・忍者ケロマツくん!
夕暮れに染まり行く山で、木々を飛び跳ねるケロマツの小さな影は一瞬でも気を抜けば見失ってしまいそうになる。
だが何とか食らいついていけているのはこの体の身体能力の高さがあるのと、後はケロマツ自身の青い体が夕焼けに照らされた山の色に反してしまっているせいだろう。
だがそこまでだ、見失わないように追うことはできても追いつくことはできない。
その理由もようやく理解できた。
「まるでトランポリンみたいだね」
最初は気のせいかとも思っていたが、けれどずっと後ろから追っていればさすがに気付く。木々を蹴って飛び跳ねるごとに加速がついているということ。
ケロマツの0.3メートル……僅か30センチという小さな体であり得ないほどの反動で木々を蹴っているその秘密はあの首を覆う泡だ。
確かアニポケでケロムースとか呼ばれていたあの弾力性のある泡。敵の攻撃を受け止めることができるというほどに強靭で弾力性に富んだ泡を木々に投げつけ、その泡を踏み抜く勢いで蹴ることで弾性を生み出しているのだ。
足場全てをトランポリンに作り変えてしまうかのような技だが傍から見るほど簡単なことではないことも理解できる。
なにせ前提として次に自分の踏む足場を考えて正確に投げなければならない。
弾力に富んだ泡は力を入れる方向を間違えれば見当違いの方向へと弾んでしまうが、ケロマツの小さな体ではそれほど大きく弾むことは無い。つまりあの弾むような動きは踏み抜き飛び出す方向と反発で吹き飛ぶ方向が完璧に一致しているが故のものなのだ。
頭が良いとかそんな領域で出来ることではない。超高速で回転する思考と超速度で結果を演算できる知能を兼ね備えているならば可能かもしれないが、それを可能とするのは今からエスパータイプに生まれ変わって常時『みらいよち』し続けるような話、つまり普通に無理だ。
故にそれを可能とするのは純然たるセンスだ。
ケロマツ自身難しいことを考えはいないのだ、ただ何となくこうすれば、というのを無意識で理解している。
もうこれだけでもケロマツの才能の高さを保証するようなものだが、ケロマツがこれまでに見せた能力はこれだけではない。
当然ながら走って追いつけないならば別の方法を考える必要があるのだが、先回りしようにも一度でも見失ってしまうとこの広い山であの小さな体躯をもう一度見つけるのは不可能に近い。
だからこそ現実的に可能なのは妨害すること、なのだが―――。
走る途中に山道に転がる小石を拾い、ケロマツの進路を予測しながら投げる。
すでに何度も試した方法ではあるが。
「ケロ!」
石が風を切って飛来する音を飛び跳ねながら敏感に察知し短く吐き出した『みずでっぽう』で撃墜する。
しかも『みずでっぽう』の反動を利用して目的の木に着地、同時に前持って投げていた泡を使ってまた跳ねる。
これである。
すでに何度も試したが何か投げて妨害しようにもあの『みずでっぽう』が正確に撃ち抜いて来る。
自分に向かってくるとは言えジャンプ中に飛来する物体に対して正確に『みずでっぽう』を当ててしかもその反動でさらにジャンプするなど普通できるだろうか?
追いかければ追いかけるほど『なんだあのケロマツ普通じゃないぞ!?』という感想が止まらないのだ。
いや、普通のケロマツを知っているわけではないが、やっていることの難易度を考えるとケロマツという種がみんなあんなことできるとは思えない。
となるとやはりあのケロマツが尋常じゃない、という結論しか出てこないのだ。
とは言えこのままではよくないのも分かっている。
ケロマツとの勝負の条件は自分がケロマツをボールに入れることができるかどうか。
つまり手持ちのボール10個を使い果たせば負けだ。
すでに半分は使ってしまっている以上、チャンスは残り5回。
だがこのままではその5回を使うまでも無く負けが確定する。
一瞬視線を空に向ければすでに夕日が沈みかけている。
夏の空故に沈んでしまってもまだしばらく明るいだろうが、それでも太陽が出ている間に決めてしまわないとあの小さな体が夜の闇に消えてしまうと詰みだ。
認めさせてやる、なんて大きな口を叩いたのだから大言壮語になんてさせるつもりはない。
―――仕込みはすでにしてある。
だが普通にそれを叩きつけても簡単に躱されるだけだ。
何か必要だ。ケロマツの意識を突くことのできる何かが。
「にしし……少しやり方を変えよっか」
一瞬考え、即座に決める。
そうして……ケロマツの背を追う足を止めた。
・腐ってやがる
後ろを追う人影が見えなくなったことに気づき、ケロマツは足を止める。
荒い息を吐き、呼吸を整えながらも周囲への警戒を怠ること無く視線を彷徨わせるが、自身の他に気配は無かった。
それを理解し、ようやく息をゆっくりと吐く。
確かにケロマツという種はそれなりに素早い身のこなしができるが、それでも未進化ポケモンがこれほど長時間疾走し続けて平気なわけがない。
ケロマツにだってかなりの疲労はある。
だがそれをおしてなお見定める必要があった。
―――元より気に食わなかったのだ。
あの人間が、というよりは仲間であるはぐれもののマンキー以外の全てが、だろうか。
正直言えばケロマツとしてはこんな山からさっさと離れてもっと静かな別の住処に移りたかった。
だが今なおケロマツがこの山に残っているのはマンキーがこの山から離れようとしないからだ。
あの池だって最初はケロマツとマンキーの二匹だけの住処だった。
山の上のほうに行くほど色々な群れが住み着いているからか、下に行くほどそこからはぐれたような少数のグループが点々と小さなナワバリを気づいているのだが、あの池は当初道らしい道が無かったせいで他のポケモンたちが気づかず誰のナワバリでも無い空白地帯だった。
だが単純作業を苦にしないマンキーと感知能力の高いケロマツが力を合わせて道を作りあの池をナワバリとしたのだ。
それで良かったのに。
それだけで良かったのに。
気づけば色々なポケモンが増えていた。
簡単な話で、上のほうでケロマツが追い出される間接的な要因ともなった余所者が暴れ回るせいで山の上に住んでいたポケモンたちが徐々に下に追いやられて行っているのだ。
そうして追いやられたポケモンたちの中からさらに行き場を失くしたポケモンたちをマンキーが連れてきた。
居場所を失くすのは辛いから、と言って自分たちのナワバリに住まわしてくれるマンキーに最初はポケモンたちも感謝していたのだ。
それが徐々に徐々に増えていく。
上のほうでであの余所者が暴れ回り続ける限り、降りてくるポケモンたちは増え続ける。
そうして気づけばマンキーとケロマツ2匹だけのナワバリだったはずなのに、いつの間にか逃げて来たポケモンたちで溢れかえっていた。
このままではどこもかしこも溢れかえってしまう、そう考えたマンキーはなら上で暴れるやつを止めれば良い、そう言った。
だがケロマツは止めたのだ。
群れで暮らすポケモンたちが逃げてくるほどの強いポケモン相手に自分たちが敵うはずがないと。
それでも見て見ぬ振りはできないとマンキーは飛び出して行って、そして当然のごとく負けて帰ってくる。
最初はマンキーが勝てば元の住処に戻れると期待したポケモンたちも二度、三度と負けて帰ってくる内に徐々にその視線は冷ややかな……否、疎まし気な物へと変わっていく。
―――腐ってやがる。
その精神が、自分たちのナワバリというひとまずの安住の地を手に入れたせいで、徐々に心が腐っていっているのがケロマツには分かった。
きっとあいつらはこう思っているのだろう。
―――もうしばらくこのままでも良いんじゃないかな。
ふざけるな、誰のナワバリだと思っている。
腫物でも扱うような態度でマンキーに接するやつらを見て、ケロマツの表には出さない憤慨は激しさを増していく。
あの池の周囲にいるやつら全員蹴り飛ばして追い出してやりたい、そう何度も思った。
だがマンキーがそれを否と言うが故にケロマツはそれを実行できない。
その人が良すぎる精神性を苦々しく思えども、けれどケロマツはそれを否定しきることができない。
―――だって自分だってそれに救われたのだから。
・はい、王手♪
マンキーが連れて来た人間を見て、またか、と思った。
散々ポケモンたちの世話を焼いておいて、次は人間か、と。
だがその人間は少し妙だった。少なくともケロマツの思うような、マンキーを足を引くようなやつらではないようだった。
―――今度こそあいつに勝つから! 勝って山を解放してくる!
そう宣言するマンキーにまたも距離を置くポケモンたちを苦々しく思いながらも、マンキーと連れたって山を登る間に人間を観察する。
一緒にいるポケモンは……初めて見るポケモンではあるがそれほどの強くは無さそうだった。だが人間を好いているのは分かるし、底抜けにノーテンキな空気を醸し出していたのでそれほど警戒はする必要は無さそうだった。
問題は、人間のほうだ。
こいつは何を考えているのか分からない。何が楽しいのか常に笑みを浮かべていて感情が読めない。
マンキーはこいつの何を信じたのか、また人の良いマンキーのことだろうから簡単に騙されたのではないだろうか、そんな心配をしていた。
だが半分は払しょくされた。
山の上のほうで余所者……ストライクというポケモンと出会った時、咄嗟に自分とマンキーを引っ掴み、駆け出した人間を見て少なくともあそこで自分たちを置いて逃げるという選択肢をしなかった点を鑑みて悪い人間ではないのだろう、と思った。
だが悪い人間じゃないからって良い人間なのか、と言われてもケロマツには判断しかねる。
だから。
―――勝ち目はある。だから、ボクちんの指示に従って欲しい。
そんな人間の言葉に否を叩きつけた。
そうして始まった鬼ごっこだが、まさかここまで追いかけられることになるとはケロマツにとっても予想外だった。
人間というのは思っていたよりも足が速いようだった。*1
だが結局は諦めたか、見失ったか、とにかく撒けたようだった。
苦難の勝負だったが、あの人間を認めたかどうかと言われると……まあ半分くらいは認めても良いと思う。
だが半分だけだ。あの人の良いマンキーと共についていくに足るかと言われると現状では信じ切れない。
「ケーロ……」
明日また勝負してやってもいいかもしれない。
その程度のはあの人間のことを認めていた。
疲れた体を引きずり、マンキーの元へと……自分たちのナワバリへと戻る。
すでに日はどっぷりと暮れている。それでも夏の季節が故にまだ薄っすらと中途半端に明るい。なのに山の木々が光を遮るせいで薄暗い影が余計に暗く感じた。
そうしてようやくナワバリへと続く獣道の入口を見つけてほっと息を吐く。
とにかく今日は寝たい、その一心で獣道を抜け、そしていつも通りの池の景色が……広がらない。
「ケロ……?」
道を間違えたか、不思議に思いながらも引き返そうとした、直後。
「ケロッ!?」
真上から折れた枝がぼろぼろと落ちてくる。
咄嗟に後ろに下がって躱すが、そのせいで道が塞がれる。
同時にこれが意図して起こされた自体であることに気づく……と同時に空気を裂いて何かが飛来する音。
「ケロ!」
音のする方向へ振り向き様に『みずでっぽう』で飛来物を撃墜してみれば、落ちたのは赤と白のボール。
それが意味するところはつまり。
「上にごちゅ~いくださ~い」
声が聞こえた瞬間、はっとなって見上げたそこには弧を描きながら落ちてくるボール。
「ケロ!」
撃ち落とす時間すら無く最早眼前まで迫ったそれを背後に跳んで躱す、だがそこに先ほど落ちて来た枝葉を積み重なっているのを思い出したのは飛び上がった直後で。
がさり、とケロマツの軽い体を積み重なった枝葉がクッションとなって支える。
「はい、王手♪」
そんなケロマツに向かって対面から投げられたボール。
飛び上がろうにもこんな足場で上手く飛び上がれない。
それに気づき、同時に『詰まされた』ことを理解した。
そうしてボールがケロマツへと迫り―――。