気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
ツールズマートの調査を完了。緑のゴリラのサンプルを入手する。作戦は続行、最終段階に移行し、決戦の準備に入る。
彼らの話によると、件の赤子のあの子は設置した檻に入れることに成功したらしい。泣き声が酷いのでピンクの飴を咥えさせて若干大人しくさせ、現在ジバニウム吸引処置待ち…とのこと。
捕獲の際に突進を受け3名の気絶者と1名の負傷者を生んだ―――という報告の辺りで外科医のドリルが回りだしたので、私は彼らにその仕事の速さと勇気とチーム力を褒め称えて懸命に感謝を伝えた。大分慌てた声の主張は、大根役者を見るような外科医の哀れみの視線を受けることと引き換えに、ドリルを停止させるに至った…。そう優秀なご知人と比べないでいただきたい。
いろんな意味でちょっと息を吐きつつも胸をなでおろした私は、現在、街を離れて手術室に立ち寄っていた。
時間を潰せというなら、気になっていたところの探索をしたい。
たしか、と探す先に…あった。まだ開けられていなかった棚。戸が開いたその中には、黄緑のキーカードが入っていた。使う場所に見当はついている、ツールズマートの階段下だ。
早速そこへ向かう前に―――ついでだ、ドクターがいない今しかじっくり見ることができないであろう、手術室周りの部屋を観察してみよう。
今までドクターが陣取っていた部屋を覗く。助手さんが壁の近くに立ってこちらを見ていた。…先ほど私がここへやってきたときと同じ位置だ。
私が動くと彼の視線もついて来る。
…、…。
「…あの、すみません。変なところはいじらないので、部屋を見て回ってもよろしいでしょうか」
助手さんは……肩をすくめた。
…、…。拒否はない。良いってことだと思っておこう。
改めて、部屋に設置された大きなホワイトボードの表を見やる。
今見てみると、この表はダダドゥー卿に洗脳されているか否かの判断表に思えてくる。私はウスマンの横についた『?』を見た。…、…。あれからかなりの時間が経ったと思うが、彼は、今…。
…、…。
考えても詮無きことだ……私は視線を無理やり引きはがした。
もうひとつのホワイトボードを見る。王笏のイラスト、そしてイコールマークのあとには『その効果下では弱体化する??』の文字。
―――洗脳された者の共通した弱点への言及か?はたまた操られているが故に性能が落ちることを示しているのか。
私は、洗脳された者たちの様子を思い浮かべた。
ナブナリーナやタマタキとキャマタキは平素と比較できるほど観察できていない。あとは…オピラやタルタは、以前より走るのが遅かった気がする。心情による熱量の差なのか身体能力が落ちたためなのかは微妙なところだ。先生は…どうだったか。知能は別に落ちてはいない気がする、が、心の動きは抑制されていたかもしれない。ビターギグルは……彼は、他の者達と違い、身体の変化も顕著だった。そもそも洗脳とは別に原始的本能による暴走も起こっていた気がする。扉を蹴破った破壊力はそっち由来か。あるいは洗脳によって、無理やり原始的本能の暴走も引き起こせる可能性もある…かも…???
…個人的には洗脳するの、全くもって、もったいないと思うのだが。
―――とんとん、とふいに肩を叩かれて、私は飛び上がった。
振り返ると、助手さんが手をすばやく引っ込めている。軽く頭を下げた彼は、そのまま何かを指し示した―――椅子だ。
え、あ、どうも…?
「ありがとうございます…?」
部屋のど真ん中に立っているより座れということか?腰を下ろす。まもなく目の前にノートサイズのホワイトボードとペンが運ばれてきた。
「ど、どうも…」
会釈の後に彼はまた壁際に戻っていく。そこが定位置らしい。
――――…、…。いろいろ思うことはあったが、思考に戻る。
ええと、何だったか。そう、洗脳状態について。
私はホワイトボードに書きつけながら思考を再開する。
王笏による洗脳が、対象の思考に作用しているのは当然として…そうすると意図的に冷静にさせたり、高揚させたりできる可能性もなくはなさそうだ。
ビターギグルが、洗脳前から相当に不安定な状態だったことは否定できない。暴走が先か洗脳が先かは怪しい。怪しいが、暴走状態の彼にダダドゥー卿がその力の向かう先を誘導した可能性は高い。―――ビターギグルは暴走していても一定の会話が可能だった。言葉がけによって方向性を持たせられる。
…、…。ダダドゥー卿の狙いは復讐だから、ビターギグルを暴走させてシェリフへ向かわせるのは、とても理にかなっている。どちらがどう倒れても、どちらもとても傷つけられる。家族の笑顔を史上とした道化師に家族を害させ、守護者である保安官には内側で守るはずだった仲間をその手で害させる。強い絶望を与える。……考えすぎか?
街の治安維持を行うシェリフと彼を引き合わせるのはとても簡単だ。市民に騒がせれば良い。結果としては私が現場に向かったが、いずれにしろシェリフは動かざるを得なかっただろう。
私はボードに考えを書きおこしつつ整理する。
対峙することになる相手のことを考える。
ダダドゥー卿が行う復讐は、彼が言葉にした通りだ。
―――代償を支払わせる。苦労して積み上げてきたものを奪う。
一等大事にしているものを、破壊する。
女王は倒れて国は滅びゆく。道化師は堕とした。保安官の手を汚させた。
外科医には
頭をひねった。まだ数度しか相まみえぬ相手を思い描く。見聞きした記憶をひっくり返す。散在する考えをまとめる。
『野心と献身』『仲間には欲しい言葉を』『敵には容赦なかった』『誰かの欲しいものも欲しくないものもよくわかって』
『言葉には言葉が返ってくると思っている―――温良で愚かだ』『愚かなものから貪られ、奪われて、死んでいく』
シリンジョンに復讐するなら。彼の心を折るなら。
どうする。
―――街を壊す。どうやって?建物の破壊は二の次だ。市民を害す。容易だ。少しずつ壊す。末端から、外れ者から。
シリンジョンはダメージを受ける、受けるが彼は自分のそれに
吊られた彼らを使
…、…。
最後の文を途中で止めて消した。
『何もかもを平らげるまでに止まるかは、外部の干渉次第』
周囲を。社会を。
破壊して回るその行為は、止められるべきだ。
そうでなければ集団が成り立たない。
そうでなければひとりになってしまう。
…、…。止めよう。うん、そうするべきだ。
そう、するべき、だ。
私は書いた文字をすべて消し、まっさらになったボードをお礼と共に助手さんに返却する。我々は互いに軽く会釈した。
探索を再開。
カウンターのような配置の机の上には、取り外された複数の監視カメラとテープが置かれていた。自分で記録を見るだけだったらカメラ自体を取り外す必要はない。…、…。シリンジョンはどこかが監視されるのを嫌がって取り外したのだろうか。
横には色とりどりの缶と中身のインクが零れた跡。赤、青、黄色…。そして、机の下には、見覚えのあるパーティーハットが、5つ、置かれていた。
…、…。
こんなところにどうしてパーティーハットのストックがあるのか。シリンジョンがウスマンにそれを渡していた?
……ウスマンが凶暴化した時の角と、床に落ちるパーティーハットを思い出した。シリンジョンがその原始的本能を抑制するための何かを創ろうとしていた…とか、あるか?彼がCaseの改良手術を行うことや、私に衝撃吸収の靴という外付けの道具を投げ渡したことから、その可能性はなきにしもあらず。
詳しいことはわからないが、彼とウスマンにはなんらかの繋がりがありそうではある。留意しておこう。
医療用ベッドを見てみる。今までこの施設でよく見てきたものと同じだ、変わった特徴はない。ベッドが赤いのは珍しいと思っていたが、やはりジバニウムが緑だからかもしれない。
…そういや、と自分の怪我の確認をする。
ドクターに治療してもらったが、その後一回ツールズマートでやり直しが起こって時間が戻っていた。足に巻かれた布と湿布っぽい何かを外して動かしてみる―――予想どおり足首が完全に治っている。まったくもって傷も痛みもない。仕組みは全然わからないが、やはり、やり直しの際に体は無傷に戻るらしい。都合がいい。
……よく考えて、一応布を外しておくことにした。負傷がない以上、支えは要らない。可動域が広い方が、何かあったときに良いかもしれない。
一通り見終わった私は、お礼を言って次の場所に向かうことにした。
助手さんは、ひらりと一度だけ手を振った。
廊下を進む。
…。
…、…。
……、……。
……、……どうしても気になって足を向けた先。覗いてみた、手術室の一室。
赤いカーテンの廂の下。
その子は目を覚ましていた。
耳をやや畳んで萎れた様子のノーティワンは、扉から様子を窺う私と目が合うと――彼らの目がどこにあるかは怪しいが雰囲気として――低い声を上げた。警戒音っぽい。
まぁそういう反応にはなるだろうな…。
私は扉の外側から…ゆっくり声をかけた。
「もう、眩しくない?」
どうなのだろう、言葉は通じているのだろうか。
いまだ唸るような声をあげる相手を見つめる。
どうかな、伝わらないかな。
「捕まえてごめんなさい。…閉じ込めて、ごめんなさい」
―――『憎しみ』『心無き生き物』。
伝わらないかもな。
言葉じゃないなら、なにで伝わるだろう。
私は歩みを進めた。ゆっくり足を動かす。体に力が入らないように気を付けて進む。明るい場所、廂からちょっと離れた位置で止まる。しゃがむ。
「…傷つけたくないんだ。傷つけてほしくないんだ」
顔の高さが合う。
どうしたら、伝わるだろう。
唸り声が小さくなる。途切れがちになる。
「貴方の敵では、ない、つもり…なんだ…」
言い切るには烏滸がましくて言いよどむ。
一度相手を制圧しておいて、どの口で。自分が安全圏に居て、相手が動けない場所にいて、ずるい。
相手の心情を放っていて、残酷だ。
湧き上がる怒りや憎しみを否定できない。心はその本人にだって嘘にできない。生まれる感情は、まったくもって
しょうがないよね。傷ついたんだよ、怒っていいよ。当たり前だ。
―――でも、傷つけてほしくないんだ。酷いね。酷い話だね。
微笑もうとして、きっと失敗した。
ごめんよ。きっと、この先もっと傷つくんだと思って、とめずにいられないんだ。後から外から来ておいて、やめろだなんて、酷いことだ。勝手な話だ。
私はしゃがんだまま、その顔を覗き込もうとした。目は見えない。いつの間にか唸り声は止んでいる。
どうしたらいいかなぁ。
「どうしたらいいと思う?…何なら許せる?」
見つめる。言葉が伝わらないかもしれないことを知っているくせ、話す。
許し。保安官を思い出した。彼は、他者の改善の意思によって過去の間違いや今の未熟を許すと言った。自分の怒りを捨てた。強いひとだ、そんなひとばかりじゃない。―――怒りや憎しみを捨てないことが弱さだなんて言いたくない。攻撃に対抗するためにあって当然の心だ。守らなければならないものの為に必要な感情だ。
―――周囲の被害を理由に彼らの行進は止めるべきだと思った。でも、でも、置いて行かれた彼らの感情は?ねじ伏せられてもしょうがないもの?……そうだ、と言いたくないなと思う。
―――では、と彼らの望みが遂げられる時を想った。敵を打ち据えて、その上に立って、彼らは嗤って満たされるだろうか。そうでなくては終われずに、壊し尽くしてやっと怒りと憎しみから解放されるのだろうか。……でも、その光景を、あまり見たくはないな、と思う。
じゃあどうしたらいいんだろう。
どうしたら、その身ごと燃やすかもしれない心は納得を得て鎮まるだろう。
「どうしたら、いいかなぁ…」
当たり前のように、返答はない。
沈黙が続く。
どちらも動けない膠着は続く。
―――ダ、と唐突に、ノーティワンは短く声を上げた。
すっかりピンとまっすぐ耳の伸びた頭をちょいちょいと左右に傾げて…なにか…私の後ろを気にしている?
「……うん?」
振り返っても壁しかない。「ダ!」と相手がまた声を上げる。長い耳が器用に弧を描いてまるで指を差すように…私の背を示す。
……リュック?
背からそれを降ろすと「だ!」と心持ち元気な声が上がる。
…、…中身を思いだしつつ手を突っ込む私は、あ、と思い当たるものを掴む。
街のバーで貰ったもの。シェリフとビターギグルを探しに顔を出した時、行きがけの駄賃のようにさらっと渡されたソレ。
両手に緑とピンクの飴を持った私を見て、相手はここ一番に元気な声を上げた。
「だ!!」
―――飴を寄越せときたか!
シンプルな回答だ。
私は笑った。心から微笑んだ。
怒った相手には好物を買って帰るのが世の常かもしれない。なるほど。
よく言えば贈り物、悪く言えば下心大有りの賄賂。
―――心の表明。ごめんなさい、貴方の好きを知っている、ちゃんと想っている、仲良くしたい、許してほしい。
言葉でうまく言えないアレコレを、でも言わなきゃいけないと分かっていて。自分への発破も含んだちょっと狡いかもしれないプレゼント。
一日一本までなんだって、と差し出した飴の片方が長い耳で指し示される。そちらを渡すと、それ以上揺すられなかった。
なんだ、なんとなく意思疎通が図れる。飴にかぶりついたノーティワンは機嫌が悪くなさそうだ。
「ごめんね」
「だ!」
割合穏やかで元気な声が返ってくる。伝わっているのか、いないのか。
でも、今、隣で、穏やかに過ごせている。
「…ドクターは君たちを大嫌いな訳じゃないって、信じてくれる?」
「ゥンダ!」
相手はちょっと不機嫌になった。私は笑った。
嘘じゃないと思うんだ。
だからやっぱり、余計に止めたいんだよ。
―――うん。そうだ、止めたいんだ。
決めた、止めよう。
渦中に飛び込まなくてはいつまでも部外者だ。暴れまわっている相手を、止めて、それでから改めてお話だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、ドクターの手術室を後にしばらく歩いて、私はツールズマートの1階、階段下の暗がりにいた。
大分薄暗いが、首輪とドローンの光で照らしつつ、道を進む。
たしか、このあたりに、と見た先にパネルのライトを発見。
手に入れていた黄緑のキーカードを目の前のパネルに使う。
―――扉は開かれた。
進んだ室内は、やはりどこか会議室のような印象だ。
机と4脚の椅子。ホワイトボード。
壁には…初めて見るキャラクターのイラスト。黄色い体色。
『Brushista』の名前と吹き出し。
『人生はキャンバスのようなものだよ。1つの小さなミスで、台無しになる!』
絵描き帽や、筆のような大きな尾っぽを見るに、芸術家っぽい。長く伸びた口や舌の特徴的な形を見るにアリクイのように見える…そういえば、演劇愛好家の市民は『オオアリクイさんに教えてもらった』とか言っていたな。劇場にあったポスターにも、監督名として『Brushista』の名前があった。
隣の壁のホワイトボードは2枚。
1つには王笏のイラスト『Case20 Type5 女王の王笏』の文字。
もう1つには、『免疫リスト』の文字と、何体かのキャラクターのイラスト。
ジャンボジョッシュの絵の近くに書かれた『アホすぎ?』の文字を読む…シリンジョンが、『アホすぎてダダドゥの力が及ばん』云々を言っていたと記憶している。横の王笏のイラストも踏まえて考えると、洗脳効果への免疫の話だろうか?
スティンガーフリンは『賢すぎ?』
スロウセリーヌは『速すぎ???消えることができる???』
残りのイラストはブラシスタとゾルフィウスは『???』とだけ書かれている。いずれも確証があまりなさそうだ。実証されたわけではなく予測の話に思える。
机上に報告書を発見。そういえば、とジョッシュの調査中に拾った報告書も取り出す。ついでにしっかり読んでおこう。
まずツールズマートで見つけた報告書。Case12G。更新番号6。
『経営陣の決定により、Case12Gが子供たちに導入され、結果は期待していた以上のものとなった。
Case12GがSubcaseの集団から離れて学習するのは初めてであったため、最初の導入は当然ながらCase12Gにとってストレスの多いものだった。できる限り一人になろうとし (他の子どもたちが遊びたがっていたため、孤立はたいてい長く続かなかった)、または安心感を求めてWM(現在の主な保護者であり、その日のクラスの先生)を探した。
数時間後、Case12Gはついに他の子供たちを避けなくなった。Case12Gの理解できない話し方は常に子どもたちを笑わせたが、Case12Gはそれを受動性の表れとして受け入れるように訓練されていた。その日の終わりには、Case12Gは他の子どもたちと完全に交流していた。
Case12G が子どもたちに溶け込む早さは素晴らしいと言える。Case12Gは、幼稚園の開園中は常に在籍することとする。
Caseは発表された』
…、キャプテンフィドルズは、幼稚園の子どもたちと一緒に過ごす体験を行っていたらしい。始めこそ不安からかキャプテンは子どもたちを避けていたものの、最終的には交流は上手くいき、結果は良好。この報告書時点で、キャプテンの親代わりで教師だったのは施設職員のウェバリー・メイソン氏だと書かれている…、…。報告書の順番的に、この後、ピンクリボンの先生がメイソン氏の代わりに『母子のような関係性』を望まれてキャプテンと引き合わされているはずだ。…登場者それぞれの心情が完全に置いていかれているような気がしてならないが、報告書外で適切な運びとケアが行われていたことを願うしかない。
次の報告書。Case11。更新番号3だ。
『人間の遺伝子情報をCase11に適用した後、Case11の知能は劇的に向上し、それ以前に観察された動物的な攻撃性はなくなり、会話とその内容理解が可能となった。
Case11は、知能を獲得する前の気持ちを言葉で表現することができ、自分の体験を「原始的」で「混乱した」と表現した。Case11は以前、世界を「違ったように」見ており、自分が見ているものを正しく読み取ることができなかった (野生動物のように) だけでなく、鋭い痛みが体全体に絶えず感じられ、それが攻撃性につながったと述べている。
Case11は、痛みはまだ消えていないが、ようやく誰かが自分のことを理解してくれたことを嬉しく思っていると述べている。Case11は、この痛みは治ると安心しており、精神的に痛みが和らいだようである。この絶え間ない痛みは、Case6や13などでも報告されている。現在、我々はリソースのほとんどを、多くのCaseの構造に存在するこの痛みの原因を突き止めることに費やしている。
Caseは発表の準備ができていない』
スロウセリーヌに人間の遺伝子情報が適応された後の報告書だ。知能が向上した彼女は、それ以前の周囲に攻撃的だった自身の感覚を表現している。
彼らの攻撃性の要因は2つ。1つは周囲を正しく詳細に認識できていないこと。もう1つは体中が痛いこと。人間の遺伝子情報によってもたらされる理性と言語化による世界の理解によって、攻撃性は抑制される。が、しかしそれは身体の痛みからくる彼らの苦しみを根本解決する方法にはなっていない。…、…報告書を見る限り、この痛みを取り除くために、施設側は力を尽くそうとしていた、様子、だ…。
…、…。……。施設側もまた、苦悩していた、のだろうか……。
私は、丁寧に、報告書をまとめて鞄にしまった。
進もう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
明かりが灯る灰色の街。
辺りは静かだ。今はもう道を歩く者も見かけない。―――決戦が近いとあって警戒宣言でも出されたのかもしれない。
私は街の中心部に戻ってきていた。
「―――いいタイミングだボランティア。あと数分遅かったら、囮役として吊るすところだった」
微笑みづらい冗談だな…。私は作業中の外科医にそうっと返事をする。
「私は相手の復讐ターゲットではないという話では…」
「いつの話をしとんだ貴様。モーテルに劇場にツールズマート横にと、市民被害をゼロにして悉く奴の思惑を潰して回った貴様がマークされてない訳ないだろう」
なるほd…いや待ってほしい。報告の際に襲撃自体や敵性体については話したが…市民の話…?
「…それらをいつ報告しましたっけ…」
「そこらに目があるだろうが。私が自分の街で起きた事件を知らんとでも?」
「…貴方が私の報告を逐一不要だと言った訳がよくわかりました…」
監視カメラがなくともそれに値する目が沢山あって報告されてたってこと…何が『爪の先、つまりないようなもん』なのか、使いまくってる…。
私は街での自分の行動を思い出した。つまり…私が行った寄り道のアレコレも、おそらくしっかり目の前の彼は知っているということか…?激怒されてないのは、効果を考慮してギリギリ許容範囲だったってこと…?
そろりと相手を窺う私を全く意に介さず、シリンジョンは会話しつつも腕を動かしている。
「全く、我々はここで歴史を創っとるというのに、一部の奴等はビーチに向かうことに夢中だ。嘆かわしい」
スティンガーフリンの話か…?唐突に話題に上ったなという印象を受ける。手術室の確認ボードではフリンの項目は「?」だったが、しかし私が街で歩き回っている間に彼らは接触していたのかもしれない。静かな場所に身を置くと言っていたフリンは外科医と話をしたのだろうか…?
考え事をする私をよそに、外科医の作業はいよいよ終わりそうだ。
紅い腕によって、緑の液体が王笏の欠片に振りかけられる。
「―――仕掛けはこれで十分だ。頭に血が上っとるからダダドゥーは疑わんだろうな」
「…罠の可能性をですか」
「いいや、自分がそれさえ潰せるだろうってことをだ」
シリンジョンは言った。冷静な目だった。
「私が張った罠なら、粉々にしたいだろうよ。―――それを利用する」
P1:判断、自己決定に時間を要する。
部外者だ座っていろ。
助手:無口。結構強か、事なかれ主義。見て見ぬふりをした。
悪戯っ子(大):恨みも恩も忘れぬ、そして感情に動くタイプ。親によく似ている。
外科医:集積によって他者の心の動きを理解している。経験外は把握も制御もしづらい。相手の怒りは予測していたし理解もしているが、我を忘れるほど怒って暴れている理由の詳細把握はいまいち。