東方護郷譚・廻~幻想を護る者達~ 作:しがない東方二次創作者
人里での挨拶回り編です。
~八雲邸 居間~
side-藍
「...眠っていた時間を含めれば実に長く、世話になったな。ありがとう」
「ちゃんと目を覚ましてくれたから、逗留期間百年はそれでお相子よ」
卓袱台を挟み、私達と相対する影政様の謝意に紫様は微笑みながら応える。
―――お二方が『博麗神社』を訪ねた日から三日が経ち、影政様のお身体に異常無しと判断した紫様が出立の許可を出した。こうして別れの挨拶を交わしてるが、私達の役目上この邸にずっと居る訳ではないので、幻想郷の何処かで会うこともあるだろうから重い気持ちは無い。
「もう行ってしまわれるんですね...あ、いえ!影政様がこれからお忙しくなるのは分かっています!」
「あらあら、橙もすっかり影政に懐いちゃったわねぇ」
橙が寂しそうに耳を垂らすが、すぐに耳をピンと立てて大丈夫だと言いたげに言い繕う。影政様が目覚めた当初はガチガチに緊張していたが、逗留中に修行や『弾幕ごっこ』の練習に付き合ったことでそれも解れたようだ。...影政様が"何もしないよりはご褒美があれば"と作ってくれた菓子の影響もあるだろうが、それが懐く大きな要因ではないと信じたい。
「...で、降ろすのは『人里』でいいのね?」
「あぁ。言われた通り
「...家に帰ったら、ちゃんとカニンにも謝りなさい。今も貴方の帰りをずっと待っているんだから」
「...あぁ」
影政様の従者の事を紫様が半目で指摘すると、影政様は申し訳なさそうに頭を搔く。
―――"吸血鬼と刺し違えて深傷を負って昏睡状態"、その報を聞いて一番ショックを受けたのは彼女だろう。気絶から目を覚ました後も、
「それじゃあ、そろそろ送りましょうか」
「あぁ、頼む。藍、橙、世話になったな」
お二方が立ち上がり、私達もそれに続く。
「此方こそ、橙共々お世話になりました。お気を付けて」
「影政様、どうかお気を付けて!...あと、その...機会がありましたらまたお菓子を...」
「あぁ、分かった。その代わり、修行はしっかりやれよ?」
「はい!」
―――橙の返事が私が修行をつけてる時よりしっかりしてる気がする。やはり、橙は影政様に餌付けされたのだろうか。未だ、菓子類の腕は影政様に敵わない。
~人里 大通り~
side-影政
「...この里も変わっていないな。住人や道行く人は結構変わっているが」
人がひっきりなしに往来し、平和な喧騒に満ちる大通りを歩きながら呟く。
―――幻想郷の中央に『人里』は位置する。人間が住む集落としては最大規模であり、幻想郷における"人間の象徴"であり、他に集落も無い、現状唯一無二の
中央故に他の場所へのアクセスが良く、それは逆に妖怪にとっても狙いやすいということでもある。幻想郷創造当初、『博麗神社』に続いて創られた里だが、ここに人間を集めた結果、必然的に妖怪が積極的に襲うようになった。幻想郷そのものが創られたばかりであり、何もかもが足りない中で里の人間を護る為に奔走していた。最初は最低限雨風を凌げる家とも言えない小屋ばかりだった集落は、今では妖怪の侵入を防ぐ防壁に囲まれ、多くの店や家が立ち並ぶ街へと成長していた。
最初は人間だけだった住人や来訪者も、今は人間と友好的な、或いは仲良くなりたい妖怪や半妖が増えて来ていた。更には、装いが幻想郷の文明にそぐわない
―――だが、今向かっている目的地に居る
「...看板も変わっていないな」
その目的地に着き、門の梁に打ち付けられた『
「...ふむ。ちょうど授業は休みか。母屋に居るといいんだが...」
玄関が締め切られた寺子屋に人の気配は無く、今日は授業が無いと察してすぐ傍の細い路地を通って裏路地に入る。
「...」
寺子屋の裏側、大通りに面する店の母屋が並ぶ路地に出て、『上白沢』の表札がある玄関の戸を叩く。すぐに足音が聞こえてきて―――
「どなたk......な...か、影、政...?」
「――百年振りだな、
戸が開き、腰まで伸びた青のメッシュが入った銀髪、白い半袖、青いロングスカートの裾に半円の装飾を施したワンピース風の服を身に着けた、
「――百年も音沙汰無しで心配だったんだぞ!!
目頭に涙を浮かべて、怒っているのか嬉しいのか分からない表情で『
―――彼女が得意とする強烈な頭突きが脳天を直撃した。
~上白沢塾母屋 居間~
「...まだ痛むな。慧音の頭突きを食らったのはいつ振りだろうか」
「当然の罰だ全く...だが、本当に目を覚ましてくれてよかった。...本当に、心配だったんだぞ...!」
「すまない。...全く、百年間は長すぎたな」
擦るだけで鈍い痛みを感じる頭頂部から手を離し、また泣きそうな表情を浮かべる慧音に頭を下げる。慧音の
―――彼女との出逢いは、幻想郷を創る候補地に人間を呼び込み始めた頃だった。故郷を追い出されたり、妖怪に滅ぼされたりして行き場の無い人間を探して回っていた時に、行き倒れていた彼女を見付けた。介抱して話を聞けば、彼女は前者の経緯だった。
後天的に"ハクタク"の血が発現して半人半妖の"ワーハクタク"となり、生まれ故郷の住人から追い出されたという。元々両親が不明な拾い子だったが、その時までまさか自分が半分
それまで自分を大事にしてくれた育て親ですら彼女を拒絶し、住人達から袋叩きにされ、何も持たせてもらえずに外に放り出されたという。絶望と人間からの拒絶を恐れて物乞いも出来ず彷徨い、行き倒れていた所を俺に拾われた訳だ。
当時は俺も人間だった為に慧音から怖がられたが、偶然合流した
―――閑話休題。
「しかし、いつ目を覚ましたんだ?『八雲邸』で紫の世話になっていたなら、彼女から連絡があっていいはずだが...」
「目を覚ましたのは五日前だな。病み上がりで異常が無いと認められるまで目を覚ましてからも逗留していた。...連絡については、"直接挨拶した方が感動も大きいでしょ?"って理由で
「...あの賢者は...まぁ、その方がいいだろうな。各地に挨拶して回って、お前が目覚めなかったことを皆がどれだけ心配していたか思い知るといい」
慧音の問いに答えると、呆れたような表情を浮かべるがすぐに納得したように頷き、真剣な眼差しでそう言って湯吞の茶を飲む。紫と同じようなことを言う辺り、本当に誰も彼も心配させたようだ。
「...さて。私の所に来たということは、百年の間に
「あぁ。"縁起"には記述されないような変化があったなら教えてほしい」
慧音は話題を変え、俺が挨拶以外で訪ねた目的を察して聞いてくる。彼女は幻想郷創造から今までずっと『人里』の住人であり、
「分かった。――まず、
慧音は
「そうか、里の被害が軽微で済んで良かった。俺が『妖怪の山』に向かった選択は間違いではなかったな」
「紫から聞いたが、山の被害は
「あぁ。...里と山はそれぞれ"人間"と"妖怪"の象徴だ。双方護り抜けて良かった」
「そうだな。...次に移ろう」
慧音の言葉に頷き、次の話題に移る。
「次に、『円月堂』なんだが...あぁ、そうだ。出来れば――いや、必ずあそこには行くんだぞ。彼はずっと、暇さえあれば手入れをする程にお前の"相棒"を返す日をずっと待っていたからな」
「あぁ、勿論だ。刀以外が使えない訳では無いが...やはり"相棒"無しはしっくり来ないからな。紫にも言われたし、ここでの用を終えた次に向かうつもりだ」
慧音の言葉に頷く。やはり
「...それで、『円月堂』についてはそれだけか?」
「いや、お前の"相棒"については、目を覚まして私を訪ねてきた時に必ず言おうと忘れないでいただけだ。――本題は、十年程前に
「...
慧音の言葉が一瞬信じられず、思わず聞き返す。
「あぁ。その弟子は人間ではなく"唐傘お化け"...唐傘の"付喪神"なんだ。その時にその娘絡みで小規模な
「付喪神、それに
...トントン
ふと、玄関から戸を叩く音が聞こえてきた。
「む、誰だろうか?すまない、少し席を外すぞ」
「あぁ。もし重要な客だったらお暇するとしよう」
玄関に向かう慧音を見送る。
先述のように、慧音はこの人里の中心的な存在であり、今もなお多くの住人に頼られている。寺子屋での授業が無ければ自警団や長老達の寄合に出て助言をしたり、住人の相談を受けたり、喧嘩や金銭問題、諸々のトラブルの解決や仲裁をしたりと多忙だ。あくまで復活報告と百年間の状況把握で訪ねて来た俺が長居することはないだろう。
<...おぉ...か。ちょうど...
<...した?...
居間と玄関はそう離れてはいないため、微かに会話が漏れ聞こえてくる。どうやら知り合いが来たようだ。口調からして親しそうだ。慧音と親しい間柄というと...ん?よく聞けば聞き覚えがあるような気が...
<実は...影政...
え?!影政がッ?!
<ガタッ...ダダダダダダダッ!
「――お前だったか。百年ぶりだな、
「...本物、だよな?」
「大分付き合いも
「あの時は本当にすまなかった。...でも...本当に目覚めたんだな、影政...本当に、良かった...――とりあえず一発殴らせろッ!!」
靴を脱ぎ捨ててここまで駆けて来たのか、俺を見るなり感極まったような、心底安心したような表情を浮かべた、白い長髪に白地に赤の入った大きなリボンを頭頂部に一つと、毛先に小さなリボンを複数つけ、半袖のカッターシャツに赤い指貫袴風のもんぺをサスペンダーで肩に吊るして履いた大人びた少女―――『
「...元々殴る気は無かったよ。でも、百年経ってさ...私的には短いけど、半妖の慧音には結構辛い長さなんだ。表向き気丈に振る舞って、裏では不安そうにしてたんだよ、慧音は。――だから、"影政が目覚めたら一発殴る"て決めてたんだ」
「そうか...いや全く思い知らされてばかりだな。...二人共、すまなかった」
慧音、妹紅と卓袱台で改めて対面して、妹紅が殴った理由を聞いて頭を下げる。まだ痛む頭頂部に加え、右頬が痛むが、百年の眠りの代償として受け止める。
―――『――髪と瞳が違うが...その顔は見覚えがあるぞ』
―――『...お前、まさか
―――妹紅との
妹紅は不滅の魂を持つ
―――『っち...しぶとい奴だ。だが、私は何時までも戦えるぞ。決して消えないこの
―――『――妹紅、その憎悪は――』
丸三日戦い続け、妹紅の
その後慧音と出逢った時に、打ち解けるきっかけを作ったのが妹紅だった。妹紅と慧音は"後天的に
―――閑話休題。
「まぁ、反省してるならいいさ。――それより、その瞳と
「お前が吸血鬼と刺し違えて倒れた後の治療と経過で、紫から聞いていたが...」
俺の
「
「...前向きだなぁ。私は
「...影政は強いな、全く...だが、辛くなったら隠さず打ち明けてくれ。私達は友人なんだから。
その"幻想郷を護る"想いだって、私達も持っている。――
二人は真面目な表情で心配してくれる。―――全く、いい友人に恵まれたな、俺は。
「あぁ、その時は頼らせてもらおう。...改めて、二人共よろしく頼む」
「こっちの台詞だよ。これからも一緒に、"幻想郷を護り"ながら仲良くやっていこう」
「よろしく頼むよ、影政。友人として、"幻想郷を護る者"として、共に歩もう」
互いに手を差し伸べ、握手を交わす。
「...じゃあ、妹紅の来訪で中断していた百年間の『人里』が絡んだ出来事を話そうか」
「あ、そんな事してたんだ。変なタイミングで来ちゃったなぁ私...」
「気にするな。挨拶回りで妹紅の庵も訪ねるつもりだった。それが省けたから渡りに船だ」
「あ、そう?じゃあ、私も知ってることがあったら補足していくよ」
改めて互いの友情を確認し、『人里』絡みの出来事把握を再開する。
「――さて、これが最後になるな。つい最近...でもないが、一ヶ月程前から『霧の湖』湖畔の『廃洋館』の対岸側に
「あぁ、そんなこともあったね。人間でも比較的対処しやすい"妖精"達の縄張りだけど、妖怪が居ない訳じゃないし、人間が護衛も無しにホイホイと行って良い場所じゃないからな、『霧の湖』は」
二、三件『人里』絡みの出来事を聞いた次に挙げられたのは、幻想郷北東部に位置する『霧の湖』で起きた出来事だった。
―――『霧の湖』という名の通り、一日中湖面に霧が漂い、特に昼間の霧の濃さは前後不覚になりかねない程で、それを利用して人間相手に悪戯を仕掛ける"妖精"達が縄張りにしている。妹紅の言う通り、人間が護衛無しに出歩いて良い場所では無いが、危険を冒す事が格好良い事だと考える馬鹿者はどうしても出て来るらしい。
「
「いや、特に誰かが調べたという話は聞いていないな。その場所に近付かなければ何も影響は無いし、その内元に戻るだろうと
「私も一度見に行ったことがあったけど、
誰も調べず放置というのは気になるが、紫曰く歴代で群を抜いて
「成程な...頭の隅に留めておこう。『人里』絡みの出来事はこれで全部か?」
「あぁ。これ以上は特段目立った出来事は無い」
「そうか。...では、そろそろお暇するとしよう」
これ以上聞くべき事は無いと判断し、次の訪ね先へ―――『円月堂』へ向かうべく立ち上がる。
「...影政。改めて言うが、本当に目を覚ましてくれて良かった。これからは、
「私達は友人だ。一人で厳しいなら、遠慮せず私達を頼ってくれよ。できる限り応えるからさ」
「あぁ、そうさせてもらおう。...全く、俺は良い友人を得たとつくづく実感するよ」
玄関に向かいながら、二人から改めて釘を刺される。これからの報告、挨拶回りでも同じ様な事を言われるだろうが、そうしたくなる様な行動を俺は取っていた。長年そうして来たせいですぐに改善出来る自信は無いが、これ以上親友や友人、仲間達を心配させる訳にはいかない。二人の言葉を心に刻み込む。
「...では、またな」
「あぁ、また――あぁ、一つだけ言い忘れていた。挨拶回りは今日一日で全部は済ませられないだろう?帰宅したら――
「時々家事とか掃除の手伝いに行ったけど、いつもふとした瞬間にため息を吐いてたからな。...本当、お前はとんでもないことをやったな」
「...あぁ、
「またな、影政」
「落ち着いたら、家に遊びに行くからな。あの家には、やっぱり影政が居てこそだ」
二人からまた紫と同じ様な事を言われ、思わず苦笑いを浮かべて頷き、二人に別れを告げて『上白沢塾』の母屋を辞して表の大通りに出る。
―――次の目的地は西門方面へ歩けばすぐだ。昼時が近付きつつあり、往来も増えているがそれでも前方の視界の中で目立つ、里を囲う防壁に点々と聳える見張り櫓を越える高さの石造煙突の根本―――そこが
「...天涯孤独を謳っていた
煙突を見ながら呟き、歩き出す。
―――報告、挨拶回りは始まったばかりだ。