ハガネの騎士と勇者たち 作:けの~び
西暦二〇十八年。
三人は共に成長し、二人の少女は美しくなった。
少年も穏やかな笑顔はそのままに、たくましい体を手に入れた。
三年前……天から降り注いだ未知の怪物たちの手よって、世界は一度滅びをむかえた。
怪物は世界全土に降り立ち、人間のみに狙いを定め、大殺戮を繰り広げたのだ。
重火器すら通じない怪物を前に、人類のあらゆる抵抗は無駄に終わった。
ただ、「ハガネ」と呼ばれる銀の鎧をまとった帯一と、神の力を宿す刀──「生太刀」を手にした若葉の力によって、二人の周囲のわずかな人々だけは九死に一生を得た。
そして、ひなたの誘導によって彼らはどうにか死地を脱したのだ。
その後、長い長い移動を続け一同は、ひなたが安全だと言う四国へと逃げのびることに成功した。
四国には「神樹」と呼ばれる文字通りの神が存在しており、神樹の結界が四国を守っているからである。
四国に帰ってきた帯一と若葉、ひなたの三人は、いつの間に作られていたのか──神樹に仕える「大社」と呼ばれる組織に保護された。
そして大社の人間から、
改築により学校の教室のようないで立ちとなった丸亀城の一室で、彼らは授業を受ける。
そろって席に着くのは、若葉、ひなた、帯一の三人組に加え、彼らのように大社に保護された四人の少女たち。
教師の言葉が中々頭に入らないのか、うんうんうなっている土居球子。
彼女の側にいることが多い伊予島杏は、真面目に授業に取り組んでいる。
球子と同じく、眉間にしわを寄せ教科書を睨む高嶋友奈。
郡千景は教科書を開きながら、手元では隠れて携帯ゲームを操作している。
彼ら彼女ら七人の中学生は、ある使命を持って集められた特別な存在だ。
教室のテレビには、三年前に世界を襲った怪物の映像が映されている。
「この白い怪物──通称『バーテックス』には、銃やミサイル、爆弾などのあらゆる通常兵器が効きません」
教師が、怪物と戦う自衛隊の映像を指しながら説明する。
「バーテックスに唯一対抗できるのが、あなたたち『勇者』と『騎士』なのです」
神樹に選ばれその力を分け与えられた存在──勇者となったのが、ひなたと帯一以外の六人の少女たち。
騎士とは帯一のことであり、彼の鎧──「ハガネ」は神樹の力によらない、独自のテクノロジーの産物であるらしい。
そしてひなたはこの両者とも違う、「巫女」という神の声を聞く役割を与えられている。
何度も繰り返し説明されたことだが、敵であるバーテックスがなぜ人間だけを標的として襲い掛かるのか、肝心な所は不明のままだった。
特別な授業は、座学によるバーテックスや勇者たちのことだけではない。
通常の中学の勉強も行われるのだが、それより重きを置かれるのが、戦闘訓練である。
体育館のように改築された室内には、ひなた以外の六人がそろっていた。
巫女のひなたは戦闘要員ではないため、彼女は別室で一人、巫女としての訓練に励んでいる。
「やーっ!」
「せいっ!!」
「ぐえーっ!」
柔道の組手で帯一の相手を務めた若葉は、気合の声を上げて迫る少年を、いとも簡単に投げ飛ばした。
「若葉に慈悲は無いの? 幼馴染なのに……」
背中から思いっきり叩きつけられたら、畳の上でも痛いんだよ? とこぼす帯一。
少年に手を貸して立ち上がらせながら、若葉はピシャリと
「バーテックスに慈悲はあったか?」
と切り捨てる。
決して若葉が冷たい態度をとっている訳ではない。
幼馴染だからこそ、大切な存在だからこそ、しっかりと鍛え上げることで怪物相手にも生存率を上げてやろうという、彼女なりの優しさなのだ。
「大丈夫、帯一くん?」
「やっぱ若葉は、よーしゃないなぁ」
友奈は心配げに帯一の背中をさすってくれ、球子は幼馴染相手にも力を抜かない若葉に、呆れたような声を上げた。
「で、でも、若葉さんの言うことももっともですよね」
「ゲームじゃないから、コンティニューはきかないものね……」
杏と千景も、若葉のスパルタに若干引きつつ、彼女の方針ももっともだとうなづく。
「よーし、次はこれで勝負だ!」
めげない帯一は、今度は竹刀を手に少女に挑む。
刀を使った戦いこそ、乃木若葉の本領だというのに。
対面に立ち、構える両者。
帯一が先んじて動く。
「め……」
「面ッ!!」
「痛ったーい!」
「刀を振り下ろすのが遅いぞ」
「もう一本! ……め」
「面ッ!!」
「痛ったーい!」
「足運びもおろそかにするな」
「もう一本! ……め」
「面ッ!!」
「痛ったーい!」
「相手に意識がいきすぎてるぞ。防御もおろそかにするな」
「もう一本!」
結局、何度も試合を重ねようと、帯一は若葉相手に一勝も上げることは出来なかった。
度重なる頭部への打ち下ろしを受けた帯一は、頭をさすりながら落ち込むように言う。
「やっぱり、まだ若葉には敵わないかぁ……」
「私も幼い頃から、剣の道は叩きこまれているからな。これくらいで、お前に抜かされるわけにはいかんさ」
疲労困憊の帯一に対し、若葉は汗一つかいていない。
涼しげな顔で、竹刀を立てかけてあった元の場所に帰しに行く。
その後ろで球子が、少年の肩をポンと叩き、フォローの言葉を入れる。
「気にすんな、帯一。若葉がゴリラパワーなだけだ」
「若葉さんがゴリラかは触れないけど、帯一さんも昔と比べて構えとか様になってきたと思いますよ」
杏もそろってフォローしてくれた。
「どうすれば若葉ちゃんみたいに、ゴリラパワーを手に入れられるかな?」
「高嶋さんはそのままでいいわ。乃木さんみたいなゴリラになんてなっちゃダメよ」
友奈と千景がそんな話しをしている後ろから、会話を聞きつけた若葉が怒り顔で戻ってくる。
「さっきから人のことをゴリラゴリラと、お前たちの目に私はどう映っているんだ!?」
「まあまあ。僕はゴリラみたいでも、若葉は十分可愛いと思うよ」
「くっ……褒められているか
言いつつ満更でも無さげな若葉は、少女らしく頬を染めて怒りの矛を収めたのだった。
運動と共に午前の授業が終わり、昼休みが来た。
七人はいつもそろって、同じテーブルにつき食事を共にする。
若葉が、チームの輪を保つためにと提案したことだ。
それに対して初めの頃は、球子と千景から反対の声も出たことがあった。
が、友奈が「ご飯は皆で食べたほうが美味しいよ!」と屈託なく言うもので、そんな彼女の天然な雰囲気に二人も苦笑しつつ、これを了承したという訳だ。
食堂に入れば、彼女たち以外にも大人の姿もちらほらと。
みな、大社に務めている人たちである。
七人はそれぞれ、セルフサービスで思い思いのメニューを手に、テーブルへと戻ってきた。
といっても、全員うどんなのは決まっていた。トッピングの違いはあるが。
「こら杏、ご飯の時くらい本を読むのはやめろっ」
「あぁ! 今いい所だったのに……」
大の読書好きの杏は、いかなる時でも小説を手放さず持ち歩いていた。
それは食事の時でも変わらずであり、そんな妹分を球子は、行儀が悪いと注意する。
「球子ちゃんは見た目は子供っぽいけど、杏ちゃん相手には時々お姉さんらしくなるね」
「む、タマのどこが子供っぽいって?」
「ごめんごめん。先輩らしくて素敵です、たまっち先輩」
帯一としては誉め言葉のつもりだったが、どうやら本人にはそう思ってもらえなかったようだ。
隣では杏も本を一度テーブルに置いて、一同はあらためて食事を進める。
「……にしても、毎日毎日訓練訓練。なんでタマたちが、こんな事ばっかりしなきゃいけないんだろーなぁ」
麺をすする手を止め、球子はそうつぶやいた。
少女のボヤキに、横の席の杏が答える。
「バーテックスに対抗できるのが、私たちしかいないからね」
「そりゃそうだけど、普通タマたちくらいの中学生っていったら、もっと友達と遊びに行ったり、恋……とかしちゃったり、色々あるだろ?」
「球子ちゃんでも恋愛に興味あるんだ……」
「でもってなんだ!?」
球子は男子っぽい活発さを売りにしていると思っていたので、彼女の意外な女心を聞いて、つい帯一も本音が漏れてしまった。再び少女に謝罪する。
「ごめん。でも代わりに僕たち、こうして無料で学校に通わせてもらってるし、ご飯も食べさせてもらってるし、それなりの待遇は受けてるんじゃないかな」
「……鋼田くんは、今の状況に納得しているの?」
普段はゲームに没頭して、余り他人に関わろうとしない郡千景が、珍しく口を開いた。
彼女は他の面子より一歳年上なので、帯一も上級生に対して敬語で答える。
「そうですね。割と満足してます」
「……私たちは、他の誰にも出来ないことをやっている。もっと優遇されても、いいくらいだと思うわ……」
「郡先輩って、結構欲深?」
「…………」
他意のない帯一の本音に、千景はジト目で返す。
「今は有事だ。自由が制限されるのも仕方あるまい」
若葉はそう言って、大人の理屈で球子をたしなめた。
「我々が努力しなければ、人類はバーテックスに滅ぼされてしまう。なればこそ、私たちは人類の
「タマだって、そんなことはわかってるよ! わかってるけど……」
思わず声を荒げてしまう。
食卓に、気まずい沈黙が訪れた。
帯一は、隣に座る球子の肩に、ポンと手を置いた。
少年の手の平の温もりが伝わって、球子の気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫だよ、球子ちゃん」
「帯一……」
球子がなにより恐れていることは、バーテックスとの戦いで誰よりも、杏が傷つくことだった。
二人の仲はきっと、若葉とひなたのそれと同じような強さなのだろう。
それを察した帯一は、少女の心からその不安を取り除こうとする。
「いざって時は、僕が盾になって皆を守るよ。ほら、僕だけハガネっていう鎧着てるから、皆より頑丈だしね」
少年の決意は、球子と杏の二人に対してだけではなく、友奈や千景に若葉──そして、戦場にはいないひなたにも向けられていた。
おどけて見せるような帯一の言い方に、生まれながらの柔和な彼の笑顔で、テーブルの上を支配していた重たい空気は綺麗に一掃される。
「そういえば、帯一くんの着てるハガネって、どんな物なの?」
食事は再開され、先にうどんを食べ終えた友奈が聞いてきた。
「僕も詳しいことは。ただあれ、めちゃくちゃ重くて、あれを持ったまま四国まで逃げてきたおかげで、相当体力がついたよ」
「今は大社に預けてあるんですよ。大社の最新技術で、アップデートを行っているそうです」
と、ひなた。
「皆さんの勇者専用装備も、大社で作成中とのことです。ハガネにも、専用の武器を造るそうですよ」
本来のハガネに備わっていた刀は生太刀へと変化したことで、今は若葉に所有権が移っている。
怪物相手に素手では心もとないと、大社は代わりになる装備を急ぎ製造中なのだ。
「へー。こんなこと言うのは不謹慎だけど、ちょっと楽しみだな」
決して戦いを望んでいる訳ではない。
そう思いつつ帯一は、新しい玩具を買ってあげると言われた子供のような、無邪気な笑顔をつい浮かべてしまうのだった。