気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 隠れ鬼で、全員を発見する。役割を変えた二試合目が始まる直前で、大きな音が聞こえた。事件だ。



65 Bulwark

 

 響いた声は、悲鳴だった。

 

 はっと顔を上げて視線を走らせる。

 岩を隔てた向こう側の壁際。

 

 扉が開いている。

 そこから入ってきたらしき紅い人影が、その手に一名のブロブを掴んでいた。悲鳴は、そのブロブのものだ。

 

 シックスがつぶやく声が聞こえた。

 

「…今来るなんて」

 

 何か知っているようだ。素早く彼に問いかける。

 

「シックス、どういう状況?」

「―――時々来るモンスターだ。いつも誰かを連れて行く。いくらかは二度と帰ってこない」

 

 …、…。私は、シックスにモンスターと呼ばれた、見覚えある紅いCase…シリンジョンを見た。

 

 まじかドクター…おんなじCaseの仲間からモンスター扱いされてんの…?

 

 紅い彼をまじまじ見つめる私とは対照的に、シックスはシリアス一辺倒な声色だ。

 

「……“わたし”。今“ぼく”はどうしてる?」

「―――寝ている。どうする?起こ、」

「ダメだ」

 

 すぱりと言い切られて私は口をつぐんだ。シックスは、油断なくシリンジョンの方向を見つめたまま続ける。

 

「早い。見なくていい」

 

 …、…。

 

「眠りが深いなら不幸中の幸いだ。“わたし”、そのまま起こさないでくれ」

 

 私は内側と意思疎通を図ろうとした手を静かに引いた。代わりにじっとシックスを見つめる。遊びの時の雰囲気をすっかり消し去った、その顔を観た。

 

「…どうするの?」

「僕が追い払う。話してくるよ。君はここに…」

 

「捕まったブロブは」

 

 進みかけた彼に私は問うた。

 

「どうしたい、リーダー」

 

 丸い瞳が私を見た。その黒い瞳を私も見つめて、伝えた。

 

 

「手伝う。何をしたらいい」

 

 

 ―――沈黙は、数秒だった。

 

 

「注意を、逸らして…あと相手の体裁がつく時間を稼げば、あるいは。…救出役と、引きつけ役に分かれよう。どっちが向いているかは状況で決める。一度僕が話してくる」

「わかった」

 

 

 

 

「―――やい怪物!」

 

 駆けたシックスが食って掛かった。相手は静かにその小さな赤い体を見る。

 シックスは第一声に反して、紅い彼に近づくとやや訝し気に窺うような小声で、問いかけたようだった。

 

「…どうしたの、あんた何しにきたんだ…?」

 

 その雰囲気は、単純な敵対とは違う。

 しかし、シックスの上目遣いを受けた相手は、端的に答えた。

 

「結果が出た」

 

 温度のない声だった。決定し終えた声。

 

「お前は交代だ」

 

 びく、と赤い体が強張る。―――のを見て、私はダッシュした。

 紅い彼の声は続く。

 

「手を打たねば。後でまた来て全てを話してやろう。だがもう時間がない、今夜中にやるしかない。…約束通りあの医者のサンプルを取ってきた。シックス、お前ならコントロールできる。これでお前の問題は消え去り、新しい自分に―――」

 

 私は、竦むシックスの隣に滑り込んだ。

 

「はじめまして」

 

 固まったままのシックスが、驚いたような視線をこちらに向けた。私は相手から目を逸らさず、続ける。

 

「そのブロブの子をいかがなさるのですか」

 

 紅いCaseの視線が微かこちらへ流れる。

 

「知って何になる?」

 

「事情によっては話し合いを希望します。その子を、無事に帰していただきたいのです」

 

 見上げる程大きな紅い彼の目が、ゆっくりとこちらを見下ろす。

 

「―――青さが過ぎるな」

 

 冷ややかな声だった。

 

「自分は清いという顔をしている。…その存在が誰かを蹴落とすのだとも知らずに。貴様は犠牲になる側ではない、そうする側だと知れ」

「やめてよ4番(フォース)

 

 まだ体の強張るシックスが唸るが、シリンジョンの様子は変わらなかった。

 頭上の冷たい瞳を見上げる。並みの幼児なら震え上がるだろう声が、圧が、私を向く。

 

「貴様はなるほど善の気質だろう。だがその存在が、狭い社会で善かと問われればそうではない。…この場に出てきたことを蛮勇と思い知れ。歓迎されない者がどうなるか教えてやろう」

 

 ……。……、……。私を、向いている。

 

「お若いですねフォースさん」

「―――あ゛あン!?」

 

 私は感慨深く頷いた。目を剥いた相手を見つめる。

 

「いえすみません。どんどんお話してくださるものですから」

 

 見た目はあんまり変わらないかもだが、知ってる彼と比較しちゃうと、こう、若い、気がする。格下の「クソ」といえど相手を推し量るとか見極めるとかいうステップが飛ばされて、敵意がいきなり詳細に開示されている。私を指して一瞬で善とか清い顔とか言ってしまえるのとか。

 私は彼の黒い瞳を見上げた。言葉をよく選んだ。

 

「私が邪魔者であるのはよくわかりましたが、よろしいのですか、それほど喋って。…天井の明かりが今は全くないことがご理由ですか?別の場所で総出の重要な会議があるとか?」

 

 ぱちりと瞬きをしたシックスが口を開く。

 

「…会議。するとフォース、抜け出して来たの?サボり?―――それともあんた皆に呼ばれなかったとか?」

 

 声色がフラットなので素なのか意図的な発言なのかは判断に迷う。

 どちらにせよ滅茶苦茶効いた様子のシリンジョンが青筋を立ててシックスを睨んだが、彼のドリルは、やはり()()()()()()()

 

「―――連れて行くのは貴様にしてやろうか」

 

 振られたドリルは―――ひょいと動いた身体の横を通り過ぎた。

 

 ―――…、…。

 

 ブロブをひっつかんでいたプライヤーが離され、次いでこちらに伸ばされる。―――青い体は連続でそれをひょいと避けた。

 

 …、…。やっぱり人間の私より、いくらも運動神経が良い。

 

「貴様…」

 

 ちらとブロブを見るが、動けない様子。恐怖で固まっている。―――考える前に、そこへ伸ばされる赤い手が見えた。

 目が合う。頷きは要らなかった。ブロブを抱えたシックスが走り去る。

 私は苛立たしげなシリンジョンのドリルと注射針とプライヤーからぴょこぴょこ逃げ回る。

 

「おい…おい!止まれ貴様!」

「器具を下ろしていただければすぐに!…こちらに出向いたご用件はお話ですか?それとも鬼ごっこ?」

 

「コイツ―――…コイツ!?ほんとに呼称アンチデビルか!?よっぽどクソガキだが!?」

 

 最初に喧嘩売ってきたのはそっちだ。大人げない感じで。

 しかし気になる単語が出てきたので、返事をする。遠くまで聞こえぬように、声量を落として。

 

「すみません、私はおそらく純正でない混ざりもののほうです。直に消え去ると思うのでそこはご容赦ください」

 

 ぴた、と振り回されていた器具は止まった。

 

「―――別人格。記憶持ち…あのアンケート!貴様、名は」

「いりません。いずれ邪魔になる」

「その“純正のほう”はどうした」

「内にいますよ。今は眠って…いや…静かに見聞きしている…かな…」

 

 相手は思いっきり顔を顰めた。

 

「余計な知恵持ちのとんだ不純物が発生したもんだ」

 

 言い方!!!

 

「…もうじき消えて純正だけになるから許してくれませんかね…」

「阿呆が、そんな単純な話ではない。貴様が消えたところでCase6Cが存在するなら何も変わらん」

 

 シリンジョンは苦々し気に言った。

 

「こんな前例を許してみろ。気に入らない事象があれば、バカスカ同番号の後続が作られる。望ましい、一つも欠点のない、完璧なマスコットを目指して」

 

 ドリルの先端が私を差す。

 

「改善も成長も放棄し意識のある前任を下層に放り込んで!今は手が回ろうと遠くない未来で終わりが来る、リソースも墓地もいくらあっても足りるものか!―――しかも言うに事欠いて、あいつの上位互換だと、何を容易くあのクソども…!」

 

 …、…。

 私は頷いた。

 知っているままの彼だと思った。この先の未来、ネオンの街で沢山の4Bをまとめる、その長で外科医で全ての決定権を抱えるひと。『この哀れな魂らを救いへと導くことは、今私の手に委ねられている』。手術道具と吊られたままの何名かの、半永久の主。

 それらについてくる、とても重たいものの、持ち主。

 

 私が知る彼と確かに地続きの彼だとみとめる。

 

()()()()

 

 目が合う。沈黙が落ちる。

 

「時間が無いとおっしゃいましたね。決定がもう覆らない?」

「―――私が、止めた。止めたが…先送りに過ぎん。流れはもはや堰き止め切れるものではない…」

「わかりました。…貴方が彼らを守ろうとする行為を邪魔しません。私も、同様に、彼らが守られることを望みます」

「―――」

「よく、わかりました。貴方をシックスの…今あるCaseたちの、より良い存続を望む味方であると、信じます」

「…何を…何をわかったと言うんだ。貴様の敵だ。消されるのだというのに、その落ち着きはなんだ、その目はなんだ…?」

「己の意識がここから必ず消えゆくと分かっているからです。そしてまたこの身体は目覚めると知っている」

「はぁ…?」

「すみませんドクター。邪魔はしませんが…私は…ちょっと足掻きます。心から望んでいる訳ではないと、そんな気がしているので」

「はぁ…??」

「この身体の主には心底申し訳ないのですが」

「なんだ貴様訳わからん話をしおって。やっぱなんかの悪魔か?未来でも見とんのか???」

 

 アンチデビル(純正6C)の更に“じゃない方”が悪魔であるというのはなるほど面白い考えだ。否定形に次ぐ否定形は段々訳が分からなくなってくるな…。

 

 残念ながら天使でも悪魔でもない。

 

「人間の1ですよドクター。お見知りおきを」

 

 ―――向こうから駆けてくるシックスを視認して、私は息を吐いた。時間稼ぎも終わりだ。慣れない煽りは気力を使う。

 

「…出ていけ!」

 

 勇ましく前に出て相手を指差したシックスが唸り声をあげる。頑張ってる感じの彼には悪いが、どことなく台詞は棒読み感があるな…。

 シリンジョンは…並ぶ私とシックスを見て、なんか吐きそうな顔をした。

 

「シックス……いやもう…遅い…」

「なにをごちゃごちゃ言っているんだ」

 

 シックスは背中の後ろで手を組んだ。すとん、とその雰囲気が落ち着く。今までの嚙みつきが演技だったのだと、とてもわかりやすい。やっぱりシリンジョンと敵対的であるというポーズをしているようだ。それが誰の目を欺くためかは…たぶん色々かもしれないが。

 

「サンプル採取は擬態で、僕にさっきのを言いに来ただけなんだろう。済んだし、もう出ていきなよ。手ぶらで」

 

 吐きそうな顔はたちまち冷静さを取り戻した。

 

「―――そうはいかん。何もなくば怪しまれる」

「僕らが今そのために噛み付いてるだろ、不十分?もっとやろうか?」

「ひっ捕らえられたいんか貴様」

 

 私はシックスの後ろで、力いっぱい自分を指さして主張した。

 

 “とんだ不純物”の新情報は彼が直接こちらに出向いた手土産として悪くないのではなかろうか。

 

「―――。………貴様のような者が人間だと…クソ程悪い冗談だ…」

 

 めっちゃくちゃ苦い顔のシリンジョンは吐き捨てるように言うと、踵を返す。

 

 …、…。

 

 

「―――ドクター」

 

 

 その背に、私は声をかけた。大事なことを忘れていた。言わねばならない。

 振り返らないまでも、彼の足は一度止まった。

 

 

「すみません。上階の紫の扉に打ち付けてあった木の板を壊しました。ご報告しときます」

 

「このクソガキ!!」

 

 今度こそシリンジョンは大きな足音を響かせて立ち去った。

 扉が閉まる。静けさが戻る。

 

 

 

 …いや違う最後のは煽りじゃなくて。怒らせるのは分かってたけど、…分かってたけどでも言わなきゃって、思って…。

 

 私はとても苦い気持ちで口を閉じた。

 

 

 …ぽかんとしたような、シックスの声が零れる。

 

「ほんとに何も持たずに帰った」

 

 振り向いたシックスは目をキラキラさせていた。

 

 …彼があれだけで引き下がったのは、私としてもちょっと意外だ。

 とはいえ、ひとまずの危機は去った。私は体の力を抜いた。

 

「そうだね。…ブロブを安全な場所まで助けてくれて、ありがとう、シックス」

「君こそ…君こそだ。ありがとう」

 

 赤い手が青い手を掴む。

 

「追い返した、誰も連れていかれずに。僕らでやった」

 

 …、…。…シリンジョンは本質的には彼の敵ではないとは思うが、しかし。

 

「そうだねシックス。リーダー。みんなでやれば、きっともっとできるよ」

 

 手を握り返した。

 今回の出来事が、彼にとってよいものであることを祈る。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「全員を一か所に集めたから、もう大丈夫だと伝えにいかなくちゃね」

 

 

 いつもより若干軽い足取りのシックスの向かう先は、ポーラエリアだった。

 遠くに見えるイグルーの白い天辺に、緑色の影が見える。…その姿が跳ねて、何か言うのが聞こえた。

 

「―――…おっ、あのデカブツが消えてリーダーと新入りの兄弟がお帰りだぞ!」

 

 ダイブ好きのブロブだ。彼はそのまま飛び降りたらしくイグルーの裏側に姿を消した。

 

 シックスはそちら方面に迷いなく足を進める。

 着いた先はシリンジョンがやってきた扉とは反対方向の、扉が最も近いイグルーだ。

 

「―――やぁ。モンスターは去った、緊急事態は終わりだ。全員いるね?」

 

 シックスが覗き込んだ後ろから、私も顔を出す。

 

 膝を抱えたセブンとそれを中心として集まるブロブたちが居た。団子のようになっている。

 

「…いるわよ」

「やぁお帰りシックス、ルーキー君。無事でなにより」

「誰もいなくならなかった…まじか…ほんとじゃないみたいだ…」

「なぁ、もう誰が一番しゃべんないでいられるか選手権終わった?俺の勝ちでいい?」

「おう、おめーの勝ちだよ。ともかくやるじゃんか、リーダー、兄弟!」

 

 

 口々に返事をする中、セブンの膝と腕の間でぎゅっとされてだいぶ細くなっているブロブが、ぷるぷるの声をだした。

 

「ありがとうふたりとも…」

 

「いいえ」「どういたしまして」

 

 私は、しゃがんで震えるブロブに声をかけた。

 

「…怖かったよね。もうあのひとは戻ってこないよ、大丈夫」

「…、…ぶええーん!」

 

 激しく声を上げるブロブを慰めつつ、私は視線を上げてその子を強く抱える腕の主にも視線を向けた。

 目があった彼女が、ゆっくり口を開く。

 

「…新入生。無事ね。…恐ろしいことをしたと思うけど、でも、みんなのためにありがとう」

「いいえ。セブンもありがとう。…貴女も、怖かったよね。でもブロブと一緒に居て、抱きしめていてくれたんだね」

「……」

 

 見る間に、堅かった彼女の雰囲気が、崩れた。

 

「―――ねぇ、今日はもう、終わったけど。…でも次はいつ来るの?」

 

 気丈な表情の中で、黒い瞳が泣きだしそうに揺れている。

 

「次は誰なの?あとどれだけ連れて行ってしまうの?…いつか、私の番が来るの?」

 

 

「―――いいや。そんなことは起きない」

 

 

 揺れない宣言が降った。シックスの声だった。

 

「見聞きしたかもしれないけど、今回僕らはあいつを追っ払うことに成功した。今後もそうするつもりだよ」

 

 セブンはシックスを見上げた。震えた瞳が数度瞬いて、…そうして頷いた。

 

「…ありがとう、シックス」

 

 ぴたん、とシックスの動きは一旦止まった。

 彼は、丸い目でセブンをまじまじと見る。

 

 

「君が僕に直接お礼を言うのは初めてだな。…何か心境の変化が?詳しく聞いても?」

 

 

 ―――セブンの目は、たちまち半眼になった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「―――ねえ。なぜあそこでセブンは急に自分の部屋に帰りだしたんだろうか」

「気分が…乗らなかったからかも…。もし何か評価が欲しかったなら、言い方が工夫できたかもしれない…」

「え?違うよ。何が今までと違うと思ったのか知りたかったから聞いたんだ。今後のために」

「そっかぁ…。もしかしたら…聞かれたくないタイミングだったのかも…しれないなぁ…。相手の考えてることを想像するのってすごく難しいよね…」

 

 やっぱり納得いってなさそうなシックスは、口元に手をやって考え込んでいる…。

 

 ぴょん、とその足に近づいた緑の姿がぶつかった。

 

「おうおう、やるじゃんシックス!ホントに追いはらっちまうとは思わなかったぜ!」

 

 ダイブ好きのブロブだ。

 考えるポーズのままのシックスは視線をそちらにちらと向ける。

 

「今回のことで分かったけれど、次からは君にも参加してもらうよ」

「ハハハ冗談きついぜ」

「本気だよ」

「マジかよ」

「…うわ…クワバラクワバラ…」「なぁ何の話?新しい遊び?」

「君もだよ。全員だ」

「おお?俺?何の役??」

「うそだろ俺もなの…いらないだろ…」

「要るよ」

 

 シックスと話すブロブたちはちょっとした盛り上がりをみせている。

 

 

 その様子を眺めながら、私は内側に声をかけた。

 

 ―――“ぼく”。

 

 

 …、…。返答は無い。

 

 

 ―――ねぇ、“ぼく”。起きているよね。

*―――…!…ぐ、ぐぅー…。

 

 大変分かりやすい寝たふりだ。私はちょっと考えてから続けた。

 

 ―――…、…私がドキドキしたから、きっとあなたを起こしちゃったよね。…怒っている?話がしたいな。“ぼく”は嫌?

*―――…う、ううん!そんなことない!でも、あの、だって、シックスが、まだ見ちゃダメって、寝ててって言ったから…、あの…。

 ―――何にも悪くないよ。それより、“ぼく”。体を動かしてフォースの手を避けてくれたね。助けてくれて、ありがとう。

*―――う、ん。……ううん!君がね!ぱーっとシックスの所に走った時、ぼく、わぁ!って思ったんだ!言われた通りに隠れてなくていいのって思ったけど、でも、でも、こう…ぴかぴかって!あの、うーん?ううーん!ええっと、…『いいね!』って…??

 

 私は思わず吹き出してしまった。

 

 ―――『いいね!』を知ってるの?“ぼく”。

*―――“わたし”が言ってた!『それすき!』と『がんばれ!』と『ちょっとだけかもだけど力になれたらうれしい!』の気持ち!…でもあんまり大きくいうと恥ずかしいから、短くちっちゃく。そうだよね!

 

 わぁ。

 内側をつまびらかにされた心地の私は微苦笑した。詳しく言葉にしないことで見ないでいたものを、あんまり明るい声で掲げられたので。

 

 ―――寝ててもやっぱり見聞きして感じているんだね。それから私を表に出したままにしながら、体を動かせるようにもなったんだ。すごいな、“ぼく”。

*―――すごい?そう?やった!

 

 …、…。

 

 ―――うん。…あの時、いいねって思ってくれたんだね、“ぼく”。

*―――そう!そうだよ!

 ―――そっか。そっかぁ…。…ちょっと、あんしん、した。ありがとう…。

*―――……、…もっと言う!いいね!

 

 張り切った声だ。もう一度ありがとうを言い、私は微笑んだ。

 

 

 ……ふいに、広場に音楽が流れ始める。

 シックスは、ブロブたちと共に地面に何やら描いていたが、そこから顔を上げた。

 

「昼寝の時間の合図だ」

 

 ……昼寝!馴染みのない習慣だ。…でもまぁ幼児であるなら全然普通のことだな。

 

「自分の部屋に戻ればいい?」

 

「そうだよ。…そうか、君、昼寝はまだだっけ?夜と違って点呼はいらない。―――まぁあんなことがあったし、部屋に戻ってゆっくり休むのがいいね。続きはあとにしよう。“わたし”にも“ぼく”にも今後のために話があるから、またあとでね」

 

 ブロブたちが返事をして、わらわらと動き出す。

 私も頷いて、部屋へ戻ることにした。

 

 

 

 

「…ちょっと。ちょっと、キミ」

 

 

 

 いつのまにか輪から外れたのか、元海賊王のブロブがこちらに近づいて来ていた。ひょこひょこと特徴的な跳ね方で足元まで来た彼は、私を見上げている。

 

「肩を貸してくれないかい」

「―――…もちろん。どうぞ。部屋まで送りましょうか」

「わぁ、助かるな。水色扉の奥なんだ」

 

 かがんで差し出した腕を伝って、彼が私の肩に登る。

 

 …耳元で、小声が聞こえた。

 

「―――“わたし”だね?おっかないことをしたな、キミ。相手が誰だかわかってる?」

「多少はたぶん…ここの外科医?ですよね」

「そうだよ。私たちの担当だ。4番、シリンジョン」

「なるほど。…貴方は交代のことについて、ご存じですか?」

「交代?いいや。私はちょっと長生きなだけの番号なしだから、全部を知ってるわけじゃないんだ。…誰が誰と?」

「ここと、リーダーが」

「―――」

「そのあと再利用らしいです」

「―――彼ら、ほんきか、ここまでやってきて、今?…でもあの医者は」

「フォースはあちらを残したいから、来たんです。見つけた“わたし”が悪い子だったから帰ってくれました」

 

「………キミ、……―――キミ、あの医者に、自分を売ったりした?」

 

「あぁいえ、それほどの話でもな、く…」

 

 軽く否定しようとした私は、横からの静かすぎる眼差しに射抜かれて一旦口を閉じた。

 …こ、この世で最も勝てない場面を思い出させる目だ…。「場合によっては今から苦言を呈しますよ」「まだ聞くよ」って目だ…。

 

 私は、真摯且つ慎重に状況の説明を試みた。

 

「―――今回フォースが引いてくれたのは、偶然の幸運と言うか。6C…“ぼく”の中に“わたし”が居て問題児だったという事実が、彼にとっては都合が良かったから、一度その情報を持ち帰ってくれたんです」

「情報だけ?」

「完璧な代役であるはずの6Cにあった瑕疵の存在は、彼が存続させたい側にとって有利に働くので。…あの、身柄を売っぱらったとか、重い対価を払った取引きとかではなく、犠牲らしい犠牲も新規に出てない話なので、…その目を収めてもらって…」

「本当?自分を安く使おうと思ってないね?」

「はい、思ってないです」

「このあと消えちゃうからどうなろうと大丈夫とか思ってないね」

「ち、誓って思ってないです」

「キミに聞かせたいお話があるな。…海外絵本のアーカイブに載っている。『Red Ogre Cry』…」

「ぞ、存じあげております。とてもよく…身に染みて…。そういうことにはならないです、心配しないでください」

「そう?知ってるんだね。―――最後に激怒されて再会後にどえらい大目玉くらうやつだよ」

「いえ全然知らないお話でしたね。いま胸に刻みました」

 

 努めて真剣に頷く私の顔を見て……よし、と元海賊王のブロブは息を吐いてスルスルと肩から降りた。もう彼の部屋の前だ。

 

「…キミが渡した情報で、彼らの判断が一旦持ち越されるといいけれど。…無視はできないだろう。でもあの外科医は色々と手早いからどうなるかなぁ…」

 

 少し思い悩んだ様子のブロブは、しかしやがて頭を振って気を取り直したようだった。

 しっかりと私を見上げた彼が言う。

 

「無茶をしたね、でも心からありがとう。キミとシックスのおかげで、私たちは欠けなかった」

 

 ……。…私がしたのは、問題解決ではない。ただの一度の延期だ。彼も、それは分かっているだろう。でもお礼を言ったのだ。

 

「いいえ」

「…、…あぁー…。…やっぱりなんか…ちょっと気掛かりだな…キミ…。なんというかこう、大丈夫そうに思えるんだけどもどうもあれで、でも多分やっぱり大丈夫そうなんだよな…。…うーん…」

 

 ごく稀にもらう評価だな…。2、3日だけ居る旅行者にはちょっと過ぎた厚意では…?

 

「…存外に心配性だったり世話焼きだったりしますか元海賊王さん?」

「…あんまり言われたことがないな…。どっちもキミのこと?」

 

 我々はしばらく顔を見合わせた。…互いにちょっと首を傾げて苦笑し合った。

 

 

 …、…。

 ……、……。

 帰り道。

 

 内側で、小さく声がする。

 

*―――…ねぇねぇ“わたし”。海賊王と難しいお話してたね。怒られたの?

 ―――あぁー…ううん。怒られてない、叱られたんだ。

*―――どうして叱られたの?

 ―――…あー…、えーと、心配させたから…。

*―――そうなの?

 ―――そうなんです…。

*―――えっと、もしかして危ないからやっちゃいけないことだったの???ぼく…きみを応援しちゃった…だめ…?

 ―――いや、あれがどうこうと言うより、どちらかというと今後に向けて釘を刺されたというか…。

*―――くぎをさす??

 ―――あらかじめ、悪い結果にならないように、木の板に釘を打っておくみたいに…念をおして確認しておくこと…。

*―――…なにを確認したの???

 

 自分で説明しなきゃいけないんだな…。わかった…。

 しなびた私は、反省の意を込めて言葉にした。

 

 ―――無茶すると泣いたり怒ったりするひとがいるから、誰かを大事に思うなら、自分も大事にしようとしないといけないんだよ…。

 

 

 精一杯の説明に、『そうなんだね』と青い星の”ぼく”は明るい声で返事をしたのだった。

 




P1:考えることとやりたいことが多すぎる。他者の体で割と勝手やってる自覚があるので肯定されてちょっと安堵した。直後に大人に見咎められて襟を正した。心配する目にすこぶる弱い。
いいわけあるものか。―――引っ込めさせる他ない。

青い声の主:居候が思うより成長している。なんなら居候が全然気が付いていないことについても知覚している。

赤い男(幼体):達成感で危機意識がやや薄まっている。…特例の成功や希望はむしろ酷なのではなかろうか?ボブは訝しんだ。

ピンクリボンの先生(幼体):ちょっと相手を信じていいのだと思った。直後のノンデリに、期待しすぎないでおこうと思い直した。

緑の塊ら:リーダーに言われてイグルーの裏に集められていた。見張り実況役やら労力削減発案係やらエンジョイ勢やら全体調整係やら、色々あった様子。

紅い外科医(若):後年に比べるとやや隙があるがすでに判断も行動も早い。大人げないとも言えなくもないがそれだけ余裕が無い。自分の友に関してもそうだったのかもしれない。まだ氷が張り切る前。

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