ポケモンの技の中で『積み技』という分類がある。
ただしこれは公式的な用語ではなく、いわゆるプレイヤー間で通用する俗称だ。
読んで字のごとく『積む』技。
積み重ねる技、つまり自分の能力ランクを上昇させる技の総称であり、もっぱら使われるのは変化技だが、別に能力が上がるなら攻撃技でも積み技と呼ばれる。
ポケモン対戦において積み技は非常に重要な要素だ。
ポケモンのというものはそれぞれ『こうげき』『ぼうぎょ』『とくこう』『とくぼう』『すばやさ』『急所』『命中』『回避』の8つの要素にそれぞれ-6~+6までの13段階があるが、基本的に重要視されるのは『こうげき』から『すばやさ』までの5つの要素だ。*1
そしてデフォルトを0とした時、それぞれの能力ランクが+1されるごとの能力値の変化は+50%。
つまり『こうげき』ランクが+1されるだけで『こうげき』のステータスは1.5倍になる。
全く同じステータスのポケモン同士が対面しても能力ランク1つ上がるだけでレベルに換算して20以上もの差がつくことになるのだ。
もうこれだけで能力ランクの重要性が分かる。
そして自発的、かつ意図的に能力ランクを上げることのできる積み技というものの重要性もまたしかり。
たった1度の積み技を許してしまったが故に対戦の勝敗が決まってしまう、なんてことはゲーム時代によくあったし、逆に相手の積み技を読んでうまく透かすことで相手を無力化してしまった、なんてこともよくあった。
このポケモンバトルにおいて高い重要性を持つ積み技ではあるが、現実のポケモンバトルにおいてはゲーム時代とはかなり使い勝手が異なっていて大分使い勝手が悪くなっている。
どういうことかといえば、当たり前な話なのだがリアルポケモンバトルにはターンという概念が存在しないということだ。
例えば積み技として代表的なものとして『つるぎのまい』があるが、これを使うとだいたい4,5秒前後ほどその場で集中を高める必要がある。
その間に技のエフェクトとしてゲームの時のように剣のようなものが周囲をグルグルと回っている。
当然ながらその間自分は動けないし、他の技を使うこともできない。
そして当然ながら相手がそれを黙ってみているはずもない。
そこに積み技の問題点がある。
例えばゲーム時代でも攻撃技系の積み技でも攻撃を外してしまった時は自分の能力値が上がったりはしない。
つまり『技として成立しなければ効果は発揮されない』のだ。
これがどういうことかというと相手の目の前で数秒無防備を晒し、さらにその上で相手から攻撃を食らってはならないのだ。
例え技でなくても体ごとぶつけられよろめくだけで集中は解除され技が失敗する。
当然ながら無防備を曝して受けるのだから受け身も取れなければ身構えることもできない、半ば『急所』に食らっているようなものだ。
故にトレーナー同士のポケモンバトルにおいて、積み技……特に変化技系の積み技というのは容易に使えない。
1度成功させた時の見返りは絶大ではある、がゲーム時代ほど簡単に成功しない上に失敗した時のデメリットは数えきれない。
かなりハイリスクハイリターンな技になってしまっているのだ。
だからこそ上手いトレーナーは相手が一呼吸置こうと離れた瞬間に積み技を狙う。
向き合っていれば5秒というのは大きな隙だが、ほんの少し距離があれば瞬く間に過ぎてしまう程度の時間でもある。
積み技を阻止しようと慌てて攻撃に向かってもどうしても動作は1テンポも2テンポも遅れてしまうし、呼吸を整えようとした瞬間を狙われれば呼吸が乱れてしまう。
つまり相手の意識の隙を突かねば到底成功しない技なのだ、積み技というのは。*2
自分は以前にトクサから技マシンをもらう時に真っ先に『ビルドアップ』の技マシンをもらったが、実際のところこれがゲーム時代ほど簡単に使える技かと言われると全くの否だ。
だがそれでも『ビルドアップ』をもらったのはそれらのデメリットを考慮してもなお積み技があるということのメリットが計り知れないからだ。
「オコリザル!」
こちらの声に反応してオコリザルを数歩下がる。
弱点タイプを突かれるとはいってもやはり近距離ならばこちらに分がある。
だからムクバードは近寄ってこない。手下のムックルたちに命じて攻撃はさせても自分だけは安全な場所で指示を出している。
だがその手下の数も有限だ。
もとよりオニスズメたちの群れと争っていた上に今はその両方に対してこちらが襲撃をしかけて混乱に陥っている。
群れ全体の統率が乱れている現状ではいくら群れのリーダーたるムクバードと言えど命令を飛ばせる範囲は自分の周囲にいた取り巻きに限られる。
つまり最初に飛んで来た4匹さえどうにかしてしまえばあとはムクバードと1対1の状況に持ち込める。
ただし向こうもそれを理解しているが故にあの手この手で取り巻きたちが倒されないようにしている。
先ほどから状況が膠着しているのを感じる。
「まだだよオコリザル……チャンスは必ず来るから」
オコリザルの怒りはすでに限界だ。
それでも怒りのままに暴れ回らないのはそれでも自分の静止の声を聴いているから。
今日まで共に過ごしてきた間でそれなりの信頼関係はあると自負している、特にマンキーとはこの世界にきて初日に出会ったポケモンなのだ。付き合いはニンフィアに次いで長い。
「それでもまだだ、怒りのままに戦えば負けるよ、まだ、まだ」
再度突撃してくるムックルを拳で『うちおとす』。
直撃すれば一撃で相手を『ひんし』にできるのだが、やはり上手く飛ばれて直撃は避けられる。
それでも『こうげき』ランクが上がった今の状況で掠った程度でも『ひんし』寸前まで追い込まれムックルが1匹ふらふらと後退する。
その後退をフォローするように他の3匹がオコリザルの周囲を飛んで警戒を促し、その間に後退したムックルが『きのみ』を食べて体力を回復させる。
すでに何度と繰り返した流れではあるが、自分の中で恐らくそろそろだろうという感覚がある。
理屈では説明できない第六感的な感覚……きっとこれはこの世界で生まれた『カナデ』に備わったトレーナーとしての感覚なのだろう。
その感覚が教えてくれる、もうすぐだ、と。
「オコリザル! 『みだれひっかき』」
「ブォォォォ!!」
2度、3度とその両の手が光と共に振るわれる。
だが警戒していただろうムックルたちは後退してそれを躱し……。
「今! 『ビルドアップ』!」
「ブォォ!」
オコリザルが両腕をぐっと突き上げポージングを決める、と同時にその体がオーラに包まれる。
野生環境のポケモンが『積み技』という概念を知っているかどうかは不明だが、オコリザルが内包する力が跳ね上がりつつあるというのは直感的に理解できたのだろう、積極的に距離を詰めようとはしていなかったムクバードもその手下のムックルたちも全員が一斉にオコリザルへと殺到し―――。
「キャンセル! からの『いやなおと』!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」
育成時に決めておいた流れ通りに動き出す相手を見た瞬間にオコリザルは技を中止し、大きく咆哮する。
―――『積み技』というのはとにかく決め辛い。『積み技』という概念を知らない野生のポケモンですら対面する相手の力が増すことを悟ってそれを妨害しにくるくらいには。けれどだからこそ相手の行動を読みやすくなる。
最初から言っていたことだが近距離ならばオコリザルのほうが分があるのだ。
『積み技』を決めることは難しい、だが『積み技』を使えば相手が妨害しに来る。つまり相手に選択肢を強いることができる。
だから最初からマンキーには『ビルドアップ』を覚えさせると同時にその技を即座に中断させる練習もさせていた。
これがトレーナー戦ならばきっと引っかかることは無かっただろう。
確かに『みだれひっかき』によって僅かな空白ができたとは言え『積み技』を完成させれるほどの間はあったかと言えば絶対に無かったから。
トレーナーならばそれが罠であると気づいたかもしれない……だが野生のポケモンにそんな複雑な思考は無い、少なくとも目の前の相手たちには絶対に。
故に見事に真正面から不快な音の洪水を浴びせかけられ一瞬飛行が乱れるほどの衝撃を受けて怯む。
「今だ! 飛び込め!」
怯み、連携の崩れた手下たちを置き去りにしてオコリザルは真っすぐにムクバードへ向かって突っ込んでいく。
すぐさま態勢を立て直したムクバードがオコリザルから離れようと羽ばたき、オコリザルがそれを追う。
完全に置き去りにされたムックルたちが直後に復帰し、その背を追い―――。
1匹、2匹、3匹と先頭の1匹を皮きりに次々とムックルたちが進化の光に包まれ、その姿が徐々に大きくなっていく。
そして光が止むと同時、4匹のムクバードが大きく咆哮をあげた。
「「「「バァァード!」」」」
さてここで思い出してほしいのだが。
ゲコガシラの『えんまく』によって視界が塞がれたムックルやオニスズメは大混乱に陥った。
だが特性が『するどいめ』の個体たちは『えんまく』の妨害にも負けず戦闘に参加した。
つまりムクバードの取り巻きの4匹もまた特性は『するどいめ』だったのだ。
そして特性が『するどいめ』のムックルが進化してムクバードになると特性はどうなるか。
「それを待ってた」
答えは『いかく』である。
* * *
元より群れのリーダーの取り巻きということもあって比較的上位の個体なのだ。
つまり他のムックルたちよりレベルが高いということ。そしてムックルというのは序盤鳥ポケモンの一種だけあって進化レベルが低い……つまり現実において進化の敷居が比較的低いということ。
オコリザルとムックルたちが戦う様子を見ていた時、カナデの感覚はムックルたちの進化が近いことを悟らせた。
故にあとは切っ掛け、そしてタイミングだ。
さすがのオコリザルもムクバード5匹に囲まれた状況では苦戦、どころか敗戦は免れないだろう。
だから状況を作り出す、逃げるボス、追うオコリザル、そしてその背を追う取り巻きという構図。
その上でムックルたちが進化する。オコリザルとの攻防でじわじわと経験値は溜まっていたのだ。それを『いやなおと』によって怯ませ、怒らせることによる興奮で進化を促す。
まあ失敗したところでまた状況をやり直すだけではあるし、何よりすでにハッサムはオニドリルを倒している様子だったのでこちらも数の利を使うことができる。つまり負けは無い。
結果として最上に行きついたのはまあ運が良かったと言える。
「オコリザル! ぶん投げて!」
そんな自身の言葉にオコリザルが密かに拾わせていた『きのみ』をムクバードへ向かって『なげつける』。
ゲーム時代において『なげつける』で『きのみ』系を投げた時の威力は最低値の10、まあつまりしょぼいダメージにしかならないわけだが、ここに但し書きを入れて『こちらのほうがレベルが上』なおかつ『相手のぼうぎょが下がっている』そしてトドメに『ムクバードたちのいかくでオコリザルのまけんきが発動しまくっている』という条件を付けくわえた場合、そのダメージは跳ね上がる。
逃げ出すその背に弾丸のような速度で飛来した『きのみ』が弾けムクバードが態勢を崩す。
さすがに一撃で『ひんし』、とはいかなかったらしく、それでも距離を取ろうと翼をはためかせて―――。
「ま、残弾はいくらでもあるんだけどね」
トレーナーバトルとは異なり、野生ポケモンとのバトルはなんでもあり、だ。
だからその辺に落ちている『きのみ』や石を拾って『なげつける』ことは全然アリなわけで。
2発目の弾丸が翼に当たり、失速、地に落ちたムクバードに3発目が突き刺さる。
さしものムクバードもこれには耐えられなかったのか悲痛な声をあげながら倒れ、『ひんし』となった。
「ブオォォォォ!!」
『ひんし』となったムクバードに向かってオコリザルが両手をあげて勝利の雄たけびを挙げると、自分たちの群れのリーダーがやられたことにムックルやムクバードたちが慌てふためき、これ以上は戦えないと一斉に逃げ出す。
そうして静けさが戻った周囲には最早ムックルたちもオニスズメたちの姿も無い。
「ミッションクリア、かな?」
【クエスト】
『山の暴れん坊を止めろ!』clear
『好奇心旺盛な鬼さま』 clear
New 『合戦! ムックルVSオニスズメ』
クエスト名『合戦!ムックルvsオニスズメ』
発生条件:『森林地帯』或いは『山岳地帯』で複数のポケモンの群れが交戦状態にある。
①森林探索中に遭遇、もしくは地域の住民から情報入手で発生。
②どの勢力で参戦するかを選択する。
A:ムックル側で参戦
B:オニスズメ側で参戦
C:第3勢力で参戦する
┗※高難易度
③-Cムックルの群れのリーダーのムクバードを倒すか捕獲する。
④-Cオニスズメの群れのリーダーのオニドリルを倒すか捕獲する。
報酬:きのみセット
『きのみセット』 ≪受け取る≫
何気なくスマホを見て、しっかりと報酬まで受け取れることを確認する。
どうやらこれで終了らしい。
「きのみセット……何か珍しいきのみでも入ってたらいいんだけどね~」
こちらに戻って来る手持ちのポケモンたちを見やり、それぞれを労いながら視線を山の向こうへと移せば。
「さあ、さっさと帰ってご飯にしよっか」
ほとんど沈みかけた夕日に、大変な一日だったな、と苦笑した。
この世界における積み技……特に変化技に関してはかなり使い勝手が悪いです。
昔のドラゴンボールのゲームみたいに一定時間溜め行動しないと効果が出てこない上に溜めてる間は攻撃できません。
例えるなら初代スマブラにおけるプリンの『うたう』くらい使い勝手が悪いです。