気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 エレベーターで更なる階下へ移動する。カメとカメレオンの2頭一体に強襲されつつ、逃走に成功。
 まもなく捕縛されカエルの保安官に取り調べを受けるも、釈放。カンガルーの女王と謁見を済ませ、特にお咎めなしのまま保安官とエレベーター修理のために部品を探すこととなる。



24 Trial

 

 移動の道中、彼は国の状況を説明してくれた。

 

「陛下は軽く見積もっておいでだが、問題は山積みだ」

 

 シェリフは深刻そうに言った。

 

「宮廷道化師が、悪党になった。何が何でも奴に陛下を笑わせちゃならない。じゃなけりゃ陛下の袋の奴らが逃げ出して、全員お陀仏だ」

 

 思ったより状況は良く無さそうだ。女王の口ぶりから戦争でも始まるのかと思ったが、なるほど、どちらかと言うと彼女を狙ったテロっぽい。…世界が終わる女王のポケットの中身とは一体。どういう構造で何が入ってんの…?

 ともかくそんな状況なら相手の私に対する警戒も頷ける。…それとはちょっと違う不信の雰囲気も感じないでもないが。

 

 質問したいことも山積みだが、あまり踏み込むべき段階でもなさそうだ。私は大人しく、すたすた歩くシェリフの後を駆け足でついていく。足元を確認したが、雛にとっては余裕そうな速度だ。時折進み過ぎてその度立ち止まって私を見上げている。いざとなったら雛の方が私より早く逃げられるかもしれない、やや安心。

 

 暗い通路を抜けて、何かの機械がある部屋に辿り着いた。

シェリフの話によると、エレベーターに欠けている3つの部品は、この機械…古い交通機関らしい物で行ける、3カ所の駅にそれぞれあるらしい。乗車にはチケットが必要とのこと。

 

「チケットは一名につき2枚必要だ。俺と、お前さんと、そのちっこいくちばしの分で、全部で6枚要るな。さて、その辺に散らばってるだろうから探すとするか」

 

 部屋を物色し始めた彼を見て、私も周囲へ視線を走らせる。目の前の乗り物は、以前乗ったケーブルカーによく似た形の箱が、横に3つ連なった形だ。部屋の左手には受付カウンターのような造り。私はそこに佇む存在を、はたりと見つめた。

 

 カボブマンだ。上にいるはずの彼と別個体の可能性は…その片方だけのサンタ帽と首元に結ばれた黄色いハンカチリボンから限りなく低いだろうが…。おや…?

 どういった経緯でここに居るのか疑問に思いつつ、私は紫のキーカードやら資料やらを回収する。後で読もう。

 1枚目のチケットもカウンターで発見する。…私は来た道を振り返る。通ってきた暗い通路の奥に、紫のレンガ造りの王国が見えた。上の階では見かけなかった雰囲気のために、向こうには気になる物も多い。

 

「シェリフ。チケットがあちらの広場に落ちている可能性は?」

「ないな。部屋を移動する必要はない」

 

 さらりと返答がなされる。

 

「―――もっとも、向こうに急ぎの用事があるってんなら別だが」

 

 …、…。

 私は、手を止めずチケットを探している彼を見つめた。身体や視線は直接こちらを向いてはいないが、注意は絶えず向けられている気がする…。

 

 大人しく彼の目が届く範囲で探すことにした。

 

 1枚目はさっき発見した。2枚目も、床に…。

 

 チケットを拾おうと近づいて、私はあるものに気がついた。

 

 曲がり角。暗がりから何かが、壁に手を掛けてこちらを覗いている…?

 

 …まだこちらが気がついたことに、気がついていないかもしれない。視線はチケットに向けたまま、視界の端っこでその姿を捉えておく。…慎重に足を後退させようとした時、それはひょいと暗がりへ消えた。

 無事2枚目を手にいれたが…3枚目を探す前に報告だ。私は雛とシェリフがいる受付近くに戻った。

 

「シェリフ!チケットを2枚見つけた」

「ん?そうか、やるじゃないか」

「追加で報告が一点。向こうの曲がり角から誰かがこちらを覗いていた」

 

 ぱっと彼は前に出た。

 

「―――今さっきだな。まだ居るか?」

「いや、引っ込んだ。奥は暗過ぎて見えないけど恐らく…」

 

「―――逃げたな」

 

 慎重にかつ素早く曲角の向こうを改めたシェリフが言った。私は頷く。

 

「こちらを見ていただけで何もしなかったけど…」

「どんな奴だったかわかるか」

「手を壁にかけてた。―――この位置に。背は私より高い。緑の5本指」

「OK、充分だ」

 

 シェリフは頷く。

 

「一応お前の証言を事実とみておこう。今みたいに何か見つけたらすぐ言え。…追いかけるのは悪手だろうな。さっさと仕事を片づけて帰るとするか」

 

 瞬間的に張り詰めていた彼の雰囲気は、もう弛緩している。行くぞ、という彼を慌てて追う。

 

「シェリフ、チケットが、まだ…」

 

「いんや。もう済んだ」

 

 ひら、と持ち上げた彼の手には、4枚のチケットが握られていた。

 

 ひゅ〜…!なんて早い仕事だ!

 …、…。私が2枚拾っている間に彼は倍の数見つけていたらしい。え?私を警戒して注意を払いながら?立つ瀬が…全くないな…。

 

 

 

 大人しくシェリフの後に続く。チケットが投入口に入れられ…途端、カウンターにいたカボブマンが自立移動して先頭車両に乗り込んだ。

 

『全員ご乗車願います!』

 

 スイッチないけど動くし喋るんか君…。

 

 驚きにしばし彼を見やる。

 …はっとして、雛と共に乗ろうと私が足元を見やった時には、その小さい両脚はすでに車両の床に乗っかっていた。賢い。…最後になった私が乗り込んだ後、シェリフが上部のボタンを1つ押し、車両は走りだす。

 

「…ええと、シェリフ?車掌について質問が」

 

 先頭車両を見つつ、気になることの一つについて私は口火を切った。おそらくそこまで相手に踏み込まないで済む話だ。

 

「ああ、カボブマンだな。懸賞金10億バンコインだ」

 

 怪しい独自通貨が出てきてしまった。どこかに売店でもあるのか?

 ペリカ以上に1コインの価値が低そうな地下通貨に気を取られつつ、質問を続ける。

 

「指名手配書が…先ほど壁にあった。捕まえる予定が?」

「いや?二度も捕まえたってしょうがないだろう?何も知らないようだから釈放して仕事をやってる」

 

 一回確保済みときたか…。ええ…私が気絶している間のどこかで…?

 ますますカボブマンについての謎が深まり、私は沈黙する。

 

「お前さんの混乱はわかるぜ、相棒」

 

 シェリフは訳知り顔で頷いた。

 

「紫のでっかいカンガルーの女王を護衛している、帽子を被った二足歩行のでっかいヒキガエルってなんだ?って思うよな」

 

 いや全然違う。

 

 でもそっちも気にはなっているから続けてくれて構わない。私は頷く。

 シェリフは気安くみえる表情のまま、視線を私へ投げてよこした。

 

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、」

 

 

 …、…。

 

 

「俺は絶望し、目的もなく、凍えて、約束されていた表層から、最も離れた場所へいた」

 

 …重く冷たい声だ。視線を受け止める。私は、静かに耳を傾ける。

 

「―――ま、手短に言っちまえば、俺はそこで発見されて受け入れられたってわけだな!」

 

 ぱっと冷え冷えとした雰囲気は霧散した。…温度差で風邪ひきそう…。

 

「その時に俺は、女王陛下の最高の守り手になると決意した。それは戦う価値があるものだ。善良な者は守るに値する、そう思うだろ?」

 

 それについては完全に同意だ。力強く頷いておく。

 別に善良じゃなくたって大切なら守っていいとは思うが。

 目の前の保安官の、人間に思うところが大有りな事情と女王に対する忠誠心が垣間見えたところで、車両は目的地に着いたようだった。

 

「到着だ、仕事を片づけに行くか」

 

 歩き出すシェリフの背を私と雛は追いかけた。

 

 

 壁に掛かれた案内図を見ると、ここは『ベンチレーションセクター』とのこと。橙色の床と黄色い壁の駅を進むと、部屋に辿り着いた。床に描かれた4本の矢印から考えるに、この場所が中央広場で、3つの部屋と駅とに繋がっているようだ。

 

「必要な部品は、換気装置の通路内にある管理室にあるはずだが…ドアが閉まっているな」

 

 顎に手をやった彼を見上げていると、ちら、とこちらを見た彼と目があった。

 そういやお前さん、と声がかかる。

 

「上の犯罪者共を、まるっと捕まえたんだったな。―――せっかくだ、お手並み拝見といこうか、相棒?」

 

 実力テストみたいなものだな、と私は頷く。信用は積み重ねていかねばならない。せっかく相棒と呼んでくれているのだから、そうなれるように努めよう。

 

 私は部屋を見回した。

 周囲の扉は3つ。紫が2つと緑が1つだ。それぞれの扉の上部には、点灯していない赤いボタンがある。ドローンで押せそうなそれらを、ちゃんと反応するように通電させる必要があるだろう。

 

 壁におなじみのキャラクター紹介絵がある。ビターギグル、の名前と台詞。…ギグル、の文字だけ緑色で他は紫だ。

 

『笑顔ほど貴重なものはありません!どこを歩いても、冗談を言いましょう!』

 

 シェリフ、と声を掛ける。

 

「こちらを覗いていた人物は、丁度こんな感じの風貌だった」

「そうだろうな」

「彼が道化師であっている?」

「ああ」

 

 なるほど。近くに相手を知っている人がいると、情報収集が捗る。

 

「彼はジョークが好き?それとも誰かの笑顔が?」

「あ?そりゃあ…―――」

 

 こちらを観察していた彼は虚をつかれたように言葉を止めた。

 

「…そりゃあ…、…。…両方…だったかもな…」

 

 ちょっと込み入った事情のところに足を突っ込んだかもしれない。敵になった元仲間の話をどんどん聞きだすのは無神経だ。これ以上はやめておこう。

 思考を切り替えつつ、私は絵を見て首を傾げた。…今までのマスコットキャラクターは生物のモチーフが多かったように記憶しているが…これは一体なんの生き物のモチーフだろうか?

 

 周囲には、今まで見てきたキャラクターと思われる手配書が貼られている。手書きのイラストは…写実的ではないが、一発で何のキャラが描かれているかわかる、特徴をよく捉えた絵だ。デフォルメの才能があると言い換えていいだろう。

 それらを眺めつつ思い出す。ええと、今まで出てきたのは…、鳥、人、猿、カンガルー、カエル、カメとカメレオン、クモ、カタツムリ、クラゲ、…。

 分類上は鳥類、哺乳類、有袋類、両生類、爬虫類、無脊椎動物である蜘蛛類、軟体動物、刺胞動物、…と改めて考えるとかなり多様な種の生物で実験が行われている。そのうち魚とか昆虫とか甲殻類とかカモノハシなんかも出てくるかもしれないな…。

 

 しかし、目の前の絵は何の生物かと考えてもいまいちピンとくるものがない。身体の左右ではっきり特徴が分かれているのも気になる。タマタキとキャマタキのように2種が合体している可能性や、Case6のようにモチーフが曖昧な可能性もあるので、現状では考えても仕方がないのかもしれない…。

 

 一旦そこを離れて探索に戻る。

 

 テレビの近くのホワイトボードには『2つ頭の変種』『猫科動物』の文字と、数を数えた跡。それぞれ6と4だ。…多数決でも行ったのだろうか?ヒントには成りそうもない、保留。

 

 赤い大きなボタンが天板に設置されたテーブル(この上なく使いにくそう)の近くに資料を発見した。報告書だ。謎解きのヒントになるかもしれない、と読んでみる。

 

 『Case9』の文字。タイプは2で、今までのキャラクターと同じ。更新番号は12だ。ヒトとジバニウムと…おそらくカエルの一種?の遺伝子情報の混ぜ合わせらしい。呼称は『保安官』。

 …、…。

 

 私はそうっと視線を上げて、シェリフを見つめた。彼は目が合うと首を傾げる。

 

「―――ギブアップか?」

 

 まさか。そんな勿体ないことはしない。

 首を横に振って資料に視線を戻す。当人の目の前で報告書を読むのは初めてだ。ちょっと落ち着かない気分だな…。

 

『我々は、丁度Case9に関する全ての作業を終了するよう指示を受けたところだ。Case9の振る舞いに変化の見込みがないことから、我々はこれを喜んで受け入れるつもりだ。LLTTにはすでに連絡済みである。

 しかし報告書を最新の状態に保つため、ここに、とある証拠を書き加えておくこととする。Case9が「卑劣な犯罪者」とした人物を「逮捕・投獄(時には致命的となる)」することは、完全に自制可能であるという証拠である。彼はただ、そうと選択しないだけだ。

 Case9は、彼が『国民』と呼ぶ人々の指示のみに従うと考えられている。誰を『国民』と見なしているかは依然として不明だが、それはバンバンのギャングメンバー全員ではないかとの説が立てられている。少なくともCase6が同じ部屋に存在するときには、彼はその指示を聞いているようだった。交流の全記録は#134を参照。

 Case9は、Case6から何か危険な指示を受ける前に退室させる必要があったが、Case9が従順な様子を見せたのは、このひと月の間で初めてだった。

 Caseは永久に発表の準備ができていない』

 

 …、…。シェリフが、友達紹介デーに出演する6体から落選した直後の報告書だろう…。『永久に』とあるから、この報告書を最後にCase9の実験は凍結したはずだ。この後彼は本人が言った通りに、上階から奈落へ本当に『落とされた』に違いない。

 人間の私が逮捕取り調べの後になんで無傷で生きているのか不思議になってきた。報告書の内容から考えるに元々はかなり厳しい取り締まりを行っていた様子であるし、その後の彼への仕打ちを思うと更に人間に敵対的になっていてもおかしくはない。

 …。あるいは、彼を拾い上げたという女王が、彼に変化を聳やかしたのだろうか…?

 

 報告書のQRコードも読み込んでおく。端末には『5A』と表示された。

 ついでに駅で拾っていたメモも読んでおく。手書きのものだ。

 

『これは悪夢だ。そうに違いない。この場で目撃するものについて、私は覚悟ができているつもりだったが、それは酷い間違いだった。訓練は十分だと彼らは言っていたのに…。

 今まで裏切られたと思ったことや恐怖を感じた事はあったが、その両方をいっぺんに経験したことはなかった。私は自分の命を同僚の手に預けるべきではなかったんだ。

彼らは臆病者のように逃げ出したので、私はひとり取り残されてしまった…。それで、私は今、紙切れ一枚に書き残すはめになっている。

 上から聞こえてくる叫び声はなんだったのか?そして近づいてくるものは一体なんだったのか?それはまるで、巨大な浮遊している顔以外の何ものでもない様子だった。訓練マニュアルにはそれについて書かれていなかったし、どんどん近づいてくる笑い声については、間違いなく何も書かれていなかった。私は気が狂ってしまったのか?』

 

 巨大な浮遊している顔…灰色の彼かと思ったが、あれは別に浮遊しているわけではない。笑い声…も該当するものは思いつかない。まだ見ぬマスコットキャラクターのことかもしれないので、記憶にとどめておこう。

 

 …、…。ドアを開けるための手がかりにはたどり着いていないが、情報は力だ。いつか役立つだろうと、気合を入れ直してテーブルのスイッチを押してみる。

 

 ―――予想に違わず、音が鳴った。押し続けている間だけ、赤から緑へ色が変わる。

 私は雛の場所に戻った。しゃがんで、ちょっと手伝ってほしいと伝える。ぴよ、と一声元気な返事をもらって抱き上げた。

 

 テーブルの上のスイッチに乗っけて…待っててくれと手で示しつつ…私の方は、近くの床にある同種のスイッチの上に乗っかった。

 

 グレーだった赤いボタンが一つ点灯する。シェリフが開けたがっていた正面の扉ではないが、行ける場所が増えた。シェリフに鞄から取り出したリモコンを借り、左手側の紫の扉をドローンで開ける。

 

 扉の奥は―――暗闇が広がっていた。

 

「…なるほどな。速くはないが注意深く、悪くない捜査だ」

 

 いつの間に近くに来ていたシェリフが言った。

 

「こっから先はちょっと暗いな。待ってろ、今…」

「あっ」

「―――あ!?」

 

 一歩踏み出した私のすぐ背後で扉は閉まった。見事にあっちとこっちに分断されている…。

 

「おま、たった今注意深さを褒めたとこ…」

「申し訳ない…いいところ見せなきゃと張り切ってしまった…」

 

 向こうでクソデカため息が聞こえた。すみません…勇み足でした…。

 

「新人にゃよくあることかもな…。仕方ない、扉を開ける方法を探さないとな。近くに何かあるか?」

 

 ドア越しの声に、周囲を見回す。真っ暗だ。天井には小さな明りが一つあるが、床まで届かない程度の光源で周囲を照らしはしない。手探りでは近場の壁にスイッチらしきものはなかった。

 

「暗闇だ、何も――――」

 

 

 ぱっと。

 唐突に、通路のかなり前方に明かりが点く。

 

 たった一つのスポットライトに照らされたのは紫の、細い―――

 

 

「ハァイ!ワタシはハングリースネーク!」

 

 

「―――報告!!シェリフ!!腹ペコ蛇を名乗る紫の何かが出現!!!」

 

 扉にびったり背をつけ小声で素早く伝える。ホラーのフラグ的にはこの後私は食べられるだろう。

 

「…恐らく奴だ!」

 

「何か食べ物もってマス?」

 

「―――食料を要求!!シェリフ何か持ってるかじゃなきゃ多分私が食われる!」

「いや、その蛇が食いはしないんじゃねぇかな。襲われはするかもしれないが」

 

 急に冷静だ。頼りになる。

 

「ともかく、戻る方法を考えろ。俺も今扉を開ける方法を探して、」

 

 ―――いや。十中八九…

 

「…戻れない―――ので、進む所存」

「あぁ!?待て待て待て死ぬ気か?」

 

 死ぬ気…はないが、状況から考えてこれはイベント戦っぽい。私が行動せねば進行しないだろう。説明は難しいが感覚的に恐らくそう。多分、メイビー。

 

「罠だろうけれど、確かめる必要はある」

「おい待て動くな。お前、帰って俺に陛下の前でなんて言い訳させる気だ止まれ」

 

 頼もしい突っ込みだ。安心して行ける。

 

「シェリフ。雛を、頼みます」

「おい待て戻って来いひよっこ新人――ッ!!」

 

 私は扉から離れて慎重に、ライトで照らされたそこへ近づく。背後から叱責の声とやや後にバタバタと走る音。

 

「…、…」

 

 …よし、万が一にも雛が巻き込まれることはなくなっただろう。何かあっても、シェリフが雛をなんとかはして逃げてくれるはずだ。これからの私の試行に付き合わせる道理もあるまい。

 

 前方のソレに近づいていく。徐々に、その形がはっきり見えてきた。

 

 暗闇の空中から突き出されたソレは、紫の細長い形。スネーク、と名乗るだけあってそれっぽい形状だが、背と腹にあたる部分には謎の波打つ突起が続いている。頭部らしき箇所には目と口っぽい黒い部分があるが、描き込まれているような平べったい印象。―――なんかパペットみたいだな、と感想を抱いた時、それは暗闇に引っ込んだ。

 

 

 

 ―――笑い声が響く。

 

 

 可笑しくて仕方がない、と心から笑うような。

 しかし引きつった、どこか、狂気を孕んだ―――

 

 目の前の暗闇から、それは急激に浮かび上がる。

 2色の身体。緑と紫。

 ビターギグルと名のついた道化師の姿の人物が、こちらへ迫る。

 

 身を翻そうとするが、すでに遅い。長い手が私に伸び、その人物は心底愉快で仕方がないという笑い声を挙げながら、

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 スポットライトの中に紫の蛇が浮かんでいる。背後から叱責の声とバタバタと走り去る音。

 

 …、…。

 うーん…どうしようかなぁ…。

 私は冷や汗を浮かべた。

 

 相手の行動に理由や目的があるならそれを何とかするのが手っ取り早いのだが、今回の相手はどうやらこの襲撃そのものを楽しんでいる様子…。

 

 こっちをヤッちまう際に心から愉快だと笑う相手とは、まだ出会ったことはなかったな…どう交渉したものか…。

 

 いや、まだ「ヤッちまうのが愉しい」なのか、「愉しくてなんらかの加減が効かず結果的にヤッちまう」なのかは不明だ。後者なら、話し合いの余地があるだろう。前者だったら…逃げるしかあるまい…。どこへって感じだが…。

 

「はじめましてちょっとジョークについて話を」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 スポットライトの中に紫の蛇が浮かんでいる。背後から叱責の声とバタバタと走り去る音。

 

 …、…。後者だとしても話が通じそうにないな…。すでに最高にハイってやつな感じになっている相手に、言葉や理屈はあまりに無力だ。と、すれば選択肢は限られる。

 

 

 迫ってくる相手の横を走り抜けようとした私は、その長い腕に絡め取られ、

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 スポットライトの中に紫の蛇が浮かんでいる。

 

 …、…。

 じゃあやっぱり後退かぁ…。

 

 蛇が引っ込んだ瞬間、私は相手へ背を向けスタートダッシュを切った。最悪閉じられた扉に全力で体当たりして、なおかつ駄目だったら相手の長い脚の下を潜り抜ける算段だったが…その予定は、崩される。

 

 隙間から光が差し込む。徐々に広がるその明かりの先に立つのは、カエルの―――

 

「―――覚悟しろよ。焼ける程痛い(Toa”d”sted)だろうから、な!!」

 

 保安官の腕が振りかぶられる。投擲されたそれは、音を立てて風を切り、相手の身体の真ん中に、刺さった。

 

 

 ―――星型手裏剣!正中線ど真ん中急所だ!!ワザマエ!!!

 

 

 ぎゃん、と声をあげて相手は背を向けて逃げていく。痛そうだ、それほど深く刺さってないと良いが。

 

「―――このトード()()()は決して期待を裏切らない…ぜ、相棒」

「ピヨ」

 

 彼は手に星を掲げつつ決め台詞っぽい感じを出したが、いかんせん小脇に雛を抱えているので格好はいまいちつかなかった。

 ともかく、扉前で緊急停止してすっ転んでいた私は、息を弾ませつつ飛び跳ねて立ち上がった。

 

「すごい!タツジン!!ありがとうシェリフ、たすかっ」

 

 雛を小脇に抱えたまま、保安官は私の頭に拳を落とした。やや良い音がしたが、気絶しなかったので手加減された様子…。

 

「…よーし、脅威は逃げ去ったし大型新人相棒の話を聞くとするか、ん?」

 

 流石に私が悪い。

 

「すみませんでした」

「さて何がだ?」

 

 表情は笑みの形の保安官が腕を組む。

 

「1人で、やろうとしたこと…」

 

 実際彼の助けがなかったら詰みだった可能性も高い。あるいは奇跡のような偶然を願って何度もやり直すか。

 

「お前、俺たちを逃がそうとか思ったか」

「―――閉じ込められた時点で、被害は最小限が良いとは思った」

「こいつは兎も角、俺も数に入れたか?ちっと舐め過ぎだろう」

 

 親しみやすい笑みの表情の中で、冷ややかだが燃えるような瞳が私を見下ろす。

 なるほど、ペーペーがベテランを逃がそうなどと考えていたのだったら、不遜を跳び越えて侮辱だろうな。

 

 ―――いいえ、と私は自信をもって見つめ返した。確かな答えをもっている。

 

「貴方は、確実に雛を守ってくれると思った」

 

 雛は限りなく力なき者で無垢だ、悪になり得ない。善良な者を守るべきと掲げるなら、必ず彼の庇護の対象に入る。―――恐らく、彼が最初に私から雛を守ろうとしたように。

 私は彼の保安官としての能力を侮ったのではなく、むしろ信用しようとして託したのだ。

 

 睨めっこは、保安官が諦めたように息を吐いて終わりを告げた。

 

「お前さんが第一に何を優先したのかはよくわかった。それはそれとして単独で何とかしようと即決しやがったのは頷けない」

「うん。申し訳なかった」

 

 私は、素直に謝った。正直、ヘマをして独り閉じ込められた時点で、切り捨てられてもおかしくないという考えがよぎっていたのは事実だったからだ。

 人間に良い感情を抱いていないだろう彼にとって、あの状況は体良く邪魔者を見捨てることができる好機になり得るかもしれない…と。

 実際には迷わず助けに来てくれたのだから、それこそ見縊っていたのかもしれない。彼は当たり前のように個人的心情より任務遂行を優先した訳だ。

 

「貴方の力を信じていたけれど、私をも助けてくれるとは思わなかったんだ」

 

 嘘偽りなく伝える。だから、と続けた。

 

「あれは、私にとって、望外の救援だった。―――助けてくれて、ありがとう。シェリフ」

 

 心から感謝を述べて彼を見つめ…、だからあの、なんでそんなお汁粉だと思って口にしたら強炭酸コーラだったみたいな顔を…?

 

 大層言葉を探した様子の保安官は、やがて絞り出すように言った。

 

「…仕事だからな…」

 

 人間からの感謝は心情的に受け付けない感じか…?不快なら感謝の言葉は控えた方がいいだろうか。でも嫌悪という程でもなさそうだな…。判断が難しい。

 

 彼は頭を振った。纏う雰囲気は変化する。

 気を取り直すように、ピヨピヨじたばたする雛を私に押し付けつつ彼は告げた。

 

「さっきの奴が、俺が話していた友人の宮廷道化師だ」

 

 私は雛をしっかりと抱えて、彼の説明を聞く。

 

「名をビターギグル。国家転覆を目論む指名手配犯。…アイツが俺らのいない王国へ向かう前に、部品を持って帰るとしよう、行くぞ」

 

 シェリフを追いかけて、中央広場に戻る。

 なんとなく周囲を見て―――床と机のスイッチの上に、乱雑にでかい椅子が転がされていたので思わず笑ってしまった。

 

 なるほど、押しっぱなし!私が閉じ込められた扉はこれで解決されたわけだ。

 雛を抱えて急いだらしい彼の姿を想像する。

 

 …、…。

 

 私はにこにこしながら相手の背を追った。

 

 

 

 




P1:しっかり者がいると更にのびのびし始める。

保安官:拾った野良が絶妙に使えるような使えないような微妙な心持ち。

雛:簡単な指示がわかる。

¥型のもの:与えられた役割を粛々とこなす。

道化師:ああ、おかしくってしょうがない!―――そうでしょう?これが笑わずにいられます?
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