気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
許可証を携え酒場に踏み入る。保安官と遭遇。紆余曲折合ったがそれぞれ市長から与えられた仕事を進める方針を確認。目撃情報及び作戦への有力情報を得るために、次の場所へ向かうこととなる。
目撃者のいるモーテルへ…行く前に、市長に報告に行こう。
道すがら、先ほど拾った手書きのメモにも目を通しておく。
『私たちは、本気で話し合わなければ。
彼は予想していたよりもはるかに速いペースで成長している…。
だけど、大きさに関してはそれほど問題じゃない。体が大きくなることで引き起こされる他の理由によって、彼が見つかる可能性が高くなることの方が問題だ。
泣き声が大きくなり、動くたびに轟く音が、以前に増して目立つようになる。
彼は急速に成長している。私たちがそばにいない間、彼に与えるちょっとした気晴らしでは彼を静かにさせておくことはできなくなるだろう。親から長い間離れていることに耐えられる子どもがいるだろうか?
私たちが留守の間、彼の面倒を見てくれる者が必要だと思う。ここには捨てられた資源が大量にあるので、まずはそこから始めよう』
…、…。手記は…逃亡を図っていた2人組のものだろうか。自分たちの子どもとして生み出したCaseは、彼らの予想を超えて大きくなっていたらしい。秘密裏に生み出していたその存在を隠し通すため、彼らは自分たちがいない間、その子を泣かせないようシッターを生み出すことにした…ようだ。
…、…2人組は、大きくなりすぎたその子を、結局外へは連れ出せなかった、ということなのだろうか…。
その子と新たに生み出されただろうシッターは、その後どうなったのだろう…。
物悲しい気持ちで報告書から顔を上げる。
暗がりが照らされた街。立ち並ぶ灰色のコンクリートの建物の向こう。遠く、同色の巨塔が静かに揺れていた。
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「ドクター、一旦報告に上がりました」
「……いちいち来んでいいんだが」
「いえ、進捗を。市民らはジャンボジョッシュ以外にも街を襲った者の姿を目撃しているようです。ノーティワンズの他にもいくらか。それと、バーでシェリフと会いましたが、彼とは引き続き別に動きます」
「―――…保安官の調子はどうだ」
私は思わずシリンジョンをまじまじと見つめた。振り返ることなく作業に勤しむその顔は見えない。
「…いくらか疲れていました。でも別れ際には、…調子はそれほど悪くない様子、だった、かと…」
こちらを向いた外科医は半眼だった。
「貴様が逮捕されていないなら、そういうことだな。―――まぁ良くやったもんだな貴様。あの保安官に許しなんぞの概念を与えるとは」
放られた言葉に驚きつつ、訂正する。
「…シェリフは元から、許しをもっているひとでしたよ」
じゃなきゃ私は出会って速攻で手錠付きだった。女王陛下の意向は規律を守る彼にとって大きいだろうが、それでもあれほどの自由を許されはしなかっただろう。
彼は犯人逮捕より国民救助を優先するひとだ。悪を取り締まるのは目的ではなく手段であって、彼の根っこは守護な気がする。許せないのは不正ではなく、厳密には守られるべきものが脅かされること…なのでは…?だんだん自信がなくなってきた。わかったつもりが一番こわい。
「簡単に言う」
シリンジョンは鼻を鳴らした。
「失敗や間違いを無価値とした判断をこそ、奴が最も否定したかったものだろうにな。自身の証明に躍起になって結局その鎖に縛られていた奴だ。―――ま、どうやら貴様の『おせっかい』のせいで多少マシになったと見える」
私が何をせずとも彼は自分でなんとかしたと思うが…。しかし、それはそれとして。
私は不思議な気持ちでシリンジョンを見つめた。詳しい物言いだ。少なくとも、かねてから相手の状態について意に留めていなければ、なかなか出てくる言葉ではあるまい。
彼のイラストに付けられた教訓を思い出した。彼は、仲間のメンタルを気にしたのだろうか。
目を瞬く私の視界に、向こうから道具を持ってやってきたとある人物の姿が映る。
あっ、と私は口を開いた。
「―――助手さん…!」
“…えっもしかして自分のこと?”という様子で、その緑の彼は肩を揺らしてこちらを見る。
「良くなったんですね」
「目を調整した。二度と鋏とハンマーを間違えんようにな。―――たかが1改良で大げさだな貴様」
「いえ、私にはその、彼らの生態がよくわかっていないので。どうなるのだろうと心配しました。なにせ倒れているか眠っているかの判断もつかぬものですから」
「今言った2つに大した違いは無いが」
えっ。
まじまじと彼らを見つめる。助手さんは気まずげに身じろぎしたが無言だった。物静かなタイプなのかもしれない―――ふと、そういえばドリルにやられているときも彼の声は無かったなと気が付く。
考えを巡らせる私へ、シリンジョンは補足した。
「我々に睡眠は必要ない。…いやゲノム元に引っ張られて睡眠サイクルを模倣する輩もいるな。とはいえ、それも
活動停止…。
「打撃で気を失ったノーティワンズのような…、どうなったら活動再開するのですか」
「乱れた神経伝達がもとに戻ったら…つまり外的衝撃から回復したら、と言えば良いか?打撃によっては波が飛んだり乱れたりする訳だ。あと活動停止の理由で考えられるのは体内のジバニウム不足か。その際は単にジバニウムを適切に摂取すれば元に戻る」
「…長期にわたって活動停止した場合でも、そのあとダメージ無く回復は可能なのですか」
「理論上問題ない。寝て起きるように、その個体は何ら性質の変化なく、活動を再開する」
「…十分なジバニウムを得れば、たちまち目を覚ますということですね。…乾眠のような?」
「―――いいだろう。理解できているようだから、もう少し説明する」
シリンジョンは、教鞭をとるように腕を持ち上げた。
「我々の身体は…つまり、ジバニウムを基礎とした身体は、ということだが…衝撃に対する耐性が高く、同時に修繕性に優れている。外傷への治療は容易に済む。欠けた部分に粘土を付け足すようなものだ。過度な衝撃や出血――ジバニウムの流出をそう表現するが――それによっては活動停止に陥るが、時間経過やジバニウムの補充によって活動再開が可能だ。いずれも致命になりえない」
なるほど。シリンジョンが人間を脆弱と一刀両断するわけだ。彼らの耐久性は目の当たりにして薄々理解していたものの、思ったより復活力もあるらしい。
…粘土のように付け足しで傷が癒せる…。傷ついた部位が手足であれば頷ける話だ。しかし、頭部の場合は?あるいは身体の大部分が欠けて付け足された時…その個体の元の意識はどこにある?欠けた部分の方か?それとも残った方?…あるいは両方に?
「…貴方がたの、精神の同一性は何によって保証されるのですか。身体も部分は代わりが効き、ジバニウムの流出も個の精神を破壊するまでに至らない。何が失われたとき、貴方がたの個別性は永久に失われるのですか」
私は問うた。
「貴方がたにとって、死とは何でしょう」
外科医は答えた。
「ジバニウムと混合された遺伝子情報の、完全な消失。―――まぁ、死の定義をどうするかによるが。貴様、器が同じでも中身の性質が違うとなれば、以前の個体は失われたと考えるタイプだろう」
「…状況によりますが…おそらくは…」
「器が違っても、中身の性質が同じであれば、その個体は失われていないと考えるか?」
「…、…。その個体の意識や記憶に…連続性があるなら…」
「フン。すると、貴様が『個体』として重要視しているものが保存されるためには、条件がある。まず体内のジバニウムが多量に失われた場合だが、器が無事なら全く問題がない。器の欠損があっても、部位にもよるが損失5割以下ならギリギリ記憶と意識に障害がなしで復活可能だ」
めっぽう強いな。
「ちなみに器が真半分に別れてどちらにも補修を行った場合、元の意識と記憶を有したのはどちらか一方のみで、もう一方は新生した」
さらっとこわい実験してる…。
「次に、器が完全に消失した場合だが、これはその個体内に流れていたジバニウムをどれほど回収できたかで復元程度が変わる。…8割以上なら全く新しい器でも元の性質と記憶を引き継いで活動再開できる」
保存できたジバニウムの量によって、記憶や精神性の保存程度も変化するということか。
「我々にとって死は何かという問いに答えるならこうなる。―――すなわち、器もジバニウムも永久に失われ二度と遺伝子情報が取り出せない、活動停止した状態だ」
…、…。それは、相当の場合において治療の手があれば活動再開が可能であることを示している。
私は目の前の生命を見つめた。
「貴方がたは、人間が長きにわたって渇望する不死というものを、かなり近しく体現しているように思えます」
外科医が肩をすくめた。
「いかにも。―――ジバニウムさえあれば、な」
なるほど、そのジバニウムが貴重であるがゆえに、気軽に怪我できないわけだな。
「それでも、なんというか、貴方がたの存在は世界から称賛と喝采を浴びるようなことだと思います」
「…おめでたい頭だな…」
そこまで言われる発言か…??
でも話が本当なら、彼らには死が著しく遠い。それこそどんなに傷だらけで倒れていようと、後から復活できるのだ。ただ寝ているだけと思ってもいい。
一見死のようでも、死ではない、と聞いて私はある光景を思い出した。
―――うん?人間と同じような死の概念が適用されないのであれば…
「最初の部屋にいた吊られた彼らは…」
「私が停止した」
――――――。
見上げた先で、揺れない瞳がこちらを見つめている。
真冬に薄く凍てついた水面のような。
あるいはその冷たさにじっと耐えるような。
その静かな声を聴く。
「永久に。私の手によって。―――少なくとも私の目が黒い内は」
…、…。言葉は処刑人のものだが、声色はまるで墓守のそれだ、と思った。静謐で厳格で頑なだった。誰にも触れさせない、持たせない、責任があった。
慎重に、言葉を紡いで問いかける。
「…眠りが、必要だったのですか」
「体は確かでいくら修繕できようと、精神は摩耗する―――あそこにいるのはどうにも使えなくなった奴等だ」
言葉は、露悪的だけれど。…そこには、何か。
私は、初めて彼と出会った時を思い出した。色のない部屋で、眠る彼らを挟んで、対峙した我々。その時の彼の視線を。
彼の町に入る前。やってきた人間を、…心を擦り減らして眠ることになった彼の子どもたちを前に、どんな思いで見たのだろうか。恨みではなかった。怒りでもなかった。その犠牲を、命を、前に。
―――無知のままで歩みを進めた自分を思った。罪ありき。でも。
無知ではある。蒙昧で未熟ではある。しかし、知るためにあの時進んだ選択を後悔しない。
顔を上げた。時を経て、今再びその視線に応える。
「彼らは、人のために働き切って眠ったのですね」
沈黙が答えだった。
私はその静かな痛みの前で、目を閉じた。胸に手を当てて彼らに思いを馳せた。永い眠りを悼んだ。
…………再び目を開けた時、ドクターは椅子に座っていた。視線が交わって、彼は、は、と鼻で笑った。
「湿気たツラだ」
「真剣といってください」
「いつまでも引きずってくれるなよ、仕事が滞る」
この話はおわり、と示されて私は頷いた。
「そうですね。ドクターの仕事が遅れたら、寝ている彼らも浮かばれな…」
…浮かば…良く考えたら彼ら宙に浮いたままだな…。
「邪魔だからな」
―――……ん???
「…寝心地が…その、良さそうには見受けられないんですが…」
「人間と構造が違うから身体にそこまで負担は掛からない。箱積みすると保存や移動に面倒だろう?吊るしとくとその点邪魔が最小限だ。湿気にくいしな」
ナイスアイデア、とか言い出しそうな医者の顔を私は見つめた。効率が極まってるがぶっ飛んだセンスだ。恐れ入りますが人間の遺伝子情報をお持ちでしたよね…?
とは言え目の前の外科医に言ったところで理解を得るのは難しそうだ。
私は近くのもうひとりの反応を見ようと目だけ動かす。
彼はずっと黙ってそこに居たのだが、一応話に頷いたり目線を動かしたり反応はしていたので、ちゃんと話を聞いているはずだ。
私はそっと助手さんを窺った。目が合う。…そこんとこ、どうなんでしょうか。
…、…。
―――無口な彼は、黙って首を横に振ったのだった。
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ドクターに調査場所を伝えた後、私はモーテル前にいた。
『さっさと次へ行け』と仰せのドクターに追い払われる形で、やや急ぎ足でここまで辿り着いたのだが。
緑の煉瓦の壁に赤い扉。『MOTEL』のネオンライトが灯っている。建物の大きさから見て、それ程部屋数は多くなさそうだ。件の目撃者がすぐに見つかれば良いが。
シェリフからもらったキーカードを使う。
扉が開いた先は…廊下だ。ジバニウム缶やタイヤ、木箱などが乱雑に置かれている。部屋がいくつか並んでいる様子だったが、目撃者がどこに居るかは情報がない。端から調べて行こう。
ひとまず1階の一室。一応扉をノックしてみる。返答はない、が中で何か動いている気配がある。取り込み中かもしれない。キーカードで開きそうだが、流石に無礼だろう、先に他に行くことにする。
ついでに書類を発見。
報告書だ。Case11の更新番号14…。呼称はカタツムリ…。スロウセリーヌの報告書だ。
『この報告書は、Case11が収容室内で定期的に姿を消し再び現れるという現象に関し、管理者の懸念に対処するために作成されている。
我々はこの事実を認識しており、我々のチームはこれらの出来事を理解するために弛まぬ調査をおこなっている。残念ながら、Case11は未だこの行為について自ら説明しておらず、また我々が述べているその奇妙な行動について常に気に留めていないようである。
信じがたいことだが、この現象が発生するたびに、Case11の収容室の監視カメラは一時的に停止し、Case11が現れると再稼働する。これは施設職員による手動操作とは考えられず、施設職員が密かにCase11を支援しているとは考えられない。
可能性としては、Case11の異例のスピードが挙げられるが、これは確かではない。
我々は、いまだこの現象が発生した際の、Case11消失の正確な瞬間を捉えることができていない。しかしこの現象についての説明発見を、引き続き試みる。
Caseは発表の準備ができていない』
スロウセリーヌは、時々収容室から消えていた…らしい。並外れたスピードが原因ではないかと考えられていたようだが、詳しくは解明されておらず、当人もよくわかっていない様子…。
以前ビデオで見た彼女は、火花を散らす勢いで移動していた気がする。近くの機材に影響を及ぼすほどのスピード?あるいは時間に影響を…??
…光の速さを越えると…時間の流れが変わるんでしたっけ…アインシュタイン博士…?速く動きすぎるものは、外から見ると時間の進みが遅く、光速に近づくにつれ時間が止まっているように見える。光速以上なら時間は逆向きに進むか、というのはまだ空論だが。宇宙船…浦島太郎現象…。
スロウセリーヌ時間跳躍説…―――ちょっと考えがSFに跳びすぎた。確証がないものを夢想しすぎるのは良くない。いい加減目の前のことに集中すべきだ。
私は頭を振った。仕事に戻ろう。
廊下を進んだ先に丸い球体…ツインズとよく似た姿を発見。
「こんにちは」
声をかけると、黒い瞳の彼、あるいは彼女は驚いたようにびょんと飛び跳ねた。
「えっこんにちは…」
かなり戸惑っている様子だ。しゃがんで市長の許可証を見せつつ、問いかける。
「突然すみません。市長の使いで調査に来ました。…暴れた緑の生き物を目撃したのは、貴方でしょうか」
「い、いいえ…」
「わかりました。…上の住民にも聞いてきます。ご協力ありがとうございます」
…、…まだびっくり半分の相手をこれ以上怖がらせないよう、素早く2階に行くことにした。
階段を上がった先、扉をノックをすると…返答があった。向こうから扉が開かれる。
『やっと!騒音苦情の対応に、誰か来てくれた!』
出てきた人物の口から、英語じゃない言語が飛び出してきて私は面食らった。
『――ん?違うのか?』
待ってほしい、分からない。抑揚の感じからしてスパニッシュぽいかもと思うが合っているかも曖昧である。私はちょっと待ってと手を挙げて…そして気が付いた。そうだ携帯端末!
リュックから端末を出して画面を見つめ…ある!翻訳!!
私は、それを相手に向けて、もう一度、とジェスチャ―をした。
不思議そうだった黒い帽子の彼は、合点がいったように頷くと、ゆっくりそれに向かって話し出す。
『アンタが来た理由は、俺の、騒音苦情の対応のため?』
画面に読み込みマークが映し出され、続いて文字が表示された。
【あなたが来た理由は私の騒音苦情に対処するためですか?】
…ポルトガル語!流石に「Olá!」くらいしか知らなかった。
文面をよく見て、いいえ、と私は首を横に振る。
「街を襲った緑の生き物のことを聞きに来ました」
声を吹き込んで端末を見せる。
『…ああ、街を襲った怪物。なるほど市長としては俺の安息よりそっちのが重要って訳だな。ええと……上の住民が、一時間、叫んでいる』
【上に住む人が一時間叫び続けています】
『アンタが上階の騒音を止めてくれたら、怪物について知っていることを喋る』
【あなたが上の騒ぎを止めたら、怪物について私の知っていることを話します】
私は頷いた。
『助かる!早く行ってくれ、頭がおかしくなりそうなんだよ』
【助かります。早く行ってください。気が狂いそうです】
私は慌てて頷き、上の階へ向かった。
連続していた音が、いよいよ大きく聞こえてくる。すごい肺活量…と思いかけてそういや彼らには呼吸は必要ないのか?と思い至る。そうは言っても発声に空気は必要だと思うが…仕組みとしてはどうなっているのか…。
余計な考えをしている中、とうとう騒音の元と思われる扉の前にたどり着く。
ノックしてみる。が、特に反応はなく、叫び声が聞こえるだけだ。なにか、声には鬼気迫るものを感じる。…―――もしかしてこれ要救助では???
ドン、と一度扉を叩いて私はキーカードを使った。
「―――すみません開けます!!」
突入する、と奥の部屋に人影が見えた。駆け寄ると市民だ。
「大丈夫ですか!」
彼はこちらを見つつ震えながら叫んでいる。その手が指し示す方向を見る―――と彼は突然口を閉じてベッドの下に素早く潜り込んだ。
鮮やかすぎる挙動にぎょっとする私をよそに、彼が指さしていた方向、暗い部屋から何かが覗く。
「マダ、オナカ、空イテイマス―――」
幾重にも重なったかのような不安定な声。腹ペコの蛇…だった黒色の腕が這い出す。続いて、体が、顔が。
紫に発光する瞳と目が合う。
「―――アァ、アナタ、オボえてマスよ」
黒く染まった体。表面を紫の光が脈のように這っている。手足のシルエットは、私の知る彼に似ていた。だが、違う。頭頂部から腹までが大きく開き、そこから長い舌が覗いている。巨大な口のようなそこには、鋭い牙がズラリと並んでギラギラと紫に光っていた。
トラバサミ、ワニ、あるいは食虫植物のような頭の相手は叫ぶ。
「―――ワタシのジョークヲ嫌っテマシタヨネェ!!」
「違うが!!??」
私は返事に動きが止まって―――そのまま高笑いする彼の牙が迫る。
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とても納得がいかない。
私はビブラートで叫ぶ市民の前にいた。私と目が合い、パクリと口を閉じた彼は驚くべき素早さでベッドの下へもぐりこむ。
―――今考えると、彼のこの動きはサバイバルガイドにおける脅威遭遇時の対処法で間違いない。素晴らしい動きだ。
再びビターギグル(洗脳された姿)が現れるのを見る。洗脳された他の者は姿が変わらなかったのに、彼が大きく変貌しているのはなぜだろうか。本能の暴走?ウスマンの凶暴化のときのように?
私も隠れたいところだが、生憎そんな場所はない。説得が通じるターンでもなさそうだ、逃走するほかないだろう。
「ワタシのジョークヲ嫌っテマシタヨネェ!!」
「いいえ!!!」
私は非常口、と書かれた穴に飛び込んだ。
建物外の屋上らしく場に出た。しかし背丈ほどのトタンが並び立って、迷路のように入り組んでいる。考える間もなく走る……突き当りに見えた小さな緑色の姿に私は目を見張った。
丸い体、真白い瞳。―――子どもの市民だ。避け……いや駄目だ、この子が後ろから来た追手に蹴散らされるのが目に見える。
「っごめん!」
立ち止まらずに抱え上げる。
「へ、え?えっ??」
「申し訳ない、私が追われているので、広いところに出るまで待っててほしい!」
細い道を駆け抜ける。背後から足音が響く―――まだそれほど近くは無いが、急ぐに越したことはない。
追手を気にしつつ、腕の中の子にも視線をやる。
「すごーい!はやーい!」
…最初こそ驚いていたようだったが、もう周囲に目を向ける余裕がある様子。危機的事態をそれ程わかっていないのかもしれないが。
迷路のような道が開けるが、その先の地面は途切れている。下は道路だ。―――後戻りはできない。では進路は前。
速度を緩めず踏み込んだ―――思いっきり跳んで前方の建物の屋上へ移る。“わぁーお!”と腕の中で歓声。
「…ちょっと浮いた!」
くすくすと笑い声。なかなか肝が据わっている。
怯えていないなら良い―――この子を先に逃がさないとならない。
視界がひらけた一瞬で周囲をなるべく見ておく。
街が広がっている。ネオンと灰色の道路。街灯、遠くを歩く市民。
…、…。
「―――君、高いところは好きかな。怖くない?」
ぱたぱたと小さな足が動いて、楽し気な声が返ってくる。
「うん!だからわたしあそこに居たの!」
それはよかった。
「君に度胸があると見て提案なんだけど―――ちょっと宙を飛んでみない?」
「なにそれ!できるの?やりたーい!」
意図し焦りや緊張を押し込めて、なるたけ明るく微笑む。―――安心をもらえるように。
「できる。―――すぐにでも」
建物を飛び移りながら高さは下がってきた。今なら2階程度か。
トタンの道を縫って進む。背後の音に追いかけられながら。建物から建物へ跳ぶ。
さらに走る。跳ぶ。
チャンスはまだ巡ってこない。焦らず、でも逃さないように。
……眼下の道を歩く市民の姿を確認した私は叫んだ。距離は十分!
「―――そこのかた!」
さぁ、と腕の中の子に声をかける。
こちらを見上げた市民と目が合う。
「この子を頼みます!!」
軽い力で放った、目を輝かせる子どもは―――ふわりと落ちて唖然とした市民の腕にちゃんと収まった。
よし!!!
「―――ありがとうございます!」
すぐ後ろに迫った音に振り返らず、私は再び走る。
P1:思考がよく他所へ行くため、遅延しがち。沈黙もしがちだったが最近よく喋る。
現在必須でないことに時間を割くな。進め。
外科医:それが必要であるなら何にでも躊躇なく手を下せる。自身をそうだと信じている。
助手:物静か。受容の態。起こる全てをそういうもんだと思っている。
モーテル廊下の子どもの市民:初めて人間を見た。
騒音に悩まされる市民:耳が良い。
叫ぶ市民:―――ああ!トイレに!トイレに!!
道化師(洗脳された姿):メンタルがしっちゃかめっちゃか。
屋上の子どもの市民:弧を描いて飛んだ。かっこよく落ちただけかもしれないが、それでも宙を!
道行く市民:運悪く差し掛かった。何が何だかわからなかったが、取りこぼさなかった。
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Gvに関する捏造設定。今後原作との明らかな齟齬が生まれたら、修正する可能性大。どうか許されたし。