「好きです、付き合ってください」
「いいよ」
*
「──で、めでたく司馬山さんと付き合うことになったってわけ」
「いや、意味がわからないよ……」
帰宅したり部活に出向いたりして俺たち以外の生徒がいなくなった放課後の教室。俺の正面に陣取って説明を聞いていた周藤がずれた眼鏡の位置を直しつつうめいた。それも当然だろう。なにしろ当事者の俺自身も何でこうなったのかよくわかっていないのだから。
「俺もまさか即答でオーケーされるとは思わなかったよ。驚きすぎてお、おう、とか返事がどもっちまったよ」
「だろうね……まさか司馬山さんが転校してきてそんなに経ってないのに成功するとは思わなかったよ」
「まったくだ」
苦笑する周藤に俺は頷いて同意する。
司馬山さんが我らが河南学園に転校してきたのはつい一週間ほど前、GW明けのタイミングだった。二年生の、しかもそんな中途半端な時期の転校生ということで話題になったのだが、とびきり美人な女子生徒ということで話題をさらったものである。
女子にしては高い身長とすらりとした白い手足と、ところどころ癖っぽく跳ねつつもしっとり艶やかなセミロングの黒髪。そしてなによりちょっと着崩した制服の上からでもわかる起伏のある体躯は、全男子生徒を魅了したのだ。
代わりに女子生徒からは愛想が悪いとか不良っぽいとかやっかみに近い批判を受けているようなのであるが……。
「……おかしいだろ」
と、そこで地の底から響くような声が隣の席から聞こえてきた。
そちらなら目を向けると、机に突っ伏した姿勢のまま角刈りの男──馬場ががばりと顔を上げて吠えた。
「なんで成功してんだよ!ここは諸星がフラれて笑い者になるところだっただろうが!」
「お前、人のこと焚き付けておいてそんなこと考えてたのか……」
そもそも俺がこんな早い段階で司馬山さんに告白することになったのはこの馬場に司馬山さんがフリーなのも今のうちしかないと力説されたからだ。
こいつにクラスのトップカーストな人気者とかバスケ部エースの高身長イケメンとかが本格的に食指を伸ばしたら一般モブなお前じゃ太刀打ちできないとけしかけられてつい柄にもないことをしたのだが、望外の結果により邪な企みは打ち砕かれてしまったのであった、丸。
「くそっ!諸星が告った時の様子を参考にして俺が後から告白する計画だったのに……!」
「こいつ、思ってた数倍クズなことを考えてやがったな……」
「それでそのまま相手を取られてちゃ世話ないね……」
「うるせえ!そもそも意味わかんねえよ……なんで司馬山さんと話したこともないようなお前の告白が受け入れられるんだ!やっぱり女子連中が噂する通り司馬山さんは不良でヤリマ──」
「
余程意中の相手を目の前で掻っ攫われたのが悔しかったのか、不届な言葉を口にしようとした馬場だったが、周藤の珍しく低い声にびくりと反応して口をつぐむ。
「よく知りもしない相手のことを噂だけで貶すのは失礼だよ」
「わ、わりい……」
……この二人とは二年に進級してクラスが一緒になってからつるむようになったのだが、ガタイが良く厳つい見た目の馬場よりもなよっとした感じの周藤の方が立場が強いらしい。
人は見た目ではわからないものである。
「とりあえず話した感じだと、少なくとも遊んでるわけじゃないみたいだな」
場の雰囲気を切り替える意味も込めて俺が口を開くと、ふたりの視線がこちらを向いた。
「そうなの?」
「ああ、本人が言うには誰かと付き合うのは初めてらしい」
そこで馬場が何かに気がついたようにあっ、と声を上げた。
「そういやお前、あっさり告白が終わったような口ぶりだったけど普通に会話してたよな?」
「してたけど、なんで知ってるんだ」
「そりゃあ情報収集のために物陰から観察してたからな」
「こいつ……」
「で、司馬山さんはどんなことを言ってたの?」
周藤が興味津々といった様子で尋ねてくる。周藤がこういう話を聞きたがるのは珍しい光景であるが、それだけ司馬山さんの為人が窺い知れなかったことの証左でもある。
なにしろ司馬山さんは今まで特定の友人を作らず、休み時間は机で寝ているかふらりとどこかへ消えるかだったし、部活にも入らず放課後はさっさと帰ってしまっていたのだ。
そんな謎の転校生とまともに会話に成功したとなればその様子を聞きたがるのは仕方のないことだろう。
「そうだよ!実際どんな感じだったんだ?やっぱりギャル系だったか?それとも清純キャラ!?」
「そうだなあ……正直、よくわからなかった」
「はあ?」
怪訝な顔をするふたりを他所に、俺は司馬山さんと繰り広げた会話を思い返しながら語り始めた。
*
「好きです、付き合ってください」
「いいよ」
「お、おう……」
校舎裏に呼び出した司馬山さんに高台から飛び降りるように目を瞑ってえいや!と告白した俺は、あっさりと了承の回答が返ってきて挙動不審な返答しかできなかった。
当の本人はそんな俺を笑うでもなく、特に表情も変えずに立っている。
その様子が告白されてそれを受け入れた者の姿には見えず、俺は思わず確認した。
「その、本当に良いの?」
「うん。別に誰かと付き合ってるわけじゃないし」
これまたあっさりと、司馬山さんは頷いた。俺の聞き間違いということはなさそうであったが、その口ぶりは今フリーだからとりあえず受けましたと言わんばかりの口調である。
いやまあ、今まで話したことのない男子からされた告白への返事の理由なんてこんなものかもしれないが、あまりに理由が端的すぎて俺は不安になった。
女子のやっかみだろうと信じてはいなかったが、もしかして遊んでる系なのだろうか。
「どうしたの?」
黙ってしまった俺を不審に思ってか司馬山さんが首をこてんと傾けつつ問うてきたので、俺は慌てて笑みを浮かべて応対する。
「いや、俺ってば誰かと付き合うのは初めてだからさ。勢いで告白したけどその後のことを考えてなくて」
つい考えていたことを絡めて答えてしまったが、これで私は慣れてるから、なんて言われたらどうしようと不安が過ぎる。
しかし、その不安はすぐに司馬山さんの手によって取り払われた。
「わたしも初めて。とりあえず受けたけど、付き合ったら何をすればいいんだろうね」
真面目な表情で考え始めた司馬山さんに俺は内心で安心しつつ何をするべきか考えると、スマホを取り出して司馬山さんに話しかけた。
「そうしたらまずは、連絡先の交換をしようよ」
「うん、わかった」
司馬山さんも了承してくれてポケットからスマホを取り出したので、とりあえずラインの交換をしようとしたのだが……。
「はい」
司馬山さんは何故かスマホを操作することなく、俺に自分のスマホを手渡してきた。思わず受け取ってしまってから、俺は困惑する。
「ええっと……俺が登録を作業してもいいってこと?」
「うん。わたし、ラインの登録とかよくわからないからお願い」
「あ、ああ。司馬山さんが良いなら……」
付き合い始めたとはいえ、まさかそこまで仲良くもない相手にスマホを預けるとは……。
俺はできるだけ画面を見ずに登録作業を行なって、司馬山さんにスマホを返した。
司馬山さんは返ってきたスマホを操作すると、うん、と頷いた。
「ありがとう。君、諸星君って言うんだね」
どうやらラインの登録名を確認したらしい。
そこからなのか……一応同じクラスではあるのだけど。
内心がっくりときたが、一週間でクラスメイト全員の名前と顔を一致させられはしないだろうと、その気持ちをなんとか顔には出さないようにする。
「そ、そうだね。改めて、諸星孝明です。これからよろしく」
「ご丁寧にどうも。司馬山
ちょっとかしこまり過ぎたかなと思ったが、むしろ俺よりも丁寧な感じで返されてしまった。不束者ですが、なんて恋人を通り越して嫁入りみたいな言い方だったので思わずドキッとする。
……しかしなんというか、掴みどころのない子だな。
さっきから司馬山さんと会話をしているが、為人がいまだによくわからない。天然っぽいような感じもするし、不思議ちゃんっぽいようにも思える。
相手のことをまったく知らないままに告白しておいてなんだし、そもそも付き合うようになったという実感も今のところまったくわかないのだが、せめてもうちょっと司馬山さんのことを知っておきたかった。
なので、俺は思い切って司馬山さんに質問する。
「あのさ、こんなこと聞くのもあれだけど、何で俺と付き合ってくれたの?」
司馬山さんはその問いに答えず、逆に質問してきた。
「諸星君は、なんでわたしと付き合おうと思ったの?」
「あ〜、それは……」
それが予想外だったので俺は返答に窮したのだが、司馬山さんは俺が答えを返す前にさらに言葉を続けた。
「当ててみようか。ずばり、おっぱいだね」
「はあ!?」
さらに予想外が上乗せされて思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺に、司馬山さんは自信満々な感じで頷いている。
「だって、ここで合ってからちらちらと視線が下に向いてるしさ。どう?合ってる?」
そう言いながら自分の胸を両の手で掴んで持ち上げて見せる司馬山さん。俺は制服越しでもわかるぐらいに形を変えるそれを思わず凝視してしまったが、慌てて視線を逸らしながら返事をする。
「い、いや!俺は別にそんなつもりじゃ!」
「じゃあ脚の方かな?それともお尻?」
「そ、そんなことないって!」
司馬山さんに追求されて俺は冷や汗を掻きつつ弁解する。確かに正面から見た司馬山さんの身体な見惚れた部分があることは否定しないが、それをそこまで指摘されるとは思いもしなかった。
「俺は、別にそういうのじゃなくて……」
「けど、見た目の他に理由はないんじゃない?わたしたちは、さっき初めて会話をしたんだし」
「そ、それは……」
俺は言葉を詰まらせた。司馬山さんに言い返す余地はかけらもなかった。確かに俺は司馬山さんがどういう人なのかを知らず、ただその見た目が好みであったからという理由だけで告白したのである。
そのある種の不誠実さを糾弾されている気がして、俺は項垂れた。
「その、ご、ごめん」
思わず口から謝罪の言葉がついて出る。やはり俺なんかが勢いで告白するべきじゃなかったんだと後ろ向きな思いが脳内を占め始めた時、司馬山さんが口を開いた。
「なんで謝るの?」
「え?」
その口ぶりが本当な不思議そうだったので、俺は顔を上げて彼女を見た。
司馬山さんは会話を思い返すように視線をあさっての方に向けながら首をこてんと傾けている。
「ううん。特にそういう流れじゃなかったと思うんだけど、なんか気に触ることでもされたっけ?」
「ああ、いや。俺はてっきり、下衆な下心で粉かけてくるんじゃねえって説教されているのかと……」
「あ、下衆なんて言葉、現実で使う人初めて見た」
「ええ……いやまあ、俺も初めて使ったけどさ」
「わたしが言いたいのはさ」
司馬山さんは急に話を戻した。
「諸星君がわたしの見た目以外に告白した理由がないみたいに、わたしも諸星君の見た目ぐらいでしか判断してないよってこと」
「あ……」
確かに司馬山さんの言う通りだった。俺が司馬山さんのことを容姿ぐらいしか知らないなら、彼女だって俺のことを見た目でしか知りようがないのだ。実際彼女は、俺の名前すら覚えてなかったわけだし。
そして司馬山さんの口ぶりは、俺の見た目ぐらいはしっかりと見てその上で判断してくれたということだ。
「……よかった。それじゃあ見た目は合格だったんだね」
少なくとも誰でもよかったなんてことはなさそうだと安堵して、思わずそんな軽口がこぼれる。
司馬山はそんな俺に、大真面目な顔で頷いた。
「そうだね。もし諸星君の頭がザビエルみたいだったら、わたしも付き合うかどうか考えたと思う」
「……」
沈黙する俺を他所に、司馬山さんはスマホをチラリと確認してあっと声を上げた。
「それじゃあこの後用事があるから、もう帰るね」
「あ、ああ」
告白の返事と同じくあっさりと身を翻した司馬山さんは、数歩進んでから思い出したように振り返った。
「そんなわけで、これからよろしくね」
「よ、よろしく……」
今度こそさっさと去って行った司馬山さんの後ろ姿を見送りながら、俺は思わずつぶやいた。
「何と言うか、よくわからない子だったな……」
*
「……で、その足でここまで戻ってきたわけなんだね」
何とも言えない表情の周藤に、俺は頷いた。
「まあ、そうなる」
「なんつうかこう、よくわかんねえなあ……」
「いやまったく」
呻くように漏らす馬場にも、俺は同意することしかできない。
結局司馬山さんと会話してわかったのは、司馬山さんの為人がよくわからないということだけだった。
一応お付き合いに前向き……と言っていいかもわからないが、真面目に付き合ってくれはするらしいことが一番の収穫だろう。
「まさか司馬山さんが不思議ちゃんだったとはなあ」
「あれを不思議ちゃんと言っていいのかもよくわからないんだが……」
「ちょっとズレてる感じなのは間違いなさそうだねえ」
それぞれが感想を述べ、一瞬の沈黙を挟んでから周藤が俺を見据えた。
「……で、司馬山さんとは付き合うことにするの?」
「まあ、そりゃあね。思ってたような感じじゃないけど、せっかくお付き合いできるんだし。それに、こっちから告白しておいてやっぱりなんか違うから無しなんて失礼だしさ」
「まあ、それはそうか」
苦笑しつつ引き下がった周藤の代わりに、馬場が思い出したように憤然と声を上げる。
「あ!そういやお前、すっかりそんな雰囲気じゃなかったが、あんな美人で良い身体した彼女作りやがって!くっそお!先に告白してりゃ付き合えたかも知れないのに!」
「克典」
悔しがる馬場を周藤が嗜めるが、俺はその可能性があり得たことを理解しつつ馬場に言ってやる。
「そういやお前が俺の背中を押してくれたお陰で司馬山さんと付き合えたんだったな。ありがとな」
「ぐあああああああ!」
発狂して机に頭をがんがんと打ちつけ始めた馬場を他所に、俺はこれからのことを考え始める。
俺も司馬山さんも初めての彼氏彼女である。彼女は付き合ったら何をすれば良いのかわからないと語っていたが、俺もそれは同じだ。
そりゃあ男の子としてはあれやこれやと考えてしまうが、まずは司馬山さんのことをよく知らなければ先にも進めまい。
しばらくは手探りになりそうだなと思いつつ、まずは暴れる馬場を抑えつけている周藤を手伝ってやることにした。