気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
先生と協力して部屋から無事(1乙)脱出することに成功する。
彼女と別れ、謎解きと探索を進める。
私は悩みつつ、ひとまずメディカルセクターを後にすることにした。
いまだ灰色の悲し気な彼のことは気がかりであったが、何もできないのに目の前にいても彼を縮こまらせるだけだ…。直前のスピーカーの使用を思い出す。クモたちの例を考えると…彼がここへやってきたのは、私が再生した音声テープで招集されてしまったからかもしれない。私は彼に頭を下げた。
「…すみません。意図してなかったのですが、恐らく貴方を呼びたてる形になってしまいましたね」
反応は…見られない。私は言葉を探した。
「私は…先へ、進もうと思います。もし…どこかで、お話する機会があれば、その時はぜひ。また、声をきかせてください」
会釈しつつ私はケーブルカーに乗り込む。
…気になって何度も振り返ったが、やはり彼はただそこに佇むだけだった。
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プログレッシブセクターに辿り着いた。
中へ進むと、正面に硝子窓のついた会議室?のようなものが見える。…プログレッシブ…?革新的な研究が進められていたセクターなのかもしれない。
曖昧な記憶の辞典を引きながら周囲を見回す。壁に、マスコットキャラクターのイラストを発見した。
オピラバードの色違いのような…水色の鳥だ。『タルタバート』という名前の下に教訓。
『愛する者を守れ。そうすれば、相手も同じようにお前を愛する』
なかなか格好いい台詞だ。愛を臆面なく語るその言葉には自信を感じる。似た色合いの子がオピラの雛の中にいたので、タルタバードは彼女のパートナーだろうか。
近くに報告書を発見した。拾い上げて読んでみる。Case13…スティンガーフリンについて。更新番号は3。
『本日は、Case13が自らの遺伝子情報提供者と対面する初めての日だったが、結果は我々が予想していたようなものではなかった。
Case6とCase7の暴露日に起こった手が付けられない状態とは明らかに対照的に、Case13は自身が何であるかを冷静に理解していると、遺伝子情報提供者に確信させた。
これは、Case6が自身の身体について証言したものと同一の症状、例えば全身に継続する説明できない痛みや、身体の成長、多数の太い静脈の存在といった、同様の身体的特徴を有しているにも関わらず、である。
我々は、このような知的で予測不能な症例を顧客に提示することのリスクに関して、経営陣の判断を待っている』
…、…。
スティンガーフリンは、初期の段階から自己の存在について冷静に受け止めていたようだ。報告書は、彼のこの認知を、痛みや静脈といったCase6と同一の条件とは別の事象によって引き出されたものと考えているらしい。…スティンガーフリンはめっちゃ冷静で頭が良くて物分かりが良いという事でよろしいか?腹の中ではどう思っているかは別として、彼は自分の境遇を聞いても激昂したり取り乱したりせず、目の前の人間の求める解答を即座に導き出せたという事だ…。
あと、さらっと書かれているけど、Case7ことピンクリボンの先生も、自分の遺伝子提供者が居るって知らされてない?気のせい?
私は『the revelation day』の文字をじっと見る。赤い彼や先生と比べて、スティンガーフリンは冷静だった、と書かれているからやっぱり、そう、か…?
…、…。彼女は…何を思っただろうか。報告書に書かれている『meltdown』の文字からして、穏やかでは居られなかったことは、間違いない。…、先生…。
私は重たくなった手で報告書のQRコードを読み取った。映し出されたのはジャンボジョッシュと5の数字だ。…謎解きの解答と照らし合わせても間違いがない。とはいえもう使わない手がかりだ。私は資料を鞄にしまって先へ進んだ…。
入って左手側の扉をキーカードで開ける。
…開いた扉の真正面に、見覚えのあるピンクの小さな姿が見えて、私は目を瞬いた。
…近づいてみると、それはやはりオピラバードの雛ようだ。妙にシルエットが丸いな、と思ったが、どうやら嘴を自分の体に突っ込むようにして丸まっているらしい。
動きがないその様子に、心配になって駆け寄った。声を掛けてそっと触れる。
ピンクの塊は、もぞもぞと動いたかと思うと、ぱっと顔を上げた。まん丸の黒い瞳に…痛みや恐怖などの兆候はみられない。小さな体は私を見て小首をかしげると、元気にひと声鳴く。
よかった、単なる休憩だったようだ。安堵に息をついて立ちあがろうとした私の視界に、―――上から降ってきた水色の何かが映る。
鋭利な嘴。短く赤い翼。
それは、巨大な鳥のような。
―――タルタバード!!!!!
愛に生きる水色の巨鳥は、一直線に雛に触れる私へ向かってくる。
弁明するまでもなく、私の視界は飛び掛かってきたそれで大きく揺れ―――
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気が付いたとき、私は開いた扉の前にいた。
前方には丸まったピンク色の小さな丸が見える。
…、…。
私は反省した。…そう、だな、愛する我が子の寝こみを襲うとか、許しがたい事案だ。そうじゃないとしても、やっと眠ったお昼寝中の子どもを勝手に起こすのだって、親にしてみれば中々の罪だろう。
…、…。違うんだけどなぁ…。
哀愁を覚えつつ、ひとまず雛を起こさぬよう周囲の探索を試みる。奥さんにベタベタした余罪もある私は大人しくすべし。左右の階段を上ってみたが、かなり荒れている様子で上階にはたどり着けそうもない。行き止まりにビデオテープやら報告書やらを発見。
報告書は…Case6の更新番号5だ。
『本日はCase7がCase6の収容室へ入ったが、結果は予想外だった。
Case7は、Case6を刺激しないよう注意するという明確な指示のもと、いつものように部屋の隅にいるCase6にゆっくり近づいた。
Case7はどうすればよいのかわからない様子で沈黙し、緩慢に自分たちを見上げるCase6を見つめていた。数秒間、Case6が何を見つめているのかわからない気まずい沈黙が続き、その後Case6は立ち上がった。
Case6はのろのろとCase7に近づき予想に反して彼女に長い抱擁をしてから再び部屋の隅に身を寄せた。Case7は混乱して立っていたが、間もなく退室が命じられた。
Caseは発表の準備ができていない』
この…なんとも悲しいようなやるせないような気持ちを、何と表現すればいいのか…。
私はしばしじっと報告書を見つめた。形式ばった事実のみを列挙する文章からは、彼と彼女の心情をはっきりと読み取ることはできない。しかし…ただ…無言で抱擁する姿を想像するに…それが純粋な喜びでは決してないだろうことは…確かだ…。
ナブナブと異なり、同伴者の存在は、赤い彼にとって孤独を癒す存在とはならなかったのだろうか。…自身を遺伝子情報提供者そのものと認識している彼には、ピンクリボンの先生の存在を目にして事の顛末が理解できてしまったのかもしれない。つまり、自分の後続が生み出されたという事実が…。
先生は、この時点で施設側の人間の指示に従っているように思える。と、いうことは彼女はこの報告書の後にメルトダウン、つまり手の付けられない状態にまで変化したのだろう。…、…何らかの要因から、自分の生まれた理由や、遺伝子提供者について理解してしまったのだろうか…。
だいぶ重たい情報を、私は何とか飲み込んだ。
―――今は目の前の謎解きに集中すべきだ。気を取り直す。
私は探索を続けた。
壁に文字を発見。読んでみる。
『怒った巨大な鳥に乗る方法
1、高い場所に行く
2、対象の背中にジャンプし、着地する
3、降りずに触れ合う』
…、…。大層限定的な状況の説明書きだ。誰かが成功してこの方法を確立したということで良いんだろうか。
文章を信じるとしても、現在のところ具体的にやる方法が思いつかない。
タルタバードが地面に降りてきたところで、追いつかれないように私が高台に上り、下方にいる彼に飛び乗る、という手順をとるのだろうが…。しかし、雛を起こした瞬間に降ってくる彼から逃れる手があるか…?
…ひとまず保留。他の扉にも開きそうなところがあった。周りを先に見てみよう。
部屋を戻る。周囲の壁にある計算のパズルを解いてみることにした。ええと?近くの部屋のボードを見るに、卵の絵が数量の1を表し、タルタバードが2、オピラバードが4だから…。
それにしても、すごいスイッチの数だ…。だってこれ、ほとんどが不正解用のスイッチなんだろうに…?経費の無駄遣い感もすっごい…。
これを目にする羽目になった従業員の不満感に思いを馳せつつ、正解のスイッチを問題なく押していきクリアの音を聞く。
開いた左手の扉の先には、何かが…あった。…居た?
鉄パイプを組み合わせたような細長いY字型。目玉がくっついている。それに紐で横棒を括り付けて、腕っぽいのと、車輪がくっついている足っぽいもの。
横の壁に、おなじみのマスコットキャラクターの紹介があった。『Mr.カボブマン』の名前と下に台詞。
『どんなにコストがかかっても、自分を諦めるんじゃない。僕みたいになるなよ』
…、…。どんな気持ちでこれを見ればいいのか判断に困る。経営難によってマスコットキャラクター作成の費用を削ったのか…?そういうブラックジョーク…?
もう一度彼を見つめる。壁のイラストではバンバンのようなパーティーハットを2つ被っていたが、目の前の彼にはそれすらなかった。
…、…。
…そうだ、と私は自分の鞄を探った。彼の前に今までに見つけたドローン用の帽子を並べる。
さて、どれが彼に似合うか。せっかくだから色々試してみよう。
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十数分後、赤いサンタ帽と三角ハットのスタイルが完成した。イラストとシルエットを似せつつ、ちょっと個性も出した形。斬新かもしれないが…、…赤色、いいな、うん、似合う。
持っていたハンカチを広げて、彼に結ぶ。こっちは黄色いリボンぽくていいと思うのだが。…おさがりだから嫌かな?意見を聞いてみたいが生憎彼は無言だ。
一歩下がって…頷く。
着飾らなくても君は君でオンリーワンですてきだが、それはそれとしてファッションは人を勇気づける。装備でバフが掛かるというなら、しない損はない。…私のハンカチには残念ながら効果はないだろうが、まあ、気の持ちよう!
君も諦めないでいいんだよ、とその背をぽんと叩く。
―――『三石一鳥!』と音声を出して彼はやや前進した。
…、…。お喋り機能搭載だったか…。私は彼の背中についていたスイッチを見つめた。
マスコットキャラとして考えると別にあっても不思議ではないのだが、ゲームNPCとして考えると何かに活用するような気がしてならない。
もう一度背に触れてみる。前進とともに再び音声が鳴る。
『行儀よくしてないとバンするぞ!』
『膵臓を渡せ!』
結構物騒だな。台詞といい姿形といい、彼はバンバンをモチーフにしたキャラクターらしい。…赤い姿の彼よりかは、なんとも自信に溢れた威厳漂う声である気がするが。
膵臓全部はあげられないよ、悪いね、ともう一回背に触れる。…よくわからん鳴き声が再生された。…これバンバンの叫び声か?こんな野性味あふれた感じの声出すの…?
とりあえず彼と共に、扉を開けて先へ進んでいく。連続する小部屋とも言えない狭い空間を、扉を開けながら進んで…。進んで…、進む…。
…、…。
流石に扉がありすぎじゃないか?
私は落ちていた報告書を拾いつつ首をかしげた。
スティンガーフリンに会う前の、長すぎる階段を思い出す。どことなく中ボス前っぽい雰囲気を感じないでもない。
ひとまず書類を読むことにした。Case13の、更新番号2。
『Case13のテストが開始され、彼は非常に有望であると考えられる。Case13はとても流暢に会話することも可能である。
以前のCaseで見られた原始的本能や不当な敵意といった傾向は、偶発的な刺傷を除いてCase13には全く存在しないように見える。
ただし、Case13が挑発されたり質問のいずれかに答えられなかった場合には、攻撃性が現れる可能性がある。Case13は自身の驚異的な身体能力を完全に認識していたが、攻撃には過度の暴力や死亡事故が伴うことはなかった。
現在のテストには、相手を刺さずに握手するといった基本的な人間のエチケットを導入することが含まれている。次の段階ではCase13にその使命を伝える予定だ。
このままいけば、Case13もCase12Gと同じように友達紹介デーに備えられるだろう。
Caseは発表の準備ができていない』
…、…。どうやらスティンガーフリンは、キャプテンと同じく成功例として披露されようとしていたようだ。そして彼は、無礼を働いて怒らせない限りは非常に人間に協力的で、力を加減する容赦もあった…。
なんだか彼が酷く疲弊していた様子なのも頷ける気がする。彼には自分が生まれた意味や周囲に期待されていることが手に取るようにわかってしまう頭の良さと、求められたタスクをこなせてしまう器量があった。多くの期待されていることに応え続けるのは…しんどい、だろう…。他者を無駄に害そうとはしないその強靭な理性は、尊敬と同時にかすかな悲しみを覚える…。
資料をしまって、まだまだ続く扉を開けて進んでいく。…小部屋の壁に、何かが描かれていた。これは…ロケット花火と、…何かの顔?花火から矢印が出て、顔から出た舌?に向かっている。
反対の壁には音量マークと赤いボタンと、ロケット花火の絵が、イコール記号で結ばれていた。
謎解きのヒントだろうが、この先にこの顔っぽいのが居るのだろうか?扉の隙間から見える部屋の雰囲気は、どうやらこれまでの小部屋と違う様子だ。
―――いよいよ中ボス対面の覚悟を決めて、私は扉を開けた。
足を進み入れた先は…薄暗いが、ひらけた場所だ。自分の居場所を含めて四方に足場があり、例の如くその下は先の見えない闇が広がっている。
…ここは一体なんの空間だろうか。首を傾げつつ考える私の横で、カボブマンが『膵臓を渡せ!』と主張してくる。
しばらく私は周囲を観察していたが、唐突に、空間に音が響いた。
目を凝らす先、暗闇から何かが這い上がり、出現する。
―――巨大な甲羅、巻き上がった尻尾。全長5メートルはあろうかという巨体。
4つ足のその生き物の頭は2つ。
前方の足場に現れたそれは…薄黄緑の…カメとカメレオンの合いの子だった。
…いや、他に何と表現したらいいのかわからない。絵で見たことが無い相手だ。
今までのマスコットキャラクターと比べるとクリーチャーみが強い姿に、若干気圧されつつ私は口を開いた。
「こんにちは」
見つめる先で、カメレオンぽい頭の口が開かれる。
お、コミュニケーションができるかもしれない、と見守る私に―――その口から伸びたピンクの巨大な何かが迫った。
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―――攻撃じゃねえか!!!
私は扉の前に居た。
巻き戻っている。死んだらしいな。
カボブマンが『膵臓を渡せ!』と主張し、カメとカメレオンの彼らが上がってくるのを再び見る。
カメレオンの頭の口が開かれる。
先程と同じく迫ってくるピンクの舌を、今度は足場を走り抜けて隣へ飛び移ることで回避した。―――ずどん、と先程までいた場所で重たい音が響く。
圧倒的質量のそれは足場を丸々1つ覆える攻撃だ。当たったらぺちゃんこになるだろうし掠っても吹っ飛ぶだろう…。
「―――貴方がたを害する意思はありません!」
私は叫んだ。カメの頭がこちらを向く。伝わったか?と考えつつ、いつでも舌の攻撃を避けられるように足場を移動し始める。攻撃範囲が広いので早めに動くに越したことが無い。感情の読めない2対の黒い瞳が、走る私を追いかける。
走り抜けようとする私の真横に、巨大な水の弾丸が鋭く迫った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――…、…偏差射撃うめぇええぇ…。
私は再び扉の前にいた。思わず顔も引きつる。
知能高いだろこれは。でも会話が通じないと来たぞ…。
攻撃は伸びる舌と、水鉄砲。あの身体にそれらが収納されている…。…幼稚園で一体どう使うんだ、そのスキルを…?いや、もう少しサイズダウンして威力が減衰されればあるいはまぁ…楽しいかも、しれないな…。
…直前に見たロケット花火と、カメレオンの舌のイラストを思い出す。頭上にある、ドローンで押せるボタンも見える。なるほどね、戦闘ターンだ。ドローンも使って、ロケット花火をあの舌にひっつけて攻撃しろとのこと。おーけー、よく、わかった…。
…、…。
… …、… …。
…いや…ねぇ?…そりゃあ…きっと…、――――痛いだろうと、思う。
一度立ち止まってよく考える。考えたがやはり、それに積極的にはなれなかった。
私は鞄に掛けていた手を降ろした。だって、ロケット花火が口の中で弾けたら(いくら体が頑丈であっても)泣きたくなるだろうしなぁ…。じゃあどうするのかって話だが。防戦一方で説得してもおそらく望み薄だろうというのは、先程経験済みだ。
―――カボブマンが主張する。
『膵臓を渡せ!』
悪いね、そうもいかない。
私は肩の力を抜いた。
彼らが足場に上がってくる。カボブマンを抱えてくるりと方向転換。
静かに退室した私は扉をそっと閉めた。
…、…。
背後の部屋は静かなものだ。扉の穴から覗いてみる。向こうの足場に立っている彼らは…ちょっとうろうろしていた。若干困惑しているような気がしないでもないが、彼らはそこから移動しようとはしない様子。
…。先程私が足場を左右に動いても、彼らは立ち位置を変えようとしなかった。下から上がってくるだけの移動能力を持ちながら、である。もしかしたら背後を守っているのか。この場所へ行くまでの異様な扉の多さも思うに、さらに奥に何か大切なものがあるかもしれない。
…無理を押し通すと双方苦しい思いをする。ざっと見たところ先へ続く扉は見えなかったので、他の道を試してみるのが先でいいだろう。
よし、撤退!
『三石一鳥!』
そうかもね、そうだといいな、と苦笑する。1の成果があるなら上々だ。単なる先延ばしにならないことを祈る。
君の声の使いどころはよくわからなかったので、ともかく別の部屋へ行こう。
一旦彼を床に降ろして、再び背を押していく。一歩ずつ進む彼は、3つの音声をランダムに唄いながら私と共に移動した。
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『オープンセサミ!』
―――初めて聞いたな、レア音声か?
唐突に聞き馴染みない台詞が混じって、私は足を止めた。別に何てことはなさそうに、三角帽子の彼は佇んでいる。
…、…おや?
私は視界の横で動いたものへ目を向けた。壁に設置された棚が開いている。
まじまじとカボブマンを見つめる。君、そんな役割が…。
ありがとう、と肩を叩きつつ、棚の中身を手にする。それは白いキーカードだった。…ちょっと前に開かなかった扉を確認していたのですぐに思い出す。スティンガーフリンが居た後ろの扉だ。…何かのヒントになるかもしれない。ビデオテープも拾っていたことだし、一度確認しに行ってみよう。
カボブマンに一旦別れを告げ、移動することにする。
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インフォメーションキオスクへたどり着いた。
テープを入れてテレビに映し出されたのは、…Case6?
灰色の部屋を映した映像だ。赤い姿の彼は、画面の中央で…腹部を押さえて、苦しんでいる…?前かがみで数度もがくように揺れた体は、とうとう床に膝をつく。―――う、と映像を見ているこちらが思わず呻く。しかし目を背ける訳にはいかない。
倒れた体は震え―――突如、その姿は変貌する。人型を保ったまま身体が膨れて、一回りほど体格が大きくなる。長い尾が伸びる。震えが収まった身体は、ゆっくりと起き上がり…2本の角が生えたその頭は、ゆらり、とカメラを、見た。
画面が暗くなる。
…、…。
今の映像は、報告書にもあったCase6の『原始的本能』に支配された姿に違いない。スティンガーフリンの見せた幻覚も、やはり彼自身が変貌した姿だったのだろう。
事情を知れば知るほど、彼が現在あれほど落ち着いて会話できているのが不思議でならない。なぜあんなに他人である私に親切にしてくれて、話に耳を傾けることができているのだろう…。報告書の後のケアがうまく行ったのだろうか…。そうだったらいいなぁ…。
私はのろのろとその場を後にした。
さて、セクターを移動して白いキーカードを使用した先は小部屋だった。壁のホワイトボードに机とそれを囲む6脚の椅子。会議室っぽい雰囲気を感じる。
壁に描かれているのは…新しいマスコット紹介絵だった。
私はその初めて見るのに見覚えあるキャラクターの絵をよく見つめた。
甲羅を背負った4つ足の、カメとカメレオンの頭をもつキャラクター。
仲良くお揃いのヘルメットを被る彼ら。
カメの頭の方『タマタキ』曰く。
『我々はどこへ行くにも家を運ぶんだ!確かめるまでもなく価値があるからね!』
カメレオンの頭の『キャマタキ』曰く。
『安全訓練は命を守る!どんなところだって、安全にいこう!』
台詞を見る限りでは…戦闘スタイルは「ガンガンいこうぜ」というタイプより、「いのちだいじに」のタイプに思える。戦闘を楽しむ感じではなさそうだ。…やはり何かを守るためだったのだろうか。あるいは彼らにとって危機を覚えないくらいの雑魚敵だったから、安全を期してひとまず掃除しておくか程度の認識だったのか…。ともかく一旦引いてよかったと思っておこう。
ホワイトボードには『Case22 Type6 ジバニウムクロイ』という文字と共に虹色にグラデーションが掛かった遺伝子の二重螺旋構造っぽいものが描かれている。
資料も発見。Case1の更新番号…41だ。
『この更新は、最近発表された『ゲノムクロイ』に関する報告である。
この件に関する全ての調査は、非公開の実験体で行われている。登録されている実験体は関与していない。
つまるところ、実験体の体内に異なる遺伝子情報が溢れた場合、体内を循環するよう設定されたゲノムのうち1種類を除き、残り全ての遺伝子情報が破棄されるという不可逆の状態となることが判明した。
これは、各Caseが3種類までのドナーから遺伝子情報を受け取ることを保証することが重要であると明らかにしている。そうでなければ、幼稚園に全く向いていない、動物的で野性的な本能が、永遠に残ることとなる。
ゲノムクロイによって優先される遺伝子情報はまだ発見されていないが、それは他の遺伝子とはもっとも異なる遺伝子であるという理論が提言されている。Gvに関する研究は今後も続けられる』
…、…。
物凄い重要な情報ではなかろうか。沢山の遺伝子情報が入れられた身体からは、1つ以外が完全に破棄されてしまって、それ以上変化は起こりえないという事…?その破棄された遺伝子情報が穏やかな生き物のもので残ったのが攻撃的なものだったら最悪の事態が?
…3種類の遺伝子情報。誰だ、誰がいた?
報告書をあさる。
ジバニウムを一種類とカウントするか否かは重要だが、スティンガーフリンは人とクラゲとジバニウムの情報をもっている。そしておそらく、目の前のイラストの彼らも…カメとカメレオンと、ジバニウム…。しかしこの報告書は、『非公開の実験体』…つまりキャラクター紹介絵になっていない何者かが複数いることを示唆している…。
かつての報告書によれば、当初ウスマンドクターが経営陣に提案しようとしていたのは10体のキャラクターだ。それ以外の実験体は、そもそも「子どもと関わらせる」というコンセプト自体が異なる可能性がある…。
―――深淵にいるだろう、何者か達。実験の闇と、事件の真相…。
私はしばらく、虹色の遺伝子をじっと見つめていた。
P1:眼前の謎に気を取られクラゲを待たせすぎている。
雛:所定の位置で休憩中。
水色の巨鳥:愛するものを警護している。
¥型のもの:赤と黄色に彩られた。おさがりか否かを気にしない。
カメとカメレオン:担当箇所の警備中。不審者は入って何もせずすぐ出て行った。