漏瑚と、夏油───
人間を憎む呪いと、人間の極みたる術師
彼らは如何にして、手を組むこととなったのか


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大地の呪いVS呪いを操るもの

 

 特級呪霊。人類へ恐怖を撒き散らす、最上位の呪霊達。その多くは人間の同等以上の知能を持ち、術式をも使いこなす。

 其は、その規格外の枠組に逢ってなお規格外だった。

 

 富士山麓。常人は訪れない樹海の奥深くに、それはいた。

 

 ぐつぐつと。沸騰する殺意、憎悪、怒気。

 人類への敵意に満ち溢れた単眼が、ギョロりギョロりと蠢き廻る。

 漏れ出す欲は灰煙となり、頭の穴から噴き上げる。

 

 小柄なその体は、腰掛けている事で更に小さく見える。

 そのはずなのに。

 

 身に宿すマグマのような呪力! 

 動けば誰よりも素早いだろう、力を蓄えた四肢! 

 

 この時代の誰よりも殺人に特化した呪いが、そこにある。

 

「──相変わらず、なんて化物」

 

 額に縫い目のある男は、そう呟いて薄く笑む。

 

 五条袈裟を纏う坊主である。

 若く見えるが──その真なる齢は不明。

 最悪の呪詛師夏油傑の体を手繰る呪いの頭脳。

 慈悲の羂、救済の索を冠する、皮肉にもならぬ若作りの古老。

 後に最強をも封じ込め、日本全土を呪いの渦へと叩き込む策士。

 宿願たる人類進化、この世全ての呪力適応を目指し、千年を超えて生き永らえる魔人である。

 だが、今は未だ、夏油傑と呼称しよう。

 

「やあ、漏瑚殿。私の提案に乗る気になってくれたかな」

「……貴様か」

 

 サクサクと、草を踏みつけて歩み寄る夏油へ、特級呪霊はギョロりとその単眼を向ける。

 

「其処より此方に寄るでない」

 

 言葉に従い、夏油は止まる。

 両者の距離は四間といったところか。

 会話には遠いが、特級同士の間合いとしては近過ぎる。

 

 僅かな沈黙。

 空間が凍てつく──否。これは熱だ。今にも沸騰するその直前。

 

「夏油と、言ったな」

 

 漏瑚は呟く。

 

「手を組むのであれば、互いの力量は知っておくべきであろう」

 

 刹那。

 爆発する漏瑚の呪力量。身に纏う呪いが空へ噴き上げる。まさに火山の噴火だ。迸る勢いは風すら産み、夏油の袈裟をはためかせる。

 

「やれやれ」

 

 呆れた口調は、漏瑚に向けてではなく。

 漏瑚にバレぬよう周囲に配置していた呪詛師数人に向けてである。

 

「何が起きても焦るなと言っていただろうに」

 

 漏瑚の力に圧倒されて、咄嗟に動き出した呪詛師たち。彼らは二人を囲むように陣形を組んで

 

「兵を伏していたか」

 

 しかし、呪詛師らが己の術式を行使するより遥かに早く、

 

「敬意の表れだと受け取って欲しい」

 

 夏油が呪いを展開する──。

 呪霊操術。夏油傑の肉体に刻まれた特級の呪い。呪霊を無尽蔵に取り込み、その力を自在に使役する超抜の異能。

 

「所詮は紛い物」

 

 それよりも速く。

 漏瑚が両手で印を結んだ。

 

「端から信用などしてはおらん!! 焼き尽くしてくれるわァッ!!」

 

 領域展開!! 

 

 初手から全力! 

 

 呪術の深奥、心象世界の現実顕現!!! 

 

 

 

「『蓋 棺 鉄 囲 山』」

 

 

 

 

 漏瑚の生まれ持つ、紛い物には生存不能な灼熱の異界が創造される!!! 

 

 岩石と溶岩に覆われた地獄。

 この領域では、弱者は瞬時に灰と化す。

 夏油が率いた呪詛師らのように。

 陣形を組んだ彼らは何一つ成せずに焼け死んだ。

 

(やはり、強いな)

 

 呪詛師の中には高専の等級に換算して二級相当も複数人いた。中には氷雪系の術式保持者も。彼らが一瞬で燃え尽きたのを見て、夏油は頷く。

 

(それでこそ、利用価値がある)

 

 展開した呪霊の殆ども炎に包まれて消滅したが、男は全く焦らなかった。

 むしろ涼しげですらある。

 

「貴様、何故死なん」

 

「さあ? 純粋に熱が足りてないんじゃない」

 

 冬場は便利そうな領域だけどね。

 なんて嘲れば、

 

「後悔しても遅いと知れ!!」

 

 当然のように漏瑚は怒った。

 術式が廻る。呪いが形を結ぶ。

 大地への畏怖が空中にて巨大な質量として顕現する。

 極之番──隕。

 その名の通り隕石の如き砕くものが、夏油目掛けて放たれた。

 

 そう、放たれたのだ。

 

 異常である。領域内での攻撃は、放出するのではなく発生するものだ。必中必殺の攻撃は、当たった瞬間に現実化する。

 にもかかわらず、今回は違った。漏瑚の隕は、夏油に命中した瞬間に生まれたのではなく、生み出されてから夏油目掛けて飛来したのだ。

 これは漏瑚の意図に反した挙動と言える。

 現に使用者本人も驚愕の表情を浮かべていた。

 

 一方の夏油は素早く跳躍し、隕石を回避している。

 

 彼の周囲には呪いが渦を巻いていた。

 

「簡易領域だよ」

 

 男は術式を開示する。

 

「私のじゃないがね。三体ほど展開した」

 

 領域に呑まれる直前に放った呪いのうち、生き残った三体が簡易領域を保持していたのだ。

 夏油の背後に立つ、鋏を握る黒髪の怪人。かつてこの体を保持していた男が取り込んでいたのと同種の呪いだ。

 そして後方に二つ。

 合計三つの簡易領域が、漏瑚の必中を中和していた。

 

「さて、こちらも動こうか」

「させん!!」

 

 駆け出す二つの影。

 夏油は肉体を呪力で強化し、更に研鑽の果てに身に付けている体術により人智を踏み越える。

 一方の漏瑚は努力でも才能でもない、呪霊として生まれもった基礎スペックのみで圧倒的な速度を叩き出した。

 両者は真正面から激突するように加速して。

 

「ヒャアッ!!」

 

 衝突直前で漏瑚が腕を横に振った。

 直後、夏油の右方に極小の火山が形成された。その火口より吹き上がる炎。熱線が夏油へと襲い掛かる。

 それを夏油は回避しない。翳した右掌の前、空間が捻れて歪む。何も無かった其処に、呪いが姿を現した。取り込んだ呪霊の中でも特に堅いものを呼び出したのだ。

 これら二、三級相当を六体束ねて壁とする。熱線を受け止めさせた隙に漏瑚へと接近。右方へ向けていた手を握り締め、横に薙ぐ。同時に左足での蹴りを放っている。

 横と縦の同時攻撃。右手を避ければ蹴撃が入る。逆も然別。

 漏瑚はどちらも選ばない。その手を夏油に向けて開いただけだ。

 掌から迸る赤熱。

 

(熱線! そこからも撃てるのか!!)

 

 だが、夏油には命中しなかった。

 発射直前に漏瑚の足場が消えたのだ。

 これもまた呪霊操術によるもの。地震を司る呪いの技だ。炎を右手から出した呪いで防いでいる隙に、左手側から放っていたのだ。

 落下するように体勢を崩したため、熱線はあらぬ方向へと向かう。

 そして、隙を晒した小柄な体躯へ、夏油の体術が炸裂した。

 

 まず、蹴りが届いた。

 次いで、蹴撃で浮いた体を叩き落とす左肘。

 その勢いを保持したまま、落下しきる前に体を捻って、右の拳を叩き付ける。

 

 轟音と共に領域の地面へと墜落させられた漏瑚。だが。

 

「温いわ!!」

 

 ビタンッ!! と、四肢で地面へ着地する。受け身すら取らない。必要ない。大地の呪いは素の身体能力だけで、夏油の三連撃を耐え、その威力を封殺した。

 

「やるね」

 

 追撃の拳に対して、漏瑚は地面に接する四肢へ力を込める。

 大地を握り、引っ張る。

 踏み締め、蹴り飛ばす。

 猫のような跳躍で、大きく距離を取り──領域の壁を蹴って加速した。

 そのまま跳弾のように領域内を跳ね回る。もはや点ではなく線にも見える高速移動。

 夏油は何処から来るかと身構えざるを得ず。

 その隙に、今度は漏瑚の攻撃が炸裂した。

 ただし、夏油にではなく。

 彼が展開していた三体の領域持ち目掛けてである。

 熱線二つが呪いを焼き、隕を用いて残りひとつを潰す。

 

「焼け死ぬがいいわ!!」

 

 間髪入れずに術式が駆動した。

 三百六十度、全方向から迫り来る隕による大質量攻撃。

 大地の呪いでありながら、その攻撃はまるで森のように、或いは津波めいている。

 それもそうだろう。山林は大地に根差し、文明を押し流す津波は地震によって生じるもの。

 全ての畏れは大地へ通ずる。

 灼熱を纏う流星群が、夏油の体を飲み込む。

 

「……なんだ、それは」

 

 単眼が見開かれる。

 

「君らと同じ、特級だ」

 

 夏油が展開したのは呪霊。降り注ぐ隕に対抗でき得ると判断したそれは、千年を超えて崇敬を集める大いなる力であった。

 周囲の空間が歪み、パキパキという異音と共に姿を現したのは巨体である。その頭と尾はそれぞれ八つ。眼は赤い鬼灯の如く赫赫と猛る。山岳の霊木を思わせる硬く堅い肉体は、あらゆる攻勢を遮断する鎧にして、触れた全てを打ち砕く牙たる無数の鱗で覆われている。

 

 ──その名を、特級仮想怨霊 八岐大蛇。

 

 人は、蛇の姿に水を見出だした。

 その特異な体へ、流れる川を当て嵌めて、渇水に逢っては雨を乞い、増水では鎮まれと祈りを捧げた。

 河川の持つ圧倒的な猛威を畏れ敬い、そして呪った。

 故にこそ、その鱗は堅牢極まる。

 不滅を誇る蛇神が、隕を受け止める壁となる。

 全方位からの攻撃を八つの首と尾が受け止めた。そうしてできた活路──上の方向へと、夏油は駆け抜けて、空中へと到達する。

 隕の群れを抜けて、空へ。ぐるりと体を回転させて、地上を見下ろす。

 漏瑚を、視野に納めた。

 

「次だ」

 

 更なる特級呪霊を解き放つ。

 防御の蛇に対する、こちらは攻撃特化。

 古代にて恐れられたのは自然であり、畏れられしは神であった。

 だが現代においては僅かに異なる。人口一億を超えた日本社会。垂れ流される呪いは果たしてどこへ向かうのか。

 自然へ向かう流れがある。

 仮想へ集う呪いがある。

 しかしそれらとはまた異なった、過去に無かった概念へと、雪崩れ込む畏怖も存在する。

 血と戦争とテロルと独裁、そして自由に対する負轟がひとつの呪いの形に変わる。

 それは、刀も槍も及ばない。

 かつて侍を殺し。

 騎馬の時代を終わらせ。

 戦場から武勇と誉れを簒奪した。

 平安の世に欠片もなかった最新式。

 引き金ひとつで英雄すらも殺して魅せる、効率的な死のカタチ。

 

「特級銃霊とでも洒落込もうか」

 

 頭部に砲身。胸部に人面。数多の銃火器を融け合わせた様を思わせるその姿は、戦争の具現に他ならない。

 武器への恐れが生んだ、最新鋭の特級である。

 

「『威鳴神(いなりがみ)』」

 

 呪霊兵器はその腕を前へ──この領域の主たる、火力の究極へ突きつけて。

 

 撃鉄落下。雷管鳴動。すなわち撃滅開始! 

 

 銃声の大合唱。

 人体が相手なら二百回は殺せるだけの弾丸の雨。

 轟音と共に跳ね回る鉛の舞踏会である。

 

 如何に漏瑚と言えど、当たればただでは済まない。

 

 当たれば、だが。

 

 火薬も鉛も鋼も──元を辿れば大地に属する。

 

 クイッ、と。漏瑚が僅かに指を動かす。領域の壁や地面から炎が噴き出し、弾丸全てを溶かし崩す。

 

「新米よ、見よ。これが、炎だ」

 

 銃火を呑み込む、噴火であった。

 噴き出す炎の壁をも吹き飛ばすほどの一撃が、漏瑚の掌から迸った。

 灼熱は弾丸の雨を食い尽くして、銃の特級を貫いた。

 

「貴様が目指すべきは、これだ。次に生まれ堕ちたなら、儂の元に来ると良い」

 

 何処か慈愛の籠った言葉を投げた先で、ザフッと崩れる銃の呪い。

 同時に、隕の軍勢に押し潰されて祓われ消えるオロチの姿。

 

「優しいことだ」

 

 そして呪いを使い捨てた夏油は、漏瑚に大きく接近していた。

 特級二つすら時間稼ぎだ。

 全てはここまで──一間足らずの距離まで近付くこと。その為の道具に過ぎなかった。

 

「簡易領域」

 

 今度は呪いに頼らない。

 自らの手で、領域中和の異界を開く。

 

 夏油傑の肉体を操るモノ。ソレは結界のプロフェッショナルだ。当然、修めている。門外不出の弱者の領域すらも。

 

「さあ、最終局面だ」

「チィッ!!」

 

 体術勝負は、始まらない。

 再び漏瑚の体が落下した。

 

 地震の呪い。此処まで展開してきた呪いの中で唯一、祓われていない呪い。それがこの局面で再び漏瑚の自由を奪う。

 

 そこへ放たれた拳。夏油が勝負を決めるつもりなのは明白な一撃だ。

 

 故に、これで決着する。

 

 はずだった。

 

「それは一度食らった!!」

 

 下から上へ放たれた隕。それは夏油ではなく漏瑚を狙った。突き上げるようなその一撃で、漏瑚自身の体が大きく上へ向かう。

 夏油の拳は灼熱する岩石へと叩き込まれるに留まってしまう。

 

 小柄な体は上へ──天井に届き、そして蹴る。

 落下する漏瑚目掛けて夏油は呪いを放つ。取り出したのは百足のような細長い多足の呪霊の群れだった。それらがまるで真っ黒な腕のように空中の漏瑚に迫る。

 

「隕!!」

 

 対する漏瑚の隕。大質量が空間に生まれた。

 それを百足に向けるのではなく、漏瑚は己の足場として用いる。隕を蹴って方向を転換しながら加速して、超高速で夏油の死角に回り込み。

 それにすら対応する夏油の裏拳が、漏瑚を捉えた──いいや、違う! 回り込んでいたのは漏瑚ではない! 

 夏油の裏拳が砕いたのは、掌より少し大きなサイズの虫である。隕に当たって跳ね返り、背後へ回り込むように投げられていたのだ。小柄な漏瑚の体格と、超高速の挙動のせいで騙された。

 

 では本物はどこに? 

 咄嗟に漏瑚を探そうとした男は。

 

 トン、と。

 自らの腹に何かが触れたのを感じ取る。

 

「これで、終わりだな」

「引き分けってところか」

 

 漏瑚は夏油の腹にいつでも熱線を放てる。

 一方の夏油は、漏瑚の首を右手で掴んでいた。少し力を入れれば砕けるだろう。

 シン陰の簡易領域にあるオートカウンター。その応用だった。漏瑚を探そうと視線を回した瞬間に、既にその手は特級呪霊を掴んでいたのである。

 

 どちらも一秒とかけず相手を即死させられる体勢であった。

 

 静止は一秒。先に夏油が手を離した。

 

 漏瑚は一瞬考えて、掌を下ろす。

 そして領域を解除した。灼熱の異世界が、元の山林へと戻る。

 

 いや、元の姿とは少し違った。

 木々の隙間から二つの呪いが姿を見せていた。

 古木を思わせる白い人型と、蛸のような赤い呪胎。

 領域使用直後で術式の焼きついた漏瑚を守るように、二つの呪霊は佇んでいる。

 

 漏瑚はゆっくりと、先程まで腰掛けていた石に再び腰を下ろす。

 

「……貴様の実力はよく分かった。良いだろう、話を聴いてやるわ」

「ありがたい」

「だが、貴様が我々の利にならぬなら命はないぞ。それを心して話せ」

「それなら問題ない。……君たちに利は沢山ある。まずは、これだ」

 

 夏油はゴソゴソと懐を探って、ひとつの箱を取り出した。

 呪符で封じられたそれを開き、中から一本の棒を取り出す。

 

 その棒を見て、呪霊達は目を見開いた。

 

「貴様ッ!? それはまさか!!」

「ああ、呪いの王、両面宿儺の指だよ」

 

 

 

 こうして、呪いと呪いを操る男は手を組んだ。

 彼らは互いに互いを利用しあいながら事を進めていくこととなる。

 やがて呪霊達が全滅し、彼らが王に選んだ者も、呪詛師に取り込まれてしまうという、無念極まる終わりへ向けて。

 カウントダウンは、静かに始まったのだった。

 


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