~白玉楼 大桜の丘~
side-妖夢
「――妖力の放出が、止まった?」
残心を終え、『白楼剣』を納める背後で失敗に備えて身構えていた藍さんが戸惑った声が聞こえてくる。
―――おじいちゃんが憑依した私が放った『白楼剣』の一閃により、『西行妖』から放出されていた計り知れない妖力の放出がピタリと止む。
―――私は確かに感じた。見えなかったけど、沢山の何かを一気に斬った手応えを。
『――上手く行った。妖夢の正確無比な太刀筋のおかげで、寸分の狂いなく斬るべきものを斬れた。――これで、我が役目は果たされた』
「妖忌、その剣技は一体――」
―――コォォォ...!
「――何か来るわ!」
―――師匠がおじいちゃんに尋ねた刹那、『西行妖』の前に白い光として見える程の霊力が集まり始め、全員再び身構える。
私も再び『白楼剣』の柄に手を添えて身構えるけど―――おじいちゃんは静かに、落ち着いていた。
―――カッ...!
『『......』』
「あれは...」
「幽々子さんにそっくり...」
―――一瞬の閃光が治まると、『西行妖』の前には灰色で透き通った、襦袢を纏う幽々子様によく似た人影と、袿と単を纏う幽々子様そっくりな人影が揃って瞑目して浮かんでいた。誰もが困惑する中―――
「――幽と幽々子...か?だが何故――」
―――師匠だけは、普段殆ど見られない驚きの表情を浮かべて名前を呟く。師匠はあの二人の人影を知って―――
―――『もろもともに』
『われをも具して』―――
―――『散りね花』
『うき世をいとふ』―――
―――『『心ある身ぞ』』―――
「西行寺無余涅槃」
―――心に響く声で歌が詠まれた刹那。二人の人影が光を放ち、弾幕が放たれ始めた。
「ぐわーッ?!」
「魔理sっ危な?!」
「っくぅ...!」
―――赤い蝶弾を食らって吹き飛ぶ魔理沙。咄嗟に躱す霊夢と、避け切れず被弾する咲夜。
「レイラッ!危nぐぅッ?!」
「カナ...?!」
「くぅっ...?!」
「あらら~?!」
「ぎゃーッ?!」
―――続けて展開された赤い大玉弾からレイラさんを庇って突き飛ばし、自身は吹き飛んでしまうカナさん。避けられず一緒に吹き飛ぶ騒霊三姉妹。
「何という弾幕dぐぁッ?!」
「ら、藍sぎにゃーッ?!」
―――紫と青の蝶弾を避けるも紫色のレーザーに追い込まれて被弾して吹き飛ぶ藍さん。それを見て動きを止めた結果蝶弾に被弾して大きく吹き飛ぶ橙ちゃん。
「っおぉ?!――美しいがそれ以上に凄まじい密度の弾幕だな、おい!」
「幽と生前の幽々子の人影が現れたと思ったら...妖忌――」
―――意表を突かれながらも辛うじて弾幕を避けていく妹紅さんと師匠。師匠はおじいちゃん―――私の方を見て―――
―――スゥッ...
『――影政、妖夢。役目を果たした私はここまでだ』
「――え...?」
―――私から霊力が離れる感覚を感じた刹那、『西行妖』の方―――幽々子様によく似た二人の人影が居た、弾幕の発生源の方へと吸い込まれる様に浮かんでいくおじいちゃんを目の当たりにする。
『――"白楼剣"が持つ力を全て放つ魂魄家秘中の秘"断迷剣-皆尽頓悟-"は、発動者の魂諸共死者の迷いと未練を断つ剣技。――二人には、この意味が解る筈だ』
「――妖忌、失踪した時からそのつもりだったのか」
―――『西行妖』を討ち、幽々子様をお救いする。それを果たす為に使った発動者の魂諸共死者の迷いと未練を断つ剣技。私の身体に憑依したけど、剣技を使ったのはおじいちゃんだった。師匠も察したのか、辛そうな表情を浮かべている。
―――噓だ。
―――信じたくない。
「...そん、な...やっと...また会えた、のに...」
―――目からこみ上げて来るものを止められず頬を伝い、声の震えも止められないまま縋るようにおじいちゃんを見上げる。
『――己を犠牲にする剣技など、隠されて当然のものだ。――だが、"西行妖"を討つにはこれしか手がなかった。会得に至れなかった母上が最期まで私に謝り続けていた意味を、密命を引き継いだ時に理解した。だからこそ妖夢に――愛しい孫にこのような密命を任せられようものか。その一心で、あの日――悟りを得た瞬間、私はそれを真っ先に掴み――今、密命を果たした。――これで、幽々子様も、妖夢も..."西行妖"に悩まされることなくこれからを生きていける』
―――サァァ...
「ぁ...だめ...置いて、逝かないでよ...!」
―――満足そうに微笑むおじいちゃんが足から消え始める。弾を掠めるのも構わずおじいちゃんの下へ飛び立って手を伸ばし―――
―――スカッ...
『――妖夢、幽々子様を頼むぞ。お前ならば"冥界の庭師"の役目を全うできる。だが――』
『――孫の晴れ姿を見届けられぬのだけは、残念だ』
「ぁ...あぁ...おじい、ちゃん...」
―――私が伸ばした手はおじいちゃんの身体をすり抜け、おじいちゃんはそのまま吸い込まれる様に消える。目からますますこみ上げて来るものを止められずおじいちゃんが居た所を見上げたまま―――
―――ゴォッ...!
「――妖夢ッ!!」
「...あ――」
―――師匠の声でハッとすると、目の前に赤い大玉弾が迫っていて―――
~???~
side-紫
...サァァ...
「――ここ、は...?」
―――真っ白な空間。無数の桜の花弁が風も無いのに遥か前方に流れる様に舞っている。
「――『西行妖』...いえ、妖力が感じられない...?」
―――後ろに何かの気配を感じて振り向くと、満開の『西行妖』―――になる前の『西行の大桜』が聳えている。桜の花弁はそこから尽きる事無く舞い散り、飛んでいる。
―――冬眠の最中、誰かに呼ばれた気がして目を覚ましたら、この空間に居た。夢なのか、それとも―――
―――フッ...
『――久しぶりね、紫』
『――あの時より一層大人びたわね。親友として嬉しく思うわ』
「...え...?」
聞き慣れた、もう聞くことは出来ない筈の声が聞こえて振り向くと―――生涯最初の親友と、彼女によく似た雰囲気と容姿の親友が並んで佇んでいた。二人揃って懐かしそうに微笑みながら私を見ている。
「なん、で...?どうして、貴女達が...?」
『――そんな反応になるのも当然ね。私達は本来、こうして会うことはできないのだから』
『――でも、影政にも、貴女にも伝えていなかった秘策が成ったおかげで、最期にこうして貴女に会えた』
「秘策...?どういう、こと...?最期、って...?」
『――今、貴女に伝えるわ。私達が何をしたのか』
...キィィン...
「...っ...!」
―――幽々子が瞑目すると、私の頭の中に彼女のものであろう記憶が流れ込んで来る。
―――『...これは、魂魄家伝来の剣術書の破られた項目ですな。まさか西行寺家が持っていたとは..."白楼剣"の力を用いた秘儀...幽々子様、これを我らに託される意図は如何に?』
―――『父上が...いえ、西行寺家がこれを今まで隠していたのは、代償が大き過ぎるからに他ならない。――でも、"西行妖"を討つにはこの秘儀が必要なの。私が明日行う封印は、その為の時間稼ぎ』
―――『封印が時間稼ぎ?』
―――『――これは魂魄家に課す密命、確と心に銘じなさい。私が封じている間に――この魂魄家の秘儀を会得し、機を図って"西行妖"を討ちなさい』
―――『西行妖』封印決行の前日、幽々子が妖蔵と妖華に秘策を成す為の密命託す瞬間。
―――『貴女は――成程、私は転生して紫と再会できたのね。――でも、あの娘はまた親友を喪ってしまった。そこまで私を真似しなくても、とは思うけど――西行妖のことを考えれば避けられないことだったのだろうけど』
―――『――紫が貴女のことを話していたけど、察しもいいのね。まさか、こうして転生前の私と出逢えるなんて――"反魂香"の効果は不完全ながらも本当だったのね』
―――封印に臨む前に幽々子が白装束に焚きしめていたお香が持つ力で、幽が一存在として、封印を補強する形で確立した事。
―――『...これも、"反魂香"の効果なのかしらね。まさか三度目の逢瀬を果たすなんて』
―――『それだけではないと思うわ。――多分、私の未練も作用したのでしょう。死を操る異能、明るく活発な性格...私がずっと夢想していたものよ』
―――『成程、ね。でも、どうするの?秘策が成れば――』
―――"反魂香"と幽々子が抱いていた未練によって幽々子が一存在として生まれたけど、このまま秘策が成れば彼女も消えてしまう事。
―――『まさか、話でしか知らなかった生前の主と、主が転生する前のお方とこうして対面することになるとは...』
―――『目元が妖華そっくりね。...それで、悟りを得たということは――』
―――『――はい。妖華と妖蔵の代では果たせなかった秘儀を会得しました。――完全な霊体と化したこと、"西行妖"の封印に束縛されたことは予想外でしたが。この有様では...』
―――『...そう悲観することではないわ。秘儀の行使については――』
―――妖忌が秘儀を会得し、その代償完全な霊体と化して"西行妖"の封印に束縛されてしまったけど、幽が新たな秘策の実行方法を提案し、それを実行すると決めた事。
―――『あの娘、本当に封印を暴くつもりね。――でも、秘策を実行する機会よ』
―――『えぇ。これで、やっと償える。――妖忌、覚悟はできているわね?』
―――『はい。――心残りがない訳ではありませぬが、秘策の実行で将来妖夢に大きな負担を掛けぬことに繋がるのなら――』
―――そして、幽々子が異変を起こしたのを確認し、秘策の実行を始めた事。
―――幽と幽々子は、影政にも、私にも黙って秘策の成就を目指して動いていた。
―――封印の依代である幽と幽々子が、『西行妖』を生み出した死者の思念や魂を纏めて抑え込み―――幽々子が持つ二人との繋がりと共に魂魄家の秘儀で斬って『西行妖』を討つ事で『西行の大桜』として還し、亡霊としての一存在として『西行寺幽々子』も還そうという秘策を。
「...影政にも、私にも黙って、こんなことをしていたの...?」
『――貴女達には申し訳ないと思うわ。でも――こうしないと貴女は止めるでしょう?』
「当然でしょう?!貴女達が犠牲になる前提の策なんて受け入れられない!!」
幽々子の言葉に我慢できず声を荒げて答える。目から溢れたものが頬を伝うのを感じながら、感情のままにまくしたてる。
「二度も目の前で親友を喪った悲しみは決して忘れられないのよ!!――幽々子が...亡霊の幽々子が現れた時、私は三度も喪うものかと決意して、封印と幽々子に関する情報は徹底的に隠した。
――なのに...なのに...貴女達は自分を犠牲にするのも厭わない策を実行しようとしている!!私の想いも知らないで...っ...」
―――耐え切れず、膝をついて顔を覆って泣き出してしまう。
―――私が幽々子が封印に臨む事を受け入れたのは、封印の依代となって会う事は叶わずとも、幽々子は『西行妖』の中に在り続けるからだった。幽々子が身を挺して『西行妖』を封じ続けている――そう思えば、悲しみは少しだけ和らいだ。
―――それが、二人の秘策で無くなろうとしている。そんなの―――
―――スッ...
「...ふ、ぇ...?」
―――二人分の手が、私の頭を撫でる。顔を上げれば、しゃがんで微笑む二人が目の前に居た。
『――本当に、貴女は私達が大好きなのね。親友であるこっちも嬉しくなるわ』
『――でも、私達の秘策は成さねばならない。――"西行妖"の封印は、永遠にはできないのだから。私達が封じ込めて尚、抵抗するように妖力は増え続けていた。遅かれ早かれ、封印が破られるのは目に見えていたわ。そうなれば、幽々子も...』
「...でも...でも...!」
―――私だって解っていた。『西行妖』の封印はいつか破られる。そうなれば、幽々子から生まれた存在である幽々子が消えてしまう。
―――でも、私は対策を講じず現実逃避をしていた。いつか直面する幻想郷の危機と三度目の喪失が怖かった。
『――紫、本当の死はどういうものだと思う?』
「本当の、死...?」
幽の問いに首を傾げる。一体どんな意図で―――
『――"誰もかれもから完全に忘れ去られる"。これが本当の死だと私は思うの。――肉体が、魂が死んでしまっても、誰かがその人を想えば忘れられることはない。――私が言いたいことは解るわね?』
「解るけど...でもっ...!」
―――私が、親友が二人を想う限り二人は生きていると言いたいのだろう。"人間と妖怪の共存"に加え、妖怪の存在意義を保つ為に幻想郷を創り出したから幽が言いたい事は理解出来る。
―――それでも、折角こうして再会したのに、すぐに、しかも迷いを断たれた事で消えてしまうなんて...受け入れられない。でも、秘策が成ってしまった以上はもう―――
『――秘策が成ったことで幽々子は生前の私から生まれた存在ではなく、ただの亡霊の一存在となる。彼女の魂から私達の記憶はなくなってしまうけど、影政と、他ならぬ貴女が忘れず想う限り私達は心の中で生きている』
『――だから、泣かないで。私達が居なくなってしまう分、幽々子と仲良くしてあげて』
―――ザァッ...!
辺りを舞う桜の花弁が風に吹かれた様に一気に舞い散り桜吹雪と化し―――
―――スゥッ...
「あ...待って...!」
『――お別れね。"西行妖"を成した魂、思念が全て消え、"西行の大桜"へと還る』
『――紫。私達のかけがえのない親友。貴女と出逢えて、本当によかった。皆が愛した"西行の大桜"と共に、幽々子も還る。亡霊の幽々子と出逢ってからの今まで以上に、沢山仲良くしてあげてね』
―――私の傍を離れ、桜吹雪と共に流れる様に二人の姿形が消えていく。手を伸ばすけど、二人は桜吹雪と共に離れていき―――
『『――さようなら、私達の大好きなひと』』
~八雲邸 紫の自室~
「――逝っちゃダメッ!!」
―――手を伸ばして跳ね起きると、視界に見慣れた自室の光景が広がる。涙が頬を伝う感覚と共に、親友二人と再会したあの情景を夢とは思えない程鮮明に思い出す。
「夢...じゃなかった...?...行かなきゃ...確かめないと...」
布団から出て立ち上がり、『スキマ』を開き―――
~白玉楼 大桜の丘~
―――ドサッ...
「っ...?!頭打ったぁ...」
―――『スキマ』から出る時に足に力が入らず、頭から地面に落ちる様に出てしまってそのまま頭を打った痛みで頭を抱えて突っ伏す。
「「――紫様ッ!!」」
―――突っ伏してすぐ、聞き慣れた式神二人が駆け寄って来た気配を感じ、私が出て来た事に驚き、心配する声が聞えて来る。
「だ、大丈夫ですか...?」
「えぇ...大丈夫...それよりも...」
橙にそう答えながら起き上がり―――目の前の光景に言葉を失う。
―――妖力を完全に失った『西行妖』―――否、『西行の大桜』が満開で咲き誇っている。その根元で―――
「...ぅ...ん...?」
「――幽々子!」
「幽々子様ッ!!」
―――妖夢と影政に抱えられ、意識が回復して薄らと目を開け、妖夢に抱き締められる―――
―――ダッ...!
「...ゆか――」
「~~~~~~~!!」
―――亡霊の親友が確かに還って来た嬉しさと、その為に親友二人が消えてしまった喪失感と悲しみ。
―――相反する感情が混ざった涙を流し、言葉にならない思いの丈をぶつけながら幽々子を思いっ切り抱き締めた。
―――to be continued―――