気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
保安官が捕えた容疑者らの、追加の尋問を行った。特筆すべき成果はなし。
雛を連れて最後のエレベーターの部品探しに向かう。
私は、雛と共に新たなセクターにいた。
エンプロイヤーエクササイズ…わざわざそれ専用の棟をつくるあたり重要なことだったんだな、従業員の運動訓練と言うのは…?ここは本当に幼稚園が主体の施設なんだろうか?
『朝のエクササイズチェックリスト
認知:×
身体:×
伝達:× 』
壁に書かれた文字によると3つのエクササイズがあるらしい。
従業員にはこれらの力が求められていたわけだ…。高度な教育を期待されていた幼稚園施設なだけあって、働く側にもそれに見合う能力水準が必要だったのだろう。
進んだ先にはいくつかの部屋が並んでいる。一番奥の壁の説明書きによれば、開始ボタンを押した後にいずれか1つの部屋に起こる何らかの変化を見つけ、制限時間内にその部屋に対応するボタンを押して回答すれば良いらしい。
なるほど、間違い探しというわけだ。私は足元の雛を見た。
「一緒にやる?」
雛は元気に鳴いた。
雛と共に、変化前の部屋を見歩く。雛は周囲の物が気になるようで、私の傍を離れてはそれらに近寄って、しげしげ見つめたり軽くつついてみたりしていた。ある程度満足すると私の近くに戻ってくる様子。危険はなさそうなので、自由に冒険してもらおう。
段ボール箱が積み上がった部屋。リンゴの木のオブジェが聳える中庭っぽい部屋。…それから、現代風のリビングっぽい部屋。
皿とカトラリーが並んだダイニングテーブルや、その奥のトイレやバスルームを眺める。
…、…。今までの部屋がカラフルな…いわゆるテーマパークのような雰囲気の場所ばかりだったので、いかにも人が住んでいそうなシックなこれらは不思議な気持ちを沸き上がらせた。まぁ、人が住んでいそうと言っても、ここにある物は使用した痕跡がなくモデルハウス感が否めないが。
…テレビの前のソファに、なんとなく座ってみる。
革張りのソレは、丁度いい塩梅に沈み込んで体を包む。
なんだか、自分のいる場所を忘れそうになる…。
「ぴよ?」
いつの間に近くまで来ていたのか、雛がソファに上って私の隣にいた。こちらを見上げたオピラチックは、そのまま…ひょいと膝の上にあがると、ひと声元気に鳴いて小首を傾げた。
わぁかわいい。自分が一番可愛く見える角度を熟知しているのかってくらい可愛い。
もちろんそんな訳がない雛をわしゃわしゃと撫でる。嬉し気に雛が小さく鳴く。
モノクロトーンの日常風景の部屋で、ピンクのこの子はいくらもはっきり見えた。
―――不意に、いつか見つけた手紙を思い出す。
…施設から逃げる算段を組んでいた2人は、連れて行く誰かと過ごす、こんな夢を見ていたのかもしれない、と思った。今、私が感じた喜びの延長線上に…彼らの決定があったのだろうか。
同じ決断を、私はしないだろうけれど。彼らの全てはきっと理解できない。それでもその心に指先が触れた心地がして、私は苦く微笑んだ。
「…ぴよ?」
「なんでもない!」
私は雛をめい一杯撫でた。
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気が緩みそうになったが、そうも言ってられない。私は立ち上がって、机の上にあった報告書を読むことにした。
Case14、通称『女王』についての報告書。更新番号は9。QRコードは…『Wp』と示した。
『Cace14は、今朝新たな居住地へ移された。当然にして緊張が見られたが、満足感も示されている。
管理者の要請により、Cace14のポーチの現象に関して、さらなる調査が実施された。調査によって貴重な観察結果が得られたが、しかし確認できたものは非常にわずかだ。
ジバニウムで成長した全ての個体は、一度ポーチに入れられると、そこから逃れるのはかなり困難であることが示された。さらに、それはCace14のポーチを閉じようとする意志によって、より困難となる。反射はCace14のポーチを閉じたままにする力を緩めるようだ。
Caceらがポーチから出られない理由は、例えばポーチ内部に身体があるような、Gv粒子同士が非常に近い範囲にある時、それらの間にある種の引力が働くためだ、という説が提言されている。
ケースは永久に発表する準備ができていない』
…、…。
以前見つけた謎の言葉…『ジバニウムエントラップメント』はこの報告書に関わる情報だろう。ジバニウム同士が引き合う力が作用し、女王陛下のポーチにはジバニウム生物を閉じ込める能力がある。しかし彼女のその力は、なんらかの『反射』で緩む。そうするとポーチの中身が逃げ出す。―――それが、ビターギグルが陛下を笑わせると世界が滅ぶ、ということに繋がるわけだ。改めて事の重大性を理解しつつ、あれほど優しい彼女が閉じ込めているヤバい誰かはどんなのだろうか恐々とする。
QRコードで得た文字を、いつもの通りメモしようと端末を開き…そういえば、と結構集まりつつも一考に使い道が分からぬそれらの文字を眺める。
『5A』『k』『4f』『aFPf』…と並んだそれはやはり共通性が見られない。新たに入手した字を打ち込む。
『 Wp 』
―――ぞわりと、私は端末を取り落とした。
床に落ちた端末の画面は、ひとりでに動き出す。
点滅したカーソルが、高速でそれらの文字を入れ替えては並べてを繰り返す。
夥しい数の意味の通らぬ文字で、画面が埋め尽くされていく。
ぱ、と。唐突にそれらの文字の濁流が止まった。
画面が黒く染まる。
壊れたか…?…、…息を止めて、私が端末に近寄った時、
それはノイズ交じりに浮かび上がる。
……。
画面は完全に真っ暗になった。
沈黙を続ける端末に、私はそうっと近づき、手に取ることに成功する。
幸いなことに、落っことした先は毛の長いカーペットだったので損傷はない。
電源ボタンを押すと、画面はもとに戻った。
ちゃんとホラーじゃねぇか…。
久々にドッキリした。思わせぶりな警告文に若干動揺しつつ、私は息を吐く。可能な内に逃げろと言われても、道が分からんのでどうしようもない。一応、親切ではあるその提案を、すみませんと拝んで…。
―――ん?と疑問に止まる。
今のメッセージは一体、どういうわけで私の目の前に現れたのだったか。あちこちに散らばる報告書に記載された、QRコードを読み込む、という手順を踏んで再生されるに至ったこれは…誰がどうやって誰に向けて用意したものだ?
…、…。
いや、ホラー展開に理屈を求めてもしょうがないのかもしれない。得てしてこういうものは理不尽だからこそ怖いのだ。
端末の動作におかしなところが無いか、今まで取った写真やらメモやらを確かめておく。画面を見る私は、ふとあることに気が付いた。
…バッテリーが思いのほか減っている…。
今のでかなり電力を使ったとかではあるまいな。私は、画面端のバッテリー残量表示をよく見る。そんなに使った覚えは…でもあまり確認してなかったのも事実だ…。
何度眺めてみても変わることのない「75%」の数字を見て―――まぁ、大事に使おう、と私は画面をオフにした。
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間違い探しは、難なくクリアした。もともと好きな部類だ。雛もよく答えを見つけて声を上げた。得意げなその頭を撫でる。
全3ラウンドの問題を終え、開いた扉の先へ進んだ。
『朝のエクササイズチェックリスト
認知:○
身体:×
伝達:× 』
チェックリストに〇が付いている。順当に行けば次は身体エクササイズだ…と目の前のピンクの扉をカードキーで開ける。足を踏み出す手前、「ピヨ!」と雛が鳴く。
…、…。
いや、見えている。開けた部屋の中央、こちらに背を向けているのはビターギグルだ。
…、…。しばらく様子を見ていたが、あちらには一向に動きがみられない。デジャブを感じる。頭の隅っこで何らかの予感。
…これ、多分、私が動かないとイベントが進まないやつ…?
進め、とゲーム脳が囁く。…止まっていても仕方がないかもしれない。今戻って報告したところで、大した収穫もない。
私は雛をしっかり抱き直して足を踏み出した。
―――唐突に声が響く。忍び笑いだ。
身構えて踵を返そうとする私をよそに…彼は、こちらを一瞥することもなく、左手の大きな扉へ向かい、そのまま部屋を出て行った。
拍子抜けする私と雛の後ろで扉が閉まる。前方、たった一つ開いた巨大な扉の向こうから、何かが、足音を立てて現れた。
茶の体色の、巨大な姿。
「…ええと…こんにちは」
言語が通じる可能性に賭けて声をかけるが、相手は歩みを止めない。彼ないし彼女が一歩、また一歩と進むのに合わせて、地面が揺れ地響きが鳴る。
屈強な肉食恐竜を思わせる二足歩行のシルエットの巨体は、体長…5メートルほどか。3つ指の巨大な足は、その重量を支えるのに役立っているようだ。長く太い尾は姿勢維持を手助けしている様子。発達した下肢に比べ上肢は小さく、体の前側にあるそれは地面に届かない。開かれた両目には、なんと言うか、それほど理性的さを期待できそうにない雰囲気。どちらかと言うと、ジェントルというよりタイプ:ワイルドな印象だ。
頭部は丸型で、頭頂には三角の耳が前方に向いて付いている。鋭い牙が並んだ口はやや大きすぎる気もしないでもないが、鼻先の形など全体的に見て…猫、猫っぽい。
なるほどな。
私は頷く。
最高にカワイイ猫と、最高にカッコイイ恐竜を組み合わせたら、すなわち最高にカワカッコイイ最強生物が生まれちまうって寸法だな。
GYAOOOOOOO!!
咆哮が空気を震わせる。パニック映画さながらに。
――――――――――馬鹿野郎!!!
突っ込んでくるその巨大クリーチャーから、私は全力で逃げ出した。
カレーライスにプリンをぶち込む暴挙。コンセプト提案した奴がなに考えてたのか切実に知りたいし何でこのサイズにした!?言え!!!
案の定全方位の扉が閉まっている。室内を逃げ回る他ない。
雛を抱える私は、最強生物(仮)から距離を取るため壁際をひたすら走る…天井から四方に謎のパネルが降りてきていると気が付く。パネル中央には大きな〇マーク…四方のパネルの内1つだけ、赤い?
足元のスイッチを踏んだ私は、別パネルの〇が赤くなったのを、見た。
―――アレを押せってか。
あれ程高所のスイッチを押せるものなど、ドローンか、それこそ目の前の最強生物くらいだ。一応ドローンを飛ばす。幸いにして的が大きいので操作はそれほど苦労しなかったが、スイッチは反応しなかった。…ドローンでは衝撃が足りないらしい。
猫ダイナソーを誘導するしかない。まじか…。
固まる雛を、部屋の角に押し込む。―――相手の巨体からして、この小ささの子に触れるのは壁が邪魔して難しかろう。それに。
―――猫ダイナソーは、予想に違わず迷いなく私の方へ頭を向けた。やはりこちらが狙いだ。
相手の位置を確認しつつ、赤く点灯しているスイッチの裏面に回ろうと試みる。
猫ダイナソーが狙いを定めた様子で雄たけびを上げ…突っ込んでくる!
私はその横をすり抜けようとし―――物の見事に横に振られた巨大な尾にひっぱたかれた。
床にぶつかって転がる私の頭上、近すぎる距離で鳴き声が響く。
痛みで明滅する視界の中で、真上から白く輝く牙が降ってき、
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
チェックリストに〇が1つだけ付いている。順当に行けば次は身体エクササイズだろう、ピンクの扉の前。
…、…。
よし、収穫はあったな…うん…。
まだ閉まったままの扉の穴から、ビターギグルの姿を確認し、私は無言で来た道を引き返した。
「ん?早い帰りだ。首尾よく―――って顔じゃないな、敵か?」
私は頷いた。
「セクター内のテスト…の一つでビターギグルと思しき背中を見た。彼は、そのまま奥へ消えたけど、恐らく、私たちに仲間を差し向けてる」
シェリフの視線が先を促す。私は続けた。
「猫の頭と恐竜のような姿の、茶色の大きな生き物。捕食されかけた。何か知ってる?」
「―――キティサウルス」
シェリフが唸るように言った。
「追いかけられただけじゃなく、喰われかけたってのは確かか?奴は元々あそこのエクササイズに組み込まれてはいる。追いかけっこの鬼役としてな。が、それはあくまで与えらた役割であって、本来ならお前を追っかけはしても、喰おうとはしないはずだ。…それが、お前を害したってんなら…なるほど、ビターギグルの、指示があってそれに従った…」
「めちゃくちゃ噛みついて来ようとしてきた」
なんなら一回喰われてる。
「と、いうか、居るのがわかってたら先に言っといてくれれば…?」
「ん?ああ…お前さんのことだからてっきり仲良くなって帰ってくるかと思った。そうなると先入観てのはよくないだろ?…まぁ、実際は端から敵だったわけだが」
そうか…平素なら友達になれるかもしれない相手だったのか…。速攻で逃走してしまって悪いことをしたかもしれない。…いや、襲ってきてるからその判断は間違いではなかったんだろうけれど。
「…、…手を組んでる、か」
シェリフは腰を上げた。
「緑のゴリラのと同様の罠にキティサウルスが引っかかれば、勝機はある。が、そうならなかった奴と俺が直接対面するとなると、ちと考えたくねぇな。そこにビターギグルの奴もいるとなると頭が痛い話だ」
シェリフはやや考えた様子でこちらに視線を寄こした。
「―――こうなった以上、奴らはいずれ必ず来る。最悪の事態ってやつを想定して動いとく必要があるな。お前さん、俺が修理してるエレベーターがあるだろ?あれはまだ、完全に治ってはいないが、一応下へは動くんだよ」
なるほど。行きは良いが帰りが保証されないと。
「万が一。―――万が一だ、覚えとけよ?何もかもどうにもならなくなったら、まっすぐエレベーターまで走って、それで下へ降りろ。他の何もかもを気にすんな」
「―――なぜ?」
「陛下も言ったろ、『これはお前さんの戦いじゃない』んだよ。お前さんが親じゃなくたって、そうだ。自分の家へ帰るために、力を尽くせ」
「…、…」
「…俺はデカブツと戦う準備をするとしよう。お前さんは事態が動くまでもうしばらくこの辺で待機して…で、もしヤバくなったら逃げろ」
…、…。
弱者を。守ろうとするその姿勢は、きっと称賛されるべき、だ。利用できるのに、彼は、人間である「私」という駒を利用しようとしない。逃げろと言う。
…善意あるひとだ。これを優しさでなく、何という?力がない私は、その配慮を、頭を下げて受け取って感謝を示すべき、だ。
…。
…、…。
「―――お断りする」
「あ?」
拳を握る。保安官を見る。
腹胞に湧く熱を、言葉にしようとする。
「…今更、私には関係ないと、そんな顔をして眺めていろと。―――お断りだ。私を卑怯者にさせないで欲しい。相棒と、曲がりなりにもそう呼んでくれるなら、そうに相応しい行いをさせて」
自分だけが逃げ延びて進めればいいなどと、そんなのは万に一つでも無しだ。
「貴方が女王の傍を離れる必要はない。ここを守るのが貴方の一番の仕事だ。チェックメイトが最も避けたい事態だ。だから―――だからキティサウルスは、私の方でなんとかしてみる」
「―――」
「貴方が厭う、2名同時の直接対面を避けることができるよう、足掻いてみる」
……言い切ってから、自信の無さがぶり返してきた。瞬間的な感情に身を任せて忘れてたのだが……。
「…、…ええと、知っての通り、私は貴方より身体的に弱めかつ、別に驚異的な頭脳も持ち合わせてはいないので、うまく行くかっていうとそんな保証はどこにもないしそこまで期待はしないでほしいところではあるんだけど…」
「急に弱気だな」
「確かに大した力がない人間ではあるんだけど、それでも、あの、」
私は歯噛みした。
「力を尽くしたい。…力になりたいんだ。本当だ」
シェリフは…しばらくの無言の後…笑いを含んだため息をついた。
仕方ない、と何かを諦めた、だけれどどこか気の晴れた表情だった。
「そうだな相棒、やってみていいかもな」
「…ありがとう!」
「だが、死にには行くなよ」
「もちろん、諦めない」
「―――だ、そうだが。お前はどうする、ちっこいくちばし?」
はっとして私は足元の雛を見る。
小さな身体のその子は、まっすぐこちらを見上げて大きく鳴いた。
「ぴよ!」
…、…。
私は、しゃがんで、その丸い瞳とよくよく目を合わせて口を開いた。
「…私は、君が付いて行きたいと思う程、大した奴ではないよ」
じっと雛は耳を傾けている様子。
「―――…ちゃんと君を守りきれない」
丸い瞳は臆さず私を見ている。
…、…。安全なところで待っていていいんだよ、と言いかけて、先程の自分を思い出す。笑ってしまった。
「―――それでも行く?」
「ぴよ!!!」
力強い返事を受けて、わかった、と私は頷いた。目と目が合う。
言葉はなくとも、心が同じだ、と信じられる気がした。
「よし、よく吠えたなヒヨッコ共。―――それじゃあ、簡単な情報共有だ」
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…、…。
―――ずどん、と床が揺れた。
…、…。私は、横たわる茶色の巨体を目にし、大きく息をつく。
ハチャメチャに何度も喰われそうにはなったが、猫ダイナソー改め「キティサウルス」を誘導し、無事4つのパネルに激突させることに成功した。足元に寄ってきた雛の無事も確認する。…守り切れないとは言ったが守らないとは言っていない。もちろんちゃんと安全地帯に突っ込んだ。
キティサウルスが、すぐさま再び動き出さないかと注意深く観察する。
…大事なことではないが、最強の大型肉食恐竜と言えば、呼び声も高いティラノサウルス。そのかなり初期の復元モデルと、キティサウルスの姿勢は近い。
現在では、ティラノは頭から尾までがほぼ横一直線になる姿だったと考えられている。顎が発達した頭の重さとバランスを取るため、前傾姿勢かつ尾は地面から上がっていただろうという説だ。
恐竜は化石発見によって定説が結構変わる。ロマンだね。
事前のシェリフの情報通り、頭を何度もパネルにぶつけたことで床にぶっ倒れたその巨体にそっと近づく。
…、…以前にも思ったが、彼らの身体は衝撃には強く損傷し辛いものの、意識の方はそうもいかないようだ。耐久性に反して、割と簡単に気絶と思わしき状況に陥る。
…、…。とはいえ、いつ目を覚ますかはわからない。起きてすぐシェリフの元へ行かれるのは避けたい事態だ。…過剰には傷つけたくないし大掛かりな道具を準備する時間もない。
あらかじめ考えていた私はリュックからあるものを取り出した。隣のエクササイズ部屋から貰ってきておいた、トイレットペーパーである。
雛の手(くちばし)も借り、キティザウルスの頭にそれをグルグル巻きつける…。紙とは言え幾重にも巻かれれば強度も出るし、下手な布より纏わりついて目隠しとしての役割は十分に果たされるだろう。
なにより自力でこれらを外すのは難しい、と私はキティザウルスの短い前足を見た。真っ暗闇で混乱するだろう相手を思う。ごめんよ。
―――これは単なる時間稼ぎに過ぎない。私と雛は次の部屋に急いだ。
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次は伝達エクササイズ…と部屋に入った私は、壁の絵に目を留めた。おなじみのキャラクター紹介絵。『キティサウルス』の横に吹き出し。
『友達にはニャー!敵の顔にはギャオー!と咆えよう!』
コンセプトは相変わらずよくわからないが、思いっきり敵だと思われていたことはよくわかった。…台詞を無理やりに教訓として解釈しようとするなら、挨拶の大切さを説こうとしているのかも…しれない…?
机に置いてあった資料を回収しつつ次の扉へ進む。
壁に文字が書いてあった。
『仕事をする準備ができていない?→こちらをお通りください!』
―――そこは、どこか既視感を感じる場所だった。
薄明るい青い照明の光が、降り注いでいる。仄かに光るキノコのオブジェが、淡くそのレンガ造りの床を照らしていた。木製の荷車や廂。それから、部屋の奥、一段高い位置に置かれている、玉座。
見覚えのあるデザインだ。しかしそのサイズは知る物よりだいぶ小さい。目の前のこれは、精々ちょっと大きな人間にぴったりな程度のサイズだ。
『!!Queen Bouncelia Misson!!』
壁に書かれた説明によれば、女王は王冠のためにクリスタルを集めているらしい。8つ集めて褒美をもらおう、というミニゲームだ。
説明の通りに、そこらに散らばった青い宝石を集める。
1、…2、3、4、5、6、…7。
「ぴ」
興味深げにあちこちを見て回っていた雛が、離れた位置でひと声鳴いた。近寄って視線の先を見ると、玉座の裏にスイッチがある。押してみると、開いた棚から宝石が出てきた。8つ目だ。
「ぴよ」
胸を張る様子の雛を思い切り褒める。
えらい!すごい!ありがとう!…、…もみくちゃにされた雛は、くすぐったそうに鳴いた。
全ての宝石を玉座に置くと、もう一つの棚が開く。入っていたのは、紫色のキーカードだ。
―――王冠ではないのだな、となんとなく思って、私は鞄からいつぞやのそれを取り出した。詩人や手品師がいた部屋で貰った王冠だ。どちらかと言うと、あの部屋にあるよりも、この場所にある方がしっくりくると思ったのだが。…移動された?ビターギグルに??
それから、ここは女王のもともとの居場所だったのだろうか。コミュニケーションの訓練部屋と言うからには、このミッションだけなのは…少し不自然な気がする。彼女がこの玉座にいて、従業員と話をする…とか?小さめの玉座からして彼女の大きさも後から変わったのだろうか???
色々と疑問は尽きないが、考え事ばかりもしていられない。先を急ごう。
向かいの部屋…受付のような大きなガラス窓がはめ込まれた小部屋のような場所に、キーカードをかざして入る。奥の棚も、同じくキーカードで開き…中にエレベーターの部品を発見した。早く戻ろう。
―――振り返った先で、扉が閉まる。
ガラスの向こうに居たのは、二色の人型だった。
「まさに飛んで火に入る夏の虫!デスね!」
宮廷道化師―――ビターギグルは、大仰に手を持ち上げた。演説のような語りの声が続く。
「ワタシは待ちました、この時を…とにかく待ちわびました…、…ていうか、アナタちょっとだいぶ遅くなかったですか?なんで一回帰ったんですか?相当待ったんデスけど」
「お待たせしました…?」
危機的状況なのかもしれないが、相手の台詞のコミカルさが勝って間抜けな返事をしてしまった。ガラスを隔てているせいで、気が緩んでいるかもしれない。
「まぁ、いいでしょう。―――だって、これまでの我慢に比べれば1時間か2時間なんてそんなもの待ち時間に入りませんからね!」
舞台役者のように彼は両腕を広げた。
「恐竜にやってもらうつもりでしたが、こーんな簡単な罠にかかるなんて!二度も!あの保安官の新しい相棒が!」
けらけら笑い声が響く。
「この場に相応しいジョークがあるんですが、アナタ方人間には理解できないでショウね」
…すとん、とここで彼の表情は抜け落ちた。
「―――ファミリーは私の生きる意味を否定しました。彼ら、私のジョークで笑うはずなのに」
地を這うような静かな沈み込んだ声。
「陛下がワタシのジョークで笑ってしまえば、袋からアレらが出てきて世界が終わるんデスって。…でも、でも誰が信じるものか!!!」
突然叫んだ彼は、ぐるぐると部屋を歩き回る。
「焦っていました、とても。究極のジョークスターを作らなければ。失敗して失敗して失敗して……ようやく、気が付いた」
不自然な程の高揚をもって、彼は両腕を高く上げた。天井からスポットライトが降り注いでいるかのように。
「ワタシだ!ワタシこそが究極のジョークスター!ワタシ以上の存在を作ることは、ワタシでさえ不可能だ!」
ばつり、とスイッチが切り替わったように、平常の表情と抑揚に戻った彼が続ける。
「アナタがシェリフの注意を引いてくれたおかげでうまく――――…おや?」
一旦落ち着いた彼は周囲に視線を走らせ…その子に気が付いてしまった。
「小鳥がどうしてこんなとこにいるんデス?」
向こうの部屋の壁際。息を殺すように出口に向かっていたピンクのその子は、ひょいとその紫の手で摘み上げられた。
―――制止の声を上げかけて、それは悪手だと唇を噛む。
ピヨ、と雛が小さく高く鳴く。じたばたと逃れようとその足が宙を掻く。
「たった一羽とは珍しい。家族はどうしたんデスか?」
「ピ、」
「それともアナタも仲間外れに?」
「…、…ピヨ」
「可哀想に、ワタシと同じデスか」
「―――ピヨ」
ピタリと藻掻くのをやめた雛が、じっと相手を見る。
「理解されない、期待されない、必要とされない、辛いデスね」
「ピヨ」
「どうです?ひとりならワタシと一緒に来ません?きっと望む役割って奴が果たせると思うんデスけど」
「―――ピヨ!!」
力強い声と共に、雛は勢いよく一度身をよじった。ぱっと紫の手が緩む。
地面に着地した雛は、―――確かに、私と目が合った。
「ぴよ!!!」
出口から走り出すその小さな姿を、安堵と共に見送る。
ビターギグルは…とくに追いかけるつもりはなさそうだ。そうだろうとも、どうにも侮っていた様子。
「あらら、フラれましたね。まぁ、迷子の小鳥ちゃんはおまわりさんにでも任せときマスか」
手をひらひらとふった道化師は私に向き直った。
「どこまで話しましたっけ?究極のジョークスターのくだりはもうやりました?」
私は首を傾げて見せた。
「この場にぴったりな、貴方の素晴らしいジョークの話がまだだったと記憶している」
「そうでしたか!」
ぱっと彼は笑った。
「そんなに聞きたいのなら、お聞かせしまショウ!」
一礼。胸に手を当てた彼は堂々と声を張った。
「籠の中の鳥が必死に囀っています!」
「―――かなりヤ!」
私は力いっぱい拍手した。
いいと思う。炭鉱で危機を察知し真っ先に鳴く鳥であるので、今の閉じ込められて必死な私の状況にもぴったりだ。そうに違いない。
「今のはジョークと言うよりギャグに寄っていて個人的にちょっと納得いってませんが、それでもこれ程の喝采を浴びてしまうとは…」
「こんな素晴らしいジョークスターが何故こんなことを!?」
「ふふ……なんかさっきも言ったような気がしないでもないですが、良いでしょう!そう!ワタシが最高のジョークスター!もちろん女王陛下を笑わせるため!」
「本当に悪い道化師なのか!?」
「まさか、心外デス!ワタシはファミリーを笑顔にしたい!そのために身を滅ぼしてもいいとさえ!」
「な、なんだって…!」
私は下から彼を伺った。舞台の主役を引き立てる、脇役のように大げさに。
「すると貴方は―――世界を滅ぼす悪役ではなく、使命を全うしようと周囲から理解を得られない悲劇の天才…!?」
「ちょっと言い過ぎですね」
すん、と彼は表情が戻った。あっ。
「―――アナタ、時間稼ぎしてますね?」
「ハイ」
私は素直に頷いた。嘘を言っても仕方ない。
「…茶番はもういいでしょう。アナタがシェリフの注意を逸らしてくれたおかげで女王に近づくのは容易です、行かせてもらいマスよ」
「待ってほしい!」
「待ちません、アナタと違って、私は家族を取り戻す手段をよくわかって、」
「サイン!ください!」
「…、…」
キュ、と彼はペンのふたを開け、裏紙にさらさらとサインをして去って行った。
達筆…。
なお、閉じられていた扉は、私が紙とペンを渡す猶予でのみ開いてすぐ閉じられた。だめだったかぁ…。
私は苦労してドローンを操作し、なんとか部屋を脱出した。貰ったサインを鞄に入れて走る。
そこそこ時間稼ぎも粘ったが、どうか雛が無事にシェリフまで先に辿り着いていることを祈ろう…!
―――戻った部屋にはキティサウルスがいなくなっていた。破れたトイレットペーパーが散らばっている。先程まで猫っぽい鳴き声とドタバタと暴れる音、それからビターギグルの苦心した声が聞こえてきていたので、そこそこの足止めにはなったと考えていいだろう。
急げ!
P1:補修された恐竜図鑑が家にある。
雛:自分が何をするべきかわかっている。好奇心は強い方。
猫恐竜:動くものを追っかけるのが好き。友達も好き。
保安官:荒事は自分の担当だと思っている。対大型の罠の設置は複雑で時間が掛かる。
道化師:テンションが乱高下。アクセルとブレーキの効きが現在非常に不安定だがその自覚はない。自分を正義側とも天才とも思っていない。