グルメ時代から異世界に来るそうですよ?   作:雪月鷹架

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吸血の獣人(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 〝ハンティング〟

 

・プレイヤー一覧 久遠 飛鳥

         春日部 耀

         ジン=ラッセル

         御波

 

・クリア条件 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐

・クリア方法 ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は〝契約(ギアス)〟によってガルド=ガスパーを傷つけることは不可能。

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

・指定武具 ゲームテリトリーにて配置。

 

宣誓 上記を尊重し誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。

 

〝フォレス・ガロ〟印』

 

 場所は〝フォレス・ガロ〟の住居区画。建築物が軒を連ねているその区画は、今やジャングルもかくやの様用を呈していた。鬱蒼と生い茂る木々の枝が煉瓦造りの建築物群の外壁を割り砕き、石造りの街路に根を伸ばしている。

 

 御波たちの先頭に立つジンは、門前に貼られた〝契約書類(ギアスロール)〟を見て声を震わせた。

 

「ガルドを指定武具で打倒!?」

「これはまずいです!?」

 

 ジンの声に同調するように、黒ウサギも声を荒げた。

 召喚された時とは異なり、真紅のドレスに身を包んだ飛鳥は不思議そうに小首を傾げた。

 

「このゲームってそんなに危険なの?」

「いえっ、問題はクリア方法です! このルールでは指定武具以外ではガルドを傷つけることができません。飛鳥さんや耀さん、御波さんのギフトではガルドを傷つけることが不可能になっているのです!」

「恐らく彼は、自分の命をクリア条件に組み込むことで僕たちのギフトを無効化したのです!」

「⋯⋯そう」

 

 飛鳥は厳しい表情で呟いた。指定武具でしか傷つけられないとなると、その武器が何かから探さなければならない。その間に襲われれば、御波たちは防戦に徹さなければならなくなる。

 

「敵は命がけで五分に持ち込んだってことか。楽勝だと思ってたが、中々面白くなりそうじゃねえか」

「まったく、十六夜君は簡単に言ってくれるわね」

「大丈夫。私も頑張るし、御波もサポートしてくれるから」

「⋯⋯そうね。寧ろこれだけのハンデがあって勝ったなら、あの外道のプライドも粉々に粉砕できそうだわ」

 

 耀の励ましに飛鳥は奮起する。ゲーム内容に不安げだった彼女の姿は其処にはなかった。

 昨夜の大浴場で何かしらの会話を弾ませたのか、2人は仲を深めたようだ。

 

 そんな2人を尻目に、御波はゲームテリトリー内の気配について思案する。

 ゲームテリトリー内の最奥に建つ屋敷の二階。階段を上った先の部屋にガルドは居た。

 2mはある虎の体躯。飛鳥たちの話では二足歩行の獣人だったが、今は逞しい四肢で部屋を守るように座っている。

 

(飛鳥たちの話と姿が違う。それに背負ってる物は⋯⋯剣か) 

 

 ガルドはその背中に、一振りの十字剣を携えていた。

 安直に考えれば、その十字剣が指定武具だろう。だが、御波はその可能性が高いと踏んでいた。そうでなければ、態々ガルドが背負う必要がない。

 自身を唯一傷つけられる手段だからこそ、御波たちに奪われないようにしていると考えれば納得がいった。

 

 そして、屋敷の真上。生い茂る樹木で地上からは視認できないが、屋敷の上空に佇む人物の存在を御波は知覚していた。

 

 背丈はジンと同じ位。背中に大きな翼を生やした人物が滞空していたのだ。

 

(誰だろう? 蛇神さんよりも強い気配の人だ〝契約書類(ギアスロール)〟にはガルドの名前しか書かれていないから、ゲームに参加はしなさ──)

 

「おい御波」

「──何、十六夜?」

 

 謎の人物への思考を中断させ、御波は十六夜の言葉に耳を傾けた。

 

「昨日の話を覚えてるよな? お前には悪いが、今回は御チビたちのサポートに回ってくれ」

「⋯⋯分かっているよ。ただ、場合によってはボクがガルドを倒すことになるけど⋯⋯」

「それで十分だ。お前が参加する以上勝ちは見えてるが、お前主導でしか勝てないならコミュニティの方針を改めないといけねえからな」

 

 御波は昨夜の出来事を振り返る。

 

 十六夜が宣言した、魔王を倒すためのコミュニティ。

 十六夜の言葉に希望を抱いた侵入者たちは、その宣言を広めるのを条件に大人しく〝ノーネーム〟を去っていった。

 その後、十六夜の宣言にジンが猛反対した。彼からすれば当然だ。魔王を倒す、ではなく魔王を倒すためのコミュニティを作ると十六夜は宣言したのだ。

 

 その言葉が広まれば、何れ魔王にも目を付けられる。ジンはコミュニティの長として、ギフトゲームで地盤を固め、力を付けてコミュニティを大きくしてから魔王と戦うべきだと言った。

 

 それを机上の空論だと、十六夜は鼻で嗤った。

 ジンの方針は大前提だと十六夜は酷評したのだ。嘗てのコミュニティには旗も名もあり、力も持った巨大な組織だったにも関わらず魔王に敗れた。

 

 その魔王に勝利するには、最低でも嘗てのコミュニティを超えるのが必須。

 

 だが、今の〝ノーネーム〟には旗も名も無い。ギフトゲームで力を付けるのは兎も角、大きくするには限界がある。

 組織を大きくするのは人材だ。だが、箱庭の出身で旗も名も無い組織に籍を置きたいと願う有能な人材はいない。

 

 そんな条件下で先代コミュニティを超える。

 それには魔王を倒すと大々的に宣言し、組織の長の名を広めるしかないと十六夜は提案した。

 その宣言は、同じく打倒魔王を胸に秘めた者たちに届く筈だと。ジンの名と目的が広まり、信用を得れば同じ志を持った者たちがコミュニティの門を叩く可能性が高いと。

 

 このギフトゲームは、ジンの名前とコミュニティの目的を広める為の大事な一戦だ。

 その一戦で御波に補助の役目を求めたのは、飛鳥と耀。そしてジンの力でガルド程度に勝てないなら。打倒魔王を掲げるのは困難との判断だった。

 

 この場の全員がその条件に頷いている。黒ウサギは世界の果てから帰る道すがらで御波の身体能力に気付いていたため異論はなかった。

 他の3人はそれを知らないため懐疑的だったが、十六夜の条件を挑発と捉えて闘志を燃やしていた。

 

 ジンが門を開けて中に入り、それに御波たちも続く。

 〝ノーネーム〟のこれからを賭けたギフトゲームが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金銭を費やしたであろう豪奢な外観の屋敷は、居住区画の建築物と同じく木々に浸食された末路を迎えていた。

 塗装すら剥がれ落ち、代わりに木々の蔦が外壁に纏わりついている。 

 

「この屋敷の2階にガルドがいるのよね春日部さん?」

「うん、姿が見えたから間違いない」

 

 猛禽類のような金の瞳で耀は2階を見据える。〝生命の目録(ゲノムツリー)〟で鳥類の視力を体現しているのだろう。

 ガルドが何処に潜伏しているかを知覚していた御波だが、補助に回る都合上3人へ居場所を伝えるのを控えていた。

 尤も、様々な動物の五感や特徴を体現できる耀の働きで、ガルドの居場所を特定するまで時間は掛からなかった。

 

「それじゃあ、中に入るわよ。春日部さん、御波君にジン君も準備はいいかしら?」

「うん」

「何時でもいいよ」

「僕も大丈夫です」

 

 4人は屋敷に足を踏み入れる。室内には贅を尽くしたであろう豪奢な家具の数々が、大きく破損して散乱していた。

 天井に備え付けられていたであろう大きなシャンデリアも床に散乱しており、屋敷の中は薄暗い。窓から差し込む僅かな陽光が室内を照らす光源となっていた。

 

 飛鳥はその有様に目を細めながら歩を進める。指定武具がないか慎重に周囲を探索していく一行だが、それらしき武具は存在しない。

 階段の前まで辿り着いた一行。飛鳥は御波へ提案した。

 

「御波君。補助役である貴方には此処で退路を守ってもらいたいのだけれど⋯⋯」

「勿論、構わないよ。3人共気を付けて」

「ありがとうございます、御波さん」

「ふふ、勝ってくるから安心して待ってなさい御波君」

「行ってくるね、御波」

 

 3人は階段を上っていく。御波はその3人を視界から外して屋敷の真上へ視線を向けた。

 

 謎の人物の気配は屋敷から上空数百m程の地点で依然佇んでいた。

 御波は知覚精度を強化する。精度を増した知覚能力は、上空の人物の姿形を御波へ鮮明に知覚させた。

 

 腰まで伸びる長髪をリボンで結んだ幼い体躯の少女が、鳥類を思わせる双翼を携えて屋敷を監視していた。

 

 御波の能力は気配や動き、構造などを知覚するが、視覚を用いて知覚している訳ではない。知覚範囲内の存在の事細かな情報。例えば人相や衣服などを知るには視認しなければならない。

 

 上空の人物から敵意などは感じないため、御波は警戒しながらもその場を動かない。

 

 階段を上がった飛鳥たちがガルドの部屋の扉を開けようとしていたからだ。

 飛鳥と耀、ジンは頷いて勢いよく部屋に跳び込んだ。

 

 その瞬間、

 

「──GEEEEYAAAAaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 虎の咆哮を上げ、ガルドは飛鳥たちに突進した。

 部屋に突入した3人の内、風の如き疾走で距離を詰めるガルドに反応できたのは耀だけだ。

 彼女は一番近くにいた飛鳥を階段に突き飛ばす。俊敏な動きで飛鳥を退避させた耀だったが、飛鳥の隣に立っていたジンを退避させれていない。

 

 耀の身体能力は通常の人類に到底収まるものでないが、一瞬で二人を助けれる領域にはない。

 ガルドはジン目掛けて突進している。一番小柄な彼を、獣の本能で狙ったのかもしれない。

 

 御波の身体能力なら助けることは容易だ。だが、御波は動かなかった。現在の彼等には傷一つない。

3人が危機的状況に陥るまで、御波は補助の役割から逸脱するつもりはなかった。

 

 何より、耀がジンを庇おうとガルドの前に立ち塞がっていた。

 

 彼女はジンを後方へ蹴飛ばした。ジンは飛鳥と同様に部屋の外に弾き出される。

 無理に庇おうとした代償なのか、耀は体勢を崩している。あの体勢では、ガルドの丸太のように太い腕と鋭い虎爪を防ぎ切ることはできないだろう。

 

 耀は体勢を崩しながらも回避しようと試みる。

 

 だが、体を逸らし切る前にガルドの虎爪が耀の左腕を捉えた。

 

「──」

 

 その直後、御波はガルドの眼前へ出現した。

 

 傍から見れば、突如として御波がその場に現れたように映るだろう。事実、飛鳥やジン。耀もガルドも御波の動きに反応を示していない。

 この場の誰もが、御波の動きを捉えていないのだ。

 

「──耀から離れろ、外道!!」

 

 御波の拳撃がガルドの胴体を捉える。

 ガルドの巨躯は第三宇宙速度で屋敷の壁を突き破り、樹海の木々を薙ぎ倒しながら数百m先まで吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛っ⋯⋯!」

「しっかりして春日部さん!?」

「気を確かに持ってください!」

 

 飛鳥たちは、屋敷から数十mの場所に退避していた。

 飛鳥とジンは激しい痛みに顔を顰めて蹲る耀へ呼びかける。ガルドの爪牙は耀の左腕を引き裂いたが、直撃する直前に後退したのだろう。その傷は骨まで達してはいない。

 

 だが、少女の柔肌に奔る裂傷と多量の出血に、飛鳥とジンの表情を険しくさせた。

 

「傷もそうですが出血が酷い⋯⋯! 飛鳥さん、髪留めのリボンをください。それで止血します!」

「え、ええ⋯⋯」

 

 飛鳥は結んでいた二つのリボンを解いてジンへ手渡す。それなりの大きさのリボンは包帯としての代用を果たすだろう。ジンは緊迫した声音で耀へ語りかけた。

 

「耀さん、かなり痛むと思いますが我慢してください⋯⋯!」

「う、うん、お願い⋯⋯!」

 

 ジンは止血しようと試みる。それを傍観するしかない飛鳥は歯噛みした。

 

(私を庇わなければ、春日部さんが怪我をすることもなかった! ⋯⋯いえ、せめて部屋に突入するのが二人なら、ガルドの攻撃を凌げたかもしれないのに、サポートに徹してくれていた御波君に甘えてしまった⋯⋯!)

 

 ガルドが部屋の中で待ち構えているのは、耀のお陰で分かっていた。奇襲の可能性は考慮してしかるべきだったのだ。

 だが、先日ガルドを完封できてしまったことが心の何処かで慢心を招き、飛鳥たちは全員で突入してしまった。

 

(それに、御波君の手を借りることになってしまった。これじゃ、白夜叉や十六夜君の言う通りじゃない⋯⋯!)

 

 飛鳥と耀は魔王との戦いに生き残れない。

 

 白夜叉はそう言っていた。思い返してみれば、御波は十六夜と同様に忠告を受けていなかったではないか。

 十六夜も御波を信用した発言が随所に見られていた。この事態に直面するまで飛鳥は半信半疑だったが、今なら理解できる。十六夜には分かっていたのだ。御波だけで、このゲームを圧勝できると。

 

 ジンの処置で飛鳥の出る幕はない。飛鳥は屋敷に視線を向けて、ガルドを足止めしているであろう御波について思案する、

 

(ガルドの動きは見えていたけれど、私では回避することができなかった。でも、御波君の動きは認識さえできなかった。春日部さんが怪我をしたと思ったら、何時の間にかガルドが目の前から消えていたわ⋯⋯!)

 

 飛鳥とそう変わらぬ体躯に華奢な背中。

 御波の美貌は飛鳥が自信を喪失しかける程に美しく、柔和な性格は包容力に溢れ、浴場で黒ウサギや耀と──あの容姿と性格で男の子だなんて反則よ!? などと話題のタネになっていた。

 

 だが、飛鳥たちを守るために現れた漆黒の背中。ガルドを一蹴し、飛鳥たちを救ったあの背中は昨日の印象を覆す程の衝撃を飛鳥に与えた。

 

 飛鳥は悔しさと情けなさに肩を震わせる。先日の噴水広場で、御波はガルドを絶対に許せないと宣言していた。

 

 このゲームに対する気持ちは、飛鳥よりも大きかったに違いない。

 

 その気持ちを飲み込み、コミュニティのために飛鳥たちへギフトゲームの趨勢を任せてくれたのだ。

 その事実を正しく認識せず、御波の力を借りずとも勝てると慢心し、剰え御波に危機を救われている。

 

(情けない⋯⋯御波君たちと同じく箱庭に召喚されたのに、私は足を引っ張ってばかりじゃない⋯⋯!)

 

 誇り高い飛鳥にとってその現実は受け止め難く。しかし、歴然とした事実を飛鳥は受け止める。

 自分の未熟に目を背けるような惰弱を、彼女の誇りが許さなかった。

 飛鳥は屋敷から視線を外し、耀の治療を行うジンを見た。

 

「ジン君、春日部さんの容態はどうかしら?」

「⋯⋯どうにか止血はできましたが、一時的なものです。恐らく半刻も持てば良い方でしょう。戦うなどとてもできません⋯⋯!」

「⋯⋯ごめんなさいね、ジン君」

「えっ?」

 

 ジンは虚を突かれたように飛鳥を見上げた。凛としていて、気位の高い彼女が落ち込んだ声音でジンへ謝罪したのだ。

 普段の彼女であれば、その反応に不満げな声音で返したことだろう。だが、そんな気持ちは少しも湧かなかった。

 

「このゲームはおそらく、御波君が決着を付けるでしょう。私たちの危機を直接助けたんだもの。明らかにサポートの範疇を超えているわ。魔王を倒すコミュニティを作る。十六夜君が考えたその宣誓は、撤回しなければならないでしょう。⋯⋯ごめんなさい、私の責任よ」

「そ、それは違います! ボクが逸って飛鳥さんたちと一緒に跳び込みさえしなければ、耀さんも無事だった筈です! ガルドはボクを嫌っていました。ボクを狙ってくるのは予想できたことでした⋯⋯!」

「⋯⋯違うよ。一番動ける私が、ガルドの動きに対応できなかったから⋯⋯」

「それは違うわ春日部さん!?」

「そうです! 耀さんが動かなければ、ボクか飛鳥さんが命を落としていた可能性が高いです! 作戦を詰めておかなかった、ボクの失態です⋯⋯!」

 

 激痛に苛まればがら絞り出した耀の言葉を、飛鳥とジンは否定する。

 脂汗を浮かべながらも耀の表情は悔しげで、自分の至らなさを嘆いているのだろう。その気持ちは飛鳥にも痛い程に理解できた。

 

 ギフトゲームで何の役にも立てず、耀の治療にも碌な手助けをできない。嘗てない無力感に襲われながらも、飛鳥は耀を励ますために己を取り繕った。

 

「春日部さんは、私とジン君を救ってくれたじゃない。だから貴女が気に病む──」

 

 ことは無いわ。その言葉は突然の爆音に掻き消された。

 森林全域に轟くような爆音は、屋敷の方角から聞こえてきた。3人は屋敷の方角を見て驚愕に言葉を失った。

 

 屋敷の2階部分が粉塵を巻き上げて吹き飛び、その衝撃で屋敷その物が倒壊していた。その衝撃は風圧となって飛鳥たちの頬を撫でる。

 だが、飛鳥たちが呆然とした姿を晒しているのは、屋敷の倒壊によるものではない。

 

 吹き飛んだ2階から数十m上空。

 

「「「なっ⋯⋯」」」

 

 ガルド=ガスパーが、天高く舞い上がっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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