気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
進んだ先には、なるほど、教室があった。
「ようこそ!」
楽し気に進み入った彼女はくるりとこちらを見て微笑むと、続いて目の前に座る生徒ら――ジョウロやボウリングのピン、バスケットボールたち――に向かって言った。
「みなさん、新入生です!」
おや、と瞬きする。どうやら私は、彼等の新たな仲間として受け入れられるらしい。バンバリーナの姿の彼女…自己申告により先生と呼ぼう…は、再び私に視線を寄こして言った。つん、と澄ました表情を作って。
「ところであなた、遅刻よ。今日のところは初めてですから許しますが」
しかも初っ端から遅刻設定。悪い心証を改善すべく、素直に謝る。
「申し訳ありません先生。次回以降ないようにします。時計の確認を忘れません」
澄ました顔をしていた先生は、目を開いてこちらをきょとん、と見た。
「あら…ええ、いい心がけね。じゃあ、えっと…あなたはまず入ってきたばかりで人気がないから…こっちの席。授業を始めるわ。どうぞ、座りなさい」
なるほど、遅刻した生徒の面倒をしっかり見るには良い配置だ。はい、と返事をして示された真ん中のテーブルの空席に座る。机を囲むお仲間はジョウロだ。
授業に出席する感覚は、久しい。ちょっとわくわくしてきた。実のところ、もう少し勉強したい気持ちがなかったわけではない。純粋に憧れもある、講義ってこんな感じだろうか?
「いいわ。それでは本日の最初の授業は数学よ」
「わかりました、先生」
期待に胸を躍らせ私は返事をする。先生はその丸い目で私を見て、やはり先程と同じような表情をした。…新鮮そうな顔?だろうか。しかしこの度、その瞳はちょっと輝いた。
「そうね、いい返事よ。…ええと、皆さんは今学期の間に…数学だから…そう、足し算や引き算、割り算、掛け算などの基本的な計算方法だけでなく、色々なことを学びますよ!」
うんうん、と私は頷く。よかった、聞いたところ私に難しすぎるという事はなさそうだ。先生は、頷く私に視線を向けてにこにこした。…楽しそうだ、こちらも思わず笑顔になる。
「ワクワクしてきたわね!」
「はい」
「ではまず、始める前に基本の復習をしましょう!」
先生は、にっこり言った。
「6874123612+981939912は?」
…なんて?
かわいらしい声から流れる数字の羅列に呆気にとられる。動揺ついでに手元のドローンのスイッチを押してしまったらしく、あ、と思った時にはドローンは椅子に乗っていたボウリングのピンを押し飛ばした。ごん、と机上に倒れたピンは転がって机の謎の装置を起動する。
電子音を響かせそれは再生された。
「『学校は最悪!』」
「――――不正解」
冷ややかで鋭い声がとんだ。と思うまでもなく、彼女の白い手で掴み上げられたボウリングのピンは、メキリと音を立てて首の部分が砕けた。
「正解は『7856063524』よ。いい?ふざけた生徒は痛い目を見るから真面目に答えるように」
たおやかな彼女の手は少しもダメージを受けた様子はない。瞬間的にピンクに染まった先生の目はすぐ戻り、さぁ次よ、と明るい声で授業は再開した。元の席に座らされた哀れな不正解者のピンは、項垂れたように頭を揺らしている…。
数秒前の私が辿る運命だったろうその姿を無心で見つめ、ようやっと危機感が湧いてきた。―――間違えたら、ヤられる。
やべぇもんに巻き込まれちまったぞ…。
自然と背筋が伸びた私は、その鈴の鳴るような声に全神経を集中させる。
「次は私が書いた問題よ。『2+2は?』」
ここで答えねばいつ答える?選手宣誓もかくやの速さと真っすぐさで挙手をした。先生の視線を受けて自分が考える最高の優等生で回答する。
「はい。答えは4です、先生」
「正解!わぁ、間違えると思ったのに!」
にっこり笑って褒めてくれる先生はかわいい、かわいいけれど、視界の端で揺れるピンの存在が素直にかわいいと言わせてくれない。
「次、『惨め+失望』は?」
なにそれ哲学のおはなし?
国語科だったら説得ありきで個人的意見を述べたところだが、生憎科目は数学だ。解釈は許されないと見た。「自己嫌悪と不信とかどう?」と軽口を言える雰囲気ではない。
答えに窮した私は、自分の座る机に目を走らせた。置かれた機材は4つでそれぞれ名前が書きこまれており、『奇妙な子ども』『賢い子ども』『芝居がかった子ども』『本当に賢い子ども』…。おそらくどれかが正解である仕掛けなのだろうが、何を発言してくれるかわからないので、いまいち信用していいか謎だ。
一度ちゃんと発言したから許されないだろうか、と先生を伺ったが、その黒い瞳はこちらの解答を今か今かと期待している様子だった。
…『本当に賢い子ども』に頼りたくなるところだが、今までの問題とも照らし合わせて『芝居がかった子ども』か、ダークホースで『奇妙な子ども』が正解だろう…。
そうっと私は腕を伸ばして対面席のスイッチを押した。録音された声が流れる。
「『My life』」
我が人生、とは随分渋い回答だ。私は目から鱗の顔をし、先生は笑顔になった。
「正解!」
満足そうな先生は続けた。
「残念ながら、今日の数学の授業は、これでおしまいです」
えっ、もう?
若干バイオレンスではあったが、それはそれとして寂しい。ショックを受けた私の顔を見てか、先生は小さく笑った。
「お昼休みよ。戻ってきたら次の授業を始めます」
ぱっと教室の電気が消えて、通路を挟んで反対のフロアが明るくなる。思わず先生を見つめると、彼女はにこにこ顔で手を振った。
…行ってこいということだろう、頷いてそちらに向かうことにした。
遊び場らしき場所を調べてみるとどうやら…ミニゲームのようなものが設定されているようだ。さっきの椅子にも座っていたジョウロやボウリングのピン、バスケットボール…つまり生徒である彼らのいざこざを解決するのが、ミッションらしい。
『友達を助けて!あそこでいじめられているの』と、ジョウロ。
『このくだらない奴を助けたいの?じゃ、お昼のお金頂戴!』とジョウロを囲むピン3名。
すげー設定だ。金で根本解決できるかはさて置き、周囲を探索する。…小高い丘にサングラスをかけたバスケットボール達が居た。曰く、『俺たちはクールな生徒でガムを噛んでるのさ。金が欲しいならガムをよこしな』。
…近くにはお札が置かれている。動かぬボール相手だ、手を伸ばせばひょいと取れてしまうが、流石にそれをやったら顰蹙ものだろう。誰にって、あっちでわくわくしながらこちらを見続けている先生に。
遊びというのは暗黙のルールがあって、それに則ってこそだ。ケイドロで逮捕された泥棒が勝手に檻から出ちゃ、興ざめもいいところ。お互いに楽しく遊ぶには協力が不可欠だ。
ごく小さい悟りを得た私は、あちこちに散らばっていたガムを集めてグラサンをかけたバスケットボールの近くの台座に置いた。
ピコンと音が鳴る。…流石にとっていいよな?と手にしたお札を、今度はボウリングピンのところへ置く。捕まっていたジョウロを回収し、ついでに丘の下に転がっていたジョウロも一緒に仲間のもとに戻すと―――近くの棚が、自動で開いた。
『―――えーと、みなさん、よくお聞き下さい。お昼休みの終了をお知らせします。教室に戻るように』
途端、流れた館内放送に思わず視線を上に向けた。…聞き覚えある声だ。落ち着いた男性の声は続く。
『それから、先生方へ連絡だ。めっちゃくちゃわんぱくな、…ええと、おそらくドローンを持っている生徒がいないか気を付けて見てほしい。確保したら、直ちにバンバン校長室へ連絡をくれ』
どうやら、彼は手術室前からいなくなった私を探しているようだ。相手にとって私があそこから動いているのは想定外だったのか。からのマットだけを見つけることになっただろう赤い姿を想像する…。
ポーン、と音が鳴り、一度終わったはずの放送が再び始まる。
『―――『確保』、だ。くれぐれも。丁重に頼む』
ちょっと慌ただしい放送は、今度こそ終わったようだ。
…、私は、部屋の端っこに浮遊するドローンと、それを先程しっかり目撃しただろう先生へ視線をやった。
微笑んだ先生は小首を傾げた。
「ねぇ、あなた、放送の子に心当たりはある?」
…、…。
「いや、そんなにわんぱくな子どもは知らないですね」
ドローンのスイッチをリュックにしまいつつ返答する。先生は、そう、と笑った。
「そうね、じゃあ私も知らないわ。だってあなた、『クール』な転入生だし」
私が手にした景品に一度視線を向けたあと、先生はウインクした。頭を下げて、私は息を吐く。
彼が私を探している…ということはまだ用が済んでいないのだろう。少なくとも放送内容から、生存を望まれていることはわかった。
まだ検査サンプルが取れていなかったのか?彼に協力するにしても、ちゃんと目的と手術のリスクと術後について説明を受けてから判断したいところだ。
ひとまず先生のこの授業を終えてから考えよう。私は目の前に集中することにした。
P1:義務教育無遅刻無欠席。
先生:授業を楽しんでいる。
赤い姿の声の主:メディカルセクター内を捜索中。