気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
イントロダクションセクターにて1か所目の王笏の間のスイッチを押すことに成功。隠れ家に戻るが、立場の違いから保安官と衝突。決別を言い渡されるも、敵の襲撃を受け、場は混乱する。保安官は攫われた先生を追い、道化師とともに処遇は有耶無耶となった。
我々は、王笏の間の扉の前にいた。…他にどこにも行けはしないので。
すぐそばの石に座っていたスティンガーフリン――シェリフが運んだのだろう――がその一つ目で我々を見た。
「…なるほど、お前たちか…。破壊のコンビだな。全てお前たちが引き起こしたということで相違があるか?」
忌憚のないご感想だ…。真摯に受け止めよう。
「―――ワタシが全部悪いんです…」
ビターギグルが地面につぶやく。…いや、と私は首を振った。
「貴方だけの責任じゃない…謝ればきっと、なんて軽々しく言って申し訳なかった。…、…ごめん…」
ゆるゆると、ビターギグルは首を横に振った。
「やったのはワタシです。埋め合わせは、します…」
肩を落とす我々を交互に見て…スティンガーフリンが、ビターギグルに向ってゆっくり口を開く。
「お前の名誉挽回を願うものはすでに居ない。それに何の意味がある?」
まさかの追撃。慄く私と反対に、ビターギグルは、ぱっと顔を上げた。
「…ヘェー、どうやって話してるんですか?クラゲって脳がないはずですよね」
まさかの応戦。若干怒った様子のビターギグルがフリンを見る。が、彼は落ち着いたものだ。
「その私より自分に脳があるとどうやって証明できる?」
今度こそカチンときた表情のビターギグルがクルリと背を向けた。
「…こんなとこに居ないで次のスイッチを押しに行った方がよほど有益ですね!お先に失礼!!」
―――ずんずんと、彼は止める間もなく歩いていく。暗いから一人で行かない方が…と言った私の声は全く届かなかった。…、…怒ってはいるけど、さっきよりよっぽど背は伸びている…。
私は、それを見送るスティンガーフリンを見やった。気だるげな彼はため息交じりに告げる。
「…怒りは、ある種の強い活力だ」
「…、そのようですね?」
そして目の前の彼は、その活用法をご存知だ。怒りに方向を持たせ、他のことを忘れさせ、進ませた。
大きな一つ目は、ゆっくりと私を向いた。
「お前の方は、また誰かを怒らせたようだな」
おっしゃる通りです。間違いなくその一人の彼に頷いて、項垂れる。
「己のせいだと自覚はあるか?」
「―――はい」
私は…良く振り返って考えて続けた。
「…きっと大丈夫だと甘えで行動して、――そして、それは相手にとって許せることじゃなかった」
…、…私の行為は、彼の正しさの物差しから飛び出したのだ。共に行動するうえで重要だった合意の形成を、私は怠った。
「もっと先に、話をして、話を聞けば、違ったかもしれません…」
保安官にとってみれば突然の裏切りだったろう。うん、やっぱり報連相、大事…。そうすれば、決別は避けられたかも…。
私は激怒したシェリフを思い出す。めちゃくちゃ怒ってたので、たぶん、つまり、めちゃくちゃ傷つけたのだと…思う…。せっかくおんなじ仲間だと思ってくれてたっぽかったのに、私は命の恩人に手酷い裏切りをしたわけだ…最低…。
「……純粋に疑問なのだが、何故最短に目をくれず寄り道を享受し、必須でない労働に身を捧げている?」
「…、…えーっと」
「…、…。努力の甲斐がないことをどうしてするんだ、と聞いているんだ」
そんな可哀想なものを見る目で…。気のせいじゃなければ言葉選びが若干易しくなったな…。
「甲斐がないかはずっと先まで分からないので、やれる事はやっておきたいと、言いますか…」
「手を出さない方がうまく行くこともある―――ただ闇雲に行動に移すのみを、尽力とは言わない。何かを選ぶことは、何かを選ばないことだ。積極的に誰かの味方になることは誰かの積極的な敵になり得る。お前が道化師の手を取り保安官の手を離したようにな」
別にどっちかを選んだつもりはないが!?
「『何もしない事』とて、『やれる事』だろうに」
選択しないという、選択肢…?目から鱗だな。…いや、しかし、
「だから、『進むな』と、やはりおっしゃいます…?」
「私にはもう、そうさせる力はない。最善策は過去となった。…とはいえそのたった2本の手で何を掴むかはよく考えることだな」
相も変わらず迂遠な物言いだ…、…。つまり…、
「私が片手ずつ掴んで手を放さなければ…両方、」
「違う」
食い気味に否定が入った。―――わかっていますとも。私は苦笑する。
しかしスティンガーフリンは苦々しくこちらを説得する調子で続けた。
「真っ二つになりたい訳ではあるまい。…二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉を…知っているな?」
「一石二鳥の対義語ですね」
「……、……。…煩わしいものを思い出した…。私はもう少し休むことにしよう…。」
物凄く疲れた様子でスティンガーフリンが横を向く。
…、…。
なんとなく思っていたことだが、もしかしたら彼は結構…こう…絶妙に親切なのではなかろうか。何かしらの思惑は有るのだろうが、結果的に彼は私に語り掛け、話を聞き、返答をして何かを教えようとしている。…完全無視できるにも関わらず、だ。なんだかんだ言いつつ、世話焼きなのかもしれないな…。不思議なことに、話している途中から少し元気が出てきた。
彼に言ったら絶対怒らせるだろうことを考えながら、私はお礼を告げて、スイッチ探しに行くことにした。
目を覆いたくなるような失敗があっても、やるべきことは変わっていない。シェリフに決別を言い渡されたものの、『ノーティワンズを抑え込むために王笏を手にする』という大きな目的は彼と一緒のはずだ…。つまり今後出会う可能性は高いだろう。今度こそ本気で合わせる顔がないが、それはそれとして誠心誠意謝意は伝えるべきだな…。
…考えながら進もう。考え続けて、より良い答えを見つけよう。
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暗闇をドローンで照らしつつ、足元の矢印を辿ってポテンシャルセクターへと向かう。
入ってすぐ見えたものに、私の歩みは思考と共に停止した。
セクターは構造的に下層と繋がっているらしく、通路の左右に吹き抜けが存在した。で、その吹き抜け部分に一本の棒が掛かっているという謎設計なのだが、さらに謎なことに、その上に誰かが立っていた。
足が乗るギリギリの幅の細い棒の上に、立つ人物が、2名…2名?よく見ると、向かい合うベージュ色とライトグリーン色の彼らは、それぞれ片足ずつの状態で棒の上に立っている。―――いや、半身ずつなのだ、と気が付く。右半分と、左半分が、それぞれ棒の上に立っている…どういうこと???
姿形を見て、一瞬ビターギグルかと思ったが、色が異なる。で、あれば上階で見た、彼のクローンのような者達のひとりか?
え?じゃあ、彼らも何らかのアーティスト???
軽業の曲芸でもやるのか…?と凝視する私の前で、向かい合った彼らの会話が始まる…。
「来てくださいな、一緒に戻るべきですよ」
「んな訳ないでしょ!アナタのジョークはゴミです!」
何が始まったんだ…?漫才?なぜそんな不安定な高所で…??
「アナタ、片足しかないじゃないですか。誰だってアナタが兎みたいに跳ね回ってたらジョークだと思っちゃいますよ。そうならないために、一緒に戻らないと!」
なる…ほど…?彼らは元々ひとつで…今は仲違いして分かれているんだな?
―――え?それぞれに人格があるの?そういう生態なのか彼ら??
「ヘぇー良い視点ですね、ちょっと考えさせてください」
1秒、2秒、考え込むベージュの方が、…突然勢いよくジャンプした!!!
「―――絶対ナシ!!」
叫んで飛び掛かったベージュの彼と、蹴っ飛ばされたライトグリーンの彼はそのまま階下の暗闇に落ちていく。
…、…駆け寄って下を覗き込んでみたが、暗闇で何も見えない…。いや、多分恐らくこれまでのことを考えるに…落下ぐらいでは彼らは無事だと思うが…。
…、…。
…、…え???
極度の混乱で私はそのまま停止した。
何を…見せられたんだ…?
こう、自虐漫才的なやつか?それとも社会風刺的なやつ??それか仲違いした我々の状況を揶揄したブラックジョーク的なやつ??
それにしたって体張り過ぎてない???
内容が高度過ぎてちょっと理解できなかった…。教養が有ったら笑えたのだろうか…。
いや、それでもやっぱり、平地でやった方がいいと思う…。
…、…。
…、…動揺しつつ私は探索を続けることにした…。
進むと、突き当たりと右手側に黄色い扉。これらは横に点灯したパネルがなく開きそうもない。左手側には紫のドアと点灯したパネル。…紫のキーカードを見つければ良いようだ。もう少し周りを見よう。
…、…。吹き抜けに掛かる棒の先に何かを発見―――帽子だ、慎重に回収して振り返った時、吹き抜けから階下の通路が見えた。赤いボタンが、天井に…つまるところ私のいるフロアの床真下に見える。
棒の上からドローンを操作するが、ギリギリ届かない位置だ。…、…。下の階からならば、行けるか?
吹き抜けから下の床を覗き込む…、…。目測…高さ3、4mほど。流石に直接飛び降りたら怪我をするだろうか。建物の構造的には、一度下に降りてもまた戻ってこれそうではある。
…、…。リュックの肩ひもを解いて、吹き抜けに掛かる棒に括り付ける。一瞬くらいなら体重に耐えてくれるか。
えいやっと、リュックにぶら下がりつつ勢いをつけ―――着地!!!
受け身を取って転がったが、普通に痛い。怪我程ではないが、と袖をめくって一応確認するものの、特に目立った負傷はない。精々ちょっとした擦り傷くらいだ。ほっと息を吐く…。
…、違和感に気が付く。あれ、そういや、キティサウルスにふっ飛ばされた時…。
私は自分の服をめくって腕やら足を確認した。恐竜の尾っぽに当たった際、猛烈に痛かったので青あざくらいにはなってて良さそうだが、おや…?
一回死んで巻き戻ってるから…にしても理屈が合わないだろう。巻き戻っていても、それ以前の事実がなかったことにはなっていない。その時点より過去に負ったダメージは清算されないはずでは?
時間再開は、死ぬ直前の段階だとして…当然その時点の身体でリスタートだと思っていたがそうではない…のか?謎に無傷の健康体だとでも?…ご都合主義か?それはそれでありがたいので、甘んじて享受はするが…?
疑問に頭を悩ませつつ、ドローンでスイッチを押していく。ついでに落ちていたビデオも回収。…扉が開かれた先には階段があった。これで元居た階に戻れるだろう。
―――階段の踊り場に、またもビターギグルの似姿を発見する。こちらに背を向けて座り、体を揺らしている、紫とベーシュ色の姿。
彼はなんのアーティストだろうか?私はひょいと彼に近づいて、聞こえた声に耳を澄ませる。
「―――必ず見つけてやります!最高のジョークを!」
声の調子があの玉座の前で聞いた笑いに重なり、私は思わず半歩下がった。
早口の、どこか狂気を孕んだような声は続く。
「足を失ったかもしれませんが、最後には全てに必ず価値はあるはず!ただ、もう片方は絶対に無くさないようにしなくちゃ!」
けらけらと、不安定な笑い声。
「でも覚えておかないと!カンガルーの袋に閉じ込められたなんてジョークは、確実に!もう言わない!」
笑い声とともに、彼はゆらゆらと体を揺らしている。
…、…。
私は彼の足を見た。紫の足があったのだろう、今は空白のその場所を。…、…。
「―――あの、傷を」
見せていただけますか、痛みは、と続くはずの言葉は口から出ることはなかった。ぐるりと振り向いた彼の腕が、勢いよくこちらに伸ばされ、笑い声が、
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「……でも覚えておかないと!カンガルーの袋に閉じ込められたなんてジョークは、確実に!もう言わない!」
…、…。
私は、ゆらゆらと揺れる彼の背を見つめた。
…、…。
…、…ゆっくりと少しずつ、その背に近寄った。
邪魔をしないよう、斜め後ろから傷を覗き見る。ジバニウムの色は見えない。ちぎれたようなその断面も周囲の床も、濡れてはいない。止血のような手当ては、いらない。
…、…。そうっとその横にしゃがむ。静かに、音を立てないように彼を伺い見る…。
深謀遠慮の声が、蘇る。―――『何もしない事とて、やれる事』。
…、…。誰にだって独りで居たいときは、きっとあって。周囲に居る存在が、煩わしい時も、少なくない。――――しゃがんだ恰好のまま、私はしばらくその場所で考えていた。
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決心がついて立ち上がった私は、階段の上下の空間の探索を再開していた。ドローンで照らしつつ隅々まで探索したものの、目ぼしい物は何もない。
こんなに怪しい構造なのに、何もないなんてことあるのか…。
ちょっと首を傾げつつ、とりあえずリュックを回収しにいこうと扉を開ける。
扉の先に、見知った赤い姿を見つけて私は声を上げた。
「ウスマン!」
無事だったのか!よかった、と近寄る私に、彼は目を向けた。
「―――やぁ。君も逃げ延びたんだね、よかったよ。…それから、これ、ありがとう」
差し出されたのは、彼に貸していた上着だ。受け取って鞄にしまう。
「怪我は平気?」
「うん、大丈夫だ。それよりも問題は、この騒ぎだね。封じ込めを回避するケースは以前もあったが、これほどの事態はなかったな……えっと、何故そこで挙手を?」
右手を上げて発言権を待っていた私は、許可を得て恐る恐る口を開いた。
「あの、貴方におそらく報告しなければならないことがかなりいくつかあって」
「なんだい」
報連相の重要さはすでに痛感しているが、もう事後だ…でもやらないよりはマシだろう。
「個人的にこう、私と貴方の目的を加味しつつ…事態をより良くするために色々考えて動こうとはしていたんだけれど、あの…」
「うん」
「…、…あの、あんまりうまく…いってない…」
「ええと」
ウスマンは、ちょっと困った顔をした。
「君が生きてここに来ているという点で、僕としては結構うまくいっているんだが」
私は、かなり気まずい気持ちで詳細を告白した。
王国で、ビターギグルを止められなかったこと。女王陛下を助けられなかったこと。オピラチックはジバニウム缶に落ちて巨大化し、行方が分からないこと。ノーティワンズ達が逃げ出して、シェリフと共にこの階に逃げてきたこと。王笏の力を使ってノーティワンズ達を封印し直すため、王笏のある部屋を開けるスイッチを探していること。
「…今まで出会った他のひとも、行方がわからない。…先生には一度会えたけれど、彼らに攫われて…シェリフは私に怒って行ってしまった…」
「君は今ひとりなのか」
「そう。2つ目のスイッチを探している」
「…、…」
―――ひょい、と彼は私の前でやや屈んで手を取った。
「どうあっても、僕は君と一緒に行くよ」
なんていい人なんだ…。それじゃあ…、
「ありがとう…貴方を見込んで聞きたいんだけれど、松葉杖かそれの代わりになりそうな物の場所って知ってる…?」
「…、…」
ウスマンは微妙な顔をして姿勢を戻した。…なんか…ガチャポンでよくわからんシークレットが出てきた時みたいな顔だ…。狙ってたやつと違うんだけどでもレアだな…でもやっぱ違うのが出てほしかったな…みたいな…。心なしかパーティーハットのひらひらも若干下を向いているように思える。
「…、…心当たりはなくはないけれど、理由を聞いてもいいかい」
「えっと、片足を負傷してるひとを見かけたんだ」
あの場では何もせず、声を掛けないという選択をした訳だが。…彼が顔を上げた時に、近くにあったらいいかもしれない、と思ったものがそれだった。
「…この先に進めば、医療器具が置かれた部屋があると思う。そこに行けば何かあるかもしれない」
「ありがとう!そこで探して、またここに戻ってくるよ」
「…、…僕が探して渡しておこうか。君は進むといい」
私は首を横に振った。流石に、個人的な我儘にそこまで付き合わせる訳にはいかない。
「大丈夫」
「…、…。…いや、やっぱり少し待ってくれ」
ちょっと考えた様子のウスマンは、近くの観葉植物に手を伸ばした。
ん?と思う間に、彼はそれを勢いよく引っこ抜く。
「…、…」
べき、と割合重めの音を立てて、枝や葉が取り除かれていく。彼の動作自体は穏やかで、それほど力を入れているようには見えない。丁寧ささえ感じられるというのに、行われているのはTHE・力技である。…短時間で二本の立派な杖が完成した。
「これで事は足りそうかな、どうだろう?」
ど、どうって…、どう…。
「…す、すごいな…ありがとう…」
わぁ…良い感じに脇の下で支えられる枝が残してある…。―――この枝をへし折れる怪力の持ち主に殴られたのか私は…つまりあの時はかなり手加減をしたんだろうな…うん…。
杖をしばらく眺めて、私は鞄を探った。
これじゃなくて、これでもなくて…、…あった。ケーキカット用のナイフを取り出し、それで杖の凸凹した細かい部分を落としていく。
…、…よし!
ナイフを上着にくるんでしまい、私は整った杖を手にウスマンを見た。
「ありがとうウスマン、渡してくるよ。―――どうかした?」
閉じられた鞄と私を交互に見ていた彼は首を振った。
「ああ、うん。僕が渡してこようか?」
「いや、すぐそこだから」
「そうか」
杖を例の色違いの彼の近くにそっと置いて戻ってきても、ウスマンはまだ置かれた鞄を眺めていた。…、…?
「…気になるものが?なにか使う?」
「―――いいや。大丈夫だ」
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ドローンを使ってボタンを押し、開いた扉を進む。
長い…長い階段を上る。遙か遠くに明かりが見えるが、まだまだ辿り着きそうもない。道すがら、私は相手を伺った。
「あの、歩きながらで良いのだけれど、教えて欲しいことがあって」
「なんだい」
「―――貴方は、封じ込めを回避した事例があると言っていた。閉じ込めていた本人…女王陛下がどんな状態になるか、わかる?」
彼は悩む様子なく返答した。
「結論から言うと、分からない。以前の事例と条件があまりにも違うからね。…彼女のポーチの中で圧縮されていた者達が、急激に外へ飛び出そうとするなら、強い力が掛かるだろう、というのは想像に難くないな。だから、間違いなく、ダメージはある」
…。施設の職員だった記憶をもつ彼も、これまでの情報と矛盾ない見解のようだ。「未知数」の信憑性が増した。
「もう一点、聞いてもいい?」
「どうぞ。僕に答えられることなら」
「ジバニウムの摂取は…成長の効果がある?」
ふむ、と彼は口元に手をやって考えるしぐさをした。
「成長の定義が必要だな、なぜ疑問に思ったんだい」
「大きくなった雛のことが、気になっていて。スティンガーフリンは…身体のサイズが変えられるようだった。でも雛は、ジバニウムに飛び込んで、サイズだけではなく姿そのものが大きく変わったように思える。フリンと雛の違いは何だろうと…」
「…、摂取方法と時間かな。それと知能、精神性の確かさ…。状況を聞いた限りの意見だが。ジバニウムの過剰摂取は、対象の身体と原始的本能を肥大化させる。スティンガーフリンは時間をかけて少しずつ摂取ないし排出することで、自分の姿形を保っている。それから、彼の強い理性によってその本能の手綱を握っているわけだ」
ウスマンは静かに続けた。
「一方の雛はというと、短時間で体の内外からジバニウムを大量に取り込んだだろう。急激な変化が起こってもおかしくはないな。オピラチックは…心身ともに幼いCaceだからね」
なるほど、と私は頷く。理性がその衝動を抑える。精神構造が強固で安定しているほど、原始的本能に抗いやすい。現在までに出会ったひとたちを思い出す。つまり…
「…本人の気質や精神状態が、ジバニウムによって膨らむ原始的本能を、ある程度制御できる可能性がある。原始的本能による行動は…それぞれ個体によって違う、みたい?」
「そうだね。多くの場合、与えられた役割に沿った行動の形で、それは暴走をする。…雛はほかのマスコットと比べてその役割を決められていなかった。あれらはオピラのサブケース、無害でただあるだけのものたちだったから。つまり引き起こされる原始的本能による行動は、特殊な指向性をあまり持たない動物的で単純なものだと思う」
…、…。あの子は、ただ逞しくなっただけではないようだ…。大きく成長した雛の様子が今更ながら心配になってきた。
教えてくれた相手に礼を言う。
「…、僕からもひとつ聞いていいかい」
もちろん、と頷く。
ウスマンは、大した話ではないんだが、と前置きして続けた。
「君は…もしかして、女性のマスコットキャラクターの方が好きかな?」
「…、…」
???…?????
「なんで…?」
「いや、ほら…君、よく彼女たちを心配して気にかけている様子だったからね。バンバリーナに、ナブナリーナ、スロウセリーヌ、女王、それからピンクのオピラチック…」
―――オピラチック、性別がFemaleなのか!?女性というカテゴリにされるとびっくりするな…全然意識していなかった。
「…性別によって特別に好き嫌いはない、と自分では思っているけど…」
「そうか」
しかし、確かに自分の振る舞いを振り返ってみると、彼の疑問も頷けるかも…か?
なんでそんなことを聞いてきたかは気になるが、このままでは誤解を招きそうでもある。私は、一応、簡潔に伝わるよう言葉を選んで説明を試みた。
「ええと、これは好みの話ではなく純粋に弱点の話なんだけど」
「…うん?うん」
真面目な顔で告げる。
「私は―――…特に、年上の女性に弱い」
ウスマンは、一瞬固まったあと…妙に穏やかに、返事をした。
「そうか」
「…、…。弱点の、話だ」
「うん。わかったよ」
念を押す私に、ウスマンは奇妙な微笑みのまま頷いた。黒い瞳には…どこか生暖かい眼差しを、感じる…。
「人それぞれだと思う。いいと思うよ」
「…好みの話じゃないって、言った…!」
遺憾の意。
私は一応もう一度だけ否定をして、口を閉ざした。必死になればなるほどその結論が強固になるのは…わかり切っていたからだ…。その認識は真に遺憾だが、弱点だと伝わっていれば別に大きな問題ではない…それで…いいよ…。
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長い階段を上った先にあったのは、庭のような小部屋だった。
空を思わせる水色の壁紙。床は緑。ヤシの木が何本か聳えている。部屋の四方は整った植木で囲まれている。
周囲を見回しながら進み入ったウスマンが、何かに目を留めた。
視線の先にあるのは…白い沢山のカボブマンの像と、それから同じく白いバンバンの像だ。
「……」
彼は…何かを言いかけたように思えたが、結局その口から言葉は発せられなかった。
私は彼と像とを交互に見た。色以外はそっくりなその造形を。
ウスマンは、ただじっと像を見つめている…。
…、…。
…あえて深く探るものでもないだろう。しばらく様子を見たが、ぼんやりするウスマンは、それから動かない。
…、…そっとしておこう。ウスマンに一言言って、周囲をぐるりと探索することにする。
部屋の隅に小屋のようなものを発見したが、必要そうなキーカードは見つけられなかった。
すぐそばのガーデニングテーブルの上に資料を発見し、読んでみる。
『Case8』の文字。タイプは2で、今までのキャラクターと同じ。更新番号は4だ。ヒトとジバニウムと…おそらくアシダカグモ…の遺伝子情報の混ぜ合わせらしい。呼称は『クモ』。
『Cace8は、とある会議の最中に収容室から逃走した。地下一階のどこかに潜んでいると思われる。
更生チームはこの緊急事態について知らせを受け、また、Cace8のもつ危険性についても同様に知らされている。
全てのスタッフメンバーに、明日の必須訓練会議の通知が行われた。そこでは、Cace8に関する全ての記録と、Cace8と遭遇した際にすべき効果的な反撃法について、読み上げることになっている。
Cace8の逃走中に、確認された2名の命が失われ、また3名が現在行方不明である。
Cace8は捕獲される予定で、これ以上の犠牲が出ることはないだろう。
Cace8は発表の準備ができていない』
恐らく、ナブナブに関する報告書だ…。彼の逃走に関連して死亡事件が起こっている。明記はされていないため、原因がなんらかの偶発的事故である可能性もなくはない…が…彼がぶっ転がしている可能性も、低くは…ない…。
…、…。
友達になろうとしている相手が抱える重量級の事案に、私は遠くを見た。
わかったよナブナブ…それも君の過去だな…。そうと知って君とちゃんと向き合うよ…。
私は報告書を丁寧に鞄にしまった。
気を取り直して小屋の側面にあるスイッチを見つけて黄色のキーカードを使う。―――小屋の扉は開かれないが、どうやらカボブマン像のある場所のライトが光ったように見た。謎解きの時間だ。
改めてよくよくそれらを見ると、なんとなくルールが分かってくる。レール上にいくつも並ぶカボブマンの像を動かしつつ、光るライトの位置までバンバン像を移動させよ、というパズルらしい。よくあるスライドパズルだ。床にはジャンボジョッシュの絵と共に、『エクササイズはジャンボになるための方法のひとつだよ!さぁ、押し始めよう!』の文字があった。
試しに一つ像を押して…いや、結構ちゃんと重い。しばらくぐいぐい押していると、唐突にふっとそれが軽くなる。
顔をあげると赤い手が視界に入った。
「僕が押すよ」
相手の声は、はっきりしている。調子は戻ったらしい。
滅茶苦茶ありがたい申し出に丁寧に礼をいって、我々はパズルを解いていくことにした。
P1:傾聴はするが、相手のいう事を聞いて行動を改めるかは別問題。赤い男には急に嗜好を発表する人間だと思われている。
道化師:怒りによって進んだが、暗闇でやや道に迷っている。
橙のクラゲ:言葉を選び、なんとか人間のやる気を削いで大人しくさせようとした。甲斐がないと察し、脱力してやめた。
橋の上の者達:落下先で取っ組み合いの喧嘩をしている。
階段踊り場の者:しばらくしたら近くに置かれた道具に気が付くだろう。
赤い男:対象に関する有用だと思われる情報を、試行しながら収集中。