気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
エレベーター墜落事故現場から歩き始め、地下施設の探索を行う。
扉を開いた先、『BANBAN’s Kindergarten』のカラフルでポップな文字が私を迎える。デスクやキャスター付きの椅子が複数並べられた、オフィス、と言った印象の部屋だった。幾分明るい室内にほっと息をしつつ探索を続けようと周囲を見て、
『―――なぁ、そこの君』
唐突に聞こえた「人」の声にぱっと顔をあげる。声は続いた。
『カメラから見えたんだ、君に会えてとてもうれしいよ。…それで、申し訳ないがちょっと助けてほしくて、――いやまて、僕の声が聞こえるかい?もしもーし?』
私はあたりを見回した。音声はどうやら、目の前のスピーカーから流れているようで間違いなさそうだが、カメラはどこだ?
「はい、はっきり―――」
『聞いてくれ、もし僕の声が聞こえるなら…どのカメラでもいい、手を振ってくれないかな』
…ふむ、こちらの音声は届かないようだ。
左に発見したカメラに近寄り、見えやすいように大きめに手を振る。はたして反応があった。
『あぁ、よかった。君がいてくれてありがたいよ。これで終わりかと思った』
心なしか安堵した様子の声が続ける。
『辺りを見歩いてセキュリティルームに入ったら、ドアが閉じてしまって、それからずっと閉じ込められているんだ。開けるには水色のキーカードが必要なんだが、持っていなくてね』
落ち着いて淡々とした男の声は、一度ここで途切れた。
『…ええと、僕は君がここに居る理由を知っているし、助けることもできる。ただ、それには僕をここから出してほしいんだ…』
切実さを感じる。こちらから質問ができないのは歯がゆいが、彼も巻き込まれた境遇なのかもしれない。協力者となってくれるかもしれない人物の登場は、素直に喜ばしい。
了解、の意を示すため、カメラに向かって手を上げた。
声によれば、水色のキーカードは整備員しか持っておらず、したがって整備室に行けば見つかるかもしれない、という話だった。それにはまず整備室までの道の確保と、鍵を探す必要がある―――やることはさっきまでと同じだ。
彼の助力によって開いた休憩室からリモコンのアンテナを見つけ、見事ドローンは復活した。手元に戻ってきたドローンを感動のままに持ち上げてカメラに見せる。
ありがとう!おかげで直った!という主張が伝わったか不明ではあるが、向こうからも反応があった。
『ああ、古き良きドローンだね。僕は2週間前に無くしてしまったんだけど、整備員が色々と使っていたよ。高い物に手を伸ばしたり、奈落に落ちたものを拾ったり、慰めにしたりね』
なるほど、と頷き近くの作業場を見つめる。ハンマーが置かれたそこは、ドローンを好みにカスタマイズする場所らしい。サンタ帽、カウボーイハット、パーティーハット、と3つの帽子が置かれていた。…3つとも試してみる。悪くないが、シンプルイズベスト、そのままの君がよい、と結果3つの帽子はリュックにしまわれた。
ちょっと可愛いらしく思えてきたドローンを見つめる。手助けしてくれる存在というのは、無生物でも、たとえちょっと指示が通りにくくても、愛着が湧くものかもしれない。離れ難いとまでは言わなくとも、少なくとも失うのが惜しいと思うくらいには。…奈落に落ちたものを拾うのは、どうやるのだろう?後で詳しく聞きたいところだ。
整備室の鍵を見つけるための探索中、朱色の扉と、その反対に位置する水色ライトの扉を見つける。なるほど、ここが開けばよいのだと場所を記憶した。
動きながらカメラに手を振ると、声はよく応えて話をしてくれた。
勤務体制についての言及や先程の整備員の話から考えるに、声の主にとってここは見知った場所らしかった。この施設の関係者なのかもしれない…。
と、考えつつ進む途中、デスクの上に一枚の紙を見つける。
今までのメモや子どもの手紙とは少し毛色の違うそれは、題に「報告書」と書かれていた。
…、…。
報告書を要約すると、どうやら怪しげで厄ネタな実験がここでなされていた、と言う様子が浮かびあがってくる。専門用語らしき言葉も混じった報告書の全ては理解できそうもないものの、現時点で理解できそうな部分を整理しながら読んでみる。
Case6…ジバニウムなるものと人間の遺伝子情報をもつ、タイプが2の、通称『悪魔』…についての報告書らしい。Update…つまり更新番号は2。どうやらこのCase6は高い知能を持っているが、自分を遺伝子情報の提供者である人間自身だと思い込んでいて、その認識は彼自身の像を見せても変化がないようだ。まだ遺伝子提供者との面会はされていない。自分が人間でないという自覚がなく、非人間として扱われると戸惑う様子が見られる。
Case6は全身に繰り返される、計り知れない痛みを訴えている。遺伝子提供者の人間は医師だったのだが、それでもCase6は「血流に関係する痛み」という以上の詳しい説明はできなかった。そしてCase6の体内には血液はなく、ジバニウムがあるのみ。
冒頭の文章を読むとどうやらこのCase6は、それ以前のCaseが失敗した理由を教えてくれるかもしれない存在として報告されている。人との高度なコミュニケーションを期待されているの、だろう…。
…、…。
遺伝子提供者である人間とは違う姿をした、高い知能をもって言葉を話す存在が示唆されたため、私は慎重に、「声だけの相手」と今だけ意図的に視線をあわせず、自然な動きを努めて探索に戻った。相手が「そう」だとしても、変に意識されて、警戒心を抱かれても、互いによくないだろう。
報告書を読んで、改めて私はこの部屋の壁にも描かれたマスコットキャラクターたちのイラストを眺める。
一番はじめの部屋に描かれていた絵よりキャラクターが多い。増えているのは『スロウセリーヌ』と名前が書かれた黄色いカタツムリと、『トードスター』と書かれた茶色のカエル。そして、かなり距離を開けた左端に、名無しの青い…牙がいっぱいの口に3つ目のもの。手足が細くて長い。
―――…この青い、他のと明らかになんか違うやつ、さっき見たな…―――。
思考が他のところにぶれつつ、無理やり軌道修正して考えをまとめる。ジバニウムなるものと遺伝子情報の混ぜ物である作られた存在の彼らが、何らかの理由で人を襲っている、という状況、なのだろうか。
ちょっとこれらのマスコットキャラクターについて、声の主の知見も聞いておきたい。
手を振る、が、反応がない。見えなかったか、とぴょんぴょん跳ねつつ少し大きく手を振ってみた。
『―――ええと、ごめん。見えているよ。考え事をしていて、返事が遅れた』
おお、良かった。手を振って反応をみるのはあっちの安否確認も兼ねている。なにせ相手がどんな状態でどのくらいの時間、閉じ込められているのか知れないので。
反応が得られたので、カメラに手を振りながら緑の巨人の絵の前まで行き、手で示す。
『それはジャンボジョッシュの絵だね、彼は野菜が好きなんだ』
物凄くニュートラルな回答だ。うん、と頷きつつ今度は自分がやってきた方向を示す。
『あっち?』
そう、と頷く。もう一度、今度は連続して動く。ジャンボジョッシュを示した手を、扉へ。
ごく短い沈黙。
『――ジャンボジョッシュが、あっちに?…君は、彼に会ったのか?』
そう!!!と、うんうん頷いて飛び跳ねる。内心で相手の察しの良さに大拍手を送って沸き上がっている私とは対照的に、カメラの向こうはしばらく沈黙していた。
口ぶりから察するに、声の主もまた、マスコットキャラクターが意思をもって動いているのを知っている。さぁ、話をして、そしてあわよくば情報がほしい。
『よく…大した怪我もなく、無事だったね。すると君は、彼から逃げてきてここに居る?』
声の主からしてもジャンボジョッシュは危険な存在であるらしい。OK,次見かけても迂闊な接近はしないでおこう。逃げてきた、というのは少し違う気がして、迷った末首を横に振る。エレベーターをどけてやりたい云々は、ニュアンスが伝え辛いので直接話すのが良いだろう。
『そうか…。もう目の当たりにしたかもしれないが、彼は力が強いから、姿を見かけたらなるべく見つからないよう隠れたほうがいい。彼にとっては遊びでも、僕らにとってはそうじゃないからね。…他にも誰かに会ったかい?』
頷いて、私はオピラバードを指し示した。
『オピラに?彼女は…子どもに対しては攻撃性が無いんだが。どうだい、君は追いかけられた?』
『彼女』!少なくとも、幼げな精神性をしていなさそうな扱いだ。セクハラに激怒した説に若干信憑性が増してしまった。気まずい気持ちで頷く。
ますます、カメラの向こうの沈黙は長くなった。
『君はあまり…』
一度声は言葉を選ぶように途切れた。
『動揺したり、焦ったりしていないな』
私はカメラを見つめた。自分のことはともかく(十分動じてはいるが伝わらないのだろうと思いつつ)同じことを、薄々、相手に対して考えていたからだった。
閉じ込められていて脱出には他人の手が必要不可欠、という私をせっついても然るべき状況に、彼は全く、急かすとか苛立つ気配を表さそうとしなかった。忍耐強いか、冷静か、または楽観的か、あるいは全部、とその理由の見当をつけつつコミュニケーションを続けているのだが。
相手は、私に見つめられていると感じたのか、やや逡巡したように撤回した。
『いや、そう見えただけで実際の君はそうじゃないのかもな。責める意図はないんだ。むしろ…うん、その落ち着きは、有難い。僕には君の協力が必要だからね』
有難さなら、ここにきて話の通じる相手が現れてくれた私のほうこそ、と言うべきなのだが、彼には生憎届かない。至って穏やかな態度でいてくれるのは、こちらも動きやすくて感謝したい点だ。
声の主が何者であるにせよ、水色のキーカードを見つければ直接会話ができるので、その時にでも色々話せばいいだろう。
『そういう意味でも、僕の話が何かの役に立ったならいいんだけど』
その言葉には間髪入れず頷いて手を振っておく。カメラの画質も考えてやや大げさに。それはよかった、と穏やかな声が返ってきた。
彼とは脅威を共有できそう、つまり協力体制を組めそうだ、という情報を得て、私はこの時間のかかるコミュニケーションを終えることにした。これ以上は後でした方がいい。ありがとう、とカメラに手を振りつつ次へ進む。
声の主の話を聞くに評判の悪かったらしい出勤形態のボタンの謎を解く。3点のジュンさんから、22点の成績上位者ウェバリーさんまでの順に押す。
『お見事。これで整備室への道が開くはずだ。水色のキーカードを忘れずに頼んだよ』
開いた棚から黄緑色のキーカードを手に入れて次の扉を開く。
『その先が整備室だ。ここからは僕の声が届かないだろう。気を付けて』
声に見送られて、私は手を振った。
P1:表情はあまり変わらないタイプ。観察は苦ではない。饒舌ではないが会話は好き。
声の主:注意深く見ている。