気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
声の主と情報共有する。
カードキー入手のため通信室を目指す。
通路に入って最初の壁に、マスコットキャラクターの絵を発見した。
見覚えのある、青い体に3つ目のそれは、『ナブナブ』と名前が振られている。
『友達がいなくて、惨めでも大丈夫―――俺のようにな!』
誰?こんな悲しい名言を書いたのは?
もはやこれは単純な教訓ではないんだろうなと、考え始める。幼稚園児向けだとしてコンセプトが何か、理解がなかなか難しい。読んで字のまま、おひとり様上等我が道を行くメンタル強者の可能性もなくは…ないのか?単純にこんな大人になってね、という理想のメッセージではないのは明白だ。「惨め」と形容する以上、マイナスなものとして語っている…気がする。しかし、反面教師的な存在なのだとしても、この青いのを「自分がなりたくないもの」として嫌う園児が、人間として理想的な姿かと言うとそうじゃないだろう。友達がいないことを「惨め」で「悪し」とするなら、集団にとって「善し」とするべきはその存在の再排除ではなく互いに友達になろうと試みることではないだろうか?そうでなければ「悪し」が永遠に「悪し」のままだ。
…ん?じゃあこの青い彼は、嫌われている前提で存在しつつ、でもそれでも友達になろうよ!という園児の気持ちを引き出すための舞台装置か?…複雑…。
本当にナブナブが言ってるのか言わされてるのか知れないが、頭の上のパーティーハットが物悲しく見えてきた。
友達いないのにそれ被ってんのか…。パーティ、たぶん自分しかいないのに…。
個人的には、これらがまったくの見当違いで、実は彼が心の底から「マジで一人でいるのが好き」という単純な強者である方が、私のメンタルが救われる。勝手な話だが。
続いて階段を降りた踊り場にも絵がある。
シェリフトードスター、と名前のある茶色のカエル。黒い帽子をかぶって胸に星の飾りをつけた保安官曰く。
『人には、自分がされたいように接するんだ。敬意をもってな!』
普通に教訓だ。ほっとした。
相手を尊重する、というのは案外難しい。他者を大事にする、ということが互いに成立するには、自分自身も同じように大切にされなければならないからだ。「自分がされたいように」という視点は大切だろう。同時に、相手と自分は同一ではない、つまり「自分が良いと思ったことが相手にとっても良いかはわからない」という自分を外から眺める視点も重要になるがそれはそれだ。
にっと笑いを浮かべた口はなるほど、気さくな保安官というイメージだろうか?
さらに進んだ先にもまだ絵がある。
スロウセリーヌ、と名前のある黄色のカタツムリ曰く。
『わたしは足が遅いかもしれないけれど、困っている誰かを助けるのは、早いわ!』
なる…ほど?困っている人を助けるのに真に必要なものは確かに物理的な速さだけではないだろう。動きはおっとりしていても、いざというとき心身を支えてくれるキャラクターなのかもしれない。…昔見た教育テレビの、ピンク怪獣の女の子が主人公の人形劇を思い出す。引っ込み思案なカタツムリのお友達が、確かいた。あの人形劇も園児対象の道徳的番組だった気がする。イメージはあんな感じだろうか。
キャラクターの特徴を頭に入れつつ階段を降りきって開いた扉の先には、巨大なスチールラックが並び立っていた。すぐ横の壁に『すべての労働者へ』とある。
2人組以上で、常に懐中電灯を持って行動すること、そしてクモと対峙しているときは、仲間が来るまで大きい音を出し続けること…が記されている。
「クモ」…もしかしなくても、さっきの青い…ナブナブか?
周囲に気を付けながら薄暗い空間を進む。天井まで届こうかという背の高いスチールラックが並んだ迷路のような通路を進んで、奥の建物に辿り着く。終わりがけに看板が立っていた。床に描かれた矢印は、青が「進め」でピンクが「反対へ進め」の意味らしい、とそこまで見て、下に書類が置いてあることに気が付く。
手に取って見ると、それは「報告書」だった。
…、…。
Case6についての報告書だ。Updete3と書かれているので、おそらく先に見つけた報告書の次に書かれたものだろう。
Case6は、遺伝子提供者である人間、U.Aと施設で呼ばれるドクターと出会ったらしい。当日に書かれた報告書のようだ。
…面会の結果は思わしくなさそうだ。Case6は初めU.Aを見知らぬ人として礼儀正しく挨拶と握手を行った。Case6はこの時点で自身をU.Aだと言っていた。
オリジナルつまり本物のU.Aが、自身を遺伝子提供者であると説明し、続いてジバニウムの手術の裏にある、いくつかの技術について説明しようとした。途中でCase6は極度に動揺し、U.Aを攻撃しようとしたが警備員に取り押さえられる。Cace6は独房に入れられ、U.Aは軽傷で治療を受けた。
この件以降、Case6は、個人的に話をしたいと言ったW.Mドクター以外のあらゆる全ての従業員とのコミュニケーションを拒絶している。この要求、つまりW.Mドクターとの面会は、彼女の安全のため許可されていない。
ケースは発表やテストの準備ができていない…。
…ちょっと雲行きが怪しくなってきた。メンタルブレイクされている可能性が高いCase6の様子が気がかりではある。W.Mドクターが次の鍵となるか?遺伝子情報提供者だろうU. Aドクターの名前には覚えがあった。私はリュックのポケットから端末を探し出す。…あった、搭乗者名は「Uthman Adam」、イニシャルは一致するため彼の可能性が高い。
…直接的に鏡を突きつけて無理やり自覚させちゃまずかろうことは素人の私でも感じるところだが、やっちまったのかそれを…。突然に、お前は俺の人格コピーだぞ!人間じゃねぇから!された人間のメンタルはそりゃ破壊される。それだけ、元の人格者であるU. Aは自分の精神の強度を信じていたのだろうか…。
声の主がそうと決まったわけではないが…と考えて、そういえば彼の声には別段取り乱したり憔悴したりした様子はなかったな、と思い返す。…この報告書の事件後何らかの改善があったことを願いたいところだ。
気を取り直して建物へ向く。2階建てのような建物の壁には、ジャンボジョッシュとバンバリーナの絵があった。2人ともヘルメットとジャケットを着ている…。『自分の身は自分で守ってね』という台詞に、この先に危険があるんだろうな、とどことなく察しつつ、近くに置かれていたテープを見つけ、鞄に入れておく。残念ながら今見ることはできないが、戻ればテレビがあったはずだ。
2階にあったスイッチを難なく…いやちょっと苦労しつつドローンで押し、開いた一階の部屋に入る。
壁のナブナブの絵『BOO!』を横目に見る。誰がどんな意図で描いているのだろうか、これ。ナブナブは脅かしをするキャラクターなのか、思ったより積極的に他者に関わるのかもしれない。
色々考えつつ、水色のキーカードを拾い上げた。
他に目ぼしい物は…ない。さぁ、戻って声の主に会わねば。
部屋を出たところで、音が、聞こえた。
―――何か一定の速さで繰り返される音。
空洞に響く足音のような。
―――上だ!
音の発生源を捉えて視線を上げる。前方から勢いよく天井を這ってくる青い―――
それを見た瞬間背筋を這いあがった悪寒に、本能的に私は走りだした。
思ったより…思ったよりだった。天井に張り付いてしゃかしゃか動く足を目の当たりにして、言い知れぬ感覚が体を走る。あれは確かにクモ、4つ足ではあるがクモと形容して相違ないだろう。
全力疾走しつつチラと上を見るとこちらを凝視しながらついてくるそれと目が合う。
―――っすぅ~…、
…いや、…、…うん…、
ちょっと…、…ごく個人的に…、アカンやつだ…。
息を吸って気持ちを整えることを試みる。が、全力疾走中の心臓は静まらなかった。
―――ああしまった上を見過ぎて道間違えた、おわあああ行き止まりぃ!
慌てて抜け道は無いか探すものの、スチールラックの隙間は絶妙に狭く入り込めないし高すぎて乗り越えられもしない。
…いや無理だこれ、逃げられん!かくなる上は!!
迫る棚を見た私は急ブレーキを踏んで方向転換、相手の方を向く姿勢を取る。
―――ええい、どうせ逃げられないなら、思ったことをやってみるだけだ。
「善し」と考えたのなら有言実行、頭ん中だけじゃなく実践してみてやらぁ!!
猛然と迫りくる青い4つ足のクモを見上げ、―――両腕を広げて腰を落とす。
―――来いよ!!!クレバーに抱きしめてや、
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扉の先には、巨大なスチールラックが並び立っていた。すぐ横の壁に『すべての労働者へ』とある。
見たことのある光景だ。
…、…。
ふ…と私は微笑んで、まだ脅威のいない天井を見上げた。
そうだな、ナブナブ…君にだって友達を選ぶ権利があるよな…。
盛大にフラれはしたが、収穫はある。現状彼と私は友達になれない。
…あと、2回目の巻き戻しでわかったことだが、今の私に死の瞬間そのもの記憶はなく、従って致命的痛みの記憶もない。感覚としては回避不可能の接敵と攻撃を認識した途端、次に気が付いた時には、巻き戻しが起こっている、という状態だ。じわじわ系の死に方だとどうなるか知れないが、痛みが伴わない疑似的死を体験し過ぎて無謀になるのは気を付けねばなるまい。
さて、ナブナブと悠長なコミュニケーションが取れないことはわかった。
次はそう、互いにとって苦痛にならない距離感を探すことが重要だ。つまり猛然と襲い来る彼から全速力で逃げる、これが正規ルートで間違いない。
アホみたいな当たり前を確認しつつ、私は再び暗闇へ足を踏み出―――さず、来た道を戻って声の主に情報共有をしにいくことにした。
『――――ナブナブ。彼にも会ったんだね』
声の主は最初、私の早すぎる帰還に不思議そうな声色をしていたが、壁の絵を示すと素早く状況を理解してくれた。
『彼については…実のところ何度か対処を試みたんだが…結果はいずれも思わしくなかった。彼はとても凶暴で、そしてやってほしくないことをすごくいいタイミングでやる』
言葉を選んでいるが、それでも厄介なことは伝わる言い方だ。…ナブナブを見たという情報共有はもっと早くてもよかったかもしれない。すぐさま襲わないからといって、危険が無いとは限らないと記憶しておく。
『君と出会わないことを願っていたんだが…。ナブナブは機会を伺って狩りをする。分が悪くなったと思ったら諦めてくれるし、できると思ったらずっと追ってくるだろう。だから僕が君にできる助言としては…安全な場所まで逃げてくれ、としか言えない。…あまり力になれなくてすまない』
とんでもない、と私は首を横に振る。意図的に笑みを作ってカメラに向かって手を振った。気にしないでほしい、助かっている、という意図が少しでも伝わってくれればよい。
整備室へ向かう前に、休憩室へ寄る。確か、と机を見ると目的のものを発見した。6本の蝋燭が立っているバースデイケーキの横、金属製のナイフと5本組のフォーク、スプーンを手に取る。壁のハッピーバースデイのガーランドから片手で断りを入れつつ紐をちょっと拝借。
…複数のカトラリーの先端をまとめて縛る。持ち上げて揺らすと思ったより良い音がした。鞄に括り付けておく。
「大きな音」とまではいかないかもしれないが、無いよりましだろう。少なくとも全力疾走しながら叫ぶよりかは現実的だ。ナブナブが音を避けてくれるのか、はたまた単に要救助を知らせるための音なのかは不明だが。
…関係がないが、ケーキの傷み具合から考えて、人が消えた事件からそこまで時間が立っていないようだとあたりをつける。
懐中電灯は…ひとまず諦めて、私は再び整備室へ向かった。
『―――準備がいいね。うまくいくことを願ってるよ』
さて、難なく水色のキーカードを再び手に入れた私は、出口に向かう。足音を待つことなく速攻でスタートダッシュを切った。諦めてもらうには、相応の距離が必要かと思ってのことだったが――――ちら、と上を窺う。速い、もう頭上まで迫っている。
警戒心から釘付けになりそうな視線を無理やり進行方向へ戻して、足元に注意する。
幸い通路を曲がる度に鞄についたカトラリーが周囲の棚にもぶつかり、そこそこの大きな音を立てた。効果はどれほどか確認することはできないが、まだナブナブはこちらを攻撃してきていない。
体力測定でもやった記憶の無い本気の全力で―――出口に飛び込んだ私の背後で、何かが倒れる大きな音がした。息を切らしながら振り返ると、ナブナブが天井を這ってすばやく去って行く。棚が倒れたことで、どうやら諦めてくれたらしい。
しばらく私は心臓を落ち着かせるためにそこに立っていた。
P1:冷静な顔をしたトンチキ。追い詰められると皮が剥がれて奇行に走るが、本人としては理屈が繋がっている。多足の虫が得意でない一方でナブナブに淡い親しみを覚える。
声の主:観察中。
青いクモ:様子を伺っている。クレバーに云々の際は実のところ度肝を抜かれていたが、巻き戻ったゆえその記憶はない。