―――時を戻し、霊夢達がそれぞれ西へ向かい始めた頃―――
~冥界 白玉楼への道~
side-妹紅
「はーるーでーすーよー!!」
影政の案内で『冥界』に入ってすぐ、目の前に広がった満開の桜並木、舞い散る桜の花びらの光景を前に、"春告精"リリーこと『リリーホワイト』が満面の笑顔で飛び回る。
「...さっきまでとは大違いだな」
「やっと見付けた春だからな。それに、冥界には幻想郷中の春が集まっている。喜びも一入だろう」
妖精らしくはしゃいで飛び回るリリーを眺める私の呟きに影政が答える。
―――春が来ると活動を始め、方々に飛び回って春の到来を告げる妖精の一種"春告精"。その種族名の通り、季節に依存する妖怪であり―――そうであるが故にこの異変の影響を大きく受けていた。
―――『...はる...どこ...ですか...?』
―――『...凄まじい落ち込み振りだな』
―――『在るべき春が無いままだからな。...ここまで落ち込んでいるのは初めて見たが』
―――影政と共に異変解決に出発する前。牙門邸の庭にある桜の木を(いつの間にか)根城にしている彼女も可能なら連れて行こうと提案され、賛成して二人して様子を見れば...どんよりとした黒い雰囲気を纏い、暗く落ち込んだリリーが居た。
影政は"春がある場所を知っている"と誘ってどうにか彼女を外に出したけど、道中の冬景色を目の当たりにして益々落ち込んで帰ろうとして、二人してどうにか引き留めながら、ここ『冥界』―――春が集まる場所へ連れて行く事ができた。
「...幻想郷中の春、か。影政は、異変の元凶を知っているんだっけか?」
「...あぁ。この異変を起こした動機も察している。...的中して欲しくはなかったが」
影政は私の問に答え、辛そうに眉間に皺を寄せる。
―――異変解決に出発した時から、ふと影政を見ると辛そうな、後悔しているような普段らしくない表情を浮かべていた。冷静で、迷う事無く判断を下す影政らしくない迷いも感じられた。私を異変解決に誘ってくれた時に、異変の元凶について知っていると言った。
冬が終わらないという異変、春が集まっている『冥界』...冥界と言えば、あの大食い亡霊と半人半霊の従者だ。今思えば、冬が長過ぎると感じ始めた時からあの二人を『人里』で見かけた記憶が無い。
―――この異変の元凶が分かった気がする。でも、影政が辛そうな、迷っている表情を浮かべる理由が分からない。
「...影政。話してもいいことなら教えてよ――異変の元凶と、異変の動機について。そんなにらしくもなく悩んでいるなら...友人として、その悩みを聞いて助けになりたい」
影政の表情を見て、私はそう提案していた。
―――百年の眠りから目を覚ましてから、影政は変わった。一人で何でもかんでもやろうとせず、今回のように必要になれば助力を求めるようになった。
影政の悩みを聞いて、私に何が出来るのかは分からない。でも、影政だけに抱え込ませず、私も共有したいと。友人として強く感じていた。影政は数秒考え込み―――
「――そうだな。分かった、話そう」
「...二人とも、なにかお話ですかー?」
意を決した表情で私の提案に乗る。そして偶然私達の会話を耳にしたのか、リリーが傍に寄ってくる。リリーはこの異変の被害者と言える。影政の話を聞く理由はあるし―――リリーのような第三者の視点で思わぬ意見が得られるかもしれない。
「...リリーも聞きたいなら、聞いてくれて構わない。だが、決して楽しい話ではないぞ。...まず、『冥界』に来ているから察せるだろうが。今回の異変の元凶は"冥界の管理者"『西行寺幽々子』だ。目的は――『西行妖』の封印解放」
「『西行妖』...確か、冥界に封印されている妖怪桜だっけか」
影政の言葉に聞き覚えがあるものがあり、呟く。
―――不老不死故に死とは無縁だから、幽世についてはあまり知らない。でも、『西行妖』という封印された妖怪桜が『冥界』に在るという話は、創造に携わった者として幻想郷創造当初に影政や紫から聞いていた。
「あぁ、そうだ。満開の『西行妖』は見た者を魅せ、死へ誘う力を持ち、幻想郷では到底許容できない妖力を溜め込んでいる。故に封印を施している訳だが...幽々子はそれを、封印している依代を暴く為に――幻想郷中の春を集め、それを『西行妖』に与えることで無理矢理封印を破ろうとしている」
「...それは確かに止めないと最悪なことになりかねないな。でも、どうして依代を暴こうとしているんだ?封印はそう易々と破っていいものじゃない。破壊や討伐が不可能な危険なものを抑える為に施すものだ。そんな自分の都合で破ろうなんて...」
自衛、妖怪討伐の為に妖術や陰陽術を修めた経験で、封印の重要性についてはそれなりに知っている。異変の元凶である幽々子は、私でもやらない事をやろうとしているようだ。
「...それについては、俺と紫に原因の一端がある」
「...影政だけじゃなく、紫も?幽々子と影政、紫が親友関係なのはよく知っているけど、何があったんだ?」
「...昔語りになる。少し長くなるが...まだ解決に間に合う時間はある。話して構わないか?」
「あぁ、聞かせてくれ。私も知らない影政の過去、興味がある」
「リリーも大丈夫ですよー」
影政の問いにリリーと揃って頷く。私も影政との付き合いの永さがあると自負しているけど、自分を見つめ直す時間や修行で単独行動が多かったから、影政と他の仲間達の過去を多くは知らない。幽々子がこの異変を起こした理由を知るだけでなく、私が知らない影政の過去を知られるいい機会だ。
「分かった、話そう――」
「――あれは、幻想郷創造前。紫との仲間集めの旅路の途中だった」
―――十二世紀頃、都近郊―――
~スキマの中~
side-影政
「...あれがその『歌聖』の屋敷か」
「えぇ、間違いないわ。...見て、あの従者が沢山控えてる牛車。あんな上等なものが貴族のそれよりずっと小さい屋敷に停まってるなんて、高位の貴族まで直接尋ねる程に有名みたいね」
都に近い平野。スキマから見下ろす屋敷では、ちょうど貴族らしき人物が門から出て来るのが見える。
―――『影政。私、行ってみたい所があるの。なんでも"歌聖"って呼ばれる歌人らしくて、特に春や桜の詩が素晴らしいって噂よ。その娘も"富士見の娘"って呼ばれていて、歌聖に劣らず教養深い人だとか。丁度春だし、"歌聖"の屋敷に行ってみない?』
―――今朝の朝餉の席で紫からそう提案され、俺自身特に用事は無かった為二つ返事で提案を受け入れた。
基本的に徒歩で目的地まで向かい、道中での出逢いや出来事に事に拘る紫が、スキマで真っ直ぐ『歌聖』なる人物の屋敷に向かったのは珍しい事だ。余程興味があるのだろう。
「...それで、このまま眺めているつもりか?」
「そんな訳無いじゃない。――直接お邪魔して、『歌聖』とその娘の顔を見てみましょ!」
「......だと思った」
嬉々とした表情の紫の答えに思わず呆れたため息をつく。
―――紫の能力は見張りや警備の目を欺いて忍び込むには便利だが、スキマの開閉の動作は他者にも見えてしまう。以前も何度かそれを見られて侵入がバレてしまい、俺が殿で戦って紫を先に逃がした事もあった。紫は強力な妖怪だから、人間や弱小妖怪相手なら充分戦えるだろうが、俺としては無用の流血を避ける為にもやめて欲しいと常々思っている。
「...紫、他にも手はあるだろう。能力でお前は完璧に人間に偽装できる。交渉事だって俺より余程上手い。あの屋敷は小さい方だし、警備の武士も少ないようだが...それでも騒がせず穏当に目的を果たせる方が最善だ」
「だって面倒じゃない。あんな小さい屋敷でも、主に会うには色々根回しが必要なの。よく出入りする外部の人にコネを作ったり、門番とか従者に取り成しを頼んだり、出来るなら袖の下で買収したり...時短できるならそれに越したことは無いわ。今回は『歌聖』とその娘の姿を見るだけだから。ササッと入って、ササッと見て、ササッと逃げましょ」
―――スキマでの忍び込み以外の手を使えと諭しても、いつもこう返されて強行されるのがオチだ。
人間好きであり、能力で完璧に人間に扮して人間社会に混ざってみたりする紫だが、こうして面倒臭がって人間らしい振る舞いを捨てる事がある。大概これでバレて大騒ぎの中で逃げる羽目になるが、紫が反省する様子を見たことは無い。
「じゃ、行くわよー。『歌聖』とその娘はどんな人物なのかしらね。楽しみだわ!」
「...このスキマで即座に姿を眩ませられるのが幸いだな、全く...」
ウキウキと新たにスキマの出口を開く紫を見ながら言ちり、紫に続いて開かれた先へ降り立つ。
~『歌聖』の屋敷 庭~
「...ここは庭か。あの丘の桜の樹は初めて見る大きさだな。...さて、件の『歌聖』は何処に――」
「......」
降り立った庭をザッと見回し、紫を見やると―――信じられないものを見たように目を見開いて固まっていた。その視線の先を見れば―――
「...誰?いきなり妙な裂け目が現れたと思ったら...でも、変ね――貴女とは、初めて逢った気がしない」
―――御簾が上げられた縁側。そこに座っている白い袿の上に淡い水色の単を羽織り、藍の袴を履いた、幽によく似た雰囲気を纏う少女が困惑した表情で、髪色と同じ桜より少し濃い色味の瞳で紫を見つめていた。
―――数週間後―――
~『歌聖』の屋敷 母屋~
side-影政
<「...んー...これどうかしら、幽々子」
<「...悪くはないけど、少し単調ね」
<「むぅ、じゃあそういう幽々子は...うわ、凄い綺麗...」
「あっという間に仲良くなったの。妖怪と聞いて最初は警戒したが、杞憂に終わって幸いじゃ」
「そもそも主が俺達をあっさり受け入れてくれたことに驚いた。あの時は刃傷沙汰になるかと覚悟していたんだが...」
御簾を上げた縁側から臨む満開の『西行の大桜』―――屋敷の象徴でもある桜の大樹だ―――それを囲む満開の桜の樹々で歌を詠む紫と、『歌聖』の娘である"富士見の娘"『西行寺幽々子』の様子を眺めながら、西行寺家に従者として仕える"半人半霊"の武家『魂魄家』の現当主『魂魄妖蔵』と、西行寺家に侵入した時の事を思い返しながら会話を交わす。
―――『幽々子様、やはりこちらに居られ――何者か?そこな女子の髪色、その瞳の色...本当に人間か?』
―――屋敷に侵入し、紫が幽々子と見つめ合っている時に『歌聖』その人である老翁『西行寺義清』が、妖蔵を従えてやって来た。妖蔵も明らかに還暦を越えた白髪で顔の皺も深い老齢だったが、腰に佩く刀の柄に手を添え、俺達を見据える警戒した緑色の眼差しには一切の揺らぎが無かった。ただの剣士ではないと確信し、俺も"相棒"の柄に手を添えたが―――
―――『――妖蔵、父上、待って。この二人は確かに侵入者のようだけど...少し、お話してみたいの。勘だけど、この二人は危険では無いと思うし。...駄目かしら?』
―――『...ふむ...分かった。妖蔵、刀を納めよ。侵入者...否、突然のお客人方、状況が状況故、大したもてなしは出来ませなんだが、どうぞ上がってくだされ』
―――幽々子の言葉に義清は驚いた、珍しいと言いたげな表情を浮かべ、彼女の要望を受け入れて俺達は客人として迎えられた。幽々子と違って坊主頭(本人曰く、若い時に出家した時期があったらしい)の義清は物腰柔らかく、どこか達観した雰囲気を纏い―――妖怪を畏れない人間だった。恐らく従者が半分とは言え妖怪の存在である事も理由の一つだろうが、未だ妖怪への畏れが当たり前であるこの時代に於いては異質な人物だ。
―――『...成程、事情は分かり申した。我が家には既に従者が付いております故、用心棒と、そのお連れの方して受け入れましょう。...初対面でこのようなことを頼むものではないでしょうが、どうか幽々子と仲良くしてあげてくだされ』
―――『...事前の取り次ぎも無く勝手に侵入した俺達には過分な待遇だが、ありがたく受け入れよう』
―――『あ、ありがとうございます...!これからよろしくね、幽々子!』
―――『えぇ、よろしくね』
―――妖蔵が紫を妖怪と見抜いていた事もあり、俺と紫は隠す事無く自身の素性と、『歌聖』を知った経緯や屋敷に侵入した理由を全て話した。それを聞いた義清はあっさりと、用心棒として俺達の屋敷への逗留を認めた。この時の紫の心底嬉しそうな表情と、幽々子の嬉しそうな微笑みは今でも思い出せる。
―――閑話休題。
「...しかし、どうしてこの一週間で朋友とも言える関係になったんじゃろうな。幽々子様と紫は完全に初対面の筈じゃが...」
「...妖蔵は、"輪廻転生"を信じるか?」
幽々子と紫を眺める妖蔵の疑問に対し、問を一つ掛ける。
―――俺自身確証は無いが、幽々子と幽はどこか似ていると感じている。そもそも種族が違うし、故郷が滅びてから数百年以上経っている。だが、幽々子から感じられる魂の感覚には既視感―――幽のそれとよく似たものを感じられる。"輪廻転生"が存在するなら、幽々子はもしかしたら...
「"輪廻転生"...確か、仏教の教えだったかの?正道を生きた者の魂は地獄に堕ちず、暫しの時を待って次の生命へと転生する。その転生を成す為に俗世を離れ、修行を積む...じゃったかな」
「俺も仏教に詳しくはないが、その認識であっていると思う。...昔、俺の生まれ故郷に『桜守の幽』という、幽々子によく似た住人が居てな。紫にとって生涯初めての親友だった」
妖蔵の言葉に頷き、幽について話す。疾うに滅びた生まれ故郷の事を忘れる事は決して無い。紫が集落に流れ着いてから六年程だったが、それでも紫と幽の親友関係は実年数以上に深いものだったと覚えている。
―――それ故に、紫は旅路の中で時々幽を思い出して辛そうな、寂しげな表情を浮かべていた。そんな彼女が、幽々子と出逢って嘗てのように心底嬉しそうな表情を浮かべている。それを見ていると、幽が幽々子として転生した可能性を否定出来なかった。
「...その親友が転生して幽々子様になったかもしれない、か。それならあれ程に仲良くなるのも納得できる気がするわい。
幽々子様はお主ら二人と...いや、紫と出逢うまでは決してご友人を作らず、自室に籠られてばかりで物憂げな表情をいつも浮かべておられた。――そんなお方が、ああして笑って語らっておられる。従者としてこれ程嬉しいことは無い」
「――父としても、幽々子と紫殿の出逢いがあって誠に良かったと思っております」
「――殿」
「――主」
―――妖蔵との会話に、いつの間にかこちらに来ていた義清が混ざって来て、妖蔵と揃って姿勢を正して頭を下げる。雇われた形である以上、義清には敬意を持つべきだが、彼から"用心棒としての雇入れは建前です故、そんな堅苦しいのはお止め下され"と要望された為、普段の会話は砕けた口調にしている。
―――閑話休題。
「楽にせよ。...妖蔵が申した通り、幽々子は友人を一切作らず...いや、家族や従者以外の他者との関わりを持とうとしていなかった。そんな我が子が、父である私ですら見る機会が少なかった笑顔を浮かべている。...あれこそが、幽々子本来の性格と言えるでしょう」
義清はそう言って、俺に向き直って頭を下げる。
―――俺達が『歌聖』を訪ねた成果は大いにあった。紫は幽によく似た幽々子と新たに友情を育み、俺は紫の素直な明るい様子を久方振りに見られて嬉しく感じていた。
「...此方こそ、紫と俺を受け入れてくれたことに感謝して――」
「影政、今暇?よし暇ね!手合わせしなさい!今回こそは貴方に勝つ!」
「...妖華、今は義清と話している最中なんだが」
―――腰まで伸びた真っ直ぐ長い銀髪の少女『魂魄妖華』が木刀二本両手に鼻息荒くこちらに向かいながら声をあげてこちらに向かって来るのを見て露骨に眉間に皺を寄せてしまう。
彼女は妖蔵の一人娘で、彼に男の養子を取るつもりが無い為、珍しく女でありながら魂魄家の次期当主として認められ、従者としての教育を受けている。
―――『へぇ、貴方が用心棒として雇われた...私と手合わせしなさい。西行寺家は外部の武芸者や浪人と得物を交える機会が少ないの。私の腕を確かめるいい機会だわ』
―――義清に用心棒として屋敷への逗留が認められたその日、妖蔵から彼女を紹介されて早々に手合わせを挑まれたのが切っ掛けだった。西行寺親子、妖蔵、紫が見守る中で手合わせを行ったが...真正面から斬り掛かって来た隙だらけの体勢に一太刀打って一瞬で決させたのが不味かったのだろう。それ以来隙あらば鍛錬や手合わせに付き合わされるようになった。
「何、私など気にしないで下され。妖華は妖蔵の後継ぎ。妖蔵もよく鍛えておりますが、西行寺家に武芸者は中々来ませなんだ。故に、影政殿との立ち合いは良き刺激となりましょう。...とは言え、隙あらば立ち合いを求めるのは少々問題だと思いますが」
「...殿にまで言われては、改善せねばなりませぬな。...じゃが影政、期待はせんでくれ。アレはお主に一瞬で負かされてからかなりムキになっておるみたいでな...」
「弟子ができたと考えれば、悪い気はしないが...自分の時間は取りたい。少しでもいい結果を得られるように頼むぞ」
妖蔵にそう言いながら縁側から降りて草履を履いて庭に出る。
「...妖華、また影政と立ち合い?毎日毎日隙あらば...飽きないわねぇ」
「妖華は魂魄家の後継ぎ。強くなってくれれば西行寺家としても嬉しいわ。...折角だし、貴方達の立ち合いと桜とで詠もうかしら」
そこに、俺達の会話を耳にしたのか、集まっている事に気付いたのか幽々子と紫がこちらに向かって来て会話に混ざる。
「さぁ、早く構えなさい!」
「...あぁ、お手柔らかに頼むぞ」
妖華から木刀を受け取り、初日と同じ様な状況下で木刀を構えて彼女と相対する―――
side-妹紅
「...その当時から影政は、魂魄家の連中と繋がりがあったんだな。それはそうと、転生か。嘗ての親友が、時を経てよく似た人物として現れる...紫からしたら本当に嬉しかっただろうね」
「...あの時の紫は本当に幸せそうだった。幻想郷創造の為にずっと留まる訳にはいかなかったが――」
影政の言葉が途切れ、また辛そうに眉間に皺を寄せる。どうやら、何か暗い理由で逗留を終える事になったようだ。そしてそれは、この異変に繋がっているのかもしれない。けど―――
「...影政。話すのが辛いなら、ここで切っても良いんだぞ。幽々子が異変を起こした理由はさっき知れたし、その言葉の先を話して影政が辛くなって異変解決に影響が出ちゃ不味いしね」
「――その配慮はありがたいが、ここはしっかり話させてくれ。俺自身の気持ちの整理にもなるし、ここからの話が重要だからな」
影政の心情に配慮した私の提案を、影政は感謝しつつも断る。まだ悩んではいるようだけど、さっきよりは迷いが無くなったように見える。言った通り、過去を話す事で自分の心情の整理にもなっているんだろう。
「...そう言うなら、止めないよ。でも、辛くなって話せないならいつでも切り上げていいからな」
「あぁ、分かった――」
「――幽々子は、強力で危険な能力を持っていた。しかも彼女自身も制御出来ず――それが『西行妖』の誕生に繋がってしまった」
side-影政
「――影政、聞いたか?幽々子様に惚れ込み、つい先日とうとう求婚してきた、あの若い貴族が亡くなった。崖道を牛車で移動中、崖側の車輪が外れてそのまま牛車まるごと崖から転落――即死だったそうじゃ」
「...幽々子が何時に無く暗い表情だったのは、その報せのせいか」
「えぇ、十中八九...いえ、確実にそのせいでしょうね。――紫と幽々子様が出逢えたのは本当に運が良かったわ。|以前のようにご友人も無く独りだったら――最悪な事になっていかもしれないから」
人の気配が無い、下げられた御簾の方―――その奥にある幽々子の自室の方を妖蔵、妖華と揃って眺めながら会話を交わす。
―――幽々子の母であり、義清の妻だった『西行寺桜子』は、産後の体調が快方に向かわぬまま数日後に亡くなってしまったと言う。
医術の類は未熟であり、占術が病の治療を主に担うこの時代。吉日に産気付き、桜子自身の体調も健康そのものだったにも関わらず、産後に急激に弱って行ったらしい。その様は、まるで死に誘われるが如くだったと義清は語っていた。だが、この時代子を産む事は命懸けであり、産後に体調が悪化して亡くなるという事はよくある話だった。
―――問題は、幽々子が産まれてから西行寺家に近しい者の死が相次ぐようになり、幽々子はそれを自分のせいだと考えている事だった。
歌人として義清と親交を深めていた貴族や在野の文化人、西行寺家と付き合いが長い親戚の一族の断絶、そして今回の求婚して来た若い貴族。幽々子が産まれてから明らかに身近な者の死が増えていると言う。
「儂も義清も、身近な方々の死は決して幽々子様のせいでは無いと宥めてきたんじゃが、効果は全く無くてな...紫ならもしかしたらと考えてしまうわい」
「...幽々子のせいだと言う証拠は無いだろう。なら単なる思い込みだろう...と思いたいな」
―――俺は妖蔵の言葉に確信を持った言葉を返せなかった。旅を共にして来た紫は、境界を操るという神にも等しい能力を持っている。嘗ての故郷にも、能力を持った住人が居た。
―――その経験から、幽々子が他者を死に誘うような能力を持っている可能性を否定出来なかった。しかも聞いた話から推測すれば、幽々子自身制御出来ない能力でもある可能性まである。それ故に友人を作ろうとせず出来る限り独りを貫こうとしたのだろうとも推測出来た。
「...普段からはっきりした物言いの影政が曖昧な言い方をしてるのが気になるけど、今は紫に任せるしかないわね。家族である義清ですら説得できなかったけど、深い友情関係を築いている紫なら、もしかしたら...」
「...あぁ、そうだな」
妖華の言葉に頷く。
―――嘗て幽とあっという間に親友になれた様に、紫は幽々子とも同様に親友になれた。この転生を信じてしまえそうな運命的な繋がりがあるなら、もしかしたら―――
~『歌聖』の屋敷 庭の丘 『西行の大桜』~
「...父、上......あぁ、やっぱり私は...」
「幽々子、貴女のせいじゃない!気をしっかり持って!」
「...殿...義清様...何も予兆は無かった筈なのにどうして...?」
―――その淡い期待は、二年経った春の盛り。『西行の大桜』の根元で見付かってしまったもので打ち砕かれた。
―――『...あの桜の大樹は、西行寺家の開祖がここに屋敷を構えた時から聳えていると伝えられております。あの満開の桜...言い表せぬ程に美しいでしょう?故に、私は春を、桜を愛しているのです。死ぬ時は、あの樹の下で...と思う程に』
地面に置かれていた遺書を拾い、脳裏に二年前の春―――満開の『西行の大桜』を眺めながら義清が語っていた言葉を思い出す。
「――『ねかはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらきの もちつきのころ』、か...まさかその通りになるとはな」
畳まれた遺書の頭に記された歌を詠み、そう呟きながら―――
「――死ぬなら、せめて幽々子と別れを告げてからにするべきだっただろう、義清」
―――『西行の大桜』の根本。周りに血を流し、腹周りを血で染めた白装束で蹲るように倒れて動かない義清を見下ろした。
―――to be continued―――