気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
廃病院を出て、外科医のオフィスらしき塔に辿り着く。絵画が並ぶ通路を抜けて、着いた先には拘束された青い姿があった。仕掛けを解いて拘束を外すことには成功したものの、部屋に駆け込んできた赤い男から、外科医がすぐにやってくることを聞く。
「――まぁ信じてくれウスマン。この再利用は絶対に必要だ。そもそも、奴は一度施設側に捜索を打ち切られた実験体で、放棄された以上もはや役目は……」
ウスマンに話しかけつつ部屋へ入ってきた外科医は、室内で自由の身になっている“ぼく”と私の姿を目にすると動きを止めた。
ゆっくりと目を眇めた彼が、再び口を開く。
「……ほぅ。これは、いったい、どういう事態だろうな?」
室内の温度が下がる感覚。
いの一番、危機的な空気を壊すべく、私は挙手と共にあえて溌剌と弁明を試みた。
「お久しぶりですドクター!脱獄するつもりがなかったので戻って参りました!忠告を聞かず秘密を知ってしまった件は、誠に申し訳ありません!でも知った今でも、私は貴方とシックス君の敵ではないと思います!!」
「――……喧しいわクソ人間!阿呆みたいなことを本心でベラベラ喋るな!」
本心ではあることが伝わっている!そうです!
「貴様がまるで敵意も悪意もないただのアンポンタンなのはよくわかった。自ら私の前に出てきたその面の皮の厚さは評価してやる」
すごく馬鹿にされているし叱責は受けるだろうが、敵対心とか猜疑心とかを抱かれているよりだいぶマシ!
半眼のシリンジョンが、私を眺めながら長々と続ける。
「医者の言うことを聞かずに要らん知識を得た罪も、一日劣悪な環境に置けばまぁしおらしくなるだろうから条件付きかつ特別に私が許してやる形で監獄から出してやらんでもないと思っていたが、どうやら私は優しすぎたようだな。脱獄した上にダダドゥーも逃がして罪の上塗りどころか正気を疑う大活躍だ」
いや違うんですよそれは事故っていうか……。
でもあのまま監獄にいて彼に出してもらえたとしても、代わりに無理難題を吹っ掛けられていたかもしれないのか……。めっちゃイニシアチブを握られる気がする。
現時点ですでに握られていないかというと否定はできないが。
「……ダダドゥー卿の脱走に関しても意図的ではないです……」
「そうだろうなクソボランティア。あっちこっちに手を付けおって、後で絞るから覚悟しておけよ」
完全には許されてないけれど、若干容赦された感があるかな……?ドクターとシックスの敵ではないってことが伝われば、ひとまずは何とか話をしてもらえるはず……!
「それから、その番号の呼称を出した理由も後で聞くぞ」
「……はい……」
そうだな、『シックス』と言うからには説明がいるよな……。
ちょっと思い悩む私は、続けて“ぼく”を手で示した。
「あの、こちらの彼も私と同じように、シックス君の敵ではなく協力者です」
「そ、そうだよ。ぼく、ともだち!」
「そう聞いている」
ドクターは変わらぬ表情で頷いた。
「だから目を貰うのだ」
――――――どういう接続???
「なんで!?だからやだってばぁ!」
“ぼく”が悲鳴じみた声を上げる。若干泣きそうだ。
「全体の利益のためだ名誉なことと思え」
「むちゃくちゃ言ってる!」
ええと、と私は状況を整理しようとした。目が必要……と、片目が失われた赤い体の持ち主をチラ見する。
「目が、必要なのですか?ウ……負傷者に?」
「そうだ」
「新たに作れないから、こちらの彼から移植する必要があるということですか?」
「自ずと分かることをわざわざ確認するな」
いやいや!?伝わっていないと、思う…!
「当事者の同意が得られていないので一旦話を……」
「なぜそんなことをせねばならん?」
シリンジョンの目が眇められる。
「これは必要なことであり正しい」
「いやだってば!そんなのってないよ!」
「ええとあのドクター。貴方にはおそらく未来のビジョンがあって、これはその実現に必要なのだろうと思うのですが、どういった目的で――」
「時間の無駄だ。何度も言わせるな」
「いえ、いいえ。あの、」
私は必死に頭を働かせた。
「『全体の利益』とおっしゃった。そして『必要なこと』だと。――ドクター、貴方の目指す先が、ジバニウム生物たちの未来なら。我々は敵同士ではありません。そして協力できる道があるはずです」
「無駄だ。話し合いは必要ない」
いやいや要る要る!私が声を出す前に、シリンジョンが言う。
「従ってしかるべきだし言っても聞かん奴は従わせるだけだ」
――ダダドゥー卿の言葉を思い出す。『首輪をつけられる前に、言いたいことは言っておくといい』。
「……何度も言わせるな、と。二度言わせたな」
冷えた声。
黒々とした瞳がこちらを見下ろしている。
「私に従え」
瞬時に二の句が継げず唾をのむ私とは別方向で、声が上がる。
「あー……外科医?」
ここまで静観していたウスマンの声だ。
「先ほども説明したけれど、彼らは至って友好的な姿勢をみせている。無理やり従わせるメリットは、ないな。双方の利益に関しての説明をすれば、彼らは自発的に協力するよ」
「ウスマン。その主張は、前提が間違っている」
シリンジョンの目は私たちを見ている。
「友好的であろうとも、それに何の意味がある?最も集団に貢献できる使い方をするのに、なぜ機嫌をとって自発性を待つ必要がある」
「あーそうだな……個のコンディションを保った方が、長期的なパフォーマンスは高い。コストによっては要検討だ。君の求める結果もついてくるから、ひとまず僕に預けるってことでどうだろう」
「検討したとて、同じことだ」
シリンジョンは注射針のついた腕を振って私を示した。
「わざわざ間違える者に判断させなくていい。この人間は結局そこの青いのを選んでいるだろうが」
「いいえ……!?別にどちらかを優先してでは……」
「……ハァ。目前の哀れみに反応する未熟者。その自覚もないなら致し方ない」
明らかに冷えた声のシリンジョンが、ウスマンを見やる。
「わかったろうウスマン。どちらも徹底して制御下に置くべきだ」
「だけれど、……でも、」
ウスマンは頭を振った。
「でもさ、
……、……。
――――――その場の全員の視線を受けたウスマンは、戸惑ったように目を泳がせた。
「……ええと、
赤い体はふらついて、彼は壁に手をついた。
彼の目は瞬いて、何かを探すような――あるいは違和感に気が付きかけて、しかし再び霧の中に戻ったような――混乱した様子に見える。
その隣、動きの止まっていたシリンジョンの表情には。
「――……座っていろ。ウスマン」
刹那の希望と、落胆の色が。
フォースと呼ばれた彼の瞳に瞬きの間もなく浮かんでは過ぎ去って、抑え込まれたようだった。そうと思った時には、もうその瞳と声は何も読み取れないほど静かだった。
「……いや、外科医。話があるよ、重要なことだ」
頭を振ったウスマンは、再びふらつく。ぱっと“ぼく”の青い手がそれを支えた。
「大丈夫?この場でいいよ、一度座ろう」
「……ああ、どうも。いや平気だ、問題ない」
手で“ぼく”を制したウスマンが、姿勢をまっすぐに整えてシリンジョンに言う。
「無理に制御下に置かずともやれるはずだ」
不思議と自信のあるような声が続く。
「……だって、君は、人間である僕と、これまで上手くやってきているのだからね」
――僅かな沈黙のなか、視線が交錯した。私とシリンジョンだ。
――“おい人間貴様余計なことを言うなよ”
――“わかっていますけれども。いや、というかつまりドクターとしてはそういうことでいいんですね?”
――“他にどう扱うんだ!不用意に揺らすな崩れるだろうが!”
目配せし合う私とシリンジョンを見て、ウスマンが微妙な顔をする。
「……うん、なぜ君たち目だけで以心伝心してる感じに?実はやっぱり味方で仲が良かったりしないかい?」
「悍ましいことを言うな」
「おぞま……ドクター?何もそこまで言わなくても」
本気で滅茶苦茶嫌そうな顔をしたドクターに私もさすがに物申す。しかしウスマンを安静にしておきたい点では彼と考えが一致しそうだし、明らかに不調を示しているウスマンを別室で休ませるとかの提案はできないだろうか……?というかドクターは早いとこ彼の治療に取り掛かってはもらえないのだろうか……??ああいや、そのために”ぼく”から目を取るって話か……。
私やシリンジョンの内心をよそに、ウスマンはどこか鷹揚に首を傾げている。
「うーん、やはり結構息は合っているような……。どうかな、上手くいくと思うのだけれど」
「私もそう思いますドクター」
「そんな訳があるか!」
苛立った様子のシリンジョンが、私と“ぼく”を見て言う。
「いいか、引っ掻き回すな未熟者ども。私の言う通りにしろ」
強い圧だ。
震えた“ぼく”が、ウスマンの肩を揺らす。
「し、しっくす、じゃなかったウスマン……!おねがい手術をとめてよ……!」
「うん?僕は、目の移植自体は反対ではないけれど」
「うそだよねシックス!?!?」
飛び上がった”ぼく”は、しゅばっと赤い体と距離を取って私の方へ移動した。
ウスマンは慌てた様子もなく口を開く。
「全体に関わる重要な情報が見えるなら、その目の利用法は多岐にわたる。……目覚めたばかりで幼い精神性の君が背負わなくていい。その責任は適切な者が負うべきだ」
それは子どもに説明をする調子だった。ぽかりと開いた口を一度閉じた“ぼく”を見て、それから彼は、はて、と首を傾げる。
「そういえば外科医、移植する目の適合者は誰なんだっけ?君の判断なら間違いはないだろうが、まだ話を聞いてなかったと思うんだけれど……」
――そこの同意も取ってないんですかドクター???
私の目線をシリンジョンは黙殺している。
やや言葉を失った様子だった“ぼく”は、……しかしプルプルと頭を振って、主張した。
「でも、でも、やだよ。だって、目を取られちゃったら、ぼく、周りが見えなくなっちゃう……!」
「ん?ああ、君、それは」
「――喧しいぞ喚くな、青二才!後で普通の目玉くらい嵌めてやるだろうが騒ぐな!」
「えッそうなの!?……普通のって何?今のぼくの目、普通じゃないの???」
「貴様についている目は特別製だ」
「……そういうの!必要な話はそういうのですドクター……!」
「いずれ分かることも知らなくていいことも今言うのは時間の無駄だろうが。未熟で蒙昧な貴様ら大勢を私が導いてやるから、黙って言うことを聞いていればいい!」
すごい自信と責任感だ!でもそれ貴方にかなりの負担だと思いますドクター!!
しかし、その鉄壁の意思を正面から崩すのは骨が折れそうだ。私は別の突破口を探して懸命に頭をひねった。
「……いわゆる普通の目が移植可能なら。負傷者に普通の目を移植して、こちらの青い彼には必要な時だけその特別な目で確認してもらうよう頼めば済むのでは?……一名に能力を集約しなければならない理由が?」
一人だけを選ぶ必要はないはずだ。
「……ドクター。椅子の数を限定する者は、もういないのではありませんか」
「似通った役割の者に割くリソースはない。取捨選択せねば起きるのは奪い合いで、その先にあるのは共倒れだ」
「いいえ……いいえ、ドクター……」
私は言葉を探した。
彼を振り向かせられるもの。これまで見てきた様々なものを思い出す。そうして一つを選んで口を開いた。
「奪い合いでなく、完璧な唯一の育成でもなく。……貴方は、すでに、その構想をお持ちではありませんでしたか」
黒い瞳は、怪訝そうに歪められる。迷いつつ私は続けた。
「ツインズ」
相手の動きが止まる。何かを言いかけていた口が固まる。
少しでも言葉が届かないかと彼を見つめる。
「上階に居たあの子たち。手術の場ではなく検査の場でしたね。性質の異なる二人組。……ドクター、貴方には、異なるものが互いに補うその在り方への考えが、あるのではありませんか」
「……その試行段階は過ぎ去った。すでに結論が出ている」
「貴方に、『戻ってきてほしい』と、」
言い募る私に、静かで抑えた声が応える。
「その可能性は、終わった」
反応の乏しい相手に、食い下がれる回数の限界を感じる。それでも、と探す。
「いいえ、ドクター、協力が……できるはずです。私は……私たちは、貴方の敵ではないつもりです。貴方が守りたいものの、敵ではないつもりです。ですからどうか、手を、」
見つめる先で……黒い瞳は、冷え切った。
「――……その手法を知っている」
冷たい、声がする。
「相手の望むものを。希望を、夢を見せて、鼓舞するやり口を知っている。熱意を抱かせ、多くの者をまとめ上げ、情で引き摺って先へ進ませる」
不自然に平たい、声が続く。
「感情などという脆く曖昧なもので。――結局、奴自身のそれに溺れて判断を間違えた」
あらゆる熱を押さえ切った、声がする。
「異論なき才覚とて、情で擦り減り押し潰されかけた。破滅の道を進み出しもう戻らなかった。……同じ間違いは、しない」
説得の失敗を悟る。
凍った声が、目が、語る。
「もう誰の手も取りはしない」
ドリルの先端が、私に向いた。
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激しい拒絶。
明確な交渉決裂だった。
引き際と交渉手段を間違え、一線を越えた感覚。
一気に血の気が引いていく。
なんとかしなければならない。
無意識に体を前に出そうとした私の腕を、青い手が、掴んだ。
「――だめだよ」
存外に落ち着いた声。思わずその手の持ち主を見上げた。
“ぼく”の黒い瞳は、じっとウスマンとシリンジョンを見据えている。
先ほどまで半泣きだったとは思えない静かな表情に、私はたじろいだ。
「近づいて行っちゃ、だめだ」
彼は、私の腕を引いて一歩後退する。
「やっとわかった。……事態はあの頃からあまり変わってなくて、でもシックスは自分もぼくらも忘れてシーカー側になったんだね」
赤い彼の瞳が瞬く。『シーカー側…?
「このままだとぼくらの負けだ、シックス。……ウスマンは勝ちなのかな、でもそうはならないよ。ぼくは、きみたちが知らない秘密を知っている」
じりじりと後退していた“ぼく”の足は、バルコニーの欄干の手前で一度止まった。
「ぼくは消えるんだ」
それは、どこか覚悟を決めたような。
「ぼくらは負けない。――タッチするまでがかくれんぼだ。そうだったよね?」
言い終わるや否や、青い腕が私の胴を強く引いた。
声を上げる暇もない。そのままの勢いで、彼は後方――虚空へ体重を預ける。
私を抱えた青い体が、欄干を乗り越えた。
体が暗闇に放り出される。
柵の向こう側、驚愕したような黒い瞳と、その隣で息をのんだ赤い姿が、視界の端に映った。
襲い来る浮遊感に、反射的に全身に力が入る。
耳元で風が鳴り、空中でくるくると体が回る。
先ほどまで立っていた床が、どんどん離れていく。
眼下に、大きく口を開けた灰色の顔、ゾルフィウスが見えて――――――そうして私の意識は、一度途切れた。
P1:取っ掛かりを求めて触った先がデカい地雷だった。黒と紫の誰か曰く「私に似ている」らしい。色だけじゃないのかもしれない。
*ぐだぐだ抜かして余計に損失を出すな口を閉じろ!
青い声の主:友達に向いたドリルを見て、腹をくくった。攻撃を選択しないなら、自他を守るためには逃走の一手だ。
赤い声の主:色々と見失い中。周囲が訳のわからない揉め方と結託をしている。みんな僕の話を聞かなすぎじゃないだろうか?……青い彼からの呼び名に関しては、どうも変なあだ名で呼んでくるけど閉所に長く居すぎたんだからちょっと変でもしょうがないなと思っている。……ほんとうに?
紅い外科医:割と我慢して会話していた。言うことを聞かない上に時間をかけて食い下がる面倒くさいクソ人間相手に、割と。敵だろうが味方だろうが、自分が上手く使うだけ。自身に差し出される手によって過去を幻視し、態度が一瞬で硬化した。