気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 街で緑の巨人を探しに進む。目撃者の市民から襲撃者らの外見がわかる資料を手に入れ、調査を続行。人間立ち入り禁止の場に合法的に立ち入るため、外科医から許可証をもらい受け、聞き込みを続ける。



47 Admission

 

 市長に貰った許可証を携え、私はバーの2階にいた。

 …、…本当は1階の入り口から普通に入店しようと思ったが、何度ノックしてもその扉は固く閉ざされたままだったので。

 

 誰もいない2階の部屋を見回す。木目調の内装や橙の照明、落ち着いたBGMからして、ゆっくり楽しむ酒場らしい。まとめて立てかけられた椅子や机を見るに2階はバックヤードか…あるいは静かに過ごしたい客向けの個室かもしれない。

 

 棚の上に報告書を発見。

 Case12G、更新番号は8だ。

 

『Case12Gの次の段階の調整が開始された。

 Case12Gは担当の世話役が近くにいない時に高いレベルのストレスを感じているため、次の段階では、Case12Gが世話役とみなす存在を入れ替える調整を行う。

 幼稚園の最終的なビジョンを象徴するため、この新しい世話役はCase7とする。両Caseはすでに引き合わされており、我々は両Case間に母子のような関係が生まれることを期待している。

 最初の結果は非常に有望である。Case12GはCase7の教室に案内され、数学の授業で生徒に似た無生物の小道具と共に過ごした。

 Case7はCase12Gを他の無生物の生徒と同じように扱い、Case12Gが彼女にとって初めての生物の生徒であることについて特別な言及はなかった。テストは継続される。

 Caseは発表された』

 

 …、…。キャプテンフィドルズの報告書だ。子供の手本となる役割を期待されていた彼は、教室で授業を受ける練習をしていたようだ。Case7、ピンクリボンの先生と一緒に。母と子のような関係性を望まれて…。

…、…先生の遺伝子情報元は、ウェバリー・メイソン氏だった。やはりメイソン氏がキャプテンを連れて幼稚園の外へ逃げようとしていたのだろうか?

 

 報告書をしまい、他の部屋を探索する。―――階段を発見。1階に降りてみよう。

 

 

 

 階段を下った先。私の靴音に気が付いたのか否か、最も近い席に座ったその市民――例の如く助手さんらと同じ姿――の者が、ぎょっとしたように隣の客の腕を引っ張った。後はもう伝染するように、情報が行き渡る。

 

 楽し気だった騒めきは、瞬間的にザワリと波打ち、そして沈黙に変わった。

 

 部屋のすべての目がこちらを向いている……。

 胃が痛くなりそうな状況ながら、私は口を開いた。

 

「あの…ご歓談中に誠に恐れ入ります…。市長より使いがあってやって参りました…」

 

 返答はない。

 

 私はなるべく自然な動作を意識しつつ、しかしゆっくりと階段を下りきり、カウンターへ向かった。視線という視線が付いてくるのを感じる。きょろきょろしないようにした。警戒させるのは良くない。

 

 カウンターに立つ店主と思しき相手…黒いハンチング帽の人物に声をかける。

 

「あの」

 

「この店は汚れモノお断りでね。アンタは歓迎されない」

 

 おわぁこの上なく辛辣!

 

「文字が読めないらしいな、表にも裏にも看板に書いてある。―――市長がアンタ等人間について警告していたが、実物は更にぞっとするな」

 

 いや辛辣ってレベルじゃねーな。ヘイトだ。

 

 我が子にどんな情報を伝えたんだシリンジョン…???

 私は遠い目で紅い外科医を思った。人間への遺恨は根深いらしい…。

 

 言葉のナイフでざくざく刺されつつ、よほど人間にヤな目に合ったんだろうな…と私は萎れた気持ちで許可証を出した。

 

「市長の許可で捜査に来ました…暴れた緑の生物をご存じないですか」

 

 

 ―――最も近くにいる客が横で許可証を二度見した。

 一瞬動きが止まった店主が、じっと書面を見てつぶやく。

 

「…市長の筆跡に間違いないな」

 

 ざわり、と空気がどよめく。

 

“ほんと?”   “おいちょっと目のいい奴みてくれよ”

“…うおーまじだ”   “うっそだろうあの親父が…!?”

“…父さんの字で『許可』って書いてある!クソほどレア!”

 

 …、…我が子にどういうイメージを持たれてるんだシリンジョン…?厳格ってこと…???

 

「…なるほど、面白い」

 

 許可証を読んだ店主が、やがてこちらを見た。

 

「そうと信じようじゃないか」

 

 黒い瞳は、好奇心と揶揄いに笑っている。

 ―――私はそこで、先の辛辣さに熱が全くなかったことに気が付いた。

 そうだ、冷静だった。こちらを観察していた目だった。推し量ろうとする眼差しだった。

 

 固まる私をよそに、店主は私がカウンターに出した目撃情報の絵にも目を通してからもう一度私を見た。

 

「奥でボスがアンタに会いたがってる」

 

 涼やかな声は続けた。愉快そうに。

 

「―――アンタがそうだよな、『お人よしの迷子』さん?」

 

 

 ……、……。違わい!!!!!!

 

 

 そうとは言えず、私は緩慢に頷いてすごすごと奥へ進んだ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 開いた扉を通って進むと外へ出た。フェンスと煉瓦の壁に囲まれた細い路地を進む―――なるほど、裏口だ。

 

 

 街灯がぽつりと灯る曲がり角の先、その人物は佇んでいた。

 

 

 茶色い体。黒い帽子。星形のバッジ。

 物音に気が付いて相手は顔をこちらに向けた。目が、合う。

 

 …、…。

 どちらも口を開かなかった――いや、双方ともに口は開いたがそこから声が発せられることはなかった。

 

 沈黙。

 

 その背は、やや丸まっている。顔にかかる影は、上から注ぐ街灯の光によるものだけではあるまい。目は疲れている。

 

 大きく傷つけたその証左を目の当たりにして、私は、―――私は、とうとう、呻くように零した。

 

「ごめんなさい」

 

 一度声が出ると後悔が溢れる。事前に考えていた謝罪の言葉はあまり思い出せなかった。浮かぶままに口から零す。

 

「あの時……深く考えずに、貴方の考えを蔑ろにした」

 

 彼にとって許しがたい行為を、軽々に成すことになった。

 

「貴方は…話をしてくれて、話を聞いてくれていたのに」

「…、…」

 

 ―――その気はなくとも、涙は同情を誘う。なけなしの矜持でそうはするものかと堪える。

 どんな行為も、彼が受けた痛みの代わりにはならないとわかっている。

 

「ごめんなさい…」

 

 相手からの音はない。

 沈黙の長さから心配が勝って目線だけで窺うと、彼は、片手で顔を覆って天を仰いでいた。

 

「―――……そこ座れよ…」

 

 長い沈黙の後、声が返ってきた。示された小さな段差に恐る恐る腰を下ろす。顔を覆ったままシェリフは言った。

 

「…隣いいか…」

 

 こっちがいいかと聞きたい。

 

「貴方が望むなら…」

 

 静かに腰を下ろしたシェリフは…まだ顔を覆っている。

 

「ちょっと整理を…しないか…」

「…わかった…」

 

「……お前、俺が相棒解消を言い出した理由がわかるか…」

 

 私は顔を上げてぶんぶん頷いた。

 

「わかる。指名手配犯を助けようとしたから。相談せずに、リスクある行為をしようとした」

 

「そうだ。俺は…それを、認めちゃならねぇと思った。他者を害した犯罪者を、罪の清算もなしに、まして積極的に助けるなんてのは駄目だ。間違った行為だ、それを良しとするのは保安官としてあっちゃならねぇ…」

「うん…ごめんなさい。あと、」

「…?あと?」

 

 それだけだったら彼はきっと、『駄目だ』と言って阻止するだけで終わったかもしれないと思う。あるいは拳骨1つで。そうじゃなかったのは、

 

「貴方がくれた信頼を裏切ったから」

「―――」

「傷つけた。とても。だから、だから…ごめんなさい」

 

 保安官は…いよいよ両手で顔を覆って地面へ頭が傾いだ。

 

「…、…。お前に悪意はないんだ…わかっちゃいるよ…。あれだろお前…相手が正しくなかったとしても、困ってたら助けちまうんだろ…。それを…純然たる悪とは言えねぇ…」

 

 いや流石にド悪人を助けるかは判断するが。でも、論点はそこじゃないな。

 

「悪気はなくても…行いが悪い…。仕事として失敗だし仲間として酷いことした…」

「そうだな…でも反省してるだろ…俺はどうしたらいい…」

「怒って…。その権利がある…」

「そうかもな…そうかもだけどよ、俺は…そうとばかりも思えないんだよ…親切心からどうしようもない悪を思わず手助けしちまった、抜けててどっか寂しい迷子がさ、心底後悔して酷い顔で謝ってんだぜ…。それを…力のある俺が邪険にして正義と被害者のツラして攻撃したら、それは正しくないだろ…」

 

 違う、と思った。

 

「貴方が傷つけられたのは本当だ。私が貴方より弱いのは間違いがないけれど、それを理由に貴方が自分の痛みを我慢しなきゃいけない道理はない。傷つけられた、怒って良い、当然だ…」

「…、…。ここで、保身に走らないから…俺はまだ頭抱えてんだよなぁ…」

 

 ゆっくりと、ため息が吐かれた。

 

「お前が悪人じゃないって、あぁ初めっからわかってたんだ…」

 

 シェリフが確かめるように、一言ずつ、口にする。

 

「許可していい行為じゃない。…でも、お前を許すことは…できる」

 

 いやそんな苦しそうにさせる自分が許せない。彼が自分を曲げなくていい。

 

「…許さないでいいんだよ…」

 

 シェリフは視線をちらとこちらにやった。目があって、彼は息を吐いて口角を上げる。

 無言で手が伸びてきて、大きな両手は私の髪の毛を遠慮なくぐしゃぐしゃにしていった。

 

「お前が全部間違ってて悪いって訳がないと思うんだよな」

「そんなことは…」

「ある。んで、俺が全部間違ってて悪いって訳でもない」

「シェリフは全然悪くない…」

「いんや?なんせ俺は、話をちゃんと聞かなかったからな」

「―――」

 

「お前は俺の考えを聞かなかったって謝ったけどよ。―――俺を…隣に座って話を聞く俺を、頼りにしていると、前にそう言ってくれたな。なぁ、覚えているか。お前がビターギグルを連れてきたときだ。俺はあの時…上からお前を見おろしてた」

「…、…」

「自分こそが正しい場所にいるって、そう、『上』からお前に話しかけたよな。…どうして、隣に行って、話を聞いてやらなかったんだろうって、後からそう思ったよ」

 

「…、…」

 

 …悪かった、と、小さな声の後に息が吐かれる。

 

「というか、俺が任せて振った仕事で問題が起きたんだったら、それは俺のミスだよな」

「…それは…背負いすぎでは…???」

 

 思わず口を挟んでしまった。涙も引っ込む。

 

「いずれにせよ…結果はまぁ、俺たち両方とも、うまくはいかなかったな。たくさん手から零れ落として、今同じ場所にいる。原因が何で、何をどうしたら良かったか…考えよう…」

「…はい…」

「同じことが起こらないよう…いや、もう実際起こりえないかもだがまぁ…似たような事例の多少の役には立つはずだ」

「…私、違うところでまたポカやると思う…」

 

 私は、ぼそぼそと告白した。

 おそらく、きっと、シェリフが悪と判じた相手でも、私は助けようとしてしまうだろう。体が動く気がする。で、何とかして説得を試みてどこかに妥協点は無いかと足掻いて足を引っ張る。―――我がことながら、度し難い面倒臭さだ。やっぱ相棒解消されてしかるべきでは?

 

 きっとやらかす…と、凹む私に、シェリフの声が降る。

 

「ああ…まぁ、そうかもな、よくわかる。…そしたらまた…誰が悪いかじゃなくて、何が悪いか、考えようぜ」

 

 シェリフはちょっと疲れた顔で笑った。

 

「自分に非があると認めることは…苦しいことだ。少なくとも俺にとっちゃ、死と同義だった。…だった、と言ったのは今は違うからだぜ、顔を上げろ」

 

 下がりかけた顔を気合で上げた私と目が合って、シェリフはやや目を細めた。彼は前を向きなおして話を続ける。

 

「―――失敗は俺という存在をゴミに変える。俺は必死こいて有能になった、そうであろうと振る舞った。自分は必要とされていると…正しいと、思いたかった」

 

 視線の先の路地は暗くてよく見えない。ぽつりと遠くに街灯がともっている。

 

「結局のところ…世界は白黒はっきりつくものばかりじゃねぇ。真っ白を選び続けることは、生きる場所を狭めていくだけだ。一度も間違わない奴はいない、で、あれば…重要なのは失敗したあとどうするか。そうだろ?散々やってみせてくれた。お前さん、諦めず、折れず、ここまで来たんだよな。きっと色々やりながら、失敗してもな!」

 

 瞳はいつかの炎でなく、明かりを映している。

 

「間違いも失敗も、起こり得る。だがそれが、善を目指して進んでいるなら、進もうとしているなら…その存在を、俺は許せると、思う」

 

 シェリフは私を見た。気安げな微笑みが浮かんだ。

 

「それを正しいと思うことにした。―――なぁ、相棒。どうすれば良いのか一緒に考えよう。そんで…次があるさ」

 

 

 

「…しぇりふ…」

 

「ひでぇ顔だな!」

 

 

 シェリフは今度こそ笑った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 大いに揺れた私の感情が収まる頃、シェリフが笑いながら言った。

 

「―――よし。それじゃあ気分を切り替えて、情報共有及び作戦会議だ。行けるか相棒?」

 

 しっかり頷いた私を見て、シェリフが続ける。

 

「以前の俺を反省して、状況報告と俺の考えを伝えつつ、お前さんの意見をちゃんと聞くことにしようと思う。異論はあるか?」

「ない、大丈夫。私もちゃんと喋るようにする。貴方の話を聞いて考えを話す」

「OK。まず俺の現状を話す。知ってるかもしれんが、俺は教師をさらったノーティワンズを取り逃がした。―――俺のやらかしだ、すまん」

「貴方で捕まらないならまずもって厳しかったと思う」

「ご信頼感謝だ。暗闇でノーティワンズに逃げ切られた後、しばらくして騒ぎが起きた。王笏の部屋からだと気が付いて、その後は下層…ここへ転がり込んだ。…ダダドゥー卿が王笏を手にしたなら多勢に無勢だ。俺ひとりじゃ分が悪すぎる。シリンジョンなら…あるいは、手があるかと思ったが」

 

 なるほど。

 エレベーターで追い詰められた時には、洗脳された様子の先生の姿があった。手の早さから考えて、ダダドゥー卿はハナから洗脳軍団による力押しで攻撃をしかけるつもりだっただろう。―――同時にシリンジョンの先見の明について考えが巡る。彼は、事が起こる随分前からそうなることが分かっていて欠片を別個に隠した。そしてダダドゥー卿への対策を誰に共有するでもなく独自に計画していた。…、…。

 

 ダダドゥー卿は…復讐がしたいのだと理解しておこう。彼の狙いが何かはよく考えて動くべきだ。

 最初にダダドゥー卿と出会ったときに私とウスマンが見逃されたのは、おそらく王笏の部屋を開けさせるために泳がせたかったから。少なくとも1名は逃がすつもりだったはずだ。ビターギグルの乱入も含めて3名とも無事だったのは言葉通り運が良かったのか―――いや、ビターギグルはきっとダダドゥー卿の復讐対象に入っている。そして相手はどうやら強い執念があり計画的だ。ビターギグルに対する復讐方法は別で定まっていたから、彼の突然の乱入によって、ダダドゥー卿は『今ではない』としてその場での戦闘が流れたのかもしれない。

 頭を整理しながら、自分の現状も話そうと口を開く。

 

「私は…シェリフと別れた後、王笏の間のスイッチ探しを続けた。ウスマンと、ビターギグルと一緒に王笏の間にたどり着いたけど、王笏は中央のパーツが欠けていた。ダダドゥー卿が現れて王笏を奪うついでに私たちを襲おうとして…私たちは逃げた、のだけれど、」

 

 うまく言えず、言葉が詰まる。

 

「…、ウスマンはナブナブ…青いクモの彼を巨大化させて、ダダドゥー卿に向かわせた。その隙に、走って逃げて、それで…ビターギグルは…酷く動揺して錯乱した様子で相手の手に落ちた。ウスマンは、エレベーターに私を押し込んで、外科医を探せと言って、たくさんの追手を…相手にして…」

 

 …、…。

 

「…だれも…たすけられずに、私だけここにいる…」

 

 口を結んだ私へ、―――大きな手が伸びてきて、背を叩いた。

 

「よくここまで来た。よくやった」

 

 …私の、力では…。

 

「お前さんは託されてきたんだろ。ここまで辿り着いた。ちゃんと繋いだ。よくやった!」

 

 ――――――。

 ……、……ここで、いつまでも下を向いてちゃ、人間が廃るな!

 

 私は気力を振り絞って顔を上げた。

 

「ありがとうシェリフ。―――そうだね、次だ」

 

「調子が出て来たか?続けるぞ。…お前さんがここにたどり着くいくらか前、転がり込んだこの街で、俺はシリンジョンに治安維持を任された…つってもまぁ、賞金稼ぎみたいな仕事だ。時々そこらの暗がりから突っかかってくるノーティワンズを退治したり、洗脳されたキティザウルスを昏倒させたり、困ってる市民を救助したり…色々だな」

「その仕事は貴方に合ってると思うよ、シェリフ」

「…褒めてんだろうな、お前さん…。そんで、そっちも市長から仕事を貰ったクチか?」

 

 私は頷いた。

 

「ジャンボジョッシュを探している」

 

「―――緑のゴリラを使うっていうあの作戦に、市長はお前さんを投入した訳か」

 

 シェリフは腕を組んだ。

 

「…正直言うと、緑のゴリラは簡単にどうこうできる相手じゃないと思う。味方なら強力ではあるが、制御できるかというと…シリンジョンでもどうだ?俺としては、偽ブロッコリーがあればまだ可能性はあったかもしれんと思うが…。お前さんは、いけると思うか?」

 

「…ジョッシュの行動予測自体は…しやすそうだと思う。でも、そうだね、実際にどう動くかはわからないし、彼が予想外の動きをした時には、力の差が大きいから瞬時に修正を加えられないだろうと思う。…それから、これは個人的な意見だけれど、きっとよくわからないでいる彼をそのまま…利用するばかりなのは、かなり、抵抗がある」

 

 シェリフはやや考えたようだった。

 

「…それは単にそうしないことでお前さんの気が済むっていう、感情の話か?違うんだよな?」

 

 …私はよく考えた。ぼんやりとした見通しとアイデアを言葉にしようと試みた。

 

「彼には思考がある。快と不快の感情がある。…彼の意思を無視して進めれば、それはいつか手痛い損害をもって破綻すると、思う」

 

「…、…アイツと意思疎通できて了承を得られればってことか?大きく出たな」

「いや、難しいことはわかっている。せめてジョッシュにとっても何か利益があればいいなと…。…でも、最優先の話じゃない。現状シリンジョンの作戦に参加するのが、一番問題解決に近い…かな…」

「同感だ。王笏の欠片の管理はシリンジョンがしているからな。ダダドゥー卿を阻むなら手を組んで間違いじゃない。―――じゃあ今後はどうするかだが」

 

 シェリフが顎に手をやって考え込む。

 

「お前さんの同意があるなら、そのままシリンジョンの作戦に参加するのがいいと思う」

「私もそう思う。シェリフも街の治安維持に専念してくれているから、調査はし易い…、…。いや…あの、シェリフ、市民は人間である私にかなり厳し…いや不信感が強いようなので、可能な範囲で治安維持の傍ら彼らからの情報も集めてもらえると、頼もしいかもしれない…」

「あー…まぁお前さんに対する市民の反応の想像はつく。…奴等は、人間の変わりに過酷な仕事もやっていた。下層に行く奴等がどういう扱いを受けるかもよく見ていた。思うところあっての態度だろうが、しかしお前さんには直接関わりのない話だ。俺から代わりに詫びる。…悪いな」

 

 私は慌てて首を横に振った。

 

「大丈夫。シェリフも市民も悪くない」

「―――そうか。ともかく、俺からも奴等の話を可能な限り集めておくことにする。そんじゃまぁ、市長に任されたそれぞれの仕事を進めるとするか」

 

 シェリフは、続けた。

 

「さっそくお前さんに情報だ。―――モーテルにいる市民の一人が、緑のゴリラを見たって話がある。それからいい道具があるって話だ。作戦に活かせる貴重な情報を持ってるかもしれない」

 

「ありがとう。向かってみる」

 

 シェリフからモーテルのキーカードを受け取りつつ、私は頷いた。

 

 …、…。

 

「…ところであの、貴方の後ろで寝てるノーティワンなんだけど…」

 

「あぁ、コイツな。ここに居たら上から飛び掛かってきたから転がした」

 

 転がした…。シェリフ的には単独のいたずらっ子は全く脅威ではない様子…。

 

「彼ら、ダダドゥー卿の指示で襲い掛かってくるんだよね…?彼の復讐の一環にしては無謀な気が…」

「まぁ…多少の嫌がらせみたいなもんかもな。ノーティワンズも王国の奴には怒ってるだろう。いずれにせよ俺に言わせちゃ逆恨みもいいとこだろうと思うが」

「…逆恨み…」

「―――裏切ったのはダダドゥー卿だ。女王の意向を無視して施設の体制側の奴等へ仕掛けやがった。結果を見ても失敗は明らかだった、全面的にヤツが悪い…とは思ってたが。…そうだな、今となっちゃ…奴の気持ちもわからんでも…ない、かもな」

 

 シェリフは私を見てちょっと苦く笑ったようだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――ボスとは喋れたか?」

 

 シェリフと別れて、戻った私に声が掛かった。

 カウンターで店主が肘をついてこちらを眺めている。

 

 向こうから声が掛かったことに微かに驚きつつ、しかしはっきり返事をする。

 

「はい。ありがとうございました」

 

 店主は頷いた。

 

「そうか。―――アンタに渡すものがある」

 

 差し出されたのは…青いキーカードだ。

 

「やるよ。上の部屋が空く。アンタが好きに使っていい」

 

 …、…。向けられた視線や声の棘の無さに、思わずキーカードを2度見する。

 

「ありがとう、ございます」

 

 不思議な気持ちで彼を見上げた。店主は口元を持ち上げた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――ええと、忘れ物があったようです」

 

 私はカウンターに会員カード?免許証?らしいものを乗せた。

 一応どんな部屋か見ておこう、と貰ったキーカードで開いた2階の一室に置かれていた…のだが。それから、と私はカウンターに帽子を出した。

 

「あと、これは店の外で見つけました。どなたかが忘れた物かも…上階で見つけた帽子もいくつか、今私が持っています。なくされた方がいれば、お返ししたいのですが」

 

 カウンターに乗かったソレらを、店主はしばし無言で見た。

 

 

「あの…?」

 

 

 店主は突然吹き出すと、笑い始めた。

 

 なんだ???怖い。

 

「…アンタ、なるほどな、そうか」

 

 笑い交じりに、店主はカードを手に取った。

 さらさらと文字が書き足され、そのままクルリとそれはこちらに向けられた。

 

「―――名前」

「はい?」

「ここだ」

 

 訳が分からないままペンを持たされる。

 なんの契約書か連帯保証人のサインかと思ったが、カードに書かれているのは何度見ても『BAR LIAM』のシンプルな文字だけだ。それとさっき足された店主のサイン、『手出し無用!』の走り書き。

 ???

 悪い予感はしない。よくわからないまま一応丁寧にイニシャルを記入する。

 

「よし」

 

 カードがそのまま差し出される。

 見上げる先で、黒い瞳が笑う。

 

「それは会員証だよ。―――アンタはうちの客だ」

 

 

 …、…。

 

 

 彼らについて聞いた話を思い起こす。

 

 その目をしっかり見た。差し出されたものの重みをちゃんとわかって受け取りたかった。

 

「ありがとうございます」

 

 丁寧に受け取って胸元に仕舞う。

 

「帽子は、ここいらで売られたためしがない品だ。上にあったってんなら余計に人間のものだろう。どうせ忘れ去られた品だし、必要なら帽子好きらしいアンタが持ってろ。……ところで、ボスとの話はうまくいったんだよな」

「はい。あの、重ねてありがとうございます」

 

「いいや。ちなみになんだが、出歯亀してた阿呆はそこに縛っといた」

「はい?」

 

 背後の客席でガタガタ音がする。

 

「そりゃないってマスター…!だって気になるだろうよ!」

 

 目線の先では、ひとりの市民が椅子に座らされて幾名かに囲まれている。状況を見るに結構絞られていた様子…。…、…。

 

「いえ、あの、そちらの彼は解放してさしあげてください…」

 

 私は恐る恐る進言した。

 

「私が…皆さんにとって気分の良くない存在であろうことは…重々承知です。何をしているかは気になって当然と思います…」

 

「へぇ、そうかい。―――よかったな、良いってよ」

「ああそう!…第一、マスター含めて全員、俺の話を最後まで聞いてたじゃん!終わってから縛るってアリか!?」

 

 椅子から解放された彼が、笑う仲間に肩を叩かれつつ、マスターから渡ったキャンディを手渡されている。

 

「ボスに示しが付かんからな。まぁそっちのボスの相棒さんが良いって言ってるんだ、この件は終いだな」

 

 他の客からのキャンディが刺さった器が、解放された彼の前に次々滑ってきて集まる。ぶすくれたままの彼がそれを一本頬張った。周囲で笑いが起こる。

 

 和やかな騒めきに満ちている店内を見回す。

 

 マスターと目が合う。

 

「―――私のことは、シェリフから?」

 

 気になっていたことを聞く。彼は愉快そうに目を細めた。

 

「ボスがここへきてすぐにな。―――アンタに見せてやりたかったな」

 

 彼は、顔を寄せて、秘密を話すように小声で言った。

 

 

「厳格な保安官が、ジバニウムを呷って長いことかけた後やっと一言目だ。―――『悪ってもんの反対はなんだったか』ってな」

 

 




P1:一時的に蓋をしていた罪悪感と向き合う。単純なので復活。
  立ち直るのが早すぎる。違う、そうはならないはずだ。

酒場の店主:話に聞いていた迷子が来たので、つついてみた。くれてやったはずの会員証が帽子を添えて落とし物として返ってきたので笑った。

客ら:レアな証を携えてきた人間がボスと何を話すか関心あり。スケープゴートの情報収集者はしばらく困らない分の飴を保証された。

保安官:感情的になった自覚があったので、自省していた。悪の対義語は正義ではない。成功や正しさに価値が見出される時、失敗や間違いは等しく無価値か。そうではないと言うなら、何をもって価値があると胸を張る?
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