気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
コムスセクターから出る。
…前方のテスティングセクターの扉がいつの間にか開いている。相変わらずそこにいる巨大な顔を気にしながら、通路を進んだ。巨大な顔の真横を通ったが、やはりこちらを視認していないように感じる。頭の厚みは全身の大きさに反しあまりないな、と思いながらしばらく見上げるが、その顔が微かに左右に揺れている、以外の特に新しい発見はなかった。静かに佇む巨鳥にしつこいちょっかいを掛けて一回死んでいるので、ドローンでつつくのは控えておく。
テスティングセクターに入ると、まず、ごく簡単な受付のような部屋に行き当たった。目の前に机と椅子、両脇に上へ行く階段が設置されている。
机に書類を発見して読む。
Case10と書かれたそれは、フラミンゴの遺伝子情報とジバニウムを混ぜ合わせた、タイプが2の通称『鳥』についての報告書だ。更新番号は2。
最新の遺伝子情報組み換えの後、Case10には重大な行動変化が確認された。
特定の層に対する攻撃性は、完全に保護的で母性的な行動にとって代わられている。前述の特徴としては、低い身長、高い声、子どものような属性をもつものが含まれる。
このような特徴をもたない個人には非常に攻撃的で、Case10の大きな体や鋭い嘴によって致命的な攻撃を受ける可能性がある。
奇妙なことに、攻撃を受けない特徴をもつものは(Case10A,Case10B, Case10C ,Case10D, Case10E, Case10F)を除いてほとんど人間であることが確認された。全ての有機生物は、鳥の成体も幼体も含めて、子どものような属性をもたない人間と同じレベルの攻撃性にさらされる。
ケースは発表の準備ができていない。
…、…。フラミンゴ。『鳥』の通称から考えて、これはオピラバードの報告書だろうか。てっきり飛ばない巨大な鳥、ダチョウと思っていたが、確かにあの体色は、フラミンゴのそれだ。
報告書の内容によってボールピットでの襲撃にも納得がいく。自分は子どもではないから襲われた、という事だ。…クレアを守ろうとした手紙の少年は、はやとちりだったのかもしれない。あるいはクレアが子ども判定を受けなかった可能性もある…のか?
ともかく、オピラバードに襲われないためには子どもっぽくある必要がある。私は自分を見下ろした。
…いや、幼稚園児に間違われはしないな…どう考えても…。子どものような振る舞いをしてみる手も考えないでもないが、オピラバードが精神性を加味してくれるかは微妙だ。なにより絵面がきつすぎる。…最終手段としてとっておこう。
ドローンでボタンを押し、扉が開かれる。階段を上りつつ、置かれた物を注視した。緑のドラム缶だ。中央に緑の滴マーク。フィドルたちのいた壁に描かれていたものにそっくりだ。ドラム缶の近くの壁にある『Gv』の文字と『∞』マークは、どこか元素記号と原子番号っぽくも見える…。どうやらジバニウムが入っている缶のようだ。
自力で動かせないそれらを置いて、開いた扉の中に足を踏み入れた。
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目の前に広がっていたのは、長い…とても長い廊下だった。
天井と床、壁に描かれた波打つラインによって、距離感覚が余計曖昧になる。両脇には扉がいくつも並んでいるが、その近くのスイッチのライトはどれもついていない。ひとまず扉の色を記憶するだけにして進む。
黒、橙、ピンク、水色…途中の壁に看板を見つける。
『巨大なカタツムリの攻撃から生き残る方法!』
不穏なそれをしっかり見る。目が正面を向いている時は、『止まれ』で、目が横を向いている時は『動く』。カタツムリ…スロウセリーヌのことか、と考えられるが、どうやら攻撃にはルールがあるようだ。よく覚えておこう…。
突き当たりの黄緑の扉をスイッチで開ける。開いた先は…暗闇だ。
奥にスロウセリーヌが居るのだろうか?
慎重に足を踏み入れようとした先、…暗闇の中で、うっすらと2つ何かが光っていることに気が付く。
…、…目だ。
…、…。
動きはない。背後の廊下に他に進めそうな場所はなかった。前進する他ない。
…、…慎重に、歩を進めていく…どこか、その目に違和感と既視感を覚え…
―――た、時にはすでにそれは、こちらに向かって近づいてきていた。
ピンクの体、黄色い嘴。瞳は間違いなくこちらをロックオンしている。
カタツムリじゃない!…無事だったのか!とか、よくぞあの高さで!?とか思うことはいっぱいあったが、その予想外の登場に、あらゆる考え、つまり検討していた対策などを一切消し飛ばしてしまった私は固まった。
あー…っと?
怒れる相手が迫っている。やることはたったひとつだ。
「―――許可なくみだりに体に触れてすみませんでした!もうしません!二度と!誓って!!!」
オピラバードは緊急停止したように、私の数メートル先で立ち止まった。じっとこちらをみている。これは謝罪が伝わっているのか?あるいは不届きものの急所に狙いを定めているのか?
前者に期待をかけ、誠意を込めて頭を下げたまま目だけでオピラバードの様子を伺う。特に感情を表しているようには見えない黒い両目は、しかし私自身の気持ちの問題か、在りし日の母の圧を思い起こさせた。…幼き日のやらかしと、それを無言で見やり反省を促す母の瞳を思い出す。自然、私は背を丸め身体を縮めた。
「ごめんなさい…」
しょぼくれた気分で謝罪を口にする。…、変化は訪れない。そろ、と視線を上げるとオピラバードが動いた。性急ではない歩みで私の傍まで近寄ると、視線を外さないままに私のまわりを歩き回る。
生きた心地のしない時間は短くも長い。
きゅえ、と、しばらくして立ち止まったオピラバードは、短く一度鳴いた。
…、…。それきりだ。…許されたのか??
じっとその黒い瞳と見つめあう。
あ、とちょっとした違和感の正体に気が付いた。オピラバードの右目周囲に傷がある。
…落下した時にできたのか、とはっとした気持ちになって手を持ち上げかけて…彼女を伺う。
「…顔に触れても?」
オピラバードは頭をやや動かしたのみで鳴かなかった。明確な「NO」はないが、伝わっていない可能性を大いに考えて、慎重に下から手を伸ばす。
軽く指先を丸めた私の手は、大きな拒絶なくオピラバードの顔に触れた。ゆっくりと指の背で撫でる。痛がる様子がないことを確認しつつ徐々に近づけていって目の周りに触れると、傷の部分は微かに凸凹していた。
「穴に落ちたときに怪我を?だとしたら…それも、本当に、申し訳ない」
オピラバードは大人しい。返事はなかったが、頭の重心が微かに撫でている手の方へ動いたようだった。
丸い大きな目は、ほんの気持ちばかり細まっている気が、する。
「―――大丈夫みたいね?」
唐突に背中の方から声が掛けられ、私は振り向いた。
廊下の先に、いつのまにいたのだろう、新たな人物が立っていた。
「あなたが彼女につつかれるんじゃないかって思ったんだけど。要らない心配だったみたい」
若い女性の声でしゃべる真白い三角耳のその人は、小首を傾げた。
「オピラバードは小さい子に優しいのだけれど、あなた、そうなの?」
「…いえ、見た目の通り…。ええと、こんにちは」
流暢に喋る敵意の無さそうな人物…人物?に返答をする。
壁の絵にいたキャラクター、バンバリーナの形をしたその人は頷いた。
「ええ、こんにちは!挨拶はいいことだわ。…小さい子ではない、そうよね、ちょっとだけ大きいもの」
物凄く自然で理性的な会話ができている。奇襲もない。感動した。
「私、先生なの。あなた新入りでしょ?ちょっと授業を受けて行かないかしら、生徒が少なくなっちゃって」
…、…理性的と信じてよいか?会話の流れに恣意を感じないでもない。
言いつつ彼女は先程までロックされていたピンクの扉を開けた。…周囲に、他に開くドアがないことは確認済みだ。ついて行ってみてよいだろう、と判断して私は素直に頷いた。
振り返ってオピラバードを見やると、彼女は一度伸びをするように体を揺すった後、ひと声短く鳴いて踵を返していく。こちらにはそこまで関心がないようだ。その姿に小さく手を振りつつ、私は真白い先生の背を追いかけた。
ピンクの巨鳥:振る舞いもメンタルも加味する。
先生:生徒発見。
P1:自身を精神的に大人だと信じている。遊具で遊び(1アウト)、オピラにべたべた触り(2アウト)、母を思い出し縮こまってごめんなさいと謝った(3アウト)。まだセクハラで怒られたと思っている。