気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 過去の施設らしき場所での旅は、無事に終わりを迎えた。
 命数のある者にとって、時間はデリケートな問題だ。
 


ChapterⅧ
71 Gait


 

 気が付いた時、私は知らない場所で横になっていた。

 

 灰色の天井。

 薄暗く、狭い部屋。

 触れる空気は冷たい。

 

 持ち上げた手が、視界に入る。

 

 自分の意思で動くそれは、私の手だ。

 5本指で薄橙色の、見慣れた自分の手。

 

 

 青い体のあの子の手ではない。

 

 

 ―――しばらくそれを眺めて、私は息を吐いた。

 脱力した腕が、自分が寝転んでいた堅いベッドに落ちて、鈍い音を立てる。

 

 

 ……夢。

 夢だったのだろうか。

 

 そうと信じ切ってしまうには、あまりに鮮明だったのだけれど。

 

 つい先ほどのことのように思える会話と、握った手を、思い返す。

 

 ―――『私、いつか、貴方を手伝える』

 ―――『……うん。気長に待とうかな』

 

 …、…私は自分の頬をつねった。普通に痛い。私自身の体と感覚。

 

 

 あれが夢なのだとしたら、自分の想像力の豊かさに驚くところだな…。あんなに詳細でリアルだったのに。

 

 

 ―――『だからね、…さよならじゃなくて、『またね』なんだよ』

 

 

 …、…。

 いつか、今見ているこの景色も『夢だったのだ』と。そう思う時が来るのだろうか。

 

 安堵とも寂しさともつかない、何とも言い難い気分が湧き上がる。しかしふと、更に別の記憶がよぎった。幼稚園施設上階の駅で、ウスマンと話をした時。

 ケーブルカーから降りてカボブマンを背負った彼が、自身の目的について語った言葉。

 

 『僕は…―――今よりこの場所の状況を良くしたい。……なんとかしたいと、そうずっと、考えている』

 

 私はそれに、『協力したい』と答えて……握手を……。

 

 …、…。

 なんとなく、自分の手を握ったり開いたりする。薄橙の5本指は、今はひんやりする空気を掴むだけだ。

 

 

 私は息を吐いた。

 ついさっきの体験が夢だったのだとしても、それらは決して無意味でも無価値でもないだろう。その続きに、今の私がいる。

 

 やるべきことを、やろう。

 

 

 とりあえず、現在の状況の整理と把握、それから……うん、長期的にはウスマンとの合流が、目標だろうか。

 

 

 私は動き出すために、ベッドから起き上がった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 周囲は薄暗い。

 

 灰色のコンクリートの壁。薄汚れた簡素なベッドと備え付けトイレ。極めつけに鉄格子。

 分かりやすく檻の中だ。

 冷たい鉄格子に触れながら、なぜこんなところに詰め込まれているのか理由を探して、気絶する前の正確な記憶を思い返す。

 

 たしか、自分は治療室のベッドにいた。その部屋にあった壁画の、バンバンの絵の下に隠されるように描かれていた、青いキャラクター。それを見てしまったばっかりに、シリンジョンに頭部をぶっ叩かれたんだっけな…。外科医でもあり市長でもある彼は、権力を使って私を牢屋に入れたのかもしれない。

 問答無用で監獄入りとは相当知られたくない秘密だったに違いない。気絶させる少し前まで『貴様も多少は働いたことだし、今は休め。それから今後の話をしよう』とか言ってたのに…。なんて切り捨ての早さだ。

 ―――「フォース」と呼ばれていたあの時のドクターの様子をふいに思い出す。

 私という「人間」に知られたことで、Case6の存続がまた危ぶまれると思ったのだろうか…。…私は別に彼の敵ではないつもりなので、ドクターとはちゃんと話をしたいところだな…。

 

 

 ガチャン、と鉄格子が叩かれて音が鳴る。

 

「―――おい囚人。出ろ、時間だ」

 

 檻の外から緑の姿…ジバニウム生物の市民が声をかけてきた。

 帽子や口調からして、彼は看守っぽい。

 どうも冷たい様子だ。まぁ自分は扱い上は犯罪者だし、無理もなかろう。

 

 ひとまず様子見も兼ねて、良い囚人を目指そう。割と得意ですそういうの!

 

 

「―――なんだ?こっちには何もない。立ち止まるな」

 

 

 …速攻で『聞き分けの良い囚人』じゃいられなくなっちゃいそうなの、見せないでもらえますか…。

 言われた通り廊下を進んでいた私は、視線をうろうろさせた。別部屋の奥で引っ叩かれてる囚人さんをチラ見する。

 

 やめてあげてほしい…。でも部外者且つ同じ囚人の私が首突っ込んでいいやつではないかも…。

 …うーん、いや、でもなぁ…。

 バシバシと連続で響く打撃音に耐え兼ね、私はそうっと口を開いた。

 

「…あの、お尋ねしたいのですけどそちらの囚人さんは何のお咎めを食らってるんでしょう…?」

「お前の知ることじゃない」

 

 取り付く島はあまりなさそうだ。しかしこちらの言葉に返答はしてくれている。

 迂闊なことをしてもっと酷い仕打ちになるのは避けたいが…ここがどんなルールで動いているか探りたいところでもあるので、もうちょっとだけ食い下がってみよう。

 私は看守の手にある警棒を視界の端っこに収めつつ言った。

 

「いえあの、今後の参考までに」

「あ?なんの」

 

 声は単純に疑問の色だ、怒気や苛立ちは無い。警棒を持つ腕はまだ動く気配がない。大丈夫。

 

「つまり、ええと…私が同じ間違いを犯すのを防止する意味が…」

 

 看守はやや沈黙した。やがて面倒そうながらも答える。

 

「…仕事をさぼった。言い訳と反抗とついでにふて寝を決め込んでいるので、起きあがらせるためにああしてる。もう仕事の時間だからな」

 

 引っ叩かれてるのに起きないのぉ…!?

 鋼の反抗心か?ガッツがあるな…。私は転がったその囚人をまじまじと見つめる…。

 …、…。

 

「……ふて寝じゃなくて…あれは気絶では…?」

「あ?―――あ、マジだな」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 廊下に並んだ囚人たちの後ろに続く。

 

「―――全く酷ぇ目に合った!」

 

 私の後ろの囚人がぶつぶつ言う。

 

「いやあの看守さぁ!起き上がる間もなく気絶させやがって。殴るなよなコンスタントに。覚める目も覚めねぇだろうがよ」

「それはその…お気の毒でしたね…」

「オメー人間のくせになんで俺と看守の間に入ったの?アホなの?」

「…サガかなぁ…」

「難儀なヤツめ」

 

「おい無駄口叩くな」

 

 ピシャッと後ろの囚人が引っ叩かれた直後にブザーが鳴り、整列した囚人らの前の扉は開かれたのだった。

 

 

 

 

 扉の向こうは…灰色の広場だった。コンクリートと鉄線で囲まれた広い土地。上を見るが、天井は遠く暗く、よく見えない。

 どうやら地下施設の一角っぽいが、市民が居た街との位置関係は分からない。

 

 前方を歩いていた囚人たちは、やがてバラバラに進んでいく。

 彼らは、ベンチに座ったり、近くで腕立て伏せを始めたり、フェンスの外をぼーっと眺めたり…。

 それぞれ過ごしている。自由時間っぽいな、と周囲を見回す。

 

「……オイ、難儀のチビ。ここらで最初にすんのはIDカードづくりだ、こんなとこに立ち止まってないでさっさと行けよな」

 

 背後でさっきの囚人が後頭部を擦りながら言う。

 

「IDカード?」

「んなこともわかんないのかよ。…あっちに建物があるだろ、邪魔だからさっさと行けって」

 

 口は悪いけどもやっぱり教えてくれるんだなぁ…。

 

「ありがとうございます、先輩」

「あん?“センパイ”?」

「えっと、自分より先に居る人…道を進んでいる人?」

「先?進む?」

「つまり、ええっと、私より……おにいさん…?」

「おにいさん」

「多分。ええと、ともかくありがとうございます。行ってみます、それではまた」

 

 

 

 

 教えてもらった建物内に入る。

 中には、ひとりの市民がいた。…揃いの帽子を被っているので看守だろう。何やら機械の近くに座っていた彼が、椅子を示す。

 

「そこに座れ。写真を撮る」

 

 はい、と腰を下ろすと間もなくストロボがたかれた。

 だいぶ眩しい。

 

 看守は、機械を操作しながら言う。

 

「カードを受け取ってさっさと作業へ移れ」

 

 なるほど、やるべきことがあるらしい。

 機械から出てきたカードを手に取る。顔写真とナンバーがあるシンプルなカードだ。

 

 淡々と仕事をこなしていた彼が、言う。

 

「過労死すればいいさ」

 

 淡々と、しかし非常に実感がこもった感じのお言葉をいただいた。

 彼らの実験レポートを思い出す。人間に滅茶苦茶こき使われて嫌な目に合ったんだろうなぁ…。

 私は神妙な顔をした。どう取り繕ったところで、私は彼らにとって自分たちを使い捨てするクソ人間のひとりだろう。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 作業場所探しは割とすぐに済んだ。IDカード作製場所からそれ程遠くないし、看板が掛かっているのでわかりやすい。

 

 作業場所の入り口に立っていた看守らしき人物に近づくと、彼はIDカードを見せろと言った。大人しく示す。

 

 

「―――ハ、写真も醜いな。仕方ないか、人間だもんな」

 

 

 カードを確かめる看守を見上げてふと思う。彼らに備わる美醜の感覚はどんなもんなんだろうか。

 私から見て基本的にやせ型っぽくて長身の彼らは、スタイルが良いと言えなくもない。つまり相対的に私は低身長で且つ肥満気味で、一部に毛が生えているわけだ。

 

 無理な人には無理かもしれない。致し方ない評価な気がしてきた。

 真面目にうんうん頷く私を見て、看守は若干変な顔をした。

 

「…採掘場の中に入れ。監督が仕事を割り振ってくれる」

 

 

 

 

 

 採掘場に入り、私はとある姿を目に留めた。

 

「スティンガーフリン…!」

 

 橙色の彼は、物凄く倦怠そうに振り返った。

 

「…お前か…」

 

 私は彼の目の前にしゃがんで彼に視線を合わせる。私の膝までのサイズもない。小さい。

 

「どうしてこちらに?」

「私もここに放り込まれた。お前が藪をつつくからだ…。大人しくしろと言ったはず…」

「…、我々の罪状は、やはりあの青いマスコットの絵を見てしまったことですか…?」

「それ以上の説明が必要か?」

「犯罪者扱いが何かの間違いの可能性もあるかもと…私の荷物は全く没収されていなかったので…」

「荷物に関しては指示不足だ。市民らの頭がひとりでにそれ程働けば、外科医のドリルの出番は減っただろうな」

 

 なるほど、結構隙のある監獄らしい。私は鞄の中身を思い出しつつ考えた。自分が看守だったら囚人からは絶対回収しておきたい物々だ。

 あともう一点、と聞きたいことを口にする。

 

「私が気絶したあと、幻覚を使いましたか?」

 

 なるべく軽く聞こえるようにと意識したつもりだったのだが、スティンガーフリンは一旦こちらを見上げた。

 

「何もしていない。外科医も手を加えていないはず」

「―――そうですか。ありがとうございます」

 

 

「おい。お喋りは終わりだ、作業に戻れ!」

 

 

 遠くの監督の声がとんでくる。

 フリンは私を半眼で見つめた。

 

「…つまり結論は一つだ。なにもかもお前のせい」

「今回に関して、間違いありませんね…。ごめんなさい、スティンガーフリン。貴方を巻き込みました」

「お前が謝罪の達人になる前に聞き終えたいところだな。―――今は外科医がすべてを取り仕切っている。今度こそ大人しくしているといい」

 

 スティンガーフリンはまた岩に向き合って作業をし始めた…。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 監督役の説明を聞くに、岩砕きをすると「作業伝票」なる紙を貰えるらしい。看守にそれを提出することで寝床に戻れる、という仕組みのようだ。

 

 ひとまず1つツルハシで叩いてみるが…思ったよりさっくり岩が砕ける。

 そこまでの疲労感はない。

 

 少し離れた場所で、橙色の小さな姿が重そうにツルハシを振っているのが見える。

 

 ……いくらか考えて、監督役に声を掛けた。

 

「あの……、一人分の作業量は、決まっているのですか」

「あ?なんだ5つじゃ不満か?もっと増やしてやってもいいんだぞ」

「いえ、ええと、別のひとを手伝うことは可能ですか…?」

「…あん?」

「ここの岩砕きの作業を、なのですが…」

「―――お前が誰かの肩代わりをするって?」

 

 いやそうとまでは別に言っていないが…。

 監督役はせせら笑った。

 

「いいぜ人間。もしここに置いてある今日分の岩を全部砕けるんだったら、他の囚人の仕事は無しにしてもいい。やってみろ。―――やれるもんならな」

 

 …フリンを手伝いたかったのだが、話が大きくなった。結構な条件ではあるな…。

 私は周囲の岩の数と自分の疲労度を考える。

 相手は「不可能だ」と思っての提案だろうが、しかし、うーん…?

 

「寝床に帰る時間までに終わると良いなぁ?」

 

 監督役の彼としては、やる方向で話が進んでいる様子。これが理不尽かつ到底無理な量だったのなら私は頭をフル回転させて丁寧に辞退するところだが、実際の所そう絶望的でもなさそうだ。

 自分の労働によって全体の負担が減るなら、やってみる価値はある。引っ叩かれる囚人が減るかもだ。

 

 私はツルハシを握って頷いた。

 

「がんばります」

 

 

 

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 意外といける。

 

 

 やや時間は掛かったが、結構な岩を砕けた。

 

 私は汗をぬぐって半面程度が更地になった採掘場を見た。監督が微妙な顔をしてこちらを眺めて立っている。入口の見張り役は、やってくる他の囚人をその場に止めていた。腕がちょっと痺れてきたが、この調子なら問題なく終わるだろう。一旦ツルハシを地に置いて、上がってきた息を整える。

 少しだけ昔やってたゲームの整地作業を思い出すな…地面が綺麗になっていくのを見るのは嫌いではないし、無心でできる単純作業は心が鎮まる。

 

「…と言うわけで、貴方がやっているその一個で半分が終わりです。スティンガーフリン」

 

「…かがめ」

 

 小さいスティンガーフリンが私を見上げて言った。達成感に溢れる私は素直に彼の前にしゃがむ。

 するっと橙の腕が一本伸びて、私の額の前で静電気が弾けた。ギリギリ当たらない!

 

「大人しくしていろと言った…!」

 

 静かにとてもおこっている!

 

「…これもアウト判定ですか…?」

「周囲を乱すな、目立つな、規則に従え。他に全部言わなければわからないのか。本当になのか」

「…すみません…手伝いを…したかったんですけど…」

「罪滅ぼしに」

「ええと、もちろんその気持ちがなかったといえば嘘になりますが。…大変そうだったので…あと私にとってはそれほど大変ではなかったので…。適材適所だろうかと…」

「悪意のない考え足らずで、このさき一生の仕事を増やしにかかるな」

「…。…ああー…なるほど…」

 

 初日からアクセルべた踏みだと、それが看守にとっても私の仕事量のスタンダードになってしまうな。適度に手を抜かないと今後の扱いが大変なことになりそう。確かに。

 

「…浅慮でした。すみません」

「…聞き分けは…悪くないのに…。なぜなんだ…」

「何かやらなければと、逸りました。悪癖ですね。…今日はこれくらいでやめようと思います。貴方は大丈夫ですか、スティンガーフリン」

「よほど暇なのか」

 

 かつん、とフリンが叩いた岩は、音を立ててちゃんと砕けた。

 

「お前が助けるべき者など、ここには存在しない。お前の真の目的も知ったことではないが、本当に願うなら他者にかまけず先へ進むと良い」

 

 割れた岩を、彼はそのまま少しずつ小さく砕き始める。

 

「自分の足元だけ見ていろ」

 

 

 …、…。

 足元。

 

 私は目線を下にやって見た。2本の足。履き慣れた靴。それから、視界いっぱいの灰色の硬い地面。

 

 なるほど、自分の足が踏む予定の地面だけを見ていれば、私はなるべく転ばずに歩けるだろう。

 …そのまま、歩く予定の地面を目で辿る。

 

「…、…」

 

 視線が上がる。何気なく視界に入る景色を眺める。

 腕を組む監督役。歩く看守。ボールを持つ囚人。話し込む囚人たち。

 

 目に映る、そこにいる誰かたち。

 きっと、努めれば関わらずにも居られる、周りにいるひとびと。

 

「…スティンガーフリン」

 

 横にいる彼に、話しかける。

 考えて、私は、やっぱり口を開いた。

 

「―――いつか。選ばないことについて、教えてくださいましたよね」

 

 返事はない。

 

「両方を、と多分望みました。自分が多少痛かろうとそれで良いと。でも…結果は」

 

 記憶に鮮やかな夢を、思う。

 

「以前貴方が教えてくださったように…私が傷つけた者たちは、傷つかなくて済んだのかもしれないと。ようやっと分かった気がします」

 

 何かができるのではというのは驕りで、変えられるかもというのは浅はかな自惚れだった。

 しかし諦めきってしまうには、私には自分の足も手もあって。そうして、どうしようもなくそこに存在して生きている。

 

「誰にとってもより良い道を、と探しているつもりでしたが」

 

 息を吸った。声が震えた気がしたけれど、言う。

 

「―――むずかしいですね。スティンガーフリン」

 

 薄暗い灰色の世界で、橙色の、沢山の腕の持ち主は無言だった。

 私は頭を振った。

 自身の足元だけを確保するより、ずっと難しいけれど、でも諦めたくないと思った。赤いあの子に「折れないでほしい」と願ったのだから、私もそうありたいと思った。

 

 自分を無力と信じて座ったままでいるには、私はちょっと健康体に過ぎる。笑って言った。

 

「それでも、どうしても辺りに目が向く性分のようです。見過ごすといずれ大きな心配になりそうで。……貴方のご忠告の甲斐なく、謝らなければならない場面ばかりで本当に申し訳ないのですが」

 

 スティンガーフリンは、…じろりと私を見上げて言った。

 

「…致し方がない。死ぬまで治らぬなんとやらもいる」

「すみません」

 

 橙の腕はツルハシを持ち直して、彼はそのまま岩に向き直る。視線は私に向かぬまま、声は言う。

 

「自分の足元も見ていろ」

 

「…はい!次にもっと上手くいくよう、考えます」

 

 私は緩んでいた靴紐を結び直して、立ちあがった。

 

 

 

 

 

 監督役の看守に、“大口を叩きました、すみませんでした!”と報告すると、やや引いていた風な彼はちょっと調子を取り戻したように胸の前で腕を組んだ。

 

「は、ははん。やっぱりな、根性なしだ。―――今日はもういい、さっさと帰れ。その全身砂っぽい疲労困憊の体を抱えてみじめにな」

 

 いや、疲労は6割くらいだ、まだもう少しいける。でもそれっぽく真面目な顔で礼をして、私は作業現場を後にした。

 

 

 

 

 

「―――おぉい、お前!」

 

 後ろから大きな声がして私は振り返った。相手は、はじめに独房で引っ叩かれていた先輩囚人だと思われる。帽子が無いと容姿では判別しづらい。

 

「見てたぞ、難儀のチビ!なんだよお前、ガッツあるな!」

 

 最初に彼に思っていた感想を返されて、私は笑った。勘違いである所も含めてよく似たシチュエーションだ。

 

「いいえ、残念ながら岩場の半面でガッツが終わりました」

「いやいや、何人分もの仕事だよ!やるな、難儀のチビ!」

 

 先輩な囚人は、私の背をバシバシ叩いた。あんまり痛くはなかった。

 

 

 …、…ところであの、そのあだ名ってもう固定ですかね?

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 貰った作業伝票のカードを看守に渡すため、建物内に入る。

 

 机の前に座ったオレンジ帽子の看守は無口にそれを受け取った。もうちょっと口撃を受けるかと思っていたが拍子抜けする。

 看守は特に何も言わず、そのまま手で追い払うような仕草をした。

 ……これでノルマは達成らしい。あとは自由にしていいようだ。

 

 存外しんどくない。Case4Bたちは、細腕で痩せている見た目の通り、もしかしたら体力はそんなにないのかもしれない。瞬間的には私を気絶させられる力は全然あるようだが。…そういやドクター自身も痩せていたし、走る際もあまり速くはなかったような…。

 

 周囲の牢屋をさっと見回すに他の囚人の姿が見え…待って、あれ、見知った顔が何名か居るな?

 

 私は看守をちらと見た。無口な彼は私に僅か視線をやったが、面倒くさそうに手元に視線を落とした。…それきりこっちを見ない。口うるさくはなさそう。…、…私はあからさまには観察せずそうっと上を見上げた。

 

 吹き抜けから二階の牢屋の様子が見える。その鉄格子の向こうに、先生やオピラタルタ、ナブナリーナが居るようだ。

 

 階段を登ろうとする―――と、資料を見ていた看守が露骨に嫌そうに立ちあがってこちらに来ようとしたので、私は素早く足を戻した。……看守は舌打ちして再び書類仕事に戻る。

 

 …、…。先生らの状態は気にはなるが、今はやめておいたほうがよさそうだ。私は大人しく、一階をざっと見歩く程度にとどめた。

 

 

 

 

 いくらか施設内を観察した私は、元の建物に戻ることにした。

 

 通路を歩いていると、前方から数人の囚人らが歩いて来るのが見える。

 彼らは雑談しながら進んでいるようだったが、ふと、その視線が私を向いた。彼らは一瞬顔を見合わせ―――そうしてもう一度、今度は明確に私を見て、口の端を釣り上げた。

 

 わぁ…いかにもな感じのひと達の目に留まってしまったっぽい。

 

「よぉ、待てよ」

 

 ごくさりげなく進路を変更したのだが、呼び止められてしまった。彼らは口元に笑みを浮かべて近づいて来る。こうなると無視するのも角が立つな、どうしたもんか。

 

「―――おい見ろよ、お前ら。噂通りだ」

 

 3人組の真ん中が、ニヤニヤと私を見降ろした。

 

「新しい囚人がどんな奴かって、今日一番の話題なんだよ。なぁ?」

 

 左右の囚人がこちらを覗き込む。

 

「おいおい、まさか?本当に、人間だって?…こんな所に?へぇ!」

「どうしたこったよ、クソ人間!ふんぞりかえってた椅子からは転げ落ちて来たのか?」

「捨てられたんだろ?そうじゃなきゃ此処に入りっこない」

「違いないな、とんでもねー役立たずだったんだろう」

「そうかもな。…ほうら、だって、見るからに、鈍そうだ!」

 

 彼らの中で笑いが起きる。

 

 ―――すごい、どっかにありそうな感じの絡みをされてる!でもこれ実力行使に出られたら余裕で死ぬな!

 

 会釈をするついでに彼らとの距離を保ちつつ、様子見をする。

 

「こんにちは、みなさん」

 

 右端の囚人が吹き出して哂う。

 

「…『こんにちは』!『こんにちは』だってよ!」

 

 箸が転がっても笑い出しそうだな。早いとこトンズラしよう。

 

「皆さんがこの場所にお詳しいことを見込んでお聞きするのですが、他の方…例えばキティサウルスやダダドゥー卿も、私たちと同じような部屋にいるのかをご存じでしょうか?」

 

 反応を見つつさくっと断られてから、『ではさようなら』と言うつもりだったのだが。

 

 右端の囚人はまたも吹き出して笑い、左端は嫌そうに顔を歪め、…そうして真ん中は、一瞬真顔になった後、にやと笑った。

 

「いいぜ教えてやる、よッ!」

 

 ぱっと、彼は一歩踏み出したかと思うと、私からIDカードをひったくった。

 

 あっ、と思うまでもなく、それは長身の彼の手によって高々と掲げられる。

 

 

「……ハハ、実物と違わず、写真も酷いな。そりゃそうか」

 

 私の背丈では到底届かないだろう位置で、ヒラヒラとカードを揺らして眺めながら、囚人が笑う。

 

「―――ああ、良いことを思いついた。もう一度撮り直して貰えよ。看守に死ぬほど怒られるだろうが……でもホラ、ちょっとは見られるようになるかも、な?」

 

 

 ミシ、とその手の中でカードが音をたてて、

 

 

 ―――しかし、突如横から叩き落とされたことによって、それは阻止された。

 

 

 

 すぱーん!と音を立てて引っ叩かれた手を押さえ、真ん中にいた囚人が怒鳴る。

 

「ッなにしやが、」

「―――テメーが何してんだこのド陰険クソ野郎!」

 

 勢いよく割り込んできた囚人…を、私はまじまじと見つめた。

 彼は3人組を睨んでいたが、ぐるんとこちらを向くと私を指さして怒鳴る。

 

「お前も何絡まれてんだ難儀のチビ!ドンくせぇな!」

 

 最初の先輩だ。

 私は口を開きかけたが、彼は3人組の左端にいた囚人にどつかれて前を向きなおしてしまった。

 

「なんだてめぇクソ人間の肩をもつのか?」

「ああ!?」

 

 まずい、騒ぎになる。

 私は周囲に視線を走らせた。辺りには、ぽつぽつと囚人が居て、こちらを見て集まりだしている。―――看守の耳に入れば、このままでは先輩の囚人もお咎めをくらうかもしれない。

 私のIDカードを墓地に送ることで事態が収拾するなら、全然ありだ。看守らが召喚される前に盤面をなんとかしたい。

 

「あの先ぱ、」

 

「肩をもつだぁ?テメーらがクソダルいことやってるからだろうがよ!」

「はぁ?おいおい、『クソ』はこっちの人間だろうがよ。オレ達は親切にも、ひっでぇ顔の写真を撮り直すチャンスをやろうとしただけだ。ツラが多少マシになる可能性もミリくらいはあるかもしれないだろ、なぁ?」

「そうだ、こっちに感謝してもいいくらいだぜ」

 

 だめだ全然意識がこっちに向かない。背に腹は代えられない、強行手段も考え―――

 

「テメー……もっぺん言ってみろ……」

 

 先輩の囚人が、わなわなと体を震わせ、そうして私を指さし大声で叫んだ。

 

「いくらコイツがチビでデブでザコでも言っていいことと悪いことがあるだろうが!」

 

 ―――ほんとだよ。マジでなんてこと言うんだ。

 

 3人組の囚人らは、一旦開いていた口を閉じ、そして割って入った先輩囚人を2度見して首を傾げた。私もそうしたい。

 

 先輩な囚人は怒った顔のまま、続けた。

 

「ンな真似しやがって、みっともねぇ!いくら目が鼻みてぇなサイズでしかも局所的に毛が生えててキショかろうが、新入り相手にダッセーだろうがよ!」

 

 …事実であったとしてもライン越え!!!

 

「人間的には至って健康的な標準体型です」

 

 私は真顔でささやかな抵抗をした。

 庇おうとしてくれている関係上、抗議しにくい。

 

 この場で最も私の悪口を言った先輩な囚人は、とても真剣に怒った様子で相手を指さした。

 

「さっさと失せろ人間嫌いども!このクソ人間を放っとけ!!」

「なるほど先輩もかなりの人間嫌いですね?」

 

 心の中だけのつもりだったが思わず声が漏れてしまった。

 「あたりめーだろ!」と間髪入れず返答がある。左様で……。いっそ清々しいまであるな。

 

 3人組は、変な表情で私と先輩囚人の顔を交互に見ている……。

 

「―――そうか、精々仲良くやれよクソ人間と物好き」

 

 彼らは毒づきながらも、めちゃくちゃ白けた感じで立ち去っていく。

 集まってきていた観衆も、興味を失ったように散りはじめた。看守が駆けつけてくる様子もない。

 

 一応、事態は収まったようだ。

 

 残された私は何とも言えぬ気持ちになりながらも、漢気を見せてくれた(ただし私の容姿はボロクソに貶した)先輩へ近寄った。

 

「…ありがとうございました。大ごとにならずに済んだようです」

 

 彼はIDカードを拾ってこちらに投げ渡した。

 

「マジで難儀なヤツだなチビ!」

 

 

 ―――市民らの口が悪いのは遺伝ですかねドクター???どう思われます????

 思わずその場にいない天才外科医に脳内で問いかける。

 当たり前にして、返答はなかった。

 




P1:再出発。指針を確かめ進み直す様子。性分は治るものでも無し。


橙のクラゲ:特に抵抗せず監獄入りを受け入れた。相変わらず疲れている。

囚人ら:街からあぶれた者たち。罪は色々だが、街の住人より荒れているのは確か。人間への感情は似たり寄ったり。

先輩な囚人:全体的に人間は嫌いだし不恰好だと思っているが、それはそれとして自分をお兄さん呼びしてきた新入りがいびられるのを傍観できる程、冷めてもいなかった。

看守ら:基本的に、ただ決まり通りに仕事をこなせる人材が選定されている。採掘場の監督役は、他より少しだけ人間に関して感情的だった。

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