D.D.D   作:鼠日十二

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1:機械と生徒と古代の電池

 

 男はブラックマーケットの裏路地を走っていった。機械式の身体は乳酸とは無縁だ、電力の続く限りいくらでも走り続けることができる。だがそれ以外はまるでダメだ、最悪だ。

 

「そっちに行ったぞ!」

「逃がすな、追えッ! アタシらのメシ代がかかってんだ!」

 

 背後から聞こえる銃声に、男は身がすくむような思いだった。入社時に社割を駆使してなんとか購入、肉体のほとんどの部分と換装したこの身体はしかし、何一つオプションのついていない最安価のバニラモデルだ。防水防塵耐性もなく、防弾装甲など脳や心臓の急所にしか施されていない。こんなことになるなら借金してでも多少頑丈なモデルにするべきだった、そう後悔しながら角を曲がって、男は愕然と立ち尽くした。行き止まりだ。

 

 薄汚れた室外機と配管が並ぶ、背の高いコンクリートに囲まれた空間。どうやらここが己の墓場らしい。

 

 どこで間違えたのだろう。

 ひとつ前の分かれ道を右に行けばよかったのか?

 それともこんな仕事を引き受けなければよかったのか?

 もしくは──カイザーローンに入行したのが全ての間違い?

 

 男の思考は、すぐ後ろから聞こえた少女たちの声に断たれた。

 

「手間かけさせやがって……ハァ、ハァ」

「残念だったなァ、袋小路(デッドエンド)だ」

 

 ぞろぞろと姿を現す、制服を着崩したいわゆるスケバン風の少女たち。手には短機関銃や拳銃を引っ提げて、ニタリと下卑た笑みを浮かべる。

 

「死にたくなきゃ、その鞄をよこしな」

「……あなた達に価値があるようなものは入っていませんよ」

「知らねーよ、価値を判断すんのはアタシらじゃねェ。ただ高く売れりゃそれでいい、んでもってアタシらはお前が高く売り飛ばせるブツを持ってるって聞いてんだ」

「誤情報ですよ。一介の、それも新人の銀行員がそんなものを持たされていると本気で思っているのですか?」

「確かめれば済むことじゃねェか。それとも──」

 

 銃声が響く。不良が放った銃弾は男の肩口を掠め、背後のコンクリート壁に弾痕を刻む。後10センチズレていたら、男の表情モニターに風穴が空いていたに違いない。

 

「こうしないと、お前に拒否権がねぇって分からねぇのか?」

「……!」

 

 一歩後退しながら、頭の中で次善策を考える。治安維持組織であるマーケットガードに連絡してみてはいるが、何故か応答は無し。救援は望めないようだ。

 護身用の拳銃はあるものの、多勢に無勢がすぎる。それにこの機械の身体と違って、彼女達のような『子供』の肉体は神秘によって守られており、銃弾くらいでは傷もつかない。

 

 男は――無駄だとわかっていながらも、対話を選んだ。

 

「私には……仕事をやり遂げる責任がある。この鞄の中身は私も知らされていませんが、とある事業の命運を左右すると聞いています。それを引き渡すのが私の仕事。そして仕事や契約には必ず責任が生じるもの……故に、それを反故にされた場合は、()()()()()()()()()()()()()()()

「……なんだ、説教かァ?」

「いいえ、警告です。カイザーの系列には軍事企業も存在する……報復が来ないと考えるほど、あなた達は愚かでは無いはずですが?」

 

 男は不良達を刺激しないよう細心の注意を払いながら、自らに手を出すことのリスクを説明する。男が勤務するカイザーローンは、ここキヴォトスの社会の表裏に深く根を張る多角化企業『カイザーコーポレーション』の系列。その影響力は計り知れない。いわば男は、虎の威を借りたのだ。

 

「今手を引いていただければ、このことは報告しません。しかし虎の尾を踏んだが最後、ブラックマーケットで生きていくのは難しくなる」

「……あァ、そうかもな」

 

 不良が頷いた。届いたのだ、言葉が。通じたのだ、論理が。そう思い、心中で快哉を叫ぶ男だったが……続く不良の言葉に凍りついた。

 

「で、それがアタシらのメシ代と何の関係があるんだ?」

「……は?」

「追われるゥ? 今更何言ってんのオマエ。こっちはなァ、いつ来るかもわからねェ報復より明日の食いもんの方が大事なんだよ」

 

 ぞくり。男の数少ない生身の臓器が全て、恐怖に震え上がった。不良達の目は何処までも暗く、冷たく、飢えていた。

 そもそも――規則、約束事に生じる責任というものを重く見るような生徒は校則を破らないし退学にもならない。言い方を変えれば、不良という生き物は責任を顧みない人間の集まりなのだ。そして、そういう人間ほど躊躇がないものである。

 

「そう言われて辞めるわけねーだろ、偉そうに説教垂れやがって……今日はもう肉の口なんだよ、オマエはその辺でスクラップにでもなってやがれ!」

 

 不良が機関銃を構えた。周囲の不良も併せて自分の獲物を構える。短機関銃が隙を潰し、狙撃銃が急所を貫く。彼女達の陣形は、男の最後の逃げ道を潰した。

 

「鞄には当てんなよ――狙撃隊、撃てぇッ!?」

 

 リーダー格の金髪の不良が指示を出したその瞬間。

 

 男はカメラアイを疑った。

 空から少女が降ってきて、不良の構えていた機関銃を踏み潰したのである。およそ肉体が発するとは思えない、硬質なもの同士がぶつかる鈍い音がした。不良達に動揺が走る。

 

「ア、アタシのエリザベートちゃんが!」

 

 ひしゃげた銃身を見て悲痛な声を上げた不良が、降ってきた少女をギッと睨んだ。

 

「テメェどういうつもりだァ……!?」

「そりゃこっちのセリフだ。いらん手間かけさせやがる」

 

 土埃の中で立ち上がったその少女に、男は視線を奪われた。着崩したツナギを腰のあたりで結び、上半身は黒い半袖のインナーで……だからこそ、少女の両腕、おそらくは両脚にも装着された真っ白な機械義肢がより眩しく映る。

 

 金と黒のややボサついた髪の間から覗く羊ツノは半ばで折れ、頭上のヘイローは心電図のようにギザギザ。鋭い歯を剥いて好戦的な笑みを浮かべる。

 

 不良の1人が、何かに気づいたように一歩後ずさった。

 

「白い手足のツナギ女……お前まさか、『運び屋』か!?」

「なんだ、知ってんのか。じゃあもう言うことねぇや、あとはビビッて逃げるかくたばるかだぜ」

 

 運び屋と呼ばれた少女の白い腕に、橙色のラインが灯る。次の瞬間、まるでパイルバンカーのように速く強く直線的なアッパーが不良の顎を撃ち抜いた。目にも止まらぬ機械的な早業に、理解の追いつかない不良達が固まる。

 

 ぱたたっと降る血の雫が、まるで彫刻のように滑らかな白磁の装甲を赤く濡らした。

 

「……り、リーダー!?」

「クソッ、撃て! 相手は1人だぞ!」

「あ゛? 1人だぁ?」

 

 どこに地雷があったのか、突然キレた運び屋は、怒気を露わにして不良達に近づいた。恐慌状態に陥った不良達は、弾数も考えずに自分の獲物をぶっ放す。しかし運び屋は気を失った不良の身体を盾にして、集団の中に突っ込んだ。近接戦闘において丈の長い狙撃兵は真っ先に拳を受けて地面に沈み、残された短機関銃の部隊も銃弾をものともしない運び屋の義手の前に倒れ伏す。僅か1分にも満たない時間で、あれ程脅威だった不良達は全滅した。

 

「よう、立てるか? 災難だったな」

「あ、ありがとうございます……運び屋、で間違い無いですか?」

 

 男を助け起こした少女は、腕を組んで頷いた。

 

「合ってるよ、私が運び屋だ」

「ああ、すみません。合流地点からずいぶん離れてしまって、お手数をおかけしました。申し遅れましたが私、カイザーローン営業の――」

 

 男が取り出した名刺を、運び屋は手で押し返した。

 

「あーいらんいらん。私、カイザー好きじゃ無いし」

「へ……ではどうして依頼を?」

 

 運び屋はにいっと笑った。

 

「そりゃ報酬が良いからさ。あるんだろう? 早く出してくれ」

 

 運び屋に催促され、男は鞄の中を漁る。そしてそこから、頑丈なケースを取り出した。中には紫色の液体が封じ込められたガラス瓶が入っている。

 

「これが報酬の『完全な古代の電池』です」

「おお……! こりゃイイ、最高だ。市場でも年に一度二度出回れば良いかってくらいの最高品質だ……!」

 

 古代の電池を揺らし、波を立てる紫の液体を眺めて運び屋は相好を崩す。その笑顔にぼんやりと見惚れていた男は、運び屋の背後で不良の1人が腕を起こしたことに気づかない。

 

 慎重な動作で弾を込め、仲間の身体を支えにして。たった1人意識を取り戻した狙撃兵は、忌まわしき運び屋の後頭部に狙いを定める。一発でも意識を刈り取れる、人体の急所。脳を揺らせば運び屋であろうとひとたまりもない。

 

「……ッ、後ろに!」

 

 男が気づくがもう遅い。勝利を確信した不良が、力強く引き金を引いた。銃声が響く。男の手は届かない――

 

『エルメ!』

 

 ガァンッと金属音が響いた。男は再び自分の目を疑う。今度こそ、何も見えなかった。ただ、後頭部に回された運び屋の腕が、狙撃兵の放った弾丸を掴み取ったことだけが事実としてそこにあった。

 

「「……へっ?」」

 

 男と不良が間抜けな声を上げる。運び屋はため息と共に手のひらの弾丸を眺め、振り返ってそれを勢いよく投擲した。銃弾は綺麗な軌道を描いて不良の額をスコーンと打ち抜き、再び意識を闇に落とした。

 

 呆然とする男に、向こうを向いたまま運び屋が問いかける。

 

「……なあ、聞いたか?」

「聞いたか、って……さっきの機械音声みたいなヤツですか?」

「それだよ、全く面倒なことをしてくれる」

 

 運び屋はもう片方の手に持っていた古代の電池の蓋を、その怪力で無理矢理こじ開けた。そしてビアジョッキを傾けるかのように、ガラスの淵に唇を当て、電池の中身を豪快に喉に流し込んだ。

 

「ちょっ……それ飲んでいいやつなんですか!?」

「んっ、んっ……ぷはっ。良いんだよ、私の栄養じゃない」

 

 古代の電池の中身を飲み干した運び屋は、自らの左手をコンコンと叩いた。

 

「どうだ、ダーティ。溜まったか?」

『目的量の2%だよ!』

 

 快活な声音の機械音声が響き、男は目を丸くしたアイコンを表情モニターに浮かべる。運び屋が「そういうこった」と笑う。

 

「改めて――運送業『DDD』代表、荼枳(だき)エルメだ。そしてコイツが――」

『初めましてお客様! DDD所属、義肢型自律知能搭載式集積装置のダーティです!』

 

 運び屋――エルメとダーティは、男に手を差し出した。

 

「それで、何を運べば良い? モノか、人か、それとも……何だって構わない、私たちが責任を持って届けてやる。何せウチは、キヴォトス最高の運び屋だからな」

 




ちょっとハードめなブルアカ二次、ずっと書きたかった
見切り発車だけどもよろしくお願いします
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