気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 路地裏で、洗脳されたピンクリボン教師から試験を課される。特に問題なくパスする。報告後、市長とツールズマートに向かい、単独で内部の調査を行う。成果はまだない。



53 Opinion

 

 ツールズマートの建物内を進む。

 

 賞金稼ぎの市民が倒れていた位置から歩みを進めていく。

 近くに大きな檻を発見。階段下に設置されている。ここまでジャンボジョッシュを追い立てて捕まえるつもりだったのだろうか。

 この檻がどの程度の強度かはわからないが、少なくともそこらにある扉より頑丈でなければ彼は捕らえられないだろう。…檻は使われた形跡はない。ジバニウムの色もなければ形がひしゃげているわけでもない。

 檻の入り口の向きからして、彼が居るなら上階か?慎重に進む。

 

 2階。キーカードを使って入った部屋は、何やら下の階とは違った様相だ。こじんまりした部屋の奥にはモニターが設置されており、何かのイラストが表示されている。これは…脳のイラストか?

 部屋中央には机。それを取り囲むように、左右の床に丸いボタンが設置されている。それぞれイラストがつけられており、バンバン、スティンガーフリン、クイーンバウンセリア、スロウセリーヌの4つだ。入口上部の壁には「2」と書かれたドローン用のボタンがあるが、通電しておらず、まだ押せない様子。

 

 …、…。脳トレクイズっぽい感じだろうかと当たりをつけつつ、モニターのスイッチを押す。

 画面には『Ready?』と文字が浮かび、次いでキャラクターのシルエットが表示された。

 

 バンバン、セリーヌ、クイーンバウンセリア…。1つずつ順にシルエットを表示したあと、画面は沈黙する。

 

 …、…。

 床のボタンを同じ順で押すと、画面には緑のにっこりマークが浮かび出た。クリアらしい。

 

 なるほど。記憶力テストだ。

 

 ―――なんでツールズマートに???と思わないでもなかったが、次の問題もクリアする。

 さて3回目、とスタートした私は、急にスピードアップかつ増量した表示に固まった。怒涛の勢いでキャラクターのシルエットが流れていく。

 

 唖然とする私を置いて、画面は沈黙した。

 

 …、…。ひとまず押してみたバンバンのボタンは、不正解だったらしい。モニターに目がバッテンマークの顔が赤で表示される。

 

 

 ――――ドン、と扉が叩かれる音。

 振り返った先で、入ってきた扉が閉まるのが見えた。その横、木製の扉が大きく揺れるのが見える。

 …入口はシリンジョンが見張っている。では中に元々いた誰かだ。ジョッシュか、と身構える私の前で、再度大きく叩かれた扉が開け放たれ―――

 

 

 

 薄緑の、大きな顔が。

 

 

 

 照明が点滅して消える。

 

 混乱した私は机の上に飛び乗った。今見えたのは何だ。

 目がまだ暗闇になれない。何かの声が聞こえる。近づいてきてい、

 

 

 耳元でその声が響く。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――ーーーーーーーー

 

 

 

 私は部屋の中に立っていた。

 目の前のモニターには脳のイラストが表示されている。

 

 ……。

 ……不正解のペナルティにしてはだいぶ厳しいお仕置きだったな…。

 

 とりあえずさっきの何かはジョッシュではなかった。

 間違えるとなんらかの要因であの生き物がこの部屋に押し入ってきて、襲われるってことでいいのだろうか。

 マジで何のための脳トレクイズなんだ…?

 

 音を立てぬように、先ほど開け放たれた木製の扉――今はまだ閉まっている――に近づいて、耳を押し当てた。音は聞こえない。扉に手を掛けそうっと力を入れてみたが、こちらからは開かない。確かめるすべはないが…まだ近くにはいないのか?不正解だとピタゴラスイッチみたいにあの生き物が遠くから出現するか活性化でもするのか???

 

 …、…。

 

 私は、鞄から携帯端末を取り出し、録画機能を起動した。

 ズル?いや、命が掛かっている。

 

 動画を確認しながらのクイズは当たり前にしてクリアした。制限時間がないので助かった。

 これであのホラーなお仕置きを体験せず済むだろうとモニターを見る。にっこりした青い3つの目の顔が表示された。どこかナブナブを彷彿とさせるイラストだ。

 クイズはまだまだあるらしい。だがこちらには文明の利器がある、端末の画面を確かめつつボタンを押して…

 

 モニターには不正解の顔マークが表示された。

 

 え、押し間違え…いや合っていたはずだ。バグ?強制負けイベント?

 衝撃を受ける私をよそに、やっぱり扉を叩く音が響く。

 

 

 ―――まもなくその扉は開け放たれ、照明は落ちた。

 

 万が一、とドローンを扉の真上に待機させていた私は、その明かりに照らされた相手を見る。

 

 薄緑の身体。巨大な顔。黒い瞳や口は市民のそれとよく似ていたが、その造形は肥大し溶けたかのように崩れている。

 2、3頭身のその生き物は未発達の手足で這いずるようにこちらに四つ這いで接近してきていた。

 

 赤子のような大きな声が部屋中に響く。

 

 真っ暗闇でそれを見た私は、逃走を選んだ。かつてなくホラーだ。

 

 その生き物を引きつけつつテーブルを回って隣の部屋へ移る。―――駄目だ出口は開いていない。だが壁際に赤いライトが見えた。ドローン用のスイッチ、アレを押せば…。

 

 声が接近している。ドローンに手間取っているうちに、迫っていたらしい。振り向いたすぐそこに、もうその生き物はいた。

 

 

 黒い瞳が近い―――あ、と私はそれを見た。

 

 

 濡れた瞳。泣いている。

 声も、そうだ、これは―――泣いている、のだ。

 

 

 全身で、いやだと、泣き叫んでいるのだ。

 

 

 

 近づいて来るその子に……思わず私は腕を広げて

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――ーーーーーーーーー

 

 

 

 まぁ流石に死ぬわな…。

 

 私は部屋の中に立っていた。

 目の前のモニターには脳のイラストが表示されている。

 

 ギャン泣きして近づいて来る子どもを抱きしめたい気持ちは山々だが、死んだらまるで無力である。なんの助けにも解決にもならない。

 冷静になろう。

 ―――ひとりでやる必要はない。あの赤子は見るからに心身に変調を表している。ジバニウムのことを私が一人で考えどうこうやるより、ドクターの知見を聞いた方が正しく効果的だ。

 大丈夫、適切な順番ならドクターは色々言いつつも耳を貸してくれると思える。あの子の問題解決は彼の最優先ではないだろうが、市民のことであるなら彼は少なからず動く、はず、だ。

 動いてもらうための、優先順位を、考えなければならない。…、…ジャンボジョッシュの調査をして戻って伝えれば良い。その方が、円滑に解決に向かう。

 

 だから……だから今私がやるべきは、あの子を躱して素早く進むことだ。時間を掛けないことに意味がある。

 深呼吸する。自分の考えをもう一度確認する。…、…。大丈夫、できる。私はモニターのスイッチを押した。

 

 

 

 不正解の表示を見る。

 扉が叩かれ、泣き叫ぶ赤子が入ってくる。

 ―――今度は手間取らなかった。私はドローンを使ってスイッチを押し、部屋を脱した。

 

 泣き声が遠ざかる。不安に助けを求めて泣く声が。

 

 ほんとう?本当に離れていい?できることはなかった?

 

 ―――心配は尽きない、悪い考えはいくらも思いつく。でも、そうやって過き去る時間が何よりもったいないとわかる。知っている。

 

 傍に居るより、自分がただ死ぬより、いたずらに長く苦しませるより、今やるのは意味のある行動だ。

 

 

 きっと助ける。そのために離れる。 

 

 

 耳に響く背後の声と自分の心臓の音を、振り切るように走る。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 キャラクターが増えた記憶力テストをパスして進み、ピンクのキーカードを入手する。階段下にまだ開かない黄緑パネルの扉を確認しつつ、走って2階に辿り着いた。

 

 『Mapping Center』…ドローンとコントロールパネルを使って、壁向こうに表示された3行7列の図を確認し、その通りに目の前の床のボタンを押しながら進めば良いらしい。

 

 …、…。集中する。慌てないで急ぐ。計3回の問題をクリアし、進む…。

 

 ―――辿りついた先は屋上だった。

 

 照明はあまりなく、周囲と比べてもこの場所はいくらか暗い。

 やや遠く、スタンドライトが一か所だけを照らしている。

 

 近づいて見ると、そこにはテーブルと2脚のガーデンチェアがあった。

 資料を見つける。報告書だ。Case12Gの更新番号6。

 目を走らせたが今読まなくても良い。後回し。

 

 …近くに緑色の水たまりを発見。傷を引きずったというより、ボタボタと垂れたといった様相だ。周囲を見て…建物の角に削れたような傷を発見する。鋭利に崩壊したそこに、緑色がこびりついている。高さは私の肩くらいだ、大きなものがぶつかったように見える。ジョッシュが通って怪我でもしたか?

 屋上は物音がしない。首輪も反応しないので、彼ははもう別の場所へ向かった可能性が…高い…。歩き回って眼下に見える街を見回したが、それらしい姿を見つけることもできなかった。…遠くでゾルフィウスが街を静かに見降ろしている。

 

 …、…。一応、ジバニウムだろうと思われる水たまりの液体を回収しておこう。なんの成果もないよりかは良いだろう。

 

 屋上から下に降りるための梯子か何かがないか見る私の目に、フェンスが途切れた先の地面が映る。

 『安全着地台(市長提供)』

 

 …、…。私はその白文字とそれが示す箱っぽい何かをよくよく見た。

 

 今さっき設置されたものじゃないだろうことは確かだが…つまりこれは市民用に作られた着地場所ということか?人間の私が飛び降りて大丈夫なやつ?

 しかしここから地上に戻るのが最も早そうではある。時間は惜しい。

 

 ―――…、…あ、と私は自分の靴を思い出した。

 足元を見やる。どこにでもある普通の運動靴だ。見た目は、全然、変わってないけれども…?

 

 『貴様がまた―――嘆かわしい負傷をする前に手を打つ』

 

 …、…。

 

 えいやっと飛び降りる。

 

 はたして、着地の瞬間、靴は謎の弾性と衝撃吸収力を発揮し、私は2度ほど弾んだのちに地面に静止した。

 

 

 ――――天才的だぁ………!!

 

 

 早急にその世紀の天才技術者にフルスターのレビューを伝えるべく駆けた私を、市長は冷静な顔で迎えた。隣には賞金稼ぎの彼も立っている、回復したらしい。

 

「あー、まだ無事のようだな。つまりゴリラには遭遇しなかったというわけか」

 

 …そうだな、報告が先だ。私はそうっと感動を胸に仕舞いつつ返答した。

 

「はい。首輪の反応もありませんでしたが、屋上でジバニウムの跡を発見しました」

 

「暗闇から逃げようとして怪我でもしたか。しかし…―――」

 

 シリンジョンは私が持ち上げた注射器を見て言葉を止めた。

 

「―――奴のサンプルか!」

 

 ギラっとその瞳が輝く。

 

「これは単に奴を見つけるよりいいぞ。それを使えばどこへでもおびき出せる。ついてこい」

 

 一瞬のうちに数手先まで決定したらしき彼は、さっさと踵を返して戻ろうとする―――私は慌てて追加で報告した。

 

 

「ツールズマートに市民の赤子がいました」

 

「…はぁ?」

 

「造形は間違いなく市民です。大きかったですが泣き声からして赤子だと」

 

 怪訝そうだった外科医の顔はたちまち冷静になった。

 

「―――どこだ」

「記憶力テストの部屋で遭遇しました、扉を体当たりで開けたようで隣の部屋から入ってきています」

「体長は。手足と胴のサイズはどうだった」

「2メートル強…手足は短く、膨らんだ胴とほぼ連続していてあまり分化しているようには…四つ這いの移動でした。頭部も大きく2頭身程度だったと…。暗くて詳しくは観察できませんでしたが…」

 

 みるみるドクターの表情に皺が寄る。

 

「―――知らんぞ」

 

 まさかの否認。衝撃を受けて彼を見る私の視線に、険しい顔の彼が答える。

 

「違う、本当に知らん。過剰摂取だ……この場で?どこぞの馬鹿が置きでもしたジバニウムを飲み干したか?」

 

 ―――嫌な想像が頭をよぎって私は沈黙した。だってほとんどの彼らが正しく飴を…であれば……意図的に……。

 

 …固まる私を一瞥して、シリンジョンがしかめっ面のまま隣の賞金ハンターに指示を出す。

 

「あと数名呼んでこい。お前たちの捕獲対象をゴリラからそいつに変更する」

「は、はい市長!」

「私も向かい、」

「貴様はこっちだ。異論は認めん」

「――あ、の、あの、その子はかなり混乱している様子で、こちらに襲い掛かって…いえ、たぶん抱きしめてもらおうとしているのだと思いますが、とにかく多少荒事になるかと」

「構わん。2、3名犠牲にしていい、ともかく捕まえろ」

 

 一切躊躇のない指示に私はぎょっとしたが、賞金稼ぎは慌てたようにびしっと背を伸ばすと、大急ぎで道を駆けて行った。

 

 ―――私はその背とシリンジョンを、しばらく口を開けて見つめる。

 

 賞金稼ぎを見ていた市長の瞳が、私を向いた。

 

「何か言いたいことがあるようだな」

 

「―――い、え。いえ……あの、」

 

 黒い目の圧に耐え切れず、狼狽えながら私は思わず口走った。

 

「―――ま、迷いがないな、と……」

 

「時間の無駄だ」

 

 そう、なのだろう。本当に。

 指示をしたシリンジョンの声や眼差しに、淀みはない。

 

 あの赤子の危険性だとか。

 街に出ていく前に捕獲が望ましいだろうとか。

 賞金稼ぎの能力だとか。

 ―――きっと彼の頭では瞬時に計算が成って、天秤がはっきり傾いた結果なのだろうとぼんやり思う。優れた判断力、冷静さ。

 

 先見の明。

 

 街に敷かれた規則や、犠牲を許容する無駄のない指示を思うに、必要であれば彼は躊躇なく何かを切り捨てられる。理論をもった、必要な冷たさだった。

 ―――ふいに、同じ彼が作った飴が思い浮かんだ。食べる者を想った形。丸くて、甘い、それ。

 

 …、…。

 

 

「―――悩めば。躊躇すれば、善人か?」

 

 

 降った声色の静かさに、思わず顔を上げた。

 

「犠牲とされた者にとって、結果は変わらない。その決定を下した者が、冷淡で無情であろうが、苦悩し有情であろうが、同じことだ」

 

 その瞳は今だけではなく、どこか遠くの景色までを見ている。―――…私は何度か、彼のこの目を見た。いつだったか。

 

「何を掲げても意味は無い。決定した側の言い分だ。結果だけが語る」

 

 凍った瞳だった。真冬の風が吹きすさぶ水面のような。

 その身を切る冷たさを自身だって感じているのに、それを当然として意に介さないような、静かで揺れぬ瞳だった。

 

「私が迷って何になる?」

 

 彼を見つめた。まっすぐ立つその背に積みあがったものや、腕に抱えた重いものを見た。たくさん決定してきたひとだった。

 

 誰かの上に立つ者として、揺らがないそれは必要だ。市民は彼を信頼して命を預けている。

 正しく、そしてうまく機能していた。市民は救われている。彼らは喜んで父のために命を張るだろう。

 

 ―――何かを、言いたいと、思った。その氷を踏み締めるひとに。北風に背を伸ばして前を見て立つひとに。

 …私は考えた。抱えていない私。軽い私。彼や彼の市民でない私に言えるとしたらそれは何だろうか。

 ―――ふいに、シリンジョンの声を思い出す。『犠牲とされたアイツの』

 

 黒い彼は…自分を切り捨てると決めた外科医の、揺れぬ瞳を見たのだろうか。

 

 ……、……。

 

 まだ数度しか相まみえぬ復讐者を思い描く。いつか聞いた言葉―――苛立ちは期待の裏返し。では、憎しみは。

 

 裏切りに心底怒るなら、それは信じていた証左に他ならない。何を信じたのか?

 何を願ったのか。

 

 ―――どうなら、立ち止まっただろうか。

 流石に確証はない。妄想の域でしかない、と思う。でも。

 

 よくよく考えて彼と対する私は、口を開いた。

 ―――例えば目の前に。決定権をもった、人物がいたとして。

 それが、主従でなく、敵でなく、他の誰でもない、仲間で…()なのだとしたら。

 

「何を犠牲にするか選択できるひとがいたとして…もしも個人(わたし)をそうと選択したとする時、」

 

 決定を下すそのひとを思い浮かべてみる。例えば、冷淡でなく、少しの顔色も変わらないわけではなく、…あるいは本人にさえ知覚できないほどそれを押し込めてしまえていたとしても…もしも。

 

「そのひとが、かすかでも苦悩するのだと、わかったとしたら」

 

 想像する。それを心から望むわけではないのなら。

 そのひとの心がまだこちらを向いていると、信じられたのなら。

 

 それなら。

 

「どこまでいっても、絶望は、しないと思います」

 

 命が途切れる最後の瞬間まで、私は、私と、きっとその苦悩を取り除く可能性のためにと、希望を抱いて道を探すだろう。もういい、全て無駄だったのだ、とは諦めないで力を尽くせるだろう。

 ―――それはほんのちょっとでも決定したひとのために、なるまいか?

 

 『迷って何になる?』―――迷うなら、それを見せてくれるなら、きっと、そのために足掻けるひとがいるはずだ。

 

 

 ……。沈黙。互いを見合う時間が続く。

 やがてシリンジョンが動いた。ゆっくりその腕がこちらに伸ばされ……

 

 プライヤーが、私の頬を思い切り引っ張った。

 

「いたたたた…!?」

「そこそこ伸びるようだな」

 

「ドクター…?あの、い、」

「いいかボランティア。先の疑問形は反語であって、私は貴様に意見も感想も求めてないからな肝に銘じろ」

 

 ―――そうですよね!

 

「ハイすみませ、」

 

「思考の飛行軌道もクソ中のクソか?ベッタベタにウエットな超個人的感想を投げおって貴様。……仮定の話でナチュラルに犠牲になる側に入ってくるのが厚かましいんよな~~。弱さと未熟さに自覚があるなら従えばいいのに一丁前にこっちの前に立とうとして噛み付いて来るしなぁ~~そのクソ生意気なプライド何?」

 

「嚙んでない!噛んでないです―――いたたた大分痛くなってきましたドクター…!」

 

「次は両側いくからな」

 

 プライヤーともう片側は!?ドリルか注射器で!?

 

 シリンジョンはぱっと私の頬を解放し、…はん、と鼻を鳴らした。

 

「…本当に頭の痛い話だが、世の大概の輩は気分で動く―――気力が切れて使い物にならなくなるよりはまぁ悪くない。先がある、か」

 

 どう受け取ったかはわからないが、とりあえず何かは伝わったのかもしれない。くそ生意気にも意見を口にして頬が犠牲になった甲斐があった。……本当に……???

 

 シリンジョンは今度こそ踵を返して道を進んでいく。私は慌てて追いかけた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――ジバニウムに関する最高峰の知識を同族に使うのは気が進まんが、まぁ、現にそうするしかない状況だ」

 

 灰色の街。道を歩きつつ、シリンジョンが話す。

 

「施設は、私を含めた以前の実験Caseに見切りをつけて下層階に放り込んだ後、私に別の利用法を見出した」

 

 報告書の内容と矛盾しない。私は頬を擦りつつ頷きながら静かに聞く。しばらく余計なことは言わないようにしておこう。

 

「私には重要な道具が付いた4つの腕があり、空腹にならず、疲れなかった。施設は私をあらゆる業務に参加させたよ」

 

 頑丈な体、食事や睡眠のいらぬ働き手―――効率の良い労働力。

 

「私が担当したCaseの1つがジャンボジョッシュだった」

 

 …初耳の内容だ。報告書では、Caseの手術も彼の仕事だと書かれていたが、治療のみならず担当と呼べるほど権限を持っていたとは。…発言的にドクターは、後続のCaseのいくつかを担当しているということでもある。注意深く話を聞く。

 

「実際の雄のゴリラよりゴリラらしくなったとだけ言っておこう」

 

 ―――意図してそうした訳なのか?それとも想定外にそうなっちゃったってこと??もしかして思ったよりうっかり属性もちか?

 

「好奇心と縄張り意識が強い。他のゴリラが近づいてきたと察知したら、寄ってくるだろう。このサンプルは少し手を加えるだけで他の個体の匂いになる―――私が何をしようとしているかわかるな?」

 

 私は頷く。適切な場所とタイミングで彼をおびき寄せる。―――ダダドゥー卿らにぶつける。

 

 

 街の中心、十字路に辿り着く。シリンジョンの足が止まり、いつの間に置かれたのかそこらにある機材をしばらくガチャガチャといじった。

 やがて、一旦手を止めた彼は、やや考えたようだった。

 

 

「成功率を高めるための仕掛けもしておこう。…貴様はもうちょっとその辺で時間をつぶして来い、私が許可する」

 

 え、ああ、それじゃあ…。

 

「赤子には関わるなよクソボケ。貴様に適性が全くないと言わなきゃわからんか?」

「…、…イイエ…」

 

 あの、違うんですよツールズマートに開かない扉があったなぁと思って、そこを、確かめに行く、ついでに…。私はキーカードをいじって沈黙した。

 

 しばらくこちらを半眼で見下ろしていたシリンジョンがふと顔を上げる。

 

「―――喜べボランティア。ツールズマートが解禁だ」

 

 え、と彼の視線が向く先を見やる。

 

 

 賞金稼ぎグループの一名が走ってやってくるのが、見えたのだった。

 

 




P1:内なる想像力と感受性が過剰に豊か。自他の境界が曖昧。
  荒唐無稽な独り善がりの解釈をもって喋るな。

赤子:訳もわからず不快さに泣いている。いたいさみしいかなしいこわいたすけての気持ちはまだ分化していない。

賞金稼ぎ:衝撃から自然回復。市長から端的に説明は受けて状況はわかっているが、人間のポジションを図りかねている。緑のゴリラが規格外なだけで、捕獲ノウハウはちゃんとある。

外科医:飛躍した人間の思考理解に僅かな時間を要した。反抗には制裁を加えるが人間の脆さは考慮されている。

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