上に赤い袖無しの上着を纏い、オレンジ色のスカートの上に虎柄の腰巻きを巻いた、俺を見た驚きで落としたのか、傍の地面に槍が転がっている元妖獣の"毘沙門天の化身"『寅丸星』。
―――一方で懐かしむ様に深紅の瞳を細める、鼠の耳が伸びる癖があるダークグレーのセミロング、白いシャツの上に黒いワンピースと水色のケープを纏い、腰に鼠の尻尾を伸ばし、両手に東西南北の意匠を飾った大きなダウジングロッドを携える毘沙門天の遣いたる"妖怪鼠"『ナズーリン』。
―――幻想郷創造以前。凡そ千年前に出逢った、妖怪をも救おうとしていた尼僧の下で仏門に帰依していた妖怪二人が居た。
~無縁塚 庵~
side-ナズーリン
「粗茶ですがどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
「ありがとう、星さん」
「おぅ。...って、この緑茶は霖之助の所に置いてるヤツか。この安っぽい香りは間違いねぇ」
ご主人が淹れた緑茶を三人それぞれ受け取ると、宗二が眉を上げて緑茶の出所を見抜く。確かに昨日『香霖堂』を訪ねた時に彼から"余分に買ってしまってね"と貰ったものだが、いかにも蒐集に没頭しているが故の適当な安物だった様だ。まぁ、茶葉の質を気にする者はこの場には居ないだろうが。
―――『無縁塚』で妖獣がうろついていない安全な場所に建っている、私とご主人が暮らす庵。そこに影政、宗二、小傘の三人を招き、こうして囲炉裏を囲んで歓待している。
「――にしても驚いたな。まさかお前らが見知った関係だったとは」
「――あの時から千年。修行し直すと聞いて別れて以来だな。たった一日だったが、記憶に鮮明に残る一日だった」
宗二の言葉に影政は懐かしむ様に紅い瞳を細める。
―――『何者だい?人間が妖怪と一緒に居るなんて今時珍しいけど――』
―――『待ちなさい、ナズーリン。この方達からは敵意を感じられません。――まさか私以外に妖怪と共に居る人間が居るとは...さぁ、どうぞ此方へ。廃寺なので大したもてなしはできませんが...』
―――千年程前。妖怪をも救おうとしていた尼僧―――『聖白蓮』と、ご主人含め彼女に救われた妖怪達と共に廃寺に潜む様に暮らしていた時に、影政と紫が訪ねて来たのが最初の出逢いだった。
妖怪は人間から畏れられる存在であるという認識が当たり前の当時。弟君の影響を受けたと言う聖の思想は実に珍しく―――そして到底世間に受け入れられない危険なものだった。
―――だからこそ、影政と紫が共に旅をしているというのは本当に珍しい姿であり、そして聖にとって自身の思想を理解してくれるかもしれない貴重な人物だった。
―――『姐さんがあんなに話し込むなら、警戒しなくてもいいのかもね』
―――『だねー。じゃあさ、影政と紫が出逢った経緯とか教えてよ』
―――最初は警戒していたご主人と一輪と雲山、村紗も聖と紫が楽しげに話し込んでいるのを見て警戒を解き、私達は二人と親交を深めた。
―――『成程...人の身でありながらそれ程の神の力を振るうとは――面白い...!』
毘沙門天様の化身としてその代理を務めるご主人は影政が戦神の力を振るうと知り、似た存在への興味で軽い手合わせをしたら想像以上に強く、妖怪としての本能による興奮でより激しい立ち合いになりかけて私が止めたりしたが、皆ますます二人に興味を抱いた。
―――『人間と妖怪の共存...私が目指すものと同じですね。もっと詳しく聞かせてください!』
―――『えぇ、勿論!まずはね――』
そうして話し込む中で、紫が語る夢―――"人間と妖怪が共存する理想郷"を実現しようと言う話に聖は特に食い付いた。普段より一層瞳を輝かせ話し込む様子を見て、ご主人達は嬉しそうだった。
―――『"人妖の共存"...大層な夢だね。――今のご時世、妖怪と人間が仲良く連むなんて信じられないし、忌避されるものだってのに』
―――『そうだな。――だが、紫がやると決めた以上俺は最期まで協力する。この意志を曲げるつもりはない。...ただ、白蓮の場合は――』
―――そんな様子を影政と少し離れた所で見ていた私は、彼が私と同じ懸念―――
―――実際に妖怪を救っているという行動が人間に良く思われない事が、過激な排撃に繋がる可能性を抱いていた事に少し驚いた。そして―――
―――『星は"毘沙門天の化身"だったな。白蓮の弟子でありながら彼女から信仰される妙な相互関係だが――それだけ一個人と親身であるのは危険だろう。――本来、神は信仰する者全てに平等でなければならないんだからな』
―――寺に一泊した二人を見送ったその夜。影政がご主人の様子を見て抱いていた懸念が的中してしまった。
―――『あぁ...私は、聖を...救ってくれた恩人を、聖が救ってくれた皆を見殺しにしてしまった...!こんな愚か者がおめおめと生きているなんて...っ...!』
―――『ご主人、馬鹿な真似はよせッ!!』
―――『ナズ、止めないでください!神の化身としても失格の私が生きている意味など――』
―――本当に突然だった。廃寺に術師を何人も連れた沢山の人間が押し掛け、口々に聖を罵倒しながら彼女を封印し、そのまま一輪と雲山、村紗を万が一の逃走手段として隠していた"聖輦船"共々聖とは別に封印してしまった。―――私とご主人は、その様子を見ている事しか出来なかった。
―――"毘沙門天様の代理"として、信仰する人間と敵対する事は出来ず、信仰故に聖と村紗、一輪を封印するに至ったと解っていたからこそ見殺しにするしかなかった。
―――そして、ご主人は聖達を見殺しにしてしまった事を酷く後悔していた。その後悔で自刃を図り、私は必死に説得して止めようとした。
―――『どうしても死にたいならそうすればいい。――だが、死ぬなら白蓮が死は救いとなると教えていたか思い返してからにしろ』
―――『っ...!聖は、そんな教えは一切...!...でも、でもっ...!』
―――『...これは持論だが――』
―――そんな時、影政が茫然自失とした紫を連れて戻って来て、私達の状況を即座に察してご主人を説得してくれた。真剣な表情の影政の言葉に、ご主人は救われた様だった。
―――『...大変、お見苦しい所を見せてしまいました。ですが、何とか立ち直りました。――私は、毘沙門天様の下で修行し直そうと思います』
―――『それがいいね。私も聖達に起きたことを直接報告しなければならないし』
―――『...そう...なら、これを二人にあげるわ。――いつか私達の夢が実現したら、招待される呼符よ』
―――茫然自失から立ち直った紫は私達に呼符を託し、影政に連れられて廃寺を去った。その後ろ姿はどこか悲しげで、怯えた様に震えていた。
―――残酷な現実を知ってしまった姿を見て、私は紫の夢が実現するのは遙か遠いことになるか、最悪挫折するだろうと思っていた。だが―――
―――『ようこそ、人間と妖怪が共存する理想郷――"幻想郷"へ。――千年振りね、星、ナズーリン』
―――『本当にお久しぶりですね。"寅丸星"、修行を終えて参上しました。...ここが、紫さんと影政さんが実現した――』
―――『――"幻想郷"か。まさか本当に夢を実現させるとはね』
―――『えぇ。沢山苦労したし、挫折しそうになったこともあったけど、こうして実現させて、今まで続いているわ。...けど――』
―――毘沙門天様の下に戻って修行し直して凡そ千年。呼符が使える様になっていた事に気付き、ご主人の賛意を得て招待を受ける事にした。そうして私達は幻想郷の新たな住人となり―――それと同時に、『吸血鬼異変』という凄惨な異変で影政が意識不明の重体になったと紫から聞いて、ご主人は驚きと不安で数日程茫然自失としていた。
―――『もう紅霧異変のことが記事になってるのか。随分速い――』
―――『...嘘...でしょう?この記事は偽りなく事実を書いているんですか?!』
―――『彼女は誇張することはあれど、情報そのものは弄らないよ。でも急にどうして――あぁ、成程。彼、目を覚ましていたのか』
―――『紅霧異変』と呼ばれる異変の翌日に影政が目覚めていた事を知り。今、目の前にはその本人が居る。折を見て彼の家に訪ねに行こうかとご主人と話していたが、まさか向こうから来るとは私も予想外だった。
「――影政さん。貴方から感じられるその神力。やはり、本当に...」
「あぁ。吸血鬼との決戦で、俺は戦神そのものになってしまった」
「神の力を振るう人間から戦神そのものに、か...人間から妖怪になったことを悔やむ者も居ただろうね」
影政が頷くと、ご主人の顔に暗い陰が差す。妖怪は自分達と互角かそれ以上に戦える様な力を持つ人間を好む所がある。大半が非力で、一方的に蹂躙出来てしまう人間の中に極稀に現れる存在。影政は正に、力ある妖怪達から気に入られる人間だった。だが―――
「確かに、俺が戦神そのものになったことを惜しむ者も多い。――だが、俺は後悔していない。実現した紫の夢である、この"幻想郷"をこれからも護れるんだからな。戦神そのものになったなりに、できることをしていく。――吸血鬼異変のように一人で先走ることはせず、仲間達に頼りながら、な」
「――変わらず前向きですね。その揺らがない姿に、あの時私は救われた。恩返しになるかは分かりませんが、私達もこの幻想郷の住人としてできることをしていきます。――改めて、ナズ共々よろしくお願いします」
「幻想郷に来てまだ一年程だが、まぁよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしく頼む」
―――影政は既に戦神そのものへの変化を受け止めて前を向いていた。ならば、私達がその事で未練を引き摺る事は無い。深々と頭を下げるご主人と共に影政に軽く頭を下げる。
「...そういや、この二人が居るってことを知らねぇでいたんだな、影政。お互い紫と親交があるなら伝えられていていい筈だが」
「...恐らく伝え忘れだろう。俺が百年の眠りから目を覚ましたことを喜ぶのも束の間、『紅霧異変』の発生で賢者としての対応に追われた。...永い付き合いだからな。うっかり伝えるべきことを忘れることが稀によくあるのは解っている」
「稀によくある、ですか...紫さんにその様な一面があったとは、意外ですね」
宗二の問に影政は呆れた表情を浮かべながら答える。私達が幻想郷に来た時の出迎えでは、千年前と比べて一層大人びた賢者らしい立ち振る舞いだったが、意外な一面がある様だ。
「呼んで問い質してもいいが、そこまでする必要もないだろう。偶然だったが、互いに壮健で再会できたしな」
「確かにそうだね。...さて、挨拶もここまでにして。私達の事情を説明しておこう」
話題を切り替える事を提案し、緑茶を一口飲んで喉を潤す。
「――まず、何故『無縁塚』に住んでいるかだが。幻想郷に来た当初、紫の案内で無縁塚を見せられた時にご主人が無縁塚に住むことを即決してね」
「仏門に帰依している身というのもありますが...不定期に訪ねる人が都度弔うよりは、誰かしらが無縁塚に寄り添って弔う方が無縁仏達も安らぐだろうと思ったんです」
「喰われた痕の放置も良くねぇしな。星とナズーリンが居るおかげで墓標代わりの石の方が多いくらいだ」
ご主人の言葉に宗二が頷く。私は無縁塚には貴重なお宝があるかもしれないという勘で時々ダウジングを行っているが、その途中で喰われた痕を見付けたら必ず供養する様にしている。未だダウジングの成果は無いが、住み始めて一年だし供養しながら気長に成果を期待していくつもりでいる。
「後、定期的に『人里』の共同墓地の掃除をしてくれたり、"説法"って言うんだっけ?ありがたいお話もたまにしてくれるよね」
「聖が居ない今、それ位しかできないのがもどかしいですが。――しかし、いつか聖を解放して迎え入れる時に何もしていないというのも――」
「――聖の解放?」
ご主人の言葉を遮り、影政が尋ねる。―――丁度いい、あの事について彼に話しておこう。
「...実は、修行し終えた時に毘沙門天様から提案されてある物をお借りしたんだ。ちょっと待っててくれ...」
囲炉裏を離れ、東向きに置かれた仏壇に向かう。ペンデュラムのペンダントに提げた鍵で錠前を開けて扉を開き、合掌してから中に置かれたある物を取り出して囲炉裏に戻る。
「...これは、宝塔か?神力を感じられるが...」
「――これは、毘沙門天様の宝塔。宝石の輝きをレーザーに変え、それを土に放てばそこを宝石にできる、正真正銘の宝具です」
「確か毘沙門天は財宝神だったな。実に本人が使ってそうな宝具だが――それが聖とやらの解放にどう繋がる?」
ご主人の説明に、宗二は小傘と揃って宝塔を眺めながら首を傾げる。
「宝石の光から、土を宝石に変える光を放つ――この宝塔には、"与えられた力に応じたエネルギーを放出する"能力があります。これに莫大な法力を注ぎ込めば、『法界』へ――聖が封印されている場所まで辿り着き、解放できるだろう、と毘沙門天様は仰られていました」
「『法界』――分かったのか、聖が封じられた場所が」
「はい。私が修行し直している間に、毘沙門天様が遣いの鼠や百足、虎達の力を借りて捜索して下さっていたんです」
影政の言葉にご主人は頷く。
―――毘沙門天様から見ても聖の信仰はかなり篤いものだったらしい。ご主人の修行の進捗の定期報告を上げた時に、世間話でもする様に聖が封じられている場所を伝えられた時は面食らったが。
「――でも、重要な問題があってね。『法界』への移動、そして聖の解放に必要な法力の供給源が――どう考えても"聖輦船"しかないんだ。毘沙門天様は"遙か地の底に微弱ながら存在を感じる"と仰られていたが、こんな漠然とした情報では――」
「――"聖輦船"なら、幻想郷の地下深くに在る『地底』に一輪、村紗と共に封じられている。...紫、そのことも二人に伝えていなかったのか...全く...」
―――影政の言葉に、ご主人と揃って瞳を点にして固まる。
―――"遙か地の底"が何処なのか。ずっと頭を悩ませていたのが馬鹿らしくなる程近くに、聖の解放に必要な最後の駒が在った。
「...それは...本当、ですか...?一輪と雲山、村紗は...大丈夫なんですか?」
「封印によって聖輦船か出られない状態だが、気に掛けてくれている妖怪が居るおかげで無事に過ごしているぞ」
「...やっぱり、紫を呼び付けて懲らしめるべきだな。――兎も角、"聖輦船"の場所と一輪達の無事が分かって何よりだよ」
「はい...!本当に...本当に良かった...!」
私の隣でご主人が声を震わせてボロボロと涙を流す。一輪達もご主人と同様に聖に救われた妖怪であり、ご主人にとって掛け替えの無い仲間だ。そんな彼女達が封印されたままとはいえ、無事で居ると分かって嬉しくない訳が無い。
「...しかし、"聖輦船"が封印されているとなるとすぐに『法界』へ向かうことは無理かな」
「そうだな。それに、"聖輦船"の封印は少し特異な所があってな。外部から下手に弄ると何が起こるか分からない状態だ。強力な力で無理矢理押し上げたらもしかしたら、と紫は言っていたが...」
「...ですが、聖の解放に向けて大きく前進したとも考えられます。"聖輦船"と一輪達を如何にして解放するか。まずはそこから考えていきましょう」
涙を拭ったご主人の言葉に頷く。ご主人としてはすぐに動けないのはもどかしいだろうが、"聖輦船"の封印を解放する手立てが無い以上はどうする事も出来ない。それよりも―――
「影政。一輪達に私達のことを伝えたいんだが、その『地底』には...確か、約定とやらで行けないんだったか」
「あぁ、パワーバランスの関係で幻想郷と『地底』は相互不可侵を結んでいる。例外を除いて、幻想郷に住む妖怪が『地底』に入ることはできない。...そうだ、手紙を書くといい。書いたら俺が――いや、紫に送らせよう」
「直に会えないのはもどかしいですが...分かりました、すぐにしたためましょう」
影政の提案にご主人は頷き、書き物を置いてある自室に向かう。
―――影政と直に再会して早々、聖の解放に向けて大きく前進出来た。"聖輦船"の封印は厄介なものらしいが、今は一輪達に私達の事を伝えるのが先だろう。聖の解放に向けて大きく前進出来たと知ればきっと喜ぶ筈だ。
「――さて、ご主人が手紙を書いている間に戻しておこう」
―――改めて、毘沙門天様には感謝しなければならない。ご主人を見送り、仏壇に向かう。中に宝塔を安置して瞑目し、合掌する。―――どうかこれからも、私達に加護をお与え下さい。聖の解放を成し、幻想郷へ彼女を招く為にも。
―――to be continued―――
「――紫、居るか?」
「はいはーい、どうしたの――」
「――行け、お前達」
「えっちょmイダダダダ?!」
「うわぁ...鼠がたくさん群がって...痛そう」
「...それは俺と星達それぞれに互いのことを伝え忘れた罰だ。今回は俺も擁護できない。――終わったら、一輪達の所に手紙も届けてもらうぞ」
―――余談だが、影政が呼ぶと紫はあっさり出て来た。境界を操るという強大な能力を使うのに、賢者らしからぬ抜けた所があるとは意外だなと、子鼠達に嚙まれてのたうち回る紫を見て思った。