~マヨヒガ 廃屋敷 望郷の間~
side-影政
「――今でも思い出せるわ。皆あっさり私を住人として迎えてくれて、私の不安なんか意味が無かった。態々私の為に宴会までしてくれて...」
「あの時は久しぶりの新しい住人の加入だったからな。皆嬉しかったんだ」
懐かしそうに目を細める紫の言葉にそう返す。
「...皆、優しかったわね。寡黙な鬼の鍛冶師に、揶揄い下手な覚、男勝りな鶴の機織り人、泳げない河童...個性的な住人も居て、毎日が楽しかった...でも...」
集落に居た住人の事と―――あの事を思い出したのか、そう呟くと表情に陰が差す。
「――時代が時代だったからとは言え、あれは...本当に唐突だったな」
そう答えながら縁側から見える景色の空を仰ぐ。その脳裏で、紫が『名も無き集落』の住人として迎えられてから五年程経った頃の事を思い返した。
―――住人になって五年後―――
~名も無き集落 紫の家~
side-紫
「...ふぁ...さて、今日も一日頑張るぞ~い...なんてね」
我が家から出て、朝日を浴びながら欠伸をする。寝惚けていて変に間伸びした声と言葉が出たけど、周りには誰も―――
「――相変わらず、気が抜けていると子供ね、紫」
「」
―――幽の物静かで優しい声が聞こえて来て硬直した。
「...幽...き、聞いてたの?」
「偶然だけどね。――私もさっき起きて、ちょうど貴女を見かけたの」
絞りだしたような声を出しながらぎこちなく振り向けば、幽が微笑ましいものを見たように目を細めていた。
―――集落の住人になってすぐに、私は幽と親友になった。彼女の物静かで、どこか達観したような雰囲気が不思議と好ましく、幽も私とは馬が合うようだった。...こうして時々、まだまだ精神が子供な所を揶揄われるのは癪だけど、これはまだ私の成長が未熟なせいだからもっと大人びた振る舞いが出来るようにならないと。
―――閑話休題。
「――紫がここに来ておよそ五年。七、八歳位の可愛い子供だったのに、今じゃ齢十四、五位の年頃の女の子。これだけ成長が早いと大妖怪の素質があるのかもしれないわね。精神はまだまだ子供のようだけど」
「あぅ...」
恥ずかしさで頬が上気するのを感じながら俯く。
「...成長著しいけど、尚も未だに能力は謎だらけ。今日もまた練習でしょう?」
「え、えぇ。...移動にすらもたつくようだと能力の詳しい把握も何も無いし、影政が戻って来るまでにそれだけは上手くやれるようにしたいから」
―――住人になって五年経ち、身体は成長して来たけど能力は未だに上手く扱えず、謎も多かった。概念の境界すら操れること、境界を操る際に無数の目玉が蠢く空間を生み出し、瞬時の移動や物の運搬等に利用できることは分かったものの、恐らくこれらすら私の能力の一端でしかないのだろうと思う。
能力への理解を深め、上手く扱えるようにする為に暇さえあれば練習しているものの、進捗は芳しくなかった。
「彼と約束したものね。...まぁ、頑張りなさいな。大事なのは"自分がやることに自信を持つ"ことよ。...じゃあね。親友として、今日こそは上手く行くことを祈るわ」
幽はそう言ってふらりと歩いて行く。
「..."自分がやることに自信を持て"、か。今日こそは能力を使った移動をものにしなきゃ...!」
...グゥゥ...
―――幽の言葉を嚙み締めるように意気込んだら、お腹が鳴った。幽が居たらまた揶揄われていただろう。まずは朝ご飯から済ませなきゃ。
―――人口は三十人程のこの名前の無い集落では、人間と妖怪が共存している。喧嘩は稀にあれど傷害沙汰にはならず、集落の外では常識である、妖怪は人間から畏れられる存在というものが一切無かった。何なら妖怪と人間が結婚して、半人半妖の子を産む事すら普通にあった。
―――影信に集落の住人を紹介され、生まれたてで行き場すら無かった私が住人として迎えられてから五年。私はこの集落に拾われた事が、生涯最高の幸運だったと実感していた。
―――『人間を喰らったら気分が悪くなった、か。恐らくだが...紫は人間から妖怪に転化したんだろう。外への旅で、お前と似たような感覚に苦しんでいた妖怪と会ったことがある。その妖怪は本来人間だったと記憶していたが...紫のような場合もあるんだな』
―――『ふぅむ、難儀な生まれ方じゃな。じゃが安心せぃ!この集落にそれを貶したり馬鹿にしたりする者は居らんぞ!――人間を襲えない妖怪もまた、妖怪の在り方の一つじゃろうて』
―――影政と影信のおかげで、私がどうやって生まれたかの一端を知る事が出来た。そんな特異な生まれ方をしたらしい私を、集落の皆は普通に受け入れてくれた。
―――『...ほら、できたよ。着てみな』
―――『わぁ...こんな綺麗な服、いいの?』
―――『喰った人間から剥いだ服のままじゃ居させられないよ。ここの住人になったお祝いさね』
―――『ありがとう、"お鶴"さん...!』
―――『......』
―――『相変わらず"厳佐"さんは口も心も静かですねぇ。そんなのだから結婚もできないんですよぉ?一生独身でかわいそ~w』
―――『......』
―――『あっ、ちょ、その"鬼"の怪力でアイアンクローやるのはイダダダダ?!』
―――『...何、あれ?』
―――『...いつものやり取りだ。"詠子"は心を読む"覚"という妖怪だが、下手な癖に他人を揶揄おうとして手痛い反撃を貰うのが常なヤツだ』
―――『...どう、かな?』
―――『こりゃ驚いた...妖怪の筈なのに、紫が人間に見えるぞ!!』
―――『"境界を操る"...この場合は人間と妖怪の境界を操って、自身を人間側に寄せたと見るべきかの。まさか概念の境界まで操れるとは思わなんだ。化け上手な狐狸の妖涙目じゃな。のぅ、"狐都音"よ?』
―――『...妖術がからっきしで化けられぬ妾への当てつけか?ん?』
―――個性的な住人と触れ合うのは楽しかった。妖怪も人間も、私を畏れたり差別する事無く、手伝いを快く受け入れてくれたり、手が空いていれば能力を上手く扱う為の練習にも付き合ってくれた。
―――『...よっと。今日の釣果は上々だな』
―――『最近は流れてくるのが多いわね。...はぁ、"河童"なのに泳げない自分が憎らしいわ。"半兵衛"が釣りなんてしなくても、もっと沢山捕れるのに...』
―――『そう自分を卑下すんなって。泳げない代わりにどんな状態の水でも水中を見通せるんだから充分凄いぞ、"河女"は。"河童は水練達者"なんて誰が決めたんだ?泳げない河童が居たっていいと思うぞ、俺は』
―――『半兵衛、アンタ...』
―――『さて、今日も一日門番頑張るかね。...って、紫と幽じゃないか。何処かに出かけるのか?』
―――『"翔汰"さん、おはよう。出かけるというより――あ、来たわ!』
―――『ん?――あぁ、そういや戻って来るのは今朝頃だったか。"ゲオルグ"のおっさん、今回は何を仕入れてきたかね』
―――『――おやおや、これは紫殿に幽殿。態々私を出迎えに来られたので?』
―――『...影信が"ゲオルグがそろそろ着く頃だろうから連れてこい"って言ってたから、出迎えついでにね』
―――『あぁ、なるほど。それでしたらすぐ伺いましょう。...やれやれ、いくら私が"デュラハン"であるが故に妖怪の興味を惹きやすいとは言え、行商ついでに情報収集をとは、つくづく妖怪遣いが荒い老爺だ...』
―――そして、集落で人間と妖怪が共存している光景が何より好きになった。妖怪の本来在るべき形では無いけど、その在り方の方が私は好きだった。今でも人間を襲い、喰らう事には強い忌避感がある。それもあって、私は益々この集落に愛着を持っていた。
―――『...ふむ...噂は益々広まってきておるか』
―――『えぇ。人間の方ですら、"見付けたら破壊してやる"などと息巻く者が出始めています。...まだまだ、厳しい時代ですな』
―――『...影政、刀の引き継ぎは前倒しじゃ。次の誕生日の時に渡す。...戦える者の鍛錬、戦えぬ者の避難訓練も強化するぞ』
―――『――分かった。引き継ぎに備えて、俺も鍛錬を強化しないとな...』
―――そして、集落に馴染んで来た頃だった。『首無し行商のゲオルグ』さんが度々集落の外に行商に出て仕入れた情報や、影政が旅をして得た知見や情報で、この集落の存在が外の人間や妖怪に認知され始めた事を知った。
影信と影政は揃って、いつか人間か妖怪が襲撃して来るかもしれないと予想していた。それに備えて、集落を立ち上げた牙門家のご先祖様からずっと続けていた鍛錬や避難訓練の強化を始めた。
―――『...私ももっと、練習を増やさないと。今のままじゃできることが少なすぎる...』
―――『...あまり気を張り詰めてもいけないわ。――でも、その覚悟は大事よ。私も、できる限りの手伝いはするから、頑張りましょう』
―――それに合わせて、私も能力への理解と上手く扱う為の練習を強化する事にした。人間と妖怪が共存するこの集落を。私を受け入れてくれた住人を。―――そして、私の始めての親友を失いたくないから。
~名も無き集落 西門~
「...っと...!」
「おぉ、上手く行った。西門から俺の家の間の障害物なら安定して越えられるようになったな。三年前に比べれば大きな進歩だ」
能力で無数の目が蠢く空間を開いて入り、詰所小屋の向こう側に出口を作って降り立ち、逆に出口から入って西門に戻る。その様子を見ていた、人間の父親と鴉天狗の母親の間に生まれた"半天狗"の門番『西門守の翔汰』さんが軽く手を叩きながら褒めてくれる。
「ありがとう。...でも、これじゃまだまだよ。こんな短距離の移動で能力を安定して使えている程度じゃ...」
―――『境界を操る程度の能力』。物理的、概念的に関わらず境界を持つものを操る事が出来る能力。例えば"甲"から"丙"に移動したいのに、"乙"という越えられない障害が邪魔している状況があるとする。
甲 乙 丙
普通なら"乙"を壊すなり迂回するなりして"丙"へ移動するだろう。これでは"乙"をどうにかする時間が必要になる。でも、私の能力を使うと―――
甲 丙
―――"乙"を甲と丙を隔てる境界として扱い、その境界を消すことで乙をすり抜けて"甲"から"丙"に瞬時に移動出来る訳だ。
―――でも、今の私は能力を利用した移動すら短距離でしか安定させられなかった。集落の領域の端から端までの移動を試みても、境界の出口を上手く作れないせいで先述の空間の中で迷ってばかりだった。
「"影政が戻って来るまでに、集落の端から端までの移動を安定させる"。...その達成には確かにまだ遠いな。西門から俺の家までは真っ直ぐ五十歩程度、集落の領域はその数百倍以上あるからなぁ」
「でも、今日は行ける気がするの。幽から言われたの、"自分がやる事に自信を持て"って。――だから、今回は挑戦するわ」
「...さすが幽ちゃん。紫を気にかけてる度合いは集落一だしな。あの子の期待に応える為にも頑張りな」
「えぇ。――行ってくる」
翔汰さんにそう言い置いて空間を開き、入った―――
―――「...さて、今までに比べりゃ自信満々に行ったな。これはもしかしたら――なんだ?知らない妖力の気配が大量に...それに、人間の集団の気配も?」
―――「...翔汰、どうしたの――この気配は...!それにこの空間、紫は...最悪な時に来たわね、全く...」
―――「幽ちゃん、皆に伝えろ!どんどん気配も増えて近付いて来ている、急げ!」
「――見付けた!」
空間を開いた入口をようやく見付けた。そこを目指して飛んでいく。
―――結局、今回も集落の領域の端から端までの移動は上手く行かなかった。距離が長くなると操る境界が多くなって負担が大きいのか、出口を上手く開けない。でも、出口は作れなくとも作った入口を見失う時間は短くなって来ている。少しずつだけど、能力を使うと現れるこの空間の把握が進んでいるのかもしれない。
「今回も駄目だったけど、それでも前進してる。影政が戻って来るまでに――」
三週間程前に誕生日を迎え、影信から戦神を宿しているという刀を引き継ぎ、その戦神の力に慣れる為に集落の裏山にある洞窟に籠っている影政に、"能力を使った移動を安定させる"と約束していた。約束を果たすためにも、まだ練習を―――
「クソッ!皆早く――」
「河女、危ないッ!!」
「ええい!妾の秘中の秘を切るしか――」
「――え?何、これ...?」
―――空間を出た先には、燃え盛る炎が広がっていた。そして、辺りには悲鳴と戦闘の音が響いていた。
~焼けた集落 広場跡~
side-影政
「...これは...」
「ごめんなさい...ごめんなさい...!私が...私が能力を上手く使えていたら...!」
―――泣きじゃくる紫の声を聞きながら、目の前の光景―――惨状を眺める。
―――全ての建物が、すっかり焼け落ちて黒く焦げた瓦礫の山になり果てている。広場には惨殺された住人皆の亡骸に混じって集落の住人ではない、傷と血、火傷と焦げに塗れた人間と妖怪の亡骸が百以上は転がっている。
―――『影政!!集落が...皆が!!』
―――親父から故も名も無き戦神を宿す刀を引き継ぎ、その力を馴染ませる為に裏山の洞窟に籠って三週間。戦神の力を御せるようになり、その権能や能力を確かめていた最中。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていた紫が能力で俺の下に来た。何があったのか聞いても同じ言葉を繰り返すばかりで、なすがまま紫に引っ張られて能力で開かれた空間を通って集落に戻ると―――前述の惨状が広がっていた。
紫が目撃した時は集落が炎に包まれていて、戦闘の音や悲鳴が聞こえていたらしいが、能力で俺の下に駆け付け、連れて戻る間に数日は経過していたようだ。
「...外の人間と妖怪双方がここを攻め、皆殺しにして焼いた中で、今度は互いに殺しあった、と言った所か...」
「ぐすっ...どうして急に...」
「――いつかは襲われるだろうと思っていたが、まさかこう唐突にとはな」
―――備えはしていた。だが、まさか人間と妖怪双方が同時に襲ってくるのは予測出来る筈が無かった。唐突な襲撃による惨状を目の当たりにしたせいか、怒りや悲しみ、憎しみの感情も湧かず、不思議と心は平静だった。
「...生きてる者が居ないか探すぞ。この状況では絶望的だが」
「ぐすっ......分かった」
紫も少し落ち着き、襲撃した人妖の亡骸の中に混ざる住人の遺体を確認していく。
―――鬼の怪力で詠子を護ろうとして彼女共々逝った厳佐。自慢の薙刀術で何人か妖怪を相手取った末に刺し違えたお鶴。体術で抵抗しつつも、唯一扱えた雷の妖術を使って妖怪一人を倒して逝った狐都音。
槍で門を通さないと抵抗したのか、矢と妖力弾の痕跡に塗れて動かなくなった翔汰。釣り糸を利用して河女を襲おうとした人間の首を捻じ切り、彼女共々別の妖怪に殺られた半兵衛。不得手だと常日頃言っていた遥か西方の剣術で倒したらしい妖怪の亡骸十数体の中に埋もれたゲオルグ。そして―――
「――親父」
―――一人で全て斬り伏せたらしい、三十人以上の人妖の亡骸の真ん中で折れた刀を手にして倒れ伏す親父の遺体を見付けた。俺が引き継いだ戦神を宿す刀が手元にあればもっと―――いや、そもそも襲撃した人妖の数が多かった。戦神の力でも厳しかっただろう。
「...影信...貴方、まで...」
親父の遺体を悼むように目を閉じていると、同じように住人の遺体を確認していた紫が傍に来て、親父の遺体を見るなり消え入りそうな、悲しみに溢れた声を零す。
「...影政...皆、駄目だった。戦えない老人や子供も皆...み、んな...」
「...そうか」
紫の言葉が涙声で歪む。紫すらこれだけ悲しみに暮れているのに、俺の心はどこまでも平静そのものだった。戦神を宿せる精神を得たからか、外への旅で得た知見で、いつかこうなる事を覚悟していたからか―――
『...影政...紫...』
「...!」
「幽っ?!」
―――突然、今にも消えてしまいそうな幽の声が聞こえてきた。聞こえた方を見れば、術師の装いの人間の亡骸の傍に蹲るように座っていた、普段より一層薄い存在の幽が安心したような笑みを浮かべていた。
『...良かった...二人は無事だったのね...』
「幽、どうしたのその身体と声は?!まるで今にも消えそうで...!」
『..."亡霊"なりに、取り憑いて狂わせたり、注意を引いたりしていたの。...そしたら、人間の中に強力な除霊術の使い手が居て...術を使わせる前にって突っ込んで、この有様よ...』
幽は紫にそう答えて自嘲気味に苦笑する。―――どうやら刺し違えて倒したはいいが、術の発動は止められなかったらしい。恐らく術師は吶喊を察して殺られる前に術の構築を早めたのだろう。それで術式に粗が生じ、幽は今まで消滅に耐えられていた様だ。
『――正直に言うわ。私は、もう存在を保てない。...これをせめて貴女達に渡したくて、その想いで何とか耐えていた状況よ』
「...手紙...?」
「...親父のものか」
幽は襦袢の懐に手を入れ―――『影政と紫へ』という宛名が綴られた手紙を出した。その字は間違いなく親父のものだった。
『...沢山の人間や妖怪が雪崩込んで来て、皆混乱している中で...影信が私に託したものよ。――ちゃんと、託せそうね...良かった...』
「...ま、待って...!それじゃあ幽は...っ...あ、足が...幽...!」
紫はまた泣きそうな表情を浮かべる。幽を改めて見れば、より存在が薄く―――足元から消え始めていた。彼女の言葉が事実なら、俺達の無事を確認して、親父の手紙を託して―――
『――紫。...私はもう、覚悟しているわ。...大丈夫、泣かないで。...現世に留まっていた魂が、永い輪廻の輪に加わるだけだから。...きっと、いつか...転生して......私と...また......逢える...から...だから――』
―――またね、私の大好きな親友
―――パサッ...
―――儚げで、優しい笑みを浮かべた幽の存在が消え、彼女が座っていた所に手紙が落ちる。
「...あ...あぁ...ゆ、ぅ......ぅ、ぁ...」
―――曇り空に、親友を喪った少女の泣き声が響き渡った。
―――to be continued―――