気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
協力者かと思いきや、奇襲により昏倒。
キーカードは全て無くなったので、探索しつつ上階へ。
エレベーターで上昇すると、小綺麗な階に到着した。
緑と橙でグラデーションがかかった壁紙には、白抜きで木と鳥、気球や蝶が描かれていた。落ち着きと明るさを両立したデザインは、床の質感も相まって、どこか子ども病院のような雰囲気を感じる。
進んでいって曲がった先、私はあるものを発見して、それに慎重に近づいた。
…並べられた机に乗っかるように、緑の…既視感のある質感をもったその…。
…、…。足音がするだろうに、それがピクリとも動かないと察すると、私はダッシュで駆け寄った。
「大丈夫?」
色味や質感はジャンボジョッシュによく似ているが、それよりずっと小さい。自身の半分ほどしかないだろう背丈のそれの、投げ出された手足を見て顔と思しき位置をのぞき込む。丸い瞳は前を向いていたが、どこを見ているかは判断が付かない。目立った牙もない口は、ゆるりと軽く開いている。
――――チョウチンアンコウの疑似餌に掛かったように、そばから何かが襲ってこないかと周囲を見回したが特に何もなかった。考えすぎか。いや別個体と思しきピンクの動かぬものも見えたが後だ。素早く切り替え目の前に集中する。
力ない体を支えつつ持ち上げて、机の上に仰向けに横たえる。抱き上げた体は、しっかり重みがある。
…音はしない。呼吸も、心音も。そもそもそういうものが必要な生き物なのかどうかも知らないんだったな、と思い至り、全く動かぬ目の前の存在をどうしたらいいのか困って見やる。
…、…。
とりあえず楽そうな姿勢をさせておいた。Case6の報告書から考えるに彼らは生物的な活動、つまり飲食や排泄を必要としないらしいので、おそらく完全に体内でエネルギー云々は完結しているのだろう…。口部分をのぞき込み、人工呼吸は要らなそうと見た。ついでに心臓マッサージは全体重を込めても掌が沈みこまない身体と心臓位置の予測が困難なために数分で断念することとなった。…血液に相当する体液の循環が彼らの活動のスイッチとなっているかは不明だし、やれることはこのくらいだろう。
ちょっと額に浮いた汗をぬぐいつつ、ふと机の上に書類があることに気が付いた。
『何が起こったのかわからない。
幼稚園の子どものように大人しく平和的だった彼らが、次の瞬間この場所をズタズタに引き裂いてしまった。
彼らは凄まじい音にびっくりしたのだと思う。あんな風に本能に従う傾向があるとは思わなかった。
私と他の生存者は現在、中央廊下に追い立てられている。我々には身を守るための弾薬もエネルギーも足りていない。少なくとも彼らが先日持ってきた大砲の支柱が、ついに使われることとなった。我々が無防備になるのは時間の問題だ。そうなった場合、それらの…もの…が我々をどうするかは考えたくない。
機会を見て下層に向おうと思う。しばらくそこには誰もいっていないので、危険が去るまでじっと待つのに安全な場所のはずだ。成功すればだが。
これを書いても助けにならないと怒鳴られそうだから、この辺で切り上げる。自身の身を守って、可能ならここから逃げてくれ。』
…、…。この文章の書き手は、これを使って身を守ろうとしていたようだ、と横にある巨大な大砲を見やる。なんでこんなものがもともと運び込まれていたのか知れない。そっちはそっちで胡散臭いが、今は置いておく。
文中の『彼ら』は、目の前に倒れているものたち。おそらく私が録音で聞いたような大きな音によって恐慌状態となった彼らに、書き手たちは襲われた、ということか。…なぜ彼らは現在倒れているのか?外傷は見えないが…暴れたことによるエネルギー切れ?衝撃による気絶?
続く通路の壁側にも、同じような姿のピンクの個体が倒れていた。そちらも確認するがやはり動かない。口の形が少し違って、牙が2つ下向きに生えている。色違いなのだと見当をつけて、そうであるなら姿形から考えて彼らは壁の絵に描かれていた「キャプテンフィドルズ」の仲間だろう。
なるほど、キャプテン、と名がつく藤色のものが「フィドルたち」のリーダーだったのだなと納得する。…とりあえず横にして手足を楽なようそうっと曲げ伸ばししておく。
近くの扉は黄色のキーカードで開いた。中の様子を見て、医療、手術を行う場であることを察する。…自分が放置されていた一つ下の階の様子も考えると、ここはどうやら『メディカルセクター』かもしれない。
室内のストレッチャーには、茶色いフィドルが音なく仰向けに寝ころんでいた。…暴れた直後とは思えない位置にいる。終わってから自分でここに倒れ込んだのか?それともずいぶん経ってから?口元はにこっとしていて丸い目はどこか愛嬌がある…その分、物悲しい気持ちを沸き上がらせた。しばしその姿を見つめたが何にもならないので、その姿勢を整えて進むことにする。
次の部屋には、椅子に橙色のフィドルが座っていた。目の前にはホワイトボードがあり、ペンで子どもが描いたようなイラストと文字が書かれている。「Child」「Babie」「Fish」「EleFant」…所々綴りが間違っているので勉強の途中だったのだろうか。
床に白いボールらしきものが転がっているな、と見た後に、フィドルを見直して気が付く。…片目だコレ…。目玉がはまっていただろう場所をよく見るが、そこには唯々つるりとした凹みがあるだけだった。視神経とかどうなってんだろうか…。
色々疑問に思いつつ、橙のフィドルを、部屋のストレッチャーに寝かす。そこらの棚を探して清潔な布っぽいものを見つけ、それで拾い上げて拭いた目を一応…定位置らしい場所に戻して置く。うん…一応…意味あるかはわからんが一応ね…。
橙色のフィドルズを乗せた同色のストレッチャー近くに、書類を発見した。
報告書だ。
『Case1』…つまり、一番初めの実験体に関する報告書らしい。アップデートの数は20。相当数報告書が上がった後のようだ。中身を読み込む。
ジバニウムのみで構成された、『Gv』と単に記号づけられた実験体についての報告書…という考えは最初の一文で破られる。
『これは、報告書でも情報提供でもなく、助けを求める叫びです』
…、…。
内容を読むに、深刻な現状を、報告書の提出先へ訴える文章のようだ。これまでの全てのケースは絶え間ない痛みに苦しみ続けており、原因は不明。原因そのものの解明を必要としないかも、と思うほど、報告者は彼らを子どもに近づけるのは絶望的と判断している。急な閉鎖は無理でも実際の状況を自身の目で見てくれ、という悲痛な訴えで文章は締められていた。
…、…。子どもと関わる目的で作られていた生命体は、しかし絶えまない苦痛を感じていた、らしい。
知らず、近くのフィドルの体を撫ぜていた。物言わぬ彼らも皆、痛かったのだろうか。Case6の報告書も、更新番号2の段階で全身の痛みを訴えていた。…Case6の証言によって、そのあと彼らの痛みの緩和が進められていたらいい、とぼんやり思う。
やや感傷が過ぎたか、頭を振って次の部屋に進む。
開いた先にもストレッチャーにフィドルが乗っていた。黄色い個体のいるその部屋の壁には、何やらイラストと文字が書かれている。
色違いで少しずつ違う顔のフィドルズが8体、そしてその中央に緑色の滴マークが描かれている。滴にはそれぞれのフィドルから線が伸びている…が一体だけ、黄緑色の絵の傍には『抽出前に注意を逸らす』との文字が書き足されていた。
絵のそばにはガラスの入れ物とそれに付随する装置のようなもの。扉を開けたければ、容器の中の液体をフィドルから抽出して満たせ、という事らしいと察する。
ご丁寧に近くに置かれていた注射器を見つめた。
…、…。え?やんの??
マジで???
休憩室でちゃっかり手にした飲料とかを容器にぶち込めないかと一瞬頭にかすめたが、ガラスの中にはすでに鮮やかなライトグリーンの液体が少量入っていた。たぶん、ケースの容量から考えて「これ」が一体分だ…。ケースが取り外せない以上中身を取り出せず、他の溶液で満たす方法を試せそうにない。体内にあるのだろうこの緑の溶液が散々報告書に出てくる『ジバニウム』、彼等の血液の変わりなのだろう…。
…、…。
ひとまず保留。出来る限り周りを見終えてから考えよう。ええと、今見つけているフィドルの色は、緑、ピンク、茶、橙、黄。…残りは赤か黄緑か藤色。
部屋を出て進むと赤色のフィドルを発見。空いているストレッチャーに寝かせつつ、それとは別の、うず高くバリケードのように積まれたストレッチャーを見上げる。…向こうに部屋があるのは見えるが、通り抜けは困難だ。反対から回っていった方がよいだろう。
さて元来た道を戻って、ぐるっと回り込もうとしたのであるが、壁に文字を発見した。
『渡るな。騙されるぞ』
大文字で書かれたそれに、思わずまじまじと進行方向を見る。
前方は白い球体がはめ込まれたライトグリーンの謎の壁だ。前衛的なアートにも見える。慎重に近づく――――
足を踏みだした途端、その白い球体はぐるりと動き、風の音と共に体の右側を巨大な質量を持った何かがかすめた。
っお…ぉお!?
背後で轟音が響く。黄緑色の太い腕が部屋の扉から伸びて、壁や床に滅茶苦茶にぶつかって音を立てた。
慌てて距離を取った私を、片目の黒い瞳ははっきりと視線で追いかけて見ている。
…、…でっかい。
呆然とそれを見つめる。てっきり…彼らは全員同じ大きさなものと思っていたが。目の前の瞳の主が、黄緑のフィドル、なのだろう。
なぜそんなにぎっちぎちの部屋にいるのだろうか?出入りが可能のように思えない、と考えて、いや、大きさが可変なのかもと思い至る。あるいは別の大きな入り口があるのか。
視線はいまだ私をちゃんと追いかけてくる。このまま通路を突っ切ろうとしたら、ぺしゃんこにされる予感がひしひしとする。
「…ええと、」
私は通路の先を指さした。
「通してくれませんか…?」
充分待った、が…反応はない。いやそうだろうけども。
ドローンを操作してみるが、そっちには気を取られず私の方を見つめるばかりだ。…警戒か敵意か。こつ、とその腕にドローンが当たろうと全く意に介さない様子。蚊が止まったようなものなのか、腕も視線もまるで動かさない。
困った。進退窮まる。
ここまでに解決できそうな謎は1つしかない。やらねばならないことに見当はついてはいるが…。いや、実際のところ他に道は、ないように思われた。
…やむなく、注射器を手にした私はフィドルたちに向き直った。
意識の無いフィドルたちにひとまず注射器を使っていく。
…どこなら痛みが少ないんだっけか…。末端は痛いと聞いた気がする、と腕をつまむようにして針をそうっと刺す。
静脈など探しようもないにも関わらず、いとも簡単に注射器に緑の液体がたまった。ド素人でもできるくらいだから、体全体に液体が浸透しているのだろうか?
さて、他の色のフィドルも同様にジバニウムを集めた後。
最後の難関、私は黄緑色のフィドルのジバニウム抽出に取り掛かろうとしていた。
じっと、こちらを見つめる黒い瞳を私も見つめる。思い悩んだあげく、ひとまず馬鹿正直に同意を得る試みをすることにした。
「…ええと、お願いしたいことがあって。棚を開けるために、ジバニウムが必要なんです。こうやって…」
真っ黒な瞳を見つめたまま、私は自分の服の袖をまくった。腕に注射器を添えて、ピストンを引っ張る動作をする。
「少しばかり、いただきたいのです、が…」
自分で言うのもなんだけどとんでもねぇお願いだな…。初対面の人間から個人的に採血を強請られるの、あまりに怖い。
―――頭の端っこに、検査サンプルを欲しがっていた赤い姿が思い浮かんだ。人をとやかく言う立場にないことを静かに自覚する。
勝手に自省する私を置いて、真っ黒い瞳はぎょろぎょろ動いて相も変わらずこちらを見つめた。…話が伝わったという手ごたえはない。万が一伝わったとしても、了承を貰えるかは甚だ疑問だ。逆の立場だったら怖すぎて、ひとまず拒否を選んで説明を要求するだろう。
壁の絵の『抽出には注意を逸らす』という文字を思い出す。…、…自分の予防注射の時の、どっかをつねると痛くないよ、という話もついでに思い出した。つまり、より大きな別の痛み刺激で気を紛らわせる方法だ。腕はドローンが当たった程度ではびくともしないというのは確認済み。他のほとんどの体表も同じだろうことは想像に難くない。
…目の前の目ん玉を見つめる。
…書置きによれば、彼等は大きな音による恐慌状態で人を襲ったのだ。普段は大人しいというからには、今現在暴れている彼も、もしかしたら酷く取り乱しているのかもしれない。…痛みをさらに与えるのは何かこう…忍びない気がする。
…、何か他の方法はないものか。
私はリュックを開いてしばし思案した。
……、……。
私は、もう一度来た道を戻って、積み上げられたストレッチャーの前にいた。幸いにしてフィドルは巨大な腕が邪魔をして、こちらを視認していない。
手に持ったドローンを見た。針を前方に向けた注射器を、上部に紐で括り付けてある。
やろうとしているのは、注射の対処法のうちの一つ、「刺さるとこを見ない」だ。
とはいえ刺さった瞬間の痛みは誤魔化しようがない。願わくは、彼らがその頑丈さゆえ痛みを感じにくい体であることだ。…頑丈さと痛覚の過敏さはイコールのようでそうでもないのでこの見通しは完全に賭けではあるが。
ストレッチャーの裏からドローンを飛ばし、針が深く刺さり過ぎないよう慎重に、少しずつ前進の指示を出す。
―――はたして、針が刺さった。
ぴく、と黄緑の腕が動く。
息を止めて見守るが、声は上がらず、大きな動きはない。続行。
素早く、注射器のピストン部分に括り付けていた紐を手元で引っ張る。ピン、と糸が張りピストンが動き出す。
急ぐべきだが慌ててはいけない。一定の、速度で。
…大した痛みはないようだが、とはいえ違和感はあるようだ、腕がもぞもぞと動き始める。
焦燥を押さえ、注射器にジバニウムが溜まるのを、じりじりと待つ。
じわじわ、ライトグリーンの面積が増えるのを、目を凝らして見つめる。
永遠とも思える、数秒。
―――溜まった!
ドローンに帰還の指示を飛ばすとの、フィドルの腕が大きく一度揺すられるのはほぼ同時だった。
注射器を携えたドローンは針を抜くことに成功したものの、バランスを崩しつつ宙を舞う。積まれたストレッチャーに一度かすって、コロコロと転がるそれを地面にぶつかる前に何とかキャッチした。
注射器は、きちんとジバニウムを収めてそこに存在している。フィドルの方も違和感が去ったのか特に変わった様子はない。―――成功だ。
ドローンも問題なく、再び指示に従って宙を浮いた。
息をつく。…ありがとう、シンプルゆえの軽量な君。ベストな動きだった。私は無機物の相棒の機体を撫でると、容器の部屋に向かった。
ここら一帯にいた7体分のジバニウムと、もともと容器に入っていた1体分のジバニウム(おそらく見当たらなかった藤色のキャプテンのもの)で容器は満杯になった。ある種の達成感と安堵で、開いた棚の中を見やる。
中には導火線のついた何かが入っていた。
…ん??
拾い上げてまじまじと見る。
赤い筒状の物の先端に導火線が付いている。反対には三角錐の頭。
…、…。
見つめたまま、緑のフィドルが居た場所まで戻る。そこにある巨大な大砲の穴の大きさを見て、もう一度、手元にあるソレを見る。いやぴったりだ、シンデレラサイズ。
大砲の向く先を見る。―――黄緑のフィドルが、じっと黒い瞳でこちらを見つめていた。
…、…。
…、…。
露骨にやるべきことを促されているこの状況に、私は固まった。
いや、道筋は分かる。このロケット花火は弾で、つまり、大砲でドカンとやって相手に引っ込んでもらい、道を譲ってもらうということだろう。いやそんな事する気があったら注射だってもっとさっくりやってたが?
…え???
困惑し過ぎて、各部屋をもう一周見てきてしまった。進展は何もなかった。
時間経過でちょっと思考が落ち着いてきた。つまり…そういう解法が用意された謎なのだろうということは、納得できる。そのための大砲だろうし。ストーリー的にも手記で布石があったので大砲の弾の登場は順当だ、不自然ではない。
…、…。目の前の瞳を見つめる。大きな音に驚いて、怖くて暴れただろうその存在を見る。子どもと関わらせるために人に作りだされた、痛みに苦しんだだろう存在を、見る。
…、…。これは夢だし、と頭の片隅でささやく声が聞こえる。ああ、そうとも。私は自分の頬をつねった。経験で知っている、夢でも痛い。
…夢だろうと、痛いのだ。
私は肩を落としてもう一度、各部屋を見回った。
…進展は何もない。が、思考はさらに落ち着いた。理性が一時的感傷を諫めて指摘する。
これは夢だろう。それも、ゲームの夢だ。何を躊躇することがある?
そう―――これは夢だ。友人のプレゼンを聞きすぎて見ているゲームの夢だ。謎解きをして悪いことはない。
内心で頷き、大砲の口の位置を確認しつつ狙いを定める。答えはシンプルで合理的だ。ゲーム脳が熱烈に「GO!」のサインを出している。物語があり、布石があり、手掛かりがある。理屈の通った手順がある進行。
フィドルには悪いが、それがゲームの「攻略」というものだ。私は黒い瞳を見た。
…、…。
…、……、…………、‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
P1:これはゲームだ、現実ではない