気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
オフィスの上階で外科医と遭遇した。弁明は受理されるも、協力の交渉は失敗。決裂したところで、青い彼の手によって共にバルコニーから飛び降り、逃走した。
気が付いたとき、私は知らない場所にいた。
緑の天井を見上げて、気を失う直前の記憶を辿る。
シリンジョンのオフィス。彼との会話。自分は説得に失敗し……確か、バルコニーから落下して……――
―――――“ぼく”は?無事か?
一緒に落下したはずの姿を探して、私は跳ね起きた。
辺りを見回したが、彼はいない。はぐれたのか。別の場所に落ちたのか。
と、いうか、ここは、どこだ……???
我に返って、周囲の様子を確認する。
壺や桶。積まれた薪と藁のような植物の束。鍋に、篝火……。
土壁や土間っぽい造りの、小屋だ……。
私は、自分が寝かされていた敷物も見つめた。丁寧に編まれた、どことなく工芸品を思わせる模様。
この幼稚園に来てからかつてない程に、生活感がある部屋だ……。全体的にすごく緑色である点は、日常感がないが。
周囲からはどこかケミカルな匂いがする。
直前の記憶から考えて、私は“ぼく”と共にゾルフィウスの口の中に落ちたと思ったのだが……彼の体内だったりするのだろうか……?
体内に……小屋……????
疑問は尽きないし反省も多々ある。しかし座っていても始まらない。“ぼく”のことも心配だ。あたりを探そう。
私は起き上がって進むことにした。
高所から落ちたと思ったのに、自分の体は何ともない。傍らに置いてあったリモコンを手にする。……ボタンを押すと画面が反応して光るので、こちらも無事だ。私をここに運んだ誰かが置いてくれたのだろうか?使う機会があるかもしれないので携帯しておこう。
部屋を見回しながら、出入り口の扉までたどり着いた。木の板を組み合わせた素朴な作りだ。取っ手にそうっと手をかける。
外開きの扉が、軋みながら開かれた。
目に入ったのは、奇妙な光景だった。
全体的に緑色なのは、先ほどと同じだ。
扉を出てから背後を振り返って見る。私が寝ていたのは、藁ぶき屋根のような小屋だった。
周りには、同じような小屋がいくつか見える。
あちらこちらに、木でできた大きな篝火台が設置されていた。天を見上げると暗闇が広がっているが、周囲は炎で照らされていて視界には困らない。
視線を下に戻す。足元の地面は、濃淡が斑な緑色で、凸凹している。岩や土というより、苔とか菌床とか植物のような様相だ。
周囲にも植物の藁のような束や、木造っぽい物があるのが見える。
どことなく民族的な集落の雰囲気を感じる……。
……体内に……集落が……???
頭の中は疑問符でいっぱいだが、ともかく歩き始める。
「――おや、目が覚めたんだね」
第一村人……ならぬジバニウム市民?村民?がこちらに気が付き、声をかけてきた。チェック柄のリボンが付いた緑の帽子を被っている。
彼は不思議そうな……というより、やや興味深そうな表情をした。
「人間って……想像していたより、ずっと小さいんだな……」
しげしげとこちらを見つめるその瞳に、敵意や嫌悪の色はない。私は慎重に口を開いた。
「……こんにちは。目は覚めたのですが、まだ状況があまり分からず……ここは一体、どこでしょうか。助けていただいた……のでしょうか?」
「あぁ、そうか。詳しい話は……うん、村長がキミと話をしたいそうだからな。俺からは何とも。悪いな」
彼は、手で近くを示した。
「村長は、この吊り橋の向こうの小屋にいるよ」
「……ありがとうございます。向かってみます」
小さく手を振る彼に礼をしつつ、示された吊り橋へ向かう。
今、自分が立っている場所の周囲には、点々と同じ緑色の地が見えた。暗闇の中で浮島のように存在するそれらの土地が、吊り橋で繋がっているようだ。それぞれの浮島を下から支えるのは……太い蔦?茎?それとも根だろうか?何本もの植物のような何かが底の見えない暗闇から伸びている。どうも光っているようにも見えるな……?謎めいた構造だ。
落ちないように慎重に歩きつつ、私は案内された村長の家に急いだ。
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「やぁ、友よ。この村にようこそ」
ノックした扉から入るよう促され、私は穏やかな声で迎えられた。
目の前にいる相手は……今まで見てきた市民とは、ほんの少し見た目が違う。
他の者よりやや胴の丸い彼は、こちらを見つつ話し始めた。
「私は村長だ。ここは質素な村だが特殊な場所でね、空からしか入れない。……キミたちはもう少しで私の頭の上に着地するところだった。そんな最期を迎えたら、村民たちの笑い話だ」
口調は朗らかだが、内容は結構ハードだ。私は姿勢を正した。
「申し訳ありません、お怪我はありませんでしたか。他の方にも被害は……」
「あぁ、安心してほしい。私はこの通り無事だし、他の者にも何もなかったよ。青い彼が君を抱えて上手に滑り落ちてきた。……ただ私の真横の地面に、彼の足が刺さっただけだ」
どんな勢いだ。相当な高さだったに違いない。
「彼は無事ですか。あの、」
身を乗り出しかけた私を、緑の手が穏やかに押しとどめた。
「無事だよ。……しかし、事態はやや複雑だ」
首を振った彼が続ける。
「キミたちは、早くここから出たいと思っているかもしれない。でも、そうもいかない事情があってね。……というのも、皆がその彼に対して怒っているんだ」
「――何か、あったのですか?」
村長はゆったりと頷いた。
「ああ。彼に会ってから話そう。ついてきてほしい」
どうやらトラブルがあるようだ。
わかりました、と頷いて、小屋を出る彼に続こうとする。
進みだした村長は、ふとこちらを振り返って、「ああそうだ」と声を上げた。
「すまないが、冠を見つけてくれないかな。そこらにあるはずなんだが」
冠?それなら……と、私はこの小屋に入る前の記憶を思い返した。家の軒先にある、腰掛けのような場所に置かれていたはずである。
「確か表に……見てきますね」
「助かるよ」
扉を出て、記憶通りそこにあった冠を拾い上げる。紫の飾り石が8つ付いた金色の王冠だ。以前に上階の部屋で、私が芸人さんたちから貰った王冠より石も尖頭も多い。
「村長さん、ありました」
戻って冠を差し出すと、こちらを見つめた彼は微笑んだ。
「――ありがとう。それでは行こうか」
冠を被って進む彼の後ろを、ついていく。
「青い彼から、キミは友達だと聞いたよ。そうなのかい」
「はい」
「そうか。……彼もキミを心配していた。顔を見たら安心してくれるだろう」
吊り橋を渡り、また別の浮島へたどり着いた。
最初の島より大きな土地だ。小屋と篝火台が見える。
そして中央には、大きな四角い鉄籠が置かれていた。篝火に照らされたその中に居るのは……。
「“ぼく”……!」
私の声に、彼の顔が上がる。檻の中で膝を抱えていた“ぼく”は、私を見るとぱっと立ち上がって声を上げた。
「……あっ目が覚めたんだね、よかった……!それから、村長!おねがいだ、ここからだして!」
村長は、穏やかに手を挙げて“ぼく”を制した。私と“ぼく”の両方を見て、話し始める。
「――さて、二人とも。状況を説明しよう。キミたちが落ちてきて少ししてから、隣の村で火事が起きた。……生存者によれば、犯人はそこの青いキミという話だ。放火するところを見たらしい」
「そ……そんなのデタラメだよ!」
驚いたような“ぼく”の声に、村長は頷いた。
「個人的にはキミたちを信じるけれど、私一人でどうこうできる問題ではない。村の有力者全員がキミの釈放に賛成すれば、キミを自由にできる」
村長の目は、私に向いた。
「そこで、キミ。キミは、この村で良い評価を得る必要がある。有力者たちの信頼を勝ち取って、投票用紙を私のところに持ってきてくれ。そして開票をする」
彼の手が、傍らに置かれた投票用紙らしき紙を示す。
「開票するのは私だけだ。盗み見をすれば分かるから、それより先に開けてはいけないぞ。……どうだろう、やれそうかな?」
なるほど、村民の信頼と賛成票集め!
突如やってきた余所者に疑いが掛かるのは、当然の流れだ。火事のタイミング的に怪しい事この上ないだろう。
――“ぼく”が疑われているのに私が信頼を集める立場でいいのだろうか、という疑問はあるが、四の五の言ってもいられない。余所者の代表者として怪しくないという証明を私がする……ということかもしれない。やってみよう。
わかりました、と頷いてから、私は檻に近寄った。”ぼく”は檻に入ってはいるものの、それ以外の拘束は見当たらない。そこまで手荒な扱いを受けた形跡もなさそうだ。
不安そうな瞳の相手に、話しかけた。
「“ぼく”。怪我はない?」
「う、うん。きみこそ……」
「うん、どこも怪我していない。私をあそこから逃がしてくれたんだよね。……落ちたとき、守ってくれたって聞いた。ありがとう。痛くなかった?」
「あっ、平気だよ!飛び込んだあと、こう、壁をね、ずるずるーってしてから、最後だけ、ぴょん!って着地したから!」
……なるほど?とにかく衝撃を減らしたということで合っているだろうか。
「助けてくれてありがとう。今度は私の番だ。大丈夫、待っていて」
「う、うん……よろしくね……。でもあの、無理しないでね……」
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ひとまず、票を書いてもらう有力者を探さなければならない。
村長に聞いた話では、有力者は三名で、両腕に特殊な腕輪を付けているらしい。
彼らを探すために、村を見て回る。
周囲に建てられた小屋は、どれも似た素材で作られているようだが、大きさや造りには少し違いがあった。粘土のようなもので壁が作られているものから、木の板のみを組み合わせた掘っ立て小屋のようなものもある。私が寝かされていた小屋は、結構良い造りだったようだ。
洗濯ロープに干された布や、焚火にかかった鍋など、村民たちの生活の様子がそこかしこに見える。
……吊り橋の手前で、マスコットキャラクターたちの絵があるのを発見した。巨大な輪切りの丸太に描かれているのは、上階でも見た馴染みのあるキャラクター紹介絵……だが、今まで見てきたものと比べて1点だけ明らかに違いがある。
私は、バンバンの代わりに中央に描かれた青い姿を見つめた。……“ぼく”だ……。
村のこんな場所に堂々と置かれているということは……彼らは“ぼく”のことを知っていたのだろうか……?疑問が浮かぶが、ひとまず探索に戻る。
しばらく村の様子を見ながら浮島を渡り歩いていると、看板を発見した。『服屋』とある小屋の中に、誰かが居るのも見える。
――その両腕に輪があるのを確認し、私は相手へ声をかけた。
「こんにちは」
「ん?」
振り向いた村民は、はたりと止まって首を傾げた。
「……あぁアンタだな、空から落ちてきたって人間は!」
合点がいった様子の彼は、私をまじまじと見た。
「そんで、その人間がなんの用事?」
「はい。……一緒に落ちてきたもう一名がいるのですが、彼は放火の疑いを掛けられていて。檻から出してもらえないか、有力者の方に、釈放賛成の票をお願いしているんです」
「あぁ、あれね。そういう話だったな、なるほど。――いやぁ、本当を言うと、アンタの友達が火をつけたとは思ってないんだけどさ」
そうなのか。
”ぼく”が放火をしたのではない、という時間的制約や動機の無さ、彼の性格について説明しようと思っていた私は拍子抜けした。
驚く私の前で、有力者の彼は咳払いをする。
「でもまーアレだぜ、エー、ゴホン。……俺を手伝ってくれないと票がやれない。悪いな!」
手伝えば票をくれるのか、ありがたい。
「お手伝いできることなら精一杯やります」
「おっ、言ったな?」
彼は、胸を張った。
「よく聞け!実は、ずっと好きな相手に愛の告白をすると決めた。でも問題がある。……俺、目がそんなに良くなくてさ。服がごちゃまぜで分からなくなったんだ、良い組み合わせを選んでくれない?」
わかりました、と頷いて、私は服の並んだ棚を見た。
「色々ありますね」
彼はフフン、と自慢げに返事をした。
「好きなだけ見たり触ったりしていいけど、盗むのはご法度だぞ。前に俺の宝を盗もうとした奴は悲惨な末路を辿った……。知りたいか?」
「ええと。……どうなったのでしょうか」
「おっ?半日は語れるが特別にショートでいこう。壮絶な決闘、殴り合いの結果、最後に立っていたのは俺だった。そう、教訓はこうだ。強欲は全てを破滅させる――」
――……私は、芝居がかった語りの相手を、振り返った。……。
「どうした固まって」
「――長く役立つ教訓ですね。いえ、ファッションの方向性を聞いていませんでした。派手にカラフルでいきます?」
「いや大事なのは統一感でね?」
そうか。お洒落さんだ。私はプロペラのついた帽子を棚に戻した。
やや考えた様子の有権者の彼は再び口を開く。
「帽子とネクタイと靴で、同じ色味のを頼むよ」
俄然、選択肢が絞れた。が、しかし。うーん……。
「お相手の好みはありますか」
「……おお……」
「貴方の普段の服装はどのような……」
「おおおー……」
どうも嬉しげに頷いている彼は、やがて言った。
「シックでクール!なイカすのが良いかな」
了解した。告白にはとてもいいと思う。
黒のハットと、黒のネクタイ、それから黒い靴を選んだ私は、彼にそれを手渡した。
それらを身に着けた彼の印象は、かなり変化した。普段の様子は分からないが、告白の真剣さが伝わるファッションだと思う。
「――よし、助かったぜ。投票用紙をくれ」
「もうよろしいのですか」
目を瞬かせる私に、彼は笑った。
「十分だ。ほら」
さらさらと記入された紙が、折り畳まれて返ってくる。
「――んじゃ、行ってくる!アンタも頑張れよな」
「ありがとうございます。貴方もご武運を」
私は、意気揚々と歩いていく相手を見送った。
……、……。
…………、…………。
「――俺の気持ちを伝えに来たんだ」
「まぁ。アナタって……天使か何かなの?すてき」
「OKてこと?……いやぁまだまだイケるな俺!」
気になってちょっと遠くから見ていたところ、告白はどうやらたぶん成功……した様子。
馬に蹴られる前に退散しよう。よかった、お幸せに。
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村を歩き、続いて釣りをしている有力者を発見した。
赤いチェック柄の帽子を被った人物だ。地面の端に腰を下ろして、下の暗闇に向かって釣り糸を垂らしている。
事情を話すと、彼女は明るく頷いた。
「友達を助けたいってことだよね?いいと思う!でもタダで書いちゃダメで……あ、じゃあ丁度良かったかも?誰かの手を借りたかったんだ。わたしをちょっと手伝ってくれれば必ず票を書くよ」
彼女は持っていた釣り竿をこちらに見せた。
「つまりさ、釣りに付き合ってくれない?いや、釣ってってことじゃなくて、横に居てってことなんだけど」
「それで良いのでしたら、喜んで」
「助かるよ!」
嬉しそうな彼女は、私が隣に寄ると話し始めた。
「釣りをしても、毎回居眠りしちゃうんだよね。……そこでアナタの出番だ!わたしがウトウトし始めたら、突っついて起こしてくれない?」
「わかりました」
「ありがとう。すでに眠くなってきたかも」
頷いた次の瞬間には、彼女は眠たげな声を出していた。すぐに船をこぎ始めたので、慌てて肩を叩く。
「おお、ありがとう」
「いいえ……」
私は、地面の端っこに座る彼女の、宙に投げ出されてぷらぷらしている足を見た。……とても不安。何かの間違いで驚かしてしまったら、そのまま落ちてしまいそうだ……。
「いつも釣りをしていらっしゃるんですか?」
「ん?ああ、釣りは最近始めたんだ。まだ何も釣れたことないけど」
そうなのか……ここ数日こんなドキドキすることをやっているのか……。
「あとはダンスしたり走ったり家を建てたり……編み物とか染物をしてるひともいるけど、個人的には体を動かしてる方が好きかな。釣りも、もっとアクティブだと思ったんだけど、待ってる時間の方が長くて。昨日もその前も、そのさらに前も、何も釣れないし」
会話をしつつ、しばらく緊張感のある時間が続く……。
「――……あの、もう少しだけ、内側に寄って座りませんか」
「んえ?そう?なんで?」
「竿を引っ張るときに、踏ん張れるように……」
「そう?そっか!」
座りなおした彼女と、更にしばらく会話をしながら待つ……。
……、……。
いくらか経って、ため息が聞こえた。
「……うーん、釣れないな。今日も変わらない日になりそうだね」
大きく伸びをした彼女が、こちらを向く。
「でも助かったよ。投票用紙を貸して」
さらさらと紙に書きつけた彼女は、私にそれを手渡した。
「ありがとうございます」
「いいや、こちらこそ――」
突然、彼女の持っていた釣り竿が、ぐんとしなった。
「――わっ、掛かった!これ大き、……あっ」
あっ!?!?
まてまてまて落ちる!!!!!
思わず飛びついて、彼女の腰を掴む。体がぶつかって、その拍子に彼女の手から釣り竿がすっぽ抜けた。
ものすごい勢いで下に引っ張られていった竿が、あっという間に、見えなくなる……。
……、……。
我々はしばらく、その暗闇を見つめた。
落ちた竿が底に当たった音さえ聞こえない。怖い。
「わぁ……。……ええと、助けてくれてセンキュー。わたしが釣られるところだった」
「いえあの、ご無事でよかったです。……釣り竿のことは、残念でしたね。すみません」
「いや、まさかぁ。竿なんかいくらでも作れるよ。危ないとこだったぁ」
「……今度は、その……命綱を付けるのが良いかもしれませんね。ロープがたくさんあるのなら、そこらの小屋の柱などに結んで」
「そうするよ。吊り橋用の余りがあるはず」
彼女は頷いた。
「ものすごく助けてもらっちゃったな。何かあったら力になるよ、声かけて。……あぁちょっと待って、さっきの紙もう一度貸して?」
手渡した投票用紙は、さらさらと何かが書き足された。
「――はいどうぞ。続きの票集めも、頑張ってね」
「はい、ありがとうございました。お気をつけて」
片づけを始める彼女に手を振って、次の有力者探しに向かうことにした。
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最後の有力者は、料理をしていた。
紫色の帽子の彼は、焚火の炎でぐつぐつ煮える鍋を、真剣に見ている。
……彼に声をかけると、ふ、と短い笑いが返ってきた。
『
――英語じゃない!!
賛成票獲得までの高い壁を感じ、私は身構えた。
何を言っているかはわからないが、聞いた感じ、スペイン語とかそのあたりっぽい。アミーゴとかアサシーノとか聞こえた。上の階で翻訳してくれた端末は今ないので、自力でできる範囲で頑張るしかない。
「ろ、ロシエント……私は、スペイン語が、わかりません」
「……」
相手はちょっとため息をついた。
「――話は聞いている。罪を犯した友達のために俺を説得にきたんだな?」
英語も話せるひとだ!助かった!でも立場は懐疑的らしい!
「はい、いいえ!濡れ衣を着せられた友達を、助けたいんです」
「ああ、そう。で、あの新入りの無実を信じてるアンタは、俺の賛成票が欲しいんだろ?」
「はい」
目の前の彼は、他の有力者と違って特段協力的でもなさそうだ。
出方を伺う私の視線の先で、彼はやや面倒そうに話し始めた。
「まぁ、他の奴に倣って頼み事をするか。……秘伝のジバニウム料理を作っているんだが、材料が足りない。俺は手が離せないんで、調達してきてくれ」
緑の手が、近くの地面にある物を示す。明るいピンク色の丸いそれは……なんといったらいいのか、地面と同じような質感だが謎の物体だ。
「それを、10個集めてきてくれ。頼んだぞ」
これまでの探索で、同じようなものをいくつも見ている。私はすぐに頷いた。
村のあちこちに点在している食材を拾っていく。村が全体的に緑色なので、ピンク色の塊は遠くからでも見つけやすい。
採取する際の感触は、地面から直接生えている感じだ。なんなのだろうか、これ。植物?キノコ?
割とサイズがあるので、5つも持てば抱えきれない。一度、料理をしている彼のところへ手渡しに戻った。
「――ん?早いな」
渡した食材は、手際よく鍋に放り込まれていく。
「その調子だ。続きもよろしくな」
揺れる鍋の中身は、緑から少し変わった。棒でかき混ぜられた液体から、もくもくと湯気が立ち上っている。
「……気になるのか?」
声を掛けられて、はっとする。つい長々と見つめてしまった。
「ええと、はい。……街では、料理を見かけなかったので。市民が口にしていたのは、棒付きキャンディでした」
「へぇ。まぁ効果も味も保証されてるそれが良いかもな」
鍋をかき混ぜ続ける彼は、変わらぬ調子で続けた。
「妙なことやってるって、向こうでよく言われたよ」
――しばらく鍋と彼を見比べて言葉を探していた私は、「ほら続き」と彼の手で追い払われた。
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「あの、もって、きました。残りです」
大急ぎで取ってきたピンクの食材を5つ渡す。息を整える私を横目に見た彼は、妙な表情をしつつ鍋にそれを追加した。
湯気が濃くなる。どことなく色味が紫っぽいような気がしないでもない。
「……よし、まぁ十分だろう。紙をくれ。票を書く」
手渡した紙がさっと記入されて、すぐに返ってくる。
お礼を言って受け取ってから、呼吸の落ち着いた私は再び声をかけた。
「それ、どんな料理なのですか」
「……。スープだ」
「秘伝の。ジバニウム味?」
「そう、秘伝の。……レシピは教えてやらないぞ。第一、人間のアンタには食えない」
「はい。……レシピは貴方が?」
「まぁ、色々試した。まだ飴には敵わないだろうが」
その目はじっと鍋の中身を見ている。
「最初から無理ってただ座ってるのは、ナンセンスだったしな」
私は大きく頷いた。
「食べられないのが残念です。……きっと、とても美味しいのでしょうね」
……本気で言ったのだが、相手は呆れた顔でこちらを向いた。
「あぁどうも。……次に行ったらどうだ?友達が待ってるんだろう」
ごもっともだな!
「行ってきます。ありがとうございました!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
投票用紙三枚を携えた私は、村長と“ぼく”のもとへと戻った。
終わってみると、有権者に”ぼく”の無実の説明をしたというより彼らの手伝いに走った印象だ。
「おや、集まったようだね。では始めようか」
そわそわした様子の“ぼく”と目が合い、私は頷く。彼の肩からはちょっと力が抜けた。
私と“ぼく”が見守る目の前で、村長が開票を始める。
村長にだけ見えるように開かれた紙が、順に読み上げられる……。
「――反対」
「えっ」
あれっ。
驚いて無言の私と対照的に、“ぼく”が声を上げて私と票を二度見している。
村長がどんどん次を読み上げる。
「――反対」
「ええっ」
あれっ?
「――反対」
「えええ!」
そんなばかな???
手ごたえと結果が違いすぎる。私の頭の中で、票を書いてもらった時の記憶がよぎるが……やっぱ手ごたえと逆だな???あれ???
思わず票に目を向けるが、村長はすでにそれを小さく折り畳んでいる。
開票中に何度もこちらを縋るように見ていた“ぼく”が声を上げた。
「何があったの?!ぼくもう出られないの???」
泣きそうな声だ、つらい。
私は揺れる気持ちを押さえ、努力して冷静に挙手をした。
実感と結果が違ったのなら、自分の考えとは異なる仕組みがあったはずである。今度はそれを見極めなければならない。
「この結果は……私の不徳の致すところであって、彼の罪の有無とは関係がありません。もう一度、機会をください。力を尽くします」
「あっ、まって!?きみばっかり無理することないよ!」
ぶんぶん首を振る“ぼく”と若干語尾の震える私を見て、村長はというとやっぱりのんびり言った。
「まぁそう慌てず。方法がある」
藁にもすがる思い。心して聞く私に、彼は言った。
「――人間のキミ。隣村に行って、彼が放火をしたのではないと証明するため調査しよう。もちろん、私も行くよ」
「ぼ、ぼくもいく…!」
「キミの方はお留守番ね」
P1:ジバニウム村に突然落ちてきた人間。現時点で所属不明。村長は頭をひねった。
*クエストだ、進めろ
青い声の主:言われた通りにちゃんと待っているが、思うところはある様子。自分の姿絵が村にあることをまだ知らない。
村長:ジバニウム村の最高齢。他の村民よりちょっと物知り。
服持ちの村民:視力は良くないが見る目はある。気取り屋だがキメきれないことしばしば。
釣り人の村民:スローライフを満喫。危機察知はいまいち。タスクに追われずのびのびしている。
料理家の村民:秘伝のジバニウム料理(効果不明)を日々作っている。新たなレシピも色々試し中。