気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか???   作:ぱんのみみ。

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 前回のあらすじ

 囚人となった復讐者と会話し、脱走計画を聞く。脱走は辞退しつつも、紆余曲折あり停戦の口約束を取り付けた。



73 Bound

 

 目の前でダダドゥー卿がぶっ倒れる姿を見ることになった私は、急いで近寄って彼の意識を確認した。

 

 反応がない。明らかに無理をしていたし、限界だったのだろう。大変だ。

 

 大慌てで外に助けを求めようとしたのだが、ぐっとズボンの裾を引っ張られて引き止められる。赤いカーテンを被ったノーティワンだ。彼(あるいは彼女)は、その長い耳でリュックを指し示した。

 チャックを全開にして見せた中から、その子は残り2本だった緑の飴を1本引っ張り出す。そのまま気絶したダダドゥー卿の口へ勢いよく突っ込んだ。棒の先端までが、その大きな口へ消える。

 

「ゥグ、」

「だ。だ!」

 

 OK!と言わんばかりに赤カーテンの子が片耳を折って私を向く。

 え、ほんとに…?だいぶ雑…。でもそれくらいのタフさがありそうなのは、さっき散々経験した…。

 

 私は、倒れている彼を見つめた。

 その黒い体の表面には、負傷らしい負傷は、たしかに見当たらない。無理やり枷を壊したはずなのになんという強靭さだ。ジバニウム不足だと本人も言っていたし飴でエネルギー供給さえできればそれだけでいいのかも…?

 改めて考えると、とんでもない難易度の相手と交渉したものだな…。

 ふと『全盛期を見せてやりたかった』といったシリンジョンの言葉を思い出す。

 …、…こんな傑物をもってしても施設への反乱は成功しなかったから…、ドクターは彼と袂を分けたことを『何度考えやり直しても自分は同じ場所にいるだろう』と、そう言ったのだろうか。

 

 

 考え事をしつつ周囲を見回すと、いつの間にか、赤カーテンの子以外の悪戯っ子たちは居なくなっている。天井の明かりも元の眩さに戻っていた。彼らは一体どこからどうやって現れて、立ち去るんだろうか。きっと隙間とかがいっぱいあるんだな…市民じゃ通れないけれど、大きさもまちまちでぬるぬるの彼らなら通れる道が…。

 

「だ!」

「うん。貴方も無事でね」

 

私は大きく頷く赤マントの子に頷き返して、その場を離れることにした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 建物内から出ると、そこには取っ組み合っている二人組の囚人がいた。

 

 1人は私をこの場所まで案内してきた青帽の囚人だ。もう1人は……。

 

 

「…あッ!?お前!!」

 

 青帽子の囚人に乗り上げて掴みかかっていたその人が、私を見て声を上げる。

 

「まだくたばってなかったか!難儀のチビ!!!」

 

 …、…。

 

「お前がコイツにデカいヒルの親玉ンとこに連れて行かれたっつーから!おっ死んだかと!」

「心配していたという認識でいいですか?」

 

「そりゃあオメーそ、」

 

 ―――ゴッ、と。先輩の囚人は割と強い音と共に青帽の囚人に下からアッパーを決められて昏倒した。

 そこから動かない。

 

 青帽の囚人は、気絶した先輩を億劫そうに退かして立ち上がると、とても疲れた様相で口を開いた。

 

「コイツが悪いんだぞ…。静かにしろと言ったのに騒ぐから…」

 

 ええと…。

 

「お前が中に入ってすぐに来て、お前を出せって…じゃなきゃ自分を入れろと…。目立つから静かにしろと言ったのに…。そのくせ妙に腕っぷしはあるから厄介で…」

 

 …ええっと…。

 

 …ああなるほど、それに対応していたから、見張り役の彼は建物内でのゴタゴタには気が付かなかったのだな、と把握する。それはそれとして先輩・・・。

 

「ご迷惑を…おかけしました…」

 

「本当にな…。アンタ、ちゃんと部下の手綱を握っとけって…」

 

「いえ…彼は私の先輩で、我々は囚人同士です」

 

 

 ものすごく胡散臭そうに見られつつ、私は気絶した先輩を連れて退散する…。

 

 

 

 

「―――あと、あの、すみません。ダダドゥー卿が中で倒れてますが応急処置はされています…」

 

「は、ぁ……?!??」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 「遅い」

 

 

 

 建物前の看守は、私を見下ろして言った。

 背後の時計の長針は、間も無く12を指そうとしている。スピーカーから放送が鳴り始めた。

 

「夜のサイレンが鳴り終わる前に、割り当てられた独房に戻れ。そうでなかったら懲罰房行きだ。例外はない」

 

 なるほど、帰る時間は決まっているらしい。それもそうか。

 はい、と返事をして私は大急ぎで建物内に入った。ついでに、ダダドゥー卿の拘束が現在壊れている旨も看守に伝えておく。報連相!ヨシ!

 

 先輩を背負った私を、周囲の囚人が奇妙なモノを見る様な目で見てくる…。昼間も思ったが、これ、先輩にとって良くないんじゃないだろうか。彼がこちらを気にかけてくれるのはありがたいが、私と関わったせいで彼の立場が悪くなっても申し訳ないな…。目が覚めたらそれとなく伝えてみよう。

 

 

 先輩を彼の独房のベッドに寝かせてから、自分の独房へ戻る。

 ……背後で、看守が鉄格子の鍵をかける重い音が響いた。

 

 

 囚人らの動く音や看守らの話し声を聞きながら、灰色のベッドに横になる。

 古びた固いマットレスは寝心地が良いとは言えなかったが、それでも休息がとれる安堵で自然と息が吐きだされた。

 小さな動きでもシーツから埃が舞って、廊下のかすかな明かりを受けて宙でちらちらと光る。

 

 

 ぼんやりと檻の向こうを見る。

 

 

 ……緊張が切れて、どっと疲れが襲ってきた。

 精神的にも身体的にも疲労があるかもしれない。

 

 監獄初日にしてかなり色々なことがあった気がする。明日のためにも、もう体を休めよう。

 

 

 ゆっくりと呼吸をして目を閉じようとした時。……なにか、微かな音がした。

 

 

 視界の端っこで緑の煙が噴出されるのが見え、それが何なのかを考えるより先、意識が、遠のき…… ――――――。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 次に目を覚ました時。

 

 

 

 私は固い地面に膝をつかされていた。

 

 

 ――――??????

 

 

 周囲は薄暗いが、独房の中ではないことはわかる。

 灰色の地面、開けた場所。独房のある棟の外…。

 

 

 目の前に保安官が、居る……???

 

 

 

「―――さてさて、新しい看守を紹介しようじゃねぇか」

 

 

 冷えた、声がする。

 

 

「この刑務所から脱獄できると思ったのか?」

 

 彼の背後、フェンスの向こうには囚人らが集まってこちらを見ている。恐れ、哀れみ、見下しの視線…。

 

 保安官の声は続く。

 

「生憎、法の執行に一家言あってな。犯罪者の扱いには心得がある。…つまりお前らの友人は飴一本で買われたわけだ」

 

「…すまない…」

 

 真横から小さい声がする。項垂れた青帽子の囚人だ。私と同じように後ろ手に縛られて、地に膝をつかされている…。

 

 ゆっくりと進んだ保安官の足が、私の前で止まった。

 

 

「―――お前が来てから、本当に色々あったよな。……元相棒さんよ」

 

 

 

 黒い瞳が私を見降ろすのを見つめ返して…私は頭を振った。

 

 

 

「ちょっと、まって、ほしい…。…もともとの罪はドクターの機密を知っちゃったこととしても、今捕まっている罪はなんですか…?岩砕きを他の人の分までしちゃったのがやっぱり駄目だった・・・?」

 

「……、……」

 

 

 保安官は…大きく、大きくため息をついて、片手で顔を覆った。

 

「いや、だから、お前なぁ…」

 

 彼は星形のバッジを持っていた腕を下ろした。

 

「なんなんだよ…どこまで許されるかのチキンレースでもしてんのか?なんでお前、俺の対面に居やがんだよ…」

「い、いつもお仕事を増やして、誠に申し訳ありません…」

「仕事してるときに俺と対峙するのやめろよ…。正義がなんなのか自問自答しなきゃならなくなるだろ…」

「それは…それは、疲れてるんだ、シェリフ。大丈夫…?休めてる…?」

「いやマジでやめろって…」

 

 彼の体は一瞬傾いで、しかし踏みとどまった様子で真っ直ぐ立ちなおした。

 私はおずおずと口にする。

 

「あの、本気で聞きたいのだけれど、今どういう状況…?」

「―――人間。我々は就寝の後、保安官に捕まった。そこの青帽が先に取り調べで吐かされている」

 

 ……居たのかダダドゥー卿!私は左横から聞こえた声に視線をそちらへ向ける。黒い姿は私と同じようにコンクリートに座らされていたが、私より拘束が厳重だ。そりゃそうだわな。

 ダダドゥー卿の発言で、右隣の青帽の囚人はますます小さくなって項垂れた。

 

「…どうしても…断れなかったんだ…」

 

 滅茶苦茶しょげている…。シェリフの優秀さを考えると青帽の彼を強くは責められまい。飴一本と言ったって、今までの市民の様子を見るに、監獄ではとても望めぬほどの貴重品だろうし。私は小声で言った。

 

「…あまりご自分を責めないでくださいね。彼に詰められて喋らないでいられる人は、恐らくなかなかいませんよ」

 

 …青帽の囚人はこっちを見て泣き出しそうな顔をした…。気の毒な状況だ…。

 

 ダダドゥー卿がやれやれとばかりにシェリフを見やる。

 

「それで、保安官。我々の罪状はなんだったか、そこの人間に教えてやらないのか」

 

 質問に、シェリフが私を見て口を開いた。

 

「脱獄及びテロ等準備罪だ」

「おわぁ…」

 

 私は弁明を試みた。

 

「あの、あの…シェリフ…私はダダドゥー卿の施設脱出の誘いを断った…」

「お前がダダドゥー卿の独房に入った後、拘束具は破壊されてコイツは自由だった」

「…わぁ…。いえ、あの…私が意図的に自由にしたのでなく、彼は自分の力によって拘束具を破壊しました…」

「自力じゃ無理なはずだった。状況的にお前が手を加えた。そうだな?」

「……、……はい……。そうしようと思っていたわけではなかったので、一応枷が壊れたことを看守に報告しました…。逃走の幇助をする意図は…ありませんでした…。ごめんなさい…」

 

「お前なぁ…」

 

 シェリフの呆れたような疲れたような声が心に刺さる。

 自分的には、ダダドゥー卿側から呼び出されたついでに会話を試みただけのつもりだったが、客観的に見ると…。

 私はつまり、街を襲った犯罪者とコンタクトを取り、その拘束を解くことに関わり、しかも市長が一発アウトを出すような秘密を知っている人物なわけだ…。管理側から見てなんて危険因子。24時間監視付きでも文句は言えまい。

 

 なにも…何も上手く行かない…。私は萎れて小さな声で言った。

 

「争いをなるべく止めたくて…ついでに言うとドクターの単独暴走寸前っぽいのも先がまずそうなのでやんわり止めたくて…。…だから今のうちに話が、したくて…」

 

 ……真横で微かな笑いが聞こえた。

 

「―――暴走。あのジバニウムの凍った極論の輩が。どう狂ったと?」

「えっと…ご自身も周囲も凍らせて色々目を瞑ってやり遂げるまで行っちゃいそうといいますか…。一部に反旗を翻されるお手本みたいなムーブに近しい雰囲気を感じると、いいますか…」

「くだらない最後だ。そのまま自滅させろ」

「自滅しちゃったら貴方がドクターとちゃんとぶつかり合えないままなのでなんとか…」

「はァ?―――……お前。停戦を望んだ同じ口で、その衝突を肯定するか?」

「いえあの、暴走阻止と、あくまで個人の衝突として…。命の奪い合いじゃなくて、言いたいこと言って聞いて反論して場合によっては幾らか手が出るかもな感じの…あと、あのええと。私の信条ではありませんが、…『言っても分からん寝惚けた輩には、恨まれようとも一発くれてやるしかない』らしいです、よ?」

「……ハ」

 

 ダダドゥー卿は、短く笑った。

 

「おいお前ら、看守の俺の前でンな話をするな。市長不敬罪諸々で罪状を増やされたいのか?」

 

 シェリフが腕を組む。

 意外にも、ダダドゥー卿は彼に反論を仕掛けた。

 

「お前に奴への敬意があるのか、トードスター?」

「上の決定には従う。敬意をもってな」

「違うだろう?お前が身を捧げているのは個の存在でなく秩序にだ。すなわち従うべき規則が変わればお前の行動は変化する。―――しかしシリンジョンの駒となって満足と納得があるようには、見えないな。今のお前は、真にお前の望む姿だろうか」

 

 ダダドゥー卿はやや首をかしげた。緩やかな弧を描く口が言う。

 

「誇りがその胸にまだあるか?保安官」

 

「…アンタのやり口は知っているし健在のようだな。生憎俺は大罪人の誘いには乗らない」

 

 シェリフはバッサリと切り捨てたが、ダダドゥー卿に動揺はない。堂々としている。

 シェリフは、次いで、私を見た。その口から、ゆっくりとため息が零れる。

 

「そんで…そんで、お前のほうだよ、元相棒さんよ」

「その呼び方は結構心に来るものがあるなシェリフ…」

「俺だって言いたかなかったよ…なんでそっち側に居るんだよお前…」

 

 …、…。ふぅ、と彼は何度目かの息を吐いた。組んでいた腕をほどいて、彼は腰に手をやって一度上を向いた。

 

 そうして、また、私を見た。

 

「…以前の反省を生かしてちゃんとお前の話を聞くことにするが。―――で、なんだって市長を止めたいって?」

 

 私ははっとした。下がっていた頭を上げた。

 

「そうです…恐らくこのままだとあまり良くないことが起きる…」

「考えがあってのことってのは、これまでの経験でわからんでもないが」

「…シェリフ。私は、シリンジョンが知られたくないことを偶々知ってしまって、ここに居るんだと思う」

「内容は知らないが大雑把には聞いている。お前が重要機密を知って市長の不興を買ったのは分かったが。それと市長を止めたいってのがどう繋がるんだよ?」

「……。…彼が、たぶん、ひとりだっていうこと…」

 

 上手く言えずに、私は視線を彷徨わせながら言葉を探した。

 

「決まりがあって、それを守るのは正しい。…でも今その正しさを…シリンジョンが全部背負っている」

 

 凍った瞳を思い出した。先見の明と、犠牲の判断と、迷いない指示。

 

「大勢を使っているけれど、誰にも任せてない。私が知ってしまった秘密や、それに連なる計画は、彼がひとりで抱え続けてどうにかなるものなんだろうか…そうじゃないなら、問題が大きくなってしまう前に、なんとかしたいと思うんだ…」

 

 下がっていた視線を、気力を絞って保安官に戻す。

 

「…シェリフ。法に従う貴方は正しいよ。シリンジョンがつくった秩序の中で、それは正しい。―――でも、私が見てきた、まわりのひと、しんどそうなんだ。シリンジョンだって、そうだ」

 

 嘘ではないと、目は反らさないようにして口を動かす。

 

「私はここから逃げたいわけじゃない。彼と、話がしたいんだ…」

 

 沈黙が、落ちた。

 

 保安官は、大きく息を吸った。何秒か止まって、やがて呻き声が零れて、彼の頭はがっくりと下を向いた。

 長々と息が吐かれる。

 

「…相変わらず意図は真っ黒ではないんだよな…ほんとによぉ…」

 

 物凄く葛藤させている気がする。そうと分かるのに、そうしている主要な原因の私は頭を下に向けた。

 

「困らせて…ほんとうにすみません…」

「そこで素直に謝られるこっちの身にもなってくれよマジで…。つまりまた手助けをがんばろうとしてゴタゴタが起こってんのか。でもやっぱ法は守れって…」

「…ルールを破ろうとは、思っていなくて…。でも結果的にここでの法に触れて囚人になっています…」

「…現状の法は一旦守れ…とりあえずでも規律がないと集団が回らねぇ。今、市民を統括する存在が揺らいで崩壊したら何が起こると思う?取り締まる方にも体裁があるんだよ。守る素振りでも見せねぇならそいつのことも守れない…いや違うか、お前一応表立っては反抗せずに守ろうとはしてるけど失敗してんのか…」

「人生は失敗がいっぱい…」

「―――今ジョーク言ったか?」

「…ちがう!断じて!ふざけてない!!」

 

 全力で私は首を振った。死にたいわけではない。

 くつり、と隣から喉を鳴らす音が聞こえる。

 

「…少し見ぬ間に、丸くなったか保安官?」

「―――アンタは黙ってろ」

 

 冷ややかな声を向けられたダダドゥー卿はしかし、悠然としてシェリフを見ている。こんな時でも余裕そうだ、なぜなんだ。

 

「犯罪者憎しの正義に駆られたお前が、こうも人間と会話を交わすとは」

「アンタの比じゃねぇなダダドゥー卿。もうちっと見境なく襲い掛かってくるかと思えば、多少は理性的な皮を被る余裕がありそうじゃねぇか」

「ジバニウムを抜かれて襲う気力も思考力も失せたな」

「よく言うぜ、んなタマかよ。逃げ出す算段を立てといてすっとぼけやがって」

「お前こそどうやら仕事で失敗続きの割に元気そうじゃないか」

「アンタのおかげでな」

 

 応酬をする彼らに、私は視線をうろうろさせた。―――ふいに、フェンスの向こうの、スティンガーフリンと目が、合う。

 

 …、…し、しんだ様な瞳だ…。『どうして夏の虫は火に飛び込むんだろうな』みたいな…。

 『可哀想だけど明日の朝にはここに居ないんだな…』って顔だ…。

 

 彼に反論は出来ない。すみませんでした…。

 

 

「―――で、風見鶏。もうこの保安官に言いたいことはないのか?死ぬ前に恨み言のひとつでも言っておくといい」

「…もしかして、もう処刑が確定してるんですか…?」

「おいアンタ、勝手なことを言うな。―――刑はまだ決まってない。ダダドゥー卿はともかく、お前の方は市長から連れてこいと声が掛かってる」

「ハ。人間、使い潰しコースだ。首輪がつく前に言いたいことは口にしておいた方が良いだろうな」

 

 もう一度会話のお鉢が回ってきて、私は視線をうろうろさせた。……言っておきたいこと……。

 

「シェリフ…ドクターはなんだかこう、このままだと一人で全部やろうとしちゃう気がするんだ…。どこかで誰かの介在が…あったほうがいいと思うんだよ…」

「そうかもな相棒。でもそれはお前さんの仕事じゃない」

「そうなのかもしれない…私じゃ力不足なのもわかる。でも、きっと、今に…」

 

 じわりと感じる焦燥を、危惧を、何とか言葉にしようと試みる。

 

 街はギリギリ回っている様に見えた。でも女王が倒れて復讐者が現れ街を荒らし、バランスはすでに崩れている。ジョッシュを使った作戦についてシェリフと話しあった時に伝えた「とある予感」は、現在かなり強まっている。

 監獄内でダダドゥー卿に協力する者が現れているなら、それはもう目に見えるのだ。

 

「きっと無理が出ているどこかしらから爆発して、一気に崩れる。…ダダドゥー卿は、王国の人たちを許さないけど、でも積極的には攻撃しないと言ってくれた。シェリフ、シリンジョンがこの街の法なのはわかるよ、でも彼に従うばかりじゃ、そう遠くなく限界がくる…」

「…、…。もう喋るな、相棒」

 

 静かな声が言った。決断した、声だった。

 

 

「――俺はもう、友をこの手で亡き者にしたくねぇ。このまま大人しくしていてくれ」

 

 …、シェリフ…と言いかけて、はたりと私は違和感に止まった。

 

 

 あれ?

 

 

「…亡き者に…」

「そうだ。犯罪者を止めるのはどうあっても俺の仕事だ」

 

 あれ…?

 

 

「あの、シェリフ。……ビターギグル、は……」

 

「ああ。―――お前さんと別れたあと、アイツの体はちゃんと埋葬した」

 

 

 まいそ…埋葬しちゃったの!?!?

 

 

「アイツが書いていたジョークのメモも…部屋前に飾ってた花も…棺へ一緒に入れた。気に入ってたからな…」

 

 ちょ、待ってほしい。死んでない、死んでないよ。

 …情報がちゃんと伝わってなかったパターンか!ちょっと!!シリンジョン!!??伝令係!!!???

 

 私は隣をちらちらと確認しながら何と言うべきか躊躇した。ダダドゥー卿が横に居る手前、この情報を迂闊に叫んじゃダメな気もする。

 

「アイツは最期安らかにいったさ。心配するな」

 

 心配しかない。

 

 ―――いやビターギグルもなんで大人しく埋められてるの?気まずかったか、それとも起きられないくらいのジバニウム量だったのか?後者なら仕方ないけど前者だったら冗談じゃ済まないんだが。見てほしいこの覚悟が決まっちまったシェリフトードスターの顔を。貴方の願った笑顔かこれが?

 

 嫌な汗をかきながら私は物凄く言葉を選んだ。数日徹夜仕事したのかってくらいの顔のシェリフの精神安定と、ビターギグルの救助と、ダダドゥー卿の再標的化の恐れが天秤皿に乗ってすごい速度で揺ら揺らしている。

 

「しぇ、シェリフ、ええっと、」

「なんだ」

「私から、その、そうだ…キャンディとかを、彼に送りたい気持ちだった…彼の棺があるなら中に入れてあげられないか、な…」

「そうか…」

「…緑の、やつを…」

「そうか……」

 

 シェリフはちょっとしんみりしている…。私は焦りが酷い。横目で窺ったダダドゥー卿は相変わらずゆったりしていて何を考えてるかもわかりにく…

 

 

 ふいに、彼の顔は私の方を微かに向いた。口角が上がった、その唇が開かれる。

 

 

「――――時間稼ぎご苦労、弁護士君」

 

 

 それは隣にいる私にだけ聞こえるような。

 

 

 

 

 

 爆音。

 

 

 

 

「―――ッ何だ!?」

 

 

 激しい音から1秒と経たず、白煙を上げた壁の穴からトラックが現れる。

 

 こちらへ突っ込んできたトラックは―――その勢いのまま保安官を撥ね飛ばした後、急ブレーキで停止した。

 

 

「!シェリ、」

 

 

 駆け寄ろうとした私の足は、宙へ浮いた。思わず息をのむ。

 

 

 

「――――さて」

 

 

 拘束をさらりと外した黒い手が私を持ち上げている。

 頭上からゆったりとした声が、聞こえる。

 

 

「一応言っておこうか。これは『我々からの攻撃』ではなく、支持者の市民によって偶然起こった事故だ。―――まぁ流石に外の者とはまだ口約束の共有はできていない、悪く思うな。私から追撃はしないとも。…無論、このまま行かせてはもらうが」

 

 

 地面に倒れた保安官が、呻きながらなんとか起き上がろうとしている。

 

 

「待、」

 

 

 私が言いかけた言葉は、最後まで声にはならなかった。

 掴み上げられていた私の体は、ぶん、と上へ放られる。

 

 

 ダダドゥー卿の口が笑ったのが、見えた。

 

 

 

 

 

「また会おう、風見鶏」

 

 

 

 

 

 ―――落下。そして、衝撃。

 トラックの荷台に背中から落ちて、私は咳き込んだ。

 

 

 

 

 そうこうする間に、トラックは方向転換し、どんどん走り出す……!

 

  

「……おい待て…ッ!クソ、連れていくな……!」

「いいや逃げてもらう。―――そうしてさらばだ、保安官」

 

 

 シェリフとダダドゥー卿の声が遠くなっていく。 

 

 

「ま、」

 

 

 私は咳の間でなんとか声を出した。

 

 

 

「まって、おろし、て、」

 

 

 前方から運転手の市民の声が飛ぶ。

 

 

「心配すんな、俺に任せておけ!」

 

 

 ―――いやちがう!!おろして!!ここからにげたらまずい!!

 

 

「シートベルトをしろ!準備はいいな!3、2、1、――――ひゃっほーう!!」

 

 

 荷台にシートベルトがあるか!?!?

 

 

 いよいよ速度が上がったトラックは、止まらない。サイレンが鳴り響く。

 

 通路の赤い警告灯が、猛スピードで横を通り過ぎていく。灰色の道をひたすら直進していたトラックは、間もなく巨大な橋に差し掛かる―――。

 

 

 

 運転手が叫んだ。

 

 

 

「―――前方に地雷だ!」

 

 

 

 は…………――――

 

 

 衝撃とともに、再び私の体は宙に浮く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………メーデー!橋から落ちた!運転手と乗員2名は橋の残骸に引っかかっている!いや、内1名が車と共に下層へ落下!―――繰り返す!メーデー―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠ざかる頭上の声を聞きながら、私の意識は、やがて暗闇に飲まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




P1:多方面のどうにもならない事態を何とかしようとしているので無理が出ている。相手と話をしたあと結局どうするのかが問題だ。
*『話をしたい』だ?ホラーの怪物役らと対話を試みるな。正気になれ

黒いヒルの親玉:ジバニウムの供給によって回復したため、混乱に乗じて自身の足で逃げおおせた。追跡を分散させるため人間も逃がす。

悪戯者たち:赤カーテンの個体の誘導のもと、いったん引き上げた。お父さんとはそのうち合流するだろう。

橙のクラゲ:世の不可思議を嘆いて遠くを見ている。

茶色の保安官:真面目に仕事をこなしているのに報われていない。この後上司への報告が待っている。ストレスがマッハで蓄積中。

青帽の囚人:良くも悪くも一般人だった。強い力には逆らえない。

先輩な囚人:気絶して自分の独房の中。はじめに何の干渉もなかった場合と同じ、元の状態・元の場所に収まった。
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