気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
気がつくとそこは監獄の中だった。周囲の状況を観察しながら囚人として過ごすこととなる。
「再び会ったな、人間」
就寝前。
見知らぬ青帽の囚人に小声で呼び止められ、案内された先。
他の囚人とは分けられた、厳重な一棟の部屋に、その相手はいた。
黒い体躯。緩やかに弧を描く大きな口から、鋭い牙が覗く。
「シリンジョンの操り人形、ゴリラの煽動者、そうして奇跡の生還者でもある。――ここに居るとは、とうとう風を読み間違えたか、風見鶏?」
案内役は建物外に出ていて、この場には相手と私しかいない。
私は、言葉を選びつつ、返答した。
「…生きて貴方とお会いできているので、正解のルートだと信じたいですね…。お久しぶりです、ダダドゥー卿…」
復讐者の彼はゆったりと答えた。
「ハ。そうだな、お前は相変わらずツイているようだ。――聞くところによると、もうここでのボディガードを用意したらしいじゃないか。手の早いことだ」
「……、ええと。もしやあの先輩囚人のことでしょうか?いえ、彼とは偶々話す機会があっただけで、ただの囚人同士です」
決して雇用関係ではない。大体にして「手が早い」というなら、この部屋の外の出来事をすでに知っている彼の方な気がする。
私の返答を聞いて、ダダドゥー卿は静かに笑った。冴え冴えとした白い照明によって、彼の体ごと腕を拘束している枷や、口元から微かに見える牙が鈍く光る。
「人間、お前は私に似ている」
――――うそぉ。どのへん?全体的に黒っぽいことくらいしか似ている点を思いつけない。
「我々はシリンジョンのために汚れ仕事を行って、結局はコケにされた。…だがそれもここまでだ」
…、…。
「よく聞け。お前のその器用な5本指で、私の枷の金具を少しいじるだけでいい。私は忌々しい拘束から逃れる術を得て、そうして今夜、ここを脱することができる」
…、…。…、…。
「私と、表に居る協力者と、お前で共に行こう。お前には運がある。我々には、その力が必要だ」
「…えっと」
私は真面目な顔をした。
「私…大人しくしておけと釘を刺されていまして…」
「ふむ?」
ダダドゥー卿は顔を顰めた。
「今後のために、今はあまり事を荒立てたくないといいますか…」
「存外に慎重だ。あるいは臆病とあえて言おうか。このまま一生、囲いの中で過ごすのか?――――いいか、人間」
拘束された姿にも関わらず――――悠然とした、声が言う。
「お前は決して無力ではない。立ちあがれ」
その調子で昔ドクターたちを戦いに蜂起させたんですかミスター。
私は唸った。このままここにいて進展があるかというと怪しいのは確かだ。大人しくしているならそれこそ外部の力に頼って好機を待つくらいしか可能性がない。
でもなぁ…。シリンジョンに「自分は敵ではない」と話がしたいのに強行で監獄を脱出するのは悪手な気がする…。その場で死なずにわざわざ監獄に突っ込まれているから、私はまだ何らかの使い道を考えられているのではないだろうか。問題は、その「使い道」次第で、説得や交渉か全力の逃走かを決める必要があることだ。今はまだ見極めたいところ…。
私は丁寧に頭を下げる。
「…今回は謹んで辞退させていただきたく…」
相手は、対して残念でもなさそうに息を吐いた。
「なるほどな、見込み違いか。では、私の話は終わりだ。――――それで?お前も何か話があるのだろう。だから囚人らとの会話で私の名を出した」
そうなんだよなぁ…。まさかたったの一度で本人の耳にまで届くと思っていなかったのだが。ついでに今の一件でだいぶ話しづらくなってしまった…。
いつか言われた言葉を思い返す。『要求は有利な時に』…。私が囚人でなく、シリンジョン側を維持できていれば、もうちょっとアドバンテージがあったのだが。でも多分、今を逃したら私が問答無用でぶっ転がされずお話できる機会はもうない、気がする…。
―――筋違い、と後ろ指が私を差す。どの立場から何を言う、資格もないのに口を開くな、と。
でも、と頭を振って、私は…苦渋の決断で口を開いた。
「――――貴方と話がしたい、と私はドクターといた時から、思っていました」
「ハ、あの外科医と手を組んでおきながら。一体どんな?」
「ご事情をお聞きして…貴方がたのご納得を、どこかで、いただけないだろうか、と」
「ハハ。人間、涙ぐましい努力だ。あの、お前を良いように使った裏切り者のために、交渉人にでもなりたかったのか。…無駄なことだ。見ろ、アイツは私もお前もここへ放り込んだ。『どうでも良い』のだ」
「……ドクターは貴方を治療しました。無駄なことを、する方ではありません」
「まだ利用価値があると?お前がそれを引き継ぎに来たか?」
「――いいえ」
私は相手を見つめた。
「攻撃の停止を、お願いしに」
沈黙。
――――忍び笑いが、広い空間に響く。
嗤い、哂い、笑い。仄暗い嘲りが、真白な部屋にこだまする。
「――とんだジョークだ。ちっぽけで哀れな道化。その願いに私が頷けば、この拘束を外してくれるのか」
「貴方が心から頷き、私を信用させてくださるならば、はい。今ではなくとも、必ずお手伝いします。ドクターと話をつけます」
相手は、今度こそ声を上げて笑った。
「愚かな傀儡だ、あの、裏切者のために無駄働きに来たと見える。――死に体の私に、わざわざ何と言って『お願い』をするか聞こうか。人間!」
私は真面目な顔で頷いた。まずはじめに、と言う。
「酷いことをしてすみませんでした。これ、お詫びの品です」
「…、…」
相手は差し出された棒付きキャンディを見て、沈黙した。
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「――――で?本当は何の話だ、お前」
ピンク色の飴を咥えながら、ダダドゥー卿は器用にもう一度問うた。
…手が使えないので若干食べにくそうだ。受け渡しの際は、腕ごとガブッといかれないように怖々真剣にそうっと彼の口元まで運んだのだが、相手は物凄く苦々しい雰囲気だ。
「ですから、お話をしに…」
「くどい。無駄を言うな、要件を言え」
ですから、と私は若干項垂れた。
「…貴方と、お話をして関係を築きに…」
「帰れ小童」
私は肩を落とした。
「飴一本で事態を打開できると思ったのか。馬鹿馬鹿しい」
相手にされてない…でもそれもそう…。気力を奮い立たせて口を開く…。
「あの、あのですね。ご存じでしょうか、その飴はドクターが作った発明品です」
「知っているが?」
「市民を『再利用だ』と言って、形をそのまま取って置いて、改良する方です。目障りだと言って人間を治療した。ドクターは、そういう、言葉と行動に捩れがある偽悪的な方なんですよ」
「知っているが??あえて言うなら偽悪的なんじゃなくて実際攻撃的で偏屈な奴だが?」
「それはまぁはい。――――長く使った道具を、捨てるのではなく、直して、より良くして、使うひとのように、思えます」
「……」
姿を保って吊られたままの市民ら。目を改良された助手。足を治療された私。ドローンのリモコン。街に許された娯楽と、丸くて、甘い、飴。
過去で大量廃棄を見越して、先に一体の新入りを犠牲にしようとしたひと。今、究極を目指した際の多くの副産物たちを、「爪の先程も使えない」と言いながら街で抱えて回し続けようとするひと。かつてにあった熱はもう凍らせているかもしれないけれど。
他者の存在を心の底から道具のように思っているならば、そんなふうにはなり得ない。
……気が、する……!
何とか届かないかと言葉を紡ぐ。私よりずっと長く共に居ただろう相手の目が、それを再び映さないかと祈る。裏切られたと激しく怒るのは、かつて信じていたからだ。
「ドクターは、治そうとする方です。貴方がたを、切り捨てたかった訳ではないように、思えるのです」
「――――」
音を立てて、苛立たし気に飴が噛み砕かれた。
「だが違った。……違ったんだよ。――――この状況で良くそうと言えるものだな、お前。今日一日の記憶がないのか?アレが治すのは、自身の思い通りに動く価値ある部品だけだ」
響いていない…。
ダダドゥー卿が苦々しく表情を歪めた。
「言い訳なら本人に言わせろ、腹立たしい」
飴の棒が床に捨てられる。
「――まだ持っているな。…あるなら寄越せ。続きを聞いてやる」
「あ、はい…」
私は鞄から飴…街のバーで貰っていた残り2本のうちの片方を、取り出した。
差し出された飴を咥えて、ダダドゥー卿はしばらく無言だった。
「もう一度だけ聞くが、何をしに来た」
何をしに、かぁ。
破壊に突き進むその進行を止めたい気持ちはあるが、それはあくまでこっちの都合だ。ひとまずは個人的に敵対を解いてもらって、通常の状態でも対話ができるように持っていきたいのだが、現時点でどこまで狙えるかは怪しい。慎重になるべきな気がする。
私はまだ、目の前の相手のことを、全然知れていない。
「…貴方に、話をしてもらいにかも…しれません…」
「帰れ。情けをやる」
静かな声が告げる。
だめかぁ、と思いつつ、私は首を横に振った。
「いいえ」
「――――そうか」
音を立てて、
私の視界の上下は反転する。
浮遊した身体は、背中から床に激突した。衝撃で息が止まる。一拍遅れて、肺から空気が押し出され、激しく噎せた。横倒しになった視界が生理的涙で滲む。
何が、起きた、のか。数秒遅れでようやっと理解する。
明滅し歪む景色の中で、片手だけ拘束を逃れた黒い姿が、残りの鎖を引きちぎるのが、見えた。
「……」
無言で、肩で大きく息をして、黒い姿が体を引きずるように私に近づいて来る。
――――相手も、しんどそう、だ。
激しく咳き込みながら、馬鹿なことを考える。
死が歩み寄る。激痛に汗が吹き出て、滴が頬を滑り落ちる。……いやまだ巻き戻ってないからもしかしてワンチャンある、のか…?でも、胸部がやばい気がする本気で呼吸が苦しい。
紫の大きな手が、私の頭を掴む。喘鳴の間の声が告げる。
「……殺しは、しない。だが、使わせてもらうぞ。……それが、お前たちへの、」
――――――――――――――――――――――――――――――――――ーーーーーーーーーー
…、…。
白い照明の一室。
厳重に拘束された黒い体躯の相手が、言う。
「――まだ持っているな。…あるなら寄越せ。続きを聞いてやる」
…、…。
…………。
私は、胸のあたりを擦りつつ、ちょっと息を吐いて、首を横に振った…。
「すみません、あるのですがこれ以上差し上げられません…」
「なぜ」
「…貴方が凄まじい根性の持ち主だからです…」
ダダドゥー卿は…顔を顰めた…。
「入れ知恵済みか」
いえ貴方に身をもって教えていただきました…。
しっかりヤられてやり直すことになった私は、もう一度息を吐いた。
『ジバニウムを与えるな』とドクターに言われておきながら緑の飴を流れで渡した私が阿呆だったのは否定できない。私は真面目に反省をした。
先程の彼は、緑の飴に含まれるジバニウムを口に含んで、拘束を破壊する力を得た、と言うことだ。ドクターによれば飴は少しずつしか溶け無い仕様のはずだったから、瞬間的にエネルギーにできる量は僅かだろうに。
ご自分で『死に体』とか言っといてとんだタフガイだ。虎視眈々と私の動きを待って機会を窺ってたってこと?怖いから勘弁してほしい。
「飴はお渡しできませんが、続きを話してもよいでしょうか」
「私の許可が必要か?駄目だと言ったら?」
「すみません、話します」
「…思ったよか図太いなお前…」
以前も含めて貴方の手によって何回やり直していることやら。図太くもなる。
「それで、ええと。ドクターについての話は一旦おいて、貴方にお聞きしたいことがあります」
「正直に答えさせてみろ」
「お子さんのことは、気掛かりではありませんか」
――――すう、と彼の雰囲気は、氷のように冷え冷えとした。凍えるような、感情の全く感じられない声が言う。
「脅しでもしたいのか」
「いいえ。貴方の意思の確認です。…このままならノーティワンズたちの立場も危うくなります。彼らが貴方の言うことを聞くなら…。彼らがむやみに周囲を攻撃しないなら、きっと、待遇については、改善されます」
「人間が、その類の口約束を、守った試しがなかった」
凍るような声は……一転、煮えたぎるような声にうって変わる。
「奴等人間がコントロールするために、我々には制限が、ノルマが、檻が、課せられた。無責任に創っておきながら、やがて、結局制御できぬからといくつものCaseが捨てられた」
腹の底から湧き上がるような熱量を持って、その人は唸る。
「人間が語るな。――――私は違う。裏切ったアイツとも違う。我々が…子等が受けた苦痛をそのままに泣き寝入りなどしてやるものか。誰も、他に誰も守らぬなら残った私がやる。最期まで」
ミシ、と拘束具が、鳴った――――と思った瞬間には、私の見る景色は一変していた。
眼前で火花が散ったような錯覚。
頭突きを受けて、後ろに倒れた、らしい。
床にぶつけた頭が、酷く痛む。視界が赤くなっていく。
拘束具が、罅割れる、音がする。
「……この、程度、……!」
先程より、ずっとしんどそうに、体を引き摺ってくる黒い姿が見え、
―――――――――――――――――――――――――――――――――ーーーーーーーーーーー
白い照明の独房。
拘束されている黒い姿。
「正直に答えさせてみろ」
…、…。
…………。
ジバニウム、あげてないが……?でも根性で拘束壊すの??不屈か……??
私は、落ち着くために深呼吸した…。さっきの衝撃と痛みの記憶が、まだ生々しく残っている……。
「段々…貴方のことが、わかってきました…」
「…何の話だ」
「貴方が、不撓不屈の闘志の持ち主ということです」
「誰だそんな邪魔な認識を教えたのは」
貴方に身をもって教えていただきました。
私は息を吐く。
先程はジバニウムを渡していないから拘束を破壊するのに十分なエネルギーは無いが、しかし感情が刺激されて火事場の馬鹿力的に膂力が底上げされたらしい。無法だ。
彼にとっては、お子さんの危機が地雷か。揺さぶりができるワードではあるが触れ方には要注意ということだ。会話に失敗して死んではいるものの、情報は得ているので何かの糸口になるかも。
――――考えていて内心で頭を抱える。
死にたいわけではないので相手の拘束をもっと強めるとか考えないでもないが、でも、だって、ドクターによると活動限界ギリギリのジバニウム量…。こっちは会話がしたいんであって苦痛を与えたいわけではない。
…、…。次また死んだら、流石に他の方法を考えて、みよう……。
苦々し気な相手に、ゆっくり告げる。
「貴方が…子ど…仲間を、大切に思っているのは、大変よくわかりました」
「脅しか?」
「いえ違います早まらないでください」
「まだ何もしていないだろう、何だ」
「圧を感じて…いえ、そうではなく」
相手の考えの変化を望むなら、何かしらの揺さぶりをしなければならない。でもやりすぎると怒りを買って、実力行使に出られて死ぬ。
私は、懸命に頭を回転させて、言葉を選んだ。
「私、は。あの子たちの力にも、なりたいのです」
「…、…」
嘘ではない。これ以上、傷ついてほしくない。戦わないで済むなら、それが、いい。
「私は、確かに、過去に起きた何もかもを、知りません。貴方がたの…怒りも憎しみも、分かれません。でも、このままならもっと傷つくのだと、その事実は、分かります」
「……」
「怒るなとも憎むなとも、言えません。でも、どうか、その歩みを、攻撃を、ひとたび止めてもらうことは、できません、か…」
重々しい声が、返ってくる。
「それを、我々のためだと、嘯くか」
怒りを、憎しみを、……抱えて抑えて煮詰めて押し込んで、それでも湧き上がるマグマのような声が。
「いいえ、――――いいえ」
唇をかむ。
彼らのためとは、口が裂けても言えるものか。「みんなのため」という言葉に、裏切られたひとたちだ。仲間のためにと戦って、そうして傷ついたひとたちだ。
「貴方達のため」と彼らに言うのは、正しい様な顔をしながら、抑え切れない感情を無視する押し付けだと思った。言った瞬間に対話の可能性がなくなるだろう禁句。
言葉を探す。伝えられないかと頭を絞る。
「…復讐に身を捧げて遂げるか、区切りをつけて一時の安寧を得るか。どちらの方が良いなどとは、私には決定できません。貴方がたの幸福を決める権利など私にはない。ですから、お選びください。――私が行動するのは、そうです、間違っても、貴方がたのためだとは驕りません」
偽善だ、傲慢だ。でも、助けになりたいと願うのは、嘘ではなかった。
「貴方がたを含めたその場所を、独り善がりに良くしたいだけの、――私の、ためです」
復讐者は、答えた。
「では1人のお前の意見を殺し、多数の我々を通す」
拘束がひび割れる。
既に身構えていた私は、体を後退させ――それさえ見越して踏み込んできた相手の手ではっ倒された。
無様にゴロゴロと床を転がる。さっき死んだ時よりダメージが小さく済んだが、フィジカルでどうやっても勝てない。
心底しんどそうに体を引き摺ってくる相手を、何とかならないかと呻きつつ見やる。
ちょっとでも決心させるともう駄目らしい、感情でのブーストがすごい。
これ、ほんとに活動がギリギリのジバニウム量なんだよな?更に拘束具と明かりを加えてもこの程度にしかなってないのはどうなってるのか。精神力も身体能力も阿呆みたいな強度だ研究者は馬鹿なのか天才か。
*
―――無駄だ、さっさとこの部屋を脱して先に進め、と冷静な何かが囁く。
進行に関わりがない、目の前の相手は、もう私の主目的に関係がない。『次』は、無駄で無意味で無価値なことをせず、これを放っておいて目標に向かって進むといい。
…、…ああ、うるさい。怖気が生み出した冷静なふりの弱虫を追い払う。やりたいことから目を逸らす必要はない。
こんな大きな傷の、崩壊の芽を見過ごしてなるものか。
身体を支えようとした腕が震える。頭がぐらぐらして平衡感覚が曖昧だ。
視界が陰る。目の前に、黒い姿が辿り着く。紫の手が、私に伸ばされようとする。
死が歩み寄る。
床に転がった私は、明滅する視界の中で、その黒い姿を仰ぎ見、
「――――ウんダァ!!!!」
びゅん、と。
唐突にその横から黒い塊が飛んできて、復讐者は視界から消えた。
…「ウッ」と短い呻きが聞こえる。
私の視線の先で、床に激突したダダドゥー卿は、黒い塊…ノーティワンズに乗っかられていた。ダダドゥー卿よりかは小柄なものの、ノーティワンズの中では大きめなサイズのその子は、声を上げながら耳を使ってベチベチとダダドゥー卿を叩いている。
その体には赤いマント?…いや、あれは…カーテン、だ…。
赤い、カーテンだ。
記憶からそれが探り当てられる。
街のある階層に降りてきてすぐ。ドクターに襲いかかって気絶したノーティワンを、横たえた上。廂を作る様に広げた布。
――――『どうしたらいいと思う?…何なら許せる?』
――――『だ!』
目の前にいるのは、いつかやりとりをした、あのこだ。
「ダダ!ダァ!!」
「…何をする、お前、危ないからこんなところには、」
「ダァ!ダァダァ!!」
「なんだ――――何?…弱い者いじめ?ちがう、それは奴等がやったことだ。これは、」
ノーティワンが耳で私を指さす。ダダドゥー卿の視線がこちらを向く。
「――――…これ、は」
その声が、止まろうとする。
私は、起き上がろうとした。…「弱い者」として手を緩めてもらうのは、ずるいと思った。
赤カーテンのあの子が走り寄ってきて、私とダダドゥー卿の間に立つ。ダダドゥー卿を見る。口を開く。
「ダダ、
「――――……
激しい衝撃を受けた様に、ダダドゥー卿は愕然と立ち尽くした。
私はなんとか上半身だけ起き上がった。ようやっと、からからの口を動かした。
「違うよ、」
「だぁ!だだ?」
「ちがう、貴方たちを、必死で守ろうとしてるんだよ、ずっとそうなんだよ」
赤カーテンのその子は、大きく頷いた。そして大きく頭を横に振った。
「だ!!!ダァ!!!」
「ちがうよ、家族を、仲間を守るために、ずっと戦っているんだよ。――――でも、守ってきたはずのひとたちに、いらないと、そう切り捨てられたと思ったから。どうしてだって、残された貴方たちが傷ついただけにならない様に、ずっと、怒ってるんだよ」
「だだ、だだどぅ…」
「ありがとう、ごめん。私のわがままでここに居るんだ。…このままで終わりにしたくないから、ここで貴方のお父さんに、どうやって納得してもらえるか、方法を、探してるんだ…。お父さんに酷いことしないから、…そうならないように、したいから、私がここで話すのを、許して、ほしい」
私はよろめきつつも立ち上がった。二本の足で地面を踏んでしっかり立った。誰のためでもなく、自分の責任で、自分の意思によってそうしたいと思った。
カーテンの子は、ぶるぶる震えた。
やがて、すう、とその子が、息を大きく吸ったのが、見え、
「――ッダーーーダダーーーッ!!!」
ぐわん、とその声は広い部屋に反響した。
ぎょっとする私とダダドゥー卿を置いて、遠くから、何かが蠢く音がする。
――――くすくす、きゃらきゃら、ははは――――
真白い部屋に複数の声が聞こえる。姿はまだ見えない。
部屋の中央、まっすぐ立った赤カーテンのその子は天を見上げて、…その長い耳で私とダダドゥー卿を、指さした。
「だ!!!」
――――部屋の明かりが陰る。
危機感から思わず身を固める私の元に、姿を現したノーティワンズが襲い掛かって…こない。
彼らはだだっ広い部屋で、好き勝手に走ったり転がったりしている。数名はちょこちょこと私に近づいてきて変なものでも見るように見上げ、服を引っ張ってみたり、ちょっと腕に噛み付い――――て来ようとして、赤マントの子の唸り声を聞いて拗ねたように止めた。かと思えば興味を失ったように走り去って他のノーティワンズを追いかけにいく。私は、鞄に突っ込んでいた手を止めて、自分の足元に来た小柄な一名を見下ろした。
「だ」
「ど、どう、も…?」
小さいその子は、私の足の間を潜り抜けて遊び始めている…。
――――もしかして君、小屋に閉じ込められてたあの子か?謎の棒を持ってたあの!?
若干耳を萎れさせたカーテンの子は、唖然とするダダドゥー卿に近づき見上げた。
「んダ」
「――――何、なんだ、これがお前たちの総意だとでも?…ちがう、甘い、そんなことをしていれば、また」
「ンダーーーっ!!」
「――ッ、やめ…ジバニウム不足なんだ齧るな!……仲間を呼ぶな!」
『なに?あたらしいあそび?』と言わんばかりに、周囲のノーティワンズがダダドゥー卿に群がる。あっという間に黒い小山が出来上がる。
「ッぅぐ、…おい!やめないか!……遊びではない!」
「ダダダ!」
積み上がっていくノーティワンズの山は……しかし内側からの力によって弾けた。
ころころと小柄な彼らが床に転がって歓声を上げる。身を起こしたダダドゥー卿が、ぜいぜいと息を荒げながら叫ぶ。
「……ッ止まれ!そんな場合ではない!……忘れたのか、敵が、いるなら、噛むのは、そっちだ!」
ダダドゥー卿の声に、彼らは一瞬騒めいた。数名が、私を向いた。
そうした彼らはすぐさま勢いよく近づいてくる。
――――私は、大急ぎで鞄から探り当てていたドローンのライトを引っ張り出して、彼らに照射した。
「ピギャ!」
割と大きさのあるその子らは、それでも耳を折りたたんで一旦止まる。……ライトを消す。彼らは耳を立てて近寄ってくる……のでまた点ける。消す……点ける……消す……。勢いを失った一名が、とうとうゆっくりと私のもとに辿り着いた。牙を立てようとしたので慌ててライトをつける。
ピギャ!と声を上げたその子が、再びライトを消した私を、不思議そうに見上げた。
「ダ?」
……私は、緊張を抑えて、その子へ微笑んだ。これまでに知った彼らに向けて、言葉を選んだ。
「貴方が一等賞だ。おめでとう」
傾いでいた長い耳が、ピンと伸びる。
「っだ?!だぁ〜!」
「……もういっかい、遊ぶ?」
「……だ!」
物凄く良い返事をしたその子が、元気にダダドゥー卿のところまで戻っていく。そうしてまだ半分ノーティワンズに埋もれたままの彼を見上げて私を耳で示した。
「だだ!ダダドゥー!」
「おま……お前……違う、遊ばな、」
「んダ」
絶句する彼をよそに、まだその腕に噛みついたままの赤カーテンの子が、声を上げて耳を振る。
周囲のノーティワンズは、楽しげに笑い声をあげた。
ダダドゥー卿は、再びノーティワンズに群がられて見えなくなっていく。
「ッおい!……待て……!」
小山から紫の手が伸びるが、それはまたあっという間に無邪気なノーティワンズに噛まれて、引きずり込まれるように小山の中に戻る。
「ダダ!!」
中から子どもの高い声と大人のうめき声が上がる。
「ぃッ――――――わかった!わかったッ…!…やめる、停戦する!!」
ダダドゥー卿が叫ぶ。
「一旦攻撃をやめる!――――だから離れろ!」
「…だ!」
ぱっと赤カーテンの子が口を離し、周囲に向かって声を上げた。
『…おわり?』『おわり?』とノーティワンズは散って、またそれぞれ遊びに戻っていく。まだ数名は、ダダドゥー卿に張り付いたままだが。
ぽかん、と私はそれを、見つめていた。
赤カーテンの子がこちらを見て近づいてきたことで、ようやく私は我に返った。
急いで彼の前に寄って、かがんで膝をつく。
「……驚いた。すごいな、貴方は」
勇気と行動力に満ちた相手を見つめる。
万感の思いを込めて口にした。
「――ありがとう。貴方がいなければ、こんなふうには、ならなかった」
「だ!」
赤いカーテンのその子が力強く声を上げる。
差し出した手に、耳が伸ばされた。握ったそれは小さく上下に振られる。
続いて近寄ってきてくれたその子の2つの耳は、私の肩を勇気づけるように軽く叩いた。
「だ」
「うん」
我々はきっと微笑みあった。
…、…体に引っ付いていた数名を剥がし終えたダダドゥー卿が、息を荒らげつつ彼らに声を上げる。
「――っ向こうで遊んで来るんだ!………ハ、ぁ…おい、人間、言っておくが、『停戦』だ…!私の子供たちに免じて、我々から攻撃をするのは、堪えてやる…!」
だが、とその声が怒りで震える。
「あの裏切者共を、決して、許した訳ではない…!!」
――よい。たぶん、今、それが、最大限の歩み寄りだった。これ以上望むべくもない、妥協点だった。
「はい、ダダドゥー卿。ありがとうございます」
苦々し気な声が続く。
「とんだ、口約束、を……精々、寝首を掛かれぬよう、気を張るんだな…!」
ええと、と私は困って視線を泳がす。多分、貴方はしないと思う。
「…お子さんに嘘をつかない方だと、お見受けしましたが…」
「――――ああ、ああ、本当、に…!だいたい、そこのお前、いつの間にそんな力をつけて…しかもなんだって初めからその人間の味方なんぞを…!」
ダダドゥー卿の指摘に、私もその赤いカーテンをマントや頭巾のように纏ったノーティワンズを見つめる。
確かに、他の個体と、ちょっと、動きが、違うっぽい?
だ、とその子は、胸を張って何かをマントの裏から取り出した。
……小さくなった、ピンク色の、棒付きの……。
「――――…飴」
ダダドゥー卿が、茫然とつぶやくように、言う。
「…まさか、お前がそれを、この子にやって…」
「え、あ、はい…?」
その小さな一本の飴を、我々は囲んでいる。
「……、……」
――――張り詰めていた糸が切れる様に、ふら、と傾いだ彼の黒い体はそのまま地面に倒れ、今度こそ完全に動かなくなった。
P1:自分から藪に踏み入り、痛い目を見ながら試行錯誤で渡りきった。無かった道が開いたのか無駄足なのか。
*駄目だ隙がまだ小さい、取り下げられる。……これが「足元を見る」者の言動か?邪道を進むな、折れろ、余計なことはするな
黒いヒルの親玉:子どもから言われたくない言葉No.1を正面からぶつけられた。街で緑のゴリラによるトドメの一発を食らわず半身は無事だが、故に警戒されてジバニウムを抜かれている。
悪戯者たち:遊び盛り。最初からずっとそう。だっていっぱいあそんだし、あのひとあそびあいてだよね?
赤カーテンの:他の個体と一体何が違ったのやら。ドクターに直接挑みに行っていたので元々行動力はある。
飴:紅い外科医作の謎多き仕様。緑がジバニウムでエネルギー供給用なのは確か。ピンクにも緑の方ほどではないがジバニウムが含有されている。