~白玉楼 大桜の丘~
side-幽々子
「――さて、始めましょうか」
丘に聳える『西行妖』を見上げながら呟く。後ろでは妖夢が片膝を着いて控えている。―――年が明け、春の予兆がそろそろ出始める頃。行動を起こすには丁度いい。
―――『...すまない。その質問には答えられない。大方、紫に聞いて駄目だったから俺に聞こうと思ったんだろう?お前の性格なら気になって仕方ないだろうが――"好奇心は猫をも殺す"。世の中には知るべきではない真実もある。特に、西行妖の封印を解いてしまえば――幻想郷が滅びかねない。...親友であるお前を想ってこそでもある。解ってくれ』
―――去年の紫の"冬眠送り"で影政が答えた言葉を思い出す。同じ質問を紫にしてもはぐらかされ、もう一人の親友である影政なら答えてくれると思ったけど、アテが外れてしまった。ただ、答えた時の表情には葛藤が見えた。紫と共に永い旅をして、その果てに幻想郷を創ったからこそ、彼もまた幻想郷を愛している。親友と幻想郷のどちらを選ぶか、迷ったのだろうと思う。
―――そんな紫と影政の想いに反する事になるけど、それでも私は自らの好奇心を優先する。気心が知れた親友関係であっても明かされない謎。去年の秋頃に書庫の片隅で見付けた、何故か懐かしさを感じる無名の手記に僅かに記されていた文章から浮かんだ仮説―――
―――『西行妖』の封印の依代は、西行寺家の人物かもしれない事。
―――私の生涯は、『冥界』が創られた時から始まった。故に、それ以前の西行寺家の足跡を私は殆ど知らなかった。影政と紫は幻想郷創造以前に西行寺家と付き合いがあり、書庫に遺された文献や二人の思い出話を通して知ったけど―――西行妖の封印については何も分からなかった。遺された文献に情報は無く、二人もはぐらかすばかりで話そうとしなかった。
"亡霊"なれど西行寺家の血を継ぐ私が、自分の家が関わっていた事を知る権利はある筈だ。―――故に、行動を起こす。
「...妖夢、最後に確認するわ。――これから私がやる事に、最後までついて来る覚悟はあって?」
背後に控える妖夢にそう尋ねる。私がこれからやる事は、確実に幻想郷に影響を齎す。即ち異変の発生であり、異変解決に動き出す者達が必ず出て来る。その中には間違い無く―――
「――覚悟は、できています。私は当代『冥界の庭師』。幽々子様の従者にして、貴女様をお護りする刀なのですから。半人前故未熟な所は多々ありますが、半人前なりに全身全霊で役目を果たします」
一瞬の間を経て、妖夢はしっかりした声で答える。―――これから起こす異変は、妖夢にとって試練ともなるだろう。私の見立てでは、まず異変に気付き、真っ直ぐ此方に突入して来るのは彼だろう。その時、妖夢が相対してどんな結果になるか...それによって妖夢の成長の行く末が分かるかもしれない。
「...その言葉が聞けて良かったわ。――『西行妖』。永く封じられてきた妖怪桜。今からあなたの封印を解いてあげるわ。そうすれば、封印の依代も蘇って現れる筈――」
「春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり」
―――発動詠唱を終えても特に変化は無い。でも、術式が発動したと確信した。これから少しずつ、『幽明結界』に構築した幻想郷の春を吸収する『桜花結界』を通して幻想郷中の春が『西行妖』に集まって来るだろう。
―――幻想郷に来るべき春は来ず、冬の曇天ばかりが続く。間違い無く食料に影響は出るでしょう。でも、今回ばかりは呑みましょう―――
―――影響が深刻化する前に、貴方は私を止めに来るでしょうから。
~紅魔館 玄関ホール~
side-咲夜
「あー楽しかった!...あ、咲夜!これから出かけるの?」
「...咲夜、何かあった?」
「へっくち!...あ、咲夜さん。お疲れ様です。これからお出かけですか?」
身支度を終えて玄関ホールに出ると、ちょうど玄関から微かに赤くなった頬と鼻先が目立つ美鈴と妹様、フレア様が入ってくるのが見えた。美鈴は毛糸の黒い手袋、妹様は毛糸の赤い手袋を履いている。
しかし、美鈴の服には付いた雪が解けたばかりの濡れた跡が目立っていて、恐らく妹様との雪合戦にでも付き合って惨敗したのだろうと推測出来る。
「左様でございます、妹様。――お嬢様から、"今起きている異変を解決せよ"と仰せつかりまして」
「異変...あぁ、未だに冬が続いていますからね。もう春の半ばに差し掛かるのに...間違い無く異変ですね、これは」
美鈴は察したように頷く。
―――幻想郷に移住してから一年経っていないものの、この地の気候が日本の四季と概ね同様である事は知識で知っていた。
春、夏、秋、冬。一年を通してその順番で巡るべき季節が、今年は未だに訪れていなかった。冬が終われば雪が解け、春の花々が咲き始めるという。特に、春特有の桜は大層綺麗だと言うので楽しみにしていたのだけど―――それを残念と思う以上に、冬が続く事による悪影響が深刻化し始めていた方が遥かに心配だった。
―――食料と燃料の枯渇である。
冬の寒さを耐えられる作物は多くは無い。そもそも雪に埋もれた耕作地を耕すのは無謀だろう。故に予め溜めた食料と燃料で冬を凌ぐ必要があるけど、その備蓄が想定以上に長引く冬で底を尽き始めている。
お嬢様と妹様、パチュリー様、小悪魔、美鈴、そして沢山の妖精メイド達。皆妖怪だから仮に食料が尽きてもすぐに問題にはならないだろう。
―――でも、人間である私にとっては大きな問題だ。人間は食わねば飢え、飢えが続けば死ぬ。『紅魔館』のメイド長として、お嬢様の従者として飢え死になんかで先立つ訳には行かない。
―――『――咲夜。この命令の遂行は貴女の命を繋ぐだけではない。異変解決という実績は貴女にも、紅魔館にもメリットをもたらす筈よ。
けど初めての行動だから、私から何かしら条件は付けない。霊夢や魔理沙、そして影政辺りと協働しても構わないわ。――ただ、一つだけ。"生きて戻り、私達に顛末を報告する"事。これだけは守りなさい』
―――故に、お嬢様から下された命令は渡りに船でもあった。このまま冬が長引くなら自分からお嬢様に許可を得ようと考えていたけど、お嬢様からの命令という形で行動出来るようになった。
今回の異変は行動が早い方が良い。長引けば私だけじゃない―――霊夢や魔理沙、『人里』の住人にも深刻な影響が出るだろうから。
「それって、異変解決に出るって事だよね?!じゃあ私も――」
「――妹様、申し訳ございません。この度の異変解決への『紅魔館』からの参加は私だけとお嬢様より仰せつかっておりまして」
パァッと瞳を輝かせる妹様の言葉に対し、そう答えて頭を下げる。
―――お嬢様が予見していた通り、妹様は食い付いて来た。『紅霧異変』を経て狂気を乗り越え、本来の明るく好奇心旺盛な性格を取り戻した妹様だからこそ、異変解決にご興味を持たれるのは必然だろう。
しかし、お嬢様は異変解決に加わらせるのはまだ早いとお考えのようだった。血を流さない『弾幕ごっこ』が主体とは言え、それでも荒事になる。それに妹様を巻き込ませるのが心配なのだろう。
「えー!ずるーい!私も異変解決してお兄様とお姉様に自慢したいのに!」
「...フラン、仕方ないよ。レミリアは貴女が心配だから今回は止めたんだろうし」
「幻想郷...というよりは日本ですが、"船頭多くして船山に登る"という人数の多さによる悪影響を詠う諺があるそうです。異変解決に我も我もと参加しては寧ろ混乱になりかねないでしょう。咲夜さんに妹様の分も頑張ってもらうということで、今回は我慢しましょう」
妹様は不満そうに頬を膨らませるけど、フレア様と美鈴が窘める。
「むー...分かった、今回は我慢する。その代わり!ちゃんと解決して帰ってきてね!」
「勿論ですわ。必ずや、未だ続くこの冬を終わらせて春を迎えてみせましょう」
妹様の言葉に頷き、そう宣言する。妹様にまで言われた以上、必ず異変解決を遂行しなければならない。
「――では、行って参ります」
「行ってらっしゃいませ。お気を付けて」
「行ってらっしゃい。...頑張ってね」
「行ってらっしゃーい!咲夜なら上手く解決できるって、信じてるから!」
妹様達に見送られて玄関を出る。寒々しい曇天だけど、幸い雪は止んでいる。
―――『咲夜!これ、私からのプレゼント!お兄様に教えてもらいながら編んだの。今まで使ってきたものは結構ボロボロだったでしょ?これもちょっと編み込みが変な所もあるけど...受け取ってくれる?』
―――去年の聖夜の日のパーティー(吸血鬼の館なので件の聖人を祝うものではない)で、妹様から頂いた赤い毛糸のマフラーを巻き直し、同じ毛糸の指抜き手袋の履き心地を確かめる。
恐らくルーン様のアドバイスだろうけど、それでもナイフを多用する事に配慮した指抜き手袋はありがたいものだ。
「...砲台も問題無し」
自身の左右に白く大きな星を飾る青紫色の球体を展開し、中に収納しているナイフを出し入れする。
―――『咲夜、私からのプレゼントよ。ナイフを幾らでも収納できるし、ナイフを撃ち出せる砲台にもなる。弾幕ごっこでもきっと有用になる筈よ』
―――妹様からのプレゼントと同様に、パチュリー様が私に作って下さった魔導具だ。ナイフの収納場所兼砲台として機能する便利な機能を有している。
「...時計もネジを巻き直しておきましょうか」
最後に、腰に提げた真鍮色の懐中時計を手に取ってネジを巻き直す。
―――『咲夜、私からのプレゼントよ。その時計、元々結構年季が入っているものだからガタが来てるでしょう?これはまだ新しいものだから交換するといいわ』
―――この時計はお二方と同様の形でお嬢様からプレゼントとして頂いたものだ。ある時、『魔法の森』の傍に建っている道具屋でお嬢様が私に伏せて何か購入されていたのは知っていたけど、まさか私へのプレゼントだとは思わなかった。
前まで使っていた懐中時計もまたお嬢様から頂いたものだから、今は自室に飾って保管してある。あちらもまだ現役を張れたけど、折角頂いたのだからと二代目の相棒として腰に提げている。
「――よし、出発しましょうか」
ネジを巻き終え、時計を腰に提げて飛び立つ。どうやって異変の元凶を突き止めるのかはこれから考えましょうか。霊夢や魔理沙のような先達との協働も許されているし、『紅霧異変』での行動の早さを考えれば、二人も動き出している筈―――
~博麗神社 母屋~
side-霊夢
「...そろそろ桜が咲き始める時期だっていうのにこの寒さ。間違いなく異変ね」
「お、そろそろ動き出すかい?」
「流石に動かないと不味いでしょ。このままじゃ食料が無くなって、『人里』は特に最悪なことになりかねないわ」
未だに続く寒さで炬燵に籠っていたものの、異変の解決者としてこのままでは居られない。霊体の癖に寒い寒いと嘯いて炬燵に籠る魅魔に答えながら炬燵から出る。
自室に入り、手袋を履いて大幣を持ち、お札を補充する。左右に陰陽玉を展開して挙動を確かめてから一度居間に戻る。
「準備万端だねぇ。さっきまで炬燵で蕩けてたのが噓みたいだ」
「うっさいわね。蕩けてばかりじゃ居られないだけよ。『博麗の巫女』として、誰よりも先に異変解決に動かないと名が廃るのよ。じゃ、神社の留守番は任せたわよ、魅魔」
「はいよ、任された。――私の勘だけど、この異変はしっかり解決しないと不味い気がするから、気を付けな」
ニヤニヤ笑う魅魔の冷やかしと珍しい忠告を背に受け、靴を履いて玄関から母屋を出る。相変わらずの寒そうな曇天で、肌を刺す程に気温も低いけど幸い雪は降っていない。
「...さて、北に行ってみるか」
―――自身の勘に従い、『妖怪の山』の方角に向かってみる事にした。
~魔法の森 霧雨魔法店~
side-魔理沙
「...こりゃこのままだと厳しいな。人里に買い出しに行くにも、売ってる食料なんて殆ど無いだろうし...」
食料庫として利用している物置の中。スカスカの棚や籠の中の野菜や保存食の数を確かめ終えた結果に思わず眉を顰める。
―――本来なら冬はとっくに終わっている筈なのに、冬は未だに続いている。これは間違いなく―――
「――異変だよな、間違いなく。『紅霧異変』と同じで幻想郷全体に影響が出るヤツだ」
異変となれば動かない理由は無い。『紅霧異変』では霊夢と影政と一緒に解決したが、今回は私単独で解決と行きたい所だ。
「...とは言え、冬がまだ続いていること以外に情報が無いんだよな。...ルーンならもしかしたら何か知ってるか?」
『魔法の森』の真ん中辺りにある、木が生えていない草原『星見原』にルーンの家はある。"星"を専門とするルーンは、天体観測以外にも気象観測を行ったりしている。アイツならこの終わらない冬についても何か知っているかもしれない。
「思い立ったが吉日。早速行くか!」
物置を飛び出し、帽子を被ってマフラーを巻き、手袋を履いてミニ八卦炉と箒を持って外に出る。肌を刺すような寒さが襲うが、運がいい事に雪は降っていない。これなら飛んで真っ直ぐルーンの家に向かえそうだ。
「今回は、私単独で解決してやるぜ!」
箒に跨り、空へ飛び立つ。
―――待ってろよルーン。異変についていい情報を持ってる事を祈るぜ...!
~牙門邸 居間~
side-妹紅
「......」
「...主様は、今朝からあの調子で外を見ています」
朝食の時間が過ぎた午前中。暇潰しと、何か予感を感じて訪ねて来た私と違って炬燵に入らず、影政は閉め切られた雨戸の真ん中に嵌められたガラス窓から曇天を眺めている。その表情は厳しそうな、葛藤しているような表情で、何か悩んでいるように見える。
炬燵に入って熱い緑茶を啜りながらその様子を見ていたら、家事を終えて戻って来たカニンがそう補足する。
―――年が明け、雪が無くなって桜の開花が始まる時期だというのに、冬はまだ続いている。自身の体質故に永く生きて来て得られた経験から、ごく稀にある一つの季節が例年より長引く現象がある事は知っていた。でも、ここまで長引くのは初めてだ。しかも、最悪な事に冬が長引いている。
冬は食料確保が厳しい季節だ。大地は雪に埋もれて耕せず、川や池は場所によっては凍り付いていて魚も捕れず、獣も大半が冬眠で奥地に籠っていて狩れず、冬が来る前に備蓄した食料で春まで凌がないといけない。
『人里』には慧音が居るから、冬を凌ぐ為の備えは皆していた。―――でも、この冬の長引き様は完全に想定外だ。慧音もここ最近は、備蓄の把握や配分で眉間に皺を寄せてばかりでいる。
「――明らかに異変だよね。ここまで冬が続いたことは今まで無かった。誰かが幻想郷の何かを弄るなりして春が来ないようにしてるのか、他に要因があるのか...」
「異変であれば、解決しなければいけませんね。このままでは食料が得られず、特に『人里』に深刻な影響が出るでしょう」
「人間だけじゃない。妖怪にも間違い無く影響が出るよ。季節に依存する連中は特に」
カニンと未だに続く冬が異変だろうと話していると―――
「――悩んでいても無駄だな。動かなければ」
―――影政の意を決したような呟きが聞こえた。私とカニンは揃って会話を止める。
「カニン、これから外出する。状況によっては一日以上掛かるかもしれない」
「――あ、は、はい!何かご用意するものはありますか?」
「そうだな...握り飯を包んでくれ」
「Ich habe es。すぐに用意します!」
影政の言葉にカニンはサッと応えて炬燵を離れて台所に向かう。突然の動きに思考が追い付かないままカニンを見送ると―――
「――妹紅、お前も一緒に来るか?」
「――へ?」
―――唐突だった。一瞬何か考え込んた影政からそんな声が掛かってきたのは。思わず間抜けな声を零してしまう。
―――『長引きそうなら私も加勢しようかと思っていた矢先に、紅い霧が消えちゃったからなぁ。タイミングがいいのか悪いのか...また異変が起きたら私も連れてってほしいね』
―――『紅霧異変』解決後の宴会で影政に対してぼやいた言葉を思い出す。まさかここでそれが実現するとは思ってもみなかった。
「――今起きている異変の元凶については分かっている。迅速な解決の為に人手が一人欲しい。...いつかの宴会でお前はぼやいていたからな。どうだろう?――妹紅が忙しいと言うならカニンを連れて行くが」
「...へへ。私でいいなら、喜んで行かせて貰うよ。挨拶回りの結果が身に沁みていて良かった」
影政が何かとんでもない事を漏らした気がするけど、それ以上に私を頼ってくれた事が嬉しかった。―――友人として、幻想郷創造に携わった者として。そして幻想郷に愛着を持つ者として肩を並べられる。その嬉しさに思わず口角が上がってしまう。
「引き受けてくれるか。――今回はよろしく頼む、妹紅」
「――此方こそ、期待に応えられるように頑張るよ、影政」
炬燵から出て立ち上がり、影政と握手を交わす。
―――『弾幕ごっこ』制定以降では、初めて異変解決に加わる事になる。友人から力を貸してくれと頼まれたんだ。誰が相手でも全力を尽くそう。
―――to be continued―――