基本的な話となると鳥ポケモンと戦う時一番厄介になる点は『相手が飛べる』ということだ。
上を取られるというのは無条件の不利であり、リアルポケモンバトルにおいてもこれは例外ではない。
ゲーム時代において飛べるからどうした、という話ではあったが現実的において飛べるというのはそれだけで優位なのだ。
オニドリルという種は進化前のオニスズメと異なりより飛行に特化した進化を果たす。
何せ図鑑説明によれば丸一日飛び続けることができるほどの持久力と飛行能力を有するのだ。
これだけでハッサムにとって無条件の不利だ。
何せハッサムの羽は排熱をするための機関であって基本的に飛ぶことはできない。思い切り羽ばたかせればバランスを取るくらいの役には立つかもしれないが、飛び回る相手を捉えるのに役立つような能力は無いのだ。
不幸中の幸い、というべきかオニドリルには遠距離から攻撃できる手段がないようで、常に攻撃は急上昇からの急降下から始まる翼やクチバシを使用した物理的な攻撃ばかりだ。
だが上空から凄まじいスピードで降下しすれ違いざまに攻撃してくるオニドリルを上手く捉えることは中々に困難だった。
「……ッサム!」
シンプルにスピード負けしているというのはスピードアタッカーだったストライクの頃には経験したことのないものだったが、それでもこれまで数度の攻撃を上手く受け流しほとんどダメージも無くやり過ごしているのはストライクの頃には無い装甲のような甲殻のお陰であるのもまた事実だった。
ハッサムの圧倒的物理耐久能力を前にオニドリルでは打点が足りない。
ハッサムがシンプルにスピードが足りないのならば、オニドリルはシンプルに火力が足りていない。
ハッサムは上手く相手を捉えられないことに苛立っているが、オニドリルは相手に痛打を与えた手ごたえがまるでないことに苛立っている。
我慢比べのような状況、けれど状況は少しずつだがハッサムに傾いていった。
「ッサム!」
「ラァァァ!」
交差の瞬間、ハッサムの右拳がオニドリルを掠め、オニドリルの翼がハッサムを打ち据える。
先ほどまで掠りもしなかった攻撃が今掠ったことにオニドリルは驚愕し、ハッサムは徐々にオニドリルのスピードに慣れてきたことを自覚する。
逆に『つばさでうつ』ことでハッサムにダメージを与えたオニドリルだったが、けれどその攻撃はハッサムが胸の前に構えた左拳に防がれていることでほとんどダメージとはなっていない。
左拳による防御、右拳による
ハッサムのやっていることはシンプルだ、シンプルだがその右拳は当たればタダで済まない威力を感じさせるし、その左拳の硬い守りはオニドリルの攻撃をことごとく防いでしまう。
あの左拳の守りを突き破るだけの突破力が無ければこのまま持久戦をしていても先にハッサムの拳がオニドリルを捉えるほうが早いだろう。
そのことにオニドリルが苦々しく思っているのと同時、ハッサムもまた空転する右拳に苛立っていた。
そもオニドリルと対峙する前、まだ作戦を決める段階でカナデに言われたことがある。
―――オニドリルの素早さを捉え、撃ち落とすならこちらも素早さが必要だよね?
何度も、何度も繰り返し突き出した拳。
ことごとく避けられ、1度は掠りこそすれどけれど直撃させることはこのままでは不可能だろうと予想するその拳を当てるならば何よりも速度ではなく、素早さが必要だ。
速いことと素早いことは似ているようで違うのだ、とカナデは言う。
―――飛ぶ鳥を撃ち落とすならば弾丸が必要だ。
例えスピードで負けていようと、けれどその上で上から殴ることができるのがポケモンなのだと。
この戦いでそれを身に着けろ、とカナデはそう言ったのだ。
故にハッサムはただ愚直なほどに拳を突き出す。
別にハッサムは他の技を使えないわけではない。
ストライクだった頃にはもっと他の技だって使えたし、今でも使おう思えば使うことはできる。
だが、カナデが言うのだ。
―――この技無くしてハッサムの強さは完成しない、と。
強くなりたい、そう吼えたストライクにハッサムへの進化という道を示したカナデがそう言ったのだ。
カナデは変なやつだ。ストライクだった時からそうだったし、今でもそう思っている。
ポケモンを対等に見る人間、ポケモンを心から愛している人間、そして
だがそれでも良い、そんなことはどうでも良い。
弱者であることを厭うたその時から、ハッサムは強くなるためのあらゆるものを欲した。
そしてこの山でストライクとしてカナデたちに敗北した時、トレーナーという存在を求めた。
そしてそのトレーナーが、自らを強くすることに力を貸してくれる存在がそれを必要なのだ、そう言ったのだからハッサムはそれを手に入れる以外の選択肢はない。
それは決して純粋な信頼ではない。
ハッサムはカナデを利用する、強くなるためにカナデの力が必要だからカナデに従うし、カナデの言う事も信頼する。
それは寧ろ私欲と言える。
けれど、それでも、ハッサムはカナデを信じているし、カナデもまたハッサムを信じていた。
ハッサムはカナデが自分を強くしてくれるという一点を信じ続けているし、カナデもまたハッサムが自身のエースとして最強になれると信じている。
そのためならカナデの群れの一員としてなれ合いだってする、戦えと言われればどんな強敵とだって戦う、例え負けても、負けても、負けても―――。
「
瞬間、振り抜いた拳が鈍色の光に包まれる。
空気を裂く拳が加速し、まさしく弾丸がごとく突き抜ける。
襲来するオニドリルが反応するより早く、速く、敏く、拳がその体を殴り飛ばす。
「ラァァァァァァ!!!」
悲鳴を上げながら吹き飛ぶオニドリルだが、即座に立て直して急上昇する。
遥か上空で佇むオニドリルの姿を見やりながら今はまだ手出しする手段がないと理解しながらもハッサムの脳裏では先ほどの感覚を反芻し続けていた。
ついに直撃したその一撃は決して浅くは無かったが、シンプルに威力が足りなかった。元より『でんこうせっか』と同じ威力の技だ、一撃で敵を倒せるような技ではない。
だがついに攻撃が直撃した、その事実にオニドリルは恐怖する。
勝てないかもしれない、そんな考えが脳裏を過った瞬間、咄嗟に逃亡という選択肢が浮かび上がって来て―――けれどそれを即座に却下する。
そんなことをすれば群れが崩れる、自身が作り上げてきた、育て上げてきたこの大きな群れが崩れる。少なくとも自身はボスとして見限られる。故にできない、それはできない、それだけはできなかった。
同時に決意をさせる。
最早自身の最強の一撃でかたを付けるしかないと。
大技というのはその威力に反して溜め時間や反動が大きくなる。
無防備に使おうとすれば溜め中にやられるし、外す……或いは耐えられでもすれば反撃できないまま殴られるだろう。
空中で溜めることでリスクの半分は解消できるとして、けれどオニドリルにはこの一撃でハッサムを倒せるかどうか確信が無かった故にこれまで使うことは無かった、だが滑空中にオニドリルを捉えられてしまった以上、危険を冒さなければ勝てる相手ではない。
それはオニドリルがこの群れのボスとして君臨できたが所以。
父親か母親か、それは知らないが親の片方からオニドリルへと受け継がれた『ひこう』タイプ最強の一撃。
空中で大きく翼を広げ、体内に残った『ひこう』エネルギーの全てを収束させていく。
2秒、3秒と無防備な姿を曝すが、空中のオニドリルを攻撃する手段をハッサムは持たないため互いが睨み合ったままにオニドリルのチャージは完了されて。
「ラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
大きく翼を広げて滑空を開始する。
そして咆哮と共に全身に収束させたエネルギーを纏い、ハッサムへと激突する。
“ ゴ ッ ド バ ー ド ”
猛スピードで落ちてくるその姿に、ハッサムが拳を構え……けれど足りないと直感する。
足りない、この右の拳だけではまるで足りない。
あの大技を撃ち落とすならもっともっと威力がいる。だがハッサムにそれだけの大技は無い。
ハッサムにはあの大技を迎撃する手段がない。
だから。
降り注ぐオニドリルの一撃に、ハッサムが両腕を交差させてガードする―――と同時、激突。
エネルギーが弾け、爆発する。
「ラァア……」
急激なエネルギーの消耗に、オニドリルが疲弊し着地する。
さしもの大技に飛びつつけるだけの体力が今のレベルでは無かった。
だがオニドリルの最強の一撃が当たったのだ、ただで済むはずがない―――そのはずが。
「ラアアアァァァ!」
吼えるようにオニドリルが悔しそうな表情を浮かべる。
その視線の先には両腕を交差させ『てっぺき』の守りによってオニドリルの技を受けきったハッサムがいた。
「ッサム」
無傷、と言うわけではない。ハッサムの側にもダメージはある。
だが明らかに戦闘不能にはほど遠く、ゆっくりと守りを解いたハッサムが拳を構えて。
“でんこうせっか”“バレットパンチ”
かき消えるかのような速度でハッサムがオニドリルの目の前まで接近し、文字通りの弾丸のような右拳が振り抜かれる。
頭を殴られ意識が一瞬低迷するオニドリルだが群れのボスとしての意地か、声にもならない声をあげながらハッサムのほうへと向き直り―――そこに振り抜いた反動を利用するかのようにして振り抜かれた左の拳が迫った。
「ラァッ!」
「ッサム!!!」
オニドリルがそれに対処しようとするより早く、弾丸の拳はその顔面を殴り飛ばし、ついにはオニドリルが崩れ落ち、目を回した。
群れのボスが倒されたことで、オニスズメの群れに動揺が走る。
「ハッサム!」
そして勝ち誇るかのように拳を突き上げたハッサムの姿を見て、群れが逃走を始めた。
* * *
「お?」
何やら戦況が変わった。
そのことに気づいたのは目の前でオニスズメが逃げ始めたからだろう。
先ほどまでの休息のためのものでは無い、明らかに負けて逃げているかのような何もかもかなぐり捨てた逃亡。
察するにハッサムがやってくれた、ということだろう。
群れのボスと1対1で戦って勝ったのだ、野生ポケモンの群れがその士気を保てるはずも無かった。
「あとは……こっちだね」
視線を前方へと向ければ、そこにはムクバードと対峙するオコリザルの姿。
すでに幾度の攻防の中でタイプ相性の不利を入れても全体的にオコリザルのほうが強いのは明確、なのだが。
「厄介だね~」
直接殴り合えば間違いなくオコリザルが一方的にムクバードを叩き潰せる。
ハッサムやオーガポンとバトルを重ねてきたオコリザルの近接戦闘能力は非常に高い。マンキーだった時から才能はあったが、オコリザルへと進化してそれが一気に開花したと言える。
だがムクバードというのは自分のその弱さを自覚しているが故に常に取り巻きを連れている。
ムクバードへと攻撃をしかけようとするオコリザルを妨害せんと4匹のムックルが前から後ろから迫って来る。
さすがにムックル程度と言えど4匹から弱点タイプの攻撃を受ければオコリザルとてただでは済まない、追い払わんと腕を振り回せば当然足が止まってその間にムクバードは距離を取ってしまう。
「うーん、最初の一発で仕留められなかったのが痛いなあ」
ムクバードの特性『いかく』によって『こうげき』を下げられそして集団でリンチ、というのがこの群れの基本戦術だったのかもしれないがマンキー……いや、オコリザルの特性は『まけんき』。より強力になったその一撃を最初に当てた時に仕留めきれなかったせいで完全に警戒されてしまった。
しかもその時に与えたダメージは取り巻きが取って来た『きのみ』で回復されてしまっており、それ以降は決して向こうから近づいてこようとしない。
ひたすらに消耗戦を強いられているような状況にオコリザルの怒りが限界を超えようとしているのを感じる。
「困ったなあ……」
限界を超えてぷっつんされると指示を聞いてもらえなくなるかもしれないし、さすがにそうなると袋叩きにあって詰みそうではある。
と、なると。
「ちょっと賭け、だね~?」
―――乾坤一擲の大勝負と行こうじゃないか。
あ、明日も6時から出勤なのにお、俺は一体こんな時間になにを……(白目