気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
謁見の間にて道化師らと対峙する。凶行を止めようとするが敵わず。女王は笑い、袋の中身は緩んだ拘束から逃げ出す。保安官と共に崩壊する階層から脱出し、エレベーターで下を目指した。
以下のセクションはチャプター進行上必須でない内容を多分に含む。
もしかして:存在しないイベント
34 Something lost
「―――奴ら…ノーティワンズ共が逃げ出した。上の階で何が起こってるかなんぞ、考えるだけでぞっとするな」
エレベーターが止まる。
「怒り狂った百匹の獣が、何をして気を静めるのかってのを想像してみろ。たった一つだぜ、相棒。お前さんら人間やお前さんの友達…つまり奴らを捕らえていた者を手あたり次第に仕留め始めるだろうな」
…別件で激怒している相手が全力で殺しにかかってくるってこと…。逃げの一手だな…。
「易しく言う気はねぇ、はっきりさせとくぜ相棒。―――ドでかいヤマだ。ここに長くは居られない。よく消化するための奴らの鋭い歯で、あえて丸呑みされたくなけりゃあな」
「その、『奴ら』というのは、人を食べれるのか…」
「できるかできないかで言ったら、できる。まぁ、食事じゃねぇぜ、狩りだ」
危機的状況をようやっとある程度把握した。放心している場合ではない。急いでエレベーターを降りて周囲を調べることにする。シェリフがさっきから無駄なくテキパキ動いているので、ひしひしとヤバさを感じずにいられない。
スティンガーフリンをエレベーターから降ろしたシェリフは、そのまま流れるようにリモコンを手にし、ドローンを操作した。ドアの開閉パネルが反応するようになる。
駆け寄って、私は机上で見つけた白いキーカードを使った。シェリフが頷く。
「―――調子が戻って来たか、相棒?割と緊急事態だ、頼んだぜ」
扉が開くと同時。暗闇の中から音が聞こえた。
くすくす きゃらきゃら
けらけら けたけた
ははは
それは甲高い動物の鳴き声のような。あるいは、子どもの笑い声のような。
無邪気なようでいて、楽しそうなようでいて、―――しかしどこか悪意を孕んだような。
忍び笑い。含み笑い。
背筋を走る悪寒に、私はそっとシェリフを見た。彼は、眉間に皺を寄せてただ言った。
「―――俺に着いてこい。隠れ家を知っている」
あんまり離れるなよ、と言う彼の後ろをとにかく進む。
「綺麗とは言い難いが、少なくとも誰もいない。そこを拠点としよう」
暗い道を小走りで歩く。壁際に立つ街灯が、わずかにその足元を照らしている。ぽつぽつと灯る明かりを伝うように、シェリフは進む。……暗くて良く見えないが、相当な広さの部屋だ。遙か遠くに何かのスイッチのような光が―――――
ぱっと、突然全ての明かりが消えた。
「ッ!来い!暗闇は奴らの領域だ、長く居るな!あっちの明かりに向って走れ!!!」
…ホラーだ!ちゃんとホラー展開だ!!!
何かが暗闇で蠢く気配を感じつつ、私は全力疾走した。
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ぜいぜい言いつつ、私は明かりの復旧した場所に居た。電気のブレーカー装置のような場所からシェリフが戻ってくる。
「よし、これでひとまず安全だろう。…お互いどこも齧り取られてないな、上々だ」
そんなに血気盛んなのかお相手は…。かつてないほどの危険度らしき相手にげんなりしつつ、照らされた周囲一帯を見やる。
そこは…ちょっとした広場だった。雲が描かれた黄色の壁紙、緑の床。中央にアスファルトの道路が一本引かれ、その両脇に背の高い木々が植わっている。ところどころに茂みが配置され、そして片側の壁際には小屋があった。…田舎道のはずれといった印象だ…。
「ここは…」
「―――懐かしい場所だ」
ぽつり、と保安官がこぼす。
「お前と同じ…いや、そうだな。この施設の人間の奴等に捨てられた後。ここは俺がしばらく身を寄せていた場所だ」
シェリフは黒いアスファルトの道をゆっくり進んでいく。
「孤独で凍える夜をここで過ごした。願わくば、忘れ去りたい記憶だ」
その横顔に浮かぶ感情は…うまく読み取れない…。
「俺はその後女王やビターギグル、それから何名かの奴等に発見されて…それで、何もかも良くなると信じ切るほど愚かだったよ。―――またここに戻ってきた、これで振り出しだな」
アスファルトの道の先。たどり着いたのは、巨大な扉だ。
「―――前にもちらっと話したが、女王の王笏を探す必要がある。ノーティワンズ共を閉じ込め直して封印する、唯一の手段だ。…以前、俺たちは王笏を誰の手も届かない場所に保管した。二度と使わないことを願ってな。それが、この扉の奥だ」
ハートの杖が2つ交差したようなマーク。扉の左右にはボタンが2つずつ並んでいる。3つが赤色に点灯しており、1つだけ緑色だ。
「このフロアの各セクターにある4つのスイッチを作動させると、扉が開く。ノーティワンズ共は光を嫌うから、明るい場所にさえ居れば安全だ。まずは周囲を探索するために、明かりの確保が第一だな」
じっと扉を睨んでいた彼は、ここで私に視線を寄越した。
「とりあえず辺りを見てみるか。…相棒、行けるか?」
―――はっとして慌てて頷く。頭を働かせて、貰った情報を整理しようと試みる。…大丈夫、分かりやすく言ってくれたはずだ、私の処理能力の問題である。
「…。質問や意見はあるか?」
口を開きかけて―――いや、と急いで首を横に振る。優先順位がある、大丈夫だ。
「…、…。…OK、使えるものがないか探索だ」
シェリフと別れ、私は部屋を見て回る。
とりあえず携帯できる明かりになりそうなものや、照明の電源が見つかればいいはずだ。何かが落ちていないか、背の高い草むらをかき分けて探す…と、帽子を発見。ソンブレロだ。
…、…明かりにはなりそうもない。バラして火種にはなるか?―――と考えて自分の思考の冷ややかさにはっと気が付く。余裕が無いと、思考が殺伐としていけないな。
私はそれを鞄に綺麗にしまった。拾って使うならせめて丁寧にだ。
小屋の傍の草むらも探す。何かの紙を発見、その場ではやや見えにくかったので、草むらを出て読んでみる。
―――手書きのメモ?いや、誰かの手記だ。
『犯罪者たちが勝利した。
奴等は俺の信用を勝ち得た…共に正義を成すのだと俺に信じさせた…。
ところが結局…奴らは、俺が奴等の基準に達しないと見るや否や、この場所に俺を汚物のように投げ捨ていっただけだった。あの裏切者共は、報いを受けるだろう…。
全ての犯罪者は報いを受ける。
全ての犯罪者は報いを受ける。
全ての犯罪者は報いを受ける。
これより先は、何者にも気を許さない。騙されることはない。
これより先は、他の誰にも権限はない。あるのは俺にだけだ』
―――恨みの言葉だった。そしてそれ以上に怒りと悲しみの声だ、と思った。
シェリフのものだ。
力の入った筆跡から滲み出るような激情に、私はしばし言葉を忘れた。立ち止まって先へ進めない思考は過去を振り返ってぐるぐると回る。
―――『お前たちのような人間に、俺がゴミのように捨てられた後』。
冷ややかな視線と声を思い出した。知った気でいたそれの激しさに動揺する。…本当に理解することなど、できないと分かっていたはずだった。
降って湧いた私という存在は…彼にとってどれほど厭わしかっただろうとふいに思う。それでも私は何度も彼に命を助けられている…、…。
『お前たちのような人間に』
…、…。
「―――何か見つけたか?」
私は飛び上がった。振り向けもせずそのまま固まる。
動かぬ私の前に回って怪訝そうにした保安官は、私の手元をひょいと覗き込んだ。
「…、…あ~…」
シェリフの声。気まずい沈黙。
紙を握りしめる私と彼の目が合う。何か言おうとして思い浮かぶ言葉の何もかもが、自分の否定で打ち消される。
どの立場で何を言うというのだ?私は人間だった。どこまでも部外者でぽっと出の、しかし人間だった。
「…、…あ~~…」
シェリフは、帽子に手をやって、それから…へらりと言った。
「急ぎすぎたな。…、…ちょっと、互いに話をするか…」
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隠れ家だ、と導かれるままに足を踏みいれた小屋の中は、薄暗かった。
彼は慣れた手つきで暗闇を探ると何かを手にする。手元で光が灯る…マッチだ。そのまま明かりは机の上の小皿に移る。
油に浸った芯が燃える微かな火を受けて、ようやっと私の目にも部屋の様子が見えた。
木目が見える床板や壁。簡素な作りの椅子や小さな机。
「ここで寝泊まりしていた。地べたに寝転ぶよりかは、だいぶましな気分になるからな。…まぁ、座れよ」
私は積まれた藁に腰を下ろした。保安官も黙ってその藁に座った。
「―――お前の事情を聞いといて、俺はちゃんと話してなかったな」
シェリフは口火を切った。聞いていいものか、私は身じろぎしたが、別段彼は気負った様子なく続けた。
「前も少しだけ言ったが、俺は…女王に拾われる前、保安官として人間の奴らに仕事を与えられていた。悪を取り締まって正義を成す、それが、奴等と多くの善人のためになると、そう信じていた」
見つめる先の小さな火が揺れる。
「求められていると思った仕事は何でもやった。守るべき善のために、卑劣な悪を捕まえた。二度と起こりえないように…徹底的に」
彼は小さく息を吐いて、私の握りしめる紙を指さした。
「―――で、ゴミみたいに捨てられた」
その瞳の中で、ランプの炎がゆらゆらと揺れている。
「今だって、許してなるものかと思っている。奴らの判断は、間違っている―――間違っているのは奴等の方だ。俺は失敗じゃない」
…そうだよな、と思う。誰だって自分を無価値だと判じた相手を認めたくなどないだろう。その烙印は、人生を賭けてだって覆したい結論だろう。
「ま、そんな事情があって、その紙きれだ。別にお前さんが見てどうこう思うもんでもないぜ、気にすんな」
気にするな、と―――それに甘えていいのか?
ここで、ああよかったと、彼にとって私は怒りの対象ではないと胸をなでおろして、それで終わりにしていいのか。何も知らないような顔をして、またちょっと前の同じ関係に戻っていいのだろうか。我々の間に横たわった境界線を、知っているのに見ないままに。相棒、と呼ばれて返事をする私は…一体どんな顔だ?
違う、と思った。
「…私、人間だ」
「あ?いやそうだろうな。そうじゃないって言われたら流石にひっくりカエルぜ」
私は苦い心地で続けた。
「貴方に…何度も命を救われた。でも、でも人間だ…貴方が許せないと言うその人達と、変わらない…」
「…、…」
「貴方に良くして貰う権利は…きっとない…知っての通り、自分のものなんて何にも持ってない…恩を返せるようなものは…私には何も…」
彼の受けた痛みを思うが、謝罪を言うには立場が違う。感謝を言うには貰いすぎていて空々しい。
ぐちゃぐちゃの心で私は言葉を絞った。
「貴方にどんな顔を向けていいか、わからない…」
沈黙。
シェリフは…ちょっと顎に手をやって、首をかしげて、そして、ふいに―――にやと笑った。
「なるほどな?」
―――すい、とその指が私を差す。
「お前さん、気にしいってレベルじゃねえな。人間全部を背負ってるつもりか?責任感が強いなんてのは聞こえはいいが、過ぎれば越権の余計なお世話だ。―――なぁ、自分一人がなんとかしなきゃって思ってるだろ?」
ぱっと私は視線を上げた。揶揄うような目がこちらを見ている。えっ。
「どっかで、自分はどこにいても結局はひとりだと思ってるだろ?」
「え…」
「よほどの理由がなきゃ誰かに助けてもらえるはずがないって思ってるだろ?」
「え、な」
「自分の証明を自分でするしかない。なにか心細い。自分がここに居て良いか不安だ」
「…、…」
怒涛の勢いに、私はぽかんと口を開けたまま固まった。いやその通りかもだけども滅多刺しだ…。
「何かが、できるはずなんだと―――自分の役割に、必死だ」
シェリフは笑った。揶揄うようでいて、しかし苦笑に似た笑みだった。
それは目の前の人間を笑うものではない気がした。
私は彼を見つめた。
…、…。
「…貴方も、」
「おう」
…ひとりだと思った時。寄る辺が無いと、どこかで感じた時。
「―――自分への失望って…、怖、い?」
「足元が見えない闇にいるように」
「そう、だね」
同じだ。
我々は互いの傷を察した。どこまでも遠くて異なる互いの、似ているかもしれない傷を、わかりっこないままに。生き物としての形は違っても。
何かを失って、足元を懸命に固めようとしていた、ひとりぼっち同士だった。
「帰る家がわからないってのは…まぁ、そういう気分だよな。お前さん、あれだな、あれ、…。…ホームシック?」
なんかそういわれるとちょっと複雑だな…もう少しニュアンスがどうにか…。
「まぁ、お前さんならどこにいてもそれなりに居場所ってやつが見つかりそうな気もするが。ほら、俺に王国の守り手って場所があったように、優秀さを示せば拾ってもらえるだろ」
「…優秀…、……。ああは言われたけど私は…貴方を頼っているよ」
「ん?そいつはまぁ、光栄だ」
「仕事ができる優秀な保安官だからだけじゃなくて、こうやって、隣で話をしてくれるから」
「…うん???」
「気を悪くしないでほしいんだけど、仕事でミスが多くてもきっと信じて頼ったよ」
「…、…お前さん、さては相当の寂しがりか?」
いや伝わってないなこれ?
「私の話をちゃんと聞いてくれた」
「…、…。隣で。…いや、そうか?お前さんが横に寄って来るのが先じゃねぇかな、俺はそれがちっと危ねぇなぁと思って見てたが」
シェリフは考えるように腕を組んだ。
「傷がねぇ奴なんか滅多にいない。誰かれ構わず見かけるままに親身にしてたら…利用されるぞ」
「…??私に親切にしてる貴方は一体どうなんだシェリフ」
「見境なしじゃないぞ、物差しがある。正しいか、理屈が通ってるか。助ける奴はそれで決めてる」
…そういうことは考えたことがなかったな…。
「詐欺られる奴を助けるのも俺の役目か。まぁ、お前さんも隣に座る奴は選べよ」
「…気を付ける」
私は頷いた。
「―――よし、気分を変えて改めて聞くぜ、言いたいことや聞きたいことはあるか?」
私は挙手した。シェリフが笑う。
…会話によって気持ちが整理されて気力が湧いてきたからこそだが、我ながら単純が過ぎるな…。
「シェリフは雛を見た?」
「―――見えた。あいつはよくやったさ。…あのデカさと強さじゃノーティワンズ共も蹴散らせるだろう。わざわざ噛みつきに行くとも思えねぇ。心配すんな」
そっか…。比喩じゃなくあっという間に逞しくなったもんな…。
今考えると、私じゃ守り切れない云々とか烏滸がましかったかもしれない。…いやいや、どんな傑物にだって幼い時分はある。心身が守られてしかるべき時はあるのだ。貴重な時間を一緒に居させてもらったと思っておこう。
「女王陛下がどうなるかわかる?」
「楽観視はできない。悪戯に希望はやれない。…正確には『どうなったかわからない』というべきだが、助けに行ける状況ではないのは確かだ」
…、…確かな死亡ではないのだな、と冷静にそれを受け取る。
私は以前見たホワイトボードを思い出した。さっきまでは思い至らなかったが、ジバニウムの締め付け効果に関して書かれた文字を。
『逃走時 管理者生存の可能性:未知数』
管理者という単語が施設の人間のことか、それとも袋を有する女王のことかは不明ではあるが、ともかく『未知数』だ。
それに寄りかかるのは避けるべきだが、一切の希望を捨てるのにはまだ早い。
「もう一度確認しとこう。俺たちのやるべきことはこうだ」
シェリフは指を伸ばした。
「目標はノーティワンズ共を王笏を使って封印しなおすこと。安全な探索の為にまず明かりを見つけ、その後各セクターを進んでスイッチを押してくる。すると、王笏の部屋の扉が開く。…ついてきてるか?」
「問題ない」
「よし。逃げた国民の安全確保もしたいところだ。見つけ次第ここに連れてくるようにしよう」
「了解」
私は机上の小皿に油が張ったそれ…ランプを見た。まぁ、これだと持ち運びもし辛いしな…。マッチと油があるなら、最悪でも松明もどきくらいは作れそうだが、ひとまず周囲の探索が先だろう。一応、シェリフに言ってマッチだけ拝借することにした。
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改めて明かり探しに取り組む。
周囲を見回して、小屋とは反対の壁に張り付くような部屋っぽい空間を発見…したはいいが、そこへたどり着くにはなかなかの困難を極めた。壁から生えたパイプを伝って進めばなんとか辿り着けそうな気がするが、絶妙な配置でさっきから滑り落ちてばかりいる。
何度目かの落下をした私を見てか、声が掛かった。
「苦戦してるな?」
「…シェリフ、こういうの得意だったり…」
「いや、俺の図体じゃ乗れねぇな」
「…壁のぼりができたりは…」
「ヤモリじゃねぇんだぞ無茶言うな」
そうなんだ…じゃあ集会部屋の彼の絵の扉ってなんだったんだ…飛び降りる用…?
「成果が見込めないなら諦めるのも手だな」
「いや、もう少しやってみる」
どう考えても…ゲーム的に…あそこに何かあるだろう。
リュックの軽量化をし始めた私を見て、シェリフはやや考えた様子で口を開いた。
「この辺は粗方見終わったから、俺はちっと足を伸ばして探してくる」
「わかっ―――えっ明かりはいいのか」
「俺はまぁ多少の自衛手段はある。そこまで遠くは行けんが。…気を付けて登れよ?」
…、…。早いとこクリアしないと仕事がなくなりそうだ…。私は気合を入れなおしてパイプに足をかけた。
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幾らか掛かったが、無事…無事?謎の空間にたどり着いた。異様に暗い…。
床板や壁は多分木製だ。こんな高い場所に何を目的として設置されていたかは不明だが、一応雰囲気は…小屋っぽい…?
…と進む数歩先で何かが見えた。
暗闇に照らされた小型のテーブル。その上に何か機械がある…。
周囲を見回し慎重に近づく。
手に取って眺めるが、電球がいくつか集まったこれはライト…―――。
ふいに。
まるで唐突に、自分の身体が動かなくなる。
驚愕と混乱に声を上げようとして、それさえできないことに気が付く。視界の端で何かが動く。―――違う、近づいて、来る。
黒い何か。
ヒト型のその頭部はしかし人ではない。わずか青み掛かった全身が黒いそれが、一歩、また一歩とこちらに歩み寄ってきている。ぎしり、ぎしりと床が鳴る音を聞く。
小指の先も動かせない私はただそれを見る。近寄る何かの形が徐々に、見えるようになる。
垂れた短い三角の耳。大きな鼻。微笑むような形をした大きな口。
目をそらすこともできずに、ただゆっくりとそれが近づくのを見る。
一歩―――また一歩。
伸ばされた黒い手が、私に、掛かる――――
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私は暗い小部屋にいた。床板や壁は多分木製。目の前には小型のテーブル…の上に乗った、一冊の本。
…、…。おや…?
あれ?一回死んだ…気がしたのでてっきり巻き戻ったものだと思ったが。何度見てもテーブルの上にあるものは変わらない。先ほど見たライトっぽい機械ではなく、一冊の本だ…。周囲を見回しても先ほどの黒い何者かはいない…。
…誰もいない、とシェリフは言っていた、はずだ。状況から考えても巻き戻っては…いない…。何だろう、白昼夢でも見ていたのか…?
妙な気持ちのままそれをよく見る。スペイン語の英語辞書だ…。…、…スペイン…どっかで見たか聞いたかしたような…と考えて思い出す。航空機のチケットだ。
チケットに記載されていたマドリードはスペインの都市のはず。…この辞書で、逃亡先の言語を勉強していたのだろうか?あるいは、スペイン語を話せるだろうマスコットキャラクターとの会話のため…?この場所まで異様に来るのが困難だったのは、人目に付きにくくする目的が…?小部屋に置かれた2つの椅子を見る…手紙の2人組が使ったのだろうか…。
そういや、上の階で拾った手記っぽいものを読み忘れていたと気が付く。今のうちに読んでおこう。
『やぁ。
私はこのコミュニケーション方法が好きになり始めているよ。
お互いに怪しまれず、プライベートで私たちがやりたいことを話すのは難しい。そして怪しい者がこの施設でどうなるかは、知っての通りだ。
時々ここのフロアにメッセージを残さなければいけないのは、どうしても好きになれないな。時折それが必要なことを理解はしているが、誰かに見られているような気がしてならない。
ともかく、現在幼稚園に在籍している全ての子ども達のデータを集め、君の机に置いた。私は、自分が希望する遺伝子情報提供者に印をつけておいたので、君もシートに同じようにしてほしい。
その後、二人とも印をつけていない子どもを除外し、残った少数の中から次の段階へ進める子どもを選ぶ』
…、…。
以前にも見た資料から考えるに…、…幼稚園に通う子ども達の中から、遺伝子提供者を選び、好みのマスコットキャラクターを作ってその子と一緒に海外に高飛びしようと、して、いた…???
…、…この予想、間違っててくれないかな…。間違ってないんだとしても、どうかそのマスコットキャラクターが遺伝子提供した子の記憶を引き継いでいませんように…。スティンガーフリンとかシェリフみたいに、確固たる自己がありますように…。
グルグル回りそうなその思考を無理やり途中で引きはがし、目の前に集中することにする。ライト、そう、今必要なのは明かりだ。
スイッチで開いた棚から、先ほどのライトを見つける。良く眺めるとどうやらドローンに取り付けることができそうだ。光らせるとかなり明るいし光の色も強さも変えられる、便利!
奥にも扉付きの棚があったが、こちらは手持ちのキーカードでは開かない様子。ライトの色を見るに、黄緑っぽいキーカードが必要かもしれない。よく覚えておこう。
戻るために部屋から顔を出すと、下にシェリフがいるのが見えた。向こうもこちらに気が付いて目が合う。声が掛かる。
「成果はあったか?」
あった!と私は両手でそれを掲げた。
「ドローンのライトを見つけた!」
―――そうか、と見上げたシェリフが目を細める。
私は慌ててライトの光量を下げた。
一拍あけて、なぜか彼はちょっと笑ったようだった。
P1:ここがアメリカ大陸だとしても、同じ地球には自分の家がないだろうと考えている。帰り方はやはりよくわかっていない。役割を貰うと張り切りだす性分。
信用失墜の前にわざわざ高度を上げる愚行を犯すな。
保安官:人間というカテゴリを少しだけ分化した。悉くを敵と憎める程、それは悪でもなかった様子。正しさが自他の価値評価の基準であり、失敗や間違えに厳格。相棒と呼ぶ人間の掲げる理念は、彼を支える正義の概念ととある点で相性が悪いが、今の所双方それに気が付いていない。
黒い忍び足の:ゆっくり近寄った。そうっとそうっと。驚かさないように、泣かせないように、ゆっくり。
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再開。