気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
赤い男をストレージベイまで送り届けた後、道化師と合流。協力して悪戯者たちの襲撃から身を守りつつ、王笏部屋のスイッチを押すことに成功する。
ストレージベイ。王笏の間への扉のライトは、すでに3つ赤くなっている。
「あと1つのスイッチを押せば、ワタシたちは王笏を手にすることができますよ。つまり、Ohショック!な酷い日常はそれほど長くは続かないと言えるでしょう。このセクションともおさらばです!」
…、…。あ、王笏?
彼はジョークを言った姿勢のまま静止している…。私は頷いた。
「今のは結構、力技だったな…」
「正直な反応ドウモ!!!!」
「こう…状況はハマっている、良いと思う。でも音の重なりが伝わりにくいために、瞬間的な爆発力が…」
「いやいいです解説しないで」
「その点、アンホッピーは芸術的だった」
「誰も笑わなかったでしょ最悪デスよ!」
打てば響くような返しだ。私は、思わず微笑んだ。―――こちらを見た道化師は、意図せず平和的賞にノミネートされた芸人みたいな、形容しがたい表情で唸った。
…この場の空気には重苦しさがない。間違いなく彼のおかげであり、その点彼のジョークは成功している、と思うのだが。
場を明るくする力。私には逆立ちしたってできない芸当だ。
「君達、即興のコンビでも組んだのかい」
近くに居たらしきウスマンの声が掛かる。…すっかり元気そうだ、よかった。
「冗談じゃありませんよ、ツッコミがいません!―――そんなことより、ワタシたちが居ないうちに何か新しいことがありましたか」
別に漫才の話をした訳じゃないんだけどな…と若干納得いってなさそうなウスマンが続けた。
「何も起きなかったよ。…奇妙なことにね」
「―――まぁ、そう思いますよね。同じ意見デス。ダダドゥー卿は良からぬことを企んでると思います」
襲撃がない…居場所は明らかでこっちの動きもわかっているが、泳がされている、ということか?
「ああ、そうだ。ナブナブが現れたよ。これを聞いて喜ぶ人は余り居な…うん…ともかく彼はいつも通り悪戯をしようとしたので、仕方なく檻に入れた」
前半で喜びかけたが、後半で口を大きく開けてしまった。檻!いや、まぁ、襲い掛かられて負傷したウスマンからしたらその対処で間違いない、だろう…。そりゃあそうだよな…。
それから、とウスマンはビターギグルを見た。
「君の大きな猫の友人が、この場所を知ってるみたいにやってきたよ。僕は、そっちにあえて近づこうとは思わないけれどね」
ビターギグルの表情がにわかに輝く。
「本当ですか!会いに行かなきゃ!彼女、ワタシのジョークを分かってくれる数少ないうちの一人なんデス!」
…、…そうなんだ…。やはり彼は誰かにジョークを聞いてもらうのが好きなわけだ。私はあまり声を上げて笑うタイプではないので、観客としては不適だな。すまん。
あと一点非常に気になったのだが。
…キティサウルスってFemale…。
ジバニウムによる彼らの性差については詳しくはないが、そっか…。
「…?ああ、そうだ、君。スティンガーフリンが、君に話したいことがあるようだった。準備ができたら会いに行くといいよ」
わかった…と頷きつつ、気になったことについて一応、聞いてみることにする。
「ウスマンあの、」
「なんだい」
「…ナブナブ、檻から出しちゃダメ…?」
「うんダメだな。…なぜだと思う?」
滅茶苦茶平坦に素早く返答が返ってきた。いや、わかって、ます…。
「…、…。危ないから…」
「そうだね。これは僕らを守るだけじゃない。彼を守ることにも繋がるんだよ。安全になったら開放する。わかってもらえるかな」
反論しようもない完璧な理論だ…。不幸な事故を避けるための一時的措置…。
私は…頷き、檻の前に行って、しゃがんで青い彼に話しかけた。
「ごめん…出してあげられない…」
青い彼は…手持無沙汰に座って床を見ていたが、かすかに視線を上げた。
「ごめんよ、檻の外からなんて説得力ないかもだけど、友達になりたいんだよ、ほんとなんだ…」
ナブナブはこっちを見つつも動かない。いや、ゆっくり瞬きをした。私はままならない状況に呻きつつリュックをあさった。
「絵描くの好き…?ここにクレヨンおいておくよ…こんど、キャッチボールとかしよう…君きっと体動かす系のうまいと思うんだよ…」
ナブナブは…一応並べられたクレヨンを一通り目で追って、それから私を見た。私は、裏紙に青いクレヨンで彼を描く。ナブナブは…やっぱり何度か瞬きをした。
明確な反応はない。クレヨンを、彼が届く位置に戻してしばらく見やる…。ナブナブは別に、クレヨンに手を伸ばさなかった。
…、…。リュックから私は今まで集めた帽子を取り出して並べてみた。
「…すきなの、ある…?」
それらを見つめる彼の瞬きは増えた。が、大きな動きはない。…だめかぁ、と私はのろのろと立ち上がる。そもそも2度フラれている身だ、これ以上は流石に煩わしかろう…。
「またね、ナブナブ…」
手を振って、私はその場を離れた。
次のお相手のもとへ向かう。
「―――スティンガーフリン、あの」
視界に橙色が映る。
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気が付いた時、私は砂浜に居た。
晴れ渡る空。穏やかに揺れる水面は陽光に輝いている。
海、夏の海だ。
「―――え?なんか早…早くありませんでしたか今。速攻でバチっとやりました?」
「お前がする意味のわからない行動を待つ猶予はない」
前方にいるスティンガーフリンがジト目で言う。もう早速不機嫌だ…前途多難…。
「2本しかない腕であちこちに手を出すのをやめないか」
直接的な制止だ。これ以上なくわかりやすい。
「今起きている全ての出来事は、お前によって引き起こされているということを言わねばなるまい。―――そんなはずはないと決して思い込むな。私や女王の計画に介入しなければ、お前は今頃、家の温かいベッドで眠りにつけていた」
そ、そうだろうか…?真実は兎も角、私は彼にとって余計なことをする邪魔者であることには間違いがないだろうな…。
「私は足枷から解放され、お前が傷つけた者達は皆、傷つかずに済んだ」
…、…。
「そして胸に手を当てて考えてみるがいい。私がパイプに繋がれ、ジバニウムを吸引されて小さくなっていなければ。―――元の大きさであれば、我々の窮地を救えたかもしれない」
なるほど、ウスマンの伝言で聞いた「話したいこと」というのはつまり、言ってやらねば気が済まぬこと、ということだな。
……計画を崩されてストレスが溜まっている様子。いや、それもあるかもしれないが、問題解決に自分の力で動けないことに苛立っているのだ。…うん、降って湧いた石ころが取り出せない綿密な電気系統に飛び込んで転がり回ってショートを起こしてたら、キレて然るべき。
「貴方の憤りはごもっともです。私が貴方にとってどれほど迷惑な存在であるかを考えると、謝罪の言葉も見当たりません…」
私は彼を伺った。
「ずっと。貴方は私に、何故と問いかけてくださいましたね。遅すぎる回答かもしれませんが、お伝えしたいことがあります。…実を言うと、ちゃんと、じっくり、お話をしたいと考えていました」
「個人的にはもう話すことは何もないと考えているが」
にべもない。私は呻きつつ食い下がった。
「そこを、なんとか…そうおっしゃらず…」
スティンガーフリンは、大きな…大きなため息をついた。
「今となっては急いても仕方がない。お前の話に付き合うも付き合わないも、変わらないことだ」
「…ええと、つまり」
「好きに話せば良い。皮肉にも時間はある。私には、と頭につくがな」
「…ありがとうございます」
私は話したかったことを思い返した。ここが比較的口が軽くなりやすい場であるということも意識して、言葉を口にする。
「私たちは、自身の主張を伝えあいはしましたが、妥協点を探ろうという試みは、まだしていなかったように思います」
彼は目を眇めた。
「お前の主張は定まっている。『進みたい』とその一点。妥協も何も無かろうに。それとも私が諦めることをそうと言うか?」
いいえ、と私は首を振った。
「私の目的は、決して貴方の目的と相容れぬものではないと、そう確信しています」
スティンガーフリンは…こちらをじっと見ている。少なくとも傾聴の気配を感じ、私は続けた。
「なぜ進むか、とおっしゃいましたね。―――お恥ずかしい限りですが、私は私の状況を、正確に把握できていません。と、いうのも、直前の記憶なく私は突然この施設の上階の一室に立っていました。どうやって帰るかわからず、しかし施設から出ることはできず、結果的に目の前の謎を解いて進んでいます」
「どう考えてもお前の家は地下施設の奥にはない。帰りたいのなら地上を目指すべきだ」
「おっしゃり通りです。地下に我が家がないことは、承知しています。ただ、地上に出たところで私の帰るべき家に辿り着かないこともまた、確かに理解しているのです。なぜ確信できるかと問われると…自信をもって答えることはできませんが…。ただ一つ分かっていることは、私のやらねばならないことはおそらく、『この施設の謎を解き、子どもたちを見つけること』です」
「なぜ」
「…わかりません。そうと決められているだろうとしか…」
「お話にならないな」
スティンガーフリンは視線を横へ向けた。
「驚くほどお前の意思を感じない。誰に何を吹き込まれてここへ来た?いや、その記憶がないと言うわけだ。よくそのあやふやな状態で進んでいるな」
「ごもっともです。以上が私の与えられた状況でした。そして、ここからが、私の意思と目的の話になります」
「…、…」
「たいして意識もしないまま進んでいった先で、多くの方と出会いました。私は…誰かを傷つけたいわけではありません。謎を解き子どもたちを見つけるその道程で、もし誰かが困っているなら力になりたいのです。―――スティンガーフリン、貴方の目的への思いは今も変わっていません。そして、お伝えします。きっと私は、『海へ行きたい』という願いのために、協力できます」
―――彼からすれば、今更なんだという話だろう。だが、この提案は、今しかできない。計画が崩れて彼が手をこまねいているだろう今しか、圧倒的弱者が厚かましくも手伝いを申し出る機会はない。
案の定、盛大に顔をしかめたスティンガーフリンが低い声で言う。
「お前に…お前に何ができる。現状を見るといい。何一つとして好転していない。もっとも容易かつ貢献できる行動が、引き返すことだった。協力したいと言ったか?お前に私の何が分かる?」
「わかりません。きっと貴方の感じた苦しみの半分だって本当には分かれないでしょう。それをそうと知って悲しむしかできません」
ただ、と続けた。
「分かり合えずとも協力することは可能です。…私は人間なので、そして、幸いにもこの施設運営とは全く関係のない第三者なので…少なくとも…貴方が苦しんでいることや施設で起きている事実を、他の人間に伝えることは、しがらみ無しにできます。身元の確かでない、存在自体があやふやな人間ではありますが…使いどころは有るはずです」
「それが可能であるとして。得のないことをなぜする?―――はっきり言おう、気味が悪い。お前の行動原理が理解できない。一体なんだ、なぜそうする?」
「私の気が済むからです」
「他人を助けなければ気が済まないのか?…哀れみか?過ぎた感情移入か、はたまたそうすることで自身の優位性を感じたいのか?―――正しいことをしている、多くの者のためにと、そういう者は平気な顔をして、誰かを下と見て踏みつける。とんだ正義感だ、救世主願望も大概にしておけ」
「偽善とお思いになってください。事実私は全くの思惑無しにこの提案をしているわけではありません。そしてそうと知って貴方は大いに利用してください」
私は彼の目を見つめた。偽りなく、誤魔化しなくありたいと思った。
「気が済む、と言いましたね。…私はよく、想像しようとします。可能性を思わずにはいられません。
「…、…」
「何かできたのではないか、と後から考えることが恐ろしいからです。過去への拘泥を避けたいので事前に可能性を考えます。…それでもよく足を止めて振り返ってしまいますが」
…悔やんでも仕方のないことを、永遠に。
―――それは停滞だ。未来への視点を欠いた反芻は、毒でしかない。そうと考えつつその思考は、走りだしてしまえば止められないのだ。
「行動原理は恐怖、つまるところ自己保身です。私は私を許せなくなるのが怖いのです。私の根はそれなのです。……今でさえ、ふと考えずにはいられません。―――誰が何と言おうと…お前は悪くない、子どもだった、まだ幼かった、できることはやったと。親類が、近隣が、周囲の誰もがそう慰めようと―――私は、あのとき、」
するすると言葉が紡がれる。不思議な感覚。普段であれば決して語ることはないだろう遠くしかし何度も思い返した記憶が、私の口からこぼれていく。
饒舌なこちらを眺めていたフリンの表情は、この瞬間何か、はっとして私を見た。
私の口は止まらない―――
「何かを、」
ぱち、とオレンジの腕先が私の口を塞いだ。
視線が交わる。
沈黙が、落ちる。
静かな声が告げる。
「言わなくて、いい」
…、…。
ええと、と無理やり遮られたことでやや冷静になった私は頷く。…ゆっくり手が離れていく。
「何の話でしたっけ。…ああ、そうだ。私は後味が悪いのが嫌いなので、そういう偽善らしい心理と行動を貴方は大いに利用してください。裏を考えず。…貴方が他者を積極的に傷つけぬ姿勢を続ける限り、私は協力できます」
「…、…」
静かで注意深い瞳が、…伺うようにこちらを見つめている。
…、…私は、あえて口を開いた。
「それとも、使い切る自信がありませんか、先生?」
―――はぁ、とフリンは呆れたような半眼をした。
「慣れん挑発をするな」
よかった。調子は戻っているようだ。変な空気になったっぽかったので心配して発破をかけてしまった。
―――いや、それにしても口が軽くなりすぎている気がする。普段なら絶対しないような気軽さで大変なことを言いそうだ。ちょっと慎重さを取り戻したい。
「申し訳ありません、無礼をお許しください」
「…。お前は、なんというか、」
フリンは、ため息をついた。
「…、…下手糞だな…」
凄く頭良いだろう人からシンプルな罵倒が出てきて傷ついた。
え?今何を下手って言われたの???
「生きるのが…」
「生きるのが…!?」
彼は、何かを手に取った。宙から現れたようにみえるそれは…紙切れ?
「『スティンガーフリンにする提案その1』」
「おわーーーッ!?」
失くしたと思ってたメモが!?彼の手に!?
「お前が鳥に乗っかって走り去った後に落ちていた」
目を凝らしてそれを見る。見え消し線やらマークやらが書かれたそれはまさに、私のメモだ。…文字の書き間違いを塗りつぶした跡まで…。
「…幻覚世界なのにこれ程詳細に再現を…」
「一度見たら覚える」
さらっと言ってるけど凄まじい記憶力だぞ…。…と、いうか、彼は…それを、ちゃんと見てくれたのか、とはたりと見上げる。律儀、というか、その公明正大さには恐れ入るな…瞬時に破り捨てても文句はない。人が良すぎるのではないか…?
「そんなわけでお前の思考はあらかじめ理解していた。どうアプローチするのか今見ていたわけだが」
撤回!!すっげー意地悪!!!
「ついでに言うとこのメモを用意したにも関わらず、『心が騒ぐ』との言い訳が飛び出したとわかって心底驚いている」
…、…反論はしません、自分でもそう思ってるから…。
「お前を見ていると、人間は私が考えるより単純に動く気がしてくる。大いに学んだ、礼を言おう」
「どう、いたしまして…?いや、畳まないでください話を。一応協力するということでよろしいですか?」
「手を組むわけではない。敵対はしないと言っておこう。どの道、今の私に事態を動かす力などないからな」
「…充分です。感謝します」
一度、彼はやれやれとでも言いたげに頭を振って、腕の一本を持ち上げた。
「それはともかくとして、再びお前に見せたいものがある」
…、…。
…?また謎シチュエーションの夢でも見せられるのだと思ったのだが、彼は中途半端に手を上げたまま動かない。
「…スティンガーフリン?」
「――――もう少し」
彼はやや遠くを見てつぶやく。何かを待っている…?
「――――。…、…―――よし、いいだろう」
ぱちん、と橙の腕先から光が爆ぜ、――――――――――
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私は…暗い場所に居た?
雨音が鼓膜を揺らす。街灯がぼんやり灯っている。
なにか…酷く眠い…。
「おはよう、お寝坊さん」
声が掛かった。横へ目を向ける。ベンチへ腰かける赤い彼が居た。間にはキャプテンがちょこんと座って足を揺らしている。
―――ここはどこだ…?
「まだバスを待っているんだ、寝ていて大丈夫だよ」
バス。待っている。…ここは、バス停…?
ぼうっとそれを見つめる。ベンチに座る彼は視線を前に戻した。街灯で照らされたアスファルトは黒く濡れて、表面にいくつも小さな波紋が浮かんでいる。道路の向こう、遠くに、ゾルフィウスの姿が見える。…、…。あんな所に居たら、濡れてしまう…こっちに呼べないだろうか…。
眠い。思考が定まらない…
「なぁ、僕は疲れたな…」
前を向いたまま、ウスマンがつぶやいた。
奥に腰かけるスティンガーが視線を向ける。
「泣き言はやめよう、お前だけではない。―――オピラのように、少し眠っていても良い」
「少し?彼女は何日もずっと眠っているよ…」
彼らと同じように視線を向ける。ウスマンとは反対方向に、オピラが丸くなっていて片足で立っていた。ついで、私の隣にはナブナブが座っていた。こんばんは。ぐらぐらゆれる頭を下げて会釈する。――ひょい、とその青い腕が私の身体をベンチへと戻した。
遠くから、車のヘッドライトが近づいてくる。
「―――バスが来た」
「やっと!」
停車した黄色のバスの扉がゆっくりと開かれる。…スティンガーフリンは静かに首を振った。
「…見送ろう。これではない」
「はあ、やれやれだな!僕ら、なんだってこんなことをしているんだ?」
疲れた声でウスマンが続ける。
「もうビーチには行きたくない、僕はただ帰りたいだけだよ…」
「それはできない。我々はビーチに行かなくては」
バスの扉は閉じられ、ゆっくりと遠ざかっていく。
「―――正直に言おう、目的地にたどり着くことがこれほど難しいとは想定できなかった。…お前の腹立たしい行動が無ければ、現在の苦境には陥っていなかっただろうな」
「本気か、スティンガー?僕の行動か、あるいは君の存在しない運転技術のどっちが原因だろうな?」
けんかはやめよう…。
「君よりオピラの方がよっぽど上手く運転できると思うな、たとえ手がなくてもね」
「また同じことを繰り返したいのか?」
「何を繰り返すって?攻撃的にならなくていい。―――実を言うと、もう僕らはただ家に帰るべき時だと思うんだ」
「ここから帰るための考えが、お前にはあると?」
「いや。でもキャプテンと僕になら間違いなく解決できる。そうだよね、キャプテン」
なんでそんなに自信満々なんだ…?そうなのかキャプテン?
藤色の彼は…座って前を見つめたままノーリアクションだ…。
「―――別のバスが来たな」
辟易した様子のスティンガーフリンが告げる。ヘッドライトが近づく。
「ついでに言うと、自分が座っているベンチより役に立たない相手と喋りたいと思う者は、いないだろうな」
「誰のことだいそれ。君?」
言い争いをよそに、停車した灰色のバスの扉が開かれる。―――ぴょん、とベンチからキャプテンが飛び降りた。とことこと、バスに歩み寄る。このバスなのか?
「戻ってくるといい、このバスも違う」
キャプテンが扉前に辿り着いた途端。暗かった車内ににわかに電灯がつき、キャプテンの姿がバスに吸い込まれた!
「―――攫われた!」
ウスマンが叫ぶが、バスは高速で発車した。あっという間に見えなくなる。
「僕らはどうするスティンガー!?」
「今考えている」
―――何か低い音。弾かれたようにナブナブが声を上げて道路に飛び出す―――間もなく黄色いバスが彼を轢き飛ばした。
「ナブナーブ!?!?」
「ふたり失った…。こんなはずではなかった…追わなければ…」
フリンのつぶやきを、ぼんやりする頭で聞く。考える。たすけなきゃ?追う、どこへ…
―――どこかへ向かおうとするバス。『ここから逃げ出す幸運な生物』。幻覚の中でしか会ったことのないキャプテン。スティンガーフリンの行きたい場所。
「―――あのバスは、ビーチ行では、ない…。スティンガーフリン、…灰色のバス、は、もしやマドリードへ…?」
「君?何か見えたのか?」
「…キャプテンが連れられたバスには、他に誰か…。2人組がみえたり、しました…?」
スティンガーフリンはじっと黙ってこちらを見ている。静かな瞳だ。眠くてグラグラしている私は、しかし、もつれそうになる舌を動かしてなんとかしゃべり続ける。
「これは…この夢はなんですか。過去?それとも貴方の記憶の再現?あるいは、あり得る未来…?そのどれもが混ざり合った、暗示の、ような…?」
スティンガーフリンは答えない。ただ、静かな瞳がこちらを見つめている…。
「―――ねぇ、あの、取り込み中悪いが…あのバスって僕らが乗るやつかい…?」
激しいクラクションが遠くで聞こえる。黄色い車体が前方に見えた。
轟音と共に、迫るライトが視界を真っ白に染めて、
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緑の床。夕焼けの壁紙―――ストレージベイ。
見覚えのある景色だ。
私はくらくらする頭を押さえて起き上がろうとし…。橙の腕が体の上に乗っかっていることに気が付く。
その先へ視線を走らせた向こう、大きな一つ目が私を見下ろしていた。
「―――えっ。お、おはようございます…?」
これはいったい…?と目を瞬くが、フリンは徐々に半眼になって息を吐いた。ゆっくりその触腕がどけられる。
「―――お前、寝相が賑やかだな…」
そんな馬鹿な…ベットから落ちたことなんて今まで一度もないが…!?でもなるほど、彼は寝ている私があちこちぶつからないように、体を押さえてくれていたという訳か…?
…、…いや、だからその……親切だな…。あんなにやらかしてる私に…世話焼き…。
「申し訳ない、ありがとうございます。…ご迷惑をおかけしました…」
―――吐き出された息が返事だった。
スティンガーフリン……私のせいで体中の空気が抜けてしまわないか心配になるくらい、ため息ばかり吐かせている気がする。
…、…取り乱して怒らないなぁ、と私は彼をそっと伺い見る。本当に我慢強く、強靭な理性のひとなのだろう。今の所その懐の広さに多分に許してもらって活動している。
正直、彼に見せられる幻覚について突っ込んで聞きたいところだったが、そうも言えない雰囲気だ。またの機会にしておこう…。
もう一度お礼を言って、私はその場を立ち去った。
「あ、起きたんですねアナタ。あんまり長く寝てるんでバンバ…赤い彼はここに居ませんよ。彼、このキーカードをアナタにって置いていって、先に進みました」
向こうからビターギグルが歩み寄ってくる。白いキーカードを受け取りつつ頷く。
「―――ウスマンのことだね」
「そう、そうです。バンバンって呼ぶと怒って話が通じなくなるんですよ…。まぁ、彼、アナタの前でかなり粘って待ってましたけどね。クラゲの彼と何か言い合って、行っちゃいました。ワタシもその後、あたりを見てまわって、今ストレージベイに戻ってきたところデス」
「…教えてくれてありがとう」
―――近くから、ぎゃお、とも、にゃお、ともつかぬ声が聞こえて私はそちらを見た。
壁際で腰を下ろしていたキティサウルスが、こちらを…と言うよりビダーギグルを見て首をかしげている。
「あぁ、キティ。今戻りました!こっちの人間は、人間、は…、…。ねぇ、アナタとワタシの関係って一体なんでしょうね?」
「仲間?貴方が嫌じゃなかったら…?」
「…エーット、友達です。キティ」
キティサウルスはよくよく見るように、首の角度を何度も変えて私を見た。
…、…。私はしばし考えて口を開いた。
「…以前は、大変、失礼しました。貴女に、その…何度も痛い思いを、させましたよね。お怪我はありませんか」
ぎゃお、と割合穏やかな返答。
「『ないよ』、ですって」
「―――幸い、です。本当にごめんなさい。今は、貴女や彼と敵対するつもりはありません…」
―――にゃご、とキティサウルスは鳴いて、身をかがめた。
大きな頭が近づく…その額が、ぐり、と一度私の身体に押し付けられてそれから離れていった。
く、喰われるかと思った…。けど、どうやら、襲わないでいてくれてるっぽい…?
「『いいよー』『こっちもごめんねー』ですって。良かったですね、キティともこれで友達です!」
そんな気軽い感じなのキティサウルス???
翻訳精度に若干疑問を抱きつつ、彼女を伺う…至って穏やかで元気な感じだ…。機嫌良さそうにしている。こうしてみると、猫にしては横に広い口は、にこーっと大きく笑っているように、見えるな…。恐竜ベースのでっかい口なのかも?
…、…。
私はそわそわした。
命の危機だったためそこまで思考が及ばなかったが。落ち着いて考えてみると、もしかして、キティサウルスって、もしかすると。
遺伝子情報に、恐竜、使われて、たり…?
―――それってとっても、すごくないか?
私はそわそわと、その姿を見つめた。
恐竜!現代に!その遺伝子が!
…い、いや、どうかな、期待し過ぎかな?貴重な恐竜の遺伝子がそのまま使われてるってことは、ない、かも?現存で最も近縁の、太古から姿があまり変わらぬワニとか、爬虫類系の遺伝子が使われていて、器のモデルを獣脚竜にしたのかもしれない。でも、それでも、すごい!!
「…あの、良ければ、貴女と握手しても…?」
にゃご、と返答を貰う。私は、その差し出された前足に触れた。
白い指は、きゅっと私の手を掴む。
にゃお、と、彼女は幅広の大きな口でにこーっとした。
―――コンセプト提案した人!私が間違っていた!でっかくてカッコよくてカワイイ!あなたとも握手だ!!!
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だいぶ元気が出た私は、彼女らと別れを告げそのままテレビの前に居た。
…拾っていたビデオは2つだ。再生する。
1つ目。
灰色の部屋にいるタマタキとキャマタキの映像。おそらく個別の収容室。彼らは…互いに大きく首を振り…バランスを崩したその瞬間に映像は止まった。
最初はあんまり仲が良くなかったのかも…いやいや、突然に意識が2つで体が1つになったら動きに混乱が起こって当然だ。改めて考えるとどちらの頭のどういう命令系統で手足が動いてんだろうか。
2つ目。
収容室の様子。スロウセリーヌが右端に映っている。――――次の瞬間その姿は掻き消えた。画面左端に爆発したような火花と煙が映って、映像が途切れる。
…俯瞰で見てもすさまじい速度が出ているんだな彼女は…。進んだ先に遮蔽物がある場合、彼女はそれに思いっきり突っ込むという事だ…。もしかして彼女の身体が痛いのは…、ジバニウムの副作用ばかりではなくダメージの蓄積だったりしないか…?
ビデオからわかるのは、いずれも彼らが収容されていたときの様子だ。すぐさま何かに直結するような情報ではないが、知っておいてやはり損はないだろう。
私は見た内容を記憶しつつ、次へ進むことにした。
P1:お笑いには疎いが楽しい雰囲気は好き。
道化師:調子は悪くない。メンタルもそこそこ安定している。今のところは。
赤い男:ダメージが回復した。協力者が起きるのをかなり粘って待っていたがクラゲにうまいこと追い払われる。
橙のクラゲ:現在の状況には諦観の念だが人間の真意を確かめるため強めの言葉を使った。石ころ自身からうまいこと使ってくれと言われた。このエンジン付きの自動走行石を…?どう使うか思案中。寝相についてはかなり遠回しに言った。
猫恐竜:友達の友達は、じゃあ友達ね!
見なくていい記憶。
「おかあさん?…いたいの?おくすり?」「もってきたよ。…おかあさん?」‥‥‥「…あ、の、あの、おとなりの、そのおとなりの、おむかいの、れい、です。おかあさん、うごけなくて、それで」…「…たすけて…」‥‥‥「おかあさん、おきない、の?」‥‥‥「…かわいそうに」「がんばったね」「大丈夫だ」―――誰も怒らない。誰も責めない。誰も。‥‥‥たった3つの数。『電話、できればよかったのにね』