ハガネの騎士と勇者たち 作:けの~び
二〇十八年、季節は夏。
瀬戸内海を一望できる日本一高い石垣の上で、乃木若葉は
彼女の視線は、海のはるか先を向いている。
もうたどり着けない場所を懐かしむように。
「おーい、若葉~」
自分の名を呼ぶ声に、少女は我に返って振り返る。
手を振りながら近づいてくるのは、彼女の幼馴染の少年だった。
「この景色、好きだね」
若葉の隣に並びながら、少年──
少女は幼馴染の顔から、視線を海の向こう側へと戻す。
「好きという訳じゃない。ただ、時々ここに来て、あちらを見ておかないと……みんなのことを忘れてしまいそうでな」
「……忘れた方がいいこともあると思うけどなぁ」
若葉は折に触れて一人、海の向こうを眺めに来ることがあった。
いい思い出のためではない。
むしろ最悪の記憶を自ら掘り起こすように、少女はこの眺めと対面する。
その時の彼女の表情は、とても苦しそうで、悲しそうで……。
故に帯一は、いっそ忘れてしまえとつぶやくも、その声は若葉には届かなかった。
あるいは、あえて聞こえないフリをしたのかもしれないが。
「ところで、ひなたはどうした?」
若葉はもう一人の幼馴染である、上里ひなたの居所を聞いた。
帯一はすぐ後ろを指さす。
「あそこで若葉の写真撮ってる」
「
少年の示す先で、ひなたはスマートフォンのカメラを構えながら、笑みを浮かべていた。
親友のレアな表情を
「ひ~な~た~……!」
無断で写真を撮られたことよりも、無防備な姿を撮影された恥ずかしさで、若葉はひなたに迫る。
「消せっ!」
「いやです~。これは私のライフワークですから」
「撮るなら帯一にしろ!」
「帯一くんのは、若葉ちゃんとは別で残してますよ」
ヤイヤイと
「帯一もたまには怒れ!」
「別にいいじゃないか、写真くらい」
「そうですよ。若葉ちゃんの可愛らしさを後世に残すのは、私の使命でもあるんです」
そう言ってひなたは、帯一を盾にするように彼の背後に隠れてしまう。
「私は可愛くなんてないっ」
「そう思いますか、帯一くん?」
「いや、僕は若葉は可愛いと思うけどなぁ」
ひなたの問いに即答する帯一。
幼馴染といえ、男子から臆面もなく可愛いと言われた若葉は、顔を赤くした。
「っ……よくそんなことを、素面で言えるもんだな」
「こんなの、若葉くらいにしか言わないよ」
少女の顔はますます赤くなる。
普段は男らしさのある若葉の珍しい表情を見て、ひなたはまた嬉しそうにカメラのシャッターを切った。
もはや写真を撮られることはスルーしつつ、若葉は咳ばらいをして帯一に話しかける。
「所で、『刀』はどうした?」
「あ、忘れて来ちゃった」
「たるんでるぞ。いつ
そう注意する少女の右手には、一振りの日本刀が。
模造ではない、本物の真剣である。
「若葉はよく忘れずに持ち歩けるね」
「もう体の一部になっているからな」
真剣を肌身離さず持ち歩くなど、およそ十四歳の少女のとる行動ではない。
彼女たちの身に、一体なにが起きたのか……
◇ ◆ ◇ ◆
時は
鋼田帯一は一人、ぼーっと夜空を見上げていた。
彼がいるのは、とある神社の境内。
まだ小学生の帯一は、修学旅行で香川からここ──島根県を訪れていた。
その中で、かねてより連続して起きていた地震により、クラスごとこの神社に避難してきたという訳である。
「なにをしているんだ、帯一?」
空を見つめていた少年の元に、幼馴染の二人──乃木若葉と上里ひなたがやって来る。
彼女らも同じクラスに在籍していたため、修学旅行でも行動を共にしているのだ。
帯一は少女らの方に顔を向け、天を指さす。
「見て。星がめっちゃ輝いてる」
「おお、確かに光が強いな」
天に座す星々の光は、若葉の言うようにかつてないほどの
おかげで三人の周囲は、夜だというのに人工の明かりがいらないほどに見通せる。
ひなたは一人、不安げな表情で若葉にすがりついた。
「どうしたんだ、ひなた?」
「……なんだか怖いです、あの星たち」
「確かに、ちょっと不気味なものがあるね」
「そうか? 私にはよくわからないが」
ひなたの言葉に同意する帯一。
若葉は二人が覚えるような気味の悪さは、感じられないようだった。
「なら、建物の中に戻ろう。帯一も一緒に来い」
幼馴染を気遣い、若葉らは社殿の中に引っ込んでいく。
空には変わらず、不安なまでに光を放つ星々が、三人の姿を見つめるようにきらめいていた。
社殿の中では帯一らのクラスメイトが、それぞれグループを作って点在している。
地震から避難してきた地元民も数多くいた。
避難民に混じって座っている、三人のクラスメイトの女子の姿を、若葉はジッと見つめていた。
女子たちはこの状況をどこか楽しんでいるようで、ワイワイとおしゃべりに
難しそうな顔でクラスメイトを
それに気づいた三人の女子たちは
「あ、乃木さんが怒ってるよ……」
「静かにしてよう」
と、黙り込んでしまう。
別に怒ってなどいなかったのに……、若葉はシュンと肩を落とした。
と、彼女の隣に立っていた帯一は、静かに話しかける。
「注意するか放っておくか、考えてたんでしょ?」
「なぜわかった!?」
まさにズバリと心中を言い当てられ、若葉は驚く。
彼女はクラスのまとめ役である学級委員で、それ故に少女らの騒ぐ声が、他の人たちの迷惑にならないかと心配していたのだ。
同時に彼女たちが会話に集中することで、地震に対する不安が和らぐのでは……とも考えていた。
どちらの理由ももっともであり、そのために若葉はなかなか答えを出せなかったのだ。
そんな少女の悩みを帯一は見透かした。
付き合いの長い幼馴染ならではの以心伝心だ。
「……帯一、私はどうすればいいと思う?」
クラスメイトを誤解させてしまった。
普段はキリッとして堂々とした態度を崩さない若葉が、唯一弱みをさらけ出せるのが二人の幼馴染の前だけ。
帯一は困り顔の少女の手を引く。反対の手にはひなたが。
「決めかねるなら、楽しい方がいいよ」
「行きましょう、若葉ちゃん」
「えっ!? ちょ、ちょっと待……!」
突然両手をつかまれた若葉は、二人の先導でおしゃべりを止めてしまった女子たちの中へと飛び込んでいく。
「こんばんわ」
「私たちも、おしゃべりに混ぜてもらっていいですか」
帯一とひなたが、きっかけをつくる。
「さっきは話しを止めちゃってごめんね? 若葉は別に、君たちをニラんでたんじゃないんだよ」
「話しかけたかったんですけど、恥ずかしかったんですよね?」
「……う、うん……」
帯一のフォロー、そしてひなたの問いかけに、若葉は恥ずかし気にうなずく。
その、
「あははっ、乃木さんってもっと厳しくて、怖い人かと思ってた」
「なんか乃木さんのイメージ変わったね」
場の雰囲気も、一気に
帯一らは、自然と三人のクラスメイトの輪に加わった。
「まあ、若葉はみんなから『鉄の女』って感じで見られてたからね」
「そうなのか!?」
「気づいてないのは若葉ちゃんだけですよ?」
「あ、でも、嫌ってた訳じゃないよ!」
「そうそう。ちょっと近づきがたいなーとは思ってたけどね」
「けど、それも違うってわかったから。これからは仲良くしようね!」
「! ああ……こちらこそ、よろしく頼む!」
帯一とひなた、二人の幼馴染のおかげで若葉は、彼女に壁を感じていたはずのクラスメイトと、すんなり打ち解けることができた。
まるで最初からそうだったように、若葉は三人の少女らと、友人として話に花を咲かせる。
幼馴染と接している時とは、また別の楽しさを彼女は感じていた。
「よかったね、若葉」
そんな少女の年相応の笑顔を見て、帯一は小さく喜びの声をもらすのだった。
しばしの歓談ののち、クラスメイトだった三人の少女は眠りについた。
小学生ならもう、起きている方が不健康な時間帯である。
そんな中で、若葉ら幼馴染の三人組みは、まだ起きていた。
楽しい会話で上がった熱を冷ますため、三人は夜風に当たろうと社殿の外に出ている。
「帯一、ひなた、さっきはありがとう」
若葉は改まって、二人に感謝を伝える。
「お前たちがいてくれなければ、私はずっとクラスの中でみんなと、距離を置かれたままだったろう」
「そんな大したことはしてないよ」
「私も帯一くんも、若葉ちゃんが人から誤解されたままなのがイヤだっただけですから」
「それでは私の気が済まない。二人の友情に報いるため、なにかして欲しいことがあったら言ってくれ」
何事にも報いを。
それは若葉が尊敬する祖母の口癖で、彼女もそれを人生の指針としていた。
「ん、なんでもする? では、私の『若葉ちゃん秘蔵画像コレクション』を充実させるために、ここはいつもと違う過激なコスプレでも……」
「え゙っ、コス……」
「若葉、不用意な発言は身を亡ぼすよ」
この際にと欲望を全開にするひなた。
若葉は顔を青くし帯一に助けを求めたが、少年はバッサリとその手を払った。
「なにをしてもらうかは、あとでじっくり考えますね♪」
「そ、そうか」
瞳を輝かせながらのひなたの宣告に、若葉は若干げんなりしつつ返す。
と、横にいる帯一の方に顔が向く。
少年は再び空を見上げていた。
ただ、その表情がなにかスッキリとしないものを見ているようで……。
「空がどうかしたのか?」
「うん、なんか……星の光が、さっきよりもっと強くなってない?」
若葉もつられて夜空に視線を向ける。
確かに帯一の言うように、星の輝きが若葉の目にもわかるほどに、先ほどより強烈になっていた。
「こんな短い時間で星の光って変わるもんなのかな……ひなた?」
帯一の目に、体を小刻みに震わせているひなたの姿が入る。
少女の様子に、若葉も心配げに声をかける。
「ど、どうした、ひなた!?」
「……怖い……なにか、すごく、怖いことが……」
地面が揺れた。
絶望が始まる。
牙狼ハガネを継ぐ者が面白くて、つい書いちゃいました。
オリ主は名前の通り、オビをモチーフにしています。