気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 黒い蛭とその軍団を、緑のゴリラを使うことで打倒。しかし緑のゴリラによって王笏はかみ砕かれ、辺りは爆発に巻き込まれた。



56 A secret

 

「―――目が覚めたのか」

 

 知らない天井だ…。いや、正直似たような天井は何度か見ている。多分どこかしらの外科医の医務室。

 

 私は医療ベッドに寝かされていたようだ。

 声のする方を見ると、半眼のスティンガーフリンがいる。私と同様に紅い医療ベッドに寝かされている彼の声は重々しく続く。

 

「想定よりいくらも早い覚醒だ…。医者がこちらに様子を見に来るまで相当ある。声を出して相手を呼ぶと、騒がしくなるだろうというのは想像に難くないな」

 

 寝起きの私は目をしばたいた。

 

「…ええと、つまり…」

「頼むのでまだ眠っていてくれないか」

 

 ひらり、と橙の腕が映る。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 青い空。白い砂浜。

 輝く海が、私の目の前に広がっている。

 …、…。

 

「―――…貴方が私をどうお思いなのか、よくわかりました…」

 

 

 爽やかな日差しに照らされ、私は言った。

 

 

「流石にあの状態ではここに来ずとも大人しくしていますよ、スティンガーフリン…」

「その言葉を鵜呑みにできるほどの事実が確かめられない」

 

 胸に手を当てて考えてみたが、私は該当する記憶を探し当てられなかった。

 

「―――他人の様子を確認するために動き出す人間だお前は…」

「……」

 

 私は…沈黙した…。

 

 

「そう…かもしれないですね…。…スティンガーフリン、貴方もあの道の近くにいたのですか。お怪我は…」

「いらぬ懸念だ。…、…悪戯者たちに多少腕を噛まれたが大した負傷ではない。お前たちの作戦は遠くで見たゆえ王笏の爆発にも巻き込まれてはいない」

 

 私は息を吐いた。よかった。

 

「またいらぬ労働をして、走り回った結果があの医療ベッドの上だ。懲りたかと聞きたかったが、質問は無意味らしい。治らぬ性というわけだ」

 

 ちくちく刺してくる相手に、私は苦笑する。どこからか彼は私の動向をしっかり把握している様子…。

 

「劇場のチケットの件は、ありがとうございました。貴方の足止めによって、私は現場で親玉と遭遇せず死を免れたようです」

「…わかっているなら…行動に反映されなければならない…」

 

 ……。

 

 相手を見つめた。

 小言のていで、責める調子で、助言をし続ける相手を。

 

「貴方は、」

 

 私は微笑んだ。

 

「やはり私を直接害しませんでしたね」

 

 スティンガーフリンは、呆れたように目を細めた。

 

「―――驚くべき楽観視だ…。そうでなければ記憶の改竄が?」

「そう思われますか。…初回の忠告に、その後の閉じ込め、ジャンボジョッシュや暴走状態のウスマンをけしかけた事…いずれも貴方にあったのは、私が望んで撤退するようにという思惑でしょう」

 

 ウスマンとジャンボジョッシュが対峙した時…彼はすぐにその場に現れた。放っといたら私は勝手に死ぬから必要がないにも関わらず…近くで様子を見ていた、という事だ。つまり散々警告しても幻覚で危険を見せてもわからない私に、いよいよしびれを切らして現実に恐怖を体験させた後…再び私に帰るよう促すつもりだったのかもしれない。―――ちょっと都合よく考えすぎか?でも、それでもいい。私は…彼の手では死んでいない。

 

「未必の故意を知らないと見える」

「頼むからどこかで偶然死んでくれと思っていたとしても…それは貴方の頭の片隅だった。そして、願ったそれを、決して実行しようとはしなかった」

 

 私は苦笑した。

 

「いつだって、とても容易にできたのに」

「…、…」

「貴方は容易じゃない道を選び続けましたね」

 

「……結果のみを重んじたいのならば、いくらでも言うがいい。それが勝者の特権だ……」

 

 目線が逸れた―――心持ちへそを曲げている様子のフリンを見て、私はとうとう完全に彼を信じた。ここまで来て無礼を働いても、彼はその手で私を害そうとはしなかったので。

 

 

 スティンガーフリンはそっぽを向いてもう、いつもの海を見る体制に戻った。

 黒い瞳は、はるか遠くてどこまでも続く青を見つめている。―――ずっと。

 

 

 …、…。時間は、まだここで潰す必要があるらしい。

 

 せっかくなのでちょっと足を伸ばしてこの海辺を見てみよう。―――やっぱりじとっとした視線が投げられた気がしたが、制止の声はかけられなかった。

 

 私は砂浜を進んだ。緑が見えて足を止める。いかにも南国といった色のハイビスカスが咲き乱れていた。大ぶりで豪華だ。赤、青、黄色、橙、ピンク、白、紫……色鮮やかで華やかなそれは見ているだけで気持ちも上向く、と思ったところで―――あ、と思いつく。

 丁寧に、その一日花を拝んでから摘んだ。

 

 

 スティンガーフリンに歩み寄って、それらを見せた。彼は胡乱気な顔でカラフルな花々を眺めて沈黙している。…狙った効果は得られなかったようだ。残念。

 

「新しい祭りでも始めるわけではあるまいな」

 

 黒い目は呆れを含んでいる。

 なるほど、花を抱える私は浮かれた者に見える訳だな、と笑う。彼の目に晒された過去の行動を鑑みるに否定できない。

 

「意外と目に入っていないかもと思いまして」

「目に入ったところでなんだと?」

「きれいですね」

 

 理解ができないものを見るように、すでに諦めが多分に入った視線が寄こされる。それでもこちらと会話してくれる懐の深さに、私は言葉を続ける。いつもより軽い口を開く。

 

「偶には、なんでもないものを見てみるものかもしれません」

 

 両手の花を持ち上げる。いつだって思考の海に沈んでいるだろう彼に、たぶん軽くてどうでもいい、ただ色鮮やかなだけのそれを差し出した。ちょっとは視線がここに向けばいい。

 

 しばし沈黙が落ちた。

 

 腕がしびれる前に、彼は大きく、―――大きく、ため息を吐いた。

 

 橙の手が伸びて、私の腕から花々を拾っていく。

 器用にすべてを抱えて、彼はそれらをざっと検分したようだった。…カラフルな花々の中から、一つ、とびきり大きくて赤い花が持ち上げられた。よくよく眺められ光に透かされる一輪は、彼の手でくるりとゆっくり回る。

 

 受け取ってもらえた喜びに彼を見上げる私の頭のてっぺんに、それはぶっ刺された。

 

「痛ぁ!?」

 

「頭に花が咲いているわけだな」

「あんまりでは?」

 

 能天気と言外に揶揄された私は、頭を擦りつつ抗議の声を漏らす。すぐ萎れぬようにと長めに摘んだ花の茎が、髪の装甲を突破した模様。

 ふん、と彼は鼻(?)を鳴らすと、残りの花々を全て海に向けてほっぽり投げた。

 

「もったいない…」

「もともと私の精神世界のものだ、勿体ないもなにもない」

 

 投げられた花を眺める。

 

 カラフルな色は打ち寄せては引き返す白波に運ばれていく。軽いそれらは、いつまでも水面に浮かんだままだ。穏やかな波間に赤やピンクや紫、青と白と黄色が揺れて輝き、夏の海を彩る。

 

 

 しばらくその様子を眺め―――おや、と横目でフリンを窺う。

 

 

 彼のその黒い瞳は相も変わらず海を見つめていたが、先程と比べて打ち沈んだ様子は、気のせいでなければだが、ない―――気がする。

 

 

 その目に映るものが、果ての無い青一色でなくなったので、まぁ、少しはよかったかもしれない。

 

 

 横に腰を下ろして、その視線の先を共に眺めた。

 

 

 海は、穏やかだがちょっと賑やかになったようだ。

 

 

「きれいですね」

 

「くだらない」

 

 

「それが、いいのかもですね」

 

 

 花がそこに咲いているだけのように。

 ただそこにあるだけのものに意味などはない。起こった悲劇にも喜劇にも、真の理由や意味はない。けれど我々は意味を見る、価値を見出す。

 

 無価値で無意味なようで、それは無価値でも無意味でもない。

 重しにも羽にもなりうる可能性は…思考を持つそのひとに委ねられている。

 

 ―――海を見たまま、頬杖でもついていそうな大きなため息が、返事の代わりだった。

 

 はじめて会った時の緊張に代わって、弛緩と油断のあるその様を、私は少し、嬉しいと思った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 目が覚めた。医療ベッドの上だ。

 

 横を向くと、私と同じくベッドに寝かされている橙の彼と目が合う。

 …周囲を見て、あれ、と思う。外科医はまだ来なさそうだ。

 

「もうよろしいのですか」

 

 フリンはそっぽを向いた。

 

「疲れた」

「―――!精神世界を見せるのに貴方に負担が、」

「ちがう寝ていろ起きるな」

 

 腕で上半身を支えて起き上がりかけた体制のまま、私はスティンガーフリンを注視した。…疲労は…していなくはないが、以前からのそれと比べてもそれほど色濃くは見えない…大丈夫そう…か…?

 

「もう一度言うが精神世界や幻覚を使うのに負荷はない。いいか、お前がベッドで過ごすことで私の負担はほぼ減る…。大人しくしてくれないか…」

「…はい…」

 

 じゃあやっぱりなんで私を目覚めさせたのか謎だな…。

 見つめる先の、一つ目とは目が合わない。

 

「…どちらでもお前と喋ることに変わりがないなら、無駄だ…」

 

 なるほど…?私が大人しくするだろうと思えるようになったから、精神世界を解除した…と?

 

「時間とて対した短縮にならない…」

 

「左様で…」

 

 沈黙が落ちる。フリンは身じろぎをしない。

 

 …、…。いまいち彼の思考を汲み取り切れていない気がするが、大人しくすると言った手前、私もベッドの上で過ごすことにした。

 

 …、…。暇を持て余した頭は思考を始める。時間の短縮にならないとフリンが言ったから、幻覚での体感経過時間と意識を失っている時間はそれほど差がないということだな、となんとなく考える。

 

 …時間。

 ―――時間?

 

「…あの、スティンガーフリン。私が一度目が覚めてからどれくらいの時間が経ったか、わかりますか?」

「―――半刻ほどだな」

 

 …、…。

 私は、近くに置かれていた鞄を手繰り寄せた。

 中から携帯端末を取り出す。

 

 あれからちょくちょく、目が覚めて余裕があるときに時間は確認しているのだが。

 

 画面に表示されているアプリの時計は、最初に確認した時からは、やはり微かしか動いていない。どう考えても進みが遅い。完全に止まっているなら兎も角中途半端なバグだ。

 …、…。実際の所、私がこの施設に来てからどれくらいの時間が経過しているのだろうか―――ふいに、いやそんなことを考える必要はない、無駄なことだ、と考えが湧き上がる。…そうかも?判明したところでどうしようもない…確かに。そう、そうだな、もっとやるべきことがある。

 

 時計機能は使えないと思っていいだろう。

 ついでにバッテリー表示を確認して、私は端末を鞄にしまった。あと半分とちょっとくらいか、だんだん心もとない数字になってきた。

 

 …、…。

 いや意識しないようにしたけど、気に、なるな…。

 

 

「…54.6875%ってなんだと思います…?」

「……はぁ……?」

 

 私は壁を見つめた。

 

「…いえ、あの、75%とか、68.75%とかから続く、同列の割合の数字なんですけど…」

 

 はたり、と目を瞬いた彼は、答えた。

 

「64」

 

「―――はい?」

「分母が100ではない」

 

 はぁ、なる、ほど…?

 …いや、携帯端末バッテリーの満タンが100でないなんてことあるか…?

 

「分母が変動しないなら、最小で64。あとはその倍数だが…。先の割合は48/64、44/64、35/64…まだ他の割合の数値はあるか?」

 

 …ええと、各割合を分数で表した時の…分母の最小公倍数の話か。一足飛びに単語で回答されると追いつけない。

 私はメモを取り出した。

 ドクターによる改造手術回避直後と…それから劇場前で幻覚から起きた後も確認したのだが、数値が長くて変だったので記録している…。

 

「…62.5%と57.8125%…」

「40/64と、…37/64。もう少し例が多ければはっきり言えるが、分母は64かそれ程離れない倍数。そしてお前の話順からすると、分子は減少するものだ。―――他にはないのだな」

「え、は、はい…?」

 

「ではここまでだ。―――…それで、答えは?」

 

 スティンガーフリンの黒くて大きな瞳が私を見つめている。

 純粋に正解を求めるその相手に、私は、ものすごく重い口を開いた。

 

「いえ…すみません正解は…私にもわからないのです…」

 

 スティンガーフリンは…徐々に…半眼になった…。

 

「正答がわからない問いを、私に出したのか…」

「い、いえ誤解があります。ええと、これ、この端末のバッテリー表示です」

 

 そんな阿呆な、とでも言いたげな目は、私が差し出した画面を見ると怪訝そうな色を宿した。

 

「…嘘ではないな…」

「はい…でも変な表示ですよね。不思議に思ったのでつい口に出ました。すみません」

 

 もしかしたら彼なら何かが…、と自分の中に無意識の思考があったかもしれない。反省。

 

 スティンガーフリンは…じっと端末を見つめている。

 

 

 

 しばらく沈黙が、続く。

 

 

 

 唐突に、扉が開く音がした。

 フリンはぱっと端末を鞄に仕舞うとベッドの下に置いた。素早い。

 

 

「―――あぁ、起きたようだな。まぁ、貴様は軽く頭を打ったくらいだったしな」

 

 シリンジョンが扉から入ってくる。

 彼は特に怪我などはなさそうだ、よかった。私は頷いた。

 

「おはようございます、ドクター。あれから、一体どうなりましたか?」

 

 彼は肩をすくめた。

 

「計画は成功だが、王笏は壊れたな。…まぁその方が良かろう、あんな力は個人が持つべきではない。洗脳された者は全員元に戻った。ノーティワンズは活動停止で道に転がっている」

 

 シリンジョンは腕を組んで横を向いた。

 

「―――命が惜しくない、と思ったのはいつ振りだったろうな」

 

 はたりと私が見つめる先で、外科医は鼻で笑った。

 

「悪くない啖呵だったと言っているんだ。言っても分からん寝惚けた輩には、恨まれようとも一発くれてやるしかなかろうよ」

「…、…もうちょっとわかりやすく伝えてみてもよかったのでは…と思いましたが…」

「あれ以上何をわかりやすく言うんだ、当時の状況とメリットを端的に伝えただろうが」

 

 いえあの…それを決断した貴方の感情をほんの少しでも…。あの復讐方法は同じ気持ちを味わわせてやろうというそれで、思い知れという願いで、どうにも全力で心を分かれどうしてだと叫んでいた、気が、するのだが…。

 私はあることを言いかけたが、多分シリンジョンは精一杯やったんだろうと思って口をつぐんだ。

 流石にそこまで口を出す立場でもない。

 

「決断が正しいのに他に何を言う?―――まぁ、ともかく、ちょっとは気分転換になったな。貴様も多少は働いたことだし、今は休め。それから今後の話をしよう」

 

 ドクターがフリンを見る。

 

「それから、スティンガーフリン。お前の処置は途中で止めたが、どうする。ジバニウムを増やすか?」

「今のままでいい」

「そうか」

 

 私は小さく挙手をしつつ、口を開いた。

 

「あの、ドクター」

「…なんだボランティア」

「ジョッシュは…」

「爆発した王笏の成分をもろ被りしたので治療および洗浄中だ。気絶はしたが大した外傷はない」

 

 ひとまず心配はない…か?同じ調子を装って追加で尋ねる。

 

「ダダドゥー卿は、どうなりましたか」

「明かりで照らして簀巻きにしてある」

 

 私は続けた。

 

「治療、などは…」

 

 ちょっとした沈黙が落ちた。

 

「貴様が何を言いたいかはわからんが、奴のタフすぎる体は外科手術を必要としていない。精々表面の傷を補修するくらいで済むし、もう済んだ」

 

 私は密やかにシリンジョンを見た。…そうなのか…そう、なんだな。…ふむ…。

 

「よかった、です。あの、あとで、彼と話をしたい、と思うのですが…」

「貴様が何を考えているか心底理解不能だ。―――今のはつまり何をやろうとしているのかは予想できるが、何だってそんなことをしようとするのか理解に苦しむという意味だ」

「…私にも何かできるのではと…思いまして…」

「死ぬほど思い上がり」

 

 間髪入れずにドリルの先端が私を指さす。

 

「聞いたし見ただろう、―――アレはもう止まらん。無駄だ」

 

 …、…。そうかなぁ。理路整然とした事実ではないものが相手にちょっとでも伝われば違う、気が、するんだけれど。

 私が見つめる先で、横を向いた外科医が腕を組む。

 

「―――現在、奴の身体に流れるジバニウムの量を活動可能なギリギリに調整している。回復して速攻で暴れられちゃかなわんからな。明かりを消したりジバニウムを与えたりしない限り、――まぁそうした所で貴様が死ぬだけだが――会話が可能か不可能かなら、『可能だ』と答えておこう」

「わかりました。…ありがとうございます、ドクター」

 

 頭を下げた私に、ドクターは鼻を鳴らした。

 

 様子を眺めていたスティンガーフリンが、シリンジョンを向いた。

 

「…その人間と手を結んだのか、貴方が?」

「こいつはボランティアだ、志願したので使っている」

「…そうは見えないな…シリンジョン、道具は、選んだ方がいい」

「―――珍しい、お前が私に干渉してこようとは」

 

 シリンジョンは怪訝そうにやや考える顔をした。

 

「違うな、こっちのに干渉しているのか。若造の隠居したがりがこんな下層に姿を現したのもそれが原因か」

 

「なにもかもこいつのせい」

「あんまりでは??」

 

 つい声が出る。私がこの施設についた時は既に事件らしきことは起きていただろうに???

 

「突き進む者に…辟易しているのは貴方も同様だろう、シリンジョン…」

「ほう」

「随分前に船頭を突き落とした」

「ハ、良い木船で炎に突っ込もうとしたから水に落としてやったんだ」

「その甲斐なく怨嗟に燃えていたようだが」

「情で動く奴は全くこれだからな。…船は無事だった。船頭もまぁ…別に…消失してないし…。火に入ろうとしたり海に行きたがったり、どいつもこいつも意義のある行動をやりたがらないのは不思議な話だ」

「…早々に役割からご退任された人物は言う事が違う…」

「お前のおかげで趣味と実益を兼ね備えた研究ができているな」

「…仕事が趣味とは羨ましい限りだ…誰に期待されているかは別として…」

 

 双方ともに怠そうな雰囲気でぽんぽん言葉が飛び交う。言葉はとげとげしているが激しさはない。どっちも互いの言う事をあらかじめわかっていて応酬してる様子…。

 

 シリンジョンは鼻で笑った。

 

「仕事に嫌気がさした者の旅立ちを止める気はさらさらないが、その能力は惜しいなスティンガーフリン。置いていく気はないか?」

「制御できないものなど手に入れるべきでない。先ほどそういったのでは?」

「ひとりでは、と言ったんだ。―――まぁ戯れだ。頭脳の方はともかくお前で扱いきれない占いじみた演算など誰の手にも余るだろうしな」

「…心底持て余す…。読み取り方が定まらぬ予言など、無い方が余程混乱を生まない。過去と現在で手一杯の、私の管轄ではない…」

 

 二名は完全に別の世界で会話している。私は近くに置かれていた鞄を手に取った。荷物を確認…。早々に終わった、じゃあ…。

 袖や裾を捲って、腕を回したり足を見たりしてみる。うん、どこも違和感はない。目立った怪我もないようだ、僥倖。

 

「おい、何を動こうとしているボランティア」

 

「ああ、いえ、体の調子を確かめようと…」

「阿呆か寝てい、―――」

 

 不自然に止まった呆れ声に、地面に足を付けた私が顔を上げる瞬間。

 びゅん、と銀色が目の前で翻った。

 風切り音と共に、私の視界はたちまち回る。

 

「…え、?」

 

 頭の横に銀色が見える。肩口の布を、ドリルの先端が壁に縫い留めていた。

 私は半ばつま先立ちで、持ち上げられている。

 

 視界を占める紅い色の中で、温度のわからない黒い瞳がこちらを見ている。

 

 なんだ?

 なんで?

 

 固まる私がそれでも喉から声を出そうとしたとき、視界に橙が入り込む。

 ため息交じりに、その腕は、外科医の手を押しとどめた。

 

「やめておけ」

 

「―――」

「…何も知らない」

 

 ―――シリンジョンの目から、息を止めてしまうような鋭すぎる色は消えた。

 

 バクバクいう心臓を押さえて、私はよろめきつつ再び地に足を付けた。

 

「ええと。…私…うごいて、すみ、ません…?」

 

 シリンジョンは変な顔をした。

 

「なんだ貴様、本当にわかっていないのか」

 

 スティンガーフリンは、外科医をみやった。

 

「みろ、何も知らない」

「…お前は何か知っていたようだな」

「…、…眠りの時くらいは。そちらは?」

「見ていない」

「そうか」

 

 スティンガーフリンは、腕の一本で私を指差した。

 

「こいつ、酷い寝相だ」

「ちょっと??スティンガーフリン??」

 

 動揺して余裕のない私は苦言を呈した。あまりにわからない。発言の意味はもちろん考えるが限度がある。

 あと自分の寝相の話とか普通に恥だ。…え、私の感覚がおかしいのか…?でもあんまり…人に言わないでほしい…。

 私は視線をうろうろさせる。

 

 

「こいつのそれは寝相と同様に知覚外だ。叩いても何も出ない」

「…、…」

 

 フリンはこっちをチラリとも見ずドクターと見つめ合っている。無視しないでほしい。

 

「あの…悪かったところは直しますからちゃんと言ってください…」

 

 フリンは息を吐いた。シリンジョンは、フリンと私を見て、物珍し気に目を細める。フリンは言葉を…選んだ様子で言った…。

 

「…いくらかは自分に目を…向けるんだな…」

 

 なぜまだ私は自省を促されているのだろうか。スティンガーフリンに何が見えているのか切実に知りたい。

 シリンジョンが、腕を下ろした。

 

「……まぁ、私に利がなさそうだしどうでもよいか。第一に『傷つけない』と言った手前、臨床実験には使えんしな……。見なかったことにしてやろう」

 

 言質がなかったら使う気だったんですかドクター…。

 

 事態は収束に向かっている雰囲気を感じるが、私は状況理解ができず、もやっとしたままだ。

 寂しいので置いていかないでほしい。

 

 スティンガーフリンは私に、静かにしていろ、という目を向けている。

 その視線が、するりとゆっくり下へ向かった。

 

 ―――導かれるように私もそこへ目を向ける。自分の身体。床につけた足。

 以前痛めた足首も別に…、…。

 …、…。

 

 私は、その全然痛くない自分の足からそうっと視線を逸らした。そういやそのあと赤子のところで一回死んで…リセット…されてたな…。巻かれた布も外してた…。

 

 処置したはずの怪我がないこと…そう…流石に医者は気づ……。

 

 ……この話やめようか……。

 

 突っ込まれると猛烈に困る事実に気がついた私は、冷や汗を浮かべて堅く沈黙した。

 

 スティンガーフリンは…物凄く面倒そうな顔をしている…。

 ああ、知っていて触れないようにしてくれてたのかぁ…考え足らずですみませんでした…。

 

 

「手を焼くな?」

「…違う…この者が何もかも勝手に引き起こす…」

 

 …トラブルメーカーでご心配をおかけして申し訳ありませんね…。

 

 

 ―――ぱら、とふいに何か、壁の方で音がした。

 

 

 自然、3名の視線がそちらを向く。

 さっきまで私が吊るされていた壁…ドクターのドリルが思いっきり刺さった壁に、描かれた絵が…一部、捲くれてこちら側に流れてきていた。

 

 見慣れたキャラクター紹介絵。

 その、バンバンの赤い姿がぺらっとはがれ、その下に違う絵があるのが見える。

 

 周囲の空気がやや固まる。

 

「―――貴様の身体について見なかったことにしてやるから貴様も見なかったことにしろ」

「もう半分以上見えてますドクター」

「私だって貴様の足の全部が見えた!」

 

 その理屈で言うと私も全部見てから見なかったことにしていい。

 もはや下半身しか壁にくっついていないバンバンのイラストの下には…青い、別のキャラクターが描かれていた。

 

 見つめる先で、バンバンのイラストは自重でどんどん剥がれていっている。この辛うじてくっついてペラペラしてる状態はむしろ気にならないだろうか。

 

「いっそ剝がしませんかドクター。見なかったことにしますから」

「見る気しかなかろうが貴様」

 

 とはいえ見えるものは見える。

 困る私の前で、いよいよ上から貼られていた絵は、完全に剥がれ落ちた。

 

 

 青いキャラクターの全身が見えるようになる。

 姿形は、バンバンやバンバリーナによく似た人型。青い体色。

 黄色い睫毛とこれは…髭?陽気そうなキャラクターだ。

 

 

「―――医者の、言うことを、聞け!!!」

 

 

 がつん、と頭に衝撃が走るのは同時だった。

 

 ―――そんなに必死になって怒るなら、彼にとっては重要なことだったらしい。

 

 ドクターとフリンが後ろで何か言っている気配を感じながら、私は体の力を失い壁に向かってダイブした。

 




P1:思考は外側のあちこちへ散漫、気遣いを無駄にした。植物にはそんなに詳しくないが、あったら空間が華やぐと思っている。
  余分に思考を割くな進め。

橙のクラゲ:騒ぎについては予測可能回避不可能だった。かなり尽力したのに何故…。花は好きでも嫌いでもないがそこそこ知っている。彼だけの精神世界に花は存在しない。橙がかった黄色の一輪のみその手の中。

外科医:研究者のスイッチが入りかけた。自分にとってはどうでもいいと考えなおした。花はいつか枯れて目障りなので所有しない、どうしても手元に必要だったら遺伝子改良するか凍らせるかもしれない。

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次回更新はもう少し時間を置く。内容としては、0のエピソードを挟んでから8に続く予定。投稿は流石に原作8をやってからにしようかと思案中。0のはじめの話だけ投稿して後は待ちかもしれない。※追記 次章投稿に向けて必須タグ『憑依』追加。(詳細は活動報告参照)25.03.30
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