気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
赤い声の主とガラス越しに対面。会話は中断し下で続きを話すこととなる。
緑の巨人からは逃れたが、先生は連れ去られた。
エレベーターを降りて、先へ進む。
16 Worry
壁に書かれている『何があっても下へ行くな』の警告を流し見つつ、エレベーターを下った先には、黄緑の部屋が広がっていた。
『Information Kiosk』―――案内所、と壁に書いてある。
部屋の中央には茶色の大きな柱が聳え立ち、さながら巨大な木が天井を支えているようだ。
…案内所であるなら、建物の入り口近くに設置してあるのが普通だ。エレベーターでいくらか下層に来てから立ち寄る場所ではあまりないだろう。…であるならば、これらの施設の構造は、階層の高さで綺麗に役割が分断されていると考える方がよい。私が立つこの場所が、この階層の入り口だ。先程の警告を思うに、やはり下の方が厄度が高いと思われる…。
壁に、オピラバードのイラストを発見した。『To』の文字とエレベーターを指し示す矢印を見るに、オピラバードの居場所を示していると思われる。少なくとも彼女の定位置がこの階層でないことは確かだろう。
隣には、新たなマスコットキャラクターの絵が描かれていた。
『クイーンバウンセリア』と名前が書かれている。紫色のカンガルーだ。王冠を被って、ハートを模った杖を持っている。
『好きなだけ飛び跳ねてね。だけど、結論に跳び付いちゃだめよ!』
柔らかに諭すような印象を受ける台詞だ。やんちゃを許容し見守る立ち位置なのかもしれない。絵にはもう一つ、吹き出しがあった。『ザ ノーティワンズ』と名前。
『宿題を終わらせていい子でいよう。僕らの仲間入りをしたくないならね!』
吹き出しが出ている先は、バウンセリアのお腹の袋の中だ。よく見ると真っ黒なそこには5つの目が描かれている。いたずらっ子はそこにしまわれてしまうらしい…。
さっそく先程の柔らかな印象を覆す不穏な情報だ。彼女こそが、真の「しまっちゃうおじさん」枠だったか…?
まじまじと絵を見つめる私の耳に、放送開始のチャイム音が入った。続いて聞き慣れた声が聞こえる。
『―――よかった、上手くいったようだね』
安堵した調子の声だ。いや、それが良くないのだ、と伝えようとして、放送ではこちらの声は届かないことを思い出す。会話できないじゃないかコレ!
『方法は不明だが、君はあのエレベーターの大事故から生き延びたのだから、驚くことはないかもしれないな』
事故?ジョッシュを押し潰したあのエレベーターの事故のことを言っているならどうやってそれを知り得て…。いや『方法は不明』といったな、カメラで一部始終を直接見たわけではない。であれば、事故後に現場を見に行ったのだろうか…、手術後か?
思うことは色々あったが、ひとまずやるべきことを思いついて急いで取り掛かる。
『それと、再度言わせてくれ、君の頭を殴ったのは本当にすまなかった。実際のところ、僕が君と顔を合せて話をするべきではないと考えるのには訳があるんだ。…理由はわからないが、僕は暴力的衝動に陥いることがある。そしてそうなった時…僕はその衝動を再び抑え込めるか、自信がない』
作業しつつ、相手の説明を聞く。なるほど、互いのために距離を取ったという事か。セリーヌのように本能的な何かで他者を傷つける可能性があり、それを避けたいということかもしれない。その理性と善性を信じることにする。
『僕は自分を監視室へ閉じ込めることにした。これで危害を加えずに君を手助けできる…、…ええと?君、何をしているんだい?』
私は必死こいて描いたものをカメラに向かって掲げた。
『…絵かな。ちょっと、待っていてくれ、監視カメラの画質はそれ程良くないんだ』
私は近くのソファーを足場にして、カメラに紙を寄せる。
『…ジャンボジョッシュとバンバリーナだね。2人に追い掛けられた?』
違う。焦燥に首を振って線を足す。✕を掲げつつジャンボジョッシュに印をつける。
『…。ジョッシュに、追い掛けられた。うん、しかし無事なようで良かったよ』
一度頷き、そして首を振る。絵を付け足す。ジャンボジョッシュの両腕を、大きく、先生を囲むように被せる。
『…、…』
伝わらないか、とカメラを祈るように見つめる。…ふむ、と向こうで考える声がした。
『…、ジョッシュに、バンバリーナが、捕まった?』
私は大きく頷いた。大拍手。
『なるほど。君の代わりに、ジョッシュは彼女を捕まえて手を引いたわけだ。…しかし彼が自主的にとは―――あぁ、いや…、そうか…』
何事かを考える声の主に、一番伝えたいことが伝わっていない私は絵を指さし激しく主張した。
『え?なんだい?…バンバリーナ?彼女がなにか?』
絵に書き足した文字は小さくて判別不能のようだ。私は新たな一枚にでかでかと書いた。
『―――…、…『HELP』?―――彼女を?』
読み上げた声は、質問というより、困惑の色を伴っていた。私の方が、はて、とカメラを見上げてしまう。そんなに突拍子もないことでもなかろう。
『―――ああ、そうか。君は、相手の心配をしている。…そうか』
何かをよく噛んで飲み込むような調子だった。声は続けた。
『わかった。…君、まずは君が安全に進むことを考えよう。彼女の方は…僕も打てる手を考えておく。悪くはならないよ、安心していい』
とりあえず、第一の懸念は何とかなったかもしれない。自分でも努力するが、この施設を良く知る声の主の助力は、より確実な助けとなるだろう。
『…いや実際のところ全然心配はないと思うが一応…。君の安心が買えるなら簡単なことだ』
事情通な様子の声の主が言うなら、心配は本当にそれほど要らないのかもしれない。よかった…。
ひとまずの安堵を得て、私は息を吐いた。それにしても、この面倒なコミュニケーションに辛抱強く付き合ってくれている相手には頭が下がる。別に私の主張を丸無視して、先へ進んでくれと言ってもよい場面だろうに…。良い人だ…多分…初手で殴られはしたけど…おそらく…。
感謝を込めてカメラに向かって礼をした。
『気にしないでくれ。ええと、本題に戻るが…僕たちは今、下層のフロアで活動している。さらに下にも多くのフロアがあるんだが、現在までかなり長い間封鎖され、放棄されたままだ。だから…落ちるのだけは特に気を付けてくれ』
…素直に頷く。確か、メディカルセクターで見つけた誰かの手記に、その放棄された場所に向かおうとしている旨が書かれていた。…逃げた人々がそこにいる可能性はあるかもしれない。記憶に留めておく。
『それから、君の子どもたちについてだ。どこに捕まっているかは分からないが、誰がそうしているかは知っている。―――アクアティックセクターへ向かってくれ。そこが、その「彼」の居る場所だ』
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声の主の助言通りに、アクアティックセクターを目指すことにする。
説明によれば、案内所にあるケーブルカーに乗ってその場所へ行くようだ。見つけたケーブルカーの横にある案内を見るに、現在地は「グラウンドセクター」と呼ばれる場所らしい。「プログレッシブセクター」「アボリアル・アクアティックセクター」「メディカルセクター」と4つの建物がこの機械を経由してつながっている。これを動かすためにどこかでキーカードを見つけねばならないようだ。
本当のところ聞きたかった彼の目的や何故私を手助けするのかは、結局聞けずじまいであった。こちらの声が届く機会は少ないと見て、質問事項をまとめておこうと決心する。次に会ったらちゃんと聞こう。
…案内所のパソコンの近くに、紙を発見し読んでみる。どうやら手記らしい。
『私は自分が運の悪い人間であると知っていたが、これは新記録だ。
賑やかなフロアを出てトイレに行き戻ってくると、誰も彼もが消えていた。もし巨大な鳥が歩き回ってなかったら平和な時間を過ごせていたかもしれない。
このままここで静かにしているのは無理だろう、息が荒くなってきた。
しかしあの鳥は収容室の外で何をしているのか?スケジュールより遅れていたので、てっきり背の低い紫の生物だけをお披露目するのだと思っていたのだが。
こんな最期を迎えることになるとは想像だにしていなかった』
…、…。
想定よりもスケジュールは大幅に遅れ『友達紹介デー』には、キャプテンフィドルズのみが披露される予定だったようだ。しかしその前後に、おそらくボールピットの大崩落が起きて、『誰も彼もが消えた』…。上の階のオピラのミッションがあった部屋ではなく、なぜかこの階層に彼女は出現し、この手記の主は攻撃から逃げるため息をひそめることとなった…ようだ。
崩落したボールピットの真下がどこに繋がっているのか分かれば、もう少し状況が判明しそうだ。ひとまず先へ進もう。
ドローンを操作して、手近な扉を開けて部屋を探索することになる。足を踏み入れた先は、たくさんの椅子付き長机が設置された広い部屋だった。
まず目についたのは、床の落書きだった。そばにクレヨンが落ちている。緑色で描かれていたのは、にっこりしたジャンボジョッシュだ。
掃除のことを気にせず、のびのび描かれたそれを見つめる。他にも、触覚を伸ばしたスロウセリーヌ、笑顔のオピラバード(色分けされている。頭の毛と尻尾が紫だ、細かい)、ギターを弾くバンバン(謎の尻尾が生えている。悪魔っぽい)、にこりとするスティンガーフリン、シェリフトードスター(ゲコ、と吹き出しがついている)、泣いているナブナブ(ひとりぼっち、と悲しそうな顔でコメントがある。描き手は優しい子かもしれない)があちこちに描かれていた。バンバンの近くに描かれた左右反転した音符は、最初の『ひとりぼっち』のメモと同じものだ。クレアが描いたのかもしれない…と考えながら歩く先で、床に『クレアはここにいたよ!』と落書きを見つける。うん、そのようだ。
壁にはすっかりおなじみとなったマスコットキャラクターたちの紹介絵があるが、新たに紫のカンガルー…クイーンバウンセリアが増えている。…キャプテンフィドルズには、クレヨンで水色のズボンが描き足されていた。思わず微笑む。いいセンスだ。
相変わらずやや離れた位置にいるナブナブの上には、今回はちゃんと名前が振られていた。…そして、ちょうど反対の位置に、まったく新しいキャラクターが描かれている。ナブナブの色を黒にして、緑のリボンを頭に付けたようなそのキャラクターには、『ナブナリーナ』と名前が振られていた。
…、…。クモが増えているのか、と今後へ向けて覚悟を整えつつ、何かの装置らしきものに視線を移す。
壁に清掃員へのお知らせがあった。シフトの終わりにはクリーナーによるチェックがあるようだ。異物は横にある穴に入れるらしい。…これまでに拾ったクレヨンは…いや、手元に欲しいところだ。色があるのとないのでは、伝えられる情報量に雲泥の差がある。
鞄にそれらをしまうついで、机の上に紙を発見した。―――子どもの字。手紙だ。
『おかあさんへ
いいクラゲさんは、とってもつよいよ!
かれは、みんなを ここへ はこんでくれたんだ!
だけど、メイソンさんは かれが きらいみたい。
ぼくには どうしてか わからないや :'-( 』
おそらく、ダンベルを持ったにっこり顔のクラゲが描かれている。
『みんな』?クレアと、この手紙の主以外にも、人が居るようだ。
…スティンガーフリンは子どもに好かれているが、施設の職員だろうメイソン氏には嫌われている。オピラバードのように相手によって見せる面が大きく変わるのか、あるいは子どもには察せぬような裏があるのか…。
いずれにせよ、と床の元気いっぱいの落書きを見る。子どもは無事らしい、と息を吐き…自分が無意識にソレを考えないようにしていたと嫌でも気が付いて、ぎくりとしてしまった。手の届かないどこかで誰かが苦しんでいる、等と考え出したら、私は合理性をほっぽり出してしまう…まではいかないだろうが、パフォーマンスが落ちるだろう。
浮かび上がった心配を、頭をふって追い払う。事実はどうあれ…子どもたちはスティンガーフリンに匿われているようだし、安全な様子だと信じよう。身の丈を越える何かをしようと考え出すと碌なことにならない。いま自分にできることを、着実にやるのが吉だ。
落ちていた黄色のキーカードを使い、クリーナーを起動した。特に穴には物を入れなかったが、問題なくチェックが終わり、紫のキーカードが分配される。…このチェック機能、本当に必要だろうか?ルンバでも一台置いとくほうがいい気がする。
キーカードを眺めつつケーブルカーの方に向かおうとした私は、あるものと目が合って立ち止まった。
三つ目の顔。小さなパーティーハット。
例の青い彼が、クリーナーが消えた暗がりの向こうから、ひょっこりと顔を出してこちらを覗いていた。
…、…。
またも行きたい方向へ出現した彼への対応を考える。…よく考えて、いや、違うなと否定。どのタイミングでも、彼はきっと私の背後から、距離を保って私を見ている。進行方向へいると思われるのは、いずれも私が来た道を引き返すときだ。彼には先回りして進むのを邪魔しようという意図はない。
…襲い来るのは…私の方から急激に彼のテリトリー、パーソナルスペースに踏み込んだ時なのかもしれない。
先程出会った時は、私は焦燥から余裕のない雰囲気であっただろう、と振り返って反省する。むやみに相手の警戒を高めさせるのはよくない。
私は結局、随分遠くから大きすぎない声であいさつをするに至った。
「…こんにちは」
控えめな声掛けに、相手は特に反応を示さなかった。
「ええと、返事はしなくていいけれど、そっちの、ケーブルカーに行きたくて。目の前を通るけど、特に何もしないから、気にしないで欲しい」
反応はない…いや、ちょっと、目を瞬いた気がする…。
ナブナブの様子をよくよく気にしつつ、とはいえあまり見つめ過ぎずに細心の注意を払って歩みを進める。
向こうも多分こちらをよく観察しているな、という気配を感じながら一定まで進むと、不意にその姿は暗がりへひょいと消えてしまった。
…、…。今回、彼の敵意や緊張を特には感じなかった。
私はなんとなく、ふらりと庭先に現れる野良猫を思い浮かべた。…いや、実際のところ彼は猫ではなくクモだが。
どうにか仲良くなれないものか…と考えながら、私はケーブルカーに向かった。
P1:深読みをしがち。かつ往々にして外す。拗らせると過度な心配へつながると自覚があるので、考えすぎないようにしている。
赤い声の主:Not心配性。事実の整理と組み立ては苦ではないが、心情の推察は得意でない。
青いクモ:心配というより、慎重に距離をつめる性質。