気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
モーテルで情報提供を受ける。劇場へ向かうが、橙のクラゲと接触。会話と時間調整の後、チケットを譲り受ける。
荷物を確認して、シアターに向かうことにする。
近くの地面に手紙を発見。馴染みのある筆跡だ、『ママへ』の書き出し。
『どこにいるの?
あいたいよ : (
クラゲさんもいっちゃった
みんなこわがってるよ』
「claire」「me」「miss mason」の泣いている絵…。
今なお、何処かに匿われているだろう彼らは…不安なのだ…。
…、…。私は頭を振った。進むことにする。
それが今、私に、できることだ。
シアターの入り口に近づくと、受付係らしき市民の彼は大変嫌そうな顔をした。
『…それ見せてみろ』
英語ではない。指さしで何となくわかったのでチケットを出しつつ、端末を開く。
「―――市長の使いで緑の大きな生き物を探しています。こちらに情報があると聞きました」
差し出した端末を見て、彼は顔をやっぱりしかめた。
『…閉鎖されてないホールに行け。一か所しかない』
【閉じられていない劇場へ行ってください。たった一か所だけあります】
画面に現れた表示を見るに、スペイン語らしい。2、3言しかわからないので翻訳があって助かる。
しかめっ面の彼は続けた。
『ここで過ごす時間がアンタにとってクソみたいなもんであることを願うね』
端末の翻訳はやや動きがなかった。読み込み中のマークがしばらくクルクル動く。
【ここでの時間があなた自身であることを願います】
…、…。どうも雰囲気として誤訳っぽい気がするな?
すみませんもう一度、と端末を差し向ける。
渋い表情の彼は、しかし律儀に…皮肉っぽくもう一度言った。
『…アンタのここでの時間がクソみたいなもんでありますように』
【あなたのこの場所での時間をねがっています】
…、…。違うっぽい?再三言わせるのは申し訳ないので端末を引っ込めようとしたが、相手はその前に声を発した。
『…アンタがクソみたいな時間を過ごしますように』
【あなたが価値ある時間を過ごすことを願っています】
…、…。
『…、…地獄みたいな時間になりますように!』
【ようこそ地獄へ!】
「――――このクソ翻訳機!!!!!」
受付の彼はカウンターから乗り出す勢いで端末に向かって叫んだ。
落ち着いてほし―――ちょっとまって今の英語だったのでは???
【この翻訳はクソです】
いやわかっている。大丈夫だ翻訳しなくて。―――あと充分助かっている。
煽り感のある端末に向かって受付係は怒り心頭の様子だ。こちらとて騒ぎを起こしたいわけではない。
「―――ええと、ロシエント!…グラシアス!」
彼がカウンターから飛び出してくる前に、知っている単語を言い連ねた私はシアター内にダッシュした。
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…受付係はこちらを追っかけてくることはなかった。安堵の息を吐く。
館内は落ちついた雰囲気だ。照明は暖色の控えめな明るさ。赤い絨毯がまっすぐ敷かれており、左右の壁には奥へ続くと思しき入口がいくつもあってポスターが貼られている。それぞれのホールに繋がっている様子。が、しかしいずれも板が打ち付けられて封鎖されていた。
カラフルなポスターをよく見る。『Flumbo & friends』『The Button of Death:PartⅡ』『The lick of ‘78』『EGG』『Lost in the Zumbo Sauce』『The Hour of Banbaning』
いずれも監督は『Brushista』と小さく明記されている。
…以前は多様な劇が見られたようだ。残念ながら現在の運営は縮小されている様子。
報告書も発見。Case4の更新番号12。
『我々のチームは、施設の北西棟への攻撃に関する知らせを受けた。この攻撃を実行するために必要な資源を低階層のCaseに供給する可能性のある候補者を見つけるために、内部調査を行っている。
北西棟には極めて重要な資源が保管されている。この惨劇による経済的損失を最小限に抑えるため、経営陣に以下の提案を行う。
北西棟にある資源は容易に破壊できるものではなく、その多くは未だ手を付けられていないと考えられる。この問題はその場に誰かを送り込んで回収するだけで解決する。
我々は、Case4の協力を得て、Case4Bを派遣してこの任務を遂行することを提案する。これによって経済的損失は最小限に抑えることができるだろう。Case4Bそのものと前述した資源の回復に成功した後、それらは再利用できるからだ。この件について、我々は経営陣の承認を待っている。
ケースは永久に発表の準備ができていない』
下層に居たいずれかのCaseによって、施設の一部が襲撃を受けていたようだ。襲撃者に資源提供した者が誰なのか、探されている。資源を惜しんだ施設運営側は、シリンジョンに依頼して市民の彼らに資源回収させることにした…ようだ…。報告書Case14の更新番号15ではシリンジョンが内通者であると指摘されていたから、時系列ではそれ以前の報告だ。
この報告書に書かれた襲撃者がダダドゥ卿一派なのだとしたら、この時点ではシリンジョンは施設側と反乱分子の双方から信用を得ていたということになる。―――そして、最終的には施設の人間側の警告を受けてダダドゥ卿らを封印するに至った。犠牲の大きさを天秤にかけて。彼はそういった立ち回りができる、ということは覚えておこう。
封鎖されたホール入口を素通りし、最奥の入り口へとたどり着いた。『Trojan Tarta』…ハートマークとオピラとタルタっぽいシルエットが描かれたポスターを見るに、恋愛もの…っぽい?
自分ひとりじゃなかなか見ないタイプなのでやや好奇心がそそられつつ、私は劇場に足を踏み入れた。
客席数を見るとなかなか大きいホールだ。壁に設置された照明を頼りにかなり薄暗い客席を進み、中央に立っている人物に近づく。
紅い帽子を被った彼は、こちらに気が付くと小首を傾げた。
「わぁ…あんたも、芸術鑑賞がすきなの?」
英語だ。声色の穏やかさにもほっとする。嫌悪は、感じない。
「興味はあります。…ただ、こちらへは市長の使いで来ました。緑の生き物をどこかで見かけましたか?あるいは何かご存じでしょうか」
「そうなのか。見てはないな…知っていることは…ああ、きっとこの首輪のことかな、確かに、何かの役には立つかもしれないね」
のんびりした話し方だ。ここまでの会話は割と神経を使っていたので、こういうひとがいると安心する…。
首輪、と彼の視線が向かった先を見る。彼の横には、ライトが付いた輪っかがあった。夜間の散歩時にペットに付けるアレっぽい。
彼は微笑んだ。
「使いで来たといったけど…でも、お仲間はわかるよ。あんた、きっと、アートを見るの好きだろうな」
……、一応、何事も鑑賞は好きではある。
「ええと…はい」
「そっか。じゃあぜひ見て行ってほしいなぁ。―――ああ、でも今日、なにかおかしいんだ。劇が始まらないんだよ」
トラブルがあるようだ。申し訳ないが、それでは仕方がないと辞退しようとし―――
「そうだ、じゃあ、こういうのはどうかな。劇を始めるのを手伝ってくれたら、この首輪を譲るよ。そうしたら劇も見れるし…よかったらいっしょに見て行って」
嬉しそうににこにこする彼を見ると、否とは言いにくいな…。せっかく首輪も譲ってくれると言ってくれているのだから、素直に頷いた方が得だろう。
「わかりました」
「ほんとうに!うれしいな、よろしくね」
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“たぶん舞台照明がついていないからだと思うんだ”という彼の言葉を頼りに、周囲に散らばっているライトっぽい機械を設置する。
ぱたぱた動くこちらを見てか、演劇観客の彼の声がかかる。
「急がなくて大丈夫だよ。芸術は時間をかけてつくられるものだからね」
ありがたい言葉だが、市長がそれに頷いてくれるかは微妙なところだ。一応その優しい気遣いにはお礼と微笑みを返しておく。
無事に6つの機械を設置し終え、舞台のスポットライトが点灯した。
「―――完璧だ…!ありがとう。…、…実はもう1つ頼みたいことがあるんだけれど、いいかな…?」
乗りかかった船だ。頷く。相手の瞳はちょっと揺れた。
「…僕、これを見るのは568回目なんだけど、この劇はもっと良くなると思うんだ。ちょっとひねりを加えてみてもいいと思う。…それでね、」
大変熱心な演劇愛好家あるいは新人監督らしき彼の、声が続く。
「一生に一度のショーっていうのを、準備をしているんだ。そのために…特別な素材が必要で…難しいところは終わってるんだけど、あとは…―――」
話はまだ続きそうだったが、近くの電光掲示板に文字が示されて彼は言葉を止めた。
『Delivery』と表示されている。
「―――あ、まって、その荷物が届いたみたいだ」
彼はぴょんと飛び跳ねた。思わず微笑む。
「取ってきましょうか」
「ほんとう?…ありがとう。その価値があると約束するよ」
教えてもらった通りに正面玄関に行くと、それはあった。
赤いくちばし。まん丸の黒い瞳。それから赤い羽根。ところどころ剥げかけているが、水色っぽい体色。
―――タルタバード…の3倍程度の大きさの模型が、そこに鎮座している。
予想よりはるかに大きな荷物だった。安請け合いをしてしまったと思いつつ、やると言ったからには最後までやろうと、その模型が乗っかった台車を力いっぱい押す。
かなりの重量のそれはゆっくり廊下を進んだ。
「―――あの、申し訳ない、もし、よろしければ、お手をお借りしても、よい、ですか」
ホール入口までなんとか模型を運んだ私は、限界を悟って演劇愛好家の彼に声をかけた。
「わぁ、もちろん。―――大変だったみたいだ。ありがとう。ごめんね?」
駆けてきた彼の手を借りつつ、一段ずつ階段を下ろしなんとか模型を舞台に載せ終える。
「ほんとうにありがとう!これで開演できるよ」
「ええ、よかったです」
微笑んだ彼は首輪をひょいと手渡してくれた。
「…、…。僕の賞金稼ぎの仲間がね、緑のゴリラにトラッカーを突き刺したんだ。この首輪、そのトラッカーに近づくと、ビープ音が早くなって、色が変わって光るんだよ。…、…あんたになら教えていいよね、そう思う。だって、嫌な顔をちょっともせずこんなに僕につきあってくれるんだもの。…あんた、いいひとだ」
…、…。
のんびりしていると思っていた相手の内側を垣間見た気がして、私は背筋が伸びた。
「ありがとう。―――きっと正しく使います」
にこにこと彼は笑った。
「僕も一緒に劇を見るよ。良かったら感想を教えてほしいな」
さらりと劇を見ることが決定事項になっている。まぁ…時間が心配なだけで関心がないわけじゃないし…せっかくだから楽しもう。
手近な席に座ろうと思ったのだが、待って、と声が掛かった。手招きする彼についていく。
…案内されたのは、ホールの最後尾、中央の座席だ。ここが一番良い場所だったりするのだろうか。彼の近くに座る。
周囲の照明が落ちる。
スポットライトが誰もいないステージを照らしている。
広いホールの席に座るたった2人の観客のために、幕が上がろうとしている。
「―――この恐ろしい街の愚かな人々が、みんな、僕やあんたみたいにこういうものの鑑賞を、忘れないでいてくれたらいいのにね」
真横から柔らかい声で重量のある発言が飛んできて、私は耳を澄ませた。穏やかで、でも確かな意志を感じる声が続く。
「最近じゃ観客はめっきり居なくなっちゃった。他にやるべきことがいっぱいあるってね。―――誰かの表現を見ることで、時間を掛けてそのひとや自分の中を覗こうとしてみるのをやめちゃったみたい」
…私は、そうっと視線だけ横へ向ける。
「僕は、その時間が、とても大事だと思ってたんだけど。…オオアリクイさんから教えてもらったんだ…」
彼の目は暗い舞台に向けられたままだ。
「…ああ、長く話しちゃった。そろそろ始まるね、楽しもう」
開演のブザーが鳴る。私は開きかけた口を閉じた。
舞台には緑の帽子の人物が現れた。
「―――これは、ジョナサンという男とSという者の物語だ。2つの星のように交差する、愛の鳥たち。2鳥を結びつけるために尽力した、ひとりの男。彼はそれを見るために、全てを投げ打った―――」
語り手が引っ込む。
やがて再び緑の帽子の人物が出てくる。隣には灰色の帽子の人物。
「やぁ」
「こんにちは、ジョナサン」
緑の帽子の人物―――ジョナサンが言う。
「君にプレゼントがあるんだ。きっと気に入ると思う。でもひとつだけ約束だ、ここからなるべく離れた場所で開けてほしい」
まぁ、と灰色の帽子の女性らしき声の人物―――Sが答える。
「プレゼントは大好きよ。でも中身が何かヒントを教えてくれる?」
舞台にせり出したタルタの模型…をチラ見するSに、ジョナサンは首を振った。
「ダメだ。そうしたらサプライズじゃなくなるからね。…、…。君にプレゼントがあるんだ。きっと気に入ると思う。でもひとつだけ約束だ、ここからなるべく離れた場所で開けてほしい―――まって、このセリフってもう言ったっけ?」
彼は…そわそわしているように見える。緊張、焦燥。
ゆら、と。
舞台後方。模型が動いた、気がする。
「―――ねぇ、今の、何?」
Sが気味悪げに模型を見た。ちょっと震えている。迫真の演技だな…。
「これが貴方の罠なんだとしたら、ジョナサン、貴方を逮捕してもらうわよ」
ジョナサンはひたりとSを見た。
「―――そうだよ、僕の罠のひとつだ」
うん?流れ変わったか???
「君や他のみんなが、この街の哀れな鳥たちにしたことの代償を払ってもらう」
とても早口でジョナサンがセリフを言い切る。
模型の動きが激しくなる。
何です???
「―――逃げろ!!!」
舞台上でジョナサンが叫び、2名はダッシュで裏に引っ込んだ。
誰もいなくなったステージ上。
模型がいよいよ激しく揺れる―――ばき、と音を立てて、その背に穴が開いた。
中から何かが覗く。
丸い頭。鋭い嘴。身体の黒く染まった2羽の鳥が、模型から飛び出す。
――――光る紫の瞳は、こちらをロックオンしていた。
私は弾かれるように座席から立ち上がった。
洗脳されたタルタバードががっつりこちらを見て走ってくるのが見える。逃げようと走りだす。―――追っかけてくるのはタルタだけだ。オピラは?と疑念に振り返って、彼女がなぜか演劇愛好家の市民の方へ向かっていることに気が付き、私は慌てて足をそちらへ向けた。
その細い腕を引っ張って再度出口に向かって走り出す。真後ろから声がする。
「―――言ったでしょう、一生に一度の舞台だって。僕は置いて行っていいんだよ、あんたなら逃げ切れるだろうし」
「聞けない頼みです!」
ひと花咲かせましょうってか。冗談じゃないぞ。
「あんたが最後の客なら悪くないと思ったんだけどな」
声はのんびりしている。…、…。違う、ちが、う。諦めた声だ。関心の薄い声だ。気力のない、疲れた声だ。
私は、長らくたった一人だっただろう演劇愛好家に言った。
「まだ感想を伝えてません」
はは、と彼は力なく笑った。
「それもそうか」
真っ直ぐな廊下を走る。幸いにしてタルタもオピラもそれほど早くない。上階での追いかけっこと比べるとまるで楽勝だ、市民一人を引っぱっていても出口に辿り着いた。
劇場を振り返る。―――堅牢な扉が閉まって、タルタ達が立ち止まるのが見えた。
「―――演者さんたちは!」
「だいじょうぶ、裏口からとっくに逃げてるよ」
私は一気に脱力した。扉に開いた小さな穴から、タルタたちが通路を引き返していくのが見える…。
「…ごめんね?」
どういう謝罪だ…???
「あの、どこからがアドリブでどういう劇だったんですかあれは」
「あぁ、気になるのそこなの。僕があっちと繋がってたことじゃなくて?」
「劇の全容がわからないと感想を言えないので…」
へにゃへにゃと彼は笑った。苦笑じみていた。
「そうだね」
力が抜けたように階段に座り込んだ彼は言った。
「…話の大筋は語られた通りだよ。2羽の鳥をすれ違わせたSと街の人々は、その2羽が上手くいくことを願ってたジョナサンから報復される」
「恋愛ものかつ復讐劇でしたか…」
「愛と復讐はよくセットだよね。僕が加えたアレンジは、ね。あのでっかい鳥の模型を外から引き入れたことだけ」
「…、…」
「ちょっと前に劇場へ訪問者があった。暗闇で声しかわからなかったけど。―――怖い声だったな。今すぐ食べられちゃうと思ったけどそうじゃなかった。…もうすぐ誰かが来るだろうから、そうしたら一番奥のホールで、僕の気に入りの劇を見せてやるといいって。とびきりの舞台装置を用意してやるから新しくそれを使って。―――“お前の舞台だ”って」
怖いでしょう、と彼は息を吐いた。
「まぁ…どんなことが起こるかってのはよくわかったよ。でも僕…僕、“あぁそりゃいいや”って思っちゃったんだ。だって、ずっと、劇になんて、僕以外誰もいなかったんだもの。そのあと僕が食べられちゃったんだとしてもさ、さいごに、自分が大好きなものを、誰かに見てもらえるんなら、それで…」
はぁ、と彼は笑った。
「でも、あんた、大概にいいひとだったから、僕、困っちゃったな…」
「…、…」
私はよくよく考えて口を開いた。
「貴方はあの劇のどこら辺が特に好きなんですか」
「ええ……?……――うーん…、ジョナサンがさ、なんだか好きなんだよなぁ。だって、何もかもを投げ打つほどの情熱を向けられるって素敵じゃない?そんなものある?」
「今はまだ。貴方はあるのでは?」
「うん―――うん、そう。でも、よくわからなくなっちゃった。ジョナサンは…あの鳥たちを愛してたのかな。それとも、鳥たちを愛した自分自身を愛していたんだろうか。あの報復は、鳥たちのためになったのかな。それとも街の人々を許せなかった彼のために?」
彼はぼんやりと言った。
「僕、僕は何を愛していたんだろう」
私は頷いた。
「劇を」
大丈夫、と続ける。
「そうして思考を。―――感想をお伝えします。申し訳ない正直にいうとまだあまりわかっていません。いくつかお聞きしたいんですが、Sってなんでイニシャルだけなんでしょうか」
「実名公表できないんじゃないかな。伏せられた人物。性別も怪しいかもね」
なるほど…!?
「トロイの木馬を思わせるタイトルでしたが、本来は何が出てくるんです?」
「でっかい張りぼてから鳥の被り物をした役者が…。今日は2羽だったけど、本当は青い鳥と、雛鳥がいくらか。街の人をつつき回すんだよ」
「街の人が逃げ回っている間、ジョナサンは何を?」
「笑ってるの。―――でも僕、彼は本当のところあんまり愉快そうじゃないと思うんだ」
「と、いうと…」
「報復が、好きそうじゃない、と思う。―――見せてもらったんだけど、実のところ台本ではね、『哂う』って書いてあるんだ。自分に、だよ。馬鹿なことしてるって思ってるの。本当はがっかりしてたのかもと考えた。もちろん根拠がない訳じゃなくてさ。ええと、そう、旧バージョンの台詞。あのね、ええとね…」
頷きながら、続く話を聞く。
…、…。
溢れる言葉を…それでも568回分の僅かだろう感想をしばらくの間教えてもらった私は、頷いた。
「ぜひ、正規の劇の始めから終わりまでを見たいですね」
「…、…」
相手は無言だ。声に力が入らないようにする。自然なように。
きっと貴方と一緒に話がしたい、と願う。
「……感想、それからでも?」
「…、…」
いくらか沈黙が落ちる。
彼は俯いていた。
……細長い両腕が震えて伸ばされたので、私も腕を広げた。
そのまま伸ばして彼の身体に軽く回して、その背をゆっくり叩いた。
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時間が経って再び見た演劇愛好家の彼の顔は、ちょっとましになっていた。
…背後のカウンターから全てを目撃していたらしき受付係にはすごい目で見られた。あれは…ヤベー奴を見る目だ…隣でふわふわにこにこする演劇愛好家の彼と凄まじい温度差だ。
注がれる視線に刺されながら、穴から覗いたオピラとタルタは廊下中央に置物のように腰を下ろしていた。最初にオピラと会った時を思い出す。刺激しなければ襲いに来ないと思えた。…、…雛のあの子のことを考えるに、私は彼らにシバかれるに値すると思うが、できれば正気のときにお願いしたい。ちゃんと誠心誠意向き合うためにも。
一応、演劇愛好家の彼と受付係の彼に中に誰も入らぬよう伝え……ちょっと考えてから受付係にロープのような物を借り、扉の取手の穴にぐるぐる巻いて縛った。『DANGER』の張り紙を貼り付ける。―――よし、封鎖はわかりやすくしておくべきだ。
ついでに、彼らに暗がりには行かないように改めて伝えた。ダダドゥ卿は明かりに耐性があるとのことだったが、彼はきっとわざわざ市民一人ひとりを害して回らないだろう。どうにも彼の復讐は、手法にメッセージ性がありそうだと感じる。
ぶんぶん手を振る演劇愛好家の彼に見送られ…私は次へ進むことにした。
手に入れた首輪をよく眺めて見る。サイズは大きいが、ジョッシュの首に嵌まるかは怪しい大きさだ。せいぜい腕輪になるかどうか。光る球体が5つついている。
私は流石に手で持っているが、これでジャンボジョッシュの位置がなんとなくわかる、という事らしい…。
ひとまず街をあるいて反応を探そう、と道へ目を向けた私は、ちょうど目撃情報の絵を描いてくれた人物が、通りの先にいるのが目に入った。こちらに背を向けている彼は、なぜか通りをぼーっと眺めているようだ。
あれからずっとあそこにいるのだろうか?
…不快感を与えるかもしれないから話しかけるのは若干迷ったが、どうも様子が気になる。さっきみたいなこと、あるかもだし……でも寄り道……いや、そう、彼にはある約束をしたのだった。ちゃんと報告はしていいだろう。
「あの」
「ぅわ!?」
背後から声をかけると彼は飛び上がった。申し訳ない。
「驚かせてすみません。―――先ほどはありがとうございました」
「な…なん、何の用だ…!?あれ以上絵は要らないだろ!?」
「ああいえ、情報提供してくださったことを無事に市長にお伝えしましたと、一応…。あと、直近で何か…お困りのこととか…変わったことはありませんでしたか」
「ば」
彼は若干のけぞった。
「ば、ば……、ばーっかじゃ、ねーの……。……」
彼はなぜか、がっかりと肩を落とした…。
ついで、ひらり、と彼の手から紙が落ちる。私は自分の足元に落ちてきたそれを拾い上げた。
「―――」
絵画だった。
鉛筆の黒で描かれた、芸術だった。
白いキャンバスにめい一杯大きな渦巻が掛かれている。ギザギザしているようで流動的で、大胆なようでいてしかしどこか繊細な、吸い込まれそうな不思議な魅力の絵だ。重なった線から、描き手の情念が伝わってくる気がする。
「すてきですね」
感嘆と共に感想を言った私の手から、たちまちその作品はひったくられた。
「これはゴミ!!!」
…作者にとっては、納得のいかない作品だったらしい。そうなんだ…。好いと思ったんだけどな…。
私の顔を見た赤いキャスケットの彼は、怒りに震えて叫んだようだった。
「―――もっといいのが描ける!」
数分後、私の手には全く違う絵が渡されていた。
絵描きの彼はやっぱりなんか怒った様子だったが、私はその絵をじっくり見た。…だって彼はこちらを見て動かないので…これは、きっと、多分、感想待ち…。
先ほどの絵と比べると白色が多い。線の印象も、さっきより柔らかい。けれど、迷いなくまっすぐだ。中央に向けて収束……いや、真ん中が小さく真っ白いから、放射……?
芸術にもっと明るかったら価値ある感想が言えたかもしれないが、生憎素人だ…。写実的だったり緻密だったりデフォルメが的確であったりする絵だと、私のような者でも明らかにすごい!ってわかるのだが、うーん…。
変に取り繕っても失礼だ。正直に言った。
「綺麗で、好いです。光っているようで」
素朴で短い感想に、彼は口を強く引き結んで体を震わせていた。
ダメかもしれねぇ…。
「さっきの絵も、好きでした」
「―――……っあっそ!!それはアンタにやる!!!」
彼は背を向けるとずんずん歩き去って行った。
…、…。納得のいく感想ではなかったのかもしれない……。ほんのり仲良くなれそうな兆しが見えた…気がしたけど、本当に気がしただけの可能性もあるな…。
とはいえ、心配していた事態――彼が敵の首魁にアプローチかけられてる線――はなさそうだろう。追い詰められている感じはなかった。
私は、手の中に残った絵を見つめた。…やっぱり好きな気持ちになる絵だったので、私はそれを丁寧に伸ばして、依れないように報告書で挟んで鞄に入れた。
創造は、繊細で難しいものだ。きっと全てを理解できなくとも、敬意を抱かずにはいられない。
気を取り直して、ひとまず首輪の装置が反応しないか街を歩き回る。通りを進むうちに、今までにないものを発見。
通路の壁に書かれた文字だ。
『怪物はこちらへ走っていった』
…、…。
…信用すべき情報かは怪しいかもしれない。なにせ、劇場での話からすればダダドゥー卿はこちらの動きをよくわかっている。
まぁ罠だったところで確認は必要ではある。用心して進むことにする。
P1:鑑賞や思索、人の考えを聞くのも苦ではない。素人なので芸術に関しては気が利いたことは言えない。上手くはないのに会話を好む。
感動的だな。だが無意味だ。
劇場受付の市民:英語も喋れる。自分たちに何が起きるのかわかっていたが、実際に起こったことは思ってたのと違った。最前列で見たやべーひと幕にドン引きしている。
演劇愛好家の市民:自棄になっていた。この後、受付の友人に謝罪は受け入れられた。
絵描きの市民:素直なたちではない。
怖い声の主:人間が寄り道しているので時間に猶予があり、自ら動いている。絶望が何かをよくわかっている。
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一日遅れの愛の話。