【書籍化】サイバーパンク居酒屋『郷』~チート持ちで転生したけどやることないのでまったり過ごしたい~   作:西沢東

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本日2回目の投稿ですので、前話を読んでいない方はそちらから見てください。


エピローグ:全てが終わったその後で

 

 

 

 

 

 

 

 

 トキにとって、それは僅か半日にも満たない出来事であった。『龍』に連れられてロケットに乗り込み、『未来流刑』を執行される。しかし1000年経過するのはあくまで外界であり、内部の時間の流れは緩やかである。

 

 先ほどまでいた暗黒街、そして『実験場』の騒々しさとは打って変わって内部は静けさに包まれていた。ロケットが離陸していくのを体にかかるGで体感しながらゆったりと床に尻をつく。

 

 持ってきた端末で論文を読み、船内の保存食を齧る。船内は簡素化・強度確保のため人間の乗るスペースは僅か2m四方の金属立方体でしかない。故にそれ以外に何かができるわけでもなく、淡々と時間を過ごす。そうしているうちに、本当に何事も無く、再び着陸時のGが体に襲い掛かってきた。恐らく今、1000年が経過し地球へ帰っている最中のはずだ。

 

 あまりに短い時間であったため、トキはしばらくたっても未だに実感が無かった。理論では分かる。内部と外部の時間がずれているから、もう間も無く1000年が経過するのだと。しかしあまりにもかけ離れた主観と客観は、それを実感させることを許さない。

 

「……もうついたのね」

 

 そしてトキが事実を飲み込むより早く、船に衝撃が走る。追い出すようにハッチが開かれ、促されるようにトキは外に足を踏み出し、そして絶句した。

 

 無限の白い金属層が大地を埋め尽くしていた。それらは全て一辺が数kmほどの人造のプレートであり、それぞれが複雑な幾何学文様を張り巡らせながら下に降りて行っている。いや、正しくはトキが立っている今この場所が、無数の層の頂点であった。

 

 地面は見えず、代わりに以前より更に熱い日光が容赦なくプレートとトキを照らす。トキの周囲には瓦礫しか残っておらず。もはやかつて何がそこにあったかすら判別することはできない。少し先を見ると、プレートとプレートを繋ぐ連絡橋が崩れかけながらも未だに残っているのが見えた。

 

「……土地が足りないから、上側に拡張したということかしら。……本当に、1000年後なのね」

 

 それぞれのプレートの上には建物や機械の残骸が並んでおり、しかし誰一人として動いていない。トキにとって、完全に未知の世界であった。

 

 これからどうしよう、とトキは自問する。様々なパターンを想定していた。着陸した瞬間に警察に相当する組織に捕まる場合。着陸を迎撃されて死ぬ場合。あるいは死の大地になっていて、何一つ自身を迎えない場合。

 

「まあ、もともと行く当てなんてなかったわよね」

 

 トキは歩き出す。もう何もない大地を。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

『西暦2700年、資源の枯渇と異常気象の多発、人口増加に伴い人類は宇宙に進出しました。その後、地球と宇宙の資源状況が逆転した結果、最終的にほとんどの人類は宇宙へ飛び立ち、母なる地球には汚染と廃棄都市のみが残されています』

「なるほどね……」

 

 半日ほど歩き、トキは一軒家に残っていた端末を勘で操作し、何とか過去のニュースを引っ張り出すことに成功していた。1000年もたてば大きく文字が変わる。23世紀の1000年前、13世紀は鎌倉幕府の時代であり、現在の言語と文字・口調共に大きく異なっている。しかし幸いにも1000年後と今では大きく言語が変わっていないようで、ほっとする。

 

 ……いや、23世紀からわずか400年ほどで地球が放棄されはじめたからこそ、言語が近いまま残っているのかもしれない。そう考えると、物寂しい物があった。

 

「……もうオーサカ・テクノウェポン社もトーキョー・バイオケミカル社も併合されて無くなっているのね。生者必衰、諸行無常の理ありだなんて言うけれど」

 

 もう少し自身の知っている情報を検索してみる。時間の改竄、『PCW計画』、牙統組、『龍』、ネゴシエーター。様々なワードを入力しても、自身の知っている物は何一つ出てこない。

 

 かつて『龍』に話を聞いた時、全てと隔絶される絶望感、なんて話を聞いた事がある。あまり実感がなく、ふーんと頷いていただけであったが、今、トキにはその意味がようやく腑に落ちた。

 

 愛用していたアプリやサービスは軒並み停止し機能を失い、もう聞くことができない。自身の知っている全ての情報が過去で、全ての人類は自分と前提を異にしている。きっと自分は33世紀の人間に出会っても、まず会話するのが難しいだろう、とトキは思う。

 

 当たり前に周囲にいた同じ価値観の、同じものを共有し、同じものを好む人間はもういない。何をしても時代遅れな変な人間、と笑われる。いや、時代遅れだけならよい。他の人間は33世紀の今、宇宙に脱出している。今のトキにとっては、他の人間と出会うということすらあまりにも遠い出来事であった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 さらに半日ほど歩く。移動手段のないトキが動ける範囲は限られている。そして最上層ゆえか、日差しは熱くトキの白い肌を焼く。汗をかいてきたトキは、足を止めて水道を探し、そして見つけた。

 

「……仕方がないわね」

 

 元々は上水道だったのだろうが、管が破裂しプレートが破断した結果、そこは小さな滝となっていた。流れ落ちる水は割れ目に溜まり、川の如くさらに続いていく。

 

 水質が気になるところだったが、見る限りは危険そうなところはない。周囲には人もおらず、何も気にせず一気に服を脱ぎ捨て、水を浴びる。冷たい水が熱された体を程よく覚まし、気持ち良さにトキは目を細める。

 

 透き通った川には小さな魚と虫がいて、どれも見たことが無い。虫はよく見れば足の本数が奇数だし魚は口が4つある。

 

 船内より持ってきた保存食と水はそう多くない。ここで回収することができれば……と思っていたが、どれが食べられるのか、どれが飲める水なのかがさっぱり分からない。下手に食中毒を起こせば脱水症状でそのまま死にかねない。

 

 当たり前にあった水や食べ物。それすら今のトキにはあまりにも遠い物である。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 歩いている途中で、汚染の中でも生き延びている野生動物たちを時たま目にする。多くは研究用動物が脱走し、環境に適応したようであったが、昼間にいた生き物たちはそこまで好戦的ではなかった。恐らく日光が厳しすぎて、活動を避けるようになっていったのだろう。だが、夜は別だった。

 

 その日の夜。トキは恐怖に身をすくませる。廃墟の一角を寝床に定めた彼女は、聞きなれない音で目を覚ます。二階の空となっていた一部屋を借りて寝ていた彼女は、ひび割れた壁の向こうで怪物が蠢くのを目にする。

 

 視界の端に移るのは、体長10mほどのヒルのような何か。ぬめぬめとした体が月光を反射し、その恐ろしさを際立たせる。怪物はトキがいる一室の周辺を何度もうろつき、しばらくして諦めたのか確認してしぶしぶと立ち去った。

 

 恐怖のあまり思考が回り続け、そのまま夜が明けても眠ることはできなかった。今のトキにとっては命すら──

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そして、さらに数日が経過した。日陰を選んで、よろめきながらトキは足を懸命に前へ進める。瓦礫と金属の床がトキの足を疲れさせていて、今やもう歩くのも限界だった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 もうトキは、あれ以来まともに寝れていない。寝れていないが故に昼間のパフォーマンスも落ち、探索も進まない。結果として食料も飲料水も手に入れることができず、備蓄がついに尽きてしまっていた。

 

 当たり前の結末だった。1000年の時を前に人が対抗できるわけもなく。ただ環境の変化に押しつぶされて消えていく。あまりにも変化しすぎた世界に、トキはついていくことができなかった。

 

 トキは、もう立てなくなると分かっていたのに建物の陰に座り込んでしまった。急激に気力が抜け落ちていき、何もできなくなるのが感じられる。

 

「あれだけ啖呵を切ったのに、結局これかぁ。『PCW計画』の研究を消し去りたくない。もっと研究がしたい。夢は叶わないものっていうけれど、ね」

 

 喉は乾いて舌が張り付いており、地面に反射する顔には生気がない。ふと、こんなことになるならネゴシエーターの誘いに乗っていれば、あるいは研究を捨ててしまえばよかったのでは、などという思いが出てきて、慌てて首を振る。結局アメリカで殺されるか33世紀で死ぬかの違いでしかないのだから、大差はない。仮に研究を捨てたとしても、後に残るのは抜け殻の自分でしかない。

 

「ソラ、上手く生きていけたかな」

 

 姉妹らしい結末といえばそうかもしれない。一人で暴走してネゴシエーターの誘いに乗り、破滅の道を走ったソラと、『未来流刑』を馬鹿正直に受けて死に瀕するトキ。人のことを説教している場合ではなかったな、と苦笑した。

 

 研究を続けたかった、もっといろんなものを見たかった。そんな希望が疲れと飢えと渇きに飲まれて消えていくのを感じる。そして、疲れと飢えと渇きすら体の中から失われていく。終わりを目前に、トキは静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ」

 

「……あら、1000年経っても覚えているなんて随分優しいじゃない」

 

「言っただろ。仕事が終わったからといって適当に放り出したりはしない。胸糞悪い結末にはしないよう頑張る、ってさ」

 

「確かにね。……それにしてもあなた、本当に化け物ね。何一つ変わっていないわ」

 

「失礼な。知性が増しただろうが。それに対応速度も上がったぞ、お前のロケットの噴射を見てマッハ8で下層から上がってきて、しっかり間に合っただろ?」

 

「対応速度って物理的なスピードではないと思うけれど。とりあえず、水と食べ物ある?」

 

「ブロッコリーの胸肉の唐揚げとかなら直ぐに出せるぞ。あとサーモンの刺身」

 

「本当に変わらないわね。時代についていけていないんじゃない?」

 

「失礼な、23世紀の文化には大分適応できるようになったぞ。まあ27世紀くらいから置いてきぼり感凄くなってきたから宇宙に行くのはやめて地球に引き籠ることにしたんだけれど」

 

「今33世紀よ。……そういえば、ソラはどう?」

 

「ほとぼりが冷めた後に希望の仕事に再就職してたよ。汚染区画の開発だったか、楽しそうにやってたよ」

 

「……それは良かったわ。で、研究設備は?」

 

「お前厚かましい奴だなぁ。勿論あるさ、そろそろ1000年経つと思って嫁経由で準備させた。まあ面倒事起こさない範囲で好きに研究すればいいさ」

 

「あら、ダメもとで言ったのに本当にあるなんて」

 

「『未来流刑』を受けてでも消したくない研究なんだろ。お前が戻ってくるなら絶対要求してくるだろう、と思ってな。あとついでに21世紀に戻れるよう改良しといてくれ」

 

「まだ狙ってたのね。未練がましい男」

 

「うっせえ、言われなくても分かってるさ」

 

「冗談よ……とりあえず、起こしてくれる? 立ち上がれなくて。あと、唐揚げはケミカルソルトでお願い」

 

「毎度あり。 ……おっと、そういえば以前も言い忘れていたな。改めて言っておかないと」

 

「?」

 

 

 

 

「──ようこそ、居酒屋『郷』へ」













というわけで2章完です。お付き合いいただきありがとうございました。
デーモンコアノコギリクワガタや足の生えたゴールポスト、母を自称する一般組員など、プロットには影も形もなかった謎生物たちを書くのが楽しかったです。

Q そういやマスターの結婚相手誰? 1000年生きれる生命体いなくね?
A 回答は控えさせていただきます。ただ、カピチュウの如く『侵食』という技がございまして……

因みに3章は季節ガン無視の水着回の予定です。日光、焼けた肌、水着、迫る危機、進化を遂げるミドリガメ……! 

また、サイバーパンク居酒屋『郷』書籍版1巻発売中です! 1章の内容に大幅加筆・多数の書き下ろし及び美麗なイラスト付きとなっております。是非よろしくお願いいたします!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322410000473/

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