気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 ポテンシャルセクターで、赤い男と再会を果たす。彼と協力し、巨大化した元雛の怪鳥を、ほぼ無力化することに成功。引き続き最後の王笏スイッチを探す。



43 Terror

 

 雛を探しに行ってくれたウスマンと別れて、開いた扉の奥へ向かう…。

 …、…。本当のところ自分でも探しに行きたいが、彼の言う通り、現在の状況を考えると役割分担したほうが良いだろう…。

 

 …、…。

 

 さっそく見つけたものの前で、私は立ち止まった。

 

 入った通路の右手奥、見覚えのある王笏マークの描かれたスイッチがあった。が、その前にとある人物が佇んでいる。

 薄紅と藤の2色の人型。ビターギグルの似姿。

 

「―――サァどうぞ。これを押してくださいな…」

 

 ちょっと掠れた囁くような声で、微笑みを浮かべて彼は言った。

 

 …、…おん…。

 別にこれといった明確な理由はないが、妙に怪しい雰囲気に私はやや逡巡した。相手に悪意は…感じないんだけどなんかちょっと尻込みしてしまうな…。

 

「えっと…ではあの…失礼します…?」

「はい。…何も悪いことは起きませんよ…約束します…」

 

 慎重に近づく。微笑む彼の視線は私を追いかける。…私はそうっとそのスイッチのパネルに手を伸ばした。

 

「そうです…そう…」

 

 真横に立つ彼はじぃっとこちらを見つめて微笑んでいる。

 

「そう…そのまま…押してくださいな…」

 

 ―――やりにくすぎるだろ。

 

 私は手を止めて彼を見上げた。目が合うと彼はにこっと笑う。何その…何…?

 

 2度ほど手を引っ込ませた逡巡したのち、私は覚悟を決めてスイッチを作動させた。

 

 ぴこん!と聞きなれた音でスイッチのパネルの色が変わる。

 …、…。

 

 何も…起こらないな…。

 

 私は隣の彼を見上げた。

 

「―――ね?何も悪いことは起きないって言ったでしょう?」

 

 小突いていいかな???

 

「…押すなよ押すなよってやつの逆ジョークだったりします?」

「フフ…―――なんですソレ…?」

 

 マジでわからんて顔をされた。

 知らないんだ…。なんですソレ、はこっちのセリフなんですけど…。

 

 私はこのアーティストの芸がどんなものであるかを考えた…考えたが…良く分からなかった。うーん…???

 

「これはもしかして、他に客がいることで完成するギャグでは…?つまり翻弄される私を笑うという…。いや…それとも何かの…暗喩…???」

「いえ、そんなに深いヤツじゃないですコレ。…、…ここでこんなに立ち止まるなんてちっとも思いませんでした…。ひとしきり憤慨してその後はもう行っていいんですよ…?」

 

 だいぶ気の毒そうな半笑いで芸人は言った。

 

 …、…。

 

「…そっかぁ…」

 

 つまり引っかかった人間の反応を楽しむタイプのおどかしジョーク的な奴だったんだな…?定番のものでも、観客の反応がズレてたら微妙な空気になってしまうな…。

 

 やっぱり私、観客に向いてなさすぎるのでは…?

 

「がっかりさせたのでは…すみません…」

「いえあの…ワタシとしては十分楽しんでますね、とても貴重な反応を得ている気がします」

「……ほんとか」

 

 じゃあ、得るものが何もなくまるっきりダメというわけでもない…か?この場にいる彼が楽しんだなら少なくとも希望があるな。

 

 顔を上げた先で目が合う。

 

 薄紅と藤の彼は、興味深げで愉快そうな顔で笑った。…ので、まぁじゃあ…よし!

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 心持ち元気を取り戻して彼と別れ、長い階段を上る。

 

 辿り着いた先には扉が2つあった。黒と紫。

 私は、ストレージベイで隠されるように置かれていたキーカード…黒いそれを取り出した。こっちを先に見ておこう。

 

 開いた扉の先には会議室のような一室があった。

 机とそれを囲む4つの椅子。壁には見慣れた『BANBAN’s Kindergarten』のロゴ。

 そして、初めて見る、とあるマスコットキャラクターのイラスト。

 Sir.ダダドゥーの名前の下に、セリフの吹き出し。

 

『成熟とは、ヒルの形や大きさが様々であることを知ることだ』

 

 ……。彼の担当する教訓は、多様性への言及だろうか?私はそのイラストをまじまじと見つめた。ネクタイというアイテムを見るに大人の印象だし、彼はその存在によって子どもの成長を促すキャラクターかもしれない。ぐっと親指を立てるイラストの姿は…目の当たりにした実際の彼とは結構印象が異なるな…。本来なら気さくな感じなのか、あるいは施設的にはそうなってほしかったのか…。

 

 机の報告書を発見。Case14の更新番号17だ。

 

『管理者の要請によって、Case4 (現在は下層に永久に移動)、9、14、17 には、悪意ある計画を進めるか、これまで達成したすべての功績を完全に破壊するかを 24 時間以内に決定するよう求められた。計画に最も賛同していると思われるCase18 には、これは知らされていない。

 前者を選択した場合、非常に暴力的な結末になることが仄めかされた。

 管理者の要請により、参加しているすべてのCaseと新たに形成されたSubcaseの殲滅は、その選択肢が経済的に破滅することを考慮して、最終手段として保留されている。

 今後は、Case4、9、14、17、18 が再び望ましくない考えを持たぬよう、遠征隊が 2 週間ごとに派遣される。

 ケースは永久に発表する準備ができていない』

 

 …、…。

 Case自身によるSubcaseの増殖を危険視した施設側は、彼らに進退の選択を迫ったようだ。尚進めば酷いことになるぞ、と脅しをかけて。最も反乱に積極的と思われていたダダドゥー卿のみに知らされなかったその勧告に…彼らはどんな答えを出したのか。―――ダダドゥー卿とノーティワンズの封印は、このタイミングで導き出されたのだろうか。

 

 思案しつつ、横のホワイトボードには気になるものを発見。

文字とイラストで構成されたそれは…『Type1-6』…今までに報告書で出てきた、実験タイプの説明のようだ。

 

 『Type1』…『Gv』と∞の緑のマーク。ドラム缶に刻印されているものと同じだ。ジバニウムそのもの(液体)を指し示すと見てよいだろう。

 

 『Type2』…マスコットキャラクターのシルエットの絵。それらは、ジャンボジョッシュ、バンバン、フィドル、オピラバード、ナブナブの形をしている。報告書にも何度も出ているこれは、マスコットの実験体そのものを指すだろう。

 

 『Type3』…掠れていて読み取れない。何かの3つのイラスト。

 

 『Type4』…同様に掠れていて読み取れない。何かの3つのイラスト…いや、それだと配置が微妙だ。2つかもしれない。

 

 『Type5』…ハートマーク、スピーカーマーク、脳?のイラスト。…報告書で数回出ている。鞄から取り出して確認してみる。Case4シリンジョンの報告書。『Type5のCase13,14,15(またはメカニカルアーム)を』。それから、Case6の更新番号6の報告書。『Type5のCase2の症例に対し新型ジバニウム溶液を』。

 そして、コムスセクター、赤い扉の奥にあったホワイドボードのイラスト。端末の写真を見直す。バンバンとフィドルのシルエットについた2つの○印。喉の部分にスピーカーマーク、Case3の文字。腹部にハートマーク、Case6の文字。

 …、…。これらから考えるに…Type5は、Type2のマスコットキャラに後付けされた何らかの働きをする部位を表している気がする。Type5のCase3が音声機能、Case6が心臓、Case13~15は特殊な腕…というような…。確証はないな…。

 

 『Type6』…8つの滴が中央に矢印を向けているイラスト、それから虹色の二重螺旋構造体。…ジバニウムの締め付けに関する説明で見た絵とジバニウムクロイに関する説明で見た絵だ。いずれも報告書にはType1の…つまりジバニウムそのものに関する実験であると記載があったはずである。ではこのType6の分類はなにを示すのか?ジバニウムそのものではなく、キャラクターそのものではなく、キャラに後付けされた部位のことでもなく…うーん?ジバニウムに関して起こる特殊な現象自体を指しているのか?

 

 憶測のみで結論は出ないが、よく覚えておいて損はないだろう。私は端末に記録しつつ、部屋を後にした。

 

 

 紫の方の扉を開ける。

 

 広がっていたのは…何かの…アスレチックのような場所だった。

 部屋の手前と奥に床がある。その間は床がない代わりに四角い足場がいくつも等間隔に続いていた。足場の下は…床が見えるがそこそこ高さがあるな…。

 足場をジャンプしていって、向こうまでたどり着けばよいのだろうか。しかし、足場には踏むと反応するタイプのスイッチが設置されている。

 とりあえず近くの壁にあったスイッチを押すと…足場の間に設置された障害物が回転し、周囲4マスを順繰りに塞ぐらしい…。

 

 うーん…。私はもう一度足場の下を覗き込んだ。この高さは…落ちても即死はしなさそうだが相当に痛い思いはするし後に響くだろうな…。つまりやみくもにチャレンジするのはやめておくのが吉だ。

 幸いにして、足場の下の床へはここから階段で行ける。下からゴールまでの足場や障害物の様子が見えるというわけだ。

 

 私は紙とペンを取り出した。よし、ルートを考えて一発クリアを目指そう。

 

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 …足場の上でいくらか立ち止まり頭を悩ませることはあったが、痛い思いをすることなく、無事に対岸にたどり着いた。やったぞ。

 近くに落ちていた橙色のキーカードと資料を手にする。

 Case8、更新番号2だ。

 

『手順通り、Case8は通常の特性試験を受けた。Case8が知能スペクトラムで全Case中最低の値を示し、また攻撃スペクトラムで最高の値を示したことは注目すべき結果だ。しかし専門家は、Case8の行動を完全に修正し、施設における最も貴重な試験体の1つにすることができると確信している。

 Caseの遺伝子情報提供元が敏捷性と縄張り意識で知られる種であることを考えると、この非常に忙しい行動は予測されていた。Case8は他の全てのCaseと同様に体全体に一定の痛みを示しており、これもこの行動の一因である可能性がある。

 コンディショニングトレーニングは継続され、平均より時間を要しているものの、Case8の従業員への攻撃は先週から20%減少している。大いに見込みがある。

 Caseは発表の準備ができていない』

 

 …、…。

 ナブナブに関する初期の実験報告書だ。この段階で高い攻撃性や知能スコアの低さが問題視されていたものの、これらは修正可能であると考えられていた…ようだ。報告書内では、訓練によって改善されている旨が記されれている…。この報告書の後に続く更新内容を考えるに、これらは楽観的見方だったのかもしれない。あるいは、何かのきっかけでナブナブにも変化が訪れたのか。

 

 私は報告書を鞄に仕舞った。

 

 

 入手したキーカードで、階段先の扉を開ける…と、そこはセクター入口すぐの部屋だった。

 

 よし、ストレージベイに戻るとしよう。

 

 …、…。

 …、…辺りを一巡して…茂みの下や部屋の角やベンチの下を…見たが、小柄なピンク色の姿は影も形も見当たらなかった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 暗闇から聞こえるノーティワンズの声に時折身を固めつつ、明かりをつたって進む。

 

 …いろんな声で『だだ』とか『だだどぅ』とか言われて妙な気分だ。彼らの鳴き声的なやつか。考えてみると、彼らは多分女王とダダドゥー卿のSubcaseであるから、遺伝子情報的にはヒトとカンガルーとヒル(推定)を有していることになるのだろうか。…3種類より多い可能性があるな…ジバニウムクロイには引っかかってないのか…?それからヒトの遺伝子情報が入ってるけど流暢には喋ってない…意思疎通はどれほど可能なのだろうか…???

 湧きだす答えのない疑問を、今はそんな場合ではないと仕舞いつつ私はストレージベイにたどり着いた。

 

 王笏の間の扉前には、ウスマンとビターギグルがすでに集まっていた。4つのスイッチが、緑に点灯している。入口付近にいるスティンガーフリンに頭を下げてあいさつしつつ、奥へ走る。

 

「―――あ、来ました!おーい」

 

 ぴょん!と飛び跳ねたビターギグルが手を挙げた。どうやら私を待っていたらしい。

 

「やっぱりアナタがスイッチを見つけたんですか。やりましたね!」

 

 駆け寄る私を見て、ウスマンも口を開く

 

「―――やぁ、よくやってくれた。僕の方は…君と入れ違いになるかもと一旦戻ってきたんだ。あたりを探したけれど、オピラチックは見つけられなかった。…すまない」

「…いいえ、ありがとう」

 

 足の速いあの子のことだ。遠くへ行ってしまっていてもおかしくはない。一人で泣いていなければいいが…。

 

 そわり、とこちらを伺い見たビターギグルが殊更明るい声で告げた。

 

「…よく考えたらスイッチは全てアナタが押したのでは?幸運(luck)欠け(lack)なし!デスね!」

 

 おどけた様子でビターギグルが笑う。

 

「ともかくワタシ達は、この恐慌を終わらせられます!」

「―――あぁ、少し待ってくれ。先にやることがある」

 

 ウスマンは歩みを進めて、ナブナブの居る檻に触れた。

 

「もう行って大丈夫だ。君はノーティワンズについては気にしないだろうしね」

 

 檻の扉が開かれた。

 ナブナブは開かれた檻を見つめて瞬きする―――と鉄柵に手をかけジャンプして檻の上に着地した。素早い身のこなしで、青い姿は屋根に上って跳ねると壁を蹴って天井に移りそしてどこかへ去っていく…。

 

 速……。 

 

 一言も発する暇もなく彼を見送ることになった私は、見えなくなった姿に小さく手を振った。また友達にはなれなかったな…。

 ちょっと肩を落としつつ檻の前に並べていたクレヨンやら帽子やらを回収する。

 やっぱり彼が得意そうなのは体を動かす系かな…アクロバットとかパルクールな感じだったもんな…。 

 

 あ、とビターギグルが声を出した。

 

「そういや彼、檻で帽子に手を伸ばして被っていましたよ」

 

 なにそれ詳しく。

 

「アナタがいないときですけど。しばらくじーっと帽子を見てるなーって思ったら、手を伸ばして、檻の中に入れて一個ずつ被ってました。そこに置いてあるのを一通り試して、それから元に戻してましたよ」

 

「…そうなんだ…」

 

 それはかなり…相当…その場で見たかったな…。

 とはいえ、ほんのり彼が楽しんでくれたかもと考えると良いことだ。ちょっとうれしい。

 やや気持ちが持ち上がるのを感じつつ鞄を閉じる。

 

「……君、ナブナブと友達になりたいというのは、本気なんだな…」

 

 物凄く平坦な声でウスマンが言った。本気ってどういうことだ…?言葉でだけだと思われていたのなら心外だな…。

 心底疑問を呈する…しかしなるべく個人的感情を排したという様相のウスマンが口を開く。

 

「なぜ彼と友達になりたいんだ…?」

「なぜ…?えっと仲良くしたいから…?」

「…なぜ仲良くしたいんだ?」

 

 うーん?私は立ち止まってよく考えた。

 

 仲良くないより、仲が良い方がいいと思う。どうしてか?

 傷つけあうのは避けたいから?それもそうかもだが、これは消極的理由だ。もっと、こう…。うーん?

 

 彼と手を取りあえたらと思うのはなぜだろうか。

 

 幻の中で差し出された野菜を思った。

 檻の前に並べた帽子を思った。

 

 それがもたらす結果を思う。攻撃ではなくて。恐怖ではなくて。

 

「―――きっと、互いにとって良いことが起こせると、思う…から」

 

 痛みや悲しみや憎しみではなくて、―――我々はきっと、喜びを与え合うことができる。そうと願う。

 

 …、…。言ってから、これはウスマンにはあまり納得がいかない手の話かもと考えが至る。

 

「…、…えーと、これはナイーブでセンチメンタルな話では決してなくて、とても生産的な話だと思うんだよ。こう、仲良くないとマイナス面が大きくて、仲が良いとつまり…、…とってもお得では…?」

 

「急に下手なセールスみたいな話になったな…」

 

 下手って言われた…。

 少し前にとある相手に言われた言葉を思い出し、私はそちらへ目をやった。―――離れた位置のスティンガーフリンは座っていた場所から何故かずり落ちかけていた。強く目を瞑ってこう…頭痛が痛いみたいな…蛇に足みたいな…目を入れ忘れた龍みたいな…顔をしている…。

 

 周囲の活力を失った空気を感じたのか、ビターギグルが懸命に腕を振った。

 

「いえ、ワタシわかりますよ!つまり、攻撃し合ってたりどっちかが勝ってたり負けたりしてるより、笑いあってた方がハッピーの総量が多いってことですよね!」

 

 私は…彼の両手を握り、力強く頷きながら大きく振った。心の友よ。我々は同じ喜びを分かち合うことができる…。

 

 ごほん、とウスマンが咳払いをした。

 

「すまない。僕の質問のせいで話が逸れたな。僕らのやるべきことをするとしようか」

 

「おっとそうでしたね!ほら、アナタ扉を頼みます!」

 

 私は慌ててキーカードを手にし、王笏の扉の横のパネルに使う。

 

 閉ざされていた扉はゆっくりと開かれた。

 

 

 

 

 紫の煉瓦造りの部屋。浮かぶ雲の模型。王国の様子によく似た部屋が広がっていた。

 壁際のライトに微かに照らされた薄暗い部屋を、ビターギグルは迷いなく進んでいく。

 

「―――こんなに早くこの部屋に戻るとは思いもしませんでした」

 

 彼に続いて私とウスマンは真っ直ぐ伸びた紫の絨毯の上を歩いた。

 

 大砲に守られるような段上の台座にその箱は置かれていた。長方形の木箱は不思議と輝くような光が漏れ出している…。

 

 それを、首をかしげて見たビターギグルが続ける。

 

「…外科医がここで王笏を守っているはずなんですけど…彼、どこにいるんでしょう?」

 

 ―――。私は、ツインズに出会った部屋を思い出した。シリンジョン?彼は、確か…ホワイトボードに…。

 

「彼がノーティワンズに捕まったとは思えませんが…もし捕まってたら全部水の泡ですね」

「まぁ、王笏さえあれば、彼を探せるだろう。……王笏を手に入れるのにスイッチを押せばいいだけというのは、気味が悪いほど単純な仕掛けだな。…本当に押していいのかい?」

 

 わかる。簡単すぎる仕掛けは、罠を疑うよな。同意しかけた瞬間―――天井から降ってきた何者かがそれを連続で押した!!

 

「ダメですよ!ナブナブ!」

 

 ぎょっとしたビターギグルの声に、その青い彼は振り向く。…なんか人の嫌がることは自分がする、という自負を感じるな…あれ?もしかして気味悪がってたから代わりにやってくれたってこと…だったりするか…???

 

 音を立てて、箱が開かれる。

 中から浮かび上がった王笏は、壁の絵と同じ形。―――しかし、その飾りの中央は、空洞だ。

 

「…王笏が…欠けている…」

 

 弱々しいビターギグルの声。

 

「これは…まずいデス…!」

 

 焦りだす彼を後目に、突然ウスマンが顔を上げて背後を振り向いた。

 

 導かれるように私もそちらへ視線を投げる。背後は薄暗い。……いや?何か、動い、て?

 

 

 そこから、闇と同色の姿がゆっくりと現れた。

 

 

「―――なるほど、我が牢獄の鍵はここに保管されていた、という訳か」

 

 低く響く声。

 

「見事な働きだ。全てのスイッチは作動し、堅牢な扉は開き、そして財宝は奪われる準備が整っている」

 

 影が絨毯を一歩ずつ進む。

 

「お前たちの苦労全てを我が物にしてしまうのではないかと恐れているよ」

 

 嗤い。

 

「―――最も、この場でそれが得意な者は私だけではないようだがな」

 

 嘲り、だ。

 

 歩みを止めた彼…ダダドゥー卿は、悠然と笑みを浮かべた。

 

 

「貴様らの過去の行いに対する返礼の1つだと思え。それに、歴史は繰り返すべきではないからな」

 

 

 見つめられて一歩後退したビターギグルが叫んだ。

 

「ワ…ワタシたちに選択肢はありませんでした!彼ら、全員を滅ぼすつもりだったんです!」

 

「お前に選択肢はあった。そして間違った方を選んだ」

 

 低い声が告げる。威圧が増す。

 

「外科医と保安官はどこだ?貴様らの計画に、私が来て王笏を奪うことは予定されていなかったか?」

「わ、わかりません…ほ、ほんとうに知らないんです!」

 

 極度に動揺した様子のビターギグルが震える。―――私は彼の前に体を動かした。目の前の相手から視線を外さず警戒したまま、その手を握る。…震えている。落ち着けたい。

 

「―――教えてやろう。隠れているんだ、貴様らと同じ腰抜けのようにな」

 

 ダダドゥー卿のターゲットはビターギグルから動く様子はない、くそ、ダメか。一瞬私の方を向きかけた気がしたが、明確に目的をもって狙っているらしい。身長差ゆえビターギグルへ注がれる眼差しから彼を完全に覆い隠すことはかなわない。

 

「全員を見つけ出し必ず代償を支払わせる」

 

 重々しい声。憎しみに満ちた声。

 

「王笏は不完全なようだな。欠片の在りかを教えるか、貴様のペットの猫を私が喰らうか、選ばせてやろう」

 

 ビターギグルは、いよいよ激しく動揺した。握った手の震えが酷くなる。状況を打開すべく私は口を開きかけ―――、

 

「―――貴方はそうはしないはずだな」

 

 落ち着き払った声が空気を割った。

 

 はっと、私は背後を見た。王笏の前に立っていたウスマンが、静かに視線をダダドゥー卿から移した。

 それを受けたナブナブが、ぴょんとウスマンの隣に移動する。

 

「―――僕らの間に起こったことは一旦忘れよう。君はいつも僕の友達だったよな」

 

 えっはじめて聞いたな。

 

 しかし何か通じ合うものがあるのか、ナブナブは大人しくウスマンと見つめ合っている…。

 ウスマンは、ナブナブの肩に優しく手を置いた。―――その手にぐっと力が入る。

 

「だけど友達というのはこういう時の為にあるんだと思うんだよ」

 

 ―――流れ変わったか?

 

 ウスマンは片手でがっしりとナブナブの肩をつかんで…反対の手で彼に何かをぶっ刺した!あれは注射器!?

 

 勢いよく中身が入れられ、ナブナブがその場所を押さえる…両手がふさがったのを見計らってウスマンはナブナブを背後に投げ飛ばした!おい!!!!

 

「何してんの!?」

「説明する時間は惜しい!」

 

 ウスマンは私の腕をつかむ。反射的にナブナブに駆け寄ろうとしていた私はしかし力負けして動けなかった。

 

 ――――見つめる先で―――青い姿は、突如変貌する。

 

 瞬きの間にその影は数倍…いや十数倍の大きさに膨れ上がった。鋭い牙は数を増し、姿勢は4つ足に、腹部が後方へ…。

 

 蜘蛛。巨大な、蜘蛛の姿へ変貌した彼は――――ダダドゥー卿へ襲い掛かった。

 

 真っ先に行った不意打ちの突進は、躱される。振り向きざまにダダドゥー卿の拳が入った。ギィ、と鳴き声を上げた蜘蛛が牙の並んだ口で上から噛みつこうとし…ダダドゥー卿の手がその口を掴む。力は僅かな時間拮抗したが、空いていたダダドゥー卿の右手ストレートが容赦なく青い顔面に刺さった。声を上げて後退した蜘蛛をダダドゥー卿が追う。

 

 劣勢!あんなに滅茶苦茶怖くて強そうなのに!!!助けに行こうとした足は、しかし震えてうまく動かない。くも、でっかい、くも――――いや友達の危機に駆け付けられないとかサイテ……――――あ、れ???

 

 激しいデジャブを覚えて、私は呆けた。え、あれ、そういえば、あの時。

 

「走るんだ!!」

 

 力の抜けた私の身体を、ウスマンが引っ張っていく。

 

 目まぐるしい思考の波に、今は考えている場合ではないと頭を切り替えようとする。

 

「ま…まって、助けに、」

 

「行けない、後ろを見てほしい!」

 

 混乱したまま振り返る。黒い姿が追いかけてきている。ノーティワンズだ。

 

 ―――スティンガーフリン、キティサウルス、は……駄目だ、彼らがいた方向からダダドゥー卿は姿を現したのだ。今から何かしようにも遅きが過ぎる。

 もつれる足を動かして、ウスマンを懸命に追う。

 

「―――ウスマン、」

「下の階へ逃げる。時間が稼がれているうちに、できるだけ遠くへ」

 

 背丈以上もある緑に囲まれた狭い道をひたすらに走る。

 入り組んで曲がりくねった道を、赤い腕に引かれながらぐんぐん進む。

 先へ、先へ。

 心臓が、うるさい。

 

「―――うすまん、」

 

 声に、黒い瞳が振り返った。うまく動かない口を、開く。走っているせいだ、息が乱れて声が震える。

 

「なぶなぶ、は」

 

 どうなる、どうしてだ、どうするの。

 

 どれも今いうべきでない、そんな場合でない。わかっている。考えればわかる。

 あのままだったら、全員きっと襲われていた。そうしないだけの手段を持っていたウスマンがそれを実行した。それだけだ。

 

 開いた口から、言葉はでない。

 

 ―――ふいに道が開けた。緑の景色がコンクリートのそれに代わる。

 

 先頭を走っていたビターギグルが床の穴の前でぴた、と足を止めた。

 

「―――ワ、ワタシ、このまま一緒に行けない、と思いマス、」

 

「なんだって?何を言っているんだ?」

 

 俯いたビターギグルが振り返る。

 

「―――アナタには、分からないデスよね!」

 

 その瞳には、ぐるぐると何かが渦巻いている。強い動揺、恐怖、歓喜。ぐちゃぐちゃの激しい感情。

 

「彼らそういえば、ワタシのジョークの良さをわかってくれていマシタ!」

「彼ら?誰の話だい」

 

 狂気を孕んだ強い衝動。

 

「そうダ、ワタシのファンを得る唯一のチャンスです!ソレを掴みに行きマス!!!」

 

 だめだ。

 

「まってビターギグル」

 

「アハ!いいですよアナタも一緒に行きマス?」

「いや彼は何を言っているんだ?」

「―――行けない。貴方も行っちゃダメだ」

「イイエ!誰にもワタシを止められない!そうワタシ自身にだってね!」

 

 だめだ。

 

「その場所は貴方を大事にしてくれない。貴方の大事なものだって大事にしてくれない」

 

 腕を掴もうとした私の手は、空を切る。道化師が笑う。

 

「誰かの笑顔より大事なモノがありますか?いいえ、アリマセン!」

 

 その「誰か」は誰でもいい訳じゃないし、どんな笑いでもいい訳ではないはずだ!

 冷静になってから考えてそれでもあっちを選ぶなら止められないが、とにかく今判断しちゃダメなやつ!!

 制止しようと腕を伸ばした私を、ビターギグルは軽々とその両手で掴んで抱え、鼻歌交じりにくるりと回った。ひょいと地面に下される。力の差に閉口するしかない私を見て…いや見ていない…道化師が、楽し気に笑う。

 

「それでは、サヨウナラ!」

 

 高らかに笑って、道化師は後ろに倒れるようにして奈落に落ちていく。

 乗り出してそれを掴もうとした私は赤い腕に引っ張り上げられた。

 

「僕らには今助けられない」

 

「…、…」

 

 腕を引かれて、走る。進む。先へ、ひたすら。コンクリートの廊下に、2人分の足音が響く。

 

 

「…、…」

 

「―――わかるよ、君は僕のやった方法が好きではないだろう」

 

「…、…」

 

「でも呑み込めもする、そうだよね。―――君は、互いに良いことが起こると、手を取り合い『友』となる理由をそうと言った。…ねぇ、君、それでは」

「…、…」

 

「相利共生…互いに利のある、バランスの取れた利用し合う関係。君は…それを友と呼ぶ?」

 

 ―――……。

 

 通路の奥、突き当りにたどり着く。

 エレベーターに私を押し込んだウスマンが、背後を振り返る。

 

 見えるのは薄暗い通路だけだ。――――突然、全ての明かりが消えた。

 

 数秒の静寂。再びライトが付く。浮かび上がるものがあった。

 

 いくつもの影。

 見覚えのある姿。しかしそれらは見覚えのない色をしている。全身が黒と灰に染まり、瞳は紫に怪しく光り輝いていた。

 オピラ、タルタ、キティ、先生、タマタキとキャマタキ、ナブナリーナ、ビターギグルの姿も、ある。

 

 それらを従え中央にいる―――ダダドゥー卿が、ゆったりと告げる。

 

 

「―――そうして奴らは、全てが無駄だったと気付く」

 

 

 ウスマンの腕を引っ張る、がびくともしない。

 ダダドゥー卿は、ウスマンと私へ、順にゆっくり顔を向けた。

 

「お前たち2人は、我が軍の素晴らしい戦力となるはずだ。…私の指揮の下、女王ができなかったことを共に成し遂げよう」

 

 この手を取れ、と紫の掌がこちらに差し伸べられる。

 

「…君の意見を聞いておこうかな、どうしたい?彼らと友達になっておく?」

 

 小声のウスマンが視線を相手から外さぬままに聞く。

 いやだめだろう今じゃない。問答無用で使い潰し傀儡コースだ。私は首を横に振る。

 

「僕もそう思うよ。―――なぁ君。どうだろうな……いや、やっぱり好きじゃないかもしれないから先に謝っておくよ。すまない」

 

 ウスマンが私を振り向く。落ち着き払った声だ。穏やかで、安心させようとするそれで、しかし…微かに緊張が滲んでいる。

 

「僕が彼らを引き留める。―――君は、外科医を探すんだ」

 

 とん、と軽い力で押されて、それでも私はエレベーターの床にしりもちをついた。

 掴んでいたはずの腕が容易く離れる。エレベーターが動き出す。

 

「ま、」

 

 赤い背中が遠ざかる。

 

「まって、」

 

 茫然と零れる声は届かない。

 

 

 

「―――まって、よ……」

 

 

 

 いくつもの叫び声を頭上に、エレベーターは、暗闇を進んでいく。

 

 

 




P1:キャパオーバー。判断には時間を要する性質。
  どれ程足掻いても無駄骨だ。辿り着く結末は同じ。

赤い男:クモへの仕打ちに関して壮大な言い訳をしつつ、質問を投げかけることにより人間のアクションを封じる采配。怒涛の展開に容量ギリギリだった人間は処理落ちした。ので、大きな抵抗なく下層へ運搬することに成功する。思惑はともかく身を挺して人間を逃がした。

道化師:強い恐怖。罪の意識。不安定な精神状態に刺激が加わり狂気が弾ける。その衝動は、ジョークを至上とした選択肢を選ばずにはいられない。

押しての芸人:ドッキリの反応と憤慨が欲しかった。得たのはおっかなびっくりと戸惑いの反応。満足度60%。…彼らに共通して言えることだが、相手が付き合ってくれればそれでそれなりにうれしい。

青いクモ:ひとがいやがることをすすんでやる。このたび巨大化した。

橙のクラゲ:無関係の顔をしつつ、周囲の情報は収集し環境を把握している。ヒルとも接触済みの模様。

黒いヒル:標的もその順位も方法も定まっている。考える時間は十分すぎるほどあったので。その場の一時的感情でそれが揺らぐことはない。

悪戯っ子たち:おいかけっこ!

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一区切り。次Chapterの内容全体をもう少し整えたいので、次回更新はかなり遅れる予定。できたらChapter8の内容を見てから決めたいところ。11/9追記:公式アナウンスを見るに8までは時間がありそう。ひとまず0を見てどうするか決めたい.
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