気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 エレベーターの部品1つ目を無事見つけ、保安官が修理作業をしている間に女王と謁見する。医務室にて、赤い例の彼と再会。手伝いを申し出され、紆余曲折の後に承諾。互いに名乗りあう。



27 Receptive

 

 

 調子の悪そうな彼が回復するまで部屋にいるつもりだったが、長い沈黙の後に「少しひとりで頭を整理したい」と辞退された。…凶暴化は精神的にもダメージがあるのかもしれない。彼とて信用しきれない私が横に居たところで気が休まらないという事だろうか。

 ちょっと肩を落としつつ、代わりに何か欲しい物や必要なことがないか尋ねた。彼は軽く目を閉じ眉間に手を当てた後、「先に進んでいてくれたら、うれしいな…」と小さめの声で言った。

 

 …、…。気を遣わせた拒絶に私はさらに肩を落とした。扉に向かう…が唐突に腕を引かれる。

 

「―――いや、あのだね、誤解しないでほしいんだが迷惑だとかそうじゃなく、純粋に僕の思考の整理の問題だ。君側に落ち度は何もないからね」

 

 ここまで優しいと悲しみを覚えるな…。私は黙って一応頷いた。彼はますます強く眉間を押さえた。

 

「…、…この状態で言うのも物凄くなんだけど、奥におそらく…スティンガーフリンが居るから、彼にも会っておくのがいいと思う。いや…ええと、彼に、僕に関する何かを見せられても一旦保留にしておいてもらえないか。僕は…君とちゃんと協力を続けたいと思っているよ」

 

 彼の言葉に希望の光が見えて、私は頷いた。

 

「私も貴方と協力していきたいと考えている。だから、貴方が落ち着いたら、ちゃんと話がしたい」

 

「…、…うん…」

 

 ウスマンから橙のキーカードを手渡され、最後は両手で押し出されるように部屋を後にした。

 

 

 

 廊下へ出て、正面の部屋に見えたものに覚えを感じて私は立ち止まった。

 硝子の向こう。薄暗い部屋にあるのは…渦巻きの殻?

 駆け寄って目を眇めて見つめる。…あれは…カタツムリの殻か?

 

 …スロウセリーヌ?

 

 慌ててすぐ横のスイッチを押すが反応しない。硝子に耳を押し当てるが…音は…聞こえない。手で硝子をコツコツ叩いて声を掛けても反応はなかった。…聞こえていない可能性も高い…。私と別れた後、彼女はなぜここへ…?そういえば、と気が付く。

 

「ウスマン!」

「―――うん!?なん…何だい、どうかした?」

「鎮痛剤をもってない、よね…」

「え…そうだね。残念ながら…」

「スロ…ええと、カタツムリの…目の前の部屋のひとのこと、何かわかる?」

「えっと…?彼女は…僕が来る前からそこに居た。殻に籠っているから…外から何かをしても反応はないんじゃないかな…」

「彼女、貴方のように怪我をしているか、具合が悪いかもしれない。治療が受けられているかは判別可能?」

「残念ながら。…、…彼女が居るのは、医務室ではなくて留置室だと思うよ」

 

 がん、と私はショックを受けて口をつぐんだ。

 

「おそらく保安官が彼女を捕縛した。尋問が済んだか否かは不明だ」

 

 …、…。何かの容疑者として…捕まえられたのか…?王国の現状を思うにその措置は責められまい…でも…。

 

「そう、か…。ありがとう…休息の邪魔をしてごめん。先へ進むよ…」

「あぁ…お気をつけて…」

 

 …、…。起きているかもわからない彼女に対して、現状できることはない…。

 後ろ髪を引かれつつ、セリーヌのいる部屋を気にして私は廊下の奥へ進む。

 

 …、…。一旦踵を返した。

 

 

 

 

「…、…あの、シェリフ…」

「…あー、なんだ?ようやっと声がかかってほっとしてるぜ。永遠に俺の後ろでウロウロしてるかと思った」

 

 作業中の彼に意を決して言う。

 

「あの、カタツムリさんのことなんだけど」

「ん?…あぁ」

「ええと、彼女には何かの疑いが?」

 

「―――それを知ってどうする?」

 

 シェリフがゆっくり振り向いた。

 信頼を積み重ねていこうと思った矢先にこれとは、非常に痛い。痛いが、出来ることはしなければならない。より苦痛を感じているかもしれない存在が居るので。

 

 苦渋の決断で、私は答えた。

 

「それが軽いものなら、可能であれば優しくしてあげて、ほしい…。…以前会った時、彼女、体が痛くて泣きそうだったんだ…」

 

 ―――沈黙。

 ああ、立場を超えた発言だ…。これ以上言ったら、私だけではなくスロウセリーヌに対してだって疑念が強まる可能性が高いだろう…。

 恐る恐る反応を伺う先で…真顔の保安官は…クソデカため息をついた。

 

 …?可否の判断がつかない。

 

「俺の3分ばかしの集中力を返してほしいもんだな」

「そんなにウロウロしてた!?」

「体感だが」

 

 無駄すぎる時間…。私が言葉を探している間に、時間は結構経っていたらしい。自分の優柔不断さを自省している私をよそに、シェリフは立ち上がった。えっ。

 

「―――で?あのレディは具合が悪いかもって話だったな。不当に厳しい尋問はしないってことでいいか?」

 

 ぽかん、と私は口を開けた。

 

「…いいの…???」

「王国の門の近くに居たから連れてきただけだ。閉じこもって何も喋らないんで、事情もわからずあそこに居たままになってる。…別に明確な罪状がある訳でもない」

 

 シェリフは…帽子の位置を直しながら言った。

 

「痛み止めは…残念ながら手元にはないが。…待遇については今聞いた話も酌量しておく。だからお前さんは、先へ進んで部品を探すんだな」

 

「―――ありがとうシェリフ!」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 心配事が一つ軽くなって、私はもとの廊下に戻った。

 

 突き当りの扉の前に紙が落ちている。

 ママへ、の書き出し。子どもの字だ。

 

『さいこうのパーティーをはじめたよ!』

 

 笑顔の『me』と『claire』、そしてオレンジ色でスティンガーフリンの絵。小さく書かれた『miss.mason』―――()()()()!?

 私はその絵をまじまじと見た。黒い線で描かれたその人物は…口は引き結ばれていて眉が持ち上がっている。子どもやフリンと比べて怒った顔だ。てっきり立ち去ったものを思っていた『メイソンさん』はどうやら子どもと共に行動しているらしい。そうか、「逃げただろう」とはとんだ誤解だったな、大人の鑑だ。…いや、どうかな…?彼女の思惑はともかく、この手紙の3名はスティンガーフリンに捕らえられていたと見ていいだろう。

 

 目の前の扉を見つめる…。この先に居る存在に思いを巡らせ、私は大きく息を吸って気持ちを整えた。

 

 よし、行こう。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――お前か…」

 

 

 瞼を開け、彼が発した第一声はため息交じりだった。

 

 …薄暗い部屋にスティンガーフリンは座っていた。6本の触手のうち4本は壁から伸びたパイプで繋がれ持ち上げられている。…拘束だ。彼はウスマンとは異なり拘留されている様子。最後に見た時よりいくらかサイズダウンした彼は、こちらを見下ろす。

 

「…心配することはない。お前を傷つけることは不可能だ、どれほど願ってもな。私はもはや何をするにしても弱すぎる―――。……なんの真似だ?」

 

 床にいる私は言った。

 

「…ジャパニーズ土下座スタイルです…」

 

 知る限りの最敬礼。ほんとは相手に合わせて西洋式が良いだろうが浅学ゆえ勝手を知らない…。

 

「何をしているのかはわかっている。何のつもりかと聞いたのだ」

「―――謝意を。貴方に申し訳ないことをしたとお伝えしたいのです」

 

「その行為の意味をお教え願いたいところだな」

 

 スティンガーフリンは低い声で続けた。

 

「お前は、私の忠告に耳を貸さず、自ら機会を逃し、大きな間違いを犯した」

 

 重々しい声が頭上から降ってくる。

 

「ついには、やっと制御下に置いたジャンボジョッシュを迂闊に怒らせた」

 

 …そう列挙されるとなるほど、我が事ながら信じがたい奔放さと思えるな…。それなりの考えあってのことですと言わないと、一生トンデモな阿呆と認識されたままだろう。いや、言ったところで実際彼と比較してしまっては阿呆以外の何者でもないだろうが。

 

「お前の傲慢さによって、我々はもはや誰も子どもの居場所へたどり着けない」

 

 冷静な声が私の責任を糾す。

 

「この過ちはお前のものだ。他の誰のものでもない」

 

 冷静かつ着実に言葉で刺してくる…痛い…。確かに、事態をどうにかできると思ってジャンボジョッシュに向って叫んだのは、結果を見るに思い上がりだった。ひとりで考え何でもどうにかしようとするのは…、…傲慢、だ…。

 

「度重なる無礼をお詫びいたします」

 

 私は誠心誠意言葉を口にした。

 

「貴方の忠告を聞くべきだったでしょう。極めて個人的で特殊な事情ゆえそれは叶わず、私はこの施設に留まっています。その身勝手な理由と傲慢によって貴方の計画を踏み荒らすこととなりました。―――そしてもう一点。…貴方は辛抱強く、私に説明をし、選択肢を与え、返答を待ってくださいました。その厚意を踏み躙る形となったことを…心より謝罪いたします。進む理由を聞いてくださった貴方に…言葉を尽くして答えることができなかったのは、一重に私の考えと覚悟の甘さによるものです。貴方の失望は考えるに及びません。本当に、申し訳ありません」

 

 沈黙。

 

 …上からため息が聞こえる。

 

 心底已む無く、といった声色。

 

「……、謝罪を…心からの謝意を突き放すというのは…礼を失する行為だ…ゆえに…ただその一点によって…私はそれを受けとろう…」

 

 滅茶苦茶葛藤しつつなんとか飲み込んでくれたという感じである。世界に賞賛されるべき理性と冷静さ。…誠に申し訳ございませんでした…。許されるかは今後の私に掛かっているが、許されずとも仕方がない。

 

 スティンガーフリンは、憂鬱そうに視線を床に向けた。

 

「私は…『最も安全な手順で実行する』と言ったが、それは本心だった。…もはやその手段は、私の手から離れ、届きはしないが。今となってはお前の事情とやらを聞いたところで私には何もできない…」

 

 …、…。依然じわじわ刺してくる…。とはいえ潔くその批難を受けよう。散々な目にあっただろう彼はそんなことでは気が済まないだろうが…。頭が良い分、思うように動けぬその歯痒さは相当のものだろうな…。

 

 謝罪は受け取ってもらえたものの、考えていた提案をするにはもう少し時間が必要だろう。私はポケットに入れておいたメモにそっと触れようとし……あれ、ない。

 …、…手をちゃんと突っ込むが触れるものは何もない。ポケットをひっくり返したり反対のポケットを探したりしたがやっぱりない。…あれ???

 どっかで落としたか?と記憶をさかのぼる…。

 

「―――ともかく。私はお前に見せたいものがある」

 

 スティンガーフリンがふいに…やや億劫そうに、触手を持ち上げた。えっ。あっ。ちょっと待って欲しい。

 

「それは確かにお前に必要なようだからな」

 

 自由なうちの1本が私に伸び、頭に触れる。

 私の意識は、ゆっくりと暗闇に―――――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 気が付いた時…私は暗がりに居た?

 

 足元は草の地面。外のようだ。時間帯は夜。

 

 目の前では焚火が燃えてい――――違う、車が炎上してるんだコレ…。

 

 私はぼんやりしながらそれを見つめ、直前までの記憶を思い返す。

 …ええと、スティンガーフリンが私に何か見せようとして触手を伸ばし…つまりまた精神世界へ誘われたということでよいのだろうか。

 

 ひっくり返って燃える橙色の車体を見るに…どうやらサボテン衝突事故の後の様子だ。

 私は丸太に座って眠りこけていたらしい。左隣、同じ丸太にはキャプテンが座っていた。…どうも、と軽く頭を下げると、彼はちょっと片手を上げる。そのさらに隣には、オピラが頭を自分の身体に突っ込んで寝ているのが見えた。

 さらにずっと奥、炎に照らされた灰色の彼も見える…。

 

「おっと―――やぁ、起きたね」

 

 ゆったりした声がかけられて、私はそちらを向いた。

 

 ウスマンだ。別の丸太に座っている彼はのんびりとこちらを見ている。…先ほどの彼との落差で奇妙な気持ちだ。目の前の彼は…肩肘を張っておらず気楽な様子。いつか現実でもそんな風になって話せたらいいが。

 

「君、本当によく眠るね」

「…同意だ」

 

 ウスマンの隣に座ったフリンが、肯定と共に視線を投げ、…いや、今気が付いたが私の隣にナブナブが居る!車を追いかけていた彼は合流できたのか!しかも全然警戒も攻撃もなく落ちついて座っている…。

 真横に居る彼にちょっと感動している私をよそに、ウスマンが続けた。

 

「そうだ、僕らが集めた野菜を食べると良いよ」

 

 ありがたく彼の示す方を見て…空っぽだが?

 

「―――あぁ、もうなくなったみたいだ…」

 

 …、…。いや、大丈夫です別に…。

 

「―――お前が寝ている間に、私の分はもう消費した」

「僕もだ…。すまない」

 

 いや全然かまわない。貴方がたが集めたものを私が貰うというは虫の良い話だ。

 

「大丈夫。お気になさらず」

 

 私が手をひらひらと振る…横で、青い彼が、自身の口に半ば放り込んでいた手を止めた。

 目が、合う。

 

 

 ん?え?

 

 

 ゆっくりと、その手がこちらに伸ばされる。

 

 私は…そのブロッコリー擬きを見つめた。

 

 ……。

 ここは精神世界だ。フリンの説明によれば、ここでは誰しもが精神的にやや抑圧から解放的となる…素に近い、と言い換えていいだろう。

 …そうであるならば、差し出されたものは―――目の前の彼が、もともと持ち得ていた、優しさだ。

 

 驚きと共に彼を見つめて…そして、はっとした。

 私は…私は、酷い思い違いをしていたのではないか?

 

 ある閃きが起きる。己の歪んだ見方の輪郭に、気が付き始める…。

 彼に襲い掛かられた時の最初の自分を思い出した。ひとりぼっちの彼と友達になろう、と…きっとそれは善いことだと、信じて実行しようとした自分。 

 ―――そこにあったのは、本当に友情だっただろうか?

 思い返す。

 壁の絵と書かれた台詞。それらを読んで、見過ごした、自分の心にあったもの。

 「悲しい台詞だ」「友達がいない」「孤独だろう」…言葉として形にはならなかったけれど心のどこかで、きっと、私は、彼を、

 ―――「かわいそうだ」、と。

 

 はたしてそれを、友と言うか。

 

 私は…自身の無意識の傲慢を恥じた。同情と憐憫により友になろうと腕を広げた自分の驕りを、戒めとして確かに記憶に刻む。『善いことをしよう』として、取りこぼしたものの存在に気が付こうとしていた。

 

 差し出された優しさをきっかけに、急激に視界が晴れていく。見続けた報告書の情報、悲しみと恐れに曇っていた眼が、にわかに開かれた。

 

 だって、今、目の前の彼は、かわいそうなんかではない。

 

 私は開かれた両の目で彼をちゃんと見た。

 困難の中で、空腹の隣人に食料を譲り渡す彼の心は、強くて優しい。

 

 目の前の彼に限ったことではない。

 彼らに付随するものは、悲しく恐ろしいものばかりではないはずだ。それらは彼らと切り離せないものかもしれないが、全てにおいて念頭に入れるべきものでもない。私は自身が知らずに掛けていた強烈なフィルターを引っぺがす。

 

 私は彼のその手に、己の手を伸ばした。

 きっかけは親近感。ちょっとした哀しみ。それは事実だ、否定できないしするものでもない。でも、と思う。

 

 友達になろうと、手を取るならば。

 悲しみではなく、憐れみではなく。もっと、軽やかで楽しい気持ちで。

 

 ―――きっと、と、輝きを見て。

 

 

「私と友達になってほしい!」

 

 

 

「…スティンガー…あれは何だい…?」

「ヒトとクモ」

「そうだけど、そうではなくて。僕が知っている二名はもっとこう、関係が緊張状態にあったと思うんだが」

「異種間交流…あるいは、奇妙な友情。―――あらゆる差異を障壁とせず、情で結ばれた対等な者をそうと呼ぶのであれば」

「やっぱりそうなのか?しかし、でも、だって…」

「何だ」

 

「僕の方が先に接触したのに…」

 

「…どっちだ?」

「両方!!」

「クモは兎も角ヒトに関しては、思うに第一印象から躓いている」

「僕は至って冷静に紳士的に対応したと誓って言う。最近はとくに」

「ほう。…これは聞いた話だが、」

「何だい?」

「最近の紳士は、挨拶を背後から拳でするらしいな」

「…、…」

「知らぬ間に作法というものは随分野蛮になったようだ」

「…、…。理由を話して…許して…もらった…」

「それは重畳だな。相手の言葉を信じるならば」

「…、…。…、…信じるよ」

「…楽観はお前の得意とするところだが……ふむ…?」

 

 

 ナブナブと握手を交わし、ブロッコリーを半分こにした私は、ふと何事か話し合っているウスマンとフリンへ目を向けた。話の内容は聞こえていなかったが、気負いない雰囲気を見るにやはり彼らは仲が良い様子だ。フリンがこちらの視線に気が付いたのか、呆れた声がかかる。

 

「気が済んだか?」

 

「…ええ、と…?彼との関係はスタートを切ったところですが、一応、一区切りは付きました」

 

 フリンは胡乱気な眼差しでこちらを見たが、諦めた様子でため息をついた。

 

「まぁ、いずれにしろ…、苛々させられる存在がおらず、その存在で飾り立てられないだけで、私はそこそこ満足している」

 

 相変わらず迂遠な物言いだ。

 ちょっと考え…あれ、と私は思わず口をついて言葉が零れる。

 

「私は貴方を苛立たせる人間であるとばかり…」

「なるほど、誤った認識だ。―――苛立ちと言うものは期待と共にある。お前ほど、私に全く新しい驚愕を齎す存在はいないだろう。過去から未来にわたって」

 

 …すっげー皮肉ではなかろうか。もう、理解と期待を諦めて未知の存在として見られている…。

 

 何やら頭を悩ませていた様子だったウスマンが、「苛々させられる存在…」と呟き首を傾げた。

 

「それってジョッシュのことかい。なぜ彼をそんなに毛嫌いするんだ?確かに彼は怒りっぽい所があるが、全体的には悪いやつではないよ」

 

「…私たちの間では、随分諍いがあったからだ」

 

 はぁ、とフリンの重たいため息が零れる。

 …私はジョッシュの左拳の橙の着色を思い出した。色が変わっていたフリンの頭の一部も。聞いてみたかったが流石に怒りを買うだろうと口を引き結ぶ。それくらいの冷静さがこの精神世界でも残っていて安堵だ。

 憂鬱そうなフリンは続ける。

 

「…憎しみは、私が制御できない感情のうちの一つだ」

「もう一つは?」

「…、…悲しみ」

 

「またか…」

 

「我々のいるこの世界で、どうやって絶え間ない悲しみを乗り越えられるというのだろうか…私は時折、これが私たちの永遠の運命だというように感じる…」

 

 周囲を意に介さず、フリンは揺れる炎を通してさらに遠くを見つめる。

 

「我々はそれぞれ目標があるが、結局のところそんなことは問題ではない。過去を変えたり以前の悲しみを消し去ることはできない…」

 

 世界にはたちまち、重たく悲観的な空気が満ちた。…悲しみは伝染しやすい。が、ウスマンはやや困惑した様子のみで、励ましの体勢へ入った。メンタルが強い。

 

「悲しんでばかりいるには、人生は短すぎるよ、スティンガー」

 

 なるほど、フリンと話をするときにはその感情に飲まれてはよくないなと理解する。圧倒的な水量の川に押し流されないようにするには、同等以上の重みが必要だが、感情に同等などというものは存在しない。岸から限りなく寄り添いつつも俯瞰して見るのが良いだろう。

 

「我々にとってはそうではない」

 

 重々しい、悲しみに暮れた声が返答する。――――不意に、彼らの命について考えが及んだ。頑丈な体、回復力、ジバニウム、遺伝子情報。…彼らにとって死とは何だろうか?彼らの精神性は一体何によって担保され、どうなった時に永遠に失われるのだろうか?

 

「…ええと、何と言ったらいいかわからないよ。僕はその手の話が得意じゃないと知っているだろう」

 

 ウスマンが音を上げた。本人が参っているというより、自分の能力によってでは解決できないと冷静に判断した様子である。

 

「ナブナブかキャプテンなら何か助けられるかもしれない」

 

 そこで私に話が回ってこないところが、だいぶ信頼がないことを感じるな…。

 

 ウスマン指名の両名は、ものの見事に無言だ。私はおずおずと手を上げた。

 きょとんとした目のウスマンに促され、私は「スティンガーフリン、」と呼びかける。

 

「貴方の抱える悲しみや憎しみ全てを知ることは、とてもできないでしょうが…先の見えない不安が、貴方を苦しませているようだ、となんとなく感じます。…合っていますか?」

 

 フリンは曖昧に肯定した。

 

「少なからずは。それは私の悲しみと憎しみの一部ではある」

 

 私は頷いた。

 

「―――永いと思われている人生が、この先もずっと、変化のないまま、悲しいことの連続であると…そう考えて、貴方は深い悲しみに暮れているように思えます。それは…とても、苦しく、耐えがたいこと、ですね」

 

「……」

 

 反論はない。私は彼を見つめた。そこに拒絶や緊張が浮かんでいないことを確認して続ける。

 

「それでも貴方は、前進しようとしていたように思えます。その状況を変えようと、持てる力を使って、ひたむきに。…それは…それは、とても、困難で偉大なことです。悲しみに蹲るのではなくて、貴方は行動した。誰にでもできることでは、ありません」

 

 悲しみに溺れそうになりながら、歩みを止めないその心は強い。

 

「良心の呵責と、以前おっしゃいましたね。人間に…少なくとも子どもを利用することへそれを感じているのだとしたら…私は、貴方に敬意を…計り知れない敬意を抱きます」

 

 己が苦しい時に、誰かを思いやれるその心は優しい。

 

「おっしゃる通り過去を変えることはできません。しかし、それが持つ意味を変えることはできると思います。思考をもつ生物の特権は、あらゆるものに意味を見出せることです。…他の誰でもない貴方がそこに価値を見つけることができれば、あるいは。―――それは、変化の余地がある」

 

 じっとこちらを見たスティンガーフリンは、やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

「…お前、この数刻のうちに中身が変わったか…?」

 

 

 ―――あんまりでは???

 続けようとしていた提案を止め、私は沈黙する。一段ずつ上ってきた階段を思い切り踏み外したような気分…。

 

「スティンガー。君相手だと、普段は遠慮と畏まる気持ちが勝って色々言えないようだよ」

 

 ウスマンがフォローした。でもなんかそれ誤解を生まない?あとちょっとドヤってるのなんで?

 

「…初めてお前と精神世界で話をした時も、今と似た雰囲気だったな…なぜこうも一時的に場面によってはまともそうに思えるのか…」

 

 まとも「そう」て…。しかも時と場を激しく限定してくる…。

 

 ウスマンが私の肩を叩く。

 

「そんなに気を落とさないでよ。スティンガーはちょっと話を難しくし過ぎる嫌いがあるから」

「…いいよ…昔から友人に、時々何考えてるかよくわかんないって言われるんだ…」

 

「それはそう」

 

 

 それはそう!?!?!?

 

 

 ウスマンの言葉に激しく衝撃を受けて固まる私をよそに、スティンガーフリンがため息を吐く。

 

 ―――――――――とおく、どこからか、笛の音が聞こえる。…汽笛…?

 

「―――今の音は?」

 

 私と同じく顔を上げたウスマンが疑問を口にした。スティンガーフリンが受ける。

 

「この生態系には、他の多くの生物が存在している」

 

 …ええと、つまり?

 

「―――なんでもあり得るだろう」

 

 

 どういう……

 

 疑問を発する前に、突如それは現れる。

 

 暗闇を刺す眩い光。

 反射的に閉じた目を開けた時には、それはもう目の前に居た。

 ヘッドライト。煙を吐くための筒。連結した車輪。錆びた車体。―――巨大な機関車。

 先頭車両の前面には顔が付いている。鋭く尖った牙がずらりと並んだ口。それから、体から伸びた―――――

 

 

「―――助けてくれ!」

 

 ソレに宙づりにされたウスマンが声をあげる。

 ナブナブが機関車型のその生き物を宥めるように素早く前に出て手を振った。スティンガーフリンが触手を使って、ウスマンを助け出し、地面にそっと置く。

 

「…助かったよ…でも気が動転している。…スティンガー、ここってどこだっけ?オーストラリア???」

「…あそこで木にしがみついてるのは人間だ。固有の有袋類じゃない」

 

「 あしが いっぱい 」

 

 震える私は青くなって言った。情けない限りだし相手にはほんとに悪いが…近づけない…。

 手のひらサイズならなんとか耐えられたかもしれないが…。デカ過ぎんだろ…むり…。友人の危機に駆け付けられないとか、最低…うおわぁあ、その、あしをばらばらにうごかすのほんとやめてくれたのむ。

 

 

 動けぬ私はよそに、喫緊の危機がひとまず落ち着いたと周囲の空気がやや緩む。

 

 ―――が、突然、視界の端で何かが煌めいた。炎を上げていた自動車だ。破裂音と共に炎が膨らみ、轟音、全てがスローモーションに見え、急激に世界が遠く…

 

 

 爆発オチなんてそんなベタな…――――――

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 




P1:悲観的思考を矯正して楽観に戻しつつある。手の届くところに誰かの苦しみが転がっていると、合理性が吹っ飛び優先順位がバグる。

赤い男:現在医務室で情報処理と計画修正中。現実的楽観性のある知識人。自身の意思と行動により世界は変えられると考えている。

カタツムリ:意識はここではないどこか。

保安官:ややハードワーク。全ての役割をこなしている。自信家だが一度折れている。

橙のクラゲ:遺憾の意。しかし共感を得たと感じることで溜飲はやや下がる性質。悲観的知識人。何をしたところで世界を変えることはできないかもしれないと頭の隅で考えている。
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