気が付いたら幼稚園らしいけどここ暗くないか??? 作:ぱんのみみ。
前回のあらすじ
村長と共に火事のあった隣村に向かい、調査を行う。外科医からの追っ手と遭遇するが、撃退。村長からの信用を得る。道中の吊り橋を落として、はじめの村に戻った。
「あの日、キミたちが消えた後の話を、する必要がある」
村長は、私と“ぼく”を、とある場所に連れ出した。
村の一角。
以前私が村を回ったときにも目にした、マスコットキャラクターが並ぶ絵の前だ。
村長は話し始めた。
「あの大規模なCaseの収容違反が起こった後……我々はしばらく、個別の部屋に閉じ込められた。何も知らされなかったけれど、私は一度だけシックスと話せたよ。彼は……キミたちが本当はどうなったかの秘密を教えてくれた」
……あの日クローゼットの前で別れたあと、シックスは仲間を頼って事情を共有できたようだ。
無言で耳を傾ける私の横で、真剣な顔の“ぼく”がそっと口を開く。
「……隠れたぼくと“わたし”のこと?」
「そうだ。“ぼく”の中から“わたし”がもう消えてしまうこと。そのあとすぐに目覚められるか分からない“ぼく”を、研究者から隠し通すこと。……シックスと“ぼく”、どちらも再利用されずに済むようになる、その時まで」
……ふと私は、暴走する蛇のCaseに立ち向かうその背を思い出した。同じように仲間を守ろうと、彼は奮闘したのだろうか。シックス……。
「自分が大人たちにも話ができるリーダーになって、君たちを迎えに行くんだ、とね。でも、そうはならなかった」
「……うん。シックスは、ぼくらのこと、覚えてないみたいだった……」
「――やはり、そうか。……しばらく経って、彼にもう一度だけ会った時。彼はもう、我々の知るシックスではなかった。自分を人間だと言い、我々を知らない実験Caseとして扱った」
――その先は、私も知る「ウスマン」と名乗るようになった彼へと続くのだろう。
「それでもシリンジョンは、シックスをリーダーとすることを、諦めなかったようだね。キミの存在は……やがて研究者たちからも忘れ去られて、歴史の闇に埋もれた」
村長は、目の前の姿絵を見つめた。
「でも、我々は、知っている。キミが自分の全身を見たことがあるかは分からないが……。この絵の真ん中に描かれているのが、キミだよ」
“ぼく”の視線が、絵の中央に注がれる。
シックスとよく似た大きさと形、違う色の、その姿を。
「これがぼく……。隣に居るのは……セブン?それから、周りが……ぼくの、仲間……?」
「そうだね」
村長が、ゆっくりと頷いた。
「……キミの名は、フランボ」
静かな声が告げる。
「シックス――バンバンである彼の後に生み出された、もうひとりのリーダーの器だ」
「……ぼく……。ぼく、は…………」
彼の声は揺れていた。
彷徨うその視線が、私を向きかける。
しかし、そうと思ったのは一瞬で、私が反応するより先に、彼は頭を振って村長に向き直った。
「……すこし……ひとりで、考えさせてほしい……」
“ぼく”の返事を、村長は穏やかに受け入れた。
「もちろんだ。……ところで“わたし”。キミも当然疲れただろう。小屋で休むと良い。キミと話をしたい者も、そこで待っているよ」
…………。
隣に居る青い彼に向けて、色々な言葉が思い浮かんでは、どれも今は適さないと泡のように消えた。
「……はい。わかりました」
私の出る幕では、ない。必要なタイミングでもない。
――あぁ、でも、せめてこれだけ。
「……向こうに居るね。貴方が話したいとき、いつでも話を聞くよ」
「――うん、ありがとう」
絵の前に立つ青い背を気にしつつ、私は静かに、小屋に戻ることにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
村内を歩いて、はじめに目を覚ました小屋がある浮島へと足を進める。
私と話をしたいと言うのは、一体誰だろうか。
扉を開けると、見覚えのある姿が見えた。その橙色の相手は……。
「――スティンガーフリン……!」
敷物の上にちょこんと座っている彼は、その一つ目で私をゆっくりと見た。
「我々はいつも、最も悪いタイミングとあり得ない状況で出会うことになるようだな」
相変わらずのようだ。調子はいつも通りそうで何より。
以前より更に小柄になっているようで心配だが、大きな怪我はなさそうだ。
「ご無事だったのですね。貴方はなぜこちらに……?」
「……監獄にはいられない。お前の後、同様に追い立てられた末にここへ辿り着いただけのこと」
彼は、億劫そうに横を向いた。その視線の先にあるのは……鞄……。私が監獄に置き忘れたリュックだ!?
「も……もってきて、くださったのですか?あの、ありがとうござい、」
「中を確認しろ」
「……はい……」
遮られたが否定しなかった……。
私と会うのはいつもあり得ない状況だと言いつつ、わざわざ監獄から運んでくれたのだろうか……。そのリュックと同じか少し小さいくらいのサイズの体で……。
スティンガーフリンを気にしつつ、リュックから中身を取り出して並べる。
ドローンのリモコンや、報告書、帽子やクレヨン、カトラリーやナイフなど、道中で拾ったもの……無くなっているものは、何もない。
橙の腕が、床に置かれた携帯端末を示す。
「バッテリーは」
「ええと……50%ぴったりです」
以前彼に見せたときのような、細かい数字ではない。
あの時に彼へ質問したことを、気にしてくれているのだろうか。
スティンガーフリンは、じっと端末を見つめた。
「以前も言ったが、それは分母が100でないものを百分率で示している。お前が医療ベッドで外科医に昏倒させられてから、4.6875ポイント……つまり64分の3減った」
黒い瞳が私を向く。
「私がこれを拾ってから、見ていた限り端末は一度も使われていない。減少の理由に心当たりはあるか」
「……ス、スリープ時でも使われているだろう電力……では、ないかもしれない、ということですね?」
「お前が私に『この数字は何か』と問いをした。問題を矮小化することがお前の望みか?」
「い、いいえ!」
「では可能性を考えろ」
う、うーん……?そうは言われても……。別にバックグラウンドでアプリを動かし続けているわけでもカメラをONにしっぱなしにしているわけでもないし……。
スティンガーフリンの黒い瞳が、私を見つめている……。
「これはお前の所有物か?」
「ええと…所有権が自分にあるかと言われると微妙ですね。でも最初から鞄の中にありました」
「最初。……気が付くとこの施設の上階に立っていた、と言ったな。その時点で持っていたか?」
「はい。鞄を持ってそこに居ました」
「はじめ、数値は100%だったか?」
「はい」
圧のあるアキネーター……。
「……数値の減少は、端末本体の使用頻度に連動していない。この表示は何か別の――」
そういうことなのか……。じゃあこのパーセント表示は、純粋にこの端末の残り電力を表している訳ではないということ……?なぜ???
彼はやや考えるように、視線を動かした。
「お前、何か……あれから3の数、消費しなかったか?」
3の数?
「あるいは最初に64の数、その倍数でもいい、持っていたものはないか?」
まさかそんなに大量のものを持っていたわけ……。
「初めからすべてを振り返れ」
スパルタだ……。
この施設で目が覚めてから、色々ありすぎてもはや遠い記憶である。
消費したもの……。
「……棒付きキャンディ……は、あれから消費しましたが。3の数ではなく2本ですね。……持ち物全体からの消費した物の数である線も、なさそうだと……」
「具体物の数とも限らない」
また難しいことをおっしゃる!?
総数が64かその倍数……?そんなに大きな数……?
「時間……数値が減少しているなら……タイムリミット?私がここにきてから32時間が過ぎているかどうかは……かなり気絶を繰り返しているので何とも言えませんが」
「単純な時間経過を表しているなら、値の減少速度は一定であるはずだ。お前が施設に来てからこれまでの経過時間を64分の32だと仮置いても、前回に54.6875%の表示を確認してから現在の50%になるまでに経過した時間は、64分の3には相当し得ない。よって異なる」
すらすら言われたが、数字がごちゃついてきた。
時間経過では説明がつかない減り方だ、ということなのか。スティンガーフリンが言うならそうなのだろうな……。
うーん……?減ったもの……消費したもの……?ここにきてから拾い物は沢山したが……。
しばらく頭を悩ませるが、それらしい回答はなかなか思いつかない。
スティンガーフリンは、やがて息を吐いた。
「いつまでもこうしていても仕方がない。……一度思考を切り替えよう。つまり、また、お前に見せるべきものがある」
する、とオレンジの腕が私の額に伸びる。
「確かめることもある」
おなじみの電気がはじけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気が付いたとき、私はビーチに居た。
白い砂浜と、穏やかな波。暖かい日差し。
いつぞや見た、小島の海だ。
私は隣にいるスティンガーフリンに問いかけた。
「……ここは、貴方の精神世界ですか?私に見せたいと言った、いつもの予言のような幻覚ではなく?」
「そうだ。そして後者は今から見せる」
ええと、と私は再び持ち上げられたオレンジの腕をじっとみた。
「……なぜ精神世界を一度挟んでから……」
スティンガーフリンは静かに言った。
「知っての通り、ここに居るとき、お前の体は眠っている」
はい。
「今ここに居るお前という精神は、表から引っ込んだ状態だ、と言える」
はぁ。
「この状態で幻覚を見せると、お前の意識はもう一層深く潜り、二重に内側へ引っ込むことになる」
はい……?そう、なんですね……?
「――私は、前回も浮かび上がってきていただろう方に用があるが。お前はお前に必要なものを見るといい」
目の前のスティンガーフリンの腕から、電気がはじけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気が付いたとき、私は荷車に乗っていた。
煉瓦積みの狭い通路を、ゆっくりとどこかへ進んでいる。上から微かな陽光が降り注ぐ。
今度こそ、スティンガーフリンが見せる幻覚だ。
前回の幻覚のときも思ったが、やっぱり……異様に……眠い……。最初に幻覚を見せられたときはそうではなかったはずなのにな……。
視線を動かすのも億劫な眠気だ。体が重く、まともに動けそうにない……。
「――おはよう。新たな一日、そして始まりだ」
目の前に居る、赤い姿……ウスマンから、声を掛けられた。私と同様に、荷車の縁に腰かけている。
他にもいるメンバーは……ナブナブ、寝ているオピラバード、キャプテンフィドルズ、スティンガーフリン……いつもの面子だ。
私と同じくらいの背丈になっているフリンが、ウスマンを重苦しく見やる。
「黙らないか」
さっそく機嫌が最底辺だ。先行きがよろしくない。
「僕らはどこに連れて行かれるんだろうな、スティンガー」
「全くわからないから、黙れと言ったんだ」
ウスマンの質問が無意味だから、先んじて『口を閉じろ』と言ったということ……?先手が過ぎる……。
眠気に口を動かすこともできないまま、私は彼らのやり取りを聞く。
スティンガーフリンの重々しい声は続く。
「しかし……率直に言えば、どうやら我々は、これで終わりのようだ」
「なんだって?……こんな死に方をするなんてな。もっとドラマチックだと思っていた」
ウスマンが小首を傾げた。スティンガーフリンはそれを半眼で見やる。
「死ぬこと自体は大した問題ではない。しかしお前と共に死ぬのは避けたい事態だ」
「悪かったね。僕は君たちと一緒で嬉しいけれど」
ウスマンがさらりと言う。声に深刻さがないので、本気かどうか判断がつきづらい。どうも事態に反して落ちついた調子に聞こえるが、彼はもともとちょっと鷹揚だったかもしれない。
「一緒にビーチ探しをしたのは楽しかったな。君はどうだろうキャプテン、僕らは処刑されるわけだが、うれしいかな?……キャプテン?」
ウスマンの視線の先で、キャプテンはパタパタと足を動かしている。相変わらず、無言だ……。
「……キャプテン、君が脱税さえしなければ、こんな窮地には……」
――マスコットに納税の義務が?どこへ何税を??出国税とか???
猛烈に質問をしたいが、私の口は相変わらず動かない。歯痒い。
どこか遠くで、何かの鳴き声が聞こえる。
視界はどこかセピア色で、そうして世界は少し遠い。
「ついたな」
スティンガーフリンの言葉の通り、目的地にたどり着いたようだ。
処刑人――斧を持ったダダドゥー卿の前で、荷車が止まった。
私の眠気や重たい感覚と関係なく、私の体はそうするのが正しいかのように荷車からさっと降りた。
処刑人が口を開く。聞き慣れない低く静かな声が告げる。
「最初はその子猿からだ」
指名されたキャプテンと、私の目が合う。無言の彼が、すぐに前を向き直り、進み出す。
彼を引き止めたい意思に反して、私の体はそれをただ黙って見送る……。
「だめだキャプテン!代わりに僕を連れて行け!」
「やめておけ。もうできることは何もない」
ウスマンの声が聞こえる。スティンガーフリンの諦めたような制止の声も。
……これは果たして何を意味するのか?
ぐるぐると考えが巡る。体が動かぬまま、思考が高速で回る。
小さな台の前で、キャプテンが跪く。処刑人が斧を振り上げる。
やめてほしい。どうにかして止めたい。しかし体は動かない。
焦燥する私をよそに――――――勢いよく振り下ろされた斧が、キャプテンの首……には当たらず通り過ぎた。
なにせ彼は胴と頭がほぼ一体化している。首に相当する部分はない。ついでに小柄な彼は、頭を乗せるための台には届いていなかった。
すこん!と間抜けな音を立てて、斧の刃はキャプテンの頭頂に掠ることもなく、木の台に突き刺さった。
……、……。
「……あぁ、そこは、頭じゃない……」
「ツイているな」
ウスマンとフリンが小声で言いあっている。
――だめだ、シリアスな空気だったと思ったのに、考えがまるでまとまらない。なんだこの幻覚は?
誰かツッコミ役がほしい。おそらくビターギグルあたりが良い。彼ならやってくれる。
「……?空に何かあるぞ」
「……はぁ、またか」
弛緩した空気の中、ウスマンとフリンの声に周囲の視線が空へ向く。
晴れた空の向こう、何か黒い影が浮かんでいた。うねるその影が、急激にこちらに近づいてきている。
――それが、いつぞや見た山羊頭の蛇だと思った時には、その巨体は我々に突っ込んできていた。
轟音。
暗転。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
目が覚めると、小屋の中だ。
……。
なんだったんだ今の幻覚は……。ま……まるで意味がわからない……。
『我々は終わり』と言うスティンガーフリン、『代わりに僕を』と言うウスマン、断頭しようとする処刑人、襲い来る巨大な影、脱税したキャプテン……??
どう読み取っていいか本気で悩むが、やっぱりどうも危機的な何かを伝えているように……思えなくも……ないかも……。
私は頭を押さえつつ、起き上がる。
目の前には、スティンガーフリンが居た。
彼は、電気ショックのリモコンと携帯端末を腕に抱えて、じっとこちらを見ている。
「お……おはようございます……」
私は姿勢を正した。
「ええと、幻覚はちゃんと見ましたが。こちらでは何かありましたか……?」
「寝相は最もまともだった」
ええ……。良く寝てたってこと…?
上下がひっくり返ったり近くのひとを蹴っ飛ばしたりしてないならまぁ良い……??
スティンガーフリンは、携帯端末を私に突き出した。……バッテリー表示は変わっていない。
「何もしゃべらなかったし動かなかったということだ」
酷い寝言も寝相もなかったらしい。
「それは……貴方にご迷惑をかけていないのであれば、良かったです」
――はぁ、とスティンガーフリンはため息を吐いた。
それきり口を閉ざした彼はそっぽを向く。
……うーん。幻覚は相変わらず読み取りにくいので今後のヒントになりそうな、ならなさそうな……。そして結局、タブレットの謎は謎のままだ。
しかし手掛かりになりそうなものは、スティンガーフリンとの会話で沢山もらった気がする。あとはそれらがぴったり繋がりそうなことが思い浮かぶか否か……。
頭をひねるが、良さそうなアイデアは思い浮かばない。何か糖分が欲しいところ、……?
――そういえば、と私は気が付いた。
謎の幼稚園施設を進んできたが、今まで何も口にしていないにも関わらず、耐え難い空腹や渇きには襲われていない。
疲労や怪我が、やり直しが発生するたびにその時点で解消されていることを考えると、それらも同様にリセットされているのだろうか。
以前は、『謎に五体満足の健康体から再スタート』『そういう仕様なのだ』と深くは気に留めなかったが……。
どういった仕組みで、私はここに居るのだろう。
……。
……消費……したもの……。
…………。
私は、鞄から目当てのものを探った。――あった、ナイフだ。
後ろの首筋に手をやって、髪を持ち上げた。
指で髪を一つまみだけして、その根元から少し離れた位置に慎重に刃を押し当てて動かす。
小さい毛束ができた。いつぞやのガーランドの紐できつく一纏めに結んで、リュックの底にしまっておく。
指先で触ったうなじは、ほんの少しの範囲だけチクチクする。外からは見えないが、触れば髪が切られていることがわかるだろう。一応、端末で写真を……画面が見えないのでちょっと苦労しつつ、髪を持ち上げてうなじを撮っておく。
一通り終わってから、私は横に居る橙色の相手に目を向けた。
「――スティンガーフリン。私は今、髪を切りましたよね」
「……」
私の行動を無感情に見ていた彼は、無言で頷いた。――よし!
あとはタイミングが来たら確認すればよい。経験から考えれば、やり直しが発生したあと髪の長さは元に戻る気がするが……問題は、切り落とした髪の方だ。
次こそ、少しは自分の体に起きる現象について理解できるだろう……きっと……たぶん……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
トントン、とノックの音が響いた。おや、と顔を上げてそちらを見る。
「――はい。開いています」
返事の後に扉が開く。
「……あ、目が覚めたんだね!」
ひょいと顔をのぞかせたのは“ぼく”だった。
「きみ、よく眠っていたね。少しは休めたかな」
「うん、ありがとう」
私は返事をしつつ、小屋に入ってきた彼を見た。元気溌剌とまではいかずとも、調子は戻ってきているようにも見える。少なくとも思い詰めてはいない様子だろうか。
彼は、続いて私の横の相手に話しかけた。
「それから、さっきはありがとう。スティンガーフリン」
「礼を言われることはしていない」
「ううん、ぼくにはありがたかったんだ。……あれ、どこかへ行くの?」
扉の方へ動き出したスティンガーフリンが端的に返事をした。
「用事がある」
「そうなの?……村長さんが、きみと話せたらいいなってさっき言ってたんだ」
「そうであるだろうと、今向かうところだ」
「――お送りしましょうか」
「必要ない。……別の必要なことに時間を割くと良い」
さようで……。
いってらっしゃい、と我々は彼を見送った。
体と同じく小さな歩幅の橙の姿が見えなくなって、扉をしばらく眺める。
「……“ぼく”は、スティンガーフリンともう会っていたんだね」
「うん。きみはまだ眠っていたけど、さっき一度ここに来たんだ。そのときに話した。ぼくと、きみ、今までのこと……」
扉のほうを向いたまま、“ぼく”は言った。
「ぼく……ぼく、色々考えたんだ。シックスのことも、自分のことも……」
前を見るその黒い瞳は静かだ。
「ぼく、長い間あのクローゼットで眠っていた。起きた後もずっと隠れていたし、その間に外では色んなことが起きて、たくさんの時間が流れていたんだね」
「……」
「自分の名前をやっと知った。『フランボ』……。ぼく……ぼく、何も知らなかったね」
「……今知ったし、これからだってたくさん知っていけるよ」
「……ふふ、そっか。そうだね。ねぇ、“わたし”――」
声が一度途切れて、彼はゆるゆると首を振った。
「――ううん、“レイ”。ありがとう、名前がないぼくを、“ぼく”と呼んで守ってくれたきみ。ねぇ、ぼくの名前、呼んでくれる?」
「うん。フランボ。すてきな名前だね」
「……うん。ありがとう」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「――なぁ、もういいんじゃない?」
「だめだよ、まだ大事な話、してるっぽい!」
「……俺要る?やっぱ帰っていいか?」
「なんでだよ気になってたろお前も!」
漏れ聞こえてくる声に気が付き、私はそちらに視線を向けた。
小屋の入り口の方から声がする。しかも閉まった扉はちょっと揺れている。
「取り込み中なら後でもいいだろう」
「えーっここで待ってようよ!」
「そーだそーだ!」
「――まどろっこしいな。お前ら開けるぞー」
「あっ」
ノックの音と共に開かれた扉から……村民が雪崩れてきた。有力者たちだ。重なって扉前に倒れた3名の彼らの後ろから、ダイブ好きの彼が片手をあげる。
「よぉ」
目を瞬く私とフランボをよそに、倒れていた彼らは一拍後に起き上がって、こちらに近づいてきた。
「……話しかけていい?もう話しかけていいよね!?わー久しぶりー!わたしのこと、覚えてる!?」
「あっズリィ!久しぶりだなルーキー!チャレンジャーな船乗りだった俺のことはもちろん覚えてるよな!」
ぱっとフランボの瞳が輝く。
「……もちろん!みんな背が伸びたね!」
「おうとも!――それからこっちの斜に構えてる奴のことも覚えてるよな!」
「おい言い方」
「課題を頑張ってたピカピカの子だ!」
「――……。あー、久しぶり、だな」
「うん!」
一歩下がって見守ろうとしていた私は、ダイブ好きの彼によって前に押し出された。
服屋に居た有力者……いつぞやの船乗りだった彼が、ぱっと私を向く。
「――それからそっちのルーキーも!さっき村長たちに話をちょっと聞いたぞ!よくわかんないけどすっごいな、人間になったのかアンタ!……どういうこと???」
思わず笑ってしまった。
「ちょっと違うけどそうかも。……実はもともと人間だったんだ」
「もっとどういうこと???」
「ねぇねぇ、わたしもよく分かってないけど、でも……あの時わたしの宿題を手伝ってくれたの、あなたのほうだよね!」
「……あー、まぁお前ら、積もる話もあるし、座って話さないか?」
懐かしい面々との会話は、なかなか尽きることはなく。
やがてスティンガーフリンが村長と共に小屋に戻ってきたあとは、彼らも巻き込んで、長い話が続いたのだった。
P1:世界と自分の謎が混線している。
*……意識ある状態でも操作可能な方法を得た今、他者に看破されるリスクのある試行を再度する理由がない。対話の必要もない。――もう5割しかない。進め、余計なことをせずに。
橙のクラゲ:一度手を着けたことは余程の理由がない限り投げださない。相手を刺す文句は言う。
青い声の主:真名解放。赤い友達と自分の立場について知っていたが、自分が隠れた結果がどうなったのかを今回改めて考えた。このあと昔からの友達たちに、話の中でたくさん名前を呼ばれる。
村長:話をするために、いつか来るかもしれない青い友をずっと待っていた。ようやっと肩の荷が1つ下りそう。
あの頃ブロブだった村民たち:昔の友達が、ふたりに分かれて戻ってきた。片方は人間らしい。なんで?まぁ理屈はなんでも良いのかもしれない。したい話がたくさん。