気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 グラウンドセクターにて、声の主と放送で会話する。
 道中青いクモと遭遇するが、襲撃はなかった。
 子供を匿っているらしき相手と会うため、アクアティックセクターを目指す。



17 Concern

 

 ケーブルカーにのって、アクアティックセクターに辿り着いた。

 

 青い廊下を進んでひとまず周囲を探索すると、さっそく資料を発見する。

 報告書だ。

 

 Case7と書かれたそれは、ヒトの遺伝子情報とジバニウムを混ぜ合わせた、タイプが2の通称『先生』についての報告書だ。更新番号は2。

 

『Case7はCase6の状況を改善するため、予定より早く実験が承認されたが、これは間違いだったようだ。

Case6を紹介する以前、Case7は、自身らの遺伝子情報提供者と会う前のCase6のように振る舞っていた。(同様の状況を避けるため、Case7には遺伝子情報提供者との面談は行われない)

その振る舞いは、非暴力的で、自らが監禁状態であることに混乱が見られるものの、全体的には検査に関してかなり協力的であった。

Case6をCase7に対面させた結果、Case7の協力関係は著しく低下、日を追うごとに悪化している。要求されたことに対する明白な拒否は、驚くべき早さで増えている。これはCase7がCase6と対面する前には見られなかった振る舞いだ。

相関関係は否定できないが、何が行動の変化をもたらしたか調査中である。

ケースは発表の準備ができていない』

 

 …、…。

 通称と遺伝子情報から考えて、これはバンバリーナの姿をした彼女、先生に関する報告書だろう。赤い彼と引き合わされた彼女は、その後何らかの理由で施設側に非協力的になった…。何かが彼女の不興を買った、ということは覚えておこう。

 

 廊下を進むと、オレンジの扉の横に、『To』とスティンガーフリンのイラストが付いている。奥を見ると、同じように、ナブナブとナブナリーナ、そしてシェリフトードスターの扉もある。

 近くの壁に、ナブナリーナの教訓を発見。

 

『誰にだって、いい相手がいるよ。ただ目を向けるだけでいいの!』

 

 …ちょっと救いのある言葉だ。孤独を抱える者にとって、目で見て通じ合える相手が現れたなら、それはきっと心安らぐことだろう。リボンを付けた彼女の姿をよく見る。乙女チックを感じる、いい娘さんっぽい。

 彼女もまたクモであろうという事実に目を逸らしつつ、探索を続ける。すぐ近くの巨大なスピーカーがある部屋で、またも報告書を発見した。

 

 Case13と書かれたそれは、ヒトと…何某かの遺伝子情報とジバニウムを混ぜ合わせた、タイプが2の通称『クラゲ』についての報告書だ。名前の分からぬ何某かの生き物は、クラゲの一種と思われる。更新番号は1。

 恐らく…スティンガーフリンの報告書だろう。これから接触する相手についてだ。集中して読む。

 

『Case13は、これまでのほとんどCaseで起こったように、ついに身体・脳の活動の兆候を示し始めた。これは実際の実験が間もなく可能になることを示している。

ジバニウムと遺伝子情報を最初に混合して体内に入れた場合、これまでの全てのCaseで2~3週間の休眠期間が観察されている。ところがCase13はこの観点で特異的だ。

Case13の身体は予想された休眠状態のたった一日しか経過していないにも関わらず、すでに神経活動が観察されている。これは新たな症例だ。

これはCase12Gの実験後に行われたジバニウムの改良の結果だという説が提唱された。これによって学習速度の最大化が可能となった。

Caseは発表の準備ができていない』

 

 …、…。

 どうにも、ジバニウムは着々と改良が進められて実験が行われていたらしい。Case13は身体も脳も成長が速かったようだ。驚異的とも取れる成長…先の報告書で考えていたジバニウムの膨張効果と、もたらされる痛みについて一抹の不安がよぎる。

 何ともないと良いが…。

 

 辺りを一通り探索し終えた私は、スティンガーフリンの絵が付いた扉を開け、先へ進んだ。

 

 

 

 長い、長い階段を下っていく。―――異様に長いな、と思い始め…あれ、ちょっと待てもしかしてボス前っぽい?一旦立ち止まる。

 

 

 いや…立ち止まった所でやることは心構えだけだ。セーブも何もない。

 深呼吸し、階段を下りきる。

 暗がりで先が良く見えないが、一歩足を踏み入れた。

 

 

 足音の響きからして広そうな部屋の明かりが、にわかに点灯する。

 暗がりから、その橙の姿が浮かび上がる…、…。

 

 

 

 ―――――でっ………かい。

 

 

 私は目を瞬かせて、眼下に居る相手を見た。いや、ジャンボジョッシュの比ではない大きさだ。黄緑のフィドルだって及ぶまい。

 

 反対方向を向いているらしく顔が見えない相手に、特に動きはない。響く足音にも反応はなかった。未だ続いていたらしい階段を降りて、ひとまず相手の正面に向かうことにする。

 

 …近づいてみると益々大きく感じる。高さは3階建てのビルはあろうかという程。六本ある触腕は床に伸びているが、その一本の幅は私の胴体を優に超える。彼が少し身じろぎをしただけで、多分自分は吹っ飛ぶだろう、と想像に難くない。

 

 ようやく見えてきた相手の顔を見つめる。現在閉じられている一つ目の周りは、一部色が濃く変わっていて傷らしきものも見えなくもない。横を通り過ぎる際に、上部左側に黒ずんだ部分も見えた。…外傷か、はたまた膨張による裂傷か…。

 反対側に辿り着き階段を上った先には『コミュニケーションキオスク』の文字があった。後ろに白い扉があったが、開かないので置いておく。

 

 …多分、この場所で彼と会話が可能という事だろう…。

 

 

 …、…。さて、子どもを匿う彼は、敵か味方か。私は意を決して、そのボタンを押した。

 

 

 

 

 目の前の瞳が開かれる。視線が交わり、あいさつを、と口を開きかけ―――。

 

 

 

 

「―――酷い一日を過ごしたようだな。…私にはわかる」

 

 …声が聞こえた。ゆっくりと落ち着いた、低い、静かな声だ。

 深く沈み込むような声は続けた。

 

「子どもの手を取り、この酷い場所を抜け出すその時を待ち望んでいる…私にはそれもわかる」

 

 共感を示す語りかけだ、と思った。実際のところは私に子どもがいないので実感に欠けるが、行方不明の我が子を探しに来た親であれば『気持ちがわかる』と寄り添い伝えてくれていることになる。敵意は無いと見ていいのだろうか。

 

「その努力を無下にするつもりはない…しかし、私はその瞬間が永遠に訪れない可能性を危惧している」

 

 相手はどうやら、このままではうまく行かないと考えているようだ。

 深謀遠慮、という言葉が思い浮かぶ声色の相手に、私はそわりと姿勢を伸ばした。私では知り得ぬもの知り、私には見えぬものを見据えている様子。すっかり相手のペースに飲まれ、言葉を忘れた私はなるほど、とただ頷く。

 

「私はそれを看過できない。そして、喜んでその理由を伝えよう―――だが、そうした後、お前は私の助言を聞かなくてはならない」

 

 う、ん?ちょっと雲行きが怪しくなってきた。精一杯頭を働かせて、言外に込められていそうな沢山の意味を考える。こちらに共感を示してくれているので、多分子どもを見つけるためのアドバイス…

 

 

「可能なうちに、ここを立ち去れ」

 

 

 ―――アッ、ちがうぞこれ警告では?

 

「お前の記憶からここを消せ」

 

 明確に、重々しい声は告げる。警告だこれ。

 

「これまでに起きたあらゆることを忘れ、前に進め。さすれば私は約束しよう…明日はより良い日になると―――」

 

 ここまで流れるように喋った相手は、ふいに、はたりと動きを止めた。

 

 正確には、硬直する私を見て、だが。

 

 …いや、自分に学がないという自覚があるので、いかにも教養のありそうな人を前にするとただでさえ緊張してしまう。さらに今目の前にいる相手は、どうにもあまりこちらのやることに好意的でない雰囲気だ。頭のいい人の敵意はこわい。

 

「…聞こえていたか?」

 

 あらぬ誤解を受けぬよう、急いでこくこくと頷く。

 

「…、私の言葉がわかるか?」

 

 すごい、微細に確認を取られている。情けないやら恥ずかしいやらで、頷いて無理やり口を動かす。

 

「―――あ、の、」

「なんだろうか」

「お話は、よく、わかりました。いえ、全然、理解が及んでいない可能性は大いにありますが。それで、ええとス―――すみません、あなたを、なんとお呼びすれば?」

「…好きなように。多くのお前たちが呼ぶように、Case13でも、スティンガーフリンでも、橙のクラゲでも」 

 

 静かな答えに、私は困って言葉を詰まらせた。…呼び方で不快にさせたくないとどう伝えれば良いだろう?Case6がオリジナルと対面した時の報告書を思う。自認と異なる呼び方は、酷く傷つけやしないだろうか。

 

「―――私は自身を正しく認識している。この施設で作られた存在、名をスティンガーフリンと付けられた。…よって、単に私を呼ぶならそうすると良い」

 

 言葉の無い私の危惧を違わず掬い上げた声が告げる。口調は静かだが、酷い告白をさせたのではないか?

 委縮する私をしばし見降ろし、彼―――スティンガーフリン―――は、息を吐いた。

 

「…このままでは大した話が出来そうもないな。…もとよりそのつもりだった。少し、眠ると良い」

 

 橙色の、彼の手がこちらに伸びる―――――――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 は、と、気が付いた時、私は砂浜に居た。

 

 目の前には晴れ渡る空と海が広がっており、穏やかに揺れる水面は陽光に白く輝いている。遥か彼方に、空と海の境界が青く一本の線を描いていた。

 

 日差しが肌を温める。柔らかな風が顔に当たって、緩やかに前髪を撫でて通り過ぎていく。

 

 

 海だ。夏の海。

 

 

 ばしゃ、と足元で水音。いつのまにやらサンダルを履いていた足の下を、波が寄せては返っていく。心地よい温度の海は、日差しに熱を持った足を白い砂と共にくすぐっていった。

 

 

 遠くでカモメの声が聞こえる。

 

 

「―――ようこそ、わが家へ」

 

 

 海に夢中になっていた私は、声のする方へようやっと顔を向けた。橙色の姿を見つけてそちらへ走り寄る。近くには車があり、水平線の先にはいつぞや見た太陽の塔のような巨大な灰色の顔の彼も見える。スティンガーフリンの静かな声は続く。

 

「―――といっても正確には我が家となるはずだった場所、だが」

「ここは、一体?海…海に間違いないでしょうが、我々はどうやってここへ?」

 

 驚きと疑問を口にする私に、スティンガーフリンはゆったりと答えた。

 

「現実と夢の狭間。我々の意識の接続点。あえて言うのであれば、ここは、精神世界。…ここにあるものは全て幻だ。私が見せる幻覚のようなもの」

 

「―――幻覚!」

 

 私は声を上げた。

 

「この海が?潮風も、日差しも…?!」

 

 私は波打ち際に寄り、そのまま足を浸した。音を立てて水が跳ねる。透明度の高い海の中で、白い砂が舞い、光に反射してきらきらと輝く。温かい風が服や髪を撫でて揺らす。

 …音!光!温度!香り!この砂の動き!…すごい!すっごい!!

 

「すごい、これは、本当に、現実と区別がつきません」

 

 私はぱっと彼を振り返った。

 

「精神世界とおっしゃいましたね。貴方がこれを?こんなことができるのですか…!」

 

 あまりに鮮明だ。矛盾なく演算されたそれら。精神による世界であれば、その主が現実世界を詳細に把握していなければ、目の前の光景をこんなに克明に算出できるはずもない。

 凄まじい知性と記憶力、処理能力だ。

 

 興奮冷めやらぬ私の視線を受け、スティンガーフリンはというと―――ちょっと、首を、傾げた。いや正確には胴と頭部をやや横に傾けたのだが、なんとも言い難い瞳でこちらを見ている、気がする。

 なんか扱いに困っているような雰囲気を醸し出してやしないだろうか。あれ…?

 

「今は、主に私の意識がこれを作り出している。…ところで、現実世界に居るより、会話する気にはなったか?」

 

 はっと、私はここに来る直前の様子を思い出し、居住まいを正した。…いや、いやいや、おかしい、普段なら人前でこんな風に前後を考えず行動に移したり自分の考えたことをベラベラ喋ったりしない。

 

「はい。申し訳ありません。急に、身も口も軽く…」

「いや…そういう場所ではある。ここでは誰しも、現実よりいくらか抑圧から解放的となる」

 

 なるほど精神的に無防備なわけだな、とちょっと気を引き締める。スティンガーフリンは、腹を割って話をするために…あるいは相手の嘘やお為ごかしを引っぺがすために…ここに場を設けたのだろう。

 その場に彼自身さえ入る方法を、私は誠意と取った。もとより頭の良い人につく嘘はないが、私も誠実であることに努めよう。

 

「わかりました。お話を聞かせてください。精一杯考えて私も話します」

 

 姿勢を正して座った私をじっと見て、スティンガーフリンは、語り始めた。

 

 

 

 

「――――昏く、冷たい施設の奥では、己の本質から離れた行動を強いられる。…道を外れそうになった時は、お前が私を見つけたあの場所で、精神的な立て直しを図っているのだ」

 

 憂いを乗せたその瞳は海岸を見つめた。

 

「この場所へ来て…それから、思い出している。私が戦っているものは…この痛みと苦しみに見合う価値があることなのだと…」

 

 …、…疲れた声だ、と思った。この世界の明るい情景に反して、声は静かで、重々しい。

 スティンガーフリンのミッションがあった部屋を思い出す。『握手』の数が少なかった、あのホワイトボード。

 やりたくないことをやらねばならず、なんとか己を納得させるために、ここで考え事をしているのだろうか…。

 

「…、…『やらなくては』は…苦しいですね」

 

 相槌を打った私を、スティンガーフリンは横目で見た。

 

「そしてここは…貴方が荷を下ろして、安らげる場所なのですね」

「そうだな。…もちろん、何ひとつとして現実ではないが…あるいは現実といえるかもしれない…」

 

 心持ちゆったりとスティンガーフリンは答えた。

 

「私は日の光を実際に浴びたことが無い…想像できないだろう?私はそして、いつの日か、それが現実に叶う日を待ち望んでいる…」

 

 音を立てて風が吹いた。

 

「そのためには、子どもたちが必要だ」

 

 切実な願いを乗せた瞳が、私にはっきりと向かった。沈んだ声は、確固たる意志を伝える声にとって代わる。

 

「心配することはない。最も安全な手順で実行するつもりだ。大人をどうするかはさて置き、少なくとも一人は正気で生かし、生き残った子どもを送り届けるようにする―――もちろん、私を望む場まで運んではもらうが」

 

 まぎれもない本音なのだろう。私は注意深く、相手の言葉に耳を傾けた。

 

「脳の無いクラゲのように、一日中エビを食べ、亀から逃げるだけのシンプルな生活をおくりたい。良心の呵責がないことがどれほど心を落ち着けるかは、良心の呵責がある時でないとわからない…」

 

 …、…。

 自由を求めるその願いを、止める権利は私にはあるまい。疲れ切っている相手にどうして留まれと言えよう?相手はこれ以上なく本心で話してくれた。その目的を示してくれた。…私も、誠実に話すべきだ。考えて言葉を口にする。

 

「…貴方の思いをお教えくださって、ありがとうございます。ここを出て自由に暮らしたい、という願いに、私は決して反対をしません」

 

 ただ、と続けた。

 

「私が先へ進むのを、お許し下さい。…そして、その道中で私が誰かを助けようとするのを、どうかお許し願えませんか。貴方の邪魔をしないように心がけます。目の前にいる誰かを、私はおそらく…見過ごすことができないだろうと思うのです」

 

 スティンガーフリンは…じっと、私を見て、それからゆっくりと答えた。

 

「その勇気と子への献身に…私は敬意を払おう。しかし、その提案に頷くことはできない。お前が思うより、あの場は危険に満ちている。お前が進むのはリスクが勝る。―――私は、お前に、逃げる機会を与えているのだ」

 

 黒い瞳が私をひたりと見据えている。

 

「受け入れろ。そうすれば、お前は、自分の命や子どもと会える機会を失わずに済む」

 

 意思は…固いようだ。

 さて、なんと説得しよう、と考える端から―――急激に視界が悪くなる。

 …まって、と制止の声は、音にならない。意識が暗闇に飲まれていく―――

 

「見るといい―――()()はその氷山の一角だ―――」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 




P1:困った時は瞬間的にフリーズする。セーブ枠はもれなく全部埋まる性質。

橙のクラゲ:盤上に駒が増えたので接触中。聞き手の様子を見て、会話内容はやや平易にローカライズされた。
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