気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 ベンチレーションセクターで、雛の声を頼りに排気口通路を進む。無事に管理室に辿り着き、エレベーターの部品を入手。帰り道にて迂闊にも死線に踏み込むが、雛と保安官のおかげで命を拾う。部品が適合するか確かめるため、エレベーターへ向かう。



26 Credit

 

 シェリフの案内で、エレベーターに辿り着いた。

 …最初に私が尋問されていた場所から、王国へ行く道とは反対の方向。大扉でふさがれていたその先だ。

 

 近くの床に報告書を発見。拾い上げておく。

 何やらエレベーターをガチャガチャしつつシェリフは頷いた。

 

「完璧だ。部品はぴったり合う」

 

 どこから取り出されたのか、彼の手には工具がある…。 

 

「俺はここに残って、色々片付けておく。お前さんは…謁見の予定時間まではあと少しあるだろうな。まぁ、ちょっとばかりその辺で時間を潰してから女王と話してこい。このちっこいくちばしは俺が見ておく」

 

 私は疑問に視線を向けた。

 

「私ひとりで行動しても?」

 

 彼は振り向かなかった。

 

「…アイツの仲間じゃないってのはわかったからな。警戒する必要は…もうさほどないってだけだ」

 

「…、…」

 

「あとお前さん…多分かなり弱…ヤワだしな…」

 

 言いなおす意味あっただろうか…?

 

 そりゃあ、貴方がたよか、脆弱な体だろうけどさ…。

 私はすごすごと、来た道を戻ろうとする。

 

「―――ああ、ちょいと待て」

 

 掛かった声に振り返る―――と、何かが投げてよこされた。慌ててキャッチしたそれは…彼に預けていたリュックサックだ!

 

「まぁ、精々がんばれよ、相棒」

 

「―――ありがとうシェリフ!」

 

 

 返してもらったそれを抱えて、私は王国広場へ揚揚と向かった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 時間を潰すなら、気になっていた広場を探索して回ろう。

 道すがら、先程拾った報告書も読んでおく。

 Case9の…更新番号は9だ。QRコードは…『k』とたった一文字を示した。

 

『Case9を望ましいアイデンティティーで包み込むという新たな試みは、完全に裏目にでたといっても過言ではない。恐らくCase9の日程のうち、西部劇のメディア視聴に費やされた時間が多すぎたのだ。

 Case9は、自身をバンバンのギャングの守り手として受け入れているが、人間の特徴をもつ無生物、施設の職員、おそらく子どもたちでさえも、バンバンギャングの一員でない者は全て犯罪者だと信じるようになった。

 先週は自分のサイズ以上の犯罪者を捕まえ、投獄し、尋問する方法に完全に専念していたため、役に立たなかった。彼の手法は、人間が生き残るには単純に暴力的に過ぎるため、Case9の近くの職員で無事な者はひとりもいない。

 Case9は、どこに存在してもひとりで全てを破壊するだろう、本物の西部劇の保安官となった。

 Caseは発表の準備ができていない。』

 

 …、…。西部劇に完全忠実に染まってしまったために、Case9は過激な振る舞いをしており施設の人間には手に負えなくなっていたようだ。

 …参考資料が間違っていただけで、Case9の学習能力自体は非常に優秀だと言えるだろう。教材を選定した側の責任では…?

 しかし、現在の彼はそれほど過激には思えない。やはり女王に拾われた後に何か変化があったのだろうか。

 

 そうこうしているうちに広場に到着した。私は周囲を見回す。

 

 紫のレンガ造りの壁。

 光るキノコや天井から釣り下がる雲のオブジェ。

 篝火台に、荷車。壁際には巨大なジバニウム缶が並べられている。

 中世っぽいと思ったわけには『機械』を感じなかった点が挙げられるが、さて…。

 木製のバリケードやら、物見櫓、壁の残骸…布と支柱でできた簡易的なテントっぽいものを見ると…なるほど、争った後、あるいは現在も戦っている最中という様子に見える。

 私は広場のメルヘンとミリタリーが混ざった光景を眺める。

 女王の「荒れた情勢」という発言にも納得だ。

 …、…そんなタイミングで私のためにエレベーターの修理を…?王国の、たった一人の守り手を私と行動させて…???

 

 …、…。好待遇を越えている。忠誠を誓った女王の傍を離れて、人間の手伝いをするはめになったシェリフの心情を考えるとちょっと…申し訳ない以上の言葉が見つからないな…。

 

 歩き回る私は、篝火台に照らされた壁画を発見した。布がテントのように張られて守られたそれは…見覚えのある、キャラクターの集合絵だ。

 

 左から、ナブナブ、ちょっと距離を開けて、クイーンバウンセリア、スロウセリーヌ、ジャンボジョッシュ、バンバリーナ、バンバン、オピラバード、キャプテンフィドルズ、スティンガーフリン、シェリフトードスター、またちょっと距離を開けて、ナブナリーナ。

 今更ささいな発見だが、ほとんどのキャラクターが中央にいるバンバンやバンバリーナ方向へ視線を向けているのに対してキャプテンフィドルズのみが逆を向いている。なんだか明後日の方向に気を取られる子どもみたいでかわいらしいかもしれない。

 

 …。下層の壁画の方がキャラクターの数が多いという事は、世間に公開される予定のものほど上層へ、そうではないものほど下層へ、というルールがあったのだろう。シェリフの「約束されていた表層」という発言とも矛盾しない。…。篝火台で照らされ、今なお一定の程度大事にされている様子の壁画を見つめる。ここへ描かれているという事実は…彼らの支えとなっていたのだろうか。

 

 隣にテレビがあったので、ついでに排気口管理室近くで拾ったテープを再生してみることにした。

 

 映ったのは…。どこか見覚えのある部屋だ。キャラクターの絵が付いた扉が並んでいる。赤い例の彼とエレベーター越しに会話した部屋のようだ。

 画面の中央にはケーキが置かれている。…白飛びしてよく見えないが、床に伸びる影から察するに…その前に誰かが…立っている?

 白っぽい体色の誰かは…そのケーキをじっと見降ろし、片手を振り上げるとそれを床に叩き落した。

 映像はそこで途切れる。

 

 …、…。

 恐らく…白っぽい人物は、ピンクリボンの先生に間違いないだろうが…。

 あのケーキは、彼女にとっては許しがたいものだったようだ。おそらく、手を取り踊るバンバンとバンバリーナ像…。

 …私は授業の際のハッピーな彼女の微笑みを思い浮かべ、メンタル回復を図った。…よし、次に行こう。

 

 

 広場で帽子と報告書を発見。

 そのコック帽をちょっと眺めてドローンに乗っけてみる。…シンプルだからなんでも似合うな。でもやっぱりそのままの君も好きだ。リュックへ帽子をしまう。

 報告書も読んでみる。

 Case9、更新番号7だ。…QRコードは『4f』

 

『Case6とCase13に起きたものと似た事態を避けるため、Cace9には彼らが望むアイデンティティ(本件においては街の保安官)を導入するという、これまでとやや異なるアプローチが取られた。そしてそれは意図したとおりに機能しているようだ。

 この新たなアプローチは、Case9の日々のスケジュールを、主に西部劇、漫画、および古い西部の町の英雄的な保安官に焦点を当てたあらゆるメディアを視聴するよう変更した。教えるべき教訓は、保安官は弱者を守るために犯罪者を捕まえる、と言うことだ。

 ほとんどのCaseと同様に、Case9は予定より体が大きくなり過ぎたが、後から判断するに、これには利点しかない。子どもたちは、自分もそうなりたいと願うような強い保護者を目にする必要がある。

 保安官は、3つの帽子を提示され、気に入ったものを一つ選んだ。

 Caseは発表の準備ができていない』

 

 

 …、…。

 彼はつまり、保安官になるための英才教育を受けたわけだな?で、それは赤い彼やスティンガーフリンに起きた事態を避けるため…その事態とは、ええと…創造された知的生命体ゆえの自己存在に関する揺らぎ…なのだろうか?精神を確立させるために、Case9には望ましいアイデンティティーを用意した…。

 つまるところ、明確な立場と役割を与えてそれをCaseに目指させるようにした。

 …その最終的な結果が、奈落へ存在ごとポイ捨てとか…、…闇が…闇が深い…。

 改めて壁の絵に描かれたそれぞれのキャラクターの教訓を思い出す。あれは…もしかしたら当該キャラクターが発言したものではなく…子どもたちに見せるためだけでもなく…施設の人間が『こうあってほしい』と示し、Caseにアイデンティティーを固定化させるために用意されたものだったのかもしれない…。

 

 幼稚園児を育てようとする前に、施設は生み出したCaseをちゃんと育て切れていたのだろうか…?

 

 …、…。でも、誰かを育てるって…独善的にも傲慢にも洗脳にもなり得るし、めちゃくちゃに難しいことなのかもしれない。

 だって、間違いを犯さない人って、いないもんな…。育てる側の人間だって、間違える。

 

 教育に関わる重みと責任、それから世の保護者の偉大さについて考えを巡らせつつ、手にした資料を丁寧に折って鞄にしまう。

 かなり時間が経ったので、一旦陛下に挨拶に伺おう。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――よくぞ戻られました」

 

 穏やかな声で迎えられて、私はそろりと顔を上げた。声色に違わず、優しい瞳が私に向いている。

 

「貴方の旅が有意義であり、エレベーターが少しでも良くなることを願っています」

 

「―――ありがとうございます、陛下」

 

 彼女はほんのすこし微笑んだ。

 

「あなたが自身の子どもを取り戻すために行動していることに、私がどれほど敬意を抱いているか…ぜひとも伝えたかったのです」

 

 …、…。私は焦燥に固まった。

 

「自らの命さえ懸けて、自身より遥かに強大な力と戦うことは…ただただ、立派です。本当に、よく、ここまでやって来られました」

 

 多大なる敬いと微かな共感をもってこちらに向いた視線を、私は受け止めて…内心で大汗をかきつつ口を開いた。

 

「大変恐れ多いです、陛下、実は…」

 

「いいえ。謙遜する必要はありません。貴方に敬意を表して、そちらの青いキーカードを授けます」

 

「…い、いえ、陛下、私は何かを頂けるような者では、あの」

 

 穏やかな陛下の瞳が私を見つめている。

 

「どうぞ、受け取ってください。大したものではありませんが…それは、私たちの、信頼の証です」

 

 …、…。

 

「あなたが正式に王国の民となったことを、誇りをもって宣言します。お子さんを取り戻した後は、いくらでもここへ滞在していただいて構いません」

 

 …、…。そいつは…破格の…待遇ですね…。

 

「さらに、今、我が国の民が5名となったことを、堂々と発表します!」

 

 陛下は、嬉し気に両手を合わせて微笑んだ。

 

「5名といったのは…あなたが出かけているうちに、あなたのご友人がいらっしゃったからなのです。少し怪我をしていた様子なので医務室で休んでいますよ。…あなたと会いたいようでしたから、時間がある時に顔を見せてあげると良いかもしれません」

 

 …、…。…、…。

 

「それでは、また、次の時間に。健闘を祈っています」

 

 …、…。

 私は…ふらふらと授けられたカードと傍の紙面を手にし、謁見の間を後にした。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「…、…シェリフ…」

「うお、驚かすなよ。なんだ萎びたブロッコリーみたいな顔して」

 

 私はその酷い罵倒にお似合いの人間だ。好きなだけ言ってくれ…。

 

「私は…駄目だ…卑怯者だ…」

 

 エレベーターで作業をしていた彼は、チラリとこちらを見てまた作業に戻った。小さく金属のぶつかる音がする。

 

「たしかに駄目っぽいな。…なんだ、どうしたって?」

「…陛下に白状できなかった…親ではないと…」

 

 言わなきゃいけなかったのに…。子どもを探しにきた親だと思ったから、陛下はきっと良くしようとしてくれた。

 相手の善意を利用して資格のない私が恩恵を受けようとしている…卑怯者以外の何者でもない…。

 

「…、ここは素直に言うんだな…」

「…うん…?」

「いや、別に。お前さん、もっと自分ってものを持ったほうがいいんじゃないか?」

「…おっしゃるとおり…」

「…少なくとも何かの事情があるんだろ?お前さんが全くの考えなしってわけじゃなさそうだってのは、ちょっと前にぶっこまれたんで知ってる」

「ぶっこま…そんなことした…?」

「ああいやこっちの話だ。まぁ、うまく言えなくとも喋ってみればいいじゃねぇか。あの方は慈悲深いぜ」

 

 いいや、だからこそだろう、と私はしょげてぼそぼそ言った。

 

「…期待を、…裏切るのは、こわい」

 

「…、…」

 

 

 沈黙が落ちた。完全なる無音。

 耳が痛くなるようなそれを、私はじっと耐えて考えを巡らせた。

 どうすべきなのかは理解している。それでもそうできなかった理由を見つめ直して、ではどうすればいいのか探さねばならない。

 

 

「…、…。…期待した時間が長いほど…失望は、大きい」

 

 シェリフの静かな声が、沈黙を割った。再び作業の音は響き始める。

 

「それは双方にとってデカい傷だ。早めに告白することを勧めるぜ。土台ってのが互いに整って初めて…信用は積み上げていけるもんだ、だろ?」

 

「…、…そう、だね。その通りだ」

 

 小さくぶつかる金属の音を聞きながら、私は頷いた。

 

 そもそもの問題として、どう足掻いても私は親ではない。不変な事実であるはずのそれを言えなかったのは、その告白の先にある「ではなぜここにいる?」という当然の疑問に、自信をもって答えることが全くできないと思ったからだった。その拙いだろう説明の後、真実の私を知った相手の失望を考えて…怖気づいたのだ。

 

 でも、とシェリフの言葉を受けて思う。

 

 自分を偽っても、限界はある。当たり前に、全てに応えきることはできず、…ズルズルと誤魔化し続けたら、それこそ酷い裏切りだ。他人の期待に応えるのは、ある意味自分で考えずに済む。一方シェリフの言うように、『自分をもつ』…自分自身を見つめて定め、時として他者とぶつかることは…頭も体力も使う行為だ。ただ、少なくとも…周囲の真の理解は…そちらの方が得やすいだろう。信用は、揺らがないものにこそ与えられる。

 

 私は、自分の行動を決定づける()に自信がもてないために、明確な意思ある相手に対していちいち気後れして曖昧な態度を取り続けている。長期的に見て双方にとって全く良くない話だ。

 …いい加減自分を取り巻く状況というものに、腰を据えて向き合うべきかもしれない。私は気合を入れた。

 

「ありがとうシェリフ。陛下と話すよ」

 

「次の謁見の予定時刻まで、相当ある。それからお前さん、何か用事があるんじゃないのか。誰かと会うように言われたんだろ?」

 

 …、そうだったな…。ショックが大きくて頭の隅に押しやられていた。…私の友達とは一体誰だろうか。先生?あるいはオピラ?

 

「えーと…いってきます…」

 

 シェリフは振り返らずにひらりと手を振った。

 

 私はやや急いで王国広場へと戻り…。

 

 …、…。

 ある程度進んでから、私はそっと振り返った。もちろんもう誰の姿も見えないが。

 

 …身体や視線は、直接私を向いていないように見えても。…おそらくずっと…。

 

 …、…。…いや、些事だ。信用は、積み上げていくもの。…よし!

 

 そういえばと、あることを思い出し、鞄を探った。青いキーカードと共に手に入れた報告書を読んでおく。Case14と書かれたそれは、カンガルーとヒトの遺伝子情報とジバニウムを混ぜ合わせた、タイプが2の通称『女王』についての報告書だ。更新番号は8。QRコードは…ない。

『Case14の反応を記録するという経営陣の要請によって、Case14は下層に搬送される予定であり、すでにLLTTに連絡が行われていることを伝えられた。

 Cace14は、改良型ジバニウムが適用されて以来と同様の冷静で理性的な態度で、移動された先に現在と同じような留置所があるかと質問をした。彼女は肯定的な回答を得た。

 その後に彼女は、彼女がポーチを使うことになる新たな場所で、子どもたちに『「良い子」でいる重要性と「悪い子」に何が起こるのか』ということを、最終的には教えることができるようになるかと質問をした。しかし、現在のスタッフメンバーの中にはそれに答えることができる者はいなかった。回答は永遠に『いいえ』だ。

 Case14は、彼女の王笏に魔法の力があると堅く信じているため、その笏が調査のために持ち出され、後に返却されることも伝えられた。

 Caseは発表の準備ができていない』

 

 陛下は、自身の役割と能力について職員らと話をしていたようだ。お腹のポーチを教育的な目的で使いたい意思があった様子…だが、施設側の人間はそれが可能か否かを答えられなかった…。彼女の紹介絵がいたずらっ子をお腹に仕舞っているものであることからも、彼女は教えることそのものを目的とするより、対象を拘束…つまり悪い子に罰を与えることを目的として運用されていたのかもしれない。…その機能が…彼女の精神性と合致しているかは微妙だな…。

 もう一点、気になる点があった。『王笏』。それらしきものは、壁の描かれたハート型の杖だろうが、謁見した彼女の手にそれはなかった。調査で持ち出された後…どうなったのか。彼女が信じる『魔法の力』というものも気になるが、現在の所確かめるすべはない。

 

 私は報告書をしまって、先へ進んだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 王国広場の壁画の近く。医務室と書かれた扉が開かれていた。

 

 レンガの壁の廊下を歩くと、唐突に、両脇がガラス張りの部屋となった区画へ進み出た。

 

 目に入ったのは、―――赤い背中だ。

 

 薄暗い部屋で、ポツリと灯った青いライトに照らされて、彼はストレッチャーの一つに腰かけていた。

 …頭部にはパーティーハット。角は見えず、体つきも襲撃された時のような様子は見られない。

 

 ―――『怪我をしていた様子なので、医務室で休んでいますよ』

 女王の言葉をきちんと思い出し、はっとして私はパーティーハットをかぶった彼の部屋に駆け足で入った。

 

 

「―――女王陛下が一日にたくさんの新しい客が訪れたとおっしゃったとき。僕はきっと君のことだと思ったよ」

 

 

 私が第一声を発する前に、彼はうつむいたまま口を開いた。

 …身体の具合を聞こうと思っていた私は出鼻をくじかれ、中途半端に口を開けたまま立ち止まる。

 

「聞いてくれ、僕に何が起こったのか…君に何をしようとしたのか…あれは僕じゃなかったんだということだけは、どうか、わかってほしい」

 

 ゆるりと、力なく顔が上がった。彼の瞳が私を映す。

 

「僕は、何も考えられずに従うほかなかったんだ…。離れた場所から君と会話しようとしていた理由が、今、君は本当の意味でわかったと思う」

 

 どうやら、相手は反省と弁解モードだ。あれが彼の意思によるものでないのはわかり切っているし、追いかけられた点は全然気にしていない。スティンガーフリンが私と赤い彼との協力関係に罅を入れようとしたのかも、と考えはするものの、むしろ気になるのは現在の彼の身体の具合の方なのだが。

 とはいえ相手の話に耳を傾ける。部屋の暗さも相まって、ますます重々しく切なる声が続く。

 

「それでも、僕は、その埋め合わせがしたい。女王はエレベーターの説明をしてくださった。…僕は今、以前よりも衝動をコントロールできると感じる。エレベーターの部品を探すのを、手伝うよ」

 

「いや無理しなくていい寝てて」

 

 明らかに本調子でない人に手伝いを申し出されても、良心が痛む。気にしないで欲しいという一心から遠慮したのだが、相手はなお食い下がった。

 

「いや、そうさせてほしい。申し訳ないが…僕は少し、休憩が必要だから、どこかの駅で君と合流させてくれ…」

 

 いや、そうなんだったらマジでゆっくり寝ててくれないだろうか…。

 でも、心理的に何かしないと気が済まないということかもしれない…。彼らが睡眠によって体力が回復するかどうかも知らないし。負担のない範囲で手伝ってもらえるならその方がいいのだろうか…?

 

「ええと、例の一件に関しては、私は全く気にしていないし、貴方を責めるつもりもない。むしろ…その、貴方の身体が心配だ。怪我の具合は?体調はどう?」

 

「だいぶ良くなった。気にする必要はないよ、足手纏いにはならない」

 

「いやそんな心配をしてる訳じゃ…なくてだ…」

 

「君の貴重な時間を取りたくはない。先に行ってくれて構わないよ、後で追いつく」

 

 …、…。いやいやいや…ここで部屋を出ていくのは流石に違う…それはわかる…。でも何をどう言ったら伝わるのだろう。

 

 

 口を開いたり閉じたりし、部屋の入り口付近で私はまごまごする。

 

 

 しばらくそれを眺めていた彼は―――視線を落とした。

 

 

「…、…やはり気分の良くないものを、見せてしまったな。心配しないでくれ、君が出て行ったところで、後ろから襲い掛かったりはしないよ。…と、言っても、安心させるのは難しいだろうね」

 

 とても当たり前のように…さらりとそれは告げられた。

 

「君は僕を信じられないだろうし…きっと良く思っていないだろう」

 

 ―――がん、と頭を殴られたような衝撃だった。その声が、とても、静かだったので。

 不意に思いついて零れた言葉ではない、経験に裏打ちされた、確かな言葉だった。

 

 彼を呆然と見る。

 

 いつかの言葉を思い出す。『僕の姿を見たならば』『信用しないだろうと』

 君は、と彼は言ったが、おそらくそれは、『人々は』に代わる。

 

 その静かな諦観に辿り着くまでの、怒りと悲しみと失望を思った。平らな声の根底にある壮絶な否定と痛みを思うに、言葉が詰まった。

 

「…そんなことは、ない…」

 

 口を開く。…何を言っても、どんな言葉を並べても、伝わらないかもしれないと思った。しかし黙ったままでいたくなくて、一度閉じた口をもう一度開く。

 

 ―――そうして私は、彼に呼びかける名前さえ、ちゃんと知らないのだと気が付いた。

 

「…あなたは、」

 

 疲れた顔がこちらを向いた。届かないと思った、投げた言葉はきっとさざ波にだってならないだろう。拳を握りしめて、それでも何かできやしないかと足掻いた。

 

「…あなた、を、…」

 

 凪いだ黒い瞳が私を見た。私を通しただろう彼自身を見ていた。…赤い、怪物。

 違う、と叫びたい。彼に掛けられた放送での言葉と歩み寄りを思った。胸の裡に感じるこの信用と温度を、どうにかしてつまびらかにできないかと唇をかんだ。

 

「…、…」

 

 いつかの自身の言葉が蘇る。―――『今後の様子次第だけれど』?『信じたいと思う』?

 

 私は、何を考えていたんだろうか。

 信頼は相互の関係だ。相手を協力者だと思いながら、どうして一方的に信じようとしてばかりいた?

 

 彼の真っ黒な瞳に映る自分の表情が見える。

 そんな顔をするな、と自身を心が詰った。彼に信じさせるに値する、なにもかもを持っていないくせに。

 

 どんな言葉だって軽薄だと、私は言葉を見つけられない。

 

 考えて考えて結局何も言えない私は、歯噛みし、ただ彼の前にしゃがんだ。床に膝をついて、赤い手に己の両手を重ねて、祈るように握った。

 …彼に信じてもらえる信用の示し方を知らなかった。こんなことしか思いつかない。

 

 力ない瞳は、その手を見て、続いて私の顔を見て、―――どこか驚いたような不思議そうな顔をしたのだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 いくらか時間が経って、沈黙は戸惑ったような彼の声で破られた。

 

「…、君、僕はもう、大丈夫だ。行ってくれて構わない」

 

 ゆるく、私は首をふった。まだ、やるべきだと考えることが残っている。

 

「私たちは自己紹介がまだだったな、と」

 

 手元に落としていた視線を上げた。相手の顔を見て、口を開く。

 

「私は、レイ。―――貴方を呼ぶ名を、教えてほしい」

 

 見上げた黒い瞳と―――確かに、視線が交わる。さざ波立つ瞳はしかし逸らされることはなかった。

 ゆっくり時間をかけてそれは告げられる。

 

「―――…ウスマン。僕は…ウスマン・アダム、だ…」

 

 頷く。

 ウスマン。

 ウスマン・アダム。

 

 私は彼をそう呼ぼう。

 

「ウスマン。貴方を信じるよ。私を…いつか、信じてほしい」

 

 

 




P1:信頼を得ることの難しさを痛感している。名乗った。

保安官:与えられた役割を全てちゃんとこなしている。

女王:国民が増えてうれしい。人間の親への好感度は高い。

赤い声の主:協力者の友好度激減イベントを引いて必死に挽回をと試みた。あれでもこれ…あれ??…全然なんだかわからんが計画に支障はないな!ヨシ!当人としては冷静のつもりだが後ろに宇宙を背負っている。
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