ハガネの騎士と勇者たち 作:けの~び
伊予島杏は
彼女は今、勇者として他の少女らと共に、「樹海」と呼ばれる特殊な空間にいる。
ここは敵を迎えるために、神樹がつくり出した戦場なのだ。
そう。
ついに彼女たちに、人類の敵──バーテックスと戦う時がきたのだ。
若葉を筆頭に、杏以外の少女らは勇者へ変身し、すでに星屑の迎撃に当たっている。
が伊予島杏は一人、怪物への恐れから勇者システムを起動させることが出来なかった。
残された少女の隣には、
杏を心配する球子のために、帯一はこの場にとどまったのだ。
「ごめんなさい……」
杏は小さな声で謝る。
それは横にいる帯一に対してであり、また今戦っている球子らに対してのものでもあった。
そんな少女に、帯一は明るく言葉をかける。
「気にすることないよ。杏ちゃんみたいに、怖がるのが普通なんだから」
「でも……」
「実際、僕も結構ビビってるよ? ほら、手が震えてる」
そう言って少年は、自分の両手を杏に見せた。
冬の中にいるようにガタガタと震える体を、心を隠さない帯一に杏はたずねる。
「怖いのに、帯一さんは戦えるんですか?」
「うん」
「……なんで」
「みんながいるからだよ」
自然と、帯一は杏の手を握った。
彼女を安心させようと、優しく語りかける。
「ここには杏ちゃんがいて、若葉も友奈ちゃんも、郡先輩もいるし、外の世界ではひなたも待っていてくれる」
「…………」
「君にも球子ちゃんがいてくれる、でしょ?」
「たまっちが……」
握られる少年の手の平の温もりが、伊予島杏の不安を溶かしていく。
まるで、心の中から恐れという闇を、
杏の瞳は、いつも側にいてくれた少女のことを探す。
自分を励まし、守り、支えてくれた土居球子という少女を。
あっ、と杏が小さく声を漏らす。
彼女の視線の先では、勇者となって戦う球子の姿が映っていた。
球子は多数の敵に囲まれ、苦戦している。
彼女が相手していた星屑の何体かが、その手を逃れて後方で退避している杏と帯一の元へ向かってきた。
「杏、逃げろーっ!」
球子の叫びが聞こえた。
同時に目の前には、すでに星屑の大口が開いている。
「はぁ!!」
帯一は杏の前に立ち、持っていた剣を一閃。星屑の一体を切り裂いた。
この剣は少年の力である「鎧」のために、大社が新造した専用の装備である。
「いける……若葉と訓練したおかげで、僕も戦えるぞ!」
そのまま、周囲を
これまでの幼馴染との特訓の成果が、今花開いたのだ。
前線では未だ、球子は多数の星屑相手に苦戦中である。
帯一は背後の杏を振り返って、今一度手を差し伸べた。
「行こう、杏ちゃん。球子ちゃんを、みんなを助けに」
「……はい!」
少年の手を取る。
杏は決意と共に、
球子の窮地に駆け付ける杏と帯一。
二人が参加したおかげで、勇者側は一転して敵を押し始める。
しかしバーテックスの側でも、戦力を増した勇者たちに対抗。
残った星屑が融合し、三年前に若葉の前に出現した「進化体」を形成した。
「棒? なんか弱そうだけど」
進化体を見た友奈がつぶやく。
言葉の通り、進化体のバーテックスは一本の、物干しざおの様な姿をしている。
とても攻撃力があるようには見えないが……。
「私がやってみます」
様子見として、杏は自身の武器であるクロスボウを放つ。
遠くからの攻撃は、板状の組織を展開した進化体によって、そのまま少女の元へ跳ね返されてしまった。
「!?」
「杏ッ」
盾を持つ球子だったが、予期せぬパターンに反応が遅れる。
杏に向けて真っすぐに、射かけた矢が帰って来る。
帯一が杏の前に飛び出た。
そのまま剣を前方に向けて、クルリと円を描くような動作をする。
矢はすぐそこに。
がそれは帯一にも、杏の体にも触れることは無かった。
少年の剣が描いた円の中から、銀色の光が彼の身を包む。
キンッ、という高い音と共に弾かれた矢が地面に落ちる。
光が晴れ帯一の体には、彼が手にした力──「ハガネ」と呼ばれる鎧が装着されていた。
「こいつは、僕が倒す!」
ハガネの紫色の瞳が、進化体を睨みつける。
跳躍。
ハガネは一飛びで怪物に迫り、勇者の攻撃をはじき返した硬質の進化体を、一刀のもとに両断した。
ほんの数秒の出来事だったが、それ故に少年のまとう鎧がいかに強力なものであるか、勇者たちは実感するのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
初めての戦いを終え、若葉は
元は大社から任されたまとめ役だったが、初戦において率先してバーテックスに挑んでいったこと、一番の戦果を挙げたことからみんなで話し合って決められたのだ。
若葉に対して反目していた郡千景も、彼女の力は認めざるを得ないところだった。
共に怪物相手の初めての戦闘を乗り越えたことで、七人の仲は深まった。
帯一はそう感じていた。
しかし、状況は一変する。
「鋼田くん、どういうつもりなの」
二度目のバーテックスが襲来した樹海の地で、郡千景はハガネの鎧を解除した帯一に、苛立ちをぶつけていた。
戦いの前に実家へ帰省していた千景だが、戻ってきてから戦闘中の彼女は、どこか様子がおかしかった。
それに気づいた帯一が、進化体に対して切り札を使おうとした千景に代わって、ハガネの力で敵を排除したのだ。
しかしこの事がなぜか、少女の神経を逆なでしてしまったようで……。
「手柄の横取りなんて、何様のつもり……!?」
「いや、僕はそんなつもりじゃ」
「敵を倒すのは私の役目よ! 私は、誰よりも多くバーテックスをやっつけなきゃならないの! もっと、もっと敵を殺して、殺して……殺し尽くさないと、私は……私の価値は……」
「せ、先輩……?」
千景の態度は帰省前より、明らかに悪くなっている。
一体、彼女になにがあったのだろうか。
このあと、一同は大社から慰安として温泉旅行に出かけたのだが、そこでも千景は帯一を避け続けた。
どうにかして彼女の怒りを解消したい帯一と、二人の仲をとりもちたい友奈たちであったが、不幸にもすれ違いは続く。
「僕は、どうすればよかったんだろう……」
「帯一くんが千景さんの代わりに戦ったのは、決して間違いじゃありません」
訪れた旅館の深夜のロビー。
みんなが寝静まったあとで、ひなたはそう少年を励ます。
彼女だけは千景の身に起きたあらましを知っているのだが、それは千景本人に代わって打ち明けていいものではない。
若葉は若葉で、チームの不和になにも出来ない自分を責めていた。
「私は、リーダーには向いていないのだろうか」
「そんなことありませんよ。若葉ちゃんは、立派に自分の役目を果たしています」
問題は、若葉の戦う動機にあった。
彼女は未だ、過去に助けられなかった友人たちの恨みを晴らすという、復讐のために刀を振っている。
それではダメなのだと、若葉のことを見てきたひなたは気づいている。
しかしこれは、若葉自身が気づかなければならないことだ。
帯一の問題と共に、ひなたには直接してやれることはなにも無い。
悩みのただ中にいる幼馴染を助けてやれないことに、ひなたもまた苦しんでいた。
しかし、彼女は信じてもいた。
「帯一くんと若葉ちゃんなら、きっと今の悩みを解決できますよ」
ひなたのほほ笑みは、暗い夜を明るく照らすような、温かいものに二人には感じられた。
◇ ◆ ◇ ◆
そんな状況にも構わず、敵はやって来る。
早くも三度目のバーテックスの襲撃は、前回の数十倍の戦力でもって行われた。
およそ千体にも及ぶ星屑の群れを前にして、乃木若葉は迷うことなく最前線へと向かって行く。
「チームの不和は、リーダーの私がカバーする!」
戦いが起きる直前、ひなたは自らに降された神託を若葉に伝えていた。
──不和による危機が訪れる──、神樹からの予言である。
神託は曖昧なイメージで伝えられるため、具体的な内容は分からないが、それ故に若葉は不安を覚えた。
仲間の誰かが怪我を負うのかもしれない。それは取り返しのつかないものかもしれない。
ならば……。
若葉は自らがより強くあれば、誰も傷つくことがないという結論に至った。
「敵がいくらいようが、全て私が切り捨てるッ」
彼女は一人突出し、敵の群れへと突っ込んでいく。
それはもはや勇気ではない。
ただの愚かな、蛮勇でしかなかった。
「大変……バーテックスが、若葉さんを取り囲んでる!」
「おい、若葉! 戻ってこい!!」
杏や球子が呼びかけるも声は届かず、すでに若葉は敵中で孤立してしまっていた。
全員で助けに行けば、守るべき神樹が無防備となる。
「私、若葉ちゃんを連れ戻してくる!」
「いや、僕が行くよ」
パワータイプの友奈がごり押しで敵陣に突っ込もうとするのを、帯一が止めた。
同じ一人で助けに行くにしても、鎧を持つ帯一の方が、自分を守るという点では理にかなっている。
「……また、手柄の独り占め?」
隣で千景が皮肉るように言った。
こんな状況でこんな発言をするなど、やはり彼女は正常な状態ではない。
帯一は、千景の
彼女の黒く染まったような心に、自分の気持ちを届かせるために。
「手柄なんてどうでもいい。僕はただ、友達を助けたいだけだ」
「口ではなんとでも……」
「千景先輩だって友達だ! あなたの代わりに戦ったのも、先輩が友達で……守りたかったからだ!!」
叫ぶ勢いのままに、少年は千景の両肩に手をかける。
手の平を通して、思いよ伝われとばかりに言葉を続ける。
「先輩になにがあって、そんなに必死にバーテックスと戦うのか、僕は知らない。けど、僕はみんなを守りたいんだ! それは千景さんも同じだ!」
「私を……守る……」
懸命な叫びが通じたのか、少女の瞳から徐々に
千景は帯一の手を通して、彼の中に自身の歪んだ
「無事に帰って来れたら、改めて謝ります。その時は、先輩が怒った理由、聞かせてくださいね」
「ぁ……」
全てを伝えると、帯一は鎧を召喚し、敵の中へと飛び込んでいった。
残された千景は少年の背を、呆然と見送るしかなかった。
たった一人で敵陣のど真ん中で孤立した若葉は、それでも剣を振り続けた。
大勢の人々を無残に食い殺したバーテックス。
奴らに殺された人たちの無念を、自らの怒りに込めて。
すでに倒した敵の数は百を超えたか。少女の体力は限界を迎えつつある。
それでも、若葉は刀を持つ手をゆるめない。
「みんなの無念を晴らすまで……私は、倒れる訳にはいかないんだ……!」
若葉を囲んだ星屑が、同時に向かってくる。
次々と切り伏せるも、敵は多く、内の一体が彼女の死角から迫ってきた。
「しまっ……!?」
「若葉ぁーッ!!」
駆け込んできたハガネが、一太刀で少女に迫る星屑を斬る。
助けられた若葉はしかし、ハガネをまとう幼馴染を
「帯一……なぜ来た!? 私は一人でも戦える!」
「放って置けって? 出来るわけないでしょ、そんなこと!」
負けじと帯一も、無茶をした若葉を怒る。
そのまま二人は背中合わせに、辺りを取り巻く怪物を牽制した。
「私は乃木家の者として、リーダーとして、勇者として……
異様なまでの怒りと共に、少女は怪物たちに刀を向ける。
若葉の必死な姿は、千景の時と同じだ。
まるで人々の怨念に憑りつかれているようだ、と帯一は感じた。
元より責任感の強い乃木若葉という少女は、人類を守る勇者という任を背負わされたことで、より強い使命感に動かされている。
しかしそれは、彼女を苦しめるだけではないか……。
帯一は幼馴染として、無茶を続ける若葉を止めようとする。
その直前──天より一筋の雷光が轟いた。
放置していてすみません。
全十三話でプロットを組んでいたんですが、最後まで続けるのが難しくなったため、ここから打ち切りの方向へ舵を切ります。
あと二話で終わるよう話をまとめますので、最後までお付き合いください。