気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 エレベータ―で辿り着いた階層を進む。追手をかわして進んだ先、強襲を受けて気絶。外科医に捕らえられ、手術されかけるも助手の不手際によって一時的に難を逃れる。



45 Step in

 

 

 気が付いた時、私は同じ場所で横たわっていた。

 

 はっと起き上がる。抵抗なく体は自由に動いた。辺りを見回す。

 …、…周囲の物の位置は変わっていない様子。すると、さっきの騒ぎの後そのまま私は放置されたっぽい…?

 

 自身の体を見下ろし触ってみたが特にこれといった変化は…ない、様子だ。まだ改造前だと信じたいな。

 

 床にジバニウムの色を発見。助手さんがギュルギュルされていた場所だ。そこから部屋の扉まで引きずられていったような緑の液体の跡がある。…助手さん…。

 あれからどれくらい時間が経ったのか知れないが、今から口添え及び救助が間に合うだろうか。ひとまず急いでこの部屋の扉を開けねばなるまい。

 棚の上にキーカードを見つけた。……あと、噎せ込んでいる人物をカーテンの向こうに発見。吊られていたひとや助手さんと同じ容姿。べっほべっほ咳をしていて大変苦しそうである。

 

「…あの、お水、いりますか」

 

 首が横に振られる。

 

「…お背中に触れてもよろしいですか」

 

 首が激しく横に振られる。拒否だ。

 弱った。何もできない。と、いうか担当者らしき医師がいるのだから彼に伝えるべきか。私はやはり脱出を急ぐことにした。

 

 ひとまずキーカードを使って部屋の外へ出ることに成功。部屋に置かれていたリュックを背負いつつ、廊下らしき場所に出た。床にはジバニウムの跡。電球が切れかかっているのか明かりが点いたり消えたりしている。

 不穏な雰囲気の廊下を進む。木の板で封鎖された扉(ドスンドスン音が鳴っている)を左右に見つつまっすぐ進んだ先、何やら物音がする部屋の前にたどり着いた。……扉の穴から中を覗き見ると、紅い外科医の背中が見える。何かの作業中だ。

 

 近くにある扉用パネルを確認した私は、キーカードを使った。

 

「―――作業中申し訳ありません、ドクターあの、」

 

 ぐるん、とその外科医が振り返る。憤怒の表情。

 

「―――オペ中に入ってくるなクソ人間!!!」

 

 …ごもっともだな!悪いのは私だが、振り上げられた医療器具からダッシュで逃走する。流石にドリルで抉られるのは勘弁いただきたい。

 

「申し訳ありませんでしたあのドクター部屋に咳の酷い患者がおられていかがいたしましょうか!!」

 

 物凄く早口の弁明にこちらに追いついた怒れる外科医は左腕を上げた。

 

「やかましい!飴でも食わせておけ!!!」

 

 

 鋭い銀色が眼前に迫る。

 

 ―――お待ちくださいドクター多分それ人間の私には致命傷です!!!

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ーーーーー

 

 

 

 何やら物音がする部屋の前。扉の穴から、紅い外科医の背中が見える。何かの作業中の様子。

 

 …、…。

 

 勢いで死んだ感じがするが、ひとまず扉はまだ開けてはならない様子。周囲を探索しよう。

 

 扉の左右には廊下が続いている。どちらの床にもジバニウムの跡。怪我人が多かったのだろうか―――と見やる先で、何かが落ちていることに気が付く。拾い上げてみると、それは、棒付きのキャンディだ。以前ツインズに渡した物と形状は同じだが、色が異なる。これは上半分がピンクで、下半分が白だ。

 

『患者のためのキャンディ』

『飴でも食わせておけ!』

 

 …、…。

 

 私は、元の部屋に戻った。咳こむ相手へ、そうっと声をかける。

 

「あの、必要なものはコレであっていますか」

 

 差し出したキャンディは、素早い動きで回収された。小さい口にそれを収めた相手は、私の手に代わりの何かを握らせると、大人しくキャンディを舐め始めて静かになる。

 …、…早すぎて何が起きたのか全然目が追いつかなかったが、ひとまず咳が落ち着いたようで良かった。お大事に、と声を掛けつつ余計な刺激にならないように離れる。

 

 手に握っていたのは、ロープだった。頑丈そうだ。

 …、…どう使えばいいだろうかこれを…???

 

 廊下に出て扉の穴からドクターの様子を覗いてみたが、手術はまだ終わっていない様子だ。…4本の腕が動いているのを見て、私はふいにナブナリーナの手術を思い出した。あの時はもう一本くらい自分の腕がほしいと思ったものだ。なるほど、彼ほど腕があるならあの仕掛けも頷け……いやそうかなぁ……?

 ともかく、素人がオペ中に入室したせいで成功するものが成功しなくなったら一大事である。おとなしく終わるのを待とう。

 

 もう少し周囲を探索してみることにする。

 キャンディを発見した場所とは反対方向に部屋があった。おなじみの医療器具が並ぶその部屋で、ハンマーと手書きの紙を発見。

 

『この日が来ることは予測していた。

 状況を考えれば、私には他に可能な行動がいくらでもあるはずである。しかし、奇妙な力が私に考えをここに書き留めさせている。

 苦境ではあるが、私は絶望していない―――いや、喜びを感じてさえいる。

 ついに、私の能力の真価を世界に知らしめる時が来た。私は単なる生物製造機ではないのだ。

 我が素晴らしき緊急時対応計画が実行される時だ。

 …残念ながらオーディエンスは私の子らだけだろう。私の計画の複雑さを彼らが理解してくれるとは思えないが。

 この哀れな魂らを救いへと導くことは、今私の手に委ねられている。

 

私は狂ってしまったのか?

 

 …、…。書き手は、何らかの緊急事態をあらかじめ予測して対策を立てていたようだ。状況から考えて、これはシリンジョンの手記のように思える。『私の子ら』というのは…上階であったツインズのことか?いや、先ほどから見かける人物らの容姿は、色味がツインズに似ているようだ。ツインズが大きく成長した姿が彼らなのかもしれない。

 

 開かない棚も発見。桃色あるいは紫っぽい色のパネルだ、覚えておこう。

 

 …一通り部屋も見終わったので、廊下で待つことにした。両脇に並んだ扉は相変わらずドンドンと向こうから何かの衝撃がある様子。…、…何かが…閉じ込められている…?私はダダドゥー卿が扉を叩いていた時の様子を思いだした。ビターギグルの言葉によれば扉の強度は信用して良いようだが、この扉は上からさらに木の板が打ち付けられている。よほど厳重に留めておきたかったのだろうか。

 

 ……ドクターを待っている間に、木の板は徐々に軋む音が大きくなり、衝撃が加わる際の扉の隙間も大きくなっている気がする。彼の作業が無事に終わったら伝えておくべきだろう。ひとまず手持ちのハンマーで浮き上がってきた釘の頭を叩いて補強したが、どこまで保つかは不明だ。

 

 そうこうしているうちに手術中の部屋から物音があまりしなくなった様子だ。開いた扉からドクターが出てきて、顔を上げた私と目が合う。

 

「―――何を勝手に部屋から出とるんだクソ人間!!!」

 

 なるほど手術室を開けなくても怒られるらしいな。

 

 瞬間沸騰湯沸かし器もかくやでキレる外科医の医療器具から逃走を図って、私は廊下をダッシュした。

 

「すみませんでした戻りますのであの、器具を収めていただきたく!!!」

「走るな止まれ!!!」

「器具を下ろしていただければすぐに!!」

 

 騒がしく廊下を走る我々をよそに、唐突にバキリと嫌な音が鳴る。

 扉を止める木の板が真っ二つに割れ、床に落ちた。―――ドン、という衝撃と共に扉は弾けるように開かれ、中から何かが飛び出してくる。

 

 黒い塊のそれは、ちょうど真正面にいたドクターに飛び掛かった!

 

 

「―――ックソ!この粘着患者め!」

 

 勢いで壁にぶつかったドクターは、しかし4つの腕で黒いソレ―――大きめのノーティワンを、掴んで抑えることに成功している。ノーティワンは牙で何度も噛みつこうと全身で藻掻いているが力は拮抗しているように思われた。

 

「おい何をぼーっとしているクソ人間!!コイツを何とかしろ!!―――いやわかった!何とかしてくれたらお前を見逃してやる、早くやれ!!!」

 

 リュックの中身をひっくり返そうとしていた私は、慌てて頷いた。いやぼーっとしていたわけではなく解決策を考えていたのだが、ええと、これでもない、これでもない…!

 

「―――おいクソ人間今放り投げたハンマーがあるだろう!」

 

 流石に痛すぎると思う!

 

「おいクソ!今転がったナイフ!!」

 

 なしだ。―――あった!!

 

 私は目当てのドローン用ライトを見つけ、ノーティワンの顔に向け、最大出力で光らせた。

 

「ピギャ!?」

 

 どこに目があるかわからず心配だったが、ノーティワンは噛みつこうと動かしていた口を閉じ、耳を折りたたんで怯んだ。今だ!

 

 ―――と私がアクションをする前に、手が空いた外科医が、その脳天に腕ごと医療器具を叩きつけて気絶させた。

 

「…、…」

 

 いたずらっ子を取り押さえようとしていた私は、両手にロープを持ったまま間抜けに固まった。

 相手が間違いなく気絶したことを確認していた外科医が、こちらを振り向く。

 

「貴様この短時間で何手を無駄にする気だ!!!縄を巻き終える前に貴様が齧られて無駄が増えるだろうが!!!」

 

 おかしいな…助けたのに怒られている…。

 

「いいかクソ、貴様がハンマーを使えば一手で終わった!判断が遅い!!!」

 

 それはそう…だな…。思ったよりノーティワンの明かりに対する怯みが小さかったので、ロープで拘束する方法は労力を要しただろう。結果的には、私がやれば良かった一手をドクターにやらせただけだ…。すみませんでした…。

 大人しく叱られの姿勢になりつつ、私はドクターの様子を確認した。

 

「お手数をおかけしました。―――お怪我は…ありませんね。遅くなって申し訳ありません」

 

 よかった、と息を吐く。ドクターは気が削がれたように腕を下ろすと、短い沈黙の後に、まぁ、と言った。

 

「―――1度口にしたことは守る。何はともあれ私を助けたわけだからな。貴様をもう傷つけるつもりはない」

 

 声色に興奮はもうない。怒りやすいが怒りは長続きしない模様だ。

 私は体の力を抜いた。

 

「感謝します、ドクター。―――改めて、ご挨拶を。施設の上階から、ウスマン…パーティーハットの彼…の助言で、貴方を探してここまできました」

「そうらしいな、クソ人間。…シリンジョンだ。私のことは知っての通りだろうな、省くぞ」

「はい、ドクター。…お聞きしたいことがあります。王笏の欠けたピースについてご存じですか。ダダドゥー卿らを止める唯一の手段だと言われていました」

「知ってどう使う」

「…、…申し訳ありません、詳細は知らないのです。ただ、彼らが周囲をこれ以上襲わないようにできたらと、考えています…」

 

 そういや王笏を使ってどうなるかは聞いていなかったな…。だいぶ人任せの計画に乗ってここまでやってきている。反省。

 外科医は、素気無く目線を横にやった。

 

「なぜ私が人間の手助けをせねばならん」

 

 おお、嫌われてるな…。まぁ、報告書を見るに彼も施設の人間に対して思うところはありそうではあるしな…。

 納得しつつも、こちらも諦めるわけにはいかない。自分一人のことならともかく他者の安全や労力が掛かっている。どうにか取り付く島を探して必死に頭を働かせる私をちらと見て―――外科医は言った。

 

「まぁ、貴様が私のためにボランティアをしたいというのなら話は別だが」

 

 ―――おお…?

 取り付く島が自分から浮上してきたので私は目を瞬かせた。

 

「私は、王笏の欠片を使って奴等を大人しくさせる計画を立てている。参加を検討してみたらどうだ?」

 

 私は頷いた。

 

「ぜひに、ドクター」

「―――決まりだな、ついてこい」

 

 はい、と急いで散らばった荷物をリュックに片付ける―――傍ら、倒れたままのいたずらっ子が目に入る。

 

「あの、この子は…」

「あぁ?―――まぁ明るい場所に転がしとくに越したことはないか。まったく、手当てして暗所に置いといてやれば付け上がりおって、粘着質な恩知らずどもめ…」

 

 外科医は機嫌悪げにぶつぶつ言っている…。そうか、単に閉じ込めていたわけではなく、休ませていたのか…。

 ……襲い掛かってきたときのノーティワンの様子を思い浮かべる…。

 

「…状況が飲み込めず怖がっていたのかも…」

 

 その体をそうっと持ち上げて、近くの明るい部屋のストレッチャーに寝かせた。また暴れてしまう可能性がある以上、外科医の言う通り明るい場所にいてもらうしかない。…、…ちょっと考えて、私はリュックを探った。

 ツインズからもらった赤いカーテンを取り出す。小さな廂を作って影になるように置いた。多少でも眩しくなく、周囲の状況を確認できれば良いが。

 

「―――…遅い!」

 

 振り返った先、苛立ちと呆れが混ざった顔の外科医が腕を組み仁王立ちしている。

 

 大急ぎで私は廊下を進みだす彼に並んだ。

 

 

 

 

「上で何が起こったかについては、ほとんどを聞いた。私と貴様、共通の知人ってな奴からな」

「……シェリフ……」

「そうだ。『おせっかい焼きな人間の迷子』が関係しているという話だったが…貴様のことだな、クソ人間」

 

 シェリフ!!迷子じゃないという事にしとくって話だったのでは!?

 

 しかしシリンジョンにそう言うわけにもいかない。頷き難い心地ではあるがともかく私は頷いた。

 

「いいだろう。―――よく聞け」

 

 手術を行っていた部屋に入ったシリンジョンは、複雑につながったパイプや配線が横たわる床の隙間を踏み進み、ホワイトボードの前に立ってこちらを見た。

 

「私は王笏の最後のピースの管理を任された。よって、その信頼を裏切る訳にはいかない。…既に上の階で他の者の状況を見ただろうが、あれは不完全な王笏を使ったことで引き起こされた」

「…彼らの体色の変化や思考の上書きのような状態のことですか。王笏が完全であればああはならなかった、と?」

「そうだ。あのような出力が落ちる洗脳ではなく、完全な支配が可能となる。気が付かぬうちに心から奴を拝し―――元のポテンシャルを保持した忠実なる部下の出来上がり、だ」

 

 こわ……。王笏は思ったよりだいぶ強い効力を持った道具だったようだ…。

 

「ダダドゥーが欠片を手に入れれば、我々は終わりだ。―――そうならないように、互いに努力しようじゃないか、ボランティア?」

 

 なるほど。要するに完全な王笏がダダドゥー卿へ渡るのを阻止することを、共通の目的としようというわけだな。

 私は頷いた。

 

「喜んで、ドクター。どうぞよろしくお願いします」

 

 私が差し出した右手をよく見たシリンジョンは、体の左側下部の腕を伸ばした。その先端に付属されたプライヤーが、ちょいと動いて私の手を掴んで軽く上下に振られる。

 

 私はその手の動きの精密さをまじまじと見た。

 

「ちゃんと、一本ずつバラバラに動く…!」

「当たり前だ。自分の身体も満足に動かせんで堪るか」

「我が手は薬指を動かそうとすると小指も一緒に動きますドクター」

「……ままならんよな~~~。マジで人間の身体ってクソ」

 

 足の小指の爪ってなんのために付いてんの?と哀れな生き物を見る目で見おろされている。一見意味ないように見えても無いと困るので取らないでください。

 

「―――いかんいかん、貴様らの不自由すぎる構造に気を取られている場合ではない」

 

 シリンジョンが気を取り直すようにホワイトボードを示した。

 2列×7行マスの表が3つ。左の列にはマスコットキャラクターのイラスト、そして右の列にはそれぞれ記号がかかれている。「?」「×」「✓」のいずれかだ。

 …全16体のキャラクターで、「✓」が付いているのは4体だ。ジョッシュ、トードスター、シリンジョン、ゾルフィウス。「?」がバンバン、フリン、キャプテン、セリーヌ。ホワイトボードの端っこに、小さく『全員破滅か?』と書かれている。…この自問の文章は、ついさっき拾った手記と似ている。やはり書き手はシリンジョンと思っていいだろう。

 その表の隣に大きく描かれた、とあるキャラクターの絵を見て、シリンジョンは言った。

 

「どうにも運は我々の味方をしている。…このバカでかくてクソ強い緑の検体を知っているな?」

 

 ジャンボジョッシュだ、知っている。頷きつつ……薄々思っていたが、お口がだいぶ悪いなこのドクター…。自分も気を付けてはいるがそこそこ口が悪い自覚があるのでちょっと…改めて気を付けようって気になるな…。

 

「こいつは数時間前に、この街を襲撃した。暗闇を恐れているのか、ノーティワンズやダダドゥー卿がこいつにちょっかいをかけているのか。いずれにせよ大暴れだ」

 

 私は…首を傾げた。

 

「ジョッシュの襲撃が…運が良い、と?」

 

 その疑問を待っていた、と言わんばかりにシリンジョンはやや笑ったようだった。

 

「そうとも。―――緑のゴリラを再捕獲。ソイツを使ってダダドゥー卿の軍勢と戦い、王笏を正当な持ち主の元へ返す。それが私の計画だ」

 

 気になる単語がいくつも出て、口を開きかけ…いや、いまではないと口を結んだ。シリンジョンはちらと私を見たが、動きがないと見ると話を続ける。

 

「問題は、緑のゴリラが襲撃後姿を消したことだ。以来探し続けているが消息はつかめん。―――アホ過ぎてダダドゥーの力が及ばんからそれ程気にしてはいないが」

 

 割と好き勝手言われているジョッシュに思いを馳せる。当人がよくわかっていないかもしれないのを良いことに、彼は本当に散々な目に合っているのではなかろうか…。

 

「ともかく。やるべきことは、この野獣を発見し、収容し、時が来たら解き放つ、それだけだ」

 

 …、…。一旦話が一区切りしたと見て、私は挙手をした。シリンジョンは、片目を細めてこちらを一瞥する。

 

「質問が、あります。よろしいですか」

 

 シリンジョンは鷹揚に頷いた。

 

「いいだろう、なんだ?」

 

「王笏の力について、私はまだ正確に理解できていない気がします。使用者が王笏を手にすることで、特定の相手を操れる、という認識で合っていますか?」

 

「間違っていない。―――あの王笏は、元々は女王が仕事に慣れるための、ただの小道具だった。後から、今貴様が言ったような、周囲の者の脳の構成要素をコントロールできるといった類の追加機能がつけられた訳だ。…ちなみにその功労者は、名を明かせぬ程謙虚で類稀なる才能の外科医で技術者だ」

 

 自信満々だ。

 

「なるほど、稀代の天才かつ秀才とお見受けしました」

 

 思わずやや微笑んだ私の相槌に、シリンジョンは心持ち胸を張って饒舌となった。

 

「もう少し詳しく話そう。王笏の飾りの先端がジバニウムを基礎とした身体に触れると、王笏が導管のような働きをして、所有者の遺伝子コードを触れた相手の脳に送り込んで記録させる。これによって、その者は王笏所有者からの命令のみを受け取るわけだ」

 

 赤い腕が宙を指す。

 

「王笏で転送可能な遺伝子コードは、全員が持ち得ているわけではないが…女王とダダドゥー卿は、持っている―――いやちょっと待て、これは機密情報だな。これ以上喋れん」

 

 外科医は咳払いをした。素直に頷いておく。

 もう一点、と私は手を挙げた。促しを得て、口を開く。

 

「王笏を正当な持ち主に返すと…そうおっしゃいましたね。完全な王笏の力を使って、ダダドゥー卿に、その人物の言うことを聞かせて、攻撃しないようにさせる、ということでよろしいですか」

「そう言った。二度言わせる気か?」

「いいえ。あの、それでは、」

 

 私は、にわかに希望を見て彼を見上げた。彼の計画は、ある人物が無事であることを前提としている。

 

「女王陛下は、助かるのですか…!」

 

 ―――視線の先で、外科医の瞳はすぅっと、冷えた。

 

「女王の腹の袋など治さん。貴様らにとっての便利な最終処分場はもうない。当てが外れたなクソ人間」

 

 急激な変化に疑問を覚えつつ、しかし私は首を横に振った。

 

「バウンセリア女王陛下の命が助かるか、とお聞きしました。…あの方が負った傷は、治療、できるのですか」

 

「―――……」

 

 冷え込んでいた視線は、たちまち険が抜け、やがてシリンジョンはふいと目を逸らした。

 

「……治さいでか、私は外科医だぞ」

 

「!…ありがとうございます!よかった、助かるのですか!」

 

「―――患者を診ずに判断できる訳なかろうがクソ人間!ぬか喜びするな!」

「!!た、たすからないかもしれないのですか…!」

「―――クソが、治すに決まっとろうが!」

 

“封印が解けたらどうなるかは大体予測しとったわクソ!”とシリンジョンはドリルを回した。―――近くの壁が若干削れる。

 

 ちょっとばかしこの医者のことがわかってきた私は、微笑んだ。

 

「ありがとうございます、ドクター。あの方を、私はお助けできなかったので。…ずっと、心残りだったのです」

「…、…言っておくが、陛下の治療を最優先にはできんぞ。救助に向かうには何もかも不足している。一番はさっき言った私の作戦実行だ」

 

 …まだ若干ドリルを回しながら…シリンジョンはジロリと私を見た。

 もちろん、と私は頷く。

 

「力を尽くします、ドクター」

 

 

 シリンジョンはものすごく不服そうに…しかし無言で、ドリルを一回転だけ鳴らした。

 

 

 




P1:改造を免れた。お医者さんは大抵いい人だと思っている。口が悪い祖父の影響で強い言葉にはそれなりの耐性あり。

咳き込む患者:全力で人間の手を拒否した。飴は貰っておく。

外科医:自身の分野について(理解を得られるなら)説明は好きな方。―――過去にその調子で黒い誰かに色々喋ったのでは?ボブは訝しんだ。

悪戯っ子:親に似た不屈の闘志。長時間の戦いに勝ち、その堅い扉は開いた。明かりには勝てない。

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0の続報を待ちつつジワジワ投稿再開。酷い齟齬が出たら引っ込めて修正するかもしれない。
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